マジで強いですね。
安田記念来るらしいので生で見たいなあ......
冬の寒さが厳しい1月初旬の東京某所。
正月の喧騒が終わり、いつも通りの日常が戻り始めた時期である。
「昨年度はいろいろとありがとうございました。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ、テンペストクェークのお陰で、たくさんの夢を実現できました。それにしても、最近はいろいろと忙しくて、改まって作戦会議というのは久しぶりですね」
テンペストクェークの馬主の西崎と、調教師の藤山が、いつもの会議室で怪しい会議、もといテンペストクェークの出走計画についての方針を決める会議を行っていた。
昨年は欧州年度代表馬、JRA賞年度代表馬を受賞し、日欧で最高峰の評価をされていた。
ライバルのディープインパクトは引退し、今年から種牡馬として活動することになっていた。テンペストも種牡馬入りすることも考えられたが、衰えは見えず、まだまだ走れるため、2007年もレースに出ることが決まった。
「テンペストですが、特に変わりなく過ごしているようです。春からもしっかり走ってくれると思います」
「わかりました。元気そうでよかったです。去年はちょっと無理をさせ過ぎてしまったような感じがありましたので」
一年間に8戦しており、そのうちGⅠ競走は7戦。そのすべてを勝利しており、消耗は非常に激しいものだったと考えられる。
「今年は少しゆとりあるローテにしたいですね。少なくとも中1か月程度は空けるつもりです」
種牡馬としてのテンペストには彼がレースで稼ぐ金額以上の価値があると考えられていた。主流の血統ではないが、ダメ血統というわけではないため、種牡馬としての価値が全くないわけではないのである。
そのため、無理なレース間隔で走って、命に関わるケガをされたらと言われたりもしていた。
「ただ、テンペストの身体には特に異常もないですし、消耗も見られないので、いろいろと挑戦は続けていたいと思いますが」
「その挑戦の第一弾がスプリント制覇ですね」
「ええ、3月25日の高松宮記念で3階級GⅠ制覇を狙います」
テンペストクェークは、マイルと中距離のレースは制している(SMILE区分だとMILを制覇しているので3階級は実は制覇済みだったりする)。彼に長距離を走らせることは論外である。3階級GⅠ制覇を狙うとなると、スプリントGⅠを制覇する必要が生まれてくる。
「テンペストクェークはこの距離は大丈夫ですか。距離が長すぎるのが無理な馬がいるように、距離が短すぎても無理な馬もいると聞いておりますが」
「この3階級制覇は私が提案したことですので、自信をもって、『走れます』と言いたいところではあるのですが……」
西崎の質問に、渋い顔をしながら藤山は答える。
「テンペストクェークは1200メートルを十分に走れます。ただ、マイルや中距離のように圧倒的に走れるかと言われると難しいところです」
「それは……」
「テンペストは中距離も走れるマイラーです。そのため、純粋なスプリンターとしての能力や実績は彼のマイルや中距離のものに比べるとやや落ちます。それでもスプリンターとしてはトップクラスの能力は持っていますが」
「テンペストは純粋なスプリンターではないということですか?」
「実績的にはそうなりますね。スプリントGⅠを勝利している馬は、マイルGⅠも同様に勝利している馬が多いのです。スプリントも走れるマイラーか中距離も走れるマイラーかの違いです。テンペストは一応後者に当たります」
「一応......ですか」
「基本的に競走馬は体格でスプリンターよりか、ステイヤーよりか見分けることができます。テンペストは体格は短距離向きの体型をしています。ディープなんかはステイヤー寄りの体型ですね」
そう言って二頭の写真を見比べる。
たしかにテンペストクェークとディープインパクトの体格は異なっていた。
「ただ、テンペストは中距離まで問題なく走れました。そのため今までテンペストにはマイル〜中距離に対応する調教を施してきました。ですのでスプリンターとしての能力値は実のところ未知数と言ってもいいのかもしれません。一応調教ではトップレベルのものを持っていることは確認できていますが、本番のレースに関しては未知数なのです」
「そうだったんですね......先生たちの自信も以前と比べると落ち着き気味だったので難しいのかな?と思っていました」
「マイルや中距離レースのように自信をもって勝てると断言できない部分もありまして......ただ体格や調教の様子を見る限り、スプリント戦も十分に戦えます。祖父や父はスプリンターとしての才能は間違いなくありましたから、テンペストもそれをしっかり受け継いでいると思います。
「血統......父が達成できなかった記録を子が成し遂げる。それもまた競馬か......」
テンペストクェークの父のヤマニンゼファーは、安田記念と天皇賞秋を勝利し、マイルと中距離のGⅠを制していた。彼はスプリンターとしての才能もあったため、スプリンターズステークスに2回挑んだが、ニシノフラワーとサクラバクシンオーという屈指のスプリンターに阻まれ、2回とも2着に敗れている。
「今年はニシノフラワーやサクラバクシンオーのような化け物スプリンターはいないので、テンペストなら十分に制覇を狙えます」
実は、昨年度も香港カップではなく香港スプリントに出走させる計画も立てていたが、地元香港勢が強すぎるためさすがの藤山も回避させていた。
西崎も高松宮記念に出走する可能性のある馬たちのデータや歴代の勝ち馬の詳細を見ながら、うんうんと唸っていた。
テンペストクェークは現在重賞を11連勝、GⅠは7連勝中である。この記録をさらに更新させるとなれば、彼の適正距離であり、昨年も走ったドバイDFへ出走したほうがいいとも考えていた。
しかし、テンペストクェークはいままで誰もなしえなかったことを数多く達成してきた馬である。
「いきましょう……高松宮記念に」
彼は挑戦を選んだ。
ただ、無謀な挑戦ではない。
馬の消耗も特に気にならない程度であり、勝算も十分にある。ただ、今までのように「絶対」という言葉がないだけである。
「わかりました。それでは、前哨戦についてですが阪急杯を予定しております。ただ斤量負担も大きいので、これについては後日詰めていきましょう」
一先ず、テンペストクェークの2007年最初の目標レースは高松宮記念に決まった。
「高松宮記念の次ですが、どのような出走計画にしましょうか。何パターンか考えてきましたが」
藤山はテンペストの出走できそうなレースをまとめた書類を西崎に手渡す。
安田記念ルート
3月25日:高松宮記念(芝1200メートル)GⅠ 中京競馬場
4月29日:クイーンエリザベスⅡ世カップ(芝2000メートル)GⅠ 沙田競馬場
6月3日:安田記念(芝1600メートル)GⅠ 東京競馬場
6月以降は海外遠征ルートへ
海外遠征ルート
3月25日:高松宮記念
4月29日:クイーンエリザベスⅡ世カップ
6月20日:プリンスオブウェールズステークス(芝10ハロン)GⅠ アスコット競馬場
或いは
7月7日:エクリプスステークス(芝10ハロン)GⅠ サンダウンパーク競馬賞
8月1日:サセックスステークス(芝8ハロン)GⅠ グッドウッド競馬場
或いは
8月12日:ジャックルマロワ賞(芝1600メートル)GⅠ ドーヴィル競馬場
「一つ目は安田記念を目標にしたプランです。親子3代で一つのGⅠ競走を制覇するというのは難しい事ではありますので、こちらをメインに考えてはいます。高松宮記念後の疲労やダメージによっては、香港を回避する可能性もあります。安田記念後は8月のマイルレースの2つのどちらかを走りたいですね」
「海外ルートでは、イギリス遠征を再度決行します。すべて狩り尽くして終わらせることを目標にします。フランスのGⅠを走ったことがないので、ジャックルマロワ賞に行くのもおすすめです」
海外遠征ルートの出走計画を発表したら、頼むから来ないでくれと懇願されそうな内容であった。
「海外ルートも魅力的ですが、やはり安田記念を目標にしたいですね」
ニホンピロウイナー、ヤマニンゼファーのファンからも望まれている安田記念制覇を選択肢から外すことはできなかった。
「もちろん、エクリプスステークスとかも興味はありますけどね……」
「まあ、あくまで海外にはこういうレースがあるということだけは提示しておきたかっただけですので。安田記念は昨年から目標にすると決めていましたものね」
「ええ、絶対に獲ってきて欲しいレースですね」
目標、安田記念。
「あと、秋ですが……」
「……まじですかい」
怪しい計画をたてる二人であった。
―――――――――――――――
俺は馬である。
温泉でリラックス&リフレッシュした俺は、体力気力満タンでいつものトレーニングをする場所に戻った。
そして今日もハードなトレーニングを行っている。
「昨年の激戦の疲労も特にないみたいだし、本当にタフだなあ……」
【俺はやるぞ~】
「なんか気合が入っていますね」
早くレースに出たい。
そんな気持ちでいっぱいだった。
それなのに……
「……大丈夫か~テンペスト?」
「39.0℃か……熱発ですね。軽い感冒のようです。阪急杯は来週ですが、大事をとって止めた方がいいですね」
俺は見事に風邪をひいてしまった。
いろいろと張り切り過ぎたせいだ。
正直辛くはない。十分走れるくらいだ。
ただ、おっちゃんたちは俺を休ませるつもりらしい……
【申し訳ない……】
「今まで順風満帆すぎて忘れていたが、こういうアクシデントも馬にはつきものだったな」
「阪急杯がダメとなると、ぶっつけ本番で高松宮記念になりますね」
「……正直なところ、斤量負担が大きい前哨戦を走らせる必要があるのかどうかについて私も疑問があったんです。ただ、いきなりのスプリント戦は厳しいのではと思ったので出走に踏み切ったのですが……」
ああああああああ
申し訳ねえ……
「あ~そんな馬房の隅っこでいじけないの。やっぱこいつ俺たちに迷惑かけたって思っているみたいですよ。賢いなあ……」
「お~よしよし。次頑張ろうな」
―――――――――――――――
「テンペストが風邪を引くとはなあ……」
西崎はテンペストクェークが阪急杯の前週に熱発を起こしたことを藤山調教師からその日に報告を受けていた。
当然出走回避には賛成しており、馬の健康を最優先にするようにお願いしている。
そんな彼は今、テンペストクェークとは関係のないレースを見に来ていた。
「それにしても、テンペストの妹が牝馬クラシック戦線に挑戦できるとはなあ……」
島本牧場で生産されたセオドライトの2004は、順調に成長し、とある馬主の所有馬となり栗東の調教師の下でデビューを果たした。
新馬戦、オープン戦を勝利して、昨年11月のファンタジーSで2着、12月の阪神JFでは3着と好走を見せていた。
本日発走予定である、桜花賞のステップ競走のチューリップ賞でもそこそこの人気を集めていた。
西崎は、彼女を所有する馬主からの誘いで競馬場に訪れていたのであった。
「ウオッカにダイワスカーレットが1,2番人気か。ダイワスカーレットはダイワメジャーの妹なんだな。なんかダイワの冠の馬には縁があるというか……」
『……続いてヤマニンシュトルム。馬体重は545㎏、+7㎏』
「でかいなあ……」
テンペストよりも大きな馬体を有した鹿毛の牝馬は、首を振り回し、曳き歩くスタッフを文字通り振り回しながら歩いていた。全兄のテンペストにあやかって、暴風という意味を持つドイツ語を付けられていたが、行動がすでに暴風のようであった。
「テンペストクェークの全妹ということでね、気性がいい馬かと思ったんですけど、正反対でした」
調教師のコメントである。
ヤマニンゼファーは素直な馬だったらしいが、その姉はかなり気性が荒かったと言い伝えられている。牝馬の気性が荒くなる因子が組み込まれているのではないかと疑われつつあった。
因みに現在地方競馬を走っている父トウカイテイオーの兄は、普通に素直な馬だったりする。
「ただ、首回りとかも含めて物凄い筋肉ですね。正直テンペストより凄い」
「スプリンターとしての素質は非常に高いらしいです。ただ、気性が荒すぎて控える競馬ができないらしいです。マイルでも厳しいようです。あと大柄なのでコーナリングも苦手です。なんというかシュトルムという言葉通りの馬だと思います」
ヤマニンシュトルムの馬主は、彼女のポテンシャルを評価しつつも、マイナス要素が多すぎると語っていた。
それなりに知名度のある厩舎だったこともあり、デュランダルやスイープトウショウでGⅠを制した若手のホープに騎乗してもらうことが出来ている。しかし、その騎手もだいぶ手を焼いているようである。
その後も騎手を振り落とそうとしたり、返し馬を拒否したりと派手な行動を見せていたテンペストの妹、ヤマニンシュトルムはゲート入りも拒否するなどの駄々をこねまくっていた。
何とかなだめてゲート入りすることが出来たが、この時点で馬主はくたくたであった。
肝心のレースはというと、ラストの直線まで先頭を走り続け、なぜか最後の直線を大外で走り、最後に後続の馬に抜かされて4着でのゴールであった。
「何とか4着でしたね……」
「最初から掛かりっぱなし、先頭なのに大外ぶん回し、よくこれで4着になりましたよ。基本的に先頭なうえ、大外を走るから斜行の心配がないのは幸いですが」
スタートは得意とのことである。「さっさと出たい」という気持ちが強いからだろうと陣営は語っている。
1着ウオッカ、2着はダイワスカーレットで人気通りの着順であった。おそらくこの馬たちが今年の牝馬戦線を引っ張っていくことになるだろうと考えていた。
また、このレースに出走していないだけで、有力な牝馬はまだいると聞いている。
ここに狂乱の暴風娘が投入されることになると考えると、まだまだ来年の競馬は面白くなるなあと考えていた。
3月25日、中京競馬場には多くの観客が詰めかけていた。
目当ては昨年の年度代表馬にして、現役世界最強馬であるテンペストクェークであった。
『テンペストクェークですが、出走予定であった阪急杯の前に、体調不良で回避しております。このため、1200メートル戦を一度も走ったことがないという点が唯一の懸念点ですね。健康状態は特に問題はないようで、体調不良も軽い感冒だったようなので、しっかりと調教は行えていることが調教タイムから見て取れますね』
今回の高松宮記念には、絶対的な王者は存在しない。上位人気の馬ならだれが勝ってもおかしくはない状態であった。
善戦続きのスズカフェニックス、昨年の覇者にして珍名馬オレハマッテルゼ、前哨戦を勝利したエムオーウイナーやプリサイスマシーン。
そこにマイル~中距離の絶対王者テンペストクェークが乗り込んできた形となった。
現在、初の1200メートル戦であるにもかかわらずテンペストクェークが一番人気であった。二番人気は善戦続きのスズカフェニックスである。ただ単勝倍率はそこまで大きな差はなかった。
「……ヤバいなあ」
藤山調教師がパドックを見て呟く。
それを聞いていた西崎は頭に?を浮かべながら彼に問いかける。
「何がヤバいのですか?」
「スズカフェニックスの仕上がりがちょっと桁違いですね。テンペストもしっかりと調教は積むことが出来たのですが……」
自分にはあまりわからないのではと思ったが、よく観察してみると、脚や尻の筋肉の付き方が、絶好調のときのテンペストに似ていると感じた。たしかに調子がよさそうに見えた。
前哨戦の熱発回避、絶好調のライバル、初めてのスプリント戦、それなのに一番人気という何か嫌な予感を感じた藤山であった。
「これはちょっとわからなくなったな」
電撃6ハロンの戦いに幕が上がる。
ヤマニンゼファーの姉2頭は、ゼファーが入厩する際に「ヤマニンポリシーの仔はこれで最後に願いますよ」と調教師に言わしめたほどの気性の激しさがあったらしいです。テンペストの全妹はその因子を受け継いでしまったのかもしれません。
いろいろとヤバいフラグを積み重ねるテンペストでありますが、果たして……