携帯もネットも繋がらないこの村に、嬉しい知らせが入った。
『パーレル村シェル放送』の管理人・レジェさんが、村にラジオ局を開設したのだ。
僕とフィナちゃんは、毎日のようにラジオに釘付け。いわゆる「ラジオっ子」になった。
――しかし、そんな楽しい日常に亀裂が入る。突然の不幸な知らせ。フィナちゃんはある行動に出る。

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※本作は、アニメ『バミューダトライアングル ~カラフル・パストラーレ~』を原作とした二次創作です。
※本作は、原作を知らない方でも話の内容がわかるようになっています。
※本作は、原作のネタバレを含みません。


僕はカワウソだから喋ることができない。

 携帯もネットも繋がらないこの村に、嬉しい知らせが入った。『パーレル村シェル放送』の管理人・レジェさんが、村にラジオ局を開設したのだ。

 

「……ていうことは、来週からはラジオが聞けるってことですか!?」

 

 そう言いながら目を輝かせているのは、僕の飼い主であり親友でもある、フィナちゃんだ。僕も楽しみだって言いたいけど、残念。僕はカワウソだから喋ることができない。

「とは言っても、人手も時間も足りないから、これから当面の間、放送時間は夜の7時から8時の1時間だけよ」

 レジェさんによれば、毎日その時間に同じ番組を放送するらしい。

「だとしても凄いことですよー! 私、毎日楽しみになっちゃいそー。ところで、どんな番組をやるんですか?」

「それはね、まだヒミツ! 実際に聞いてみるまでのお楽しみよ。それじゃあ、私は役場の仕事があるから、もう行くね」

「はい、行ってらっしゃい!」

 お昼を知らせる鐘の音が聞こえ、レジェさんはカフェを出て少し急いだ様子で泳いで行った。その様子を、僕はフィナちゃんの隣で見送った。

「さあポコ、一緒に帰ってお昼寝しよう!」

 

 寮(りょう)に帰るなり、フィナちゃんは服を着替えずにそのままお布団に入った。僕も隣で休むことにしたのだが、正直そんなに眠くない。でもこうして一緒に平和な時間を過ごすのが本当に幸せだ。

 それにしても、まさかこの村でラジオが聞けるようになるとは驚きだ。

 

 ――さて、待ちに待った日がやってきた。

「そろそろ時間だね」

と言ってフィナちゃんが部屋から出たと思うと、すぐに何か機械のようなものを抱えて、ご機嫌な様子で戻って来た。

「見て見て、ラジオだよ! これで放送が聞けるのかぁ、何だか不思議なかんじ。使い方もレジェさんに教わったし、ポコも一緒に聞こ!」

 これがラジオという物か。詳しいことは僕には全然分からないけど。

 こんなに新しいことにわくわくしているフィナちゃんを見たのは初めてかもしれない。

 

『こんばんは! 皆さん聞こえてますかー? パーレル村シェル放送のレジェです!』

「すっすごい、ホントにレジェさんの声だ」

 目の前のちょっとしたテクノロジーに感心するフィナちゃん。

 確かに、離れたところにいる人の声がこうして部屋で聞けるのは新鮮な感じがする。

『このたび、シェル放送とあの〔らじお部〕がコラボし、新たな音楽番組を放送することとなりました! 題して〔パーレル村シェル放送・らじお部〕、略して〔シェルらじ〕、今回は記念すべき第1回目です』

 どうやらこれは、音楽アーティストをゲストとして招き、その人の曲を流したり、レジェさんとトークをしたりする番組のようだ。アーティストは実際にレジェさんと会って話しているわけではなく、固定回線で通話しているらしい。

『今回のゲストは、こちらの方!』

 知らないアーティスト。初めて聴く音楽。初めてだけど、フィナちゃんは真剣に鑑賞している。よほどラジオを聞くのが楽しみだったんだろう。

 10分、20分……。あっという間に時間は過ぎていく。

『さて、質問コーナーの時間がやってきました!』

 どうやら番組の最後には、「質問コーナー」があるらしい。レジェさんが説明を続ける。

『このコーナーでは、事前にラジオの前のみなさんから質問を募集し、選ばれた質問をゲストに投げかけます。』

『私にいろんな質問が来るんですね!』

『そうですね、実際にはアーティストを指名することはできませんが、手紙が番組に届いたその日にゲストとなっている方が、質問に答えるということになります』

『なるほどね。あれ? でも今は初回の放送なのに質問なんて来てるんですか?』

『いいところに気づきましたね! 今回は何も募集していないので、特別にわたくしレジェが、アドリブで質問をしていきまーす!』

 楽しいトークが展開される。我々とは違う、音楽という舞台で活躍しているアーティストならではの発想や、意外な一面も明かされる。

 こんなにも発見や学びが得られるなんて、会話とはすばらしいものだ。

 一方で、僕は言葉を聞くことはできても話すことはできない。ほんと、どうしてカワウソなんかに生まれてきてしまったのか。僕もみんなと同じように人魚として生まれたかった。まあ、悩んでも仕方ない話だけど。

 そして最後にイチオシの1曲が流され、『シェルらじ』の放送時間は無事に終了した。

 

 ――これからというものの、『シェルらじ』を聞くのがフィナちゃんの日課となった。

 次の日も、またその次の日も。僕とフィナちゃんは、ラジオに釘付(くぎづ)け。いわゆる「ラジオっ子」とはまさに僕らのことだ。

 

 しかし、そんな楽しい日常に亀裂(きれつ)が入ることとなる。

「大変申し上げにくいことではありますが……」

 フィナちゃんは、僕を抱きかかえたまま動かない。数秒の沈黙の後、ドクターは再び口を開く。

「お伝えしなければならないことが、3つあります。まずは1つ目。診断の結果、ポコちゃんは『クレッシェ病』だということが判明しました」

 クレッシェ病とは何か、僕は一切知らなかったが、フィナちゃんは少しだけ知っているようだった。そしてフィナちゃんの反応の仕方からして、たぶん相当恐ろしい病気なんだと察した。

「ポコがクレッシェ病……。え……うそぉ……」

「それから2つ目。ポコちゃんの余命は6ヵ月です」

「6ヵ月……。これは治らないんですか?」

「……残念ながら、確実に助かる治療法は見つかっておりません。ですが……これが3つ目の話なのですが、クレッシェ病は手術により治る場合があります」

「手術……」

「そう」

 ドクターは、難しそうな本を棚(たな)から取り出し、図のあるページを開いて見せた。

「具体的には、こちらの人工組織を移植することになります。手術が成功すれば、ポコちゃんは末永く生きられるでしょう。ただし、もし失敗すれば、組織が破壊され、即死してしまいます。危険な治療ですが、現在の技術ではこれしか方法がありません」

「成功……するんでしょうか?」

「それはやってみなければ分からない……としか言えません。移植の際に拒絶反応があると、命は助かりません。クレッシェ病の事例はとても少なく、研究も十分に進んでおらず、拒絶反応が生じる条件については分かっていないのです」

 僕の今後について話し合われた。別に入院するわけではないし、お薬が出るわけでもないようだ。僕自身、どこかが痛いとか、苦しいとか、そういうのはない。いつも通り生活できる。

 いろいろと話し合った結果、最終的に、余命のギリギリまで待ってから手術を受けることが決まった。

 そして、残された時間で僕らは別れを受け入れられるようにならなければいけない。

「フィナさん。この事実は辛いでしょうけど、周りの人々が心身ともに優しく支えてくれるなら、それがポコちゃんにとって何よりの救いとなることでしょう。そうですね……ポコちゃんと何か新しくて楽しい思い出を残してみてはいかがでしょうか? もしポコちゃんとお別れしなくちゃいけなくなったとしても、楽しい思い出はきっとあなたの心に寄り添ってくれると思いますよ」

「……そうですよね。私は……私は、ポコと毎日ラジオで楽しい音楽とかトークを聞いて、一緒の時間を過ごそうと思います。ポコ、実は私とラジオを聞いているときが一番幸せそうなんです。ラジオが好きなのかな」

「ラジオですか、それはいいですね! ぜひそうしてあげてください」

「……はい!」

 

 フィナちゃんはそう言ったものの、その日に限っては、さすがにラジオを聞く気分ではなかった。寮(りょう)の天窓の外で浮かぶクラゲ。その小さな光に照らされ、僕らは眠りにつく。僕はフィナちゃんに背を向けたままずっと抱きしめられていた。顔は見えなかったが、たぶん彼女は……。

 

 これ以来フィナちゃんは妙に元気で機嫌が良かった。僕が余命宣告されたことがまるで嘘のようだ。でもこれにはちゃんと理由がある。

「わああ、これポコにそっくりー!」

 視線の先には、カワウソの顔のイラストがプリントされたお皿がある。フィナちゃんは、おしゃれな食器や調理道具を買いそろえ、さらに図書館から料理本をいくらか借りだした。

 僕には最初、理解できなかった。フィナちゃんって、たしか料理ができないはずだ。

「私ね、決めたんだよ! もう悲しんだりしないってね。ポコと一緒の時間を楽しみたいし、ポコだって、私が悲しそうにしてるの、見たくないよね」

 フィナちゃんの笑顔。

 もちろん、余命宣告は嘘なんかじゃないし、夢オチでもないが、僕はその言葉を聞いて勇気づけられた気がする。僕も前向きに生きようと思うよって伝えてあげたい。

「それで思ったんだ。私、かわいいお菓子とか、ケーキとか、作れるようになりたいなって。それでね、パーティーを開くんだ! とびっきり楽しいパーティーだよ! ポコとさいっこうの思い出を残したいな。だからね、明るい私を見ててほしいな。絶対に成功できるよ! 料理もパーティーも、それから……」

 

 ちょっとだけ新しい日常が始まった。一緒にシャボン玉を飛ばして遊んだり、隣町まで出かけたり……小さな思い出も、大きな思い出も、全部宝物だ。もちろん『シェルらじ』も毎日一緒に聞いている。

 お菓子作りは困難の連続だったが……、

「うわああああん! もうやだ、もう無理、ぜんぜんダメ!」

「本を見て、話を聞いて、その後は何度も実際にやってみることだよ、フィナちゃん! それ以外に方法はないと思う。……いつでも付き合ってあげるから」

 フィナちゃんのお友達も、近所のちびっ子達も、カフェの店主さんも応援してくれた。みんな力になってくれた。

 何も娯楽がないパーレル村だけど、なんだか村全体がいきいきとしだしたように感じた。

 

 ――カシャーン!

 その時、硬い音が響いた。僕はフィナちゃんの部屋でうとうとしていたのだが、音にびっくりして眠気が散ってしまった。フィナちゃんは今、いつものようにキッチンにいるはずだ。音もキッチンのほうから聞こえた気がする。たぶん何かを落として割ってしまったんだろう。

 まあ料理をやっていれば こういうのは ときどきあることだが、フィナちゃんが けがをしていないか心配になったので様子を見に行くことにした。

 ……良かった、けがはないようだ。しかし、どうやら一番大事にしていたお皿を割ってしまったらしい。あの僕にそっくりなカワウソの顔がプリントされたお皿だ。

 その時は、まだフィナちゃんがかなり落ち込んでいたようには思わなかった。

「……大丈夫、大丈夫。あくまでもお皿だから……。さ、気を取り直して料理続けよ! えっと、次のレシピは……」

 そう、あくまでも割れたのはお皿だ。僕はちゃんと生きている。フィナちゃんだって、前と比べてずいぶん料理が上手くなっている。お皿が割れちゃったのは残念だけど、良いことのほうが大きいはずだ。そんなトラブルもはさみながら、僕らは少しずつ前進し、一日一日を記憶に焼き付けていった。

 気が付けば、フィナちゃんは料理ができるどころか、得意に、そして好きになっていた。周りのみんなも、フィナちゃんが用意する食事を日々の楽しみにしている。あんなに不器用だったフィナちゃんが、こんなにまで成長したのだ。

 

 僕は病気であり元気でもある。フィナちゃんが諦めなかったから。希望を忘れなかったから。

 

 ある日、僕はフィナちゃんの後ろ姿を見ていた。何かを書いているようだ。

 部屋には毛糸が散らかっている。フィナちゃんは最近、料理だけでなく裁縫(さいほう)も始めたようで、どこかに習いに行っているのか何なのか知らないが、外出の回数もかなり増えている。

 覚えることが多くて勉強が大変なのかな……と思っていたが、どうやら今は勉強ではなく、手紙を書いていたみたいだ。

「よし……あ、ポコも起きてる? 今日はいい天気だし、一緒にお外に出よ! ちょうど『アザラシ郵便』に手紙を出しに行きたいし」

 フィナちゃんが手紙を書くなんて珍しい。一体誰に宛てて書いたんだろう。ここは狭い村だし、連絡なら直接会って話せばいいはずだ。村の外に知り合いなんていないはずだし……。

 

 今日も一緒に外出だ。見上げると、海面から朝日が差し込んでいる。寮(りょう)から出て、役場の前の広場を抜けると、郵便局はすぐそこだ。フィナちゃんは窓口で封筒を差し出した。それにしても、正直、フィナちゃんが手紙を書くキャラだとは思っていなかった。

 郵便局の壁には、「いつか、でも必ず届く」というキャッチフレーズが書かれたポスターが見えた。アザラシ郵便にキャッチフレーズなんてあったんだ。何だか不安になる宣伝文句だ。でも、アザラシ郵便といえば、配達が遅れることが多いとよく聞くし、あながち間違ってはいないかな。

 誰に手紙を書いたの? と尋ねたい。もし僕が人魚なら、間違いなくそうしたはずだ。

 

 この日は一日中、手紙のことが気になって仕方がなかったが、日が暮れ、『シェルらじ』の時間になると、手紙の宛先がどこなのかを察した。おそらく、フィナちゃんは例の質問コーナーに質問を応募したのだろう。

 『シェルらじ』は、あの大手放送局である『らじお部』とコラボして運用されている企画だ。『らじお部』の事務局はパーレル村から遠く離れた都会の地区にある。質問の手紙はそこを通してチェックされ、次回の放送でどの質問を取り上げるかを決めることになっている。

 なので、パーレル村のレジェさんに直接質問を伝えても対応してもらえない……というわけだ。

 

 ところで、フィナちゃんはどんな質問を書いたんだろうか。「パーティーで絶対に盛り上がる料理は、ズバリ、何ですか?」とか、そんな感じかな。

 もしかすると、本当にフィナちゃんの質問が採用されるかもしれないという期待があり、この日から、僕とフィナちゃんは今まで以上に『シェルらじ』の放送に興味津々となった。

 フィナちゃんにとって、自分の質問がラジオのトークの話題になったら嬉しいだろうし、僕も、フィナちゃんがどんな質問をしたのか気になるところだ。

 

 しかし、何日、何週間 経っても番組でフィナちゃんの質問は取り上げられなかった。夜の8時。今日も『シェルらじ』の放送は終わる。

「あー、今日は、何だか泣ける話だったねー。事故で目が見えなくなってもピアノを諦めなかったベルさん……、音楽を愛するってそういうことなんだね……。ところで私の手紙は……、やっぱり選ばれなかったのかなあ」

 最近のフィナちゃんの様子を見る限り、質問の内容は最初に僕が想像していたより遥かに重大なものなんだろう、という気がしてきた。

 アザラシ郵便のあの不安になるキャッチフレーズのこともあるから、めっちゃ遅れて手紙が届くということも考えられたし、それはフィナちゃんも把握(はあく)していただろうから、僕らはかなり気長に待ってみた。

 でも、これだけ待ってもダメということは、ハッキリ言って、フィナちゃんの手紙は番組に届いたが不採用になったとしか考えられない。

 質問の内容は一体何なのか。いつしか、今までにないほど気になり、僕は心が忙しくなっていた。そうこうしているうちに、手術の予定日まで残りわずかとなった。

 

 そして、追い討ちをかけるように衝撃の事実が舞い込んだ。

 ある日のカフェで、レジェさんに出会った僕ら。

「あら久しぶり、フィナじゃない」

「お久しぶりです、レジェさん。……あれ、レジェさん、今日は打ち合わせで忙しいはずでは……」

「それがね……」

 僕は一瞬耳を疑ったが、聞き間違いではなかった。なんと、『シェルらじ』は経営難により近いうちに放送を打ち切ることが決まったというのだ。

「でも、放送局自体はなくならないわ。『シェルらじ』が終わる代わりに、今度はニュース番組をやるのよ。それもパーレル村の臨時ニュース専門だから、放送の回数も少ないし、災害でもない限りは天気予報くらいしか放送しないと言ってもいいかもしれないわね。……でも、やっぱりフィナにとっては寂しいよね。『シェルらじ』、いつもあんなに楽しみにしてたんだもの」

 フィナちゃんは、何かを言いたそうにしていた。レジェさんもそれを察して気を遣ったのか、話すのをやめ、しばらく沈黙が続いた。

 でも結局フィナちゃんは心の中に何かを隠したままだった。

「私は……、『シェルらじ』をやめたくて打ち切るわけじゃないのよ。もちろん続けられるなら続けたい……。でも『らじお部』が決めたことだから、どうしようもないの」

 そう言って、レジェさんは親切にお茶を奢(おご)ってくれた。

 

 『シェルらじ』がもうすぐ終わる……。何だかなあ、スッキリしない感じだ。その気持ちは僕もフィナちゃんも同じだろう。

 

 ――そんな中、ついに迎えたパーティーの日。せっかくみんなが準備してくれたパーティーなんだから、悩んでいる場合じゃない。それに、僕が暗そうにしていたら、フィナちゃんがかわいそうだね。ここは、気持ちを切り替えよう。

 フィナちゃんのお友達もみんな集まった。

「今日は力尽きるまで遊びまくるよー!」

 右手にショートケーキの乗ったお皿、左手にカードゲームを持ってそう言うのは、常に明るくてみんなに元気をくれるムードメーカー、キャロちゃん。

「あと55時間は寝ない予定だ!」

 そう言うのは、誰よりもフィナちゃんのことをそばで見てきて、応援してくれたセレナちゃん。……ていうか、55時間後はもう手術が終わる時間だよ!

「それじゃ、みんな準備はいい? 『特に誰かの誕生日だったり何かの記念日だったりするわけじゃないけど、何でもない平和な日々と生きることのすばらしさに感謝する会』、始めるよ!」

 始めの合図をしたのは、気配り上手なみんなのリーダー、ソナタちゃん。……ていうか、パーティーの名前長いよ!

「みんな、一緒にここまで私とポコのこと見ていてくれて、ほんっとうにありがとう! さあ、遠慮せず食べて遊んで盛り上がっていくよ!」

 こうして始まったパーティー。フィナちゃんが作ってくれたおいしいケーキ、かわいいお菓子。まあ僕は人魚じゃないからそういったものは食べられないんだけど、その代わりフィナちゃんは僕にサプライズプレゼントを用意してくれたみたいだ。

「実はね……今日のために作ってきたんだー!」

 フィナちゃんは、僕の背後から頭に何かを被せた。

「うわーすてき!」

「これフィナが作ったのー!?」

「似合ってる。……そうだ、鏡を見せてあげて」

 テーブルの上に鏡が運ばれた。僕は……フィナちゃんに手作りの帽子をもらったのだ。

 好き。

 本当に嬉しかったし、一生忘れない思い出だ。僕は、ありがとうって言いたいけど、それができないので、みんなの周りをぐるぐると泳ぎ回って嬉しい気持ちをアピールした。

 最高。

「ふふっ、ポコ、気に入ってる……。きっとフィナちゃんに『ありがとう』って言ってるんだよ」

 

 楽しい時間は一瞬だった。

 いや、パーティーもそうだけど、この6ヵ月間も。あんなにいろんなことがあったのに、一瞬だった。こんなに時間を止めたいと思ったことはなかった。

 パーティーの後片付けは、まだ誰もしていない。あれから僕が治療室に入るまで、フィナちゃんは何も言わずにただ僕の隣にいたり、抱きかかえたりしていてくれた。

 結局、最後の最後まで……永遠に、フィナちゃんは自分が応募した質問の答えをラジオで聞くことはなかった。

 治療室はスタッフと患者以外立ち入ることができない。僕らは久しぶりに離ればなれになった。こんなことは思いたくないが、これで最後なのかもしれない。

 

 今、この部屋には僕とドクターと数名のスタッフだけがいる。手術台で横になり、麻酔が効き始めるまで待つ。その間にも、手術の準備が進められている。

 突然、ドクターが何かを思い出したらしく、治療室の裏口から出て行った。しばらくして、すぐに何か機械のようなものを抱えて戻って来た。

 初めて見たときは何なのか分からなかったが、今の僕はそれをよく知っている。ラジオだ。

「そういえば、フィナさんがおっしゃってましたね。ポコちゃんはラジオが好きなのかな、て。ほら、最後くらい楽しみな。もちろん、これを最後にさせないことが、我々の使命ですけどね」

 ドクターはラジオを置いてスイッチを入れた。

 

『さーて、〔シェルらじ〕最終回、そろそろ終了の時間が近づいております。ラジオの前のみなさん、これまでいろんなご質問をいただき、そして短い期間でしたがお付き合いいただきありがとうございました。どうやらこれが最後の質問になりそうです。……ドキドキですね』

『……最後を飾る質問、一体どんな質問なんでしょうか。気になります』

『カノンちゃんも気になりますよね! それではお読みしましょう。

 

〔いつも楽しい放送をありがとうございます。このたび、思い切って質問を応募してみようと思いました。もしこの手紙を手に取っていただけたなら幸いです。それでは質問に入らせていただきますね。

私はこの前、大切にしていたお皿を間違って落として、割ってしまいました。そこで、ふと思ったんです。もし、お皿が割れることが最初から分かっていたら、私は最後にそのお皿にどんな料理をのせてあげたらいいのでしょう。〕

 

あら、これはまたずいぶんと変わった質問ですね。カノンちゃんは、大切なお皿、最後に使うならどんな料理をのせたいですか?』

『これは……、きっと……そう、ですね……』

『確かに難しい質問ですねぇ。そうね、私なら、例えばチョコレートケーキとか』

『違います!』

『え?』

『……その、何ていうか、〔ありがとう〕とか、〔さようなら〕とか……、そういうありきたりな料理じゃなくて、お互いに幸せになれて……、救われて……、安心できて……、どんな運命でも受け入れられるような……そんな料理なんだと思います』

『まあ! すてきですね。この世のものとは思えないほど美味しそうですね。一度でいいから食べてみたいです』

『ええ、私もぜひ!』

 

 最初は、喋ることができない自分が嫌で、それができる人魚はいいな、としか思っていなかった。

 本当のところは、人魚にだって言葉が出なくなってしまうことがある。

 でも、そんなことはどうでもいい。

 本物の心と優しい気持ちをもって接してさえいれば。

 いつになるかは分からないけど。

 こんなに遅くなってしまうかもしれないけど。

 それは必ず届くということ。

 今度は僕がフィナちゃんに答える番だ。

 

「おや、そろそろ麻酔が効き始めてきましたね。……よし。それじゃあ始めるとしましょう!」

 ドクターが僕の帽子を持ち上げたとき、僕は遠ざかる意識の中でもハッキリ気づいた。帽子は濡れていた。

 

 ――はい、回想シーンはここまで。

 今は昔と少し状況が違う。

 あの頃の僕が聞いたらビックリするだろう。なんと驚くべきことに、この前、あのカノンちゃんがパーレル村にやって来たのだ。しかも、僕やフィナちゃん達と仲良し。一体カノンちゃんに何があったのかって? それはまた別のお話だ。

 ちなみに、シェル放送は今でも相変わらずニュース番組をやっている。

 

 今日もフィナちゃんはすてきな料理を作ってくれる。

「今日の夜食はー、はい! ひじきサンド!」

 まさか、僕が昔からカノンちゃんのことを知っているだなんて、想像すらしていないだろう。これは僕だけのヒミツだ。本当は、いろいろとフィナちゃんに教えてあげたいけど、そうすることはできない。

 

 ――僕はカワウソだから喋ることができない。




 最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 本作は、アニメ『バミューダトライアングル ~カラフル・パストラーレ~』を原作とした二次創作で、原作の第1話より前の出来事を、カワウソのポコが語っているという設定にしています。
 登場人物のセリフは、下記のとおり一部原作より引用しております。

第4話の15分28秒付近

フィナ「うわああああん! もうやだ、もう無理、ぜんぜんダメ!」
セレナ「本を見て、話を聞いて、その後は何度も実際にやってみることだよ、フィナちゃん! それ以外に方法はないと思う。……いつでも付き合ってあげるから 《以下略》 」

第5話の04分08秒付近

フィナ「今日の夜食はー、はい! ひじきサンド!」

 また、原作ではポコがマドレーヌを食べている場面がありますが、本作ではポコがお菓子を食べられないという設定にしています。

 「クレッシェ病」は架空です。実在する病気等とは全く関係ありません。

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