10ハロンの暴風   作:永谷河

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馬場馬術に関しては、恒星社厚生閣出版の『馬場馬術―競技へのアプローチ―』を参考にしています。
あとは各種サイト、ユーチューブ等も参考にしています。
調べれば調べるほど乗馬をやってみたくなるこの頃。ただ資金的余裕がないことと、体重が重すぎてお馬さんが可哀想になるので、当分は無理そうです。


馬術の道へ その2

テンペストクェークの2008年の種付けシーズンは何事もなく無事に終わった。

当初ヘタクソだった種付けも、関係者とテンペスト本人の尽力により、最後の方には上手になっていた。

そして、種牡馬として第二の馬生を歩み始めたとともに、なぜか馬術馬としてのキャリアもスタートさせたのである。

とはいえ、いきなり大会に出場!などということにはならない。

一部の人間は掛ってしまったのか「大会に出しちゃいましょう」などと危ないことを言っていたが、さすがに実行には移されなかった。

冷静な人間はいたようである。

なお、現役の種牡馬を馬術馬にするということが、冷静な判断の結果生まれたのかという疑問には答えないものとする。

 

テンペストクェークの意外な才能を発揮した馬術のテスト会以降、関係者たちは今後のことを決めるため、東奔西走していた。

 

 

「ああ……イギリスやアイルランドから関係者が来る……」

 

 

「どう説明したものか」

 

 

テンペストクェークのシンジケートには3か国が関係しており、複雑な権利関係が組まれている。このため、簡単に馬術大会に出ようとしても難しいのである。

案の定関係者からは「日本人の頭がおかしくなった」といわれ、何がしたいんだと問い合わせが殺到している。

今のところ、世間には流出していないが、それも時間の問題だろう。

 

 

「メディア対応の時の言い訳も用意しておかないといけませんね……」

 

 

「テンペストが馬術大会に出れば否が応でもばれますからね」

 

 

「いっそのこと偽名で出しますか」

 

 

「すぐにばれるだろうからやめた方がいいですね……」

 

 

関係者たちは奔走していた。

もちろん、「馬術なんてしません!」と断ることだってできるのである。

しかし、テンペストはサラブレッド、それも競走馬としてずっと育てられてきたのにも関わらず、馬場馬術の才能の片鱗を見せつけているのである。

それを見逃したくないという馬術関係者から大きな要望もあったのである。

 

 

「あっちの方が掛かりすぎじゃないですか?テンペストはすごいですけど、じゃあオリンピックに出れますかって言ったらさすがに期待しすぎだと思いますし……」

 

 

「そう思いたいけど、なんか最終的にオリンピックに行ってしまいそうな気がしてしまうのはなんでなんでしょうね」

 

 

この「テンペストなら、なんか上手くいくかも」という謎の感情がテンペストクェークの馬術馬への道を切り開いていた。

 

 

「一応、『テンペストクェークの体力錬成とストレス発散のため』という理由だけど、正直弱いなあ」

 

 

「まあ、テンペストが動き足りないって夏頃からうるさかったのは事実ですからね。馬のストレス発散なのに馬場馬術というのは意味が分かりませんが……」

 

 

「テンペストは人に乗ってもらうのが好きな馬ですからね。人間の目から見てもちょっと手持ち無沙汰な雰囲気を出してしましたけどね。馬術はなあ……」

 

 

こうして、社員やスタッフたちは関係各所への説明のために奔走したのである。

そして現場の人間もテンペストクェークの馬術の練習に奔走していた。

 

 

「とりあえず、来年の冬ころに大会に出場できることを目標に練習していこうと考えています。まずはAクラスからですね」

 

 

「選手はどうしましょうか」

 

 

「さすがに大学や実業団の馬術の選手たちに乗ってもらおうと思いますが、60億の現役種牡馬、しかも世間を賑わせたスーパーホースに乗ってくれる選手がいるのかどうかはわかりませんね」

 

 

馬術は、馬だけでなく上に乗る人間の両者のコンビで行われる競技である。馬の実力だけでなく、選手の実力も結果を出すには必要な要素だったりする。特に馬場馬術は選手と馬とのコンビネーションが非常に重要である。

そして、名の知れた選手たちはすでに相棒と呼べるような馬がいる。簡単に馬を変えるわけにはいかなかった。

また、テンペストは60億円の価値がある馬である。しかも現役の種牡馬でサラブレッドであり、一般人も知っているほどの知名度のアイドルホースでもある。テンペストの実力と将来性については、JEFのお偉いさん方のお墨付きを得ているがしかし、あまりにもリスクが大きすぎるのである。

このため練習レベルの騎乗でも馬術の選手たちからは断られているとのことである。

 

 

「とりあえず、AクラスとかLクラスまではうちの関係者に乗ってもらって、そこで実績を作って、乗ってもらう選手探しですかね……」

 

 

馬にかかわる企業であるため乗馬技能検定の資格や騎乗者資格を持っているスタッフはいる。実際、現在のテンペストと馬術の練習をしている人間は、資格を持っているスタッフが担当している。ただ、彼らはあくまで馬産の仕事の一環として騎乗しているのであって、対外的な大会に出ることを想定しているわけではない。

このため、改めて選手を決める検討会が始まっていたがなかなかこれといった人材は見つからなかった。

まず、日馬連B級を取得できるレベルの能力。これは社内外にもそれなりにいる。

ただ、60億円の馬に乗って馬術競技の大会に出場するという肝の据わった人材はなかなかいなかった。それに加えて、テンペストクェークとの相性の良さというのも加わるため、簡単に人材は見つからなかった。

 

 

「そういえば島本牧場の倅も馬術の資格を持っていたような……」

 

 

行き詰った雰囲気が漂う中、一人の社員から流れ出た言葉が、一気に流れを変えた。

 

 

「「「それだ!!!」」」

 

 

「経歴を調べてきました。人選としては意外といいかもしれませんよ」

 

 

爆速で島本牧場の倅こと、島本哲也の情報が全員の前にさらされる。

 

 

「ふむ、高校でHB級資格を取って、馬場馬術の全国大会に出場しているのか。さすがに入賞まではしていないが、実力としては十分だな。今も島本馬術倶楽部に所属して、B級免許も取得していますし、腕の方は問題ないと思いますね」

 

 

「それに現役の競走馬に馬術を仕込む等の豪胆さ。テンペストクェークを幼駒時代から育成して、信頼関係も構築されている。うってつけの人材ですよ」

 

 

「彼には自分で蒔いた種を自分で処理してもらいましょうか」

 

 

「よし、決まりだ!これで行くぞ!」

 

 

こうして会議は終わった。

彼らの目には、断らせるわけにはいかないという意思が宿っていた。

そして、数日もたたないうちに、幹部社員も含めて静内の島本牧場へ直行したのである。

 

 

 

 

島本牧場の場長島本哲司とその妻ゆうは、息子がテンペストクェークに乗ることを笑顔で了承した。

 

 

「いいですよ。むしろこの条件でなら喜んでお願いしたいですね」

 

 

「いいじゃないですか。しっかりお給料ももらえますし、うちの牧場にとっても」

 

 

もちろん、最初はリスクが大きすぎるとして、息子を苦境に立たすことは反対していた。しかしよく考えてみると、大本の原因は島本牧場の管理体制にあり、さらにその元凶は息子の哲也にある。

そして、哲也の頑張りに応じて、日本最大の馬産複合体から島本牧場への援助も申し出てくれたのである。

テンペストやシュトルム、そしてセオドライトのおかげで、島本牧場の経営は安定しているが、小規模牧場にとってこの提案は断ることはできなかった。

 

 

「いや、俺はここの仕事があるし……」

 

 

「大丈夫ですよ。24時間365日こちらにいてもらう必要はありませんし、そもそも種付けシーズンはお休みする予定ですので」

 

 

関係者たちから謎のフォローが入る。種付けは2月頃から遅くても7月頃であるため、その時はさすがに馬術の練習はしないようである。主に夏~初冬までを練習期間として想定しているようである。

実際、関係者の多数は、テンペストを馬場馬術のグランプリレベルまで高めようとは思っていない。大事な種牡馬でもあるので、練習についてもあくまで「ストレス発散や体力錬成のため」の範囲を超えることはしないというのが大前提であった。掛かり気味の彼らでも、それだけは譲れない一線であった。

 

 

「テンペストに馬術の技術を仕込めるくらい彼から信用されていますし、下手な関係者よりもよっぽど信頼できます。こと馬場馬術については、競馬よりも乗り手と馬の信頼性が重要視されますから」

 

 

テンペストクェークは母馬のセオドライトから育児放棄を受けた関係で、人間によって育てられたという経緯がある。その時に一番近くで育ててきたのが哲也である。

テンペストにとっても特別な人間であることに間違いない人物である。

 

 

「哲也も高校で馬術を頑張っていたし、やってみたらどうだね」

 

 

「……うーん。ちょっと考えたいですね」

 

 

流石に今ここで決めることを強いるほど鬼畜ではないため、しばらくしたら返事が欲しいとのことであった。

両親もあんなことは言っていたが、息子の決断を優先するつもりであった。

 

 

「ああああああ、なんで俺あんなことやったんだ……」

 

 

テンペストがアメリカ遠征前の休養の際に、島本牧場に帰ってきた。テンペストはのんびりと過ごしていたが、どこか動きたくてうずうずしていたのであった。それに幼駒時代から乗馬コースで遊んでいたこともあり、テンペストなら大丈夫かなと思って馬術を教え込んだのである。実際テンペストは楽しそうにしていたので問題ないだろうと安易に考えていた。

 

 

「まさかあの人が馬術界の大御所とはなあ。どこかで見たことある人だと思ったら……」

 

 

1年前の因果が廻ってきただけである。

60億の馬に乗るというプレッシャーはあるが、テンペストなら大丈夫だという不思議な安心感もあった。

 

 

「まあ、Aクラスだけだし、それくらいなら問題ないか。なんか当て馬扱いなのはちょっとあれだけどなあ……」

 

 

哲也に与えられた役割は、テンペストが馬場馬術の馬として適性があることを示すことである。何も最上位の大会にまで出るということではない。

テンペストなら、哲也のあとの本物の選手ともうまくやっていけるだろうという確信もある。

 

 

「馬術か……」

 

 

哲也は地元の農業高校出身である。大学に行こうかと考えたこともあったが、すぐに牧場で働きたいと考えていたこともあり、卒業と同時に島本牧場で働き始めていた。

馬術部時代のことが昨日のように思い浮かぶ。全国大会に出場したのは懐かしい思い出である。大学で馬術を継続したいという気持ちもあったが、馬産にすぐにかかわりたいという気持ちの方が大きかった。

ただ、馬術への熱が冷めていたわけではなかった。今も実家の乗馬クラブで定期的に練習をしているし、休日には馬術大会に出場したこともある。

ただ、注目度の高いテンペストと共に馬術大会に出るというのは想定外であった。

 

 

「いや、完全に俺のせいなのは間違いないけどさ……」

 

 

某騎手のように、キツイでしょ。という気持ちもなくはない。それと同時に、生まれた時から育ててきた愛馬と共に戦えるという期待もあった。

テンペストに馬術を仕込んだのは、自分が彼と大会に出たいなどという欲望から生まれた行為ではないが、それはそれとして期待してしまうものである。

 

 

「覚悟を決めるか……まあ上に行ったとしてもMクラスくらいまでだろうし」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

俺は馬である。

気温も涼しくなり、季節も少しずつ冬に近づいてきた。

冬は雪まみれになるし、馬の身体でも寒いときは寒いのであまり好きではない。まあ、夏よりはマシだけど。

最近は交尾の仕事は全く入ってこない。

多分シーズンのようなものがあるのだろう。来年に備えておかねば。またアイツの交尾の様子なんて見たくはないからね。

そんなことを思いながら日常を過ごしていると、俺の見慣れた人間がやってきた。

 

 

「ボー、久しぶりだね」

 

 

【元気してたか】

 

 

彼は俺の生まれ故郷で俺をずっと育ててくれた人間だ。現役時代に故郷に帰ったときも、彼にお世話をしてもらっていた。俺にとっての恩人でもある。

何やら手に持っているのは、メロンっぽい果物。

さあ、よこしなさいな。

 

 

「メロンは逃げないからね」

 

 

【おいしい】

 

 

うむ、この味だよ。ありがとう。

それにしても、俺に何か用があるのかな?

 

 

【用は何かな?】

 

 

「服を引っ張らないでね。全く……」

 

 

顔と首を撫でられる。

ふむ、なかなか上達したな。80点!

 

 

「やっぱり懐いていますね。島本牧場の人だってわかっているんでしょうかね」

 

 

「母馬が育児放棄をした関係上、自分がいろいろと世話を焼いていましたからね。覚えてくれているのはありがたいです」

 

 

俺の部屋の前に飾られている帽子を被せてくれる。

わかっているね~

 

 

「……本当に信頼しているんですね。この帽子、限られた人以外が触るとテンペストから怒られますよ」

 

 

「そうなんですね……意外と偏屈なところもあるじゃないの。かわいいやつめ。って服を引っ張らないで」

 

 

何話しているのかな。俺の名前を呼んでいると思うから俺の話だと思うけど、なんか揶揄われた気がするので、服を引っ張って抗議する。

それよりメロンをもっとください。

 

 

「……さすがにこれ以上はあげませんよ」

 

 

【(´・ω・`)】

 

 

「変な顔をしない」

 

 

「やっぱり、楽しそうですね。高森騎手や藤山先生が来たときもこんな感じでしたよ。『俺に乗っていけ~』って感じでうるさかったですけど」

 

 

「まだまだ元気が有り余っているってことでしょうかね。ストレス発散って意味で馬術をやるのは意味が分かりませんが」

 

 

「それについては社員全員が思っていることですけど、テンペストは人に乗ってもらって、人と共に何かすることが好きみたいですね」

 

 

「そうですか……」

 

 

【何話してる?】

 

 

真剣な顔で俺を見つめる彼。

そんな見つめちゃいやん。

 

 

「決めました!テンペスト!俺と頑張ろうぜ!」

 

 

首元を軽くたたかれる。

何やら決断したような顔をしている。

よくわからないけど……

 

 

【がんばれ!】

 

 

――――――――――――――――

 

 

騎手が決まってからは話が早かった。

秋頃から練習が始まった。相変わらず退屈そうに放牧地で過ごしていたテンペストにとって、馬術の練習は新鮮で楽しいものであったようで、哲也が来るとルンルンの気分で放牧地から出ていく様子が見られた。

 

 

「……シンボリクリスエスがなんか変な歩き方しているんですけど」

 

 

「あれ馬術の奴だよね」

 

 

「そういえばテンペストはクリスエスと仲が良かったな」

 

 

「「「また問題が増えた……」」」

 

 

シンボリクリスエスとは放牧地が隣同士であるため、よく併せ馬をしたり、何やら会話をするように嘶き合っていたりする姿がたびたび目撃されている。同じく隣のディープインパクトとも仲がいいのだが、彼は流石に真似はしていないようだった。

種付けシーズンが終わって、放牧地でのんびりしているシンボリクリスエスにとっても新鮮だったようで、自主練を勝手にしているテンペストの動きを見て、自分も真似していたようである。

 

 

「生兵法はけがの元なので、止めさせるしかないかな」

 

 

幸い、シンボリクリスエスも賢い馬なので、人間にその動きはやめろと言われたので、素直に止めていた。

ちょっとしたトラブルはあったものの、テンペストの種牡馬兼馬術馬としての生活は充実していた。

 

 

 

 




ローズキングダム君もたまに柵を破壊するらしいですね。馬も結構ほかの馬の行動を見ていたりするようです。

いきなり有名な選手には乗ってもらえないよね......?
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