10ハロンの暴風   作:永谷河

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馬、次に向けて

マイルCSも終わり、テンペストクェークは重賞3連勝、GⅠ2連勝という栄光を勝ち取り、一気にスターホースの階段を駆け上がっていた。

ディープインパクトに比べると知名度は低いが、コアな競馬ファンからかなり支持されていた。

12月に入り、テンペストクェークは翌年に向けて英気を養うべく、育成牧場に預けられていた。

 

そんな12月のとある休日に、藤山が予約した会議室で、西崎と藤山は面会していた。

電話やメールでも問題はないのだが、大切な馬の話なので、対面で話すのが藤山の流儀であった。

ただ最近はテンペストが有名になったことから、重要な話をするときは、このような形がとられている。

 

 

「今日はありがとうございます。それと、テンペストクェークのマイルCS勝利おめでとうございます」

 

 

「ありがとうございます。これも先生方のおかげです」

 

 

「3歳馬で天皇賞・秋とマイルCSを連勝したのは史上初です。本当にテンペストクェークは強くなりました」

 

 

「本当にその通りですね。初めての馬でここまで走ってくれるとは思いませんでしたよ。周りの人からも驚かれます」

 

 

馬主の資格を有して2年でダービーを制した人はいるが、初の所有馬が3歳でGⅠを2勝したという話は聞いたことがなかった。

 

 

「そういえば、テンペストクェーク以外の馬は所有しないのですか?昨年はセリにも同行しましたが……」

 

 

「ちょっと惹かれる馬がいなくて……」

 

 

二人はセリや藤山調教師の知り合いの牧場を巡って、馬を探したものの、西崎の眼にかなう馬はいなかったようである。

テンペストクェークに目を焼かれてしまった西崎にとって、他の馬は凡庸な馬にしか見えなかったのである。

テンペストと初めて会ったときのように、「面白い」と思える馬はいなかった。

 

 

「……西崎オーナー。テンペストクェークのような馬はそう簡単にはいませんよ。いたとしても、有力な馬主や牧場が所有したり、クラブが所有したりするので」

 

 

「やはりそうですか……テンペストのような馬がいないかと探していましたが彼は特別なのですね」

 

 

西崎のため息に、こりゃあ彼はこれからも苦労するなと思った藤山であった。

 

 

「焦る必要はありませんし、今はテンペストの方に集中してもいいと思いますよ」

 

 

「そうですね。テンペスト関係でいろいろあったので、大変でした……」

 

 

西崎の生活も少し変わり始めていた。GⅠレースを連勝した話は馬主界隈だけでなく、世間一般に知れ渡ったため、自称友人や自称親戚がやたらと湧いてきたのである。もともと経営者であるので、そういった輩が絡んでくることは多かったのだが、明らかに多くなっていた。

 

 

「テンペストクェークを売ってくれ~なんて話もありまして。さすがにどうかと思いましたが」

 

 

「あ~、たまにありますね。特に西崎さんは新人馬主ですから……」

 

 

「本当に参りますよ。ただ、それもうれしい悲鳴という奴です。テンペストが活躍したからこその騒動ですからね」

 

 

機嫌よく笑う西崎に、そこまで心配する必要はないなと思った藤山であった。

 

 

「そういえば、テンペストクェークのグッズも販売されるんですよ。オグリキャップみたいにぬいぐるみが一家に一体って感じになりませんかね」

 

 

「さすがにそこまでは……ディープインパクトの方がその立場になるのでは?」

 

 

「確かに無敗の三冠馬って方がインパクトがありますよね……」

 

 

「ははは、テンペストももっと活躍すれば絶対にたくさん売れるようになりますよ。さて、そろそろ本題に入りましょうか」

 

 

テンペストクェークの話題で場が暖まったところで、藤山は話の本題を切り出した。

 

 

「今日西崎さんに報告したいことは、今後のテンペストクェークの出走計画についてです」

 

 

「確か2月のレースから始めるという話でしたね」

 

 

「2月末の中山記念からスタートする予定です。6月には安田記念にも出走しようと考えています。GⅠを2勝しているので、出走除外に怯える心配はもうありません。あるいは宝塚記念も考えています」

 

 

どれも1600~2000メートルの彼が得意とする距離のレースである。特に安田記念は彼の父親のヤマニンゼファー、祖父のニホンピロウイナーが勝利しているレースであるため、ぜひ獲っておきたいと藤山は考えていた。

 

 

「その辺りのレース計画は先生方に任せます。彼がしっかり走れるローテーションでお願いします」

 

 

西崎的には、特に文句のない出走計画であった。しかし、藤山は、西崎にとある提案をした。

 

 

「それでなんですが、安田記念の前に、ドバイのレースを走らせてみませんか?」

 

 

ドバイのレースを走らせてみたい。この提案こそが本日の本命の話である。

 

 

「ドバイ……ですか。近年になって競馬が盛んになった土地ですよね」

 

 

突然、日本とは関係のない外国の名前が出てきたことに西崎は困惑していた。

 

 

「はい。賞金額が高く、近年とくに注目を集めつつある国です。そこでドバイミーティングが開催されます。その中のドバイデューティフリーなら、テンペストクェークでも十分勝利を狙えると思います」

 

 

ドバイミーティングは、アラブ首長国連邦のドバイにあるナド・アルシバ競馬場にて行われる国際招待競走の開催日、同日に行われる重賞の総称である。

総賞金600万ドルのドバイワールドカップ(ダート)をはじめ、世界最高峰レベルの賞金額を誇るレースが多い。

2001年にステイゴールドがドバイシーマクラシック(当時はGⅡ)でファンタスティックライトに勝利したことで日本でも有名になったレースである。

 

 

「藤山先生が勝利を狙えるというのであれば、それを信用します。ただ、ドバイに行くということは、それ相応の費用も掛かるのではありませんか」

 

 

馬を輸送する飛行機の往復代金を中心に、日本の輸送とは桁違いの費用が掛かる。馬主初心者の西崎もそれくらいは知っていた。

 

 

「それなんですが、このレースは国際招待競走なのです。これは競馬の主催者がその国に所属していない馬を招待して、輸送費や滞在費用などを負担してもらうことが出来ます」

 

 

「それだと我々の負担はほとんどないということなのですね」

 

 

「その認識で構いません。ただ、「招待」を受ける必要があります。その辺は2月にわかると思いますが……」

 

 

「「招待」ですか。テンペストクェークはそれを受ける可能性はありますか?」

 

 

「あります。天皇賞とマイルCSのGⅠを2勝しているうえ、WTRRで123ポンドを獲得しています。可能性は十分にあり得ます」

 

 

「なるほど……因みにこのレースでテンペストは勝てますか?」

 

 

西崎は、勝ち目があるからこそ、提案しているのだとわかっていたが、本人の口から説明が欲しかった。また、基本的には藤山に出走レースの制定などは任せているが、海外となればある程度の根拠が聞きたいと思っていた。

 

 

「ドバイDFの距離は、芝の1777メートルです。マイル~中距離では現在日本最強馬といっていいテンペストなら十分勝ち目があります。そして、飛行機は未経験ですが、テンペストクェークは馬とは思えないほど輸送に強いです。そして環境適応能力も非常に高い。海外のレースでも万全の状態で戦えると思います」

 

 

サラブレッドは本来繊細な生き物である。しかし彼は、弥生賞で負けたとき以外に精神的に弱くなった時が一切ないのである。美浦トレセンに来て数日でゼンノロブロイと喧嘩できる胆力もある。競争能力以外の能力が非常に優れているのがテンペストクェークの強みでもあった。

 

 

「そこまで自信があるのでしたら、是非お願いします。ただ、招待されなかった場合には当初の出走計画の通りに進めてください」

 

 

「ありがとうございます。予備登録は1月頃に行われます。第一希望はドバイDF、第二希望はドバイWCにしたいと思います。招待状は2月中に届くと思います」

 

 

「中山記念は距離も近いので、試金石といった形ですね」

 

 

「そうなります。さすがに休養明けでいきなり海外レースは彼でも厳しいと思いますので、しっかりと叩いていきたいと思います」

 

 

「中山記念で惨敗したらちょっと恥ずかしいですね」

 

 

「ははは、それがあるのが競馬ですからね」

 

 

こうして、テンペストクェークのドバイDF出走(予定)が決定した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

俺は、いつものトレーニング場を離れて、見知らぬ土地に来ていた。

初めてきた土地であったが、特に問題なく過ごすことが出来ているため、文句があるわけでもなかった。

こっちに来てから少しの間は、のんびりと過ごしていたが、冬の風が冷たくなった今は、それなりにトレーニングに励んでいる。

どうも夏の休みのようなものではないようだ。

自分としても長く休むと、せっかく鍛えぬいた体のキレが失われてしまうと思うので、こうやって運動させてくれるのはありがたかった。

 

 

「美浦のスタッフから聞いていましたが、本当に手がかかりませんね」

 

 

「かなり頭がいいというのは本当のようだな」

 

 

ここでも、俺の世話をしてくれる人がいる。

ここで俺が暴れたりしたら、兄ちゃんやおっちゃんに迷惑が掛かるので、俺は優等生を演じている。

 

 

【もっとメシちょうだいな】

 

 

ただ、少し御飯の量が少ないので、もっと欲しい。

その辺の草を食う、文字通り道草を食ってもいいのだが、どうやら俺のメシというのは、人間のアスリートのように、しっかりと量や種類などが管理されていることが多いようである。

なので、むやみやたらに喰らい尽くすわけにはいかなかった。

 

 

「って御飯の要求か。こうやってバケツを鳴らしてアピールするところなんかは可愛いよな~」

 

 

そういって、俺を撫でてくれるので、俺はそれに応じる。

うーん。やっぱ兄ちゃんと騎手君の撫で方が一番うまいな。

 

 

「なんか微妙な顔をしているけど、まあいいか。しっかり食って、運動して、トレーニングして、春から頑張るんだぞ」

 

 

次のレースでも勝てるようにしっかりと身体を整えねば。

俺はもう誰にも負けたくないのだから。

 

 

俺がこの牧場?に来てしばらくの時間がたった。

しばらく過ごしていると、この牧場にも、様々な馬がいることが分かった。

部屋の隣にも馬がいるし、走り回っていると、近くに他の馬が走っていたりする。

数はトレーニングセンターに比べると少ないが、それでも顔を合わせたりする。

 

 

【ボス】

【強い......】

 

 

なんというか何故かここで自分がボス認定されてしまったのである。

ここに来てすぐに、俺がしばらく厄介になるので、「よろしく」という意味も込めて他の馬に挨拶をしたのだが、それ以降なぜか俺がここのボスとなっていた。

 

最初は全部無視してここで生活をするつもりだった。

だが、自分をボスと認める馬たちがいるなかで、その役目を放棄するのは、あまりに無責任だと考えるようになった。

 

前にいたトレーニング場では、あの黒い馬がボス扱いされていた。

意外とあいつは偉ぶるような奴はなかったりするが、暴れている馬がいたらそいつを一喝して鎮めていたりした。

そういう強さも持っているからこそあの黒い馬は他の馬から一目置かれていたにだろう。

 

俺には知性がある。そして理性もある。ただ、あくまで俺は馬である。

馬として生きる以上、馬の社会に適応する必要がある。

だが、俺は他の馬より強く、そして賢い。

あの黒い馬にできて、俺にはできないわけがないだろう。

 

それに、あの黒い馬には色々と恩がある。

夏の終わりから秋にかけて、あの馬と走ったから俺は強くなれた。

強い馬のお手本として最適な馬だった。

 

そいつから、お前が次のボスだと認定されてしまった。アイツは普段は結構物静かな馬だけど、周りの馬からは一目置かれていた。それにそこまでボスの座にこだわる奴でもなかった。まあ結構こだわりが強いやつだったけど。未だに運動とかで人間が俺の方を優先したりすると怒ったりするけどね。

 

何はともあれ、自分からボスと主張しなくても、周りから勝手にボス扱いされることもあるのかもしれん。

まあ、なるようになれだ。

 

それにしてもあの黒い馬。外見ではわからないが、ここに来る前に走った時には威圧感や勢いのようなものが少し衰えているのがわかった(他の馬よりは普通に強そうだったが)。

もしかしたらあいつは、自分が衰えつつあるのを自覚していたのかもしれない。

 

なら、その意思を受け取っておこう。

あいつに勝った証拠として......

 

 

【取り敢えずここで馬の社会の経験を積むか】

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

2006年が始まってすぐの1月初旬、2005年のJRA賞が発表され、表彰式が行われた。

年度代表馬は、無敗の三冠馬にして無敗でクラシックを終えたディープインパクトであった。

そして、藤山厩舎のエースであるテンペストクェークは、3歳でマイルチャンピオンシップを制したことが評価され、最優秀短距離馬を受賞した。

藤山厩舎の馬がJRA賞を受賞するのは初めてであった事なので、厩舎スタッフ全員でお祝いの宴会を行ったりしていた。

そんな表彰式が終わった数日後。テンペストクェークは育成牧場で英気を養っており、美浦トレセンにはいなかった。

定期的に藤山などのスタッフが見に行ったりしており、大きな問題は発生していないようである。

 

 

そんな中、藤山は、西崎と表彰を受けた記念会を改めて二人で会っていた。

 

 

「最優秀短距離馬の受賞おめでとうございます」

 

 

「ありがとうございます。これも高森騎手や藤山先生たちのおかげです。初めての馬でここまで来れるとは思いませんでした」

 

 

JRA賞の表彰式では、藤山が表彰台に上がっていた。

表彰を受けた馬の大半が栗東所属の馬であったため、何とか美浦の面目を保つことが出来たと思っていた。

 

 

「これからもテンペストクェークは勝ちます。まずは中山記念からです。予備登録は済ませましたが、出走できればドバイも勝っていきます」

 

 

「その言葉を信用させていただきますよ。よろしくお願いします」

 

 

「あと、テンペストクェークの様子ですが、特に問題はなく過ごせているようです。手が掛からないうえ、賢いので、かなり可愛がられているようです」

 

 

「それなら安心です。どこに行っても彼は可愛がられますね」

 

 

「少しいたずら好きなところもあるようで、そこも可愛いんですよ。小学生の息子を思い出してね……」

 

 

「島本さんたちが言ってましたね。生まれたときから人間にずっと育てられてきて、人間と共に過ごしてきたから、自分のことを人間だと思っている節があると」

 

 

「表情が豊かだったり、妙に頑固だったりするのは人間っぽいんですよね。ただ、最近は馬嫌いが治ってきているそうなんですよ。夏以前は興味すら向けなかったのに」

 

 

テンペストクェークの馬嫌いは陣営の中では有名であった。夏頃まで、彼が親しくしている馬は、同じトレセンにいたゼンノロブロイくらいだった。

 

 

「いま預けられている厩舎でボスになっているらしいです。馬同士の喧嘩を仲裁したり、ボスとしての仕事もそれなりにしているみたいです」

 

 

「は~。馬の社会にもボスはあるんですね。それでテンペストがボスとは……」

 

 

「やっぱりゼンノロブロイに何か感じるものがあったんだと思いますよ。彼は所属している厩舎の馬から一目置かれていますから。あまり自分から強く主張するような馬ではないですけど、カリスマ性はありますからね。テンペストもそこに惹かれたので?」

 

 

「あ~確かに2歳の時からゼンノロブロイには反応していたと聞いています。ほかの馬には興味も示さないのにって」

 

 

「懐かしいですな。あとは2頭で併走や曳運動を一緒にするようになってから、一層たくましくなりましたね」

 

 

ゼンノロブロイは藤山とは別の有名厩舎に所属している馬である。本来であればライバルになり得るテンペストクェークと併走などの調教を一緒に行う義理もないのだが、ゼンノロブロイ陣営には承諾してもらっている。馬が合うというのも意外と重要なのである。

テンペストは明らかにゼンノロブロイのことを意識しており、彼との調教でさらに強くなったと陣営は見ている。

そのため、テンペストクェークがゼンノロブロイを破って天皇賞・秋を勝利したときは、少し気まずかったが、代わりにある約束をしたので、その辺は解決した。

そのゼンノロブロイはジャパンカップを3着、有馬記念を3着と最後まで粘り続け、引退した。

 

 

「ゼンノロブロイには感謝しないといけませんね……もう美浦トレセンからいなくなりますし、テンペストもさみしくなるんじゃないでしょうかね」

 

 

「う~ん。さみしがっている様子を一度たりとも見たことがないので、どうなんでしょうね。短い間だったし、厩舎も違いましたけど、いいコンビだったと思いますね」

 

 

「二頭とも身体も大きいので、見栄えがいいですね。いや威圧感があるのかな」

 

 

テンペストは、西崎が出会ったときは、体は大きいが貧乏くさい外見と外向気味の脚のせいで立派には見えなかった。しかし、今は500キロ超えの馬体とムキムキの筋肉がついている超一流馬となっていた。同様にゼンノロブロイも500キロ近い大柄の馬体である。だからこそ、他の馬からみたら、畏怖の存在となっていたのかもしれない。

 

 

「人間でいえば、シルベスター・スタローンとアーノルド・シュワルツェネッガーがいるようなものですかね」

 

 

「ははは、もしかしたら馬からは、そんな風にみられているのかもしれませんね」

 

 

その後も二人は、テンペストの話で盛り上がったのである。

 

 

 

 

2月中旬、テンペストクェークは、育成牧場から帰還して次走の中山記念に向けて調教を積んでいた。そこに、ドバイからの招待状が届いた。

藤山調教師一同はこれを受諾し、テンペストクェークのドバイデューティフリーへの挑戦が確定した。

日本からは、昨年の香港マイルを勝ったハットトリック、安田記念を勝ったアサクサデンエンが出走予定であり、日本馬の初制覇が期待されていた。

 

 

 




テンペストクェーク目線
「どうも、これからよろしく」
他の馬目線
「夜露死苦」

ただ、キレたナイフのような雰囲気は消えつつあるので、前ほどは恐れられてはいないようです。


ドバイの招待については、ジャスタウェイを参考にしたので、2006年時点だといろいろ間違っているかもしれません。ご容赦ください。
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