いつか、君の鎮魂歌となるように   作:黒猫

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リンリン目線の話。

評価、感想、ありがとうございます。誤字についてもまことにありがとうございます。

感想、いただけると嬉しいです。


籠の中の怪物

 

 

シャーロット・リンリンにとって、この世で一番に大好きなのは育ての親であるマザー・カルメルであった。

けれど、大好きだとか、そんな言葉は遠くに吹っ飛ばされるような衝撃をその少年と初めて見たときに感じたのだ。

 

 

父と母に置いていかれた、彼女自身はそう認識していないが、その時不安だとか悲しいだとかを感じる前にただ空腹感だけが支配していた。

リンリンは何故だろうかと、幼いながらに考えていた。

自分は、どうしてこんなにも他の人と違うのだろうか。

周りは自分よりも小さくて、どこか窮屈で。皆がもうおなかがいっぱいだという中で、自分だけがおなかが減っていて。

普段は、そんなことは考えない。おなかが減っているし、楽しいことがたくさんある。それは、巨人たちの国に来てからもそうだった。

そこでは、リンリンは、確かに自分が変わっていると言うことを自覚しなくてよかった。

自分と同じほどに大きな人も、親のいない存在も、複雑な事情を抱えている存在も、たくさんいた。

けれど、リンリンとて、わかっているのだ。ぼんやりと、確かなものではなくとも。

人と違うと言うことは、とても寂しくて悲しいことだと。

だから、長い手の少年の手も、魚人のえらも、なくしてあげようと思った。

違うことは、とても悲しいことだから。

そう思う。きっと、そうなのだと思う。

 

(でもなあ。)

「どうかしたの、リンリン?」

 

ピカピカの銀の髪、絵本の王子様のような顔、そうして、夕方の空のような瞳。

リンリンは、その少年と家の中にいた。いつもならば、外を駆け回っている彼女であったが、その日は珍しく家の中にいた。

というのも、寝坊して他の子どもたちに出遅れた中、珍しく家にいたヴィーゲンを見つけたためだった。

ヴィーゲンに構ってもらうのは、マザー・カルメルに構ってもらう程度に難しい。彼もまた、周りの子どもたちに懐かれているためだ。

リンリンに気づいたヴィーゲンは嫌な顔一つせずに、どうかしたのかいと微笑んでくれた。

そうして、リンリンはぼんやりと本を読む彼の横顔を眺めていた。

その時、リンリンには、その感情をなんと言い表せばわからなかったけれど。

けれど、もっと大人になった後ならば、少年へこう思ったことだろう。

変わっていることが、悲しいことだと思わない人がいたなんて。

 

「なんでもなーい。なあ、今日のご飯てなに?」

「うん、今日はエルバフの人たちに魚をもらったから、それかな。」

「そっか!ヴィー兄のご飯旨いから嬉しいな。」

「ふふふふ、リンリンは上手だね。」

 

会話をしながら、リンリンはぼーっとヴィーゲンの顔立ちに目を奪われていた。

 

(変だなあ、本当に、変だなあ。)

 

モール・ヴィーゲンに会ったのは、羊の家にやってきてすぐだった。

己を出迎えた孤児たちは、連れだって家に入ってすぐ、奥にいた少年に向かっていった。

 

「その子が、新しい子かな?」

 

それにリンリンは度肝を抜かれた。何かに見惚れるなんて経験、それが生まれて初めてものだったから。

昔、母に見せてもらった絵本の中から王子様が飛び出してきたのかと思った。

マザー・カルメルは嬉々として、彼を紹介してくれた。

カルメルと遠縁だという少年は、カルメルの養子であるらしい。彼は驚いた顔でリンリンを一瞬見たけれど、すぐに何事もなかったかのように微笑んだ。

リンリンはそれにまるで強い光を見た後のように、瞬きをした。ぱちぱちと瞬きをしたけれど、変わることなくどこか目がくらんでいるかのような心地がした。

 

「そうだ、名前を聞かせてくれないかな?」

「おれ、りんりんって、いうんだ。」

「リンリン?そうかあ。」

 

とても、かわいい名前だね。

 

 

(なんでだろうなあ。)

 

リンリンは、ぼんやりと幼いながらに考える。そうだ、幼くたって、悩みは多いものだ。

リンリンは、目の前で絵本を読んでくれている少年を寝転びながら見つめていた。

何故か、ヴィーゲンはとても優しい。それは、リンリンだけではなくて、ほかの子どもたちに対してもだ。

何よりも、リンリンがすごいと思うのは、ヴィーゲンが己の分のおやつさえもリンリンに分けてくれることだ。

リンリンにはそんなことは絶対に出来ないことだ。だからこそ、リンリンは素直に彼のことをすごいと思っていた。

 

「そうして、皆は幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。」

 

ぱたんと閉じた絵本を膝に置き、ヴィーゲンは髪を耳にかける。窓から入ってきた日向が、その髪に反射してきらきらと輝いている。

リンリンは無意識のうちに、その髪に手を伸ばした。ヴィーゲンはそれに驚いた顔をした後に、そっとリンリンの前に座った。

 

「リンリン、髪を触るのはいいけれど。優しく。力が強いと、痛いから。」

「うん。」

 

リンリンはそっとそれに従って、触るというよりは撫でるようにヴィーゲンの髪に手をやった。

ヴィーゲンは特別、痛いだとか、苦しいだとか言わなかった。それに、リンリンはちゃんとヴィーゲンに優しく出来ているのだと嬉しくなった。

 

マザー・カルメルはリンリンが何をしても赦してくれた。そうして、リンリンが何故そうしたのか、そうして間違いをしていれば正してくれた。

ヴィーゲンもまたそうだった。けれど、彼がカルメルと違ったのは、リンリンになんとかして力の扱いというものを知ってもらおうとした。

 

リンリン、いいかい。君の力は強いから、できるだけ優しく触るんだ。

リンリン、いいかい。何かしたいときは、まず相手に話しかけるんだ。

 

ヴィーゲンは率先して、リンリンに言葉をかけた。それの殆どは彼女には難しい言葉だったし、いっそのこと彼はひどくしつこいことがあった。

けれど、それでもリンリンに力の扱いを教えるために自ら実験台になったのは彼ぐらいだったのだろう。

 

「リンリン?」

 

夢想の内に、ぼんやりと浸った思考からリンリンは帰ってきた。

 

「どうかしたのかい?」

(なんでだろうなあ。)

 

リンリンはまた、疑問を内に抱えた。苛立つこともあった。叱られたこともあった。けれど、リンリンは目の前の存在を嫌うこともなかったし、そうして厭うことなかった。

それは、彼が自分に優しいと言うこともあるけれど、なぜだろうか。

その声を聞いていると、不思議と心が落ち着いた。

まるで、おなかいっぱいのまま、日だまりの中で昼寝をしているような気分になる。

おなかが減って、飢えているという感覚にずっと苛まれていた。それが当たり前だったから、リンリンはあまりに気にしていなかったけれど。

けれど、ヴィーゲンの声を聞いて初めて、満たされるという感覚をしれた気がした。

おなかが減っているのに、なぜか、満たされる。

なぜだかはわからない。ただ、その優しい声を聞いていると、何もかもがどうでも良くなってしまうのだ。

あの、かわいい名前だねという台詞が耳について離れなかった。

甘いお菓子と同じぐらいに、ヴィーゲンの子守歌を聴いて眠るのが大好きだった。

優しい彼は、カルメルのお使いでよくよく家を空けていたけれど、不思議と彼のことは覚えていた。

帰ってくれば、いの一番におかえりといったし、彼も微笑んでリンリンにただいまと言った。

一番に好きなのは、カルメルであったけれど、二番目にはヴィーゲンのことが好きになっていた。

 

お兄ちゃん、優しい、リンリンのお兄ちゃん。

 

けれど、それと同時に不思議だった。なぜ、彼は自分によくしてくれるのだろうか。それが、何故か不思議だった。

ヴィーゲンはそれに対して、どうしてだろうなと誤魔化したり、後は苦笑交じりにリンリンのことが大事だからと言った。

リンリンはその理由が知りたかったのに。けれど、その美しい笑みを見ていると、そんなことも忘れてしまう。

 

何故だろうか、そう思って、幾度か聞いたときのことだった。

ヴィーゲンが、まるで吐露するように言ったときがあった。

 

「何故か。そうだね。それは、きっと。」

 

僕とリンリンは同じものだから、かもしれないね。

 

リンリンにはその言葉の意味はわからなかった。

もしも、その場に、リンリン以外の誰かがいたならば、ヴィーゲンの瞳に、哀れみと悲しみが混ざっていることを理解しただろう。

そうして、ヴィーゲンの、誰も言えない事情を知っているものがいたのなら、彼の言葉の意味も理解しただろう。

ヴィーゲンにとって、彼女の無垢なる音は救いであったけれど、其れと同時に思っていたのだ。

マザー・カルメルに価値を見いだされたものであり、そうして、彼女に消費されていく存在。それは、ほかの子どもたちも一緒であったけれど。

原作において、海賊と成り果て、四皇になる彼女。そうして、あまりにも特異な存在であるヴィーゲン。

この場にいることへの強烈な違和感、そうだ、異物としての異様なシンパシーを感じていたのだ。

が、そんなことなど知らないリンリンは、その言葉の意味を必死に考えた。

誰にも言わなかったのは、偏に、ヴィーゲンと自分の間にある特別な秘密のように感じていたからだ。

考えて、考えて、そうしてリンリンは理解した。

彼の言葉の意味を、彼女なりに、理解した。

そうだ、自分たちは、互いに、変わった存在であるのだと。

 

羊の家にいる孤児たちは、確かに皆とは違っていた。けれど、世界を探せば、きっと彼らと似たような存在はいるはずだ。

リンリンとヴィーゲンだけなのだ。同じものがいない、変わった存在は。

きっと、世界には、手が長い存在も、魚人も、落ちぶれた存在も、親に売られる子どもも、どこかにいるけれど。

きっと、ヴィーゲンほどに美しい存在も、そうしてリンリンのような存在も、いないのだ。

 

(そっか!ヴィー兄とおれだけだ!)

 

リンリンはそれを理解して、本当に嬉しかったのだ。だって、誰もがきっと、世界に同じものがいるはずなのだ。けれど、リンリンだけが違う。幼心にそれぐらいは理解していた。

人であるはずなのに、巨人族ほどの大きさの子どもなんて見たことがなかったし。

ヴィーゲンほどに美しい存在を見たことがない。

そうだ、きっと、そうなのだ。

 

自分たちはほかにいないけれど。同じものがいないものどうして、きっとヴィーゲンと自分は同じだった。

 

リンリンはそれに気づけたことが嬉しくてしかたがなかった。

自分だけの存在、自分と同じ存在。

それが、嬉しかった。違うものであり、変わり者でしかなかった幼子には、その事実は本当に嬉しくて。

 

 

「ヴィー兄!」

 

弾んだ声で名を呼んだ。そうすると、彼はなんだいと笑ってくれる。リンリンはそれに、同じように微笑んだ。

大好きだ、きっと、心の底から大好きだった。

だって、世界の中のたった一つだけ、その兄貴分だけが自分と同じ一人だったから。自分だけの兄だったから。

これは自分だけのものなのだ。これは、自分のためにあるのだという、そんな無意識で幼い傲慢さをもってリンリンはヴィーゲンを慕っていた。

 

 

一番に好きなのは、マザー・カルメルだった。

ヴィーゲンは、二番目に好きだった。

けれど、ヴィーゲンほどに、ずっと見ていたいと思うのも、笑っていて欲しいと思うのも、シャーロット・リンリンにはいなかった。

そうして、誰よりも綺麗だと思うのもまた、彼だけだった。

 

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