Sprint To Heaven ~笑顔のその先に~   作:エガヲ

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#2 遭逢

 二月十一日、早朝六時。

 日が昇り始めて間もないため辺りは薄暗く、吐いた息が真っ白になるほどまだ寒い。

 このような時間、世間一般的にはまだ眠りについているほうが大多数であろう。

 しかし東京都府中市にある、日本ウマ娘トレーニングセンター学園――トレセン学園の朝は早かった。

 本日は祝日で授業もない上にまだこんな朝早くに、学園の寮から短い通学路を登校する生徒――ウマ娘はいない。

 だがその代わりに、こんな明け方にも関わらず、トレセン学園の外周をランニングし、熱心にトレーニングへ勤しんでいるトレセン学園の生徒が何名か見受けられた。

 

 普通の学生とは違い、彼女たちには休みだろうと朝早かろうと、ゆっくりとしている暇はない。

 学校の授業に、アスリートとしての座学やトレーニング、おまけにダンスレッスンもしなければならない……時間はいくらあっても足りなかった。

 メディアなどではその華やかしい部分ばかりが取りざたされている少女たちであったが、その実、こういった目には見えない研鑽があってこそ、その煌めきは生み出されている。

 だからこそひたむきにレースへ臨み、勝利の晴れ舞台でのライブパフォーマンスをするウマ娘たちの姿に、人々は夢や希望を重ねるのかもしれない。

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」

 同様に、左右に分けた前髪を揺らしながらジョギングに励む、黒髪のショートヘアーのウマ娘がいた。

 学園指定の赤地に白いラインの入ったジャージに身を包み、軽快な足取りと一定のリズムを刻み、乱れのない呼吸音を奏でている。

 

 そのウマ娘の名は――ユーセイトップランといった。

 

 二日後の東京レース場で行われる『ダイヤモンドステークス』に向け、体力づくりを兼ねた日課となっているトレセン学園外周の走り込みに打ち込んでいる。

 そこには焦りや不安もあるのだろう。

 一分一秒が惜しまれ、時間の猶予は一刻もない。

 準備はいくらしても足りない、ギリギリまで鍛錬を重ねなければならないほどに。

 

 かれこれユーセイトップランは、もやは国民的スポーツ・エンターテイメントとして認知され熱狂的な支持を受けている『トゥインクル・シリーズ』の舞台に挑戦して、六年目に差しかかろうとしていた。

 

 憧れて入った世界……それはけして順調な滑り出しではなかった。

 トレセン学園に入学してから一年ほどかかってようやくチームに加入することが叶い、周囲のクラスメイトからかなり遅れてのメイクデビューとなった。

 しかしそのデビュー戦は散々たるものであった。

 着差六秒のタイムオーバー……一着のウマ娘から大幅に遅れての最下位となってしまった。

 初めてのレース――会場の雰囲気や、大勢の観客たちによる視線と熱気……それらに当てられてしまったのかもしれない。

 出鼻をくじき、辛酸をなめる結果となってしまった。

 

 しばらくユーセイトップランは、まずはレースに馴れることを使命に課せられることとなった。

 その後、四戦目にして初勝利をなんとか上げる。

 そして順分満帆に上り詰めていったとはお世辞にも言い難いが、根気強くレースに出走しては、地道に勝利を積み重ね、三四戦七勝のうち重賞二勝と……なかなかの成績を残せた。

 

 泥臭いというのがしっくりと来るような月日だった。

 時の経過は早いもので、GⅠを含む様々なレースに出走し、臥薪嘗胆しながら多くの経験を積んでいった。

 そうやってターフを駆けていくうちに、いつの間にかベテランの域へと達し、シニア級の中でも古参と呼ばれるようになっていた。

 長い競争生活の中、ユーセイトップラン自身、全盛期と比べての能力の衰え――アスリートとしての限界(ピーク)を実感していた。

 それを証明するかのように、ここ一年以上、勝利から遠ざかっていたのだ。

 なにより前の七レースともすべて二桁着順と……結果が無情にも物語ってしまっていた。

 

 まるで歯車が狂ったかのように、万全の状態で挑んでも力及ばず敗北を重ねてしまう。

 敗北の度にすり減っていく肉体と精神。

 頭によぎるのは『引退』の二文字……。

 思えば共に切磋琢磨していった同期のウマ娘たちも、随分とターフの上から姿を消してしまっていた。

 

 それでもユーセイトップランは走ることを――競争生活から身を引くことをしなかった。

 ウマ娘として生まれてきたからには、走ることを諦めたくはなかったのだ。

 解決の糸口が見えなくとも、勝機が薄くともレースに出続ける。

 そうひたすら真っすぐに走り抜けてきた。

 

 何がユーセイトップランをそこまで奮い立たせているのだろうか――。

 おそらく自分の力だけでは、ただ一人で強く思うだけでは、ここまで頑張れることはできなかったであろう。

 

 挫けて負けてしまいそうになった時、心が折れてつい弱音を吐いてしまった時――。

 

『まだまだ頑張れるよ、諦めちゃダメだよ』

『本当は引退なんか考えてないんでしょ?』

『これからも走りたいって思ってるんでしょ?』

『だったら――走ろうよ!』

 

 そういつも励ましを……笑顔をくれる『彼女』が側に居てくれたのだった。

 

 ***

 

 あれは、ユーセイトップランがトレセン学園に来てから三度目の春を迎えた時。

 先日寮長から、しばらく半分空いていた自分の寮部屋に、新しいウマ娘が今日からやってくると、知らされた。

 

 前にいたルームメイトと共過ごしたのは一年半ほどであったが、ユーセイトップランと同い年の同期で、よく『もっと速く、もっと上手に走る方法はないか』などといったことをこの部屋で話し合ったものであった。

 しかし昨年の夏頃に志半ばで夢破れ……同室者は中央から故郷へと戻っていった。

 実力が全てのこの世界では、よくある事だ。

 しかしトレセン学園の敷居をまたいだ、というだけでも選りすぐりのエリートでもある。

 だがそんなエリートの中でも、この競争生活(トレセン)で生き残れるのはほんの僅かしか居ない。

 別れの間際に「自分の分まで頑張ってね……」と、涙を浮かべながら告げられたことは、もう懐かしい記憶となっている。 

 

 そんな感傷に浸っていると、「コンコン」とドアを軽くノックする音が部屋に響く。

 どうやらその今日から同じ寮で暮らす新しい同居人が、早速やってきようだ。

 ユーセイトップランは彼女を出迎えるべく、ドアノブに手をかける。

 

 ドアを開くと目に映ったのは、ユーセイトップランより頭一つ分ぐらい低い身長の、頭上のウマ耳に結んだ赤いリボンがよく似合っており、可愛らしいという表現がよく似合うウマ娘だった。

 彼女は両手いっぱいに荷物を抱えたまま、肩まで伸びたチョコレートブラウン色のそのきめ細やな髪をふわりと舞い上げながら一礼し終えると、透き通った声で挨拶をしてくる。

 

「初めまして、わたしエガオヲミセテって言います。これからよろしくお願いしますね!」

 そう言って無垢な笑顔をユーセイトップランに向けた。

 

 今でも鮮明に焼き付いている……まるで引き込まれてしまいそうな、そんなまぶしい微笑みだった。

 

 それが彼女――エガオヲミセテとの出会いだった。




一部文章校正しました(2022/2/16)

■小ネタ解説※ネタバレを含む(興味のある方だけ反転してご覧下さい)
・ユーセイトップラン
通算成績43戦8勝 主な勝鞍はアルゼンチン共和国杯(G2)、ダイヤモンドステークス(G3)
1996年~2001年の間、競走馬として活動。
同期(96世代)はウマ娘になっているのだと、エアグルーヴとシンコウウインディ。有名所だとバブルガムフェロー・ダインスインザダークやファビラスラフインなど。
デビューは遅い1996年2月3日の4歳(旧表記)新馬戦で、結果は10着。
1着馬から6秒遅れでタイムオーバーになり、出走停止となってしまった。
その後もなかなか勝てず、約二年後にオープンクラスへ昇格した。
※そのレースであのステイなんとかさんに勝利している
(お互い多くのレースに出走して同じステイヤーなので、ステイなんとかさんとは何度か対決している)
数多くの重賞レース・G1にも出走するが、華々しい成績は残せなかった(特にG1は2桁着位はザラ)
実はウマ娘アニメ1期の10話の天皇賞(秋)のレースでモブとして登場している。
※スペシャルウィークの隣の5枠8番で、ほんの一瞬だがその姿を見れる

作中では、苦悩しながらそれを乗り越えていく主人公として描いた。
あとはエガオミセテのことどれだけ大事に思っていたかを、しっかりと描いたつもり。(それがないと感情移入出来ないし)
※そのせいで物語の展開が中だるみしたんだけどね
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