Sprint To Heaven ~笑顔のその先に~ 作:エガヲ
二月十一日、早朝八時。
世間では三連休最初の日。
これからどこに出かけようか――などと、そんな楽しい休日の予定を立てるのもいいだろう。
しかしユーセイトップランにとっては、すべての予定が瓦解しかけるほどの衝撃的な朝を迎えた。
「そ、そんな……嘘だ、嘘に決まってる……」
初めて電話越しでその事を耳にした時、頭の処理が追いつかず、理解することが出来なかった。
まるでハンマーで頭を殴られたような衝撃が襲い、目の前が真っ白になる。
心臓の鼓動が早くなり、胸が締め付けられるような苦しみが駆け巡り、頭の中で甲高い耳鳴りが響いてきた。
あまつさえ額に嫌な汗が浮かび上がり、激しい息切れを起こしはじめ、呼吸が乱れて荒くなる。
『――い! おい、ユーセイ!! 急にどうした、息が荒いぞ? 大丈夫か!』
危うく意識を失いかけたが、電話口から自分を呼ぶトレーナーの声で、現実へと引き戻された。
「……は、はい。平気です……」
何とか呼吸を整えて、そう言葉を吐き出した。
「それよりも、本当ですか……? その、エガオが病院に運ばれたって……」
『急な話で信じられないかもしれねぇが……本当だ……』
いつになく深刻そうなトレーナーの声が電話から響き渡る。
エガオヲミセテはつい先日、山元トレセン学園へ出発したばかりだ。
それがいきなりこんな凶報を知らされるなどと……誰かが見越すことができるというのか――今だってまだ実感が全然わいていない。
しかしトレーナーの口からは、とても嘘や冗談で言っているような雰囲気は微塵もない。
ただならない嫌な緊張感が伝わってくる。
『俺はこれからエガオが運ばれた病院に直行する。詳しい事はそこで聞いてくる。お前も気がかりだと思うが……とりあえず今日のチーム練習はお前のほうで見てやってくれ。また後で電話する、んじゃ頼んだぞ!』
「え……あの――」
よほど急いでいるのか、トレーナーは早口でまくしたてると、通話は一方的に切れてしまった。
こちらから何かを尋ねる合間すらなく、後には虚しく電話のビジー音がただ木霊するだけである。
この突然の知らせが来たのは、今朝の朝練のジョギングから戻り、汗を流し終えて部屋で髪を乾かしている時であった。
その突飛な内容に……聞かされた今でも信じられずにいる。
昨日夜遅く、交流合宿の先――山元トレセン学園で火災が起き、不幸にもエガオヲミセテがそれに巻き込まれ、病院に運ばれたなどと……。
具体的にどんな怪我をしたのかとか、容体などはトレーナーの方もまだ把握できていないようだった。
不安だけが一方的に募っていく。
「……ニュースとかになってるのかな……」
好奇心は猫を殺すと言われるが、一度に気になってしまうと居ても立っても居られない。
それにもしかすると、何かの間違いだったかも可能性もある、そう悪い夢だと否定したかったユーセイトップランは、恐る恐るスマートフォンで情報を漁り出す。
一縷の望みをかけて……。
だがそんな希望もむなしく……先程トレーナーから聞いた火事の出来事がすでにあちらこちらで記事になっていた。
紛れもない事実である――。
否が応でも、そう突きつけられるばかりであった。
『十一日午前二時頃、宮城県にある山元トレセン学園にて火災発生! 交流合宿に参加していた生徒に重軽傷者発生!?』
検索結果を開くと、そんな衝撃的なタイトルの記事のサイトが目にとまる。
その記事によると――。
寝静まった深夜に、交流合宿に参加しているエガオヲミセテを含む生徒たちが寝泊まりに使用していた木造の旧校舎を改装した宿舎一棟が、突如火事にあったという――。
現場に急行した消防隊が消火活動を行うも、火の勢いは衰えず、見るも無残に全焼したのだという――。
しかし火事に気付いた職員らの迅速な対応のかいがあり、重軽傷者が数名出てしまうも、死傷者は一人もでなかったという――。
出火は原因は漏電が原因ともいわれているが、未だ解明に至っておらず、関係者に詳しい事情を確認しているという――。
またこの交流合宿に、昨年のダービーウマ娘”アドマイヤベガ”の参加が予定されており、安否が心配されたが、強運にも直前で他の予定が入りキャンセルとなったため、難を逃れたという――。
記事を読み終えたユーセイトップランは、手にしていた携帯をサスペンド状態して画面を切ると、そのまま力なくベッドに仰向けになって倒れ込んだ。
その直後、ゴトッ――と、一人しかいない寂しい部屋に、鈍い音が響く。
どうやら横になった勢いで、スマホが手からこぼれ落ちたようだった。
「…………」
手を伸ばしても届かない距離に飛んでいった自分のスマホを首だけ回して確認する。
しかしただ呆然とそれを見つめるだけで、拾いに行こうと起き上がらずにいた。
拾うのもなんだか億劫だ……そんな虚脱感に包まれていた。
「……何だってエガオがこんな目に……。あんまりだ……」
天井を仰ぎ、運命を呪う呪詛を吐く。
運が悪かった……その一言では片付けるにはあまりにも痛ましい。
近しい人の不幸に対して、今自分がどう向き合えばよいのか検討もつかない。
ただせめて、大事なく無事でいてほしい……ユーセイトップランはそう願うばかりであった。
◇◆◇
とてもひどい一日だった……。
ユーセイトップランの今日を振り返ると、その一言で締めくくられる。
精神的な動揺がここまで私生活に響くことを、身を持って証明してみせた。
あれからずっと昼過ぎまで部屋で何もせず、ベッドの上でずっと呆けたままだった。
まだ祝日で学校の授業がないため差し支えはなかったが、午後からチーム全員で一緒にトレーニングするという用事を、すっかり忘れてしまっていた。
時間になっても姿を現さないユーセイトップランを心配したチームメンバーが部屋に迎えに来たところで、ようやく思い出すという始末である。
トレーナーの留守を預かったというのになんという不甲斐なさだろうか。
もっともユーセイトップランは約束を反故にしたり、時間にルーズな面はなく、むしろ真逆でしっかり自己管理できるタイプであった。
それほど今回の件はダメージが大きかったということに他ならない。
そんなゴタゴタがありつつ、時は過ぎて夕刻――。
とんだ失態を見せてしまい、チームメンバーたちに腰が折れるぐらい謝罪を述べた。
その普段見ることない姿に、『ユーセイさんでもそういうことあるんですね』と、笑い話でなんとか済んだ。
その後、とりあえずは目の前のことに集中し、余計な事は考えなようにして過ごし、チーム練習をひまず終えた。
練習途中、チームメンバーからトレーナー不在の理由を訊ねられたが、『突然急用が入った』と適当に言葉を濁すだけであった。
当然、エガオヲミセテの事などは話せるわけもなく、伏せたままだ。
話せば余計に混乱を招くだけだと結果は分かりきっていたし、そもそもユーセイトップラン自身、詳しい状況が不明なため、語れる口など持ち合わせていなかったのだ。
だからこそ今日一日ずっと気になって仕方がなかった。
時折何度も、トレーナーから電話がかかってこないか――彼女の様子がどうだったのか、それをいち早く知りたく、手持ち無沙汰のようにスマートフォンを取り出しては戻す……そんな無作為な行動を繰り返していた。
こういう時ほど、時間の流れはやたらと緩慢に感じてしまう。
浮かんでは消えるこの戸惑いと焦燥……。
ひとえに彼女の無事が心配であった。
そうやきもきとした時間を、長いこと過ごしていった。
ブルルルッ――!
その時であった。
癖のようにケータイを手にしていた際、それが激しく振動し出した。
普段からマナーモードにしているので、着信音は鳴らさないように設定してある。
急いでディスプレイを確認すると、そこにはトレーナーからの着信が示されていた。
「――もしもし、おやっさん? そっちは……エガオの容体はどうですか!」
慌ててスピーカーモードで電話に出るや否や、そう一気にまくしたてる。
『まあ落ち着け、ユーセイ……。医者によるとだな、火事で軽い火傷を負ってはいたが、
「よかった! それじゃあエガオはいつ頃退院できそうですか?」
そのトレーナーの話を聞いた瞬間、ユーセイトップランは今までの不安はどこへやら、明るい表情を浮かべる。
本当に無事で良かった……そうほっと、胸を撫で下ろした。
『…………ッ』
そんなユーセイトップランの心情とは裏腹に、返ってきたのはトレーナーの重苦しい息遣いだけであった。
「おやっさん……?」
軽症であるならすぐにでも退院できるはず……早くもエガオヲミセテと再会できる日を待ち遠しく思えていた。
だがそれは、
『いいかユーセイ……心して聞け――』
『すみません! あたしの……あたしのせいなんです!!』
突如として、トレーナーとの通話に、知らない女の子の叫びにも近い大きな声が割って入きた。
日頃からウマ娘と接しているので習慣づいているのか、向こうもハンズフリーで通話をしており、これまでの会話は近くに居たその人物にも筒抜けだったようだ。
しかしこの声の持ち主は一体誰なのであろうか。
彼女の家に何度か遊びに行ったことがあり面識があるのでわかるが、母親のとも違く、彼女の五つ下の妹とも違う、まったく聞き覚えのない声だった。
そして何よりも、一体誰に、一体何に謝罪を述べているのか、趣旨がまるで見えてこない。
「えっと……すみません。それってどういう意味ですか?」
ユーセイトップランがそう聞き返すと、嗚咽混じりで随分と苦しそうな声が返ってくる。
『……エガオさんは……。あたしを、あたしを助けたせいで、ずっと眠ったままなんです……』
一部文章校正しました(2022/2/16)
■小ネタ解説※ネタバレを含む(興味のある方だけ反転してご覧下さい)
・おやっさんことトレーナー
モデルはユーセイトップランとエガオミセテの厩舎の調教師、音無秀孝氏。
※といっても、ほぼオリジナル設定だらけ
キャラづけとしては、あしたのジョーの丹下段平をイメージして書いた。
※シンデレラグレイの六平銀次郎もちょっと入っている
超絶かっこいい(外見は強面)オッサンを書くのは楽しいなぁ。