B.A.D. Beyond Another Darkness -Another Story-   作:Veruhu

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Section 1

 繭墨霊能探偵事務所には、今日もチョコレートを(かじる)る音が響いていた。部屋はチョコレートの甘い香りに満たされている。空調も完全に適切な温度と湿度に維持されており、冬も夏も特に関係の無いようだった。

 

 だが僕はそんな状況下であったとしても、よほどのことが無い限り、吐き気を催すことは無かった。

 

 体が慣れてしまっているのだ。

 

 そんな自分自身に軽く嫌気が指したが、寧ろそんな状況が戻ってきて良かったと、心から安堵する自分も居た。

 

 なんといってもこの繭墨霊能探偵事務所に、僕の上司である繭墨あざかが戻ってきたのだ。僕は彼女の事が嫌いだが、この事実を嬉しく思えない筈がないだろう。

 

 繭墨は僕の机を挟んで前にあるソファーに寝転んでいる。そのソファーは実に豪華絢爛で、見える部位の骨格には金のような美しい金属が使われていた。

 

 繭墨は包み紙に包まれたチョコレートをゆっくりと取り出し、それを取り外して周りに捨てては、規則的に口に運んでいく。ある時は歯で噛み砕き、ある時はそれを舐めとって、胃に下していった。

 

 肝心のチョコレートが箱から無くなると、また机に置いてある新しいチョコレートの箱の蓋を開け、またその中にあるチョコレートを食べる。

 

 僕の給料では到底買えないだろう、いかにも高そうなチョコレートが次々と繭墨の口の中に消えていった。しかしチョコレートの包装紙だけは無くならない。繭墨の捨てたチョコレートの包装紙はだんだんと、しかし確実に繭墨の周りを埋め尽くしていく。

 

 それはまるで、チョコレートが繭墨に食べられる前に現世に残していった、形見のようにも思えた。都合のいい解釈だが、チョコレートの包装紙の掃除に疲れた僕は、そう思わざる負えなかった。いっそのことチョコレートの包装紙ごと、食べてしまってくれればいいのに。

 

 着々とチョコレートの包装紙が繭墨の周りを埋めていく。これは放っておくと、いずれ部屋中が包装紙まみれになってしまうだろう。以前もそんなことがあった。あの時の掃除には苦労をしたものだ。

 

 しかし繭墨の胃の中はどういう仕組みになっているのだろうか。彼女は人ではあるが、鬼の血の持ち主だ。小さいように見えて、実は強力な耐性を持っている胃を持っているのか。あるいは胃自体が異界へと繋がっているのか。

 

 …………一理あると思った。もしかしたら彼女の胃は異界へと繋がっている、最後の門なのかもしれない。これで僕もまた異界へと

 

「行けるはずがないじゃないか小田桐君。僕は確かに鬼の血の持ち主だけど、体の仕組みは君等の言う人と同じさ」

 

 僕の心を読んだのか、繭墨は怪訝な目をする。だから毎回僕の心を読むのは止めてほしい。このチョコレート魔人が。

 

「む、失礼だねぇ、小田桐君。僕は確かに魔人に近い存在ではあるけれど、チョコレートの魔人ではないよ」

 

 いやチョコレートを食うだけで生きていられるのだけでも、最早チョコレートの魔人そのものだと思うのだが。

 

 僕がそう思うと、繭墨は少し眉根を寄せた。しかし何も言い返さず、またその手に持っていたチョコレートを口に運んだ。

 

「…………………………今更ですけど、やっぱり繭さんが帰って来て良かったですよ。僕は貴方のいろいろな所が嫌いでしたけど、きっと好きなるところも何処かあったのだと思います」

 

 僕がこの可笑しな会話で初めて口を開くと、繭墨はピクッと眉を動かした。

 

「まあ僕もあんな世界から出ることが出来て、清々したよ。あの世界には本当に何もない。あるのはあの紅い女と、不味いチョコレートだけさ」

 

 繭墨は唇を歪めた。

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