異世界の人型兵器との死闘を演じる羽目になった予備士官を描く
ほんの数日前までここは森だった。もっとも、その大半は生田巌にとって見慣れないものばかりだった。
灰色の幹に銀色の葉。それに絡まる針金の様な蔦。動物にしても、少女の好む愛らしいものから、粘液の塊のようなものまでだ。
日本本土の森でも、外地南洋の密林でもない。それどころか地球上の何処にもこのような場所は無いだろう。
ここはは既知の場所では無い。
琵琶湖水面に現れた〈通路〉によって日本本土と結ばれた《ワルエレイス国》のこの場所は、ヘイタスの森と呼ばれていた。
そこに進出した日本帝国陸軍(ワルエレイス国)派遣軍、その中の大隊が守る陣地の一つに生田巌(いわたいわお)中尉がいた。彼は大学出たての予備士官であり、中尉でありながら小隊を指揮していた。
もちろん戦争のために。
ワルエレイス国は〈通路〉を超えた日本帝国が初めて接触した異世界文明国であり、(世界全体で言うのなら4番目の接触である)日本、世界にとって初の異世界間戦争の相手であった。
地の底からの叫び声の様な、腹の底を揺さぶる振動を伴った砲撃は止んだ。
壕の底で屈んでいた者たちが起き上がる。生田はよろよろと体を起こし、小隊軍曹に声をかけた。
「状況は? 」
損害は軽微、負傷者はなしと小隊軍曹の声。父親ほど年の違う髭面の軍曹は双眼鏡を構え、銃眼から外を見ている。
彼らのいる掩体壕は、木材と土嚢を組み合わせたもので、それほど防御力の高い陣地ではない。しかし樹木線による遮蔽効果のおかげか、今いる壕の中を見渡してもところどころ崩れてはいるが目立った損害は無かった。敵の砲撃はこちらに有効な打撃を与えていないようだった。
2分か、弾幕が薄いな。生田は敵の砲撃について思った。本来ならこの倍の時間、せめてこの三倍の量の砲弾を降らせなければ効果は望めない。連中、どうやら弾が足りなくなってきたらしい。しかも精度も落ち始めている。
生田の考えは正しかった。日本軍航空隊による連日の対地攻撃によって補給が滞っているのだ。
技術レベルはほぼ同等、ワルエレイス軍は本来の力を発揮出来なくなっていた。十分な砲弾や修理用部品がなければ、どんな兵器もそこに存在しないのと同じだ。
双眼鏡を構える。穴だらけにされた地面と金属質の木々の向こうにいくつかの人影が見えた。ここからだとまるで出来の悪いブリキの兵隊に見える。
「距離は約2000、二足装甲歩兵二個小隊、機種は〈木偶〉。後ろには徒歩兵約二個中隊」
同じように双眼鏡を構えていた軍曹が報告した。
最後の方は聞いていない。 生田は自分の小隊で何が出来るか考えた。敵は一刻も早くこの陣地を突破したがっている。時間が経てば戦力をすり潰されて終わり。だからこそ〈木偶〉という速さはあるが装甲は紙のような代物を突撃させてきたのだ。飛び込んでしまえばそれなりに役にたつが、正面からくるのは下策だ。
ともかく、〈木偶〉が二個小隊。その後ろには歩兵二個中隊。対してこちらは歩兵二個小隊だけ、本来なら一緒のはずの重火器小隊は居ない。以前にくらべ一小隊あたりの火力は大幅に増しているとはいえ、この戦力差は大きい。味方の対地攻撃支援と大隊砲の支援があればなんとか持ちこたえるかも、少なくとも自分たち以外。
「小隊長殿。大隊本部に報告と火力支援を」
軍曹が携帯式無線機を差し出す。生田は頭を振り、よからぬ考えを頭の中から振り払う。
自分はただの小隊長。それも予備の少尉。考える力は軍人以下、多分兵隊さんよりマシなぐらい。
伝えるべきは敵の規模と火力の支援。
「ケンザン、ケンザン。こちらクロダイ。敵は二足装甲車両二個小隊が先頭。後方に歩兵二個中隊。距離は約1800。火力支援を要請」
《コチラケンザン、了解。大隊砲ト…… 上空滞空ノ飛行隊4機。ソチラニ回ス。符丁ハシラサギ-4。周波数ハ…… 》
生田は無線機を叩きつけそうになった。畜生、俺は航空士官じゃないぞ。こんな場末の前線陣地に攻撃機と連絡をとる暇と装備があるもんか。
刹那、キーンという金属音と、雷鳴のような音が聞こえた。バシュ、という空気を切り裂く音が聞こえてくる。敵の攻撃が始まったのだ。木々が薙ぎ払われ、樹木線を越えはっきりと〈木偶〉が姿を表した 。
日本の、というよりこの時代の常識を超えた人型の巨人であり。〈通路〉の向こうでは悪い冗談としか捉えられない未知の兵器。
人の三倍ほどの体躯。潜水ヘルメットのような頭部とドラム缶のような胴体、丸みのある肩と長い手足。手には着剣した銃にもみえる槍を構えている。ふざけた格好だが機体色だけは迷彩効果を意識しているのか濃淡のある鈍色であり、空想冒険小説の代物に見えるとともに兵器だとわかる、妙な現実感のある物体だった。
「敵先鋒、指定座標到達!! 以上通信終わり!!」
言い終わると同時に後方から重低音、遅れて軽い破裂音が聞こえてきた。今回は大隊砲に加えて連隊の重砲支援もついてきたらしい。遅れて地面が震え、何体かの〈木偶〉が膝を付く。遅れて何人かの敵兵も吹き飛んだ。
「こちらクロダイ、正確な砲撃だ。どんどんやってくれ!」
言い終わらないうちに先頭集団の〈木偶〉は手に持った槍の先から毒毒しい赤い光線を撃ち始めた。
地球の兵器体系にはまだ光線兵器はない。だが経験からこのような陣地そのものに対しては有効ではないということは分かっていた。土砂で造られた陣地の防御力がそれなりに高いことと、距離による減衰が大きいためだ。
しかし短い間隔で発射されることに加え、その雷鳴のような射撃音と血を想起させる光線の心理効果は大きなものだった。攻撃の目的とは極端な話、敵の頭を下げさせ、その間に自軍の兵士を敵の懐に飛び込ませることであるから、極めて効果的な兵器ともいえた。
敵にもう少しで飛び込まれると考えた生田は、そばの銃剣をちらり見た。もし陣地内の戦いとなれば、銃剣やスコップなどの方が役に立つ。
「戦闘の要は火力にあり」ーー日露戦争において、ロシア軍要塞に対する銃剣突撃により多大な損害を受けた日本軍は部隊の火力を増大させる努力を続け、将校は無意味な攻勢を慎むように教育されていたが、未だに銃剣術は重視されていた。敵への決定的な一撃は突撃によるものであったし、陣地防御戦闘の最後は白兵戦なのだ。
息が荒くなり、全身から汗が吹き出てくる。 生田はこれから始まることを考え、恐怖と憂鬱が入り混じった感覚を覚えた。しかし、それほど不快ではない。
「小隊打ち方始め! 」
髭面の軍曹が指示を出した。本来それは隊長である生田が出すものであるが、彼はそれを忘れているようだった。命令と同時に陣地からの射撃、噴進弾(ロケット弾)攻撃が始まった。後方の砲撃に紛れて攻撃すれば、制圧を受けにくい。噴進弾の攻撃を受け、〈木偶〉はまた一体倒れた。
今のところ圧倒的じゃないか、我が軍は
目の前で吹き飛ぶそれらと自身の銃剣を眺めながら、悦に浸っている生田の態度は指揮官に相応しいものではない。だがそうすることによって敵の攻撃の中なんとか正気を保っていた。軍曹もそのことを知っているため何も言わない。今のところ黙っていてくれれば十分だからだ。
敵は攻撃を受けつつ前進を続けている。
「敵、陣内に進入したようです」
なるべく感情を殺した声で軍曹は報告した。
何処からか、鬨の声が聞こえてくる。
今回は死ぬかもな。生田はそう思った。
やっと軍人らしく、日本男子らしく。
視界にの端に人影が飛び込んでくる。一瞬、青い瞳が見えたような気がした。
生田は手にした小銃の尻で顔を殴りつける。が、浅い一撃だった。倒れた人影は呻く様な声をあげ、手にした銃ーー機関短銃《サブマシンガン》のようなものを突き出した。
瞬間、生田はそれを蹴り上げ、銃剣を体に突き立てた。二度、三度と突き刺すうちに、敵は動かなくなった。
子供のような顔立ちに、光を失った青い瞳。黒い軍帽の下から覗く犬のような耳を見る。すまんなワン公。悲しいけど、これも戦争なんだ。
軍曹が生田のそばに寄ってきた。手には敵の装備らしい紐付きの黒いまな板のようなものがある。血で汚れているところを見ると、軍曹も一仕事終え、それを奪ったらしい。
歩兵の一部が浸透したようです。それと何匹か〈木偶〉が入りました。と報告を受けながら、二人は予備陣地へ向かうため交通壕を進んだ。〈木偶〉は陣地内に進入する前に砲撃と噴進弾の攻撃によってかなりの損害を与えたはずだが、少数は陣地内に浸入していた。
あと少しで予備陣地というとき、目の前に〈木偶〉が倒れてきた。
二人はすぐに転がるように来た角の向こうへ退避する。薄い装甲とはいえ歩兵では対抗できる武器がない以上、他に任せるしかない。
起き上がった〈木偶〉は足をやられたようで、壕の中に座るようにして、手の槍から光線を乱射し始めた。動けないため脅威は減ったが、目の前に突然敵の陣地が出来たようなものだから始末に負えない。
雷鳴のような発射音を聞きながら、生田は考えた。おそらくこの位置では左翼の速射砲では叩けない、支援砲撃は論外。どの位置からでも狙えない絶妙なところで壊れやがって、くそったれ。噴進弾持った連中が来るのを待ちたいが……
「取り付きますか」
生田が現実逃避を始めたと思った軍曹は、やや威厳を込めていった。未だに戦力評価と対抗策についての研究が不十分な〈木偶〉への歩兵戦闘は、戦車と同じものが考えられていた。(走破性能や速度、装甲などからして本来なら別ものと考えるべきだろうが)そして、未だに日本軍では対戦車戦闘において状況が切迫したとき、ただの歩兵でも肉薄攻撃せよ。という原則がある。
「吸着地雷はここにない、手榴弾だけじゃ無意味だ」
生田はすぐに応えた。正直なところ、誰かに手榴弾を持ってアレに取り付けと命じたくなかった。しかし指揮官としてあの〈木偶〉に対してどうすれば良いのかのわかっていた。一刻も早く破壊すべきだ。ならば誰かが肉薄攻撃しなくてはならない。それを兵に命じるのは生田の仕事だった。
ふと、そばに転がっている箱に気がついた。よく見ると軍曹が持って来た敵の装備だ。
こいつを投げてみよう。そんな考えが浮かんだ。投げやすいように紐も付いていて爆弾らしい。敵の肉薄兵器ーー工兵の破砕用爆弾か何かだろう。違っても爆弾と勘違いしてくれるかも。
軍曹に止められないように素早く拾うと、安全帯らしきものを見つけてそれに手をかけた。日本と同じとすれば、時限式信管のはず。見た所これを折れば、暫くして爆発するはずだ。
ほとんど発狂に近い発想であり、平時の生田ならば決してしないであろうそれが実行されたのは、戦場からの圧力だったのだろうか。使い方も分からない道具ーー地球とは違う技術体系であるから、兵器だとしても何が起こるか予想もつかないし、敵自身の装備であるから爆弾と勘違いも何もないのだ。
生田は様子をみて、なるべく〈木偶〉近くにそれを投げ入れた。
音がしない。やはり失敗だったかと生田が思った瞬間、ぴたりと攻撃音が止んだ。すぐに軍曹が飛び出し、生田も続く。 見ると搭乗員らしき女が巨人の手が持つ槍の石突の部分に、黒い箱を押し込んでいた。
こちらに気がついた女兵士ーービードロで出来たつなぎのような黒い服と飛行帽のようなものを被っているーーは腰から拳銃を抜き、発砲した。
軍曹が糸が切れた人形のように倒れる。
畜生、やりやがったな。瞬間に何が起きたか理解した生田は慌てて撃とうとするが、腹部に冷たさを感じた途端に倒れた。
二人が倒れたことを確認した女兵士はすぐに〈木偶〉の体内に戻ろうとハッチに潜り込んだ。
彼女にとって驚くべき贈り物だっただろう。魔力切れで諦めかけていた時、予備の弾倉ーーそれも魔力を蓄積させた銀賢剛が投げ込まれたのだから。
神の御導き。彼女はマナ・モーターの回転を上げつつそう感じた。まだ暴れられる。戦士誓約どおりに死んでしまうのは避けられないが、聖樹の都に向かう前に道連れを増やせそうだ。それを彼らが望むかは別として。
彼女は祈りを口にしながら、先ほど倒れた二人の兵士に〈木偶〉を向けた。
どちらもまだ生きているようだ。若い方はこちらを睨みつけていた。
武器を離していない。 彼らも私たちと同じ魂の輝きを持つようだ。ええ、大変よろしい。では最高の敬意を、全力全開の一撃を。
彼女は古式にのっとり、紅の雷を持って慈悲の一撃ーーとどめを与えることにした。太古の戦士の習いであるが、彼女は自身とかつての戦士を同一化しているようだった。戦場の悲壮感、もっと直接的に言えば発狂のそれである。彼女も生田と同じように、戦場の愚かしさから無縁では無かった。
雷鳴のような充填音、槍の先に紅い雷光が球を成した刹那
〈木偶〉は機能を停止した。
のちの両軍による検証によって、そのときの展開を再現することが出来る。
結論から言って、生田の行動は問題があったと言える。
しかし搭乗員の行動もまた不適切だとされた。
他の武器が使用不可能となったとはいえ、わざわざ外に出て装填(魔力補充)したのだ。どう考えても適切な行動ではなかった。ワルエレイス軍規則において、搭乗兵器が移動不可能になった際は敵に渡らぬよう、可能ならば破壊せよとされていたこともその考えを裏付けるものだった。予備弾倉はそのまま爆発物として使用できるから(ここに地球技術体系と違う魔法文明の柔軟性を見ることが出来る)あの状況ならば破壊を優先すべきであった。敵に自軍戦力を渡すことや、機密が漏れることを特に恐るワルエレイス軍らしい反応だったが、それによって魔装絡繰〈マギ・マトン〉が日本軍に回収され、日本による魔法技術体系、特に機関部に当たるマナ・モーターの解析におおいに役立てられたことを考えれば尚更だった。
生田が投げ込んだ弾倉は破壊用爆弾としての反応が中途半端に始まっており、かつそれに気付かず装填され、結果として〈木偶〉ーー魔装絡繰をこれまた運悪く(あるいは幸運にも)最小限の損傷で完全に停止させたのだった。
異なる技術体系同士だからこそ起きた、奇妙な事件だった。
この直後に予備戦車隊が投入され、侵入したワルエレイス軍部隊は壊滅。ワルエレイス国による攻勢は頓挫し、戦争は新局面に入った。
生田と軍曹、そして捕虜となった搭乗員は後方に下げられた。
そして〈木偶〉を肉薄を持って破壊した(と報じられた)生田中尉と軍曹は英雄となった。特に生田については予備士官ーー軍服をきた大学生から、軍人らしい軍人と周囲に見為されるようになったのだから、その変化は大きなものだった。少なくとも下士官兵たちに対してこの戦争の間中、軍人を演じ続けなければならないからだ。
国民は英雄を手に入れ、軍は貴重な鹵獲機体を手に入れた。皆満足したのだ。
あとは生田が有能で、勇敢であれば良い。それだけの話だった。
軍人らしく、日本男子らしく。ただそれだけである。