その大会で「ホロライブ・オールスターズ」を迎え撃つ「にじさんじレディース選抜」の一員として、コーヴァス帝国出身の女騎士、フレン・E・ルスタリオも選ばれた。高い実力を持つ精鋭が揃ったチームで、事務所でも屈指のいじられキャラが経験した顛末とは…。
※Vtuber事務所「にじさんじ」を舞台とした二次創作小説です(ホロライブも出てくるよ)。
※1話完結ですが、約18000文字と結構ボリュームがあります。心して読んでください。
※それなりに現実のにじさんじに近づけてはいますが、基本的な部分の設定は捏造まみれ&趣味全開です。許容できる方だけお読みください。
※試合のシーンに関しては、現実世界の「にじさんじ甲子園」で見せているようなプレーを、現実世界で実際にライバーがやってるみたいなイメージで描いています。プレーしているのは女性ライバーですが、プレーの水準は完全にプロ野球(NPB)のそれだと思ってください。
※戌亥とこや樋口楓など関西弁をしゃべるライバーも登場しますが、筆者は関東の人間なので似非になっている可能性があります。ご承知おきください。
※その他、標準語をしゃべるキャラももしかしたら本人とは微妙に口調が違ってしまっているかもしれません。もし気になる点があればお気軽に誤字報告ください。
Vtuber。ゲーム実況や雑談、歌やダンスなど、ありとあらゆる方法で見る者たちを楽しませる、新時代のエンターテイナーである。その活躍は留まるところを知らず、今やライブイベントを開いたり、CDをリリースしたり、コンビニのお菓子とコラボしたりと、彼らの舞台はどんどん広がっている。正式名称こそバーチャルユーチューバーと名乗りながらも、最早彼らはバーチャルの世界だけにもYouTubeの世界だけにもとどまらない存在となりつつあるのだ。この企画も、そんな数多くの舞台の一つではあるのかもしれない。
ある日、業界最大手の2社が共同で発表したリアルイベント「Vtuberベースボールカップ」。Vtuber好きなら知らぬ者はいない二大事務所、「にじさんじ」と「ホロライブ」がそれぞれ、所属する女性ライバーによる野球チームを結成し、バーチャル日本の横浜スタジアムを舞台に激突するという前代未聞のイベントである。にじさんじ側では、すっかり夏の風物詩としてお馴染みになった「にじさんじ甲子園」でしのぎを削った選手たちが、同じにじさんじの代表としてホロライブと戦うとあって、発表されるや否やリスナーは大いに沸いた。
もちろん、現場で選手としてプレーする双方の女性ライバーたちも、このイベントへのモチベーションは高かった。そもそもがまだ形作られて歴史の浅いVtuber業界、にじとホロに限らず日頃から事務所の垣根を超えたコラボも活発に行われており、所属は違えどお互いに仲の良いライバー同士というのは、珍しくもなんともないのがこの世界である。
そうは言っても、ともに業界を引っ張る二大巨頭であるにじさんじとホロライブは、その立ち位置が故に常に何かと比較され、存在を意識しあう関係でもあるのもまた事実だ。あくまでも野球という形での平和な、それも両者の交流を深めることを目的とした1試合限定の対戦とはいえ、試合そのものはもちろんガチンコの真剣勝負。お互いの雌雄を決する場となれば気合が入るのも当然だろう。
残念ながら、にじさんじもホロライブも女性ライバーの数は存外多く、全員を選手登録することはかなわないため、試合に向けてそれぞれ25名ずつのメンバーが両事務所から選抜され、ベンチ入りを果たすこととなった。精鋭揃いの「ホロライブ・オールスターズ」に立ち向かう「にじさんじレディース選抜」のメンバーには、もちろん今回の物語の主人公、フレン・E・ルスタリオも選ばれていたのだった。
「おはようございまーす」
都内某所、試合に向けた練習会の初日がスタートしようとしていた、にじさんじ陣営の練習グラウンド。既に何人かが顔を出していたグラウンドに、フレンの明るい挨拶が響く。
コーヴァス帝国出身の女騎士であり、役人としての顔も持つフレン。だが、このチームでの彼女の役割は、そのいずれでもない。それを裏付けるように、選手通用門に現れた彼女は既にユニフォーム姿。しかも、グラウンドに入る前から既に捕手用プロテクターも完全装備の状態である。
「にじさんじ甲子園」において、彼女は今回のチームの指揮官でもあるリゼ・ヘルエスタ監督率いる「王立ヘルエスタ高校」の中軸を打ち、かつ正捕手としても攻守両面でチームに貢献した。パワーと勝負強さを兼ね備えたその打撃力には、特に高い評価が与えられている。
今回のにじさんじレディース選抜においても、彼女は3名いる捕手登録のうちの1人であり、ニュイ・ソシエール及び本間ひまわりの両名とともに、スタメンマスクを争う立場だ。ライバルはいずれも高い実力を持つ強敵であり、フレンにとっては尊敬すべき先輩でもあるが、スタメン争いでは負けたくない、というのが彼女の本音だった。防具フル装備は、彼女なりの気合の表れと言えるだろう…行動として意味があるかはさておき。
「お、おレンおはよ~、早いなぁ」
グラウンドに一礼してから足を踏み入れたフレンの耳に、ふと聞き慣れた声が届く。自他ともに認める「推し」、どこかレイドバックした調子の憧れの先輩の声を、彼女が聞き逃すはずがなかった。相手の姿を目にとめた瞬間、その瞳がぱぁっと輝く。
「おはようございます、とこ先輩!」
声の主は、リゼとも同期生にあたる「さんばか」の一角、戌亥とこだった。にじさんじ全体でもトップクラスとの呼び声高い歌唱力が最大の武器である彼女は、チームでは走攻守三拍子揃った右打ちのアスリートタイプの外野手。「三番・中堅」として攻守両面で軸となることが期待されている。フレンのこの戌亥への心酔っぷりはライバー間でもリスナー間でも有名であり、今や「戌亥全肯定BOT」なる、褒めているのかけなしているのか分からないような異名すらつく始末だ(当の戌亥は面白がっている節があるが)。
「何、っていうか練習始まる前からもう防具フル装備なん?気が早くない?」
ふと、戌亥がフレンの防具姿に目を止めて尋ねる。
「はい、今回はニュイさんにもひまちゃん先輩にもスタメンマスク争いで負けたくないんで。絶対私がレギュラーになるっていうところを見せたくて、着てきちゃいました」
自信満々にどや顔を浮かべながら答えるフレン。だが、そんな彼女を見ながら戌亥は不意にケラケラ笑いだした。
「いや、気合入ってるのはええねんけどそれつけたまんまウォーミングアップするん?せめてキャッチボール始まるまで待っといたらええやん。ランニングの時とかめっちゃ重いし、どう考えても邪魔やろ」
「えっ…?…、あっ…」
一瞬間が空いた後、ようやく自分のしてきた準備が無駄だったことに気が付いたフレンは、「やってしまった」と言わんばかりにバツが悪そうに頭をかいた。その様子を見ながら、「アッハー↑、おもろ」となおも笑い続ける戌亥。そんな2人のところに、新たな人影が姿を現した。
「そうだよフレン、今から防具付けたって重いだけでしょ。脱いどきな」
2人の会話に割って入ってきたのは、栄えあるにじさんじレディース選抜の指揮を任された選手兼任監督、リゼ・ヘルエスタその人だった。選手兼任とある通り、チームを指揮するだけでなく右投げ左打ちの外野手として選手登録もされており、持ち味とするシュアな打撃から終盤の代打などでの出場があるかどうかにも注目が集まっていた(ちなみに、ホロライブ・オールスターズを率いるときのそら監督も抑え投手兼任であり、終盤の監督同士の対決があるか否かにも注目が集まっている)。
なお、リゼの背番号はチームの外野手の中では一番小さい「7」。戌亥は名前にあやかって「15(今大会では3桁以上の背番号が認められていないため、より発音に近い「105」は使えない)」、フレンは「25」を背負っている。一説には、フレンの背番号は新井貴浩(元広島、阪神)にあやかってつけたという話がある。本人はいたって真面目なのだけど何かとコミカルなエピソードが目立ち、「笑いの神に愛された」などとも評される現役時代の彼を思い起こさせる、と書いてしまうと少々罰当たりが過ぎるだろうか。彼の名誉のために書いておくが、新井自身はシーズン40本塁打以上を打ち、本塁打王にも輝いた経験を持つ偉大な打者である。
「はい…。すいません、リゼ様」
シュンとしながら、素直に防具を脱ぎ始めるフレン。方や17歳、方や20代前半。年だけ見ればフレンの方がそこそこ上なのだけど、ヘルエスタ王国第二皇女とコーヴァス帝国の女騎士というお互いの属性を踏まえれば、この言葉遣いも納得いくものだろう。そんな彼女に、リゼは思わぬ形で追い打ちをかけてきた。
「あ、後ね。今回は、フレンは基本的に守備練習でキャッチャーやらなくていいから」
「えっ…!?」
予想もしない言葉に驚きのあまり目を見開き、フレンの手が止まる。
「キャッチャーやらなくていいって、どういうことですか!?」
「どういうことって、その通りの意味だけど。今回は、ニュイさんを正捕手に据えるプランで考えてるから」
「えええええ、なんで…!?」
「なんでもなにも、ホロライブの強力打線を抑えるにはこの布陣じゃないと厳しいでしょ。めちゃくちゃ怖いバッターが目白押しなんだからさ」
その言葉通り、今回彼女たちが迎え撃つホロライブ・オールスターズは、非常に強力な打線が特徴だった。中でも、全盛期イチローバリの広角打法を売りとする安打製造機である三番・星街すいせい、他を圧倒する長打力で白球を無慈悲にスタンドに叩きこむ四番・白銀ノエル、パワーとミート力を高水準で兼ね備える隠れた攻守の軸、五番・大神ミオの3名で構成される中軸は、いずれも慎重な攻めが要求される要注意人物ばかりである。確かに、この打線を抑えようと思えば生半可な捕手では難しいだろう。
「っていうか、ぶっちゃけ私フレンのリードだとこの打線相手じゃ不安なんだよね。複雑な配球とかできなそうだし」
「酷い!?私、これでも一応ヘルエスタ高校で正捕手でしたよね!?」
涙目で訴えるフレンを横目に、悲壮感あふれながらもどこかコミカルな姿がツボに入ったのか、それともリゼの珍しくずけずけとした発言が面白かったのか、戌亥が思わず吹き出す。だが、もちろんフレンにとっては笑い事ではない。グラウンドの司令塔とか、扇の要とか、影の監督などと言われるその専門性の高さゆえ、捕手というポジションはどのチームにおいても非常に狭き門である。3人の登録メンバーのうちの1人に選ばれたということは、少なくともスタメンの座を争う権利は与えられた、という意味であったはずだ。
もちろんチームに競争はつきものであり、お互いに練習でアピールしあった結果スタメンマスクを勝ち取れなかったのなら、それはそれで仕方ないと納得も行く。だが、メンバーに選ばれながらそもそも競争の機会すら与えられないとは。これでは何のためにチームに加わったのか、分かったものではない。
「わーん、せめて競争ぐらいさせてくださいよぉ、リゼ様ぁ…」
およそ20代女性のそれとは思えないような泣き顔を浮かべながら、思わずリゼに縋り付いて懇願するフレン。一瞬、そのどこか幼さも感じさせる行動にドキリとさせられながらも、だんだんと彼女の態度に呆れ始めたリゼはやがて、観念したように声を上げた。
「あぁもう、分かったって。とりあえず離してよ、キャッチャーやらなくていいとは言ったけど、フレンを使わないとは一言も言ってないんだからさ。ほら」
そう言うと、リゼはずっと手元に持っていた何かをフレンに強引に押し付けるようにして手渡した。始めはそれが何なのか分からなかったフレンが、自分の頬に押し当てられた皮の感触と、やがて目に映った全体像でその正体に気づく。
「これ、ファーストミット…?」
リゼに手渡されたそれは、フレンが使おうとしていた捕手用のキャッチャーミットよりもやや薄く縦に細長い構造の、ファーストミットだった。リゼが、彼女の目を見据えながら語り掛ける。
「今回はニュイさんが正捕手、フレンはファーストでレギュラーが基本線。ホロライブに勝つにはこれがベストの布陣だから。フレンはリード面が不安だけど、バッティングは凄くいいんだからそっちで活躍してもらうよ」
「ファースト…レギュラー…」
「フレンは守備で余計なこと色々考えだすとダメになりそうなタイプだからさ、なるべく負担の少ないところでバッティングメインにやってよ。元々キャッチャーなんだし、捕球の安定感は一塁でも十分使えるでしょ」
「とりあえず、スタメンでは使っていただけるんですね…?」
急展開する話についていけきれてないのか、まだ少し頭が混乱した様子でフレンが問いかける。
「…、これで気合入れてプレーしないようなら本当に外すけどね」
フレン相手だと珍しく強気に出ることが多いリゼが、不敵な笑みを浮かべつつニヤリと笑う。やや挑発的にも思えるその言動だが、裏表がなく素直なフレンを一転やる気にさせるには、十分なほど効果があった。
「ありがとうございますリゼ様!スタメンで使っていただけるなら私、どこのポジションでも全力でやります。絶対期待に応えてみせるんで!」
「よーし、その調子だ、頑張りたまえ」
指揮官たるにふさわしい不敵な笑みを浮かべたリゼを尻目に、フレンはこの後に迫る練習開始に向けて決意を新たにしたのだった。
Vtuberベースボールカップは、単なる企業主催の草野球大会ではない。現実世界のプロ野球や社会人、大学野球同様に木製バットと硬式球を用いてプレーする、ガチ志向の硬式野球の試合である。
そんなもん女性ライバーなんぞにやらせて危なくないのか、と思った読者諸兄はご安心を。この試合に出場する両軍のメンバーは、バーチャルならではの不思議な力で身体能力がいずれも男子プロ野球選手並みになっており、プレーの水準も素人のそれではない。いたいけな美少女が平気で150㎞/hの速球を投げ込むし、時にはそれを平気な顔してスタンドにブチ込みもするのだ。バーチャルのエンターテイメントだもの、これくらいのレベルで試合できないとリスナーに夢なんか見せらんないよね、現実的かどうかはさておき。
「パッカーン!!」
その木製バットが真芯で捕らえた打球が、乾いた破裂音とともに一直線に外野まで飛んでいく。ある時は外野を奥深くまで転々とし、またある時はフェンスを直撃し、またある時はそのフェンスすら超えていく。これが打撃練習でなかったとしたら、投げている投手はたまったものではないだろう。何せ、自信をもって投げ込んだ一球を次から次へと、それも軽々と弾き返されるのだから…。
「ありがとうございました」
打撃練習を終えたフレンは、右打席に立ったままヘルメットのつばに手をやりつつ、自分に投げてくれた投手に向かって一礼した。その投手、速球派左腕として「委員長」こと右のエース・月ノ美兎と先発投手の座を争うアンジュ・カトリーナは、苦笑いしながらこちらも自分の投げるべき球数を投げ終えた。最速147㎞/hの速球に、スライダー・カットボール・スクリューといった変化球を組み合わせ、ストライクゾーンの横の空間をうまく使うことで抑えるのが持ち味である。
「お疲れさまでしたー。いやー、フレンさん相変わらずバッティング凄いっすねぇ。特にストレートはどこ投げても打たれんだもん。本当味方でよかったわ」
「アハハ、ありがとうございます。まぁでもまだ初日なんで、これからどんどん調子あげてきますよ」
自慢の打撃が初日にしては思った以上に調子がいいので、フレンは上機嫌だった。ましてや、打った相手はチームきっての好投手アンジュである。つい数十分前、指揮官から事実上「捕手失格」を言い渡されたことなど忘れたかのようだ。もちろん、そこはいつだって前向きで楽天的な性格のフレンのことである。一塁手としての新たな役割を与えられた以上、そこで結果を出せばいいと内心ではある意味割り切っていた。彼女からしてみれば、捕手として試合に出られないこと以上にチームの一員として勝利に貢献できないことの方が、よっぽどダメージが大きいのだ。
「やだなぁ、これ以上調子よくなったらトラウマになりそうじゃないですか。お手柔らかにお願いしますよ」
そう応じたアンジュがふと、誰かに気づいてフレンから目を逸らしたと思うと「あっ」と目を見開いた。それにつられて振り向いたフレンも、バックネット裏にいたある人物の姿を認め、「来てたのか…」というような顔をする。長身の身体に水色のシャツとチノパンを着こみ、首からは社員証。どことなく生気のない目は、長時間勤務で疲れ切ったサラリーマンの象徴ともいえるだろうか。
そこに立っていたのは、まぎれもなく社築その人だった。フレンにとっては5つほど年が離れている先輩であると同時に、日頃配信で共演するたびにバチバチにプロレスを繰り広げる相手でもある。また、アンジュにとっても社はある意味で因縁浅からぬ間柄なのだが、それはまた別のお話。
「やぁフレンさん、ずいぶんバッティング調子よさそうじゃないですか」
年上のはずの社が、ニヤニヤしながらやけに慇懃無礼な口調で語り掛けてきた。こういう時、社がどういう意図で口を開いているかフレンはよく知っている。この口調は、自分をおちょくりに来た時のそれだ。
「なんだ社さん、来てらっしゃったんですか」
フレンはそう言いながらバックネットのところまで歩み寄り、ネットを挟んで先輩と向かい合った。頭の中で、見えないゴングが「カーン」と音を立てる。
「御覧の通り絶好調ですよ。私、この調子なら四番の座までかっさらっちゃうんで」
「まぁ、うちのドーラに勝てると思うならやってみたらいいと思うけどな」
社と本間、そしてにじさんじNo.1ともいわれる人気ライバーでもある、バンパイアの葛葉とともに疑似家族ユニット「ド葛本社」で活動するドーラは、このチームの主砲&正三塁手としての起用が最有力視されるスラッガーである。ファイヤードレイクという種族名が示すとおり、自他ともに認める文字通りのフィジカルモンスターだ。足はお世辞にも速いとは言えないものの、破壊力満点の打撃と難しい体勢からでも矢のような送球を放てる強肩、球際の強さとホットコーナーを守るのに必要な素質は全て高レベルで兼ね備えている。
「っていうかそのドーラから聞いたけど、お前今日キャッチャー防具フル装備で練習に来たんだって?アップで邪魔になるのになんで既につけてんだよ。流石すぎるわ」
「いや、そこはもうとこ先輩に朝の段階で突っ込まれましたし。周回遅れですよ社さん」
フレンがすかさず言い返すと、社はなおもニヤニヤしながら言葉を続けた。
「しかも、わざわざそこまでしてやる気アピールしといて、今回は結局キャッチャーじゃ使われねぇってんだろ?オチまで完璧じゃねぇか」
「うぐっ…」
流石にムッとしつつも、何も言い返せないフレンに対して、社は間髪入れずにすかさずとどめの一撃を放つ。
「まぁ、そんなにバッティングが調子いいならせいぜい打つ方では頑張ってくださいよ。四番で使ってもらえるかどうかは知らんけどな」
ハッハッハ、と高笑いしながら悠然と去っていく社。その後ろ姿に、フレンは「もう、絶対活躍してギャフンと言わせてみせますからね!」と叫ぶのが精いっぱいだった。
時は経ち、試合前夜。にじさんじ甲子園主宰の1人であり、事務所でも屈指のスポーツ好きとして知られる舞元啓介と、彼の盟友でもあるジョー力一の2人は、お互いの名前からタイトルを取った人気配信の1つ「舞元力一」の大会直前スペシャルの配信に臨んでいた。
「で、社さん。レディース選抜の練習にちょくちょく足運んでるって聞いたけど、みんな明日は期待できそうですか?」
舞元が、この日のスペシャルゲストとして招いていた社に話を振る。日頃からコラボ配信などでお互いに付き合いのある両者、加えて社は熱狂的な横浜DeNAベイスターズファンとしても知られており、野球への造詣も深い。この番組のゲストに呼ばれるのも当然と言えば当然だろう。
「そうっスねぇ。投手陣も野手陣もみんな仕上がってるし調子いいんで、期待していいと思いますよ。特に野手陣はバット振れてるんで、序盤からビッグイニングなんてのも期待していいんじゃないですかね」
社が応じる。
「社さん的には、野手陣で一押しと言ったらやっぱりドーラになるのかな?」
力一が尋ねる。
「まぁ、ドーラは今更一押しと言う必要もないくらい、当然やってくれるもんだと思ってるんで。普段通りやれば打つでしょ、彼女は」
「でもどうなんだろうね、もちろんスタメン出場も活躍も堅いと思うんだけど、四番で出るのかは若干怪しいところあるんじゃない?フレンがこのところ打撃で猛アピールしてるらしいって聞くからさ」
舞元が口をはさむ。その言葉通り、にじさんじレディース選抜周辺では大会の1週間ほど前になってから、にわかに話題になっていたトピックがあった。いずれも打撃が自慢の、フレンとドーラによる四番争いである。
正捕手の座と同様、四番の座もチームでは1人だけだ。両者とも元々の実力の高さに加え、コンディションも比較的ずっと好調を維持していたため、争いはし烈なものになっていた。もちろん、戦前から最有力とされていたのは一貫してドーラの方なのだが、シート打撃などでピカ一の勝負強さを見せつけるフレンが猛アピールを続け、ライバルとして名乗りを上げた格好になっている。
ただ、し烈な争いを繰り広げているとはいっても同じ事務所の先輩後輩同士、しかもグラウンドではチームメイトとあって2人の個人的な関係は決して険悪ではない。温厚で落ち着いた性格のドーラは人を陰で悪しざまに言うようなことはないし、フレンも後輩として礼儀の部分はしっかりとわきまえている。個人対個人ではあくまで仲良く、だがグラウンドではし烈に。実に健全な戦いが、この前夜に至るまでずっと続いていた。リゼにとっては嬉しい悲鳴かもしれない。
「フレンと言えば、社さんフレンとは初日からまたずいぶんバチバチにやったらしいね、相変わらずと言えば相変わらずだけど」
「あー、まぁいつもの奴ですよ。あいつとはあぁやって適当に殴り合ってるくらいが一番自然かなって。俺が適度に煽ることであいつが発奮するなら、まぁそれはそれでいいんじゃないですか」
舞元の問いかけに、社がこともなげに答える。それに対して、力一がふと何かを思いついたように口を開いた。
「でもさぁ、いくらフレンとはいえ相手は一応年下の女の子でしょ。煽るだけ煽って結局フォローもなんもなしだとさ、嫌われたりとかしないもんなのかね」
「フォローったって、具体的に何すりゃいいんですか?」
「試合で活躍したら、おごりでご飯でも連れて行ってあげるとか?」
「高級フレンチのディナーでも連れてってあげたらいいじゃん、フレンだけに」
舞元がそう言って、大口を開けて声をあげて笑った。それに反応したコメント欄にも「草」「フレンだからフレンチwww」といったコメントが殺到する。
「えええ、いくらなんでもそんな金ねぇよぉ…」
社は頭を抱えた。すかさず、おじさん2人が猛追撃モードに突入する。
「駄目だよ社さん、こういう時こそ先輩として男を見せないと!ライバーたるもの、やるべきことは分かってるよね?」
「煽るなら煽るなりにしっかり責任取らないとさぁ。このままじゃただの嫌な奴で終わっちゃうよ」
「責任取るってなんスか、その微妙にいかがわしい言い方」
なおも、困惑する社。だが、そんな彼をよそに司会2人もコメント欄も社の男気への期待で熱は高まる一方だ。とうとう、根負けした社が折れた。
「そこまで言うんだったらまぁ…。あいつがもし明日お立ち台に呼ばれるくらい活躍したら、考えてやらんこともない」
「うおおおお!」
コメント欄は社のその返答に、今日一の盛り上がりを見せる。そしてその様子は何もリスナーや運営だけでなく、試合当日を目前に控える選手たちの耳にも届いていたのだった…。
*
にじさんじとホロライブをそれぞれ運営するANYCOLORとカバーの両社は、Vtuber業界を共にけん引する文字通りリーダー的存在である。これまで、エンターテイメント企業として彼らがあらゆるフィールドで作り上げてきたものは、決してインパクトが小さなものではない。スポーツのリアルイベントに関しては、両社ともそこまで確固たる知見を持っていたわけではなかったが、そこは数々のライブイベントを成功に導いてきた大手事務所である。ありとあらゆる人脈を駆使し、グラウンド外では常に2社が手を取り合いながら、当日までお互いのスタッフが一丸となって準備を進めてきた。
その甲斐あって、プロ野球顔負けの試合前演出の後、にじさんじレディース選抜が月ノ、ホロライブ・オールスターズが白上フブキの両先発で始まった試合は、文字通りの熱戦となった。ちなみに、双方のスターティングメンバ―は下記の通りだ(#の数字は背番号)。
先攻・ホロライブ・オールスターズ
(遊)戌神ころね(#7)
(二)猫又おかゆ(#2)
(中)星街すいせい(#51)
(捕)白銀ノエル(#27)
(一)大神ミオ(#10)
(三)大空スバル(#1)
(投)白上フブキ(#22)
(右)癒月ちょこ(#9)
(左)潤羽るしあ(#26)
後攻・にじさんじレディース選抜
(遊)相羽ういは(#3)
(右)シスター・クレア(#90)
(中)戌亥とこ(#15)
(三)ドーラ(#55)
(左)樋口楓(#10)
(一)フレン・E・ルスタリオ(#25)
(捕)ニュイ・ソシエール(#22)
(二)笹木咲(#39)
(投)月ノ美兎(#18)
0-0のまま、ホロライブが2番手として不知火フレアを送り込んだ四回裏、にじさんじに最初のビッグチャンスが訪れる。一死から三番・戌亥が四球で出塁すると、四番・ドーラが右翼線二塁打で続く。続く五番・樋口の打席でホロライブ側は申告敬遠を選択、樋口が一塁に歩いて一死満塁と先制のチャンスを迎えた。ここで打席に立つのは、もちろんこの人である。
「六番、ファースト、ルスタリオ」
場内に、出囃子として設定した自身のソロ曲「フラクタル」が響き渡る中、フレンは一塁側のネクストバッターズサークルから右打席へと、ゆっくりと歩みを進めた。この試合、第一打席ではフレンは相手先発の白上相手に、悪くない当たりではあったが三塁ゴロに倒れている。結果は凡退だったが、試合そのものにはそこそこうまく入り込めている実感が彼女にはあった。
打席に立ち、球審と相手捕手の白銀に一礼した後、いつものように大きくバットを左腕でグルっと回してからオープンスタンスで構える。その目に、マウンドで仁王立ちする相手の2番手・不知火の姿が映った。褐色の肌と堂々たる体格が特徴で、最大の武器である150㎞/h台半ばの剛速球をどんどん投げ込んでくる剛腕タイプである。彼女の耳には、自分専用に作られたというチャンステーマ、今や高校野球ではすっかりお馴染みとなった応援歌「ダイナミック琉球」の替え歌の大合唱が、ライトスタンドの応援団から聞こえてきた。
♪打てよ 白きボールを 頂を目指す者よ
飛ばせ あの空超え高く 騎士の誇りを胸に
「おっ、社さん間に合ったね。フレン、ちょうどいいとこだよ」
お手洗いと球場飯の買い出しから戻ってきた社に、舞元が声をかける。彼らは今、にじさんじレディース選抜が陣取る一塁側ダグアウトの上あたり、比較的グラウンドに近いエリアで試合に見入っていた。もちろん、配信者である以上同時視聴配信を絶賛実施中であるのは言うまでもない。
「おぉ、一死満塁?いい場面じゃないスか」
「どうよ社さん。相手ピッチャー、白上から不知火に変わったけど打てるかね、フレンは?」
舞元が問いかける。てっきり、「まぁ厳しいでしょ、打てたら儲けもんだけど」なんて答えが返ってくるんだろうと予想しながら。しかし、実際に返って来たのは全く異なる回答だった。
「あぁ、不知火なら打つでしょあいつは。もちろんお互いの調子にもよるけど」
「ほう?」
思わぬ返答に、舞元が興味深そうな顔をする。コメント欄もその反応には一様に意外そうだ。その彼に向かって、社はこう説明してみせた。
「不知火フレアは、自慢の速球をガンガンごり押しで投げ込んできて、力でねじ伏せるタイプでしょ。なんでか知らないけどあいつ、そういう投手にはなぜかアホみたいに強いんスよ。練習見てても、ストレートには大体誰が相手でも対応力高かったから。別に変化球が苦手という意味じゃないけどね」
「へぇ?」
「第一打席でも、凡退したとはいえ捉えた当たりではあったし、バットは振れてる。この打席も自分のスイングさえできれば、多分イケるよ」
その声色は、フレンについて彼が語る時にしては珍しく、真剣そのものだった。
バットを握る手に、力がこもる。サインの交換を終え、マウンド上の不知火が振りかぶった。走者がいる場面ではあるが、満塁とあって盗塁の心配をする必要がほとんどないので、ここは守備側も打者勝負で集中できる場面だ。右腕がしなり、スピードと重さを兼ね備えた白球が勢いよくキャッチャーミットに向けて放たれる。
「ズドン!」
「ットォーライー!!」
球審の右手が上がる。不知火の放った初球のフォーシームは、あっという間に白銀のミットに収まっていた。前評判通り、そしてネクストからずっと見ていた通り、やはり速い。初球は見送ると決めていたが、1球目から手を出すと決めていたとしても手が出ていたかどうか。…、だが。
(うん、見えてる…!)
フレンは内心呟いた。確かに球速はあるし重そうだが、打撃に自信を持つ自分なら対応できるボールでもあるように思えた。社の分析通り、フレンはどちらかと言えば速球を打つことの方に非常に自信があるタイプの打者だ。白上と対戦した第一打席では、相手がキレの良い変化球を中心に攻めてきたので結果的に上回り、打ち取られてしまったが、タイプとしては不知火の方がむしろ得意と言える。あとは、いつ甘いボールが来るかというところだけが問題となりそうだった。
2球目。外角高めに速球が外れてボール、カウント1ボール1ストライク。
3球目、外角低めにスライダーが引っ掛かり、ショートバウンドに。捕手の白銀が慌てて身体で止めて、前に落とすことでここは事なきを得た。塁上の走者はいずれも進塁せず、2ボール1ストライク。
4球目。やや甘い速球が内に入ってきた。「ここだ」とフレンがバットを出す。狙ったカウントも、ボールも、スイングも悪くはなかった。だが、球威はどうやら想定よりも若干上回っていたらしい。「捉えた」と思った打球はバットがやや下に入りすぎたのか、フェアゾーンではなくバックネットに向かって真後ろに飛んだ。「ガシャン」という大きな音を立てて、その硬さが石にも例えられる硬式球がバックネットに勢いよく衝突する。
「オッケーおレン、ナイススイング!打てるよ打てるよ~」
「フレン、いいよいいよ!一発ブチかましたれ!」
三塁走者の戌亥、一塁走者の樋口が相次いで声をかけてきた。これでカウント2-2、追い込まれた。万が一四死球でも出そうものなら押し出しで先制を許してしまうこの場面、次の1球が間違いなく勝負球である。
「珍しいこともあるもんだね、社さんがフレンのことをそこまで評価するなんて」
舞元は呟いた。紛れもなく、本音の言葉だった。
男女合わせて100人を超えるライバーが所属する、業界一の大所帯であるにじさんじ。その最大手事務所にあって、舞元自身はこれまでフレンとはそこまで頻繁に配信などで絡んだことはなかった。彼女が所属するユニット「▽▲TRiNITY▲▽」がデビューアルバムをリリースした際、その記念配信で彼女たち3人を舞元力一に招いたことはあったが、それ以外の絡みとなると文字通り共演の経験は数えるほどしかないのだ。だから、自身の番組での共演をきっかけにある程度は彼女の人となりを直接知ったとは言えど、どちらかと言えばその評価はより付き合いの深い社などを経由して聞く機会の方が多かった。
その社が普段、フレンのことを何かとバチバチに煽り散らかしていることを思えば、その彼が彼女の打者としての才能をこれほどまでに、それも真剣なトーンで評価するのは意外と言う他ない。恐らく、視聴者の大半も同じことを思っているだろう。
「いやいや、舞元さんこそフレンのこと過小評価してるんじゃない?いつも表じゃバチバチにプロレスやってるけど、じゃあ俺があいつのことまるで評価してないかって言われたら、別にそんなことはないっスよ」
社は答えた。その目が、眼下で勝負の一球に立ち向かおうとするフレンの打席での姿を捉える。彼の返答に、にわかにコメント欄がざわつき始めた。それをよそに、社は独り言を言うかの如く言葉を吐き出す。
「確かに、あいつに知性や教養、一般常識なんてものが備わってるとは俺は全く思わない。俺らがごく当たり前に持ってるような、日常生活にまつわる何気ない知識ですら、どういうわけかあいつにはまるで足りてない」
実際、あいつゲーム配信で共演してもそういう基礎知識が全く足りてないから、いつも意味の分からないところで引っかかって派手に転ぶんですよ。「そこは社会人として最低限分かってなきゃ困るだろ」ってところが歯抜けになってるから、俺からしたらあり得ないところでドツボにハマる。はっきり言って何でそうなるのか、俺は全く理解できない。
社の言葉に、舞元は思わず苦笑いを浮かべるしかなかった。コメント欄の視聴者からも、フレンのリスナーを中心にそんな社の言葉に賛意を示す言葉が並ぶ。だが、ある程度コメント欄が加速したところで不意に、社が「けどね」とその流れを遮った。
「そんなあいつにも、俺が一配信者として認めてる才能は有りますよ。それも下手したら、俺だって敵わないんじゃないかって思うくらいの才能が」
「社さんが敵わない才能?」
舞元が首を傾げる。それにタイミングを合わせるかのように、マウンド上の不知火が振りかぶった。
「足りないなりに限られた手札ぶん回して、その場で出来うる限りの最善を弾き出す力。時には、こっちの想定すら上回るような結果を出して場の空気を全部持っていく能力。そういうところに関してはね…」
社がその言葉を吐いたのは、不知火が勝負の一球を放ったのとほぼ同時だった。
「紛れもなく天才っスよ、あの女騎士は」
ツーシームだ。ボールが不知火の手を離れた瞬間、彼女が決め球に選んだ球種をフレンは直感で感じ取った。ボールが向かってくる。真ん中付近に来た1球前の甘いボールよりも、さらに内に入ってくる厳しいボールだ。スピードがあり、体重もさらに乗っている。仕留めるのは非常に難しい一球だった。
「六番・一塁」。最終的にはそれが、フレンに与えられたこのチームでのポジションだった。当初の期待とは裏腹に、結果的には自分は正捕手にもなれなかったし、打撃で猛アピールしつつも四番でも使ってはもらえなかった。だがこの場面においては、彼女にとってはそんなことはもはやどうでもいい。今一番気にしなければならないのは、いかに全身全霊を以てこの難しい一球を弾き返し、先制点をチームにもたらすかだった。打順でもポジションでもなく、結果で私は主役になるのだ。
(当たって…!)
微妙にシュート回転したボールが、近づくにつれて内に食い込んでくる。だが、フレンは強引ともいえるやり方でそれを仕留めにかかった。両腕を器用に折りたたみ、腰の鋭い回転を利用して勢いよくバットを一閃する。目にもとまらぬスイングスピードでボールに襲い掛かったバットは、強力な運動エネルギーをボールに与え痛烈な一撃を弾き返した。
「パッカーン!!」
甲高い破裂音が、チャンステーマの鳴り響く球場内に響き渡る。打球はあっという間に、三塁手・大空の頭上を越えて左翼線を転々としていった。三塁塁審がフェアゾーンに向けて手を伸ばし、「フェア」のジェスチャーをする。
「レフトォ!」
慌ててマスクを外して立ち上がった白銀が、外野に向かって叫ぶのに合わせて、フレンは勢いよく一塁へと駆け出した。打たれた不知火が、茫然とした表情を浮かべながらホームベースのカバーに走る姿も、彼女の目には届かない。ボールが外野を転々とする間、一塁側と右翼席の大歓声を浴びながら三塁からは戌亥が生還、二塁からもドーラが懸命に走って還ってきた。それを尻目に、フレンは迷わず一塁を回って二塁へと走りこむ。潤羽からの返球も間に合わない。2点適時二塁打で2-0、先制点をもたらす大手柄だ。おまけに、なおも一死二、三塁と追加点の大チャンスである。
「やっ…たぁぁぁぁぁぁー!!!!!!!!!」
二塁に到達するや否や、フレンは塁上で拳を握り締めながら絶叫した。一塁側ベンチもスタンドも、舞元の配信のコメント欄もお祭り騒ぎである。
「だーはっはっは!!!いやぁ、本当に打っちゃったねぇ社さん」
舞元が、あまりにドラマチックな一打に大爆笑しながら社の肩を抱く。声をかけられた社も、あまりの展開に声が上ずっている。
「いや、あんな難しいボール投げられといて、あんな打球飛ばすとかおかしいでしょ。なんだよあのバッティングセンス、馬鹿じゃないの」
「まぁ、とりあえず結果は出したわけだからさ。ちゃんとキャッシュ用意しときなよ」
「うぐっ…」
赤面しつつ言葉に詰まる社を横目に見つつ、舞元はグラウンドを見下ろした。二塁塁上で、満面の笑みを浮かべたフレンがスタンドに向けて拳を突き上げる姿が目に入る。
(しかし不思議なもんだ。あの社さんですら、裏ではフレンに対してここまで高い評価を与えてるんだもんな…)
舞元は今初めて認識したのだが、思えばにじさんじの一員としてデビューして以降、フレンはずっとそうだった。当人に向かっては、ライバーもリスナーもめったに彼女を褒めるようなことは言わないのに、本人が不在にしているところではみんなしてその人柄や才能をべた褒めする。もちろん、陰口を叩かれるのに比べれば遥かにマシではあるのだが、なんとも不思議なそんな評価を周りから与えられるのが、フレン・E・ルスタリオというライバーなのかもしれない。
(ハハッ、面白れぇ奴…)
なおも湧き上がるスタンドの中、事務所最年長の36歳は一人内心呟いたのだった。
「あー、楽しかったぁー!!」
試合後、球場の選手用通路を歩きながら、フレンは充実した表情を浮かべていた。彼女はこの後の第三打席でも安打を放ち、3打数2安打2打点と活躍。七回から交代してベンチに下がった。試合はその後一進一退の攻防となり、最終的にはホロライブが追いつく形で惜しくも4-4の引き分けに終わったが、その中でも特に輝きを放った一人がフレンだったと言えるだろう。
(四回にフレアさんから打ったタイムリー、気持ちよかったなぁ…)
歩きながら、ふと自分の両手に目を落とす。このたった1試合で真価を発揮するために、にじさんじレディース選抜もホロライブ・オールスターズも、少なからず練習を重ねてきた。努力家のフレン自身も彼女なりに一生懸命バットを振り込んできたので、その手にはマメがいくつか顔を覗かせている。だがそのマメの痛み以上に、不知火からタイムリーを打った時の感触は強烈にこの手に残ったままだ。明日からはライバーとして、普段通りの配信活動がまた始まるが、「野球選手」だったこの日々はずっと自分の中に残り続けるだろう。
「おう、フレン」
ふと、彼女に向けて呼びかける声が聞こえる。顔を上げると、そこに立っていたのは社だった。一応ここは関係者用スペースではあるが、同じにじさんじの一員である社も試合の前後であれば入ることは許されているのだ。
「あ、社さん。お疲れ様です」
普段何かと怒られがちな先輩の前で見事結果を出したとあって、フレンは鼻高々だった。
「見ましたか社さん、ちゃんと打って結果だしましたよ私」
「あぁ、確かにありゃナイスバッティングだった。悔しいがあれは褒めてやるしかねぇわ。よくやった」
「ふっふっふ、私だってこう見えてちゃんとできるんですよ。おちょくるのもほどほどにしていただかないと」
フレンはそう自慢げな表情で言うと、ふといたずらっぽい笑みを浮かべながら上目遣いで社の顔を見つめた。
「で、ところでいつ連れてってくれるんですか?」
「は、何が?」
怪訝そうな顔で聞き返した社に対し、フレンがニヤリと笑う。
「…、試合で活躍したら連れてってくれるんですよね?フレンチ♡」
「は…?…、えっ…。は!?」
一瞬その言葉の意味が理解できず、頭の処理が追いつかない様子の社。だが、やがてフレンが言わんとしていることを理解した瞬間、彼は思わず周りの関係者が驚いて振り向くほどの大声で叫んでいた。
「て、てめぇ昨日の配信聴いてたのかよ!?」
「そりゃもう聴いてましたよ、バッチリ」
「あれそこそこ遅い時間だっただろ!?試合前日なんだから、今日に備えて早めに寝てるもんじゃねぇのかよ普通!?」
「だって試合前日特集でしょ?自分だって過去にお世話になった番組だし、テーマがテーマなんだから選手だって気にならないわけないじゃないですか」
社さんがなんか面白いこと言ってくれるんじゃないかって期待してましたしね、とフレンはニヤニヤしながら続ける。
「ちゃんと試合では活躍したんだから、公約は守ってくださいよ。私、これでも結構おごってもらうの期待してたんで」
フレンがそこまで口にした時、社がふと何かを思い出したかのように態度を変えた。
「いや、行かねぇけど?」
「へ?何でですか?」
「昨日の配信聴いてたなら、俺の言葉ちゃんと覚えてるはずだろ?考えてやらんこともないとは言ったが、必ず連れてってやるとは一言も言ってねぇよ。大体、試合自体は引き分けだったんだからお前お立ち台にも呼ばれてねぇじゃん」
「えええ、そんなぁ…」
思わぬ「空振り」にがっくりと肩を落とすフレン。それに追い打ちをかけるように、社の言葉は続いた。
「公約を守るも何も、そもそも公約が成立する条件満たせてねぇんだよなぁ。まぁ、勝手に期待しといて当てが外れたのはご愁傷さまだけど、そういうことd」
「はーい社さーん、御託並べんのはそこまでにしよかー」
社がそこまで言ったところで、突然彼の言葉を遮る声がした。その声の主の正体に気づいた瞬間、社の顔があからさまにひきつる。
「ゲッ、でろーんさん…」
そこに立っていたのは、にじさんじの看板役者の1人とも呼べる樋口だった。年は社どころかフレンよりもさらに年下だが、1期生として身にまとう威厳は彼以上である。
「ゲッってなんやゲッて。人をバケモンかなんかみたいに」
「いやぁ、その…」
途端にたじたじになる社。今度は、樋口が「女性代表」として反転攻勢に出る番である。
「あんたなぁ、後輩のこんな可愛い女の子が一緒にご飯行きましょう言うてんねんで。大体あんた、昨日の配信で期待させるようなこと言うてんねやろ?だったらつべこべ言わんと連れてったれや、それにふさわしいだけの結果はちゃんと出しとんのやから」
「いや、でもそんな高いところに連れてく金が」
「あんたがそういう店にも行けんレベルで金がないわけないやろ、それなりに案件配信だってやってんねやから。こういう時こそ奮発して男見せんとあかんやろ。ほれ、フーレンチ、フーレンチ…」
そう言うと、手を叩きながら謎の「フレンチ」コールを始めた。しまいには、フレンや周りの人間まで巻き込んでやり始める始末だ。自分を連れて行けというわけでもないのに、ここまで後輩の肩を持って盛り上げてくれるというのは、先輩としての器の大きさが故だろうか。あまりの空気に、流石の社もついに折れざるを得なかった。
「あぁもう、分かりましたよ。今から店探して予約するから!もう勘弁して!」
業界最大のVtuber事務所、にじさんじ。ところ変われど、その内情はいつだって平和(?) そのものである。
完
作中で社がフレンに対して与えている「諸々足りてないなりに限られた手札をフル活用して、予想もしないような結果を出すことに関しては天才」という評価は、実際の社が当人に与えているかどうかはともかくとして、少なくともある程度彼女を知っているリスナーの間では多かれ少なかれ賛同が集まるものではないかと思います。
実際、「なんでそこでつまずくの!?」というところはありつつも、彼女が一般常識や教養の部分さえ人並みに身についたら、とんでもない完璧超人に化けうるポテンシャルの持ち主であることに、疑う余地はないでしょう。現時点でも、人間的にも非常に魅力にあふれるライバーだなと思っています。
ハーメルンでは基本的にミリタリー系の作品を書くことが多く、スポーツ系もサブカル系も初めて執筆したのですが、描いていて非常に楽しかったです。またアイデアが思いついたら投げてみたいですね。それではまたお会いしましょう。