この素晴らしい世界に呪術を!   作:不落八十八

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1話

 嗚呼、何時に成ったら俺はこの悪夢から逃れられるのだろうか。

 山風ハジメ。

 そう両親に名付けられた俺は二十五歳の社会人で、デスマーチ五日目の完徹野郎である。

 クライアントからの変更オブ変更に、新人のやらかしによるメガンテ。

 サーバーエラーによるワールドリセットが発動し、復旧作業のために休日を返上して繰り出された挙句の果てが、これだ。

 干からびたミイラのような同僚たちを押し退けて、一つ休憩を取るためにドリンクサーバーと言う名ばかりの電気ポットが並ぶ壁側にふらふらと立ち寄る。

 紙コップに一つ二つ三つ四つ五つとインスタントコーヒーの粉末を流し入れ、水道水を沸騰させたお湯を淹れる。

 口の中にざらざらとした触感を感じる程に糞苦くて安いが故に不味い珈琲を飲み干していく。

 泥の奥底に溜まった固形物のような喉越しを感じながら、供給されていくカフェインの塊で心が淀みつつも回復していくのを感じる。

 だが、空きっ腹に泥のような珈琲はきつかったらしい、胃がムカムカとして痛みを感じる。

 

「……そういや、食事したの何時だっけ。というか、今、何時だっけか……」

 

 そう窓を見やろうとして振り返り、落ちていたコピー用紙に足を取られ踏ん張ろうとしたものの膝が崩れ落ち、後頭部に鋭い痛みと共に意識が――。

 

「はい、それが貴方の最期です……」

 

 と、雲の上の狭間なような場所で何とも呆気ない終わりを思い返していた俺は天使のような女性の前に居た。

 前に四徹した時に気絶した事があったが、意識を取り戻した時はその場で復活した訳だが、今回は違ったようだ。

 天使のような、と形容したのは理由がある。

 オレンジ色の衣服や赤いパンプスはまぁ、良い。

 だが、背中から生えた一対の純白な翼が彼女が人外である事を示している。

 そして、そんな彼女に俺は「貴方は死にました」と断言されてしまったのだった。

 非常に同情の籠った視線で見つめられながら、だが。

 

「……死んだのか、アレで」

「……はい。過労によって寝てしまったのだろうと判断され、気付かれる事無くそのまま脳死されました。因みにあのコピー用紙は力尽きて寝落ちした同僚の方の机から落ちたものですね」

「そうか、……そうかぁ。何ともまぁ、微妙な最期を迎えたものだな……」

「えぇ、現代社会における苦難を拭き取った雑巾の煮汁のような環境だったのも悪かったみたいですね」

「雑巾の煮汁て。……まぁ、遅かれ早かれ過労死してただろうし、それが早まっただけか」

「ですが、まだ生きる事を諦めてはいけませんよ」

「マジか、このタイミングで入れる保険があるのか? ……死んでるのに?」

「保険のお誘いではありませんが……、まぁ、似たようなものですね。異世界転生はお好きですか?」

「おk、把握した。転生先はラブコメ系の純愛エロゲーで頼む」

「残念ながら、王道的な勇者が魔王を討伐する系のRPG系ですね」

 

 マジかよ、俺にド〇クエの勇者になれってか。

 椅子の背に凭れるようにしてぐったりと肩を落とした俺に、天使さんは苦笑いで羊皮紙の束を手渡してきた。

 手元に視線を落として見やれば、それらは伝説の武器っぽい品々であり、その説明が書かれたリストだった。

 へぇ、転生のお供に特典もくれるのか、有難い話だ。

 リストを吟味していく俺だったがどうも心を擽られない。

 余りにも人間として擦れた生活を送っていた弊害か、こういう中二病チックな代物にアレルギー反応が出ているような心地であった。

 脂っこいギトギトな角煮を見ているかのような胃もたれ感覚と言うべきか、欲しいとは思えないものばかり。

 かと言って便利そうなスキルみたいなのを貰うべきなのだろうか。

 案外使い道が無くて意味無かったり、裏目に出ても困るし汎用的な物を選ぶのがベターかねぇ。

 そんな事を考えながら横から手渡されていく羊皮紙を流し読みしては膝に置いて事務作業が如く処理していく。

 取り立てて面白そうな能力無いなぁ。

 どれもこれもが異世界無双するためのパワーキットみたいな感じだ。

 何とも遊びの無い、つまらない品々だ。

 もう少し俺が若ければこういうのを嬉々として選んで振り回していたんだろうなぁとしみじみ思ってしまう。

 

「……待てよ、まさかと思うがこの身体のまま転生するのか?」

「はい、天界規定によりその様に定められていますね。彼方の世界で困らないように身体の免疫や言語などを習得する基本サービスが付いているぐらいで、後はその特典だけですね」

「ほぉん、って事は何だ、この過労死した身体で武器持って戦えって事か、嫌、無理ゲーではこれ。そりゃ魔王討伐も進まねぇ訳だよ、何せ身体鍛える所から始めなきゃならねぇんだ、下手すりゃおっさんの年齢で戦い始める可能性だってあるんだぞ……。俺今二十五だぞ、全盛期って言ってもこちとら会社で座りっぱなしのプログラマーだったんだぞ……? いやぁ、無理だねこりゃ。締め切り三日前に相手側から渡された仕様変更の宜しくメールくらい無理だわ。という事で天使さんよ、ちょいと相談があるんだが」

 

 未だかつて魔王が討伐されていない理由が絶対にそれだろ。

 比較的若い年齢層から勇者候補を算出してるんだろうが、十六ぐらいならまだしも二十五の俺は無理がある。

 呼ばれる幅がどれくらいか分からないが、確実に天使陣営の方針は戦力の逐次投入を愚直にし続けるぐらいに無駄があるものだ。

 散々言われる逐次投入とてやり方やタイミングを弄れば人海戦術による圧殺戦法になるのだからもうちょっと考えて欲しいものだ。

 きょとんと可愛らしく首を傾げる天使さんに特典の詳細を根掘り葉掘り、この状況で最適を選ぶための思考に燃料をくべる。

 あれもこれも性能がチートで使いやすさは個人による差異があるくらいで、武器の形をしているものからしていないもの、所謂チートスキルの類も一応あるらしい。

 過去の特典を選んだ者の何人かはゲームや漫画の武器やスキルを選んだ者も居るらしく、この羊皮紙の束には無いが倉庫から出すようなイメージで他のものも選べるらしい。

 こうして羊皮紙と言う形で手元にあるとそこから選びがちであり、天使陣営的にも運営がスムーズで楽と言う裏話を聞けてしまった訳だが、そう言う事なら此方も手を尽くさざるを得ない。

 卑怯とは言うまいな、と内心で口角を上げて嗤う。

 身体が資本となる異世界に行くのは間違いない、そうなると今の過労死ボディで行っても序盤で死にかけるのは必然。

 

「で、だ。天界規定にはそのままの身体で送るのが通例なのだろうが、正直に言って魔王討伐の失敗の原因の半分はこれが理由だと考えられるぞ。俺を見てみろ、過労死した人間だぞ? その身体のまま彼方に行って魔王を討伐できるまでの身体を作るのにどれだけ時間が掛かると思う。今年で二十五で、若年とは言え万年座りっぱなしのプログラマーだ。五年も掛けたら三十路で全盛期と呼べる年齢帯を越え始めるんだ。そう考えれば記憶を持ったままその異世界の住人として転生し直し、最初から魔王討伐の意思を持って身体造りを行ない、最良の形で魔王を討伐できる環境を作っておくべきだと思う。あぁ、分かる、分かるよ。規定があるんだよな。天界の、絶対に守らなきゃいけないルールってのがさ。だから、俺を試金石にしてくれよ。テストケースって奴だ。流石にこの転生のルールを考えた奴だって最初は手探りだった筈だ。故に、今後の魔王討伐の可能性を上げるためにも転生の仕方を変えるパターンを、異なるアプローチをするべきだ。それに、このテストが上手く行けば天使さんだって上からの見え方が良くなる筈だぜ? 現状打破のために考えに考え、俺と言う生贄になってくれる賛同者も居て、上が頭を抱えている魔王を討伐するための画期的なアイデアを成功させる。それだけでも今後期待できる人材として見られる筈だ。ああ、この部下に任せておけば良い方向になるかもしれない。たったそれだけの小さな意識でもアンタの出世の道は少し明るくなる。考えても見ろよ、規定通りに機械めいたルーチンワークだけをして何にも成果を出さない奴と、現状を顧みて協力者を作って現状打破の気概を魅せる奴、どっちが良い部下に見える。アンタが上司だったらどっちを採用するかって話だ。な? アンタも思う通り後者を選ぶだろう。こんなことを言い出す転生者、これまでに居たか? 居ないよなぁ。前例が作られていないからこそ規定のままなんだからさ。これはさ、お互いのためだ。俺はこの身体で異世界に行きたくない、アンタは上司から良い目で見られるチャンスだ。今の現状を良くしたいと思わないか? 思うだろう? それに成功すればアンタの名誉は固いもんだ。多分、俺はこの身体のままだと何もしないぞ。普通に魔王討伐から目を背けて日常生活を送るだろうよ。何せ、無理があるからな。でも、でもだ。此処でアンタが頷いてくれれば俺はしっかりと仕事をするだろう。仕事に従事して過労死した男だぞ? 説得力があるとは思わないか天使さん。なぁ、今後の出世に関わる提案だ。そちらにとっても悪い話では無いだろう?」

 

 肩を組むようにして耳元に畳み掛ける様に囁いていく。

 抑揚を変え、気持ちを込め、さながら天使さんの味方であるように振舞いながら此方の提案を通すために言い包めをしていく。

 学生時代にTRPGで培ったトーク力を此処で発揮してやる。天使さんは最初は距離の近さに戸惑いと羞恥を抱いていたようだが、段々と小さく頷く事が増え、最終的には「確かに……」と言葉を漏らした。

 そして、此方を向いて確かな頷きを返した。

 よっし、ちょろいなこの天使。多分、上司が糞で今まで大変だったタイプだ。

 所々で頷きに力が入ってたからな、随分と振り回されたらしい。

 さて、第一案件は通した、では次だ。

 随分と乗り気になった天使さんに俺は転生の特典を伝えた。

 マジかお前みたいな表情で目を見開いたものの、先程の話も相まって納得してくれたようだった。

 

「……随分と懐かしい事を夢見たものだな」

 

 そう朝陽が差し込む窓からの明かりで目を覚ました私は上半身を起こして伸びをした。

 まだ私が山風ハジメだった頃の終わりの話、それを思い返す夢を見たのは何かの前兆だろうか。

 小鳥たちの囀りを耳にしながら窓を見やれば、鬱蒼と生い茂る森林が立ち並び、また父親のせいでひもじい思いをしているのか期待を瞳に込めためぐみんの貼り付く姿があった。

 ……ほんとこの可哀想な幼馴染をどうにかしてやりたいがどうしたものか。

 父親のひょいざぶろーさんは希代の発明家にして糞産廃品の排出者でもあり、根がマッドなのか研究や開発に資金をぶち込んでお釈迦にする毎日を過ごしている。

 そんな変わり者と結婚したゆいゆいさんも手慣れた様子であり、極貧生活に親しみを感じているが如く諦め模様を見せている。

 そのため、幼い頃から交友のある私の所にめぐみんは通い詰めている。

 もっとも、私に会いたいが故にではなく、森で狩猟して作った食料品が目当てなのだが。

 せっせと冬を越すために色々としている私のところにこうして泣きついて来るのはもはや日常だった。

 しかも、年齢の幼い彼女の妹であるこめっこも理由にしてくるので無下にはできない。

 そんな私の心情を知ってか、絶大な信頼と親愛と共にめぐみんはこうして私を頼って来るのだった。

 窓に近付いて期待に瞳を輝かせるめぐみんに笑みを浮かべてから、シャーっとカーテンを閉めてやる。

 するとお手製のガラス窓を叩く貧困の音が聞こえてくる。

 

「お願いです! お願いしますから助けてくださいおんおん! お腹が、お腹が大変なんですよぉ!! おんおん! ねぇ、起きてるんでしょ! おんおん!!」

 

 そう、めぐみんが泣き喚いている訳では無い。

 おんおん。

 それが今生の私の名前であり、紅魔族の墓守の一族として生を受けた少女の名だ。

 確かにこの異世界の住人として転生する事は成功したが、性別を指定するのを忘れていた。

 そのため、記憶を保持したままランダムで転生されてしまったようで、今や十三歳の黒髪貧乳根暗少女である。

 まぁ、現世と違って栄養がしっかりと摂れる贅沢な暮らしをしている訳では無いので発育が悪いのは仕方が無いのだ。

 根暗なのは今にも死にそうな顔色をしているのが理由であり、その原因は私が得た転生特典にあった。

 

「……やっぱりダークリングは止めとくべきだったかなぁ」

 

 生前に繰り返し遊んだゲーム、ダークソウル3の主人公たちが持ち得る不死の証。

 私の右目に浮かぶ輪っかの名称。

 呪われた不死の証にして、死んでも蘇り、何れ亡者と朽ちる定めを帯びる。

 これにより私は今生において不死を得た。

 もっとも未だに死んでいないが、死んでもあの篝火の前に蘇るんだろうなぁという感覚だけはあるので性能は確かだろう。

 だが、この証にも副作用があったようでソウルの輝きを感じ取れるようになる体質を得てしまった。

 それにより、寒暖差のように自身と比べて輝きの強さを測れるようになってしまい、どいつもこいつも私よりも遥かに強いソウルを持っている事が分かってしまった。

 そのせいで不貞腐れるように私の自我は暗くなりつつあり、冒険者カードに記載されたスキルもまた呪術一辺倒になっているのも確かだ。

 この身体の生まれは呪術師。呪術とは火であり、半身でもある。

 その温かさを知るが故に冷たさも知るのだ。

 故に、人の素晴らしさを思い知る事ができる。

 この人間性を守らなければと、ソウルの輝きの強い者を守らねばと思ってしまう。

 もっとも、私にできる事と言えば『混沌の火の玉』を投げて焼き尽くすくらいしかできないのだが。

 魔法、そして呪術と言う未知のものを研究したくて身体作りの一切を忘れていた弊害であった。

 

「あの、おんおん! 足先が冷えて来たので本当に入れて欲しいのですが! もしかして寝てたりしませんよね!? おんおん! おんおーん!」

「はぁ、取り敢えずめぐみんを入れて上げるか。まったく……忙しない」

 

 そう愚痴るものの頼られるのは満更でも無いので笑みが零れてしまう。

 なけなしの父性でも残っているのだろうか、そう思いつつ小屋の扉を開けてやり、寒さに震えるめぐみんを暖炉の前に押してやるのだった。

 暖炉の前で奥歯をがたがたさせて震えているめぐみんを尻目にキッチンスペースに立った私は鍋を掻き混ぜていた。

 やはりと言うべきか、また資金難に陥ったらしく、なけなしの食事をこめっこに与えた苦労性の姉は私が起きるまで窓に貼り付いていたらしい。

 無理矢理押し入って入らないあたりめぐみんの心の清さを感じるが、こうして食事を催促している部分は何と言うかもう、呆れを通り越して可哀想の域に達している。

 昨晩作ったキノコと暴れ猪のスープをこうして温めている訳だが、此方を見る顔は喜色一色であり、食事が与えられると言う確信で満々のご様子。

 此処で意地悪をして一人分だけよそって食べ始めたらどんな顔をするだろうと嗜虐心が込み上げてくる。

 だが、ガチ泣き寸前の涙腺崩壊顔を見て愉悦するのも良いがその後に罪悪感が込み上げるのが目に見えているので止めて置く事にする。

 

「ほら、めぐみん。お肉多めに入れておいたぞ」

「ありがとうございますおんおん! 貴女のおかげで今日も生き延びれます!」

「……はぁ。そろそろ冬が近いのに大丈夫なのか」

「えぇ、その、……正直今年も危険なので何卒援助の方をお願いしたいのですが……」

「…………はぁ」

「あの、おんおん、その、本当に心苦しいのですが……、お、おんおん? そこで黙られると凄く困る、困るんですが……」

「まぁ、いいさ。多分、今年もそうだろうと思ってたしな」

 

 本当にこの子はもう……。

 私の庇護が無ければ木の根を齧る生活をしていたに違いないくらいに貧困の体現者と化すめぐみんの事だ。

 まぁ今年も援助と言う名の食料提供をしてやらねばならないとは思っていたので溜息も出ない。

 と言うか、もはや虐待に近いのでは、と思いつつも家族仲は良好であるめぐみん家の在り方に私は驚く事しかできない。

 何がどうなってあの環境でめぐみんのような妹思いの健気なお姉ちゃんが出来上がるのだか。

 こんな良い子に何て真似するのだと直談判してやろうかと重い腰を上げた回数は幾星霜。

 その度にめぐみんに宥められるので座り直すのが通例だった。

 もぐもぐと心底美味しそうに私の作ったスープを食べるめぐみんの可愛らしい姿に、自分に娘が居たらこんな感じなのかなぁと思わざるを得ない。

 幸せそうな横顔を見ながらつい私は喉奥に出かかっていた言葉を口にしてしまっていた。

 

「もういっそうちの子になるかめぐみん」

「何がどうなったらそんな発想が出てくるんですか!?」

「かれこれ数年程めぐみんの世話をしている気がしてな。何と言うかもう、哀れを通り越して可哀想と言うか、うちで引き取ってやった方が幸せになれるんじゃないかなと本気で思い始めている自分が居るんだ」

「そ、それは……。確かにおんおんは料理が上手ですし、狩猟も上手で戦闘力もあって、お風呂やベッドも融通してくれたり、汚れた衣服も一緒に洗濯してほつれも直してくれたりしますが……。…………あれ、うちのお母さんよりも母親っぽい事してませんか?」

「今更かめぐみん。最近、ふとした時にめぐみんの安否を脳裏に浮かべてしまっているくらいだ。さっさと私離れをしてくれ、このままだと私はめぐみんのお母さんになってしまう……」

「その、おんおん、この流れで言うのも何なのですが……」

 

 暖炉の前に置いた椅子でうめうめと感想を零しながらスープを完食しためぐみんが神妙な態度で此方を向いた。

 しれっと皿を突き出してお代わりを要求しているあたり実にめぐみんである。まぁ、そこにスープのお代わりをよそってやる私も私なのだが。

 猪肉の最後の一つも入れてやる。ほんと私はめぐみんに弱いな。

 メンタルが男性であるという事もあって可愛らしいめぐみんに頼られるとついつい愛でてしまいたくなる。

 かと言って性欲で動いている訳では無いのが不思議な所だ。

 

「私は冬が明けた頃に冒険者としてこの里を出ようと思っているんです。おんおんは知っていると思うのですが、私は爆裂魔法に惚れ込んで極めようと考えています。ですので、冒険者の街であるアクセルに赴き、冒険者として名を馳せようと考えているんです。ですので、その、おんおんも一緒に来ませんか? さ、寂しいって訳じゃ無いんです。ですがその、付いて来てくれると嬉しいなぁって……。爆裂魔法しか使えないので一人だと撃った後が怖いと言うか……、その点呪術を極めし紅魔族たるおんおんが居てくれると安心できるというか……。どうでしょうか……?」

「…………ふむ。まぁ、今のめぐみんをそのまま送り出すと毎日心配してしまいかねないからな。同行するのは吝かでは無い」

「本当ですか!? いやぁ、言ってみるものですね。おんおんが居てくれたら道中も非常に楽もとい安心できます」

「おいこら」

「うぅ……だってもうおんおんレベル二桁じゃないですか。私だってまだレベル5なのに……」

 

 そう、紅魔族の学校は魔法を取得する事が卒業の証となるため、日頃森に入り弓で狩猟を繰り返していた私は入学二日目でこれを達成してしまったぐらいにレベルが高い。

 具体的には当時はレベル四、そして今はレベル十一である。

 卒業後、紅魔族の里には時折魔王軍が攻め入って来るので、こっそりと暇人ニート集団もとい勝手に自警団をやっている奴らの後ろから『混沌の火の玉』を放物線を描いて投げ込んでいたりしたら結構経験値を稼いでしまったようで何時の間にか二桁になっていた。

 まぁ、早期卒業による弊害はあった。

 何せ魔法を習得したら卒業と言うルールは絶対視されるらしく、スキルポイントが既に溜まっていた事もあって取得してしまったらそのまま流れで卒業に至ってしまったせいで紅魔族の常識を私はほとんど知らない。

 最短卒業者としてちやほやされたのも束の間、近隣の同年代がわいわいと学校に向かう様子を見送る生活になってしまった事もあって非常に寂しい思いをしていたのは確かだ。

 ……まぁ、朝と夜を食べにくるめぐみんから詳細は聞いていたので必要無いなと思ったのは確かであるが。

 何で戦闘に前口上やら格好良い恰好や決め台詞、必要の無い長々とした詠唱が魔法の行使に必要なんだ。

 ぼくがわたしがかんがえたさいきょうでかっこいいえいしょう+かっこういいぽーずを付け足さねばならないのか、これが分からない。

 成績優秀者にはスキルアップポーションが配られるらしいが、それを踏まえても何故中二病を学んで実行しなくてはならんのか……。

 そんな羞恥プレイをさせられるなら誰が行くかと開き直ったのは良い思い出である。

 ちなみに私が最初に習得した上級魔法こそ『混沌の火の玉』である。

 教師は見た事の無い魔法を見て大絶賛していたが、そう言えばフロム言語において魔法とは魔術、呪術、奇跡、を内包した総称だったなぁと思いだしたのはこのタイミングだったな。

 

「あの、おんおん?」

「っと、すまない。つい思考に没してしまっていた。それで、具体的には何時頃行く予定なんだ?」

「既に私も爆裂魔法を取得して卒業しているので正直今直ぐにでも良いのですが、その、こめっこがひもじい思いをしないか心配なので冬を越してからが良いなぁと。……って何で無言で撫でるんですか、んんっ、まぁおんおんに撫でられるのは心地よいので良いですけども……」

「いやなに、ちゃんとお姉さんしてるなぁって感心したのさ。ならまぁ、私が貯蔵している保存食を一括でくれてやろうじゃないか。なぁに、六年くらい生活できるくらいの量だ。三人で分ければ二年は保てるだろうよ」

「…………おんおん!!」

「おっと、感極まって抱き着くのは良いけど一応食事中なんだぞめぐみん」

「貴女は私の救世主です! メシアです! 貴女を頼って良かったです!」

「はっはっは、そこまで言われると私でも恥ずかしい。いや、マジで止めろ。この里の連中が聞いたらそれを呼び名にしかねないからな」

 

 私の乏しい胸元に抱き着いてきためぐみんを抱擁してやる。

 やれやれ、調子に乗って周辺の獣を狩りすぎて倉庫にパンパンになっている在庫を処理できる良い機会でもある。

 冒険者としてアクセルに向かうならば彼方に拠点を移す事になるだろうし、無駄にある保存食を貯め込んでおく必要も無いだろう。

 それに、こうしておけばめぐみんも彼方に行ってこめっこの心配をしなくて良いだろうと言う気遣いでもある。

 私の胸にすりすりと甘えてくるめぐみんも可愛らしいなぁと思いつつ頭を撫でて愛でてやると嬉しそうに顔を緩ませていた。

 

「そう言えば、アクセルには私とめぐみんだけで行くのか? 友人のゆんゆんとかあるえとかは誘わないのかい?」

「ゆんゆんは先ず無いですね。あの子は次期族長としてやる事があるでしょうし、何より面倒が過ぎます。ゆんゆんに頼るくらいならちょむすけを連れて行きますよ。次にあるえですが、小説家の道を歩むようなので付いて来ないでしょう」

「ふむ、そうなのか」

「あと、ついでに言うと二人とも私より胸がでかいので連れ立つのが嫌です。隣に立ちたくありませんっ! 何でこんなにも差がついてしまったんですか! 魔力が良い感じに血行を促進させてくれるんじゃないんですか! うぅぅ……、その点おんおんは私と同類なので凄く安心します。…………あの、ちょっと育ってませんかこれ」

「気のせいじゃないか。質素倹約な生活をしているからそこまで栄養は行かないと思うぞ」

 

 地味に鋭いな。確かに少し育った事でAAからAぐらいにはなっている。

 レベルが上がって魔力が上がったのも理由の一つだろうか、めぐみん理論だとそう言う事だろうし。

 私の普段の恰好は学生服では無くカルラの恰好を模した呪術師っぽい衣服をしている。

 無論、普通の衣服かつお手製の手縫いの品である。

 ちなみに紅魔族流の挨拶をするとすれば、私の場合はこうなる。

 ――我が名はおんおん! アークソーサラーにして上級呪術を操りし者、暗き魂を持つ混沌なる呪術の申し子!

 うむ、自分で言っててこれは無いな。

 紅魔族の性なのか既に自己紹介をしていると言うのに事ある毎にこの名乗りをしてくるので仕方なく返しの言葉として考えてはいるがあんまり使いたくない。

 ぶっちゃけ、この名乗りを使ったの数回ぐらいだ。

 基本的に里から少し離れた森の中の小屋に住んでいるので他の紅魔族に出くわさないからだ。

 墓守の一族である私がこうして離れて暮らしているのは理由がある。

 墓守の仕事と言うのは墓の管理であり、常々墓の近くの小屋で暮らす事になる。

 役目を負う事になった家長は墓守として一人で墓を管理する事を担う。

 そのため、幼少期から一人で暮らすための術を得るために、十歳からこうして森の近くの小屋に親元を離れて住まわされてる訳だ。

 ……と言うのは表向きの建前で、墓守として暗闇で一人孤高に歩く姿は格好良いだろうと言う先祖のノリを継承して修行と称してやっているに過ぎない。

 そもそも寿命や病気以外で早々死なない紅魔族の墓守としての仕事は少ない。

 近々弟か妹が産まれるらしいのでこの小屋もその子が暮らす事になるだろう。

 そう考えるとこうしてアクセルに赴くのは良いきっかけだったように思える。ぶっちゃけ墓守とかくっそつまんなさそうな家業を継ぎたくないのもある。

 と言うかそれをすると本来の目的である魔王討伐を達成できないので万々歳である。

 めぐみんがこうして言い出さなかったとしても近々里は出ていた事だろうし、ほんと良い機会だったのだこの提案は。

 

「まぁ、なんだ。里を出る準備は手早くする事だ。アクセルまでの旅路は長旅になる事だろうし、色々と揃えておくんだぞ。……食料などの消耗品の類は私が受け持つからな。安心して良いぞ。武器や防具、持ち歩く品々を用意するんだぞ。分かったな?」

「……おんおんって時折私の事を子供扱いしますよね。ううむ、私のお母さんはおんおんだった……?」

「正気に戻れめぐみん。お前の母親はゆいゆいさんだ。大体処女の私が同い年のめぐみんを産める訳が無いだろう」

「分かってますよそんな事! 私と同じで男ッ気全く無いですからねおんおんは!」

「私の場合、こんな所に住んでいるからな。余計に出会いが無いんだ。それに比べてめぐみんは里の中に住んでいると言うのに……」

「余計なお世話です! 大体、紅魔族で優良物件な男性はそうそう居ないんですから!」

「言ってやるなよ……。可哀想だろ、事実だが」

 

 確かに定職に就かずにふらふらと歩いてごっこ遊びや居もしない敵に対して出て来いとか宣って叫んでいる暇人共が多い。

 家業を継ぐのが嫌ってのは同感できるが、それを理由にニートとなるのは如何なものか。

 まぁ、前世で仕事に殺されたような私が言うのも何だがな、はっはっは。

 

「……笑えねぇ」

「ど、どうしましたおんおん。そんな濁り切った死んだ目をして……」

「いや、生きるって大変だなって思っただけだ。だからなめぐみん。冒険者と言う不定所得の職業に就く以上、生活は確りとするべきだ。先ずは何処か賃貸の部屋を得よう。幸い先立つ物は多少ある。魔王軍の残した装備をちょろまかして売ったりしていたからな。一か月くらいならそれなりの生活ができるだろうよ」

「……ほんと、心からおんおんを誘って良かったと思いました。持つべきは信頼できる幼馴染ですね……」

「ある程度は働いて貰わないと困るからなめぐみん。因みにヒモになったら追い出すからな。爆裂魔法一辺倒である事は別に否定はしないが、それなりの努力はしてくれよ。爆裂魔法の欠点である膨大な魔力消費は消費減少系のスキルを併用すればある程度抑える事ができるし、魔力集中系のスキルで爆裂魔法の威力を下げるようにコントロールして消費を減らす事もできるだろう。魔力が無くなると言うのなら魔力を補充する術を何かしら用意しておくべきだな。ポーションも実用的だが、ある程度の大きさのマナタイトに自分で魔力を補充して予備にする事も考えるべきだ。めぐみんが火力主義なのは知っているが、本当に爆裂魔法を極めると言うのならあらゆる場面で爆裂魔法を使えるようになるべきだ。……聞いているかめぐみん?」

「あ、はい……」

 

 何故目線を逸らしているんだめぐみん、まさかと思うが考えてなかった訳ではあるまい。

 爆裂魔法はネタ魔法、それが紅魔族の里での認識である。

 だが、それをあえて爆裂魔法一筋で行くと決意しためぐみんの熱意を知っている。

 故に、私はそれを笑わない。

 笑わないが一発撃ってはい終わりですませるような体たらくを許す訳が無い。

 最低でも疲労困憊の状態でも歩いて逃げるくらいはして貰わねば目を離せない。

 まぁ、あるいはそんな状態のめぐみんを引き摺って行ってくれるパーティメンバーが居てくれれば安泰か。

 兎に角生き延びるためのあれこれを準備して欲しいのだ。

 私ができるのは致命の一撃をあえて受けて肉盾になるくらいだ。

 不死の身体を最大限使う方法なんてそれぐらいだろう。

 

「そう言えば、旅に出る事はもう親御さんには伝えたのか?」

「ええ、勿論。……まぁ、旅立つための費用が足りないのでアルバイトでもして過ごす予定でしたから予定としか伝えてませんが」

「アルバイトねぇ……。費用? もしかしてテレポート便を使うつもりだったのか」

「はい、そうです。アルカンレティアまでの片道切符が三十万エリスとの事でしたので何とか工面しようと思っていましたがおんおんが居るなら大丈夫そうですし」

「金は出さないぞ?」

「ええ、分かっていま――今何と?」

「いや、だからアクセルまで徒歩での旅の予定だからテレポート代は出さないぞ」

「此処からアクセルまでどれだけの距離があるか知っていますよね……? 正気ですか?」

「そんなに徒歩が嫌か。なら、仕方が無いな。馬でも買うか。ある程度は体力が無いと冒険者なんてやってられないから一石二鳥だと思っていたんだが……」

「その見た目で何て事言い出すんですか!?」

 

 いやまぁ、貧弱ボディではあるがある程度の体力はあるんだぞ私。

 それからあーだこーだと相談しあった結果、結局テレポートによる移動になった。

 決定的な理由は里に売りに出される馬が居なかった事が決め手だった。

 そうなると二人分の代金を稼ぐ必要になったため、結局旅に出るのは冬が明けての事になるのだった。


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