したい、だから。
したいけど、でも。
思いはいつも、そうなんですよ。
いつだって、儘ならない。

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唇にアオい風を

 今日も今日とて、キスをする。きっと明日も、キスをする。

 それは私たちの、約束。この歪な関係を続けるための、大事な約束だ。

 キスをしよう、二人のために。この先もずっと、一緒にいるために。

 私と大喜くんは、今日も明日もキスをする。

 キスだけを、する。私たちは、その先へ進んではいけないから。

 

 私は猪股家の居候で、バスケのためだけにここにいる。大喜くんには蝶野さんがいて、付かず離れずの距離を保っている。

 だから私たちは、結ばれてはいけない。どんなにお互いを想っても。

 もし私が大喜くんを受け入れたなら、……そういう事をしてしまったなら。多分今のコンディションを維持できなくなるだろうし、そうなれば猪股家にはいられなくなる。バスケを続けたいからと無理に居候させて貰っている私がバスケを疎かにして、どうしてのうのうと居座れるのか。

 大喜くんが私を、……抱いたとしたら。バカで真っ直ぐでバカ正直な大喜くんは、考えが全て顔に出るから、絶対蝶野さんに感付かれる。そうなれば泥沼だ、私たちは揃って破滅するだろう。あの子は良い子だけど、一度箍が外れてしまえば何をするか分からない。

 それでも私たちの間には、なんというかそういう感情があって。だから、大変なのだ。

 私は大喜くんがそばにいるだけであれこれと考えてしまうし、大喜くんも大喜くんでモゾモゾしていたりするし。

 お互い悶々としている上に、私たちは隣同士の部屋で寝起きしている。過ちが起こるには、充分すぎる。だからこそ線を引くべきなんだろうけど、それを踏み越えかねない。主に私が。

 角突き合わせて悩んだ結果、私たちは一つの結論を出した。即ち、キスまでにしよう、と。

 キスはする、でもそこで踏みとどまる。触らない、触らせない。暴走しない、我慢する。それが私たちの約束だ。

 

 最初は寝る前だけ、おやすみのキス。身体は火照るけれど、そこはお互い部屋でその……まあ……「発散」するとして。私としては借り物の部屋だから、出来れば汚したくないけど。

 でもすぐに朝おはようのキスが習慣になり、家にいる間は不定期で由紀子さんたちに見つからないように、コソコソと何度もキスするようになりだして。

 そろそろ控えないとな、と思いつつも止められない。大喜くんとのキスは、気持ちいいから。頭の芯が痺れていくような、お腹がキュンキュンするような。端的に言うと大喜くんは、性的なのだ。

 大喜くんがどう感じているか、は分からない。と言うか、そういう生々しい事は考えたくない。大喜くんは可愛いだけでいてほしい。でも大喜くんだって男の子だから、色々と考えてはいるんだろう。

 欲求がエスカレートしないようにガス抜きしている筈が、どんどん拗れていく。

 この先、唇だけで満足できなくなったらどうしよう。

 

 部活の合間に体育館の影でそっとキスを交わし、直ぐに練習に戻る。

 気が付けば学校でもキスしている自分にちょっと呆れるけれど、でも正直我慢できなくなりつつある。帰るまで御預けなんて拷問だ。大喜くんも悦んでるし良いかな、と思いつつ走り込みに出ようとした、その直後。

「何でコソコソ隠れるんです?」

 音もなく駆け寄ってきた蝶野さんに、腕を捕まれてしまった。

 ……最悪だ。気付かれると厄介だから警戒していた筈なのに、どこかで気が緩んでしまっていたか。

 とりあえず取り繕うしかない、か。

「いや、あの……ね」

「別に良いんですよ、大喜が誰とキスしたって。ただ逃げ隠れするのが気にくわないってだけです」

 ムスッとした蝶野さん、その手はギリギリと私の腕を握りしめてくる。痛い痛い。

「大喜が誰を好きだろうと、誰と付き合おうと、私には関係ありませんから。誰であろうと捩じ伏せて、蹴散らすだけです。私を好きになるまで、押していくだけなんで」

 蝶野さんの瞳には、一点の曇りもない。どんな障害も叩き壊して突き進む、そんな覚悟が燃えている。

 これは、――これは。想像以上に、厄介なようだ。

 どうやら蝶野さんには、逃げの手は通じない。こっちも正面から向かう他無い、そう思う。

「……まあ、ね。私にも立場があるんだけど、さ」

 蝶野さんの手を引っ剥がし、そして。

「私は大喜くんが好きだし、大喜くんも多分私が好きだよ。どうする?」

 宣戦を布告しながら、向かい合う。逃げ腰でどうにかなる相手じゃない、やってやるしか無さそうだ。

 少しだけ困惑した顔を見せながら、でも一歩も引かない蝶野さん。

 睨みあうその時間は、一瞬のようで永遠のようで。しかしその沈黙は、どちらともなくこぼれ始めた笑い声によって切り裂かれる。

「良いですよ、千夏先輩。()()()()()、です」

「そう、蝶野さんがその気なら私もやりやすいや」

 笑顔になって挑発しあい、背を向けて歩き出してから漸く。私は自分のバカさを痛感して項垂れてしまった。

 なにやってんだ、私。明らかに無意味な喧嘩だぞ、私。

 そもそも由紀子さんたちへの義理がある以上、私はこれ以上動けないのに。蝶野さんが大喜くんを押し倒しでもしたら、一気に逆転されかねない。いやそこまで急にしてくるとは思えないけど、でもなあ。

 さあて、どうしたものか。

 ――まあ、良いか。帰ったらまた大喜くんとキスして、それから考えよう。

 答えはあるさ。多分。


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