B.A.D. Beyond Another Darkness -Another Story- 作:Veruhu
「君の腹にはもう子宮が無い。子宮は雨香君と一緒に、異界に取り込まれてしまった。………………僕が君の腹を塞げていたのは、君の子宮が異界と繋がっていたからだよ」
――――そう…………まるで扉のようにね。
繭墨は笑みを浮かべると、再びチョコレートを齧った。
僕は顔を伏せる。全身に冷や汗が流れたのが分かった。
依頼なんか受けなければ良かった。無理やり有馬を追い返せばよかったと、今更後悔が頭をよぎる。
だがもう後には引き返せなかった。今、有馬の依頼を拒否すると言えば、有馬は納得しないだろうし、何より繭墨が不機嫌になるだろう。
俺は思いっきり息を吸い込むと、吐き出した。久しぶりに大きなため息をついた僕は、再度繭墨の顔を見る。
「分かりました。着ますよ、これ」
繭墨は頷く。
「あぁ、そうするといい。実に良い判断だと、僕は思うよ」
僕は再度軽い溜息をつく。
「さぁ、ならば早めに支度に取り掛かり給え。さっき繭墨本家の迎えの車を呼んでおいたから、もうそろそろでこちらに着く頃だよ」
繭墨は右手でシッシと合図した。
「はい、分かりましたよ繭さん。……………ところで……何処に行く心算なんですか?」
僕がそう聞くと、繭墨は猫のような笑みを浮かべる。
「繭墨本家の車を呼んだのだから…………場所は一つしかないだろう?」
――――繭墨本家そのものだよ。
僕たちは繭墨本家から迎えに来た、車の車上で揺られていた。隣を見ると繭墨が頬杖を付き、外を面白くなさそうに見ている。
繭墨の手は今、虚空を掴んでいた。繭墨の手には、もう紅い唐傘は無い。必要の無くなった紅い唐傘は、今や事務所の壁に立てかけられている。もうそろそろ埃も纏い始める頃だろう。
その繭墨の様子は、独特の和と洋に染まっていた彼女が、やっと洋のみに固まって落ち着いてくれた、そんな感情を抱かせた。
車は見たことのある経路を辿り、ゆっくりと着実に、繭墨本家へと向かっていた。しかし繭墨は本家に、何の用があるというのだろうか。
しばらくすると車は、繭墨本家の前で止まった。と言っても、前に来たことのある繭墨本家ではない。本来の繭墨本家は、僕が雨香にとことん破壊させた。今、その本来の繭墨本家は修復工事中だ。
つまり今来ている繭墨本家は、一時的に代替の本家として使用されている、別の家だ。此処を拠点に、現在の繭墨家を統括しているのだという。
しかし、異界が閉ざされてしまった今、新しく紅い女の生贄となる繭墨あざかを育てる必要があるのか。僕にはそれが疑問だった。
僕と繭墨は車から降りる。彼女は迷わず、本家にずかずかと上がりに行った。その出迎えに
「お久しぶりで御座います、あざか様。お元気そうで、何よりに御座います」
定下と女中は頭を垂れた。しかし繭墨は興味が無いのか、適当に受け答えを済ませる。
「用件は電話で告げた通りだよ。準備が終わっているのなら、そこまで案内してもらえると有り難い」
「畏まりました。準備は既に終えております。さ、あざか様をご案内差し上げろ」
「はい、畏まりました。あざか様、こちらに御座います」
女中は頭を垂れつつ、行く先を手で表した。繭墨はその女中に案内されながら、歩き始める。僕はその二人に続いた。
後ろから見る繭墨の姿は、僕にとってひどく珍妙だ。繭墨あざかが肩に紅い唐傘を掲げていないというだけで、彼女のイメージはこうにも変わる物なのか。
紅い唐傘を掲げた繭墨の方が様になっていたと、そう考える自分に嫌気が差すなか、繭墨は変わらず歩みを進めた。何を彼女は急いでいるというのだろうか。