B.A.D. Beyond Another Darkness -Another Story- 作:Veruhu
「本当はあざか様に、屋敷での喫煙は固く禁止されているのですが、繭墨家にとっての恩人である、小田桐殿の望まれる事です。多少の事は目を瞑りましょう」
定下と話したのは、案外久しぶりかもしれない。僕はそう思いながら、口を開いた。
「そうか……ありがとう。だけど僕は、繭墨家の実家を破壊してるんだから、あまり気にしないで欲しい」
「確かに……それもそうでしたね」
定下は背後で軽く笑った。僕は何故かそれも嫌に感じ、煙をまた肺に入れた。
「…………繭さんが今何をしようとしてるか、分かるか?」
肺の中の煙を吐き出すと、僕はそう聞いた。
「さぁ? 分かりかねますねぇ」
振り向くと定下は、屋敷の外の世界を遠くを見つめながらそう答えていた。
僕はまた溜息をつくと、根本まで吸い切ったタバコを携帯灰皿の中に捨てる。タバコの煙で血が濁ったおかげか、少し苛立ちも収まった。
僕は息を吐くと、再度口を開いた。
「…………繭さんはもう二度と、こんなことには手を染めないと思っていたんだ。だけどまたおかしな依頼者の依頼を、繭さんは受けてしまった」
「…………そうで御座いましたか。それは心中お察し致します。しかしながらあざか様にとっては、退屈は死に値する程の物だったのでしょう」
「そうだったな…………」
彼女は事あるごとに、退屈だ、退屈だ、退屈で死にそうだとぼやいていた。それは時に、僕の腹が裂ければ面白いのにと呟く程の物であったが、とにかく彼女は退屈が天敵だった。
彼女は暇つぶしの為ならば、恐らく自身の死さえも厭わないように思う。大体彼女は、自分が死ぬかもしれないことが分かって居ながら、暇つぶしの為に依頼を受けていた。猫のような瞳を輝かせ、嫌いな微笑みを作り、人の死を鑑賞して、チョコを齧る。それが彼女にとっての娯楽であり、暇つぶしだった。
そんな彼女は明らかに異常であり、狂っている。恐らく彼女の下に居続ければ、僕は傷つき続けるのだろう。正直に言えば、もう巻き込まれるのは御免だった。
それでも僕は今、此処にいる。僕は、彼女の許からは離れられなかった。
理由はよく分からない。だけどそれでも僕は、彼女の隣で歩き続けていたいと、そう思うようになっていた。例え腹の中の鬼という足枷が無くなった今であっても、何故かその思いだけは変わらなかった。
「…………僕はもう既に、繭さんに呪われているのかもしれないな」
「何か言われましたか?」
「いや……、なんでもない」
僕は首を横に振った。溜息を吐いて身体を後ろに倒し、両腕を床に付けて身体を支える。我ながら無様だと思う姿だ。
「そういえば、用事を思い出しました。申し訳ながら、私はこれで失礼させて頂きます」
「あぁ……」
「タバコはあざか様が出てこられるまで、ご自由にお呑みになられて構いませんので。灰皿とライターはここにおいて置きます」
定下はそう言うとライターと、何時の間に持ってきていたのか灰皿を、僕の隣に丁寧に置いた。
「ありがとう」
「いえ……」
定下は僕に軽い礼をすると、そのまま背を向け歩き始めた。僕は去っていく定下から目を逸らすと、まだ青く輝いている天を仰いだ。
繭墨はいつになったら出てくるのか。繭墨は何を考えているのか。繭墨は今部屋で何をしているのか。僕はそのことばかりが脳内を循環し、憤怒を覚えさせて眉間に皺を寄せた。
僕は新たなタバコに火を点け、煙をゆっくりと肺に入れた。汚い煙とニコチンが、肺とその血液を満たし、脳を無理やり落ち着かせる。
繭さん。僕がタバコを吸うのも、元々は貴方の所為なんですよ。人が禁煙しようと努力し始めたところに、新たな問題を引き起こさないでください。
僕はそう脳内で繭墨に言い付けた。
青空はゆっくりと次々に雲が流れ、そして少しづつ太陽が下って行く。
僕はその様をタバコを吸いながら眺め、しかし脳内では繭墨に毒づいて暇を持て余した。
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