Sprint To Heaven ~笑顔のその先に~   作:エガヲ

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#12 笑顔

 あれから春がきて、夏と秋を過ぎ、また冬を迎え一年が経ち、季節は移ろゆく……。

 そして二度目の紅葉の時期を迎える。

 

 それまでに過ごした時間は、あっという間の出来事だったとも思えるし、長い月日が経ったとも思えた。

 

 去年の二月十三日……あの日、東京レース場で体験した不思議な現象の正体は、一体何だったのか分からず終いだった。

 レースが終わった後も、久しぶりにセンターでウイニングライブをしている時でさえも、狐につままれた感じをずっと味わされていた。

 

 後でトレーナーなどにその出来事についてそれとなく聞いてみたが、結局それをきちんと認識できていたのはユーセイトップランだけだったという。

 

 ただの幻だった……その一言だけで集約されてしまうのかもしれない。

 だがしかし、確かにあの日あの場所で、エガオヲミセテの姿を模した謎の”幻影”と競い合った。

 それは揺るがない。

 

 それに全てを賭し、持てる全てを出し切ったあのレースで受けた感触は、けして嘘偽りなどではない。

 その時の空気や光景が、この身に――この魂にきちんと刻まれている。

 到底、夢や幻などとは思えなかった。

 

 けれどもそれが見えていたのが自分一人だけでは、誰もその存在を証明することはできない。

 まして、たった一度の出来事だ……。

 あの”幻影”は突然現れてはふっと消えしまい、もう二度と目の前に現れる事はなかった。

 

 まさしく影を掴むのも叶わぬ――『幻影』であった。

 

 ◇◆◇

 

 週明けの月曜日。

 平日のまだ正午を少し過ぎた頃合い。

 

 本来であればトレセン学園の授業を受けているはずだが、ユーセイトップランはとある大きな都内の病院の受付へと来ていた。

 けしてサボったというわけではない。

 昨日行われた京都でのレースの遠征から、ようやくつい数時間前ほどに戻ってきたばかりである。

 

 移動はトレセン学園側で手配されている長距離移動用バスで、同じく出走予定のある他の生徒たちと一緒に行われた。

 片道二時間ほどかかるので、流石に一泊した翌朝の出発とはなるが、レース明けの疲れもそうだが長距離移動の負担もバカにできない。

 そのため土日行われるトゥインクル・シリーズのレースに出走したトレセン学園の生徒は、もれなく翌月曜日は振替休日になると、学園側で定められていた。

 

 なのでそのオフの時間を利用して、今日もこの病院の中のいつもの場所で――日課となっているエガオヲミセテに会いにきていた。

 

 受付で面会の手続きを済ませると、もはや通い慣れた道筋を迷うこともなくたどり、彼女の居る病室へと入る。

 そしていつものように窓のカーテンを開け、空気を入れ替えるために窓を開けた。

 

 窓から、残暑もすっかり収まり、ほどよく涼しくて心地のよい秋風が流れてくる。

「すっかり秋らしくなってきたね……」

 ユーセイトップランは後ろを振り返り、そう彼女に話しかける。

 

 だが――その返事はない。

 

 それもそのはずであった。

 エガオヲミセテは、すぐ近くのベッドの上で静かに眠っていた。

 いつもと変わらず人工呼吸器や心電図に繋がれたまま、まるで死んでいるかのように身動きせず、ただ眠りについている……。

 

 去年の冬のダイヤモンドステークスでは勝った。

 確かに奇跡を起こして、大逆転をしてみせた。

 

 翌日の朝早くに、逸る気持ちを抑えながら彼女の病室に訪れていた。

 

 レースの最中、彼女とうり二つな謎の『幻影』を見たこともあるし、それに淡い期待もあった。

 もしかしたら……と。

 

 だが、現実はそんな都合よくはなかった。

 奇跡的に彼女が目を覚ます……そんな事は起きはしなかった。

 

 どんな絶望的な状況からでも、ひっくり返せる。

 それを可能だと証明してはみせたが、肝心の彼女の眠りには何の意味ももたらさなかったのだ。

 

「……変に期待させるような事だけになって、ゴメン……」

 前にこの病室で、同じように彼女の様子を見に来た時に、彼女の妹と会った。

 その際、つい後ろめたさから、思わずそんな謝罪を述べてしまった。

 

 レースに勝って奇跡を起こす。

 その奇跡をもってして、エガオヲミセテにも奇跡をもたらしてみせる――。

 そんな何の根拠もない事を恥ずかしげもなく豪語してみせたが、結果がこのざまであった。

 裏切る形になってしまい、何と言って顔向けすればいいのか分からなかった。

 

 しかし少女はユーセイトップランに非難を浴びせるつもりは毛頭なく、静かに首を振った。

「……あの時、ユーセイさんがああやって言ってくれたからこそ、僕は前に向き合おうと思えたんです。あれがなかったらきっと僕は捻くれたまま、ずっといじけていたかもしれません。だから……ユーセイさんには感謝してるんです」

 簡単に姉の事を諦めていた両親に、綺麗事を並べる周りの大人達の言葉でナイーブになっていた。

 そんな中で、見たくないものから目を背けるのではなく、自分の心のまま、諦めずに希望を持ってもいいと、そう教えてくれたユーセイトップランの言葉は、少女にとって光明であった。

「それに可能性はゼロじゃない――姉さんが必ずしも目覚めないって、まだ決まったわけじゃない……そうでしょう?」

 そう言って少女は笑ってみせた。

 それはかつてユーセイトップランが少女に向けた放った言葉の意趣返しであった。

 

 ユーセイトップランはその言葉で気付かされる。

 信じる心こそが本当の強さなのだと。

 

 もはや自分の力など頼る必要もない……本当に強い子だ。

 気を使うつもりが、逆に励まされてしまったのだから。

 

「うん、そうだね! 他の誰でもない、私たちが””奇跡””を信じなきゃね!」

 あの時の言葉に、気持ちに偽りなど一切ない。

 だからこそ、信じて待ち続ける。

 それが例え何年、何十年だろうとも……。

 

 ユーセイトップランはそう再び決意を新たにした。

 

 そしてその時の別れ際に、エガオヲミセテの妹とこんなやり取りを交わした。

「実は僕には叶えたい夢があるんです」

「へえ、どんな夢なの? 教えてよ」

「……面と向かって言うのは恥ずかしいんですが……。僕、姉さんと、ユーセイさんと一緒にレースで走ってみたいです! あの時のレースみたくに!!」

 あの日、ダイヤモンドステークスのレースを約束通りテレビ中継を観てくれており、ユーセイトップランが見せた最後尾からの大まくりに、いたく感動したらしい。

 自分もあんな風に走りたい、レースを走ってみたい――そう思うようになったのだという。

 

「……その夢はきっと叶うよ。約束する。それまで、()()()()()()()

 ユーセイトップランは、少女の前に小指を立てて突き出す。

 少女もそれに合わせるかのように、自分の小指を絡ませる。

「はい……!」

 指切りをし、約束を交わした。

 小さな指だった。

 今はまだその小さな(つぼみ)が、やがて大輪の花となり、同じトレセン学園の土を、そして同じ舞台(ターフ)の上で咲き誇れる日を夢見て。

 

 険しい道のりかもしれない。

 けれどきっとそれは実現するであろう。

 

 例えどんな困難だろうとも、信じて前を突き進んでいけば必ず道は開ける。

 いつだって自分自身は、自分を裏切らないのだから。

 

 それに先程見せてくれた……あの姉そっくりな力強い笑顔があれば、何度だって立ち向かって行ける。

 そんな決意と勇気が込められていたのだから――。

 

 後はその時を楽しみに待つばかりだ。

 肩を並べて共に駆け抜けられるその日を……。

 

 まだ平日の昼頃だからか、やけに静かであった。

 彼女の妹も流石にこの時間にはやって来ないであろう。

 

 ユーセイトップランはしばらく窓から外の空気を浴びていると、気が済んだのか開けていた窓をそっと閉める。

 そしてエガオヲミセテが寝ているベッドの近くにある椅子に腰掛け、この前と変わらない安らかに眠っているその顔を見つめる。

 

「……私ね、昨日久しぶりにレース出たよ」

 まるで母親が子供に絵本を読みかけせるように、昨日の出来事を話しかける。

 

 反応がないのは、わかっている。

 それを期待しているわけではない。

 

 ただなんとなく日記をつけるみたいに、自分に身の回りで起きた事をそうやって彼女に語りかけるのが習慣になっていた。

「…………まあなんていうか、すごいレースだったよ……」

 何と言い表せばよいのか難しく、思わず頬を指でかいてしまう。

 

 ユーセイトップランは記憶を辿りながら、十月七日に行われたGⅡ京都大賞典について独り言のように話し始める。

 

 そのレースには、巷では”世紀末覇王”とも称され、その圧倒的な強さで世間を騒がせているテイエムオペラオーがこれに出走すると決まった。

 するとや否や、京都大賞典を出走回避する者が相次ぎ、なんとフルゲートの半分に満たない総勢七名でのレースとなってしまった。

 ユーセイトップランもそれに出走し、少数名ながらも予定通りレースは行われた。

 

 レース展開は、件のテイエムオペラオーの宿命のライバルとも言えるナリタトップロードと、かつて主な勝鞍が阿寒湖特別だけという無冠の帝王、数多のGⅠレースであの”黄金世代”たちとも対等に渡り歩き、ついには世界のレースを制したキンイロリョテイとの一騎打ちになった。

 

 その勝敗の行方は、最後の直線でナリタトップロードがまさかの転倒で競走中止(リタイア)となり、キンイロリョテイが勝利を手にしたかに見えたが……掲示板は『審議』の判定。

 審議の結果、キンイロリョテイがナリタトップロードに対して強引な斜行をしかけて体当たりをかまし、その結果転倒させた事がパトロールカメラで判明する。

 それを受け、一着でゴールしたはずのキンイロリョテイは失格となり、二着だったテイエムオペラオーが繰り上がりで勝利を飾るという前代未聞な波乱の結末であった。

 

 一方ユーセイトップランは、その騒動に一切関わる事もなく、ずっと最後尾のままで、着順取り消しとなった二名を除くと、ビリでのゴールであった。

 

 何もいいところはなかった――。

 

 去年のダイヤモンドステークスでの勝利で燃え尽きてしまったかのように、本格化(ピーク)の終わりや力の衰えを如実に感じてしまう。

 このまま走り続けていても、結果を残せないかもしれない……。

 再び”あの二文字”が頭をよぎったが、今度は迷うことなく即断即決した。

 ――引退するつもりなどはない、と。

 

 エガオヲミセテの妹との約束もある。

 それにユーセイトップラン自身にもやり残した事がある。

 彼女と再び一緒に走り、あの時の本当の決着をつける事だ。

 

 そのためにも誰になんと言われようとも、ここで身を引く考えはなかった。

 

「そういえば……エガオが助けた子も、今、活躍してるよ」

 山本トレセン学園での合宿で起きた痛ましい火災。

 その際、エガオヲミセテによって辛くも救出されたスターシャンデリア……。

 つい先週のオープン戦でのレースではあるが、見事一着をもぎ取り、奇跡の復活を遂げていた。

 

 そして勝利の時に発したコメントが――。

 

『あの火事であたしはある人に命を救われました。あの人がいなければ今のあたしはありませんでした。その時からあの人と一緒に走ることがあたしの目標です。今はまだ叶わないですけど……いつかきっと帰ってくるって、信じてます!』

 

 その事を人づてで聞いた時は、どこか胸のすく思いをしたものであった。

 こんなにもエガオヲミセテの事を思ってくれている人がいるのだから。

 

「みんな、エガオのこと待ってるんだぞ……」

 

 ――だから早く帰ってこい。

 

 そう思った言葉には出さず、胸の内に留める。

 

 その瞬間、こみ上げてきたものが溢れそうになる。

 手で口元を抑え、嗚咽を(こら)える。

 

 感情の高ぶりが抑えきれなかった。

 

 何年、何十年かかろうとも信じて待つと決めたが……そんなのはただの強がりだ。

 叶うならば今すぐだって、その目を開いてほしい。その身体が動いてほしい。

 そして自分にあの微笑みを向けてほしい……。

 

 ユーセイトップランは、力なくベッドの上でもたれ掛かっているエガオヲミセテの右手を取ると、両手で優しく握りしめる。

 

 起こり得ない幻想、儚い祈り……。

 ああ、それでも願わずにはいられない――。

 

 あの日叶えたかった真の願い……レースに勝って起こしたかった本当の奇跡……。

 それはひとえに彼女のため。

 

 もう一度、彼女の()()()()()()――。

 

 ただ、それだけであった。

 

 下を向く。

 目尻に溜まっていたものが流れ落ちゆく。

 その頬から雫が流れ落ち……エガオヲミセテの手の甲に、弱々しく何度もぶつかっては四散する。

 

 悔しくて悔しくてただ悔しくて……。

 涙を流すしかなかった。

 

 溢れ出た感情のまま、心の中で泣き叫んだ。

 もはや堪える事など、出来やしなかった。

 

 ――すると、どうであろう……。

 

 それが呼び水となったのかはわからない。

 その時、”それ”が起きた――。

 

「――――ん」

 

 奇跡は成就する。

 

 幾度その手を握ろうとも反応が無かったその手のひらに、僅かな反応があったのだ。

 そしてベッドの上で眠る彼女はゆっくりと瞼を開ける。

 

「――あれ? ここどこだろ……。それになんでユーちゃんがいるの……?」

 

「――――」

 もしも彼女が目覚めたのならと考えて……たくさん伝えたい言葉を用意してあった。

 これまで言えなかった色々な想いをちゃんと伝えたかった。

 

 けれど、今のはユーセイトップランはただただ驚き、歓喜に震え、何も言葉を発せられなかった。

 

「んー……わたし寝ぼけてるのかなぁ……。まいっか、とりあえずおはよう、ユーちゃん!」

 そう言ってエガオヲミセテは、以前と何だ変わらぬまばゆい笑顔を浮かべる。

 

 その姿に思わずユーセイトップランは更に感涙する。

 

「おはよう…………エガオッ!」

 感極まり飛びつくように熱い抱擁を交わす。

 

「え……何何? ユーちゃんどうしたの……?」

 その突然の出来事にエガオヲミセテは困惑しているようだった。

 

 それでもおかまいなしにと、ユーセイトップランは彼女をこの身でいっぱい抱きとめた。

 そのぬくもりを噛み締めた。

 

 これが夢や幻でないと、確かめるために……。

 

 

 たった一つの願い。

 たった一つの小さな奇跡。

 

 悲劇から始まった小さなドラマは今終幕を迎える。

 しかし二人の物語はこれからも続いていくだろう。

 

 二人の笑顔と共に――。

 

 

 -了-




ありがとうございました。また何処かで。

■小ネタ解説※ネタバレを含む(興味のある方だけ反転してご覧下さい)
・京都大賞典
史実では、2001/10/07の京都大賞典(G2)がユーセイトップランのラストランである。
そのレースはとにかく、ステイなんとかさんがやらかしたことが有名で、ユーセイトップランは完全に蚊帳の外。
※どうでもいいが、ウマ娘のナリタトップロードさんの見た目とか性格とかおっぱいとか、めっちゃワイの好みですこ

・エガオヲミセテの妹との最後の会話の部分(私は待ってるよ)
私は待ってるよ=ワタシハマッテルヨ=オレハマッテルゼ
※彼女の名前を出せなかったのでせめてこのような形で・・・

・スターシャンデリア
作中でもう少し出番があったのたが、テンポ感のためなくなく削った。
最後にちょっとだけ罪滅ぼしで名前だけ登場させた。
彼女も”死の運命”から解き放たれ、幸せに暮らしましたと、それだけは言いたかった。

・史実と展開を変えた理由
もしも史実通りにやったら、火事でエガオヲミセテが死んで悲しかったけど、レースでは勝ったよ!ありがとう!!
って、あんまりハッピーエンドじゃないんだよね。
ウマ娘ってそういう救われなかった馬に救いがあるような展開も、魅力なわけじゃない?(アニメ1期のサイレンススズカしかり)
だから俺なりに改変して、超ベッタベタでご都合展開でも、ハッピーエンドにしたわけ。
だってみんなハッピーエンドの方が好きだろう?俺もそっちのほうが好きだ!・・・そういうこと。
まあ、やりたいことはやりきったので満足しました(ただの自己満です)

・タイトルの『Sprint To Heaven』
天国への激走 という意味。
正直、興味持ってもらえなさそうなタイトルバイバイ。
※なお本人はイケてると思っていた模様
(タイトルとかネーミングセンスが壊滅的である)

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