ゲームはやっていませんが、ウマ娘ではアグネスデジタルやタイキシャトルとかが好きです。
ヤマニンゼファーやダイワメジャーとかも好きです。
馬、大地に立つ
2002年3月某日、北海道静内のとある牧場で1頭の仔馬が生まれようとしていた。
ここ数日は、かつてないほどの悪天候に北海道は見舞われていた。牧場の近くも完全にホワイトアウト状態になるほどの猛烈な暴風雪に、さすがの北海道民も警戒を強めていた。
しかし、牧場スタッフには悪天候など関係なかった。
極寒の空気の中、母馬から1頭の鹿毛の馬が産み落とされた。
「生まれた!父さん、セイが生みましたよ!」
「よし、よし。今のところは特に問題はないな」
生まれてきた仔馬の見た目は、いたって普通のサラブレッドの仔馬であった。
「他のスタッフに連絡してくるから、母さんと哲也はセイたちをみていてくれ」
50代ほどの男は厩舎から出ていき、他の従業員がいる建物に向かっていった。
「よしよし。セイも落ち着いているし、大丈夫そうね」
「あとはこの仔が立ち上がれば……」
50代ほどの女性と、20代前半の若い男が2頭の馬を見守っていた。まだ予断は許さないが、とりあえず落ち着いたと安堵した瞬間、地面が揺れ始めたのである。
「うお!地震か!」
突然の揺れに、人間も母馬も驚く。
「セイ!大丈夫よ~」
突然の揺れに落ち着きを失った、母馬をなだめる。
幸いにも揺れはそこまで大きなものではなかったうえ、揺れも短かったので、母馬が暴れてしまうということはなかった。
「震度4くらいか?そこまで大きくなくてよかった」
「俺、他の馬も見てきます!」
哲也と呼ばれた青年が馬房を出ていこうとした瞬間、生まれたばかりの仔馬が立ち上がったのである。
「揺れに驚いて立ったのか?」
「そうみたいねえ……生まれて10分程度で立ち上がるなんて」
かくして、セオドライトの2002は、猛烈な暴風雪、地震と自然の脅威に襲われながら誕生したのである。
待望の仔馬が誕生して1週間が経過した。猛烈な吹雪も止み、久しぶりの晴天であった。
鹿毛の仔馬は、虚空を見上げてぼーっとしていることが多かった。おっとりしているとも言われていた。
「それにしてもセイが育児放棄するとはなあ……」
「今までこんなことなかったのに……」
「初めてだからなあ。もしかしたらこういう馬なのかもしれん」
二人の男が馬房で大人しくしている仔馬を見ながら話をする。一人はこの牧場の場長であり、島本牧場の経営者でもある島本哲司であった。もう一人の若い青年は、哲司の息子の哲也であった。
母馬が子育てを放棄するという話は聞いたことがあったが、自分の牧場では初めての経験であった。
セオドライトは初めの出産ということもあり、もしかしたらこういう気質の馬なのかもしれないと少し心配もしていた。
仔馬を眺めていると、物欲しそうな顔をして、二人に近づいてきた。普段はおっとりしているのに、食べ物のことになると目の色が変わるのが、この仔馬の性格であった。
「よく飲むなあ」
哺乳瓶にしゃぶりつく仔馬を見て感嘆する。
「というか飲みすぎじゃあ……」
「まあこれくらい食欲が旺盛なほうがいいでしょう」
あきれるぐらいの食欲を見せる仔馬を二人は見守っていた。
休憩時間に入り、島本哲司はため息を吐きながら、ベンチに座っていた。
「今年はちょっと不味いなあ。全員無事に育ってくれればいいけど」
彼の勤める島本牧場は、繁殖用の牝馬が12頭の牧場である。零細というほど小規模ではないが、大手の牧場に比べたら小規模といわざるを得ない規模である。地方競馬を走る馬を中心に生産しており、南関東の重賞を制覇した馬や、中央のダート戦線で活躍する馬を定期的に輩出するなど、堅実な経営を続けてきた。
しかし近年は牝馬の高齢化が進み、入れ替えを検討していた時期でもあった。しかし、今年は、2頭がすでに死産してしまっているうえ、3頭が昨年不受胎であった。
「なんでこういう危機的状況なのに親父はロマンに走るんだよ……」
親父が一昨年に牧場に仕入れた馬は、セオドライトと呼ばれ、中央の芝を走っていた牝馬であった。血統は父がサクラチヨノオーである。未勝利戦は突破できたものの、それ以上の成績は残すことが出来なかった。
一昨年引退して、その後に島本牧場にやってきたのである。
「サクラチヨノオーってダービー馬だし、マルゼンスキーやニジンスキーも名馬だけどさあ……」
そしてセオドライトに種付けをした馬も彼の父親のこだわりの馬であった。
「ヤマニンゼファーを付けるってどういうことよ」
そう、セオドライトの2002は父が好きな名馬同士を配合した馬であった。
「まあ、まったく走らないってわけじゃなさそうだから問題ないのかな」
この島本牧場には、配合を考えて、研究している参謀的存在がいるが、彼が反対していないなら問題ないってことなのだろうというのが牧場スタッフの総論であった。
ゼファーの産駒は全く走っていないわけでない。彼の産駒がレースに出ると、ゼファー魂と書かれた横断幕が張られる程度には地方、中央で走っている。
ただ、外国産種牡馬全盛期の今、重賞を取るような馬を輩出するような種牡馬かといわれれば違うだろう。
「種付け料が50万程度だったみたいだし、そこまで大きな賭けではないか」
生まれた仔馬は牡馬であったため、もし走ってくれれば、ニホンピロウイナーから続く血統がつながることになる。
「妄想に過ぎないなあ……」
ただ、今のところは気性に問題はないし、健康状態もいい。堅実に走ってくれそうではあるというのが現状の評価であった。
しかし、こういった馬が、病気や事故で亡くなることも稀によくあるので、油断してはいけないのである。
そこからしばらく時間がたち、冬の季節が終わり、春真っ盛りの時期となった。
「うーん、不味いなあ」
「不味いですねえ」
食事以外はボケっとしていることからボーちゃんと呼ばれ可愛がられている鹿毛の仔馬を見て牧場スタッフたちが嘆く。
「脚がちょっと外向になってますね」
「それにあんなによく食べるのに毛並みもどこかよくないし」
「「「「び、貧乏くさい馬だなあ……」」」」
自分たちが生産しておいてよく言うと思うが、実際に見栄えというのは重要である。まだ産まれて数カ月も経過していない馬だから大丈夫だとも思っているようである。
「まあ気性は穏やかですし、問題はないと思いますよ」
「それが逆に怖いんだよ。他の馬と一緒になったら怯えてしまうんじゃないかって」
気性がよい、穏やかというのもメリットだけではない。闘争心や負けん気の強さというのも競走で勝つうえでは重要な要素だったりする。
そんなスタッフたちの心配をよそに、仔馬は空を見上げていた。
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畜生道に落ちました。
ふざけんなよ。よりにもよってサラブレッド?なめんな。
しかも人間の言葉もわかんねえし、文字も読めねえし、なんかちょっと色あせて見えるし。
まあ味覚だけは馬に合っているのか、ミルクはうめえや。
母馬らしい馬は、俺を数日で育児放棄をかましやがった。
馬の本能的に、俺が馬っぽくないことを察したのかもしれん。
それに俺は人間だったという記憶があるが、じゃあ俺が何者でどんな暮らしをしていたとかは全く記憶がない。思い出せないとかそういうのではなく、そもそも記憶にないといった感じだ。
まるで人間の魂だけを馬に入れたような、そんな感じがする。そもそも俺って俺なのか?深く考えたら深みにはまりそうなので、このことを考えるのはやめにしている。
生まれてからしばらくは、俺は馬のふりをしていた。
人間っぽい挙動をする馬なんて気味が悪いし、最悪の場合は研究所にでも売られて解剖でもされてしまうかもしれない。
ただ、俺には馬がどういった生活をしているのか全く分からなかった。だから無駄な行動をせずにボケーッと空を見上げたりしていた。
ただ、この体。やたらと腹が減る。燃費がたいそう悪いようで、その時は欲望むき出しでミルクを飲みまくっている。
人間は驚いているようだが、それだけだったので、多分大丈夫だろう。
言葉はわからなくても、表情や声色で結構何を思っているのかぐらいはわかったりする。
俺はこの後どうなるのだろうか。できれば乗馬の馬になりたいなあ。かっこいいし。人間の魂がインストールされているし、オリンピックなんかも出られたりして。
サラブレッドは……ちょっと嫌だなあ。
競馬ってなんか怖いし。鞭を入れられまくって痛そうだし。疲れそうだし。
ただ、俺の母ちゃん、見た目がサラブレッドっぽいんだよなあ……
ちくせう……
牧場関係は、じゃじゃ馬グルーミングUpとかそういう漫画とかを参考にしています。
競馬を本格的に見始めたのはジャスタウェイの時代から。それ以前は、祖父に阪神競馬場に連れて行ってもらったりしていた程度です。
[2022/5/12]
セオドライトの戦績の描写を訂正。