この素晴らしい世界に呪術を!   作:不落八十八

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誤字修正ありがとうございます。いつも助かります。
ここすき&感想楽しく読んでます、ありがとう……ほんと助かる。
アンナちゃんの見た目15巻挿絵にしか無い上に色分からんので本作では赤毛の活発な女の子です。すこ。


20話

 家事を終えたお昼頃、私はアクアさんを連れ添って例の悪霊物件へと歩いていた。案の定酒場で飲んだくれていたので、小遣いをチラつかせて誘ったのだが予想外に乗り気でついて来てくれた。

 どうやら先日のベルディアの一件から聖職者として頼られる事に飢えていたらしい。当然ながら酒場に説法もお祈りも要らないので、欲を満たされる事なく不貞腐れていたとの事だった。

 

「おんおんちゃんは分かってるわね。私の可愛い一信徒としてすべき事を理解してるもの」

「あはは……。一応外部顧問の肩書きと権力を預かってますからね。流石に女神様を蔑ろにはしませんよ」

「うんうん、良い子ね。今のところおんおんちゃんはお気に入りだからうんと可愛がってあげるわ。最近はカズマもなんか優しいし、地上に降りて来て良かったなって思うもの」

「そうなんですか?」

「天界じゃお仕事ばっかりだったしね。猫被るの面倒だったからこうして開放されて万々歳よ。最初はふざけんなーって思ってたけど、今思えばカズマ様様ね!」

 

 そう胸を張るアクアさんはとても楽しそうに笑って、スキップをし始めた。

 今を生きている、そんな前向きな印象を抱く程にアクアさんの笑顔は今日もピカピカに輝いていた。

 

「そう言えば、カズマ頑張ってるわよ。早起きして走り込みと素振り、あと筋トレも頑張っているみたいね。ベルディアを倒した時のおんおんちゃんが忘れられないみたいでね。強くなるんだって意気込んでたわ」

「へぇ、それはそれは。私も負けていられないな」

 

 いや、ほんと負けられないんだわ。

 ベルディアとの死闘は私の中の価値観を大分ぶち壊してくれた。今まで負けた事が無い事で積み重なった確かな自信が、その実、薄氷の上にあったと理解させられたのだ。

 大剣が頭上を通り過ぎ、その風圧を感じながら叩きつけられる真剣な殺意を浴びて、私はその場の高揚感で誤魔化していたが恐怖を感じていた。

 本当に騙し騙し生きて来たのだと自覚を以て理解させられたのだ。

 狩猟であれば一方的に狩れば襲われはしない。低能なモンスターであれば少しの工夫で簡単に殺せる。一撃熊のような恐れられるモンスターであっても呪術による一撃で大概が殺せた。

 ――本当に初めてだったのだ。命が失われる可能性が続く状況での戦闘は。

 それを昨日の夜にベルディアの大剣を検分しようとソウルから取り出した時に私は理解した。

 手から零れ落ちる大剣を他人事のように私は見ていた。

 あの真っ黒な剣を見ているだけで手が震えていた。あの重さを知ってしまって、それが自身に叩き付けられたらどうなるかを本能が理解してしまった。

 それを理解した昨日は震えて眠った。悪夢を見た。ベルディアの一撃によって盾ごと切り裂かれ、無抵抗なまま無様に胸に大剣を突き刺されて苦しみながら死ぬ夢を見た。

 あれが本当に夢だったのか、自分の胸から感じる鼓動が確かにある事を確認して漸く分かる程にまで、私は恐慌に陥っていた。

 死ぬのが怖くないと無意識に笑っていた自分が馬鹿みたいだった。

 ゲームの世界でしくじって死んでは、篝火からリスタートする。それがどれだけ客観的で他人事であったのかを私は漸く理解した。

 死にたくない、と私は当たり前のことを漸く気付いたのだった。

 

「おんおんちゃん? 大丈夫? 顔色が悪いけど……」

「あぁ、少しナーバスな事を思い出してしまって……。大丈夫です。アクアさんも居ますしね」

「そう? なら良いんだけど」

 

 深夜帯に悪夢で飛び起きた私は荒療治をした。

 ベルディアの大剣を震える手で握り締め、あの日を思い出して真似するようにそれを振るい続けた。手の皮が剥けようが気にする事なく、ベルディアの剣技を身体に馴染ませるために庭で振るい続けた。

 悪夢の一夜が明けて、朝になった頃にはベルディアへの恐怖はなくなっていた。

 彼の剣技を身に着ける事で、恐怖が恐怖足り得る未知と言う原初の恐怖を殺す事でそれを克服したのだ。

 幽霊の正体見たり、枯れ尾花。

 その実態を理解してしまえば恐怖が無くなるであろうと言う割かし脳筋な荒療治だった。

 おかげで今の私は若干筋肉痛気味である。こればっかりはエスト瓶でも治せないらしく、酷い有様だった両掌は治ったのでついでにいけると思ったんだがな……。

 あくまで負った傷、つまりはマイナスの負傷は修復してくれるが、筋肉痛のようなプラスな痛みは修復の対象になっていないらしい。

 健全な肉体を1として見た時に、擦り傷などはマイナスになるから1になるように治してくれる。だが、1.1に成長するために発生した0.1の筋肉痛は治らない。

 つまりは健全な肉体と言うベースが1.1に移行するので修復しようにもできない、と言う事なのだろう。

 

「そろそろ例の悪霊屋敷ですね。あの廃教会の横にある建物です」

「うっわぁ……、なんか凄いビンビンくるわね。迷える魂の坩堝と言うか、ごっちゃ煮と言うか……。けど、悪霊って感じまではしないわね。精々が悪戯好きって言うか……」

 

 アクアさんが屋敷の正門に近付くと何やら霊視の結果とやらを早口で呟き始めた。

 電波受信、と言う言葉が頭に過ぎるアレっぷりに若干引く。

 高位のプリーストってそんなんできるのか。そういうのって霊媒師とかイタコみたいな、専門の職業の人がビビビっと来て話すもんじゃないのか……?

 まぁ、アクアさん元女神だし、なんかこう、あるんだろう、多分。

 昼頃に屋敷に来た事もあって外から見た景観はそれなりに立派なお屋敷のように見える。

 不動産屋から受け取っている鍵で正門横の小さな移動用の扉を開き、馬車等が通れるくらいの道を歩いて屋敷に近付いていく。

 何回か清掃の手が入っているのか花壇等に枯れた花などはなく、草木がジャングルのように生い茂っている訳ではないようで少し安心する。

 いや、自分でやるつもりが無いなら業者を呼んで手を入れてもらうべきか。

 花壇なども花などを植えた方が景観が良くなるだろうしな。

 

「……うわぁ」

 

 試しにソウルを見通す瞳で屋敷を見やれば点々と存在するソウルが動いている様子が見れてしまった。幽霊の正体は肉体を失った魂、つまりは彷徨うソウルだったのか……。

 少し調整して普段の視界にぼんやりとソウルが見えるくらいにピントを合わせておく。

 これで不意打ちは受けないし、させないし、やらせもしない。

 

「あー……、アクアさん。中にめっちゃ悪霊居るみたいです。除霊して貰っても良いですか?」

「任せなさい! けど、アンナちゃんはちょっと事情が事情だから勘弁してあげて貰って良い? どうやら霊視によると墓場から来た悪霊が合体して面倒な輩になってるみたいなの」

「まぁ、実害が無ければ良いと思いますよ」

 

 良く分からないがアクアさんはすっかりアンナと言う少女に情が移っているらしい。

 まぁ、アクシズ教の理念的にも慈愛の精神が強いのは明らかだし、少女の境遇を考えると荒事よろしく除霊しなくても良いだろう。

 ……まぁ、言った通り実害が無ければ、だ。

 屋敷の扉を開くと黴臭さが鼻に付き、そして外から入った風で埃が舞った。

 中も掃除しておいてくれよ面倒な……。『ウインドブレス』で辺り一面の埃を吹き飛ばし、奥の方へ追いやる。何回か除霊部隊が出入りしているからか、その時に一度くらいは清掃の手が入っていたのかそこまで酷くは無いようだ。

 ――真上から落ちて来たそれを避けて掴み取る。

 手元を見ればよくある西洋甲冑の置物が手にしている模造剣であり、それに薄っすらと見えるソウルの様子から悪霊が取り付いているらしい。私の手から逃げ出そうとガタガタと震えている。

 

「……ふむ、えいっ」

 

 ソウルを砕く時の要領で模造剣から抜け出して逃げ出そうとした悪霊を掴み、握り締めると形を失って崩れて微量のソウルを得られた。

 その光景を見た天井近くで浮いていた二本目の模造剣がぴたりと止まり、すーっと天井すれすれに浮かび上がって逃げて行ったのを何とも言えない表情で見送った。

 アクアさんは此方を見て若干戦慄した表情を浮かべており、にこりと笑みを返せば怯えた様子で頷かれた。

 

「え、っとぉ……、あの、おんおんちゃん? 今のって、何?」

「ソウル砕きですね。ソウルを掴んで砕くと糧が得られるんです」

「そ、そっかぁ……。それ、輪廻に魂が還らないから大分拙いんだけど……」

「大丈夫ですよ。私が死ねば一緒に輪廻に還ると思うので」

「な、なら大丈夫ね。……お願いだから人にはそれやっちゃ駄目よ?」

「あはは、やだなぁ、人にはしませんよ、人には」

「それなら安心ね! おんおんちゃんは良い子だから信じてるわ!」

 

 直接ソウルを掴んで砕くだなんてできないからな、嘘は言っていない。

 ちゃんとこの手で殺さないと手に入れられないからな、プロセスが違う。

 なので、アクアさんへ言った事は嘘にならないから信頼関係はそのまま、ヨシっ。

 『ウインドブレス』で埃を掃除しつつ、一階から上階に怨霊を追い立てていく。

 時折、アクアさんに縋りつくように怨霊が除霊されに来るのが笑いを誘う。

 案外私、エクソシストとして職業を成立させられるのではなかろうか、と思う今日この頃。

 

「さて、屋根裏部屋に怨霊がぎゅうぎゅうに集まったのでアクアさん、一思いにやっちゃってください」

「う、うん……。だ、大丈夫、痛みも無く安らかに逝けるからね『ターンアンデッド』」

 

 怨霊同士のコミュニティが出来上がっているのか、ソウル砕きを見せた後はどの怨霊も憑依していた物を捨て去って全力で逃げ出した。だが、この屋敷に囚われているというか、住処にしてしまった事で地縛霊のように離れられなくなったようでこうして窮地に陥り一網打尽にされる運命にあった。

 若干涙目なアクアさんの仕事を後ろから見ていると、腰辺りの衣服を掴まれた感覚があった。

 其方を見やれば震えた様子のショートボブの赤髪の少女が私の腰を掴んでいた。

 

「……ふむ。アンナ=フィランテ=エステロイド?」

 

 少女は何故分かったのと言った様子で驚愕の表情を浮かべ、そして相手が私である事を思い出したようにこくこくと即座に頷きを始めた。

 ううむ、完全に怯えられている。けれど、衣服を掴まれているあたり甘えられている。

 いや、庇護欲を前面に出して除霊の対象外になろうとしているのか。賢いなこの子。

 左手を持ち上げてアンナの頭に乗せると恐怖の表情を浮かべてがくぶると震え始めた。

 ……ふむ、可愛いな。どうやら上下関係は確りと植え付けられているようなので楽で良い。

 宥める意味も含めて赤毛の柔らかな髪を撫でてやるときょとんとした表情で此方に上目遣いで見つめていた。

 

「もしや、ソウルを砕かれると思っていたのか? あれは質の悪い悪霊だからしたのであって、実害の無いアンナにはする予定は無いよ」

 

 心底ホッとした様子で安堵の息を吐いたアンナは震えるのを止めて、大人しく髪を撫でられて嬉しそうにし始めた。

 見た目からして十歳行かない程の年齢だろうな、甘え盛りの時期に死んでしまったのだろう。

 故に、こうして人との温もりを、愛情を注いで欲しくて仕方が無いのだろうな。

 ……この世界において幽霊とはモンスターに分類されたりするのだろうか。

 

「……因みに成仏するつもりはあるか? 出来ないなら除霊と言う手段もあるが」

 

 アンナは私の手をその小さな掌で掴んで、ふるふると首を振って確かな意思表示をした。

 やりたい事があり過ぎて死ぬ事を選べない、と言う感じか。

 まぁ、完全に自我を失って彷徨っている訳でも無く、こうしてこの屋敷の地縛霊のように成立してしまっているが故の問題でもあるんだろうな。

 ふむ、不動産屋さんのお願いは十中八九これだな。

 本当のお願いの詳細は、この子に夕飯の時に冒険話を聞かせて欲しい、と言う内容だったのだろう。

 ……だが、直接言及しない辺りに不自然さを感じる。となると、本来であれば幽霊の姿は見れないものなのだろう。

 眉唾な理由を伝えれば不信感が募り、人によっては強制的に除霊を敢行する可能性もある。

 なので、此方の性格を知り得ていないが故に内容をぼやかしたのだろう、多分これが正解だ。

 

「そうか。では、挨拶をしよう。私はこの屋敷を、そして土地も買ったおんおんと言う。君は……アンナ、で良いんだよな?」

 

 こくりと頷かれる。この世界の名前は良く分からない事が多い。

 ダクネスの様に家名が前に来る者も居れば、こうして後ろに家名がある場合もある。

 もしやと思うが、過去に転生した勇者候補に外国人も混ざっていたんじゃなかろうか。

 そのため、アメリカなどではメジャーな名前+家名の呼び方が伝わっているのも頷ける。

 ……ややこしいな、統一するか国で分けろよ面倒な……。

 

「ではアンナ。聞きたい事が幾つかあるんだが、君の姿を見れる人は多いのか」

 

 首を振られる。そして、私とアクアさんに指を指して、窓を指して、指を四つ見せた。

 成程、高位のプリースト、もしくは魂の扱いに長けた人物にしか見れないのか。

 ……もしや、あの不動産屋は元凄腕のプリーストとかだったりするんだろうか。

 その割には除霊を自分でやらなかったのが気に掛かるが、歳だから上り下りが厳しいとかそう言う理由でもあったのだろうか。

 もう一人は……誰だ? まぁ、少ないと言う事が分かれば十分だ。

 つまり、アンナは普段は誰にも見られる事無く、存在を知られる事無く、ひっそり生きて来た訳だな。

 ……それは、辛い。辛過ぎるだろう。この歳だぞ、アクアさんの霊視の言っていた事が正しいなら外を知らずにこの屋敷で幽閉されて死んだ事になる。

 

「……ふむ、君以外に意思疎通のできる幽霊は居るのか?」

 

 これも首を振られた。つまりは完全に一人でこの屋敷で過ごして来たらしい。

 だから、ソウルを砕かれる可能性があるにも拘わらず私にコンタクトを取って来たのだろう。

 こうして見る事ができて、触れる事もできる私に縋りついたのだろう。

 

「……では、最後の質問なんだが。……この世界において、幽霊と言う存在はモンスターとして扱われる可能性がある。私は『使い魔契約』の魔法が扱える訳なんだが……」

 

 少し首を傾げたアンナだったが、その意味を理解したらしく大きく目を見開いていた。

 何となくだが、幽霊ってモンスターだったの、みたいな頓珍漢な事考えてそうだなこの子。

 前の世界と比較して、幽霊、つまりはゴーストと言う名称でモンスターとして存在しているから成仏せずに留まれているんじゃなかろうか、と言う私の憶測だ。

 

「『使い魔契約』の魔法はモンスターと魔力を交わす事で隷属状態にして使い魔として使役できるものだ。つまり、幽霊として姿の見えないアンナが使い魔としてその性質を変えれば、私以外にも触れたり見れたりするんじゃないか、と思ってるんだ」

 

 なんだってー!? と言った感じで口を開いて大きなリアクションで驚いているアンナに苦笑する。

 ……いや、これって会話ができないアンナの処世術だったりするのだろうか。

 相手に分かりやすい大袈裟なリアクションで返す事で意思疎通を図ろうとしているのか。

 途端に愛おしい気持ちになったので頭を撫でた後はほっぺをむにむにしておく。

 うむ、艶と張りのある卵肌にむっちりとしたほっぺで触り心地が良いな。

 

「さて、どうだろう。もし、アンナが頷いてくれるなら『使い魔契約』をしてみよう。それからはこの屋敷の維持管理を手伝って欲しいんだ。流石に私一人ではこの大きさは持て余すからな」

 

 数秒程言われた事を咀嚼するためかぽかんとしたアンナだったが、ぱぁあと向日葵のような笑みを浮かべて力強く頷いた。

 成仏もせず、除霊もされず、こうして私とアクアさんにだけ知覚されるだけの寂しい毎日を過ごされるくらいなら、こうして抱き抱えてしまった方が精神的によろしい。

 しゃがみ込み、アンナの頬に両手を当てて額を合わせる。どうか、この契約が成功しますようにと祈りを込めて魔力を与える面積を増やして『使い魔契約』を発動させる。

 ……仮説はドンピシャだったらしい。冒険者カードを見やれば、『白霊アンナ召喚』の文字が刻まれており、私からアンナへと魔力のパスが繋がっている感覚がある。

 

「(やったぁあああ!!! わたしを見れるお姉ちゃんと一緒に居られるっ!! 好き! 大好き! お姉ちゃんが死ぬまでずぅっと一緒だよ!!)」

「おおっと、声まで分かるようになったな……。随分と可愛い声をしていたんだなアンナは。まぁ、なんだ。メイド見習いとしてこれから頑張ってくれ」

「(うん! ぶわーっと力を使って皆でぱぱぱーってピカピカにするね!)」

 

 ……あっ、そうか、地縛霊は幽霊よりも脅威度のある存在だからそれなりに力があったのか。

 道理で何処からか現れた怨霊に屈する事無くこうして無事で居たんだな。

 

「……皆って?」

「(それはね! お人形さんと遊びたいなって思ってたら自由に動かせるようになったの! 他の幽霊さんと違って全部私が動かしてるの! 凄いでしょ!)」

「あぁ、それは凄いな」

 

 確かアクアさんの霊視で悪戯っ子って言ってたような。こうして出会って無かったら夜にでもその人形たちを使って悪戯を敢行されてた可能性があるな……。

 むふーっと私のお腹に抱き着くアンナを受け止めて頭を撫でてやると、更に上機嫌に頬擦りをし始めた。

 やれやれ、甘えたがりだなアンナは。そう言えばアクアさんの方はどうなったのだろうか。

 屋根裏の方を見やれば一仕事終えたと言った様子で額の汗を拭って歩いてくるアクアさんの姿があった。どうやら一般住み着き怨霊たちは見事除霊されたらしい。

 

「お疲れ様ですアクアさん」

「ふぃーっ、久々にプリーストっぽい事をした気がするわね。あっ、その子! って、あれ? 何か色彩が強くなって実体を帯びてるわね。何かしたの?」

「えぇ、どうやらアンナを見れるのが極少数だと分かったので、使い魔として契約したら他の人にも見れるようになるんじゃないかなっと思って」

「あぁ、幽霊ってゴーストだしね。一応低級のモンスター扱いだから使い魔にできるわね。良い事したと思うわっ!」

 

 満面の笑みでサムズアップのお褒めの言葉をいただいた。

 と言うかやはりモンスター扱いだったのか。元人である利便性は計り知れないので使い魔を契約できる人は狙い目かもしれないな。

 

「でも、低級な分ゴーストって自我を失いやすいのよ。今浄化してきたゴーストもポルターゴーストって言う種類の悪霊だしね。恨み辛みを抱いて死んだら悪い地縛霊になっちゃうんだけど、後悔や希望に縋るように死ぬと良い地縛霊になるのよね。そのまま居付いて悪い事をしなければ座敷童に成長したりするそうよ?」

「……成程、道理でただの幽霊にしては人形を操る力があったりした訳ですね」

「多分、座敷童に成り掛けてたんだけど、子供なのに甘いお酒を飲んだりしてやんちゃしてたからそのせいでストッパーが掛かって地縛霊止まりだったんじゃないかしら」

「(えっ、ひんひょーかいしなかったらそのざしきわらし? になれてたの?)」

「みたいだな。まぁ、座敷童になってたらその分この屋敷に囚われる事になってただろうから外に出る事もできなくなってたかもな」

 

 一段階前の地縛霊だったからこそ力のあるゴーストと言う括りで終われたが、仮に座敷童になっていたらこの屋敷の管理人みたいな扱いになってたに違いない。

 この屋敷でしか召喚できない使い魔として契約が成立していたんじゃなかろうか。

 そう考えると大人ぶってワインを飲んでたのは良かったのかもしれないな。

 喜んで良いのか悲しんだら良かったのか分からないと言った表情で、頭上に?を浮かべていたアンナだったが私の言葉を聞いて目を輝かせた。

 

「(お外! 出れるの!?)」

「分からんけどな。多分、出れるんじゃないか? あー……、でも、元は幽霊だから日の当たる場所はまずいかもな。ダメージが入るかもしれん。試すとしたら夕方か夜だな」

「(はーい。……それでも可能性があるだけ良いもんね)」

「そうだな。だから、時間を潰すためにもこの屋敷を掃除しようじゃないか。引っ越しの手続きとかをするために今日からは無理だが、明日にでも此方に移り住むからな」

「(本当? 嬉しい! お姉ちゃんと一緒に過ごせるなら今日だけは我慢する! よーし! 頑張っちゃうよ!!)」

 

 ばんざーいと両手を上げたアンナに私から魔力が流れていく感覚がある。

 どうやら人形操作に魔力を消費する必要があるらしい。『大発火』一回分くらいの魔力量の消費だから普段使いでも大丈夫そうだな。

 暫くするとアンナが手を動かした。階下の扉が独りでに開いていき、そこに小さな人形が入って行くのがちらりと見えた。

 試しに近くの部屋を覗いてみると小さな人形がせっせと身の丈以上の大きさの箒を使って部屋の掃除をしていた。はたきのように上部の埃を落とし、手に持った刷毛で机の上などの埃を床に捨て、それを箒で掃いて部屋の片隅に集められていく。

 そして、廊下から塵取りを持った人形が入って来て埃の塊を回収して去って行く。

 すると箒が独りでに浮かんで廊下に飛び出していき、すれ違うように濡れ雑巾が飛来して人形が受け取る。今度は濡れ雑巾で掃除をし始め、吹き終えたところを雑巾を乾拭きする別の人形が入って来て分担し始める。

 

「……清掃業者を呼ばなくて良さそうだな」

「(お姉ちゃん! 凄いよ! いつもよりももっと動かせるの! 前は動かすのが精いっぱいだったのに!)」

「動かす魔力が足りなかったのかもな。私が家に居る時はこうして魔力を使ってくれて大丈夫だ。毎日掃除はしなくても良いからな。二日、いや、三日に一回くらいの頻度で良い。後は自由に使ってくれて構わないよ」

「(大丈夫だよ。今の皆はもうお掃除の役割を与えたからこれから勝手に掃除してくれるんだ)」

「……オートメイション化したのか。もうこれは立派な才能だな。凄いぞアンナ」

「(えへへ。お姉ちゃんが喜んでくれるかなって)」

「あぁ、この様子ならもう引っ越しの手続きを進めて良いかもしれないな」

 

 褒めて褒めてとアピールするアンナの頭を優しく撫でてやる。嬉しそうに目を瞑ってそれを受け入れる姿は甘えたがりの女の子にしか見えない。

 まぁ、これからは一緒に住むから寂しくもないだろう。

 アンナの純粋無垢な笑顔を見れて私も笑みを浮かべる。

 

「(あ、そうだ。このお家がお姉ちゃんのになるならあの通路の事を教えてあげるね!)」

「通路? この屋敷に隠し通路みたいなのがあるのか?」

「(うん。お父さんが病弱だったから、隣の教会の人に直ぐに来てもらえるように通路を作ったんだって。そのプリーストのおじちゃんが言ってたの)」

「……ふむ。成程、な? あぁ、そういう繋がりなのか……」

 

 あの廃教会に恐らく不動産屋さんがプリーストとして勤めていたのだろう。

 けれど、支援者となる貴族が死んだ事で援助が無くなって教会が立ち行かなくなり、老朽化などの理由から立地の良い所に移って新任が着いた、と言う感じだろうか。

 あの人がこの屋敷に除霊に来なかったのはもしかしたら救えなかった後悔が此処に残っているからなのかもしれないな。

 アンナが見える程の実力者であったのに関わらず、それでも救えなかった事を悔やんで立場を下りた。

 ……うむ、大分しっくりくる憶測だな。多分殆ど間違ってないだろう。

 まぁ、何だ。シェアハウスを解約する手続きのついでにこの事の顛末を教えてやるか。

 

「(隠し通路はね、一階にあるしょさい?って所にあるの。すぅーっと本棚が横にずれるんだよ! 凄いんだよ!)」

「それはまた……、王道な隠し通路だな。正直好きだよそう言うの。案内してくれるか?」

「(うん! 良いよ! 行こっ、お姉ちゃん!)」

 

 きゅっと私の左手を握ったアンナがニコニコしながら私を連れて廊下を歩いて行く。

 アクアさんはアンナの人形の方に気を取られているらしく、ふらりと部屋の中に入って見学をしているようだった。

 一階の奥側、立地的には廃教会の横に隣接する部屋であり隣は執務室があるようだった。

 成程、普段から仕事で入り浸る場所に近い位置に隠し通路を作ったらしい。

 書斎に入るとインクの匂いが香り、部屋には壁一面に本が敷き詰められた棚が並んでいた。

 

「(こっちだよ、ほら此処! この本棚の裏にロープがあって、これを引くとー!)」

 

 入って右側にある中央の棚によって死角となる壁際の棚から本を二冊抜き、その裏の壁にあるロープを引っ張ったアンナ。

 するとすぅーっと無音で横の壁に棚が飲み込まれるようにスライドしていく。

 どうやら壁が入るように回転扉のような仕掛けが施されているらしい。

 成人男性の肩幅程にずれた棚の裏にある引き戸を開けると地下へと降りる階段があった。

 えぇと……、廃教会の内観的に、何処だったかな。多分、資料室だ。

 『ティンダー』で通路の足元を照らしながら歩いて行く。すると五メートル程の通路の先は扉が存在し、鍵穴は此方側に無いようだった。

 

「(これで終わり! 教会の方で鍵が掛かってるみたいでこれ以上は進めないんだ。残念だね)」

「あぁ、そうだな。これ以上は教会の方に迷惑が掛かるからこのルートは封印だ。良いな?」

「(うん、分かったよ。お姉ちゃん以外には教えないから安心してね!)」

「あぁ、私のパーティの一人には伝えるから、入って行っても咎めないようにしてくれ。金髪の胸のでかい美人なお姉さんだから直ぐに分かると思う」

「(うん。お姉ちゃんの大切な人なんだね。あはは、優しい顔してるから分かるよ)」

 

 そんなに分かりやすい顔をしてたのか、と口元に触れるも自分では分からなかった。

 アンナはそんな私を見てくすくすと上品な笑みを浮かべて、私の手を取って抱き着いた。

 

「他の皆には内緒だからな。約束できるか?」

「(勿論! お姉ちゃんの都合の良い感じにしとくね!)」

「賢くて嬉しい限りだ。指切りでもしようか」

「(指切り? エンコ? 詰める?)」

「どっからそんな知識を知ったんだ……」

「(前に居た幽霊さん。日本? って所の生まれだったんだって。なんか、帰る、くみに、怒られ、指を詰める、許し、みたいな事を断片的に言ってたの)」

「……そうか。その幽霊は上に居たか?」

 

 その言葉にアンナは静かに頷いた。

 私は上を向いて瞑目し、数秒程黙祷を捧げた。

 目を開くとアンナも上を向いて瞑目していた。

 どうやら気を遣ってくれたらしい。頭をそっと撫でてやり、指切りの仕方を教えた。

 

「指切りげんまん、約束破ったら尻打ち千回に処ーす。指切った」

「(……なんかこれわたしの罰則しか決まってないような)」

「気付いてしまったか。まぁ、約束通りに内緒にしておいてくれれば良いのさ。これはただの念押しに過ぎないしな」

「(う、うん……)」

 

 まぁ、アンナの声は契約のパスに乗って来ているみたいなので、私にしか聞こえないようだし失言する事は無いだろうから杞憂なんだけどな。


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