気温が上がったり下がったりと不安定なので皆さんもお体にお気をつけて。
午前中の家事を手早く終わらせてしまい、昼前には着けるようにとトレントと駆ける。
ただでさえ都合の良い助っ人をさせて貰っているのもあって遅れる訳にはいかないからな。
「ヒヒィィィン!!」
「そうだな、風が気持ち良いな」
「ヒンッ!」
「……頼むから人は轢くなよ?」
俺は風になる、じゃねぇんだわ。安全疾走で頼む。
にしても、普段の視界よりも遥かに高い事もあって爽快感が凄い。
私は低身長だからな、こうして体躯の良いトレントに乗ると成人男性より高い視界を得られる。
そのため、広い原っぱである農村地帯への道のりは視界が開けている事も相まって非常に楽しい。
これが森の中だと背が高いのが災いして枝にぶち当たるのが目に見えているので、草原は本当に快適だ。
地面も土ではあるがある程度整地されている事もあってトレントの走りは軽快だ。
……単純にトレントが私に配慮して揺れないように走っているのかもしれないが。
そう考えるとトレントは本当に賢い馬だよなぁ。
噂に聞く乗馬は太腿で馬体を抑え込まないと衝撃と突き上げで死ねるらしいが、手綱で落とされない様に掴んでいる必要はあるものの曲がる時以外は椅子に座っているのと変わりないくらいに楽だ。
「そこんとこどうなのトレント」
「ひひん」
「紳士的だろ? って……。ふふふ、本当に格好良い馬だよトレントは」
「ぶるぅ?」
この馬私の事好き過ぎだろ……。
惚れた? とか聞かれても既にお前に惚れ込んでるよ私は。
分かってて聞いてるだろこのイケメン馬め。
照れ隠しに左手で首を撫でてやると嬉しそうに嘶いた。
……なんか足元からぺちんぺちんと言う音が聞こえるんだが。
うへぇ、怖くて流石に見れん。流石にお前のサイズは入らんぞ。そもそも処女だからな、余計に無理だ。
暫くすると謎のぺちぺち音は消えたが、私の思考を読んだのかトレントが気まずそうに走っている。
「さて、地図によればそろそろケルル村だと思うんだが……。あれか?」
簡素な門に見張りらしい自警団の青年が立つ村が見えて来た。
近寄ってみれば門番の青年は何かを我慢するようにそわそわしており、此方を視認した時には慌てて槍を構えるだなんて物騒な姿を見せた。
ううむ、何かしらのトラブルが起きてそうだな。
こちとら十三の少女だぞ、それに対して槍を向けるだなんてよっぽど慌ててないとしないだろう。
「と、止まれ! って、女の子? ……はぁ、焦った、びびらせんなよ」
「すまない、少し宜しいか? 私はアークソーサラーのおんおんと言う者だ。此方にテイラーさんが率いる冒険者のパーティが来ていると思うんだが」
「ああ! あの人たちか! もしかしてエルフだったりするのか? ……いや、耳は普通だな。確かに女の子が来るって聞いてはいたけど……」
「その様子だと何事かあったんだろう? 手短に教えて貰っても良いか?」
「あ、あぁ、構わないが……」
青年が言うには先日猟師をしているゴルドさんと言う男性がゴブリンの群れに襲われたとの事で、その娘であり幼馴染のジャクルさんが薬草を取りに行ってから帰って来ないそうだった。
なので、門番をさせられている青年ことジャックさんは気が気でない心地なのだそうだ。
テイラーさんたちは先程の証言から先んじて向かったらしく、今はその帰りを待っているとの事だった。
「成程な……。にしても大分時間が経っているのが拙いな」
「だ、だよなぁ。ゴブリンって他種族の雌を孕み袋にするっていう話だし、ジャクルが無事か心配で心配で……」
「詳細をありがとう。私も直ぐに追いつこう。ジャクルさんの命の無事を祈っていてくれ」
「ああ、頼むよ。上級職の君なら俺よりも上手くやれるだろうしな」
命の無事だけを祈っておいてくれ。流石に貞操までは面倒見切れない。
それに、ゴブリンの群れが居ると言う事は確実にアレも居る事だろう。
ゴブリンやコボルドなどの弱いモンスターを囮に、駆け出し冒険者を狩る初心者殺しと呼ばれるモンスターがこの世界には存在する。
ある意味最下級モンスターたちと共存関係にあると言って良いモンスターだ。
そちらにジャクルさんが食べられていたら遺体すらも残らないだろう。
ゴブリンの群れだなんて一目で分かるようなものが急に村に現れる事は多々ある事で、その原因がこの初心者殺しと呼ばれるサーベルタイガーのような黒い体毛を持った虎に追い立てられてと言う事は珍しくない。
ジャックさんからゴブリンが村を抜けた先にある森の奥に居たと言う事を聞き出し、失礼ながらトレントに乗りながら村を縦断して森へと入る。
気配察知などのスキルは職業上持っていないので、生来の能力であるソウル感応能力を疑似レーダーにして辺りを警戒しつつ突っ走る。
先ずはテイラーさんたちと合流するのが先だな。
森の中のゴブリンは洞窟や遺跡などの残骸などある程度生活がしやすそうな場所を好むとされている。
ただ総数が多い場合は広場のような場所で野営のような生活を送る事が知られている。
辺りに崖や山は無く、森林しか見えないので今回はそっちのパターンだろう。
冒険者や商人を襲ってテントなどを奪い、それを使って生活をしている可能性があるな。
「……声が聞こえるな。もう戦闘に入っているみたいだ、急ぐぞトレント!」
「ヒヒィインッ!!」
トレントも既に気付いていたようで進路が騒がしい方へと変わっていく。
数十秒程駆け抜けた先の少し開けた場所で大量のゴブリンに襲われているテイラーさんたちの姿があった。
リーンさんの腕の中にはジャクルさんらしき少女が震えていて、ぱっと見衣服が汚れているだけで性的に襲われた様子が見られなかった。
……成程、リーンさんの事だから襲われそうになっているところを強襲して救ったのは良いが、数が多くて持久戦になってしまっている訳か。
彼らの周りの地面に突き刺さる杜撰な作りの矢がそこそこの量あって長引いているのが良く分かる。
弓持ちのゴブリンは四匹程度なので二時間程は粘っていたのかもしれない。
ゴブリンたちは粗末な槍を持つ者が前衛に立っている事もあってテイラーさんたちも迂闊に距離を詰める事が出来ずに泥沼と化しているようだ。
「トレント、後ろのゴブリン共から狩るぞ。跳べっ」
「ヒンッ!!」
速度を増したトレントがその馬脚を以ってして跳躍し、囲まれているテイラーさんたちを飛び越えて後ろで弓を構えていたゴブリン共の目の前に着地する。
「『苗床の残滓』!!」
左手に収束した火球を即座に放ち、サークル状に広がる火炎が唖然とした弓持ちを燃やし尽くす。
一つ、二つ、三つと続けて『苗床の残滓』を投げ付け、灰エスト瓶を呷る。
魔力が回復したのを確認してからトレントから降り、ソウルから打刀を取り出して即座に手近なゴブリンに切り付ける。
家に帰ってからの素振りと違って実際に肉を切り裂く感覚が伝わってくる。
骨まですっぱりと切れている事もあって中々の業物らしい。五万エリス均一の物とは思えん切れ味だな。
トレントは踏み潰すようにゴブリンたちに蹄を向けて私の背後を守ってくれた。頼りになる愛馬だ。
「おんおんちゃん!」
「ナイスタイミングだ! 助かったぜ!」
「流石おんおんちゃんだ! マジで助かった!」
「すまない、助かった!!」
後方の弓持ちを一掃した事でテイラーさんたちも目の前のゴブリンに専念できるようになり、アーチャーのキースさんとウィザードのリーンさんによる遠距離攻撃が飛び交う。
……当たらないとは思うが真正面からゴブリンたちの後ろを取るのは止めようかな。
密集の薄い左後方から打刀を構え、距離を詰めて切り掛かる。
近寄ったゴブリンから袈裟斬りにし、返す刀で隣の奴の首を撫で切り、切り上げに繋いで足を切り裂く。
ハンドアックスよりも切れ味が良いおかげか一体毎における体力の消耗が抑えられて嬉しい限りだ。
一気に優勢となった私たちがゴブリンたちを一掃するのは容易い事で、数分で片が付いた。
「ふぅ、皆さん怪我はしていないか? ポーションが足りないようなら貸すが」
「へへっ、前におんおんちゃんに言われて盾を買ったからな。ぴんぴんしてるぜ」
「あぁ道理であのダストが装備にお金を掛けてたのね。中古のだけど盾を買って来た時は何事かと思ったわよ。それにしてもおんおんちゃん、ありがとうね。危ないところを助けてくれて」
「いやはや、ほんと助かったぜ。ダストが盾持ってたから何とか粘れたが、その娘を守りながらじゃ厳しいもんがあったからな」
「だな。流石に矢を切り落とし続けるのは無理があったからな。俺も盾買っとくか……」
幸いにもテイラーさんたちは掠り傷程度で済んだようで軟膏で十分らしい。
正面から震えているジャクルさんの様子を見てみれば、ダストくんを見つめて頬を染めているようだった。
あぁ、吊り橋効果で守ってくれたダストくんに惚れてしまったのか。
憎い男だねぇダストくん。……にしても、盾の使い方が上手かったな。
誰かを守る盾の使い方は熟練が必要だ。限られた盾の大きさで守る人へ当たる物を選別せねばならない。
持っているのが大盾であれば話は違うが、ダストくんのそれは普通のラージシールドだ。
胴を覆う程度の大きさしかないため、後ろに居るリーンさんたちを守るとなれば幾つか取り逃しもあるものだが二人にその様子は無い。
となるとしっかりと盾を使って二人を守った事になる訳で。
「にしてもダスト、あんた盾の才能があるんじゃないの? 盾使うの初めて見たけど凄かったじゃない!」
「お、おう。昔取った杵柄っつーか、なんというか……、よくごっこ遊びで使ってたからな!」
「遊びでどうにかなるもんか? まぁ、何にせよ意外な特技の発見だったな」
まるで誰かを守護する騎士のような立ち振る舞いだったな、だなんて言うのはよしておこう。
恐らくダストくんが隠している何かしらの過去に通ずるものなのだろう。
まぁ、何にせよ皆が無事で良かったな。ゴブリンも一掃できたし一件落着だ。
「よっし、それじゃ死体集めて焼いて帰るか」
「うへぇ、ゴブリン退治は楽だけどこの後始末が面倒なんだよなぁ」
「仕方が無いじゃない。うちのパーティにプリースト居ないんだから、アンデッドにでもなって復活されたら面倒事になるんだからきりきり動く!」
「へーへー、分かりましたよっと」
手分けしてゴブリンの死体を中央に集めていき、火打石で着火して火葬する。
この世界では土葬がポピュラーであるが、それはあくまで人類であってモンスターに対してではない。
先程リーンさんが言ったようにアンデッドと化して復活するパターンも多々ある。
そのため、ゴブリンのような何の素材にもならないモンスターはこうして焼き捨てるのが通例だ。
モンスターの討伐数は冒険者カードに記載されるため不正のしようがないからな。
「にしても二十体は居たよなぁ。見た感じ流れだろうけど、どっかにでかい巣がありそうだよな」
「そうだな。比較的年老いたのが多かったからな。恐らく口減らしも兼ねて追い出されたんだろう」
「つまり、その母体となる集団がどっかに居る訳ね」
「厄介な話だなぁ。けどまぁ、俺らの飯のタネになってくれるんだ、食いっぱぐれなくて助かるぜ」
人が襲われてなければ、な。
つい言ってしまったキースくんは襲われた直後であるジャクルさんに気付いて気まずそうに頬を掻いた。
でもまぁ、ジャクルさんは自分を守ってくれたダストくんの横顔に夢中のようだから助かったな。
……まぁ、それを見てリーンさんがどう思うかは別としてだが。
さて、これにて一件落着だな、と気を抜いた時だった。誰かに見られる視線を感じ取ったのは。
其方を見やれば、木の枝に立つゴブリン、の、ようなものが居た。
先程まで対峙していたゴブリンは餓鬼のような、チビで小柄、そして腹だけが出ているのが特徴だった。
そこに居た異形なゴブリンはシュッとした筋肉質な肢体の所謂細マッチョな容姿をしていた。
枝から飛び降りるとスーパーヒーロー着地を魅せ付け、近場に落ちていた粗末な槍を二本拾い上げた。
器用に両手の槍をくるくると回してから腰を落とすように構え、ギラついた双眸で此方を睨み付ける。
明らかな異常個体の登場に全員が顔を顰める。緩めた雰囲気を戻し、各々が得物を構える。
「……そういや、聞いた事があるぜ」
「知っているのかキース!」
「同じ母体で繁殖したゴブリンが世代を重ねる事で稀に生まれる個体が居るって話だ。酔っ払いの与太話として聞いてたが、こうして対峙してみるとやべぇな……」
「因みに名前は?」
「ロクブリン」
「ゴブリンの上の存在だからか?」
「安直ね……分かりやすいけど」
シチブリンとかハチブリンとか、シブリンとかも居そうだな……。
普通ハイゴブリンとかホブゴブリンとか名前を付けるんじゃないかと思うんだが、この世界だしなぁ。
ふざけた名前を付けられているもののロクブリンはそこらのゴブリンよりも手強い雰囲気がある。
左手に獣革盾を取り出し、前に構える。ロクブリンの槍の持ち方が何やら奇妙なのが気に掛かる。
バランス良く突き出すのであればあんなに石突の近くを握る必要は無い。
「ギャギギッ! ギッギシャ!!」
ゆらりと腰を捻るようにして両手に持った槍を振り回すようにして此方に振るったのを見て、ロクブリンの意図を察する。
こいつは長い槍を長剣に見立てて振るっているのか。
遠心力が加わった連撃を盾で受けるものの重い一撃が身に響く。
こいつ通常のゴブリンよりも遥かに膂力が強いな。
まるで大剣を振るうかの如く、腰の入った円状の回転連撃が私に振るわれる。
少し位置取りを変えればテイラーさんたちと挟み撃ちにできるな、大振りの一撃を盾でいなしつつ移動していく。
が、ロクブリンもそれを察してか、突然跳躍してテイラーさんたちの方へと躍りかかる。
「くそがっ! 粗末な槍を使ってやがるってのに何でこんなに重いんだ!」
「逆に考えろ! 槍で良かったってな! こいつが大剣でも握ってたらやべぇ事になってたぞ!」
クルセイダーの『デコイ』を発動したテイラーさんが前に出て大剣で連撃を受け止める。
間髪入れずにキースくんとリーンさんの援護射撃が差し込まれ、その隙を狙うようにダストくんが切り掛かるがロクブリンはひらりと身軽に避け、力強い跳躍によって迅速に位置を変えていく。
出の早い『苗床の残滓』を投げ付けるものの背に瞳でも付いているかの如く避けられてしまう。
……距離を詰めて切り裂くしかないか。
ロクブリンの速度は尋常じゃなく早く、そして何かしらの武術を習っているかの如くその足捌きが上手過ぎる。
「ごめん! 後二発が限界!」
「リーンはその子を連れて一旦村に戻れ!」
「でも、そんな!」
「言ってる場合か! 此処は食い止めるから早く行け! 予備の物資が宿にあるだろうが!」
「……くっ、分かった! 直ぐに戻って来るから! ほら、行くよ、村に帰るよ!」
リーンさんが背を向けた瞬間、ロクブリンが仰け反って粗末な槍を投げ放った。
テイラーさんの巨体をすり抜けるようにして肩越しに投げられたそれを、ダストくんが気合で弾くも相当な威力があったのか仰け反ってこけた。
立ち上がる時間を稼ごうとキースくんが矢を放つが、ロクブリンはそれを突っ込むようにして紙一重で避け、未だに尻持ちをついたダストくんへと槍の切っ先を向ける。
「当たれっ!!」
形振り構わず私は打刀をロクブリンの背へとサイドスローで投げ付ける。
縦に投げれば避けられる可能性が高いが、横の回転であれば大きく避けざるを得ないだろう。
ロクブリンは奥歯を噛み締めるようにして歯ぎしりし、ダストくんへと向けていた槍を打刀への迎撃に回すため振り向き様に振るう。
甲高い音を立てて弾かれた打刀が宙を舞う。くるくると縦に回転しながら落ちるそれに向かって私は左手を向ける。
私が我武者羅に打刀を掴もうとしているのだと考えたロクブリンが槍を構え、突きの恰好を取る。
「馬鹿がッ! 『大発火』!!」
落ちてくる打刀を突き飛ばすように爆発が生じ、不意を突いた一撃にロクブリンが驚愕の表情を浮かべた。
だが、打刀の刃がロクブリンに突き刺さる事は無く、勢い良く刃の腹側を叩き付けるだけに終わった。
しかし鋼鉄の塊である事は変わりなく、ある程度の威力はあったのかロクブリンが仰け反る。
「ダストくん、刃を突き刺せ!」
「お、応よっ!!」
生まれた大きな隙に乗じてダストくんのバックスタブが決まり、ロクブリンの腹から長剣の切っ先が露わになった。
血反吐を吐いたロクブリンが槍を振り回してダストくんを狙うも、横合いから近寄ったテイラーさんの薙ぎ払いに打ち負けて半ばから得物を断たれ、浅くはない傷を負った。
勝機っ!
ダストくんが長剣を捩じるようにしてロクブリンの動きを封じ、キースさんの針に糸を通す様な射撃により槍を持つ肩を穿たれたロクブリンは引き攣った顔を浮かべていた。
「これで!」
「終わりだッ!!」
挟み打つようにソウルから取り出したハンドアックスを振るう私とテイラーさんの返す薙ぎ払いが決まり、ロクブリンの胴に深い一撃が刻まれた。
駄目押しと言わんばかりに脳天へと渾身の振り下ろしを放ち、頭蓋を叩き割る感触を感じながらトドメの一撃を与えてやる。
刃の半ば程突き刺さったままロクブリンの体が前に倒れたので、倒れ伏したのと同時に頭に蹴りを入れてハンドアックスを引き抜く。
地面に脳漿混じりの血液が噴き零れ、痙攣するロクブリンの姿に全員で安堵の息を吐く。
「はぁ~~、ただのゴブリン狩りの筈が命懸けになるとか勘弁してくれっての」
「だな。でもまぁ、危なかったなダスト。おんおんちゃんの機転が無けりゃ槍で突かれてたろ」
「いや、ほんと助かったぜ……。本気で死ぬかと思ったわ。ありがとうおんおんちゃん」
「いやなに、良いバクスタだったぞダストくん。あそこで動きを止められていたからトドメがさせたんだ」
「へへっ、そうだろそうだろ、もっと褒めてくれて良いんだぜ」
「ナイスガッツだったぞダストくん」
本当に褒められるとは思ってなかったのか、きょとんとした後にダストくんがたははと苦笑した。
いやぁ、中々の強者だったなロクブリンは。右目のダークリングが疼いていたから中ボス程度の強さはあったようだ。
もう少し強ければ条件が達成できていただろうな、と地面に落ちた半ば断たれた粗末な槍を見やる。
インベントリに収まったロクブリンのソウルに、六武輪ギャシィのソウルと銘打っていたためネームドであった事が分かってしまった。
今思えばロクブリンの動きは輪を描くような舞踏のような薙ぎ払いが中心だった。
もしも、ロクブリンがその動きを活かせる得物を持ち、十分な経験を持って此処に現れていたら負けていたのは此方の方だったかもしれない。
それほどまでにロクブリンは強敵であった。……生きて帰す事が無くて本当に良かった。
この場から脱出して生き延びて経験を積んでしまえばゴブリンたちの用心棒として活躍した事だろう。
初心者殺しにロクブリンだなんて最悪の組み合わせだ。よっぽどのパーティでなければ討伐は難しいだろう。
……初心者殺しの上にロクブリンがライダーとして乗っかるとかほんと止めてくれよ。
そんなロクブリンライダーだなんて居たら地獄絵図が目に見えている。
ケルル村へと戻り、リーンさんと合流した後は、村長さんたちから熱烈なお礼を言われた。
依頼書にサインを貰い、馬車で帰るテイラーさんたちの好意に甘えて同車させて貰う。
魔力消費が激しかったらしいリーンさんはくったりとして早々に寝てしまい、今では私の膝でぐっすりだった。
ダストくんやキースくんも大分疲れていたようで思い思いに寝転んで寝てしまっている。
草原から吹く爽やかな青臭い風を浴びながら私たちはアクセルへと帰って行く。
……たまにはこういう刺激的なクエストもあって良いな、そう独り言ちた。
ギルドに着く頃には夕暮れ近くになってしまっていて、手綱を握っていたテイラーさんの疲れた顔が印象的であった。
受付で報酬金を受け取って山分けする。ロクブリンと言う強敵もあって追加報酬を貰えた事もあって懐が大分温まった。
早速酒盛りするらしいテイラーさんたちと別れ、離れていても賑やかな我らがパーティへと足を運ぶ。
「お疲れ様、そっちはどうだったんだ?」
「あ、おんおんさん。お疲れ様っす。こっちは……まぁ、概ね上手くいきました」
「の、ようだな。恍惚としてるダクネスさんの様子を見れば分かるよ」
「ですよねー……」
存分に生餌となりぬるぬるになったであろうダクネスさんは既に私服へと着替えていて、今も尚余韻を味わっているのか大変愉快な表情を浮かべていた。
何でも前にアクアさんがジャイアント・トードに食われて泣いていた光景を見ていたらしく、自分もぬるぬるに辱められたかったらしい。
その念願が叶った事で恍惚な表情を浮かべてびくんびくんと悦んでいた。
……ほんとこの人めぐみんたちの教育に悪いな。いや、反面教師として見れば中々、か?
ダクネスさんの正面に回り、肩に手を置く形で右耳に囁く。
周りに聞こえないように此方の胸に抱き抱えるようにしてダクネスさんの口元を肩で隠してやるのを忘れない。
「で、おすすめした物は着たんですか?」
「あ、あぁ……。おんおんの命令通りにちゃんと着ているとも。い、今もだ」
「へぇ……、えらいじゃないですか。どうでした? 年下の女の子に命令されて卑猥な拘束着を付けて下着を付けずに衣服と鎧を着た感想は」
「……さ、最高だった……っ! これ以上ない羞恥心と屈辱感が相まって、何度達した事か……っ!」
「ふふふ、それは良かった。では、今後もこっそりと続けてくださいね。誰にも気づかれちゃいけませんからね」
「わ、分かった」
「分かった?」
「わ……分かりました……っ」
ぞくぞくと背筋を振るわせて快感を得ているらしいダクネスさんの様子に笑みを浮かべる。
やっべぇ、この人マジで楽しいな。玩具扱いがむしろ嬉しいとか性癖やばすぎでしょ。
おかげで此方の嗜虐心も満たされてwin-winな関係を築けていけそうだ。
「……なんかおんおんが小悪魔に見えて来たんですが……」
「やだなぁ、めぐみん。そんな訳無いじゃないか。いつから私がそんな酷い奴になったんだ」
「いや、ダクネスの様子を見てたら分かりますって……。絶対に何か入れ知恵してるじゃないですか」
「してないぞ?」
「嘘ですね」
「ま、待ってくれめぐみん。おんおんは私の相談に乗ってくれたに過ぎないんだ。そんな言い掛かりは止めてくれ」
「怪しさが増したんですが……」
「ははは、仲が良いってだけだよ。いや、ほんと」
めぐみんの後ろに回り、頭を抱くように首に手を回して後ろからぎゅっと抱き締める。
急激に上昇しためぐみんの体温にくすくすと笑みを浮かべながら、揶揄うように耳に嘯く。
「心配しなくても良いさ。仲良くする人が増えたとしても私たちの仲が薄れる訳じゃないんだから。そうだろう? 私たちの関係はそんなもんじゃないだろう?」
「ひゃ、ひゃい……」
「ふふふ、もしかして妬いたのか? 可愛いなぁめぐみんは」
「は、はわわ……、ち、近い、近いですおんおん……」
「おや、家ではよくしてるじゃないか、恥ずかしがり屋だなめぐみんは……」
「ひゃぅ、や、やっぱり小悪魔度が増してます!? なんか色っぽいんですけど!?」
「……尊い光景ね」
「分かりて御膳。……いや、マジで尊い。小生意気ロリがダウナーロリに篭絡されてあうあうしてるとかマジで尊い……。死んで良かったわ、こんな光景あっちじゃ見れないって」
「むぅ……、いっつもおんおんばっかりといちゃいちゃして……、めぐみんは私のライバルなんだからもっとしゃっきりしてよね……」
なんかゆんゆんが可愛い事言ってるなぁ。
……まぁ、めぐみんは私のだけどな! こんなに可愛い娘は嫁に出さんぞ!
健やかに育って良い人と出会って幸せな結婚をして笑顔で居てくれればそれで良いんだ。
何せ、こんなに良い子に育ったんだからな! めっちゃくちゃ大変だったからな!
物心付き始めたくらいから私がお世話していたと言っても過言ではないからな。
それくらいめぐみんの家は色々と問題があり過ぎたからな。
いやほんと、仲睦まじい両親であるとは言えども生活環境が最悪過ぎるからなあそこは。
なんで食う物が無いのに子供こさえているんだか、本気で理解ができない。
大方めぐみんが健やかに育っているからと楽観的なのが本当に――。
「おんおん?」
「おぉっと……、すまないね。テイラーさんたちとのクエストで強敵と出会ったからまだ余韻が残ってるのかもな」
めぐみんを一度強く抱き締めてから解放する。名残惜しいがずっとしているのも体勢が辛いからな。
もう少し背があれば違ったのだろうけども……。
呼吸を整えて精神の苛立ちを鎮めてめぐみんの隣に座る。
こうなったらお酒で流すしか無いな。アクアさんに目配せすれば良い笑顔でサムズアップを返してくれた。
「シュワシュワ二つよろしくー! シャワシャワじゃなくて、シュワシュワだからね!」
「かしこまー!」
「あと焼き鳥の盛り合わせ十人前もお願いしまーす!」
「はい、よろこんでー!」
……ふぅ、大きな声を態と出したからか少しすっきりした。
心配そうな表情で此方を見やるめぐみんに苦笑を返すが、それで納得してくれる性格をしてないよなぁ。
私の左手に重ねるようにめぐみんの右手が置かれる。
触れた場所から伝わる温かさと柔らかさが私の苛立った精神を慰めてくれた。
分かってる、分かってるんだ。でも、重ねてしまうんだ。
――両親との関係は違えど、生前の私の育った環境に似ていたから。
だから、どうしても心配してしまう。
めぐみんが私のように、変な方向に捩じり狂ってしまわないようにと願ってしまうんだ。
人は独りでは生きられない欠陥品であるからして、壊れてしまわぬようにと丁重に包み込んであげなければならないと私は生前に学んだから。
嗚呼、だから、私はめぐみんを守ってあげなくちゃいけないんだ。
壊れぬように、傷付かぬように、誰でも無いこの私が守ってあげたいんだ。
左手をそっと裏返してめぐみんの右掌を重ねて握る。
どうか、この優しい手が傷付かぬようにと祈るしかできないのだから。