これは、そのことに気がついたアラサーワッパライダー「ジーン・パチョレック」の、ささやかな戦争体験談。
オリーブドラブ様の作品
「機動戦士ガンダム -烈火のジャブロー-」の外伝「ガダルカナル・ストレンジャーズ」に登場する「ジーン・パチョレック」のお話です。ぜひご一読お願いいたします!
ちなみに同じく私の作品で三次創作
「機動戦士ガンダム 羽虫兵士の四ヶ月戦争」のある意味リメイクです。
宇宙世紀0079年10月7日
1月3日、ジオン公国による宣戦布告によって始まった一年戦争。コロニー落とし等を経て、地球降下作戦を受け5月には地上の半数以上がジオンの手に落ちた。
この頃になると、だいぶ地球連邦軍の反撃が進み、極東では北京が陥落。北米戦線においても、強襲揚陸艦ホワイトベースの不時着以降戦線が乱れに乱れた。ニューヤークにて10月4日、ガルマ・ザビ大佐が戦死するなどジオン公国軍の劣勢が誤魔化せないところまで来ていた。
連邦総司令部ジャブローへの牽制のため置かれた、旧メキシコの中央即応旅団はほぼ壊滅。残っている勢力圏はみなキャリフォルニアベースにいる第二地上機動師団が管轄・防衛している有様。それも連邦軍の気合の入れようによって崩される寸前にあった。
その旧メキシコの山間では、今日も夜な夜な蚊が鳴くような駆動音が鳴り響く。
『チッ。なんだよ、うっせぇな』
ライトグレーの
その隣を、まるで這い回るかのように浮遊飛行する12機のライトブルー色のホバーバイク。型式番号PVN.4/3、制式名称「ワッパ」で構成される偵察部隊だ。
バイクの前輪後輪に当たる電動モーター駆動のローターにより浮揚するこの機体。主力MSザクや戦車マゼラアタックでは難しい狭小の場所や道路の偵察に活用できるということで、地上で愛用されている。蚊の鳴くような音の正体は、このローターの回転音であったのだ。
何が良いかといえば、誰もが「視界」とか「初心者でも安心」と答えるだろう。元MSパイロットでも数時間の訓練ですぐ習熟できる。さらにMSのコクピットモニターでは後方と死角が見えづらいという難点があったが、ワッパなら首を回すか機体の向きを転換するだけで全方向視認でき、偵察機よりも偵察向けといわれる所以である。
「まあしっかしあれだな、なんたって偵察部隊が無反動砲なんか持たなきゃならんのだ?」
「アンタがかっぱらったからでしょ」
軍人にしてはあまりにも自由すぎる会話。一応先頭で文句を言っていたのは部隊長なのだが。
この部隊長ジーン・パチョレック伍長は右手でレバーを、左手で連邦軍のある基地から奪い取った無反動砲を持って操縦している。ほとんど自動運転だから良いものの、バイクや
「俺ら街の人に言われるまで気が付かなかったんすけど」
「なんだよ」
「それ、地味に目立つンですわ」
部隊の性格上、ゲリラ摘発のため占領下の市街地をパトロールすることがあるのだが、住民から配属基地に電話で
「あの物騒な奴早くしまってほしい」
というクレームが届いている。その批判を一身に喰らった結果、パチョレック伍長は部隊ごと前線の露払いをさせられているという。元々が怠慢気味なのに、変なところでやる気を出すことの代償とは痛いものだ。
「ってか伍長、こうしてみるとMSってデカいっすね……」
「そうだなぁ。乗りたかったな……」
この男達、自軍基地の中や後方からしかまともにMSを見たことがない。見上げてみると、全高18mがまるで超高層ビルとか巨人に例える気持ちがよく分かる。地球連邦軍が今まで何に苦戦を強いられてきたか、今後まさに自分達が味わうことになろうとは、この時はまだ誰も思ってもみなかった。
彼らは気付いていないであろうが、陸戦型ジムの目的も偵察であったりする。しかもこれが単機偵察であるというのだから、何を考えているのか分からない。
あまりの偶然、しかしワッパにはブーム式で懸架された小便みたいな機関銃しかない。無反動砲を所持しているパチョレックは別としても、ルナ・チタニウム合金製のこの巨人を相手取るには力不足もいいところ。
何度も言うが、地球連邦軍は今の今まで、この巨人の相手に四苦八苦していたのだ。まともな単発火力では話にならず、火力を集中させて袋叩きにすることで初めて戦いの土壌に立てるという様相を呈している。
ここでパチョレックが突拍子もないことを言い出した。
「なあ、ちょっと遅くしようぜ」
「はい?」
ここで1機でも移動速度を遅くした場合、広く展開しない限り部隊の列が詰まってしまう恐れがある。広くしたらしたで、少し振り向いたら見つかって終わりだ。
怪訝な表情を浮かべる部下を無視し、ブレーキペダルを踏む。やむを得ないから、部下が白い布を取り出し、後ろに見えるようブンブンと振り回して促す。ブレーキペダルの効果によりローターの回転が遅くなり、次第に着陸脚が展開されるようになる。
着陸しきったその時、初めて陸戦型ジムがワッパの前を歩くその後ろ姿が現れた。虎の威を借る狐ならぬ、ザクの姿を借りる人間である兵士達にとって、これは衝撃的であった。
「おいおい、連邦のMSってハリボテじゃなかったのかよ……」
「ザニ―とかいうモノマネしかできねぇかと」
「なんて凄ぇ奴が出来上がってんだよ……」
数人、目や口がありえない方向に引き攣るくらい、これは衝撃的な出来事といえる。上層部は当然把握しているだろうが、まさかここまで本格的な出来だと思う者がいたろうか。
しかし、すでにボタンが狂っていた者が約1名。
「……へへへ」
この男、パチョレック。
――それも今日で終わりだ!コイツを土産に、サイド3に帰ってやる!
彼だけが、あの巨人を前にして闘志を燃やしていた。
「あの、伍長。伍長!?」
巨人がすでに200m先に進んでいたその時、パチョレックのワッパは、それこそ己の内に燃え盛る炎のごとく浮上。制止も聞かずに後を追っていた。
重力の井戸から解放されるために、重力に魂を奪われるは、なんたる皮肉か。
「よぉし、まずはスラスターの口に近づかにゃあな」
あくまで気取られぬよう、回転音を小さくしながら飛行していく。
この男、無謀にもランドセルに近づき、下から無反動砲を発射。機体の内部誘爆をもって敵MSを倒す算段をつけていた。
最悪自身も反動で吹き飛ばされかねず、良くて当たりどころ次第で即死。それより前に火だるまだ。
それでも、否、だからこそ。ジーン・パチョレックは燃え上がっていた。その気概なくして、誰も大業をなし得なかったのだ。夜陰相応に口角を上げ、右手のコンソールレバーを手前に引き高度をさらに上げた。
『……またブンブン鳴ってらぁ』
コクピット内で首を傾げるパイロット。さすがに尾行を察して機体頭部を動かし後方に目を向けるが、特に何も見つからない。
それはおかしいと、全方位を見渡してみても、機影はない。身をかがめ下を見ても、人の姿さえなかった。
『まあ、いいか』
俺が過剰なだけなんだ。そう言い聞かせ歩みを進めるも、また蚊の鳴くようなローター音。
いよいよおかしい。青筋を立てながらも、無言でレバーを操縦し、振り向くように陸戦型ジムの機体を動かしたとき。
その瞬間が、事件の始まり。
「いよっしゃぁーッ!!!」
ぬっ、と目の前に現れた、否。
『うわっ!な、なんだぁ!?』
衝撃と共に、モニターが砂だらけになった様を見て明らかに動転している。と思えばすぐに暗転。先の一撃で、頭部メインカメラが粉々にぶち壊されてしまった。
「ようし、このまま無様に踊ってくれよ」
乗機の高度を下げたパチョレックの呟き通り、この事態に頭がいっぱいになったまま、四方八方にプルバップ型マシンガンを撃ち回す陸戦型ジムの姿。見事なファイヤーダンスを披露してくれている。
『おいっ!どこだよ!?どこにいるんだよチクショウ!?』
――その中には、今にも白目をむきそうな男がいるわけだが。
ひと回り踊り狂った巨人が、なおも乱射しながらタコ踊りを披露せしめているのは、さしものパチョレックも、ギリギリを避けながら嘲笑うしかない。嘲笑いながら、この時を待っていた!
スラスターの
そして、ワッパは今その10m真下!
「喰らえッ!!!」
すわパチョレック、快哉を叫びながら、両手に携えた無反動砲の引き金に指をかける。
発射された砲弾は、まっすぐスラスターノズルに入り――
「あ、あれは!?」
6km離れた場所で、巨大な爆炎が広がっていく光景が見えた。
あの真下には、間抜けでサボり魔で、しかし面倒見と意気地だけは良かった、そんな伍長がいる。
もしや、いや、そうだ。彼は助かるまい。ジーン・パチョレックは死んだ。晴れて名誉の相討ちを遂げたのだ。
そう思わば……。誰かが泣き出せば、皆止め処なく両眼から熱いものが溢れ出てくる。部隊全員にそれが伝染するまで、数秒も保たなかった。
一番泣きたいのは、今まで散々隊長のわがままに耐え抜き、突っ込みを絶やさなかった副官の若者だろう。
「……伍長、う、嘘だ。ゔぞだとい、言ってぐれ……」
地球降下以来、誰ひとりとして活躍の機会なく、コロニーにはない環境への不満を
しかし、いくら泣いたところで、死んだ者は帰ってこない。分かっていた副官は、泣きながらも指示を下そうとした。
したのだが。
「おぉい……」
幻聴?そんなまさか。
「おぉい……」
確かに、聞こえる。伍長の声が。
しかし首を横に、必死に振った。これは幻聴だ。しっかりしろ、今は俺がリーダーなんだ。胸を張って帰るんだ。
だが、できない。誰よりも彼の生還を信じていたから。またクソくだらない掛け合いをしたいから。
そして、信じていたことが、起こった。弱々しい駆動音だが、確かにそれはパチョレックのワッパだ。無反動がどこに消えたか、何で黒焦げで済んでいるのかは知りたくもないが、とにかく生きている。
彼は何か叫んでいるようだ。泣きながらも耳を傾け、ことと次第によっては胴上げでもしてやろうという野次馬精神のもと、その言葉を期待した。
「勝手に殺すなー!」
部隊は皆、怒った。
宇宙世紀0081年某月某日 トーキョー
「――なんてことがありましてね」
ある寂れた喫茶店で、笑いながら話している男がいた。
元ジオン公国軍伍長、ジーン・パチョレック。30歳。戦後、彼は旧友にして、現在連邦軍のニュータイプ研究所で働いているというローレン・ナカモトの伝手を借り、一家揃ってトーキョーに移住。ジオン共和国と二ホンの連邦当局に問い合わせたうえで、そこに戸籍を置いている。先年、旧ジオン最強のパイロット達「十指」の生き残りによるテロののち、ワッパの武装を外して後部を拡張し、運送業を始めた。「フレンドリードライバー パッキー」、それが屋号だ。
「ハハハ……。ま、まあお後がよろしいようで」
あまりにも微妙な話のオチに苦笑している、この男はカイ・シデン。元ホワイトベース隊のMSパイロットであったそうだが、それまでは開発中のサイド7に住んでいた、どこにでもいる悪ガキだと自称する。
この通り、パチョレックは現在インタビューを受けている。ある放送業者が戦争体験者の声について特集したいと言い出したので、ジャーナリストなり立てのカイ氏がその依頼を受けて取材しているということだ。実はパチョレックで5人目になる。
「それはそうと、他にはどんなことが?」
淡々と聞かれたので、パチョレックも淡々と答えていく。あの戦功から対MS部隊に引き抜かれたこと、キャリフォルニアベースでのこと、ガダルカナル島の戦い。そして合流先から脱走した話。現在の境遇……。
「……なるほど、そういうことでしたか」
聞けば聞くほど、彼は刹那に生きる楽天家である。そういう印象を持ったカイ氏。
そこでどうしても気になったことを問いただした。一応、目の前の取材対象もカテゴリー上はジオン公国軍残党なのだ。
「あの、正直におっしゃってくださいね」
「は、はあ」
「昨年のクリスマス、なぜあなたは『十指』達に味方しなかったのですか?」
一瞬、何を言っているのか分からなかったらしい。首をかしげるばかりのパチョレックに、もう少し深く切り込む。
「今までの軍歴をうかがって、あなたは『十指』や『四海竜』と大なり小なり関わりを持っています」
「……だからなんです?」
話の流れが読めたのか、急に眉間にしわを寄せて不機嫌感を醸し出す。
――これでは、俺がテロリストだと思われるではないか。
あまりの気迫に気圧されたカイ氏だが、負けずに、
「ですから。何のかんのと言いながら本当は彼らの思いに殉じて――」
「ふざけたこと言ってっとぶっ殺すぞッ!!!」
負けずに、パチョレックが飲んでいたコーヒーをその身にぶちまけられてしまった。
目を開けてちらと見ると、パチョレックの拳が大きく震えていた。
「あんな、あんな汚物共の自己満足のために……。何で家族まで巻き込まれなくちゃいけないんだッ……!」
カイ氏は失念していた。
先年のクリスマス、父親をその「十指」の機体に踏み殺されたことを。
続く……?