この素晴らしい世界に呪術を!   作:不落八十八

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2話

 と、言うのが数ヵ月前の事だ。

 冬を越すために保存食をめぐみん家に届けてやり、お互いにテレポート代を稼ぐためにアルバイトをする事に奮闘した結果、私の方は問題無く三十万エリスが貯まった。

 主に保存食を雑貨屋に卸した事での収入だったが、最近手持無沙汰で魔王軍の装備を溶かしてインゴットにしたものがそれなりの値段で売れてしまったので実は二人分の代金を確保できてしまっていたのだった。

 結構良い装備してるじゃないか魔王軍。

 機会があればもっとちょろまかして溶かしてやろうと決意した。

 めぐみんはあれから私の渡した保存食で食い繋いでいるらしく小屋に訪れていない。どうにも資金が貯まるまでは会う事は無いだろう的な捨て台詞を放っていたので、それを有言実行すべく頑張っているらしい。

 

「にしても、最近やけに夜中に爆裂魔法の轟音がするのはもしや……」

 

 近頃ゆんゆんと一緒にモンスターに追われる騒動に巻き込まれたらしく、その時に爆裂魔法を習得する事が出来たらしいと姉の代わりに訪ねてくるようになったこめっこから聞き及んでいる。

 あれだけ爆裂魔法を褒め称えていためぐみんだ。ある程度家に帰りやすく、尚且つバレなさそうな山奥で爆裂魔法をぶっ放している可能性は非常に高い。

 やれやれと肩を竦め、暴れ猪の肉を鉄板で豪快に焼いていく。じゅわじゅわと分厚い脂身から溶け出した旨味が良い感じに猪肉に絡んでいく。

 岩塩と黒胡椒に似た実を振りかけて味付けし、お手製の麦パンを竈から取り出して皿に盛り付ける。地下に作った氷蔵庫に暴れ猪の肉はまだまだあるので大盤振る舞いだ。

 そろそろめぐみんも三十万エリスを貯め終えた頃だろうし。

 ……流石に貯めたよな? でもなぁめぐみんだしなぁ……。

 めぐみんは持ち前の魔力量はしっかりあるし、ふにふらと言うクラスメイトの弟のために病気に効くポーションを調合した事もあると聞いていたので割かし給金の良いバイトに就けているならそれぐらいは貯まっている筈だ。

 日常品が幾つか切れかけているし、里に向かうついでに様子を見に行くか。思い立ったが吉日と言わんばかりに食事を終えた私は歯磨きをしてから身だしなみを整えて外に繰り出した。冬が明けて寒さと温かさの間にある気温で比較的過ごしやすい。里への道は一本道であるため迷う必要も無い。

 里の方へ出ると何やら広場が騒がしい。何かしらどうでも良い事で騒ぎ立てるのが紅魔族ではあるが、こうも上級魔法をバカスカ撃っているとなると何かしらの出来事があったんじゃないかと野次馬根性が惹きたてられるのも事実。そちらに向かってみると煽情的な恰好のムチムチボディの女性が彼方此方から魔法を撃たれて涙目で逃げ回っているようだった。

 

「……何があったんだこれ。女性を追い回しているようだが、と言うか上手く避けるなあの……って角が生えてるから悪魔か。魔王軍の密偵でも紛れ込んだがその正体が露見したと言う感じかな」

「みたいだよ。めぐみんとゆんゆんにやられたらしい爆裂魔が仇討ちに来たらしくてね。黒猫を人質にしていたらしいけど結局ああなったんだとさ」

「ふーん……、ってあるえか。久しぶりだな」

「ふふ、そうだねおんおん。久方振りじゃないか。元気そうで……、本当に元気かい? 微妙に顔が青白いが」

「元よりこの顔色だよ。まだ早朝だしね、血の通いが悪いんだ。にしても……あの魔力量からして上級悪魔だろうアレ。よっぽど自信過剰なタイプだったんだろうな」

「そうだねぇ。上級魔法を当たり前のように使いこなす紅魔族の里に単身で襲撃するなんてよっぽど自信があったんだろうね」

 

 まぁ、ところどころ被弾によって切り傷や燃え痕が残るくらいにぶちかまされているようだが。果たして本当にそんな理由で来たのだろうか、先日の邪神の封印が解かれた件と繋がっていたりはしないだろうか。と、そんな風に思いながら見守っていると女性の進行方向が此方に向かってくるように見えた。

 まぁ、貧弱そうな娘と小説家を目指すインドア少女だ。突破し易いと考えたのだろう、だが、甘い。最近狩猟に出かけていないので私も少し暴れたい欲があったりするので何発か御馳走してやろうじゃないか。

 右手を上げて『混沌の火の玉』を出現させ放物線を描いて投げ付ける。距離的に届きはしないが女性悪魔の進路上にそれは落ちた。そして、地面に落下した火球は水溜まりの如く灼熱の溶岩溜まりを作り出した。咄嗟に跳躍した女性悪魔の着地地点に向かって再び『混沌の火の玉』を投げ付けてやると勢いよく踏みつけてしまったようで足元から黒い煙が吹き上がっていた。

 これこそが混沌の炎の業である呪術の一つ『混沌の火の玉』を用いた即席の罠だ。岩すらも溶かし尽くす混沌の火を足に受けてまともに走れる訳が無い。火傷を負った様子で走り辛そうにする女性悪魔からの鋭い睨み付けを受ける。

 なかなかのガッツじゃないか、気に入ったよ、では死ぬが良い。

 私はトドメを刺すべく炎を収束させ解き放つようにそれを投げ付けた。一瞬にして円状のサークルを生み出しながら高速で進む『苗床の残滓』が着弾する瞬間、それを飛び越えるようにして女性悪魔は空へ旅立った。

 

「……やるじゃん」

 

 実際には凄まじい跳躍力によって飛び越えたらしく、私たちの上を通過して背後に降り立ったその女性悪魔は一目散にスプリントダッシュして森の奥へと逃げ去って行った。

 出の早い『苗床の残滓』を前に逃げ切るとは恐ろしい悪魔だ。自分自身に強化魔法でも掛けてブーストしたのだろう。

 私の覚えている魔法は呪術一辺倒であるため森を燃やさないようにするとなると精々が『猛毒の霧』などの霧状のものくらいだ。口から岩を吐き出す『岩吐き』はスキルポイントが足りずにまだ取得できていないので放つ事すらできやしない。

 まぁ、ビジュアル的に『岩吐き』は女性の身である今は使いたくないので、『苗床の残滓』を避けられた時点で逃走は確定していたようなものか。対峙すればソウルに変換したハンドアックスを取り出して振るってやり、直後に『大発火』をお見舞いしてやろうと思っていたのだが残念だ。

 

「次は仕留めてやる」

「……ず、随分と好戦的なんだねおんおんは」

「そうかな。敵を殺すのに理由なんて要らないと思うんだけど」

「おぉ……、そのフレーズ格好良いね。次の小説に使わせて貰っても?」

「構わないけど、こんな物騒な台詞を使う小説書けたっけ」

「酷いなー。これでも進歩しているんだよ」

「ふーん、なら三日前に書いた部分をもう一度見直して見なよ」

「何でそんな残酷な事を言えるんだいおんおん。ノリとテンションで書いた文章なんて黒歴史に匹敵する程に恥ずかしいんだぞ……」

 

 知ってる。徹夜テンションで書き上げた意味不明な企画書を掘り返してしまった時の羞恥心は未だに忘れられやしない思い出だ。誰がこんなもん書いたんだよ、俺だよ馬鹿がとシュレッダーに掛けるまでがお約束である。

 それは置いといてめぐみんの安否を確かめるべきか。あるえは小説のネタを拾いに行くためか追いかけ回していた面々に話を聞くべく意気揚々と行ってしまったので一人で行くか。

 めぐみんの家に辿り着くと派手に戦闘をしたのか壁の一部が壊れており、風通りが良くされてしまっていた。

 

「おや、おんおん。この通り最強爆裂魔法の担い手である私は元気ですよ」

「ふむ、そのようだな。精々壁に穴が開いたくらいか?」

「そうなんですよ、やっと直したばっかりだって言うのに。建材を拾ってくるのも一苦労なのですから勘弁して欲しいものです」

 

 やれやれと肩を竦めるポーズを取っためぐみんの容姿を爪先から頭頂まで確認し、怪我をしていない事を理解して安堵した。溶岩溜まりに足を踏み入れてなお走り抜く耐久力のある悪魔だ。扱う魔法もそれなりに強い分類を修めている事だろう。

 

「そうだな。一応、焼き尽くしてやろうと思ったのが一枚上手だったのか逃げられてしまったよ。安心しろ――次は必ず殺すからな」

「ひぃっ、お、おんおん。わ、私は無事ですから報復なんてしなくて良いですからね。そ、それよりもこれ、これを見てくださいよ。テレポート代の三十万エリス貯まりましたよ!」

 

 おっと、つい感情を昂らせて両目を光らせてしまった。紅魔族の習性として感情が一定値を超えるとこうして紅い瞳が輝く仕様になっている。因みにそれで強くなったりする訳では無いのでただのエフェクトでしかない。

 必死な表情で袋を左右に揺らして話題を逸らそうとするめぐみんを見て微笑ましさを感じて和んでいた私は少しながら驚いた。まさか有言実行を果たすとは露とも思っていなかったからだ。

 

「なんと、一応の事を考えてめぐみんの分も稼いでおいたのだが杞憂だったようだな。やるじゃないかめぐみん。ふふふ、こんなに立派になろうとは……」

「え、私の分も? という事は六十万エリスをこの短期間で? ……おんおんは冒険者では無く商人になった方が道が明るいのでは」

「営業をしたくないから嫌だ。絶対に嫌だ。あんな仕事をするくらいなら前線に立った方がマシだ」

「え、えぇ……。何か妙に力がこもっていると言うか怨念的何かを感じるような……。ま、まぁ良いでしょう。と言う事で、ゆんゆんにも言ったのですが旅立ちは明日にしましょう」

「ふむ、随分と急だな。問題は無いけども。時間はどうするんだ?」

「無論、旅立ちと言えば朝に決まっています! 朝陽を受けながら爆裂魔法の未来を背負う背中を魅せつけてやりましょう!」

 

 そう言って右手を突き出し、きらきらとした瞳で此方を見やるめぐみんをどうしたものかと苦笑して受け止めておく。仕方が無い、此処は私が折れてやるべきか。どうせ旅立ちはするのだから言い出しっぺであるめぐみんに選択権を渡してやろう。

 明日、か。遊びに行く予定じゃないんだからもう少し日程が欲しかったが、こうも目を輝かせて微笑ましいめぐみんを見ていると延期を申し出るのも無粋に感じてしまう。分かってはいたがめぐみんの保護者役として確りと役目を果たしてやろうじゃないか。

 

「分かったよめぐみん。テレポートで経由するから長旅にはならないが、アクセルの街に長居するんだ、常々持っておきたいものや使いたいものを確りと荷造りするんだぞ。生ものは腐ってしまうだろうから駄目だからな」

「むぅ、分かってますってそれくらい。既にちゃんと準備してありますよ」

「そうかそうか。それは失礼したな。ご両親やこめっこは勿論、友人にも声を掛けておくんだぞ。……最悪の場合、それが最期の別れになるからな。私とてそうさせないよう尽力するが、里の外に出てしまえば危険性はかなり上がるんだ。……悔いのない旅立ちの別れをしておくんだぞ」

「……なんでこう、おんおんは変な方向に覚悟がガン決まりしてるんですか? 戦争に行く志願兵じゃないんですから……」

 

 すまんめぐみん、中らずと雖も遠からずなんだ。魔王討伐の使命を帯びてしまっている訳だからな、ある意味志願兵なのだ私は。流石にそのためにめぐみんを連れて行かせる訳にも行かないのでアクセルに着いたら一旦別れて見るべきか。

 

「ふふふ、それもそうだね。アルカンレティアは温泉と水の街と言うらしいし、少しだけ観光もしてみようか。少し気負い過ぎてしまっていたよ」

「温泉! 確かに楽しみですね! 贅沢に湯浴みできるだなんて素晴らしいに決まってます!」

「うむ、私も楽しみだよ」

 

 自分で言って思い出したがそう言えば温泉街だったなアルカンレティアは。

 頭の可笑しいアクシズ教徒の総本山と言うマイナスイメージが根強いが、温泉の質は水の町と呼ばれるだけあって素晴らしいとも聞いている。

 ふふふ、温泉か。家ではこっそり作った五右衛門風呂もどきでしか風呂に入れなかったが、広い浴槽で温泉を楽しめるとあっては興味が湧いてくるものだ。

 前世では精々スーパー銭湯くらいで本格的なものはTVで見たぐらいのものだ。こうして浸かる機会ができたのは中々嬉しいものだ。

 日本人の血が騒ぐと言うものだ、今生は違うけども。

 

「それではめぐみん。私も色々と準備をしてくるからおさらばだ。明日、里の入り口に朝方に待ち合わせる事としようか」

「はい! 私の最強爆裂魔法伝説が漸く始まるんです! おんおんはその目撃者となり、後世に語り継ぐ権利を差し上げましょう!」

 

 腰に手を当て無い胸を張り、ビシィッと言う効果音が聞こえてきそうな指差しが私に向けられる。肩を竦めて私は受け取ったような身振りをしてからそれをあるえの家の方角へ投げるジェスチャーを取った。

 

「その役目はあるえに投げとくわ」

「何でですか!?」

「私は王道な小説は書けないからね。そういうのはあるえの方が得意だから、私はめぐみんの雄姿を纏めて送っておくことにするよ」

「むむぅ……、では仕方がありません……。ん? では王道じゃない小説は書けるんですかおんおんは」

「まぁねぇ……、めぐみんにはちょっと早いかな」

「子供扱いしないでもらおうか!」

「あはは……」

 

 実際、私が書けるのは官能小説くらいだ。前世でそう言ったものを読む機会は多く、下手なAVよりも興奮できたから目が肥えるくらいには読み潰していた。

 森の小屋で一人で居ると言うのは存外寂しく、ついつい前世の出来事を思い返してしまう事がある。そんな時に試しに書いてみたそれを、つい評価が気になりむっつりすけべなあるえに見せたのが運の尽きだった。

 ……前世で友達が勝手に投稿しちゃってーみたいな展開を笑ったものだが、自身に降り掛かると全くもって笑えない事を身を以って知る事となったのだ。

 『メイドスキー伯爵の優雅なる性活』と言うタイトルの官能小説が王都でこっそりと売り出される事となった時は本気で目を疑ったものだ。

 そう選りによってあるえは出版社にそれを送ってしまった。しかも大賞を取ったと聞かされた時の私の顔は宇宙猫の如く呆けていた事だろう。

 出版社の人間が里まで来て原稿を手に私を見た時の顔と来たら本当に愉快だった。そりゃまぁ十三歳の少女がねちっこい調教物の官能小説を書いた作者だと結び付けるのは無理がある。

 だが、住所である森の小屋に住んでいるのは私一人であるため、頬を引き攣らせながら担当者は生原稿を見て納得してくれた。

 そうして、今生ではエロカンノウ先生になってしまった訳だ。まぁ、印税生活できる程に売れている訳では無いが。

 

「ま、大人になれば見せてあげても良いよ」

「ほほぅ、約束ですよおんおん!」

「あぁ、勿論だ。男に二言は無いよ」

「いや、貴女は女性でしょうに」

「そうだったね、あっはっは……」

 

 いや、本当にそうだったわ。一瞬でテンションが下がって目が死んでいく感覚を覚える。

 そう、もう私には心が震えても硬く膨張する相棒は居ないのだ。その事実に若干哀愁を感じながら、改めて女性として産まれ直した事を自覚する。

 まぁ、流石にこのぷにむにぼでぃを見て男性らしさを思い出す事は早々無い。

 月の物が来始めた頃は割と本気でこの世の終わりを感じるくらいに絶望していたが、魔力の高い紅魔族だからか割と重たくは無く、精々風邪引きの序盤のような倦怠感を感じるくらいだ。

 目が覚めてベッドが血だらけになっていた時は一瞬寝ている間に暗殺でもされたのかとパニックに陥ったものだが、出血元が恥部と分かった途端にスンッと真顔になったなぁ。

 当時の事を思い出して若干ブルーになった私は心配してくるめぐみんに手を振ってから帰宅する事にする。今日はもう灰エスト瓶グビってさっさと寝よう。旅立ちの準備はとっくに終わっているし、明日出発するなら生活雑貨を買ったところで消費できないしな。

 

「んんっ、ん~~~っ、はぁぁ……。朝か」

 

 翌日、伸びをしてから背嚢に荷物を詰め込んで最終確認をしつつ今日の段取りを考える。

 朝方に里の入り口で待ち合わせと言う事もあってのんびりする時間は短い。珈琲を飲みたいところだがまだ手に入っていない事もあり、無難に『クリエイトウォーター』で作った普通に美味しい水を木のカップで一杯飲み干した。

 両親には前々から旅立ちの事を伝えていたし、この時間に起きているかどうかも分からないので挨拶はまぁいいか。

 ぶっちゃけ墓守の日々の仕事は清掃くらいしか無いので比較的うちの両親は時間にルーズである。毎日休日のつもりか昼過ぎまで寝ている事もざらだ。

 その理由が特段する事も無いから毎晩ハッスルしていると言うのが娘的に頭の痛い内容ではあるが、まぁ、頑張って新しい墓守の世継ぎを作って欲しい。

 ぜってぇなるもんか墓守なんぞに。肩書としては格好良い分類だが、実際にするとなれば話は別だ。王都辺りに拠点を作って悠々自適に過ごしてやるからな私は。

 

「さて……。洗い物とかやるべきことはやったし、待ち合わせ場所で待ってるか」

 

 毎日のルーチンワークで手慣れた作業を一通り終わらせて、寝間着からカルラ衣装服一式に着替える。腰のベルトにカンテラを引っかけ、背嚢を背負って家から出る。

 暫くは戻らないであろう小屋に別れを告げ、里の入り口へと歩いて行く。早朝に近い時間帯だからか人気は少ない。朝からパンを焼いているベーカリー『煉獄の息吹』から匂う美味しそうな香りを鼻孔に感じながら道の中央を歩いて行く。

 これからめぐみんと一緒に冒険者になる、そう改めて思い返すと笑みが自然と浮かぶ。

 冒険者、そう、冒険の始まりだ。里でぬくぬくと育った私たちが何処までやれるか楽しみで仕方が無い。

 名誉も栄誉も要らない。欲しいのは金銭と確かな充実感と達成感だけだ。

 ゆくゆくは魔王を討伐するパーティを作るのだろうか。それとも何かしらの出来事で心折れて腐っていくのか。これから色んな事を経験し、成長していく。その一歩を今日踏み出すのだ。

 心が躍らない筈が無い。こればっかりは紅魔族と言うよりもピクニックに行く感覚の高揚感だ。私とて人の子、厄介な特典もあるけれどもそれもまたスパイスだ。

 里の入り口には神話チックな巨大アーチがあり、さも凄い里と謳っているが実態は中二病患者の里なので私にとっては恥ずかしい建造物の一つである。

 アーチから少し離れた場所に『アースウォール』を小さく作って椅子にする。初級魔法の一部は効果がしょっぱいものが多いが、要は使い方次第だ。『クリエイトウォーター』なんて良い例だろう。何時でも飲み水が作れると言うのは冒険者にとって必須だと思う。

 『ティンダー』『クリエイトウォーター』『ウィンドブレス』は取っていても損は無い初級魔法だと個人的に思っている。火種、飲み水、乾燥。移動の多い冒険者にとって必需品である物に取って代われるのだから。

 『クリエイトアース』? 知らない魔法だな、精々農家か花屋ぐらいだろう使うの。または観葉植物とか育ててる人くらいだろう取るのは。

 精々が咄嗟の目潰しに砂を放るくらいだろうし、それをするくらいなら普通に呪術投げた方が手っ取り早い。

 

「おや、もう着いていたのですかおんおん。気合ばっちりですね」

「ん、おはようめぐみ、ん?」

 

 後ろから声を掛けられ振り返り様に朝の挨拶を返した私だったが、お洒落な帽子にマント、中二病チックな黒い眼帯、そして素朴でありながら確りとした杖を持っていためぐみんの晴れ姿に素直に驚いた。

 普段使いしていないだけで一式持っていたのだろうか、それとも冒険のために準備していたのだろうか。何にせよ馬子にも衣装だな、可愛らしい。

 

「ふふん、その様子だと一新した私に見惚れているようですね! これらは託されし絆の品々です。では、改めておはようございますおんおん」

「お、おぅ……。随分とお洒落さんになっていたからつい見惚れてしまったよ。ゆんゆんたちに貰ったのかい?」

「えぇ、私にどうしてもと押し付けるものですから仕方なくです、えぇ!」

「その割には気に入ってるようだけどね。……ふふっ、仲の良い友人が居てくれて良かったじゃないか」

「……あっ、えと、そのおんおん、別に貴女をハブった訳じゃ」

「良いよ別に。個人的な付き合いをしている子も少ないしね」

 

 まぁ、別に悔しくは無い。悔しくは無いのだ。ただちょっと、寂しさを感じただけだ。

 めぐみんに恵まれた友人が居るのは喜ばしい事だ。何時までも私がずっと寄り添って上げられる訳では無いのだから、私以外の頼りにする伝手はあった方が良い。

 ……ただちょっと、早期過ぎる卒業は失敗だったかなと今更に思うだけだ。

 わたわたと気まずそうにするめぐみんに笑みを返し、テレポート屋の居る転送屋の方へ連れだって歩き始める。申し訳無さそうな表情でついてくるめぐみんに苦笑を浮かべざるを得ない。

 

「ほら、めぐみん。せっかくの冒険の始まりなんだから笑顔で居なよ。私としては君が居るだけで救われる気持ちなんだからさ」

「うぅぅ、ごめんなさいおんおん。過去最速卒業記録のせいで友人が少ない事を気にしているのに私とした事が……」

「いや、そう口にされるとこっちとしても辛いから。ゆんゆんよりかは友人が居るから大丈夫だよ」

「それもそうですね! ……と言うか学校に通ってたゆんゆんが友人が少ないって今思えば不思議ですね? まぁ、ゆんゆんだしなぁ……」

「ま、私はゆんゆんの事も友人だとは思っているけどね。……ぶっちゃけ、ゆんゆんは里の外的に常識人だからな。族長の娘って言う肩書が無ければ案外里の外で宜しくやってたかもしれないぞ」

「えぇ、そんな訳無いじゃないですか。どうせぼっち拗らせて無駄に大きな胸のせいで大変な目に遭うか、ちょろい性格を利用されて騙されてますよきっと」

「お願いだからもう少しゆんゆんに優しくしてあげてくれ。正論ってのは結構痛いんだぞ」

 

 そんな雑談をしながら里の入り口近くにある転送屋の小屋まで辿り着いた。当初の予定では歩いてアクセルへ向かう予定だったが、アルカンレティアを経由する事もあってその道のりは安易なものだ。

 朝早くの便を逃すと次の転送は昼頃だった筈なのでめぐみんがちゃんと早起きしてくれて良かった。もしや、そのために朝一を希望していたのだろうか。

 そうなると随分とこの冒険に期待を寄せているらしい。可愛らしいところもあるじゃないか。……まぁ、観光の時間が短くなるからだなんて理由かも知れないが。

 

「おや、随分と早く来たねお二人さん。朝一の転送は少し待って貰う事になるけど大丈夫かな?」

「ええ、構いませんとも。何なら早めても構いませんよ」

「言ってる事が一瞬でひっくり返ってるぞめぐみん……。取り敢えず、代金を渡しておこうか」

「それもそうですね。では、此方を」

 

 三十万エリスの入った布袋を二つ受付の女性に手渡し、中身を確認して貰う。受付嬢は頷いてからカウンターの下へそれらを仕舞い込み、代わりに割り札を二つ返して来た。

 

「直前だったらそのまま行ってもらうんだけどね。はい、アルカンレティア行きの転送割り札。出発の際にこれを渡してくれれば大丈夫よ」

「はい、確かに受け取りました!」

「間違っても売りに出してくれるなよめぐみん」

「流石にしませんよ!?」

「あはは……、まぁそもそも買い取ってくれる人が居ないんじゃないかな。里から外に行く人少ないし。それじゃ、転送の準備が終わったら声を掛けるから少しだけ時間を潰してくれるかな?」

「ああ、承知した。外の椅子にでも座ってようか」

「そうしましょうか」

 

 意気揚々と割り札を受け取っためぐみんを連れて外に出る。小屋に隣接するように並べられた椅子へと共に座り込む。

 椅子が屋内に無い理由は転送の魔法である『テレポート』を扱う人物が紅魔族であり、態々無駄に儀式めいた事をするらしく雰囲気を出すために追い出しているとの事だった。

 場所を思い浮かべて魔法名を言うだけで済むと言うのにお疲れ様な事である。

 ぼんやりと転送屋から見える紅魔の里を眺める。あまり実感が湧かないがこれから此処を出て行くんだよなぁ。そう思うと今更ながらにセンチメンタルな気持ちが込み上がって来る。

 特段印象的な思い出も無いし、これと言って郷愁も無い筈なのに、こうやって外に出る直前になると色々と思い出す事はあった。……なんだ、意外と好きだったんだなこの里が。

 

「ねぇおんおん」

「ん、なんだめぐみん」

「どうしておんおんは私の旅に付いて来てくれたんですか? 里でやりたい事は無かったんですか?」

 

 思わず見やれば揺れる瞳があった。めぐみんの不安が見て取れるような曇り顔が其処にあった。もしや、私がめぐみんのために態々付いて来ているとでも思っているのだろうか。

 それは勘違いだぞめぐみん、私は私のために里を出るんだから。

 

「……そう言えば、教えて無かったな。実はなめぐみん、私は勇者候補だったりするんだ。魔王を倒す使命を持っているんだ。だから、いつかは里を出て攻略に向かうつもりだったんだよ」

「……おんおん、流石にそれはその歳になって恥ずかし過ぎませんか?」

「あはは、信じられないのも無理も無いよな。私とて、めぐみんの立場になれば熱があるのか確かめるところだ。まぁ、信じて貰えなくても良いさ。だけど、いつか、分かる日が来る。それはきっとどうしようもない程に残酷で、目を逸らしたくなるような出来事がきっかけだろう」

「え゛っ、な、何が起こるんですか? あのおんおんがそんな事を言うだなんてよっぽど酷い状況じゃないですか」

 

 私の転生特典はぱっと見地味だからな。露見するとなれば死んだ時ぐらいだろう。

 捻じれた刀身の螺旋剣を刺した篝火を経由して移動できる事は分かっているので、死んだら灰になって最寄りの篝火で復活するのだろう。決戦の前には近くに刺しておかないとな。

 まぁ、そういう事態が起きるかは分からないが、匂わせるくらいの事は伝えておこうか。

 

「でも、大丈夫だ。私は死なないからな。その時になったらあんまり悲しんでくれるなよ。慟哭なんてされたら私とて出て行き辛いからな」

「え、えぇと……? もしかしてそけっとさんに死の予言でもされたんですかおんおん」

「いや? されてないよ」

 

 そう返すとめぐみんは頭を抱えてしまった。あー、紅魔族のノリで言っているとでも思われているのだろうか。しかし、普段のリアリストな私を知っているから困惑しているのだろう。

 めぐみんから視線を外して空を見やる。曇り雲の無い綺麗な青空が其処にある。

 排気ガスで汚染されていない綺麗な空が其処にある。此処は異世界だ。私はもう地球の人では無い。電気で生活は成り立っていないし、魔法のある不思議な世界だ。

 こう言ったふとした瞬間に、自分が異物なのだと思ってしまう時がある。

 ちゃんとこの世界の人間から産まれて過ごして来た時間があると言うのに関わらず。

 遠い目で空を見やっていたら右手を暖かな小さな温もりに握られた。見やればめぐみんが左手を私の椅子に置いていた右手に重ねたらしい。

 

「大丈夫です! おんおんには私が、最強の魔法の爆裂を極めし者である私が居るんですから! 絶体絶命なピンチになったら私が吹き飛ばしてやりますよ!」

 

 それは綺麗な笑顔だった。私の一抹の不安を吹き飛ばしてやると意気込んだ自信満々な笑みだった。一瞬、その尊さと温かさに見惚れてしまった。

 

「……そうだね、その時は頼むよめぐみん」

 

 だから、私も込み上げてきた感情を込めた笑みを返した。

 どうしようもなく貧乏性で爆裂魔法に魅入られて暴走する可愛らしくも頼れる友人に。

 ……なんでそこで赤面してるんだめぐみん。格好良い事を言ったなら最後まで貫いてくれよ、そう言う所だぞ、詰めが甘いんだから、まったく……。

 今生の生活はとても楽しいものだ。何せ、こんなにも素晴らしい友人が居るのだから。


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