ここすき&感想も有難く読ませていただいております(栄養補給)
「おんおんさん! どうか、どうか俺にも部屋を貸してください!」
アクアさんに手間賃としてそれなりの酒瓶を渡して帰し、不動産屋で事の顛末を伝え漢泣きされ感謝された事もあって、その他諸々の事は明日で良いだろうとシェアハウスに帰った翌日の事だった。
めぐみんに家の前にカズマくんが居ると聞かされ、へぇデートかよと送り出そうとしたのだが……。
話を聞けばどうやら私に会いに来たらしかった。
そろそろ冬越しのための準備をしなきゃとアクアさんと世間話をした時に、屋敷の一室を貸す約束をしたのだが、それを理由にカズマくんが寝床である馬小屋で煽られたらしい。
ーーあらあらカズマさん、まだ冬越しの準備してないのかしら。私はおんおんちゃんのご厚意でお屋敷の一室を借りるの。内装もしっかりしてて寒さにも負けない立派な部屋をね。悪い事は言わないからベルディアの報酬を崩して小さくても個室を借りるべきよ。あ、私は明日から屋敷に移るから寂しくても我慢してね。
と、宣ったらしいのだ。
煽りのようでカズマくんへの心配も含まれていてキレるにキレられなかったらしい。
そう言う優しい所がアクアさんと喧嘩別れしない秘訣なんだろうなぁ、と他人事のように思いつつ宥める。
玄関口で話すのもなんなのでシェアハウスに招き、飲み物を淹れてあげた。
ふむ、実のところダクネスさんも屋敷に移るので、他のメンバー次第ではあるが部屋を貸す予定ではあったので手間が省けた。
確かに私の持ち家な訳だが、それなりの貴族の作った屋敷であるため広過ぎて使わない部屋がだだ余りするんだよな。
なら、生活費として屋敷の維持費を徴収して部屋を貸すのもやぶさかでは無い。
まぁ、カズマくんだけハブるのもアレだしな。
「ふむ、カズマくんの申し出だが……、一旦保留だ」
「へ?」
「いや、割と単純な話でな。屋敷に住まうのは、私、めぐみんにゆんゆん、ダクネスさんにアクアさん。皆女性なのだよ。同じパーティとしてカズマくんの人柄は知り得ているつもりだ。私は構わないが、後の四人はどうか分からない訳だ」
「あっ、それもそうっすね……」
「と言う事でだ。めぐみん、ゆんゆん、どう思う?」
話を聞いてた二人の視線がカズマくんではなく何故か此方に向かう。
二人は揃って溜息を吐いてカズマくんを見やった。
「まぁ、義理堅いおんおんの事ですから即答はしないとは思ってましたが……」
「あはは……、今更だね。おんおんの屋敷なんだから決めちゃって良いのに」
「と、言う事でカズマ。私たちに貸しイチですよ。一人ハブられるのも可哀想なので認めてあげます」
「うん。カズマさんなら良いかな。時々視線がえっちぃけどおんおんが居るから大丈夫だろうし」
「ぐっ、お、恩に着るよ。これで後はアクアとダクネスか」
「いや、馬小屋で寝泊まりしてる時点でアクアは大丈夫でしょうに。必要なのはダクネスだけですよ」
「ん、あぁ、そうだった。ダクネスさんもカズマくんなら良いと承諾を得ているぞ」
「へ? そうなんですか?」
「あれ? いつダクネスさんに会ったの? 不動産屋さんに行ってそのまま帰って来たって昨日言ってなかった?」
……やっべ、昨夜の件で疲れてて余計な事を言った気がする。だがまぁ、リカバリーは簡単だ。
「ん? 別に言ってなかっただけだぞ。ダクネスさんとは帰り道に会ったんだ。屋敷の勧誘も兼ねてな」
「ふぅーん……? なんか怪しいですね。最近二人の距離が近い気がするんですよね。物理的にと言うか精神的に近いような……」
めぐみんのジト目の視線が私に突き刺さる。
なんか浮気を疑われた夫になった気分だ。ハーレム系の主人公もこんな感じで居心地の悪さとすくみ上がる心地を抱いたんだろうなぁ。
「そうか? ダクネスさんとは趣味が合うからな。交友が深いのも当然な事と思うが」
「なんだ、めぐみん。おんおんさんを取られて嫉妬してるのか」
「取られてませんが!? おんおんは私のですが!?」
「いつからめぐみんの物になったんだか……。おおっと、抱き着くのは構わないがもう少し勢いを緩めてくれ」
「むぅー、絶対に渡しませんとも! おんおんは私の母になってくれるかもしれない人なのですから!」
何処ぞの赤くて三倍の人のような事を言いだしためぐみん。
いやまぁ、確かに着る物も瞳も赤いけども。
……まぁ、私はダークリングの影響か瞳は黒、と言うか濁った黒紅だからなぁ。
一見前世の日本人のそれなのだが、明るい所で見ると一応分かるくらいの色彩をしている。
なので、紅魔族特有の瞳グポーンをするとめっちゃくちゃ怖く見えるらしい。
闇夜に赤い双眸が浮かんでいる、そんな感じに見えるのだとか。
「やれやれ……、うちの大きな子は甘え盛りだなまったく……」
「……の割には嫌がらないっすよねおんおんさんって」
「そりゃまぁ、幼少期から育てた実績があるからな。……めぐみんは私が育てた、と言って過言ではないからな」
「そ、そうなんですか。……複雑な事情があんのかな」
いや、割かし浅くて単純な理由だぞ。まぁ、こればっかりは紅魔族の雰囲気と言うか、生き様と言うか、生来の物が原因な気がするからあんまり強く言えないんだけどな。
紅魔族は基本的に、ロマンチスト、拗らせオタク、夢見るお年頃(生涯)、中二病を患っているからな……。
ひょいざぶろーさんも魔道具開発を拗らせて家庭環境がアレな訳で。仮に利き腕を失っても足で開発を続けようとするくらいには情熱的な性格ではあるのだ。
まぁ、前世の価値観を持つ私からすれば穀潰しの産廃ニート野郎なんだがな。
せめて魔道具がそれなりに売れていれば話は違うんだけどな……。
「……はぁ」
「うっ、我が親ながらおんおんに迷惑を掛けているので胸が苦しいです……」
「大丈夫だぞ、めぐみん。私は絶対にめぐみんを見捨てはしないからな。ちゃんと栄養のあるご飯を毎日食べさせてやるし、怪我や病気の時は看病をして寂しさを紛らわせてやるし、恋人や結婚となったら後方母親面して涙をそっと流してやるからな……」
「……思ってた以上に深刻っていうか、ガチでおんおんさん母親っぽい事言ってるんだけど……。若き未亡人なシングルマザーみたいな雰囲気で……。あの、前世でそういう感じでした?」
「いんや、普通に独身だったよ。仕事に殺されるくらいに働いてたしな」
「あっ、そういやそうでしたね……」
アクアさん情報で引き籠りニートだったカズマくんが気まずそうに顔を逸らした。
お腹にぐりぐりと頭を擦り付けて甘えるめぐみんを撫でて宥めつつ、若干冷めた珈琲を口にする。
……よし、ダクネスさんとの関係は誤魔化せたな。
正直この場で告白する事ではないしな、実際関係としてはずぶずぶな泥沼のような感じな訳だし。
お互いの趣味の相性が良過ぎるのが悪いんだ。それに、名家のお嬢様の生活のおかげかダクネスさんの身体と顔は素晴らしいの一言であるし、時々照れてはにかむ笑顔とか可愛いし、反応も劇的で飽きが来ないしな。
精神的に男勝りな私がダクネスさんに沼るのも仕方が無いんだ、うん。
「さて、という事でめぐみん、ゆんゆん、昨日伝えたようにお引越しの準備をしようか。木箱を部屋の前に置いてあるからそれに荷物を詰めてくれ。後は私がインベントリに収納して運ぶからな」
「はーい。にしても随分急ですよね。何か理由があるんですか?」
「うむ。実は使い魔がまた増えてな。私が買い取った屋敷で幽閉されて幼いまま死んだ少女が幽霊、つまりはゴーストとして残っていてな。話を聞けば数年も一人で、誰にも認知される事無く寂しい日々を過ごしてきたと言うじゃないか。私を含めて視認できた者は居たのだが、よっぽどな資質が無いとはっきりと見えないらしいんだ。十歳いかないくらいの精神年齢で、成仏も除霊もされたくないようだったから、ワンチャン賭けて契約してみたらできてしまってな。私が魔力を譲渡する事で誰にでも見えるようになったから元気いっぱいで、あんまり寂しがらせるのも可哀想だから急ぎたいんだ」
「つまり、養子みたいなもんですか」
「まぁ、そうなるのか?」
「むむむ……、おんおんに甘えるのは私だけで良いと言うのに……。でもまぁ、境遇に同情しない訳でもないので許してあげますか……」
「ふふふ。これからめぐみんはお姉ちゃんになるんだから、ちゃんと仲良くするんだぞ」
「……やべぇマジでおんおんさんが未亡人に見えて来た。ママちからが強過ぎんよ……」
愛する夫なんぞいないけどな。けどまぁ、めぐみんと知り合ってからそういう保護欲と言うか、この子は私が守ってあげなきゃなという使命感と言うか、……庇護欲が、な。
ううむ、生前の生活が原因なんだろうけど自覚すると恥ずかしいものだな。
けどまぁ、めぐみんには経験して欲しくなかったんだ。
渡される一枚の五百円硬貨。ラップに覆われた冷めた夕飯。テレビの雑音しか聞こえない自宅。
……ほんと、冷めた幼少期だったものだ。
仕事の大変さを理解して何とか飲み込んだと思っていたのだが、こうして機会があると然も当然のように出しゃばって来るこの感情を何とかしたいものだ。
心の中でそっと折り合いを付けて思考を中断する。今はもうどれだけ振り返ろうがどうにもならない過去を見ていても仕方が無いからな。
今、こうして抱き締めている未来を胸に、前を見ていく事しかできないのだから。
「さて、それでは私たちは庭で少し訓練でもしてみようか。走り回るには狭いがそれなりに広いから木剣を振り回すには十分だしな」
「良いんですか? なら是非!」
「と、言う事だからめぐみんとゆんゆんはちゃっちゃと荷造りを終わらせるように。まぁ、昨日の夜に伝えているからある程度は纏めているとは思うが……、こら、視線を逸らすな。はぁ。暫く時間を潰しておくからさっさとやるように。お昼までには終わらせるんだぞ」
「「はーい」」
「よし、それではカズマくん庭に移ろうか。木剣などの用意は此方でしてあるからそのまま来てくれ」
「あ、はい、分かりました」
カズマくんを連れ添って庭へと出る。今の私は黒シャツに七分丈ズボンとラフな格好なので訓練もしやすい。ただまぁ、指導というか訓練は初めてだし、一応買っておいたレザーメイルも使うべきだな。
お互いにレザーメイルを装着して上半身の防御を固める。カズマくんには長剣タイプの木剣が良いだろうな、あのデルフレプリカを愛用してくれているようだし。
木長剣を手に取ったカズマくんに対し、私は木盾とショートソードタイプの短い木剣を手に取る。
「では、訓練を始めようか。先ずカズマくんには戦い方を学んでもらう」
「はい! 師匠!」
「ふふふ、師匠か。不思議な響きだな……。さて。カズマくん、私が教える戦いの術と言うものは総じて、相手の長所を潰して此方の長所を押し通す事が基本となる」
「一方的な戦いを仕掛けるって事ですね」
「あぁ、そうだ。私が接近戦を仕掛ける場合に盾を用いるのはそのためだ。この盾と言うのは武器ではなく身を守るための防具として扱われがちだが、それは視野が狭い者の考えだ。盾は受け止めて守る事もできれば、こうして、縦に横に振るえば鈍器にもなる。こうやって構えて、相手の視界を塞ぐように繰り出せば即席の壁になり、そのまま押し込めばパンチのような殴打になる。何よりも盾は剣と違って耐久性に優れた道具だ。よっぽどの達人でもなければ盾を切り裂くだなんてできやしない」
「おぉ、それもそうですね。ベルディアの時も師匠は大剣を防いだ事で隙を作り出して仕留めてましたもんね」
「そうだ。受けに回ってガン盾するのも悪くは無い。しかし、盾を扱う事で生じるデメリットも存在する。今まさにカズマくんが長剣を両手で扱うように、盾を持つと空いた手は一本、つまりは片手で武器を握らざるを得なくなる。そのため、どうしても両手使いの武器よりも威力が下がってしまう」
片手でぶんぶんと振ってやれば何とも頼りの無い速度で木小剣が虚空を薙ぐ。
カズマくんは成程確かにと両手で握った木長剣を軽く振って、その差異を実際に感じ取った。
「だからこそ、盾を扱う場合は長剣ではなくこういった小剣を採用する事になる。もっとも、片手で長剣を難なく振り回せる膂力があれば話は別だ。まぁ、私のような小娘にはできないが、成長の余地のあるカズマくんならできるかもしれないな?」
「あはは……、いやぁ、流石に無理っす。これ木剣ですけど実際は金属の塊ですし」
「そうなんだよな。だからこそ冒険者は身体が資本な訳だ。筋トレはしておいて損はないぞ。いつか、もう少し頑張っていれば救えたのに、だなんて状況に陥りたくないだろう?」
「……ですね」
「あぁ。だから、私たちは前衛として常に身体を磨かねばならない」
「……師匠、後衛職では?」
「それは愚策と言うものだよ、カズマくん。戦場で近寄られたら何にもできない後衛職だなんてカモでしかない。前衛が磨り潰された後にあっさりと殺されるだけだ。撤退する事の出来るだけの自衛力は持つべきなんだよ」
「あっ、だからめぐみんに槍を?」
良い気付きだな。めぐみんに態々槍をプレゼントしたのはそう言う裏もある。
特に一発撃ったらふらふらになるめぐみんには絶対に必要なものだ。
ある程度魔力が回復するまでにその槍で抵抗できれば、駆け付けてくれる応援や逃げる隙を作れる可能性が高くなる。
私と違ってめぐみんは死んだらそこまでだ。例え、生き返れる魔法があったとしても、だ。
因みにゆんゆんは短剣を選んだらしい。小回りの利く武器を選ぶあたりセンスを感じるな。
中級魔法は上級魔法よりも威力が低いのが欠点ではあるが、込める魔力の違いや発動速度と言う点で優れる一面もある。
そのため、中級魔法を発動する隙を潰すために短剣と言う護身の武器を持つのは正解だ。
金属の塊ではあるので一度や二度であれば盾として受け止める事もできるだろうしな。
「では、実際に少し動いてみようか。話だけ聞いていても分からないだろうからな。カズマくん、私に軽く打ち込んで来てごらん」
「わ、分かりました!」
そう伝えて盾を前に突き出し、木小剣を隠すように構える。
カズマくんはオーソドックスに利き手側の半身になって木長剣を下方で構え、五メートル程の距離を詰めるように駆け出して薙ぎ払いを放つ。
私はその動きを予想できていたので彼が振るうであろうタイミングの二歩前で、跳ぶ様に近付く。
放たれんとした薙ぎ払いの最初の一歩を挫くように、私の盾はカズマくんの突き出た左肘を押し当てる様にして受け止める。
「うわわっ!?」
「長剣の長所は腰の入った両手持ちによるフルスイングな訳だが、こうして起点となる動きの一つを潰してしまえば――」
そして、盾の下に構えていた木小剣をカズマくんの胸元に押し付ける。
その硬い感触にギョッとした様子で動きを止めたカズマくんは、何かを理解した表情になって頷いた。
「――こんな風にあっさりと殺せる。これが実戦ならもっと強く盾をぶつけていただろうし、こんな分かりやすい速度で突き刺してもいない。これは一例であるが、実際に受けてみてその厄介さが分かるだろう?」
「……はい。聞くよりも受けてみて理解できました」
「よろしい。私はこんな事をいつも考えている。相手の長所とは、何を起点としているか、どんな手数を持っているか、どんな事をしてくるかを考えられるか、此方の手札をどうぶつけるか、そういった事を私は考え続けて戦ってきた」
「はい」
お互いに構えていた木剣を下ろして向かい合う。
ちゃんと真剣に聞いてくれて何よりだ。まぁ、もっともらしい事を言っているが私のこれは独学のそれだ。我流に過ぎない。
……まぁ、〇〇流の派閥、みたいな有名なのがある訳でも無いしな。
「一番大事な事は、自分が何を何処まで出来るかを把握している事だ。カズマくんであれば、デルフレプリカを何回振れるか、身体を守るために構えて何度受け止め続けられるか、フル装備でどれくらいの時間を戦い続けられるのか、そう言った自己把握は逃げ出す事になった時にも重宝する情報だ。分を弁える、と言うとアレだが、強い敵に自分の何が有効になるか、何を使えるか、と考えられる素材は大切だ」
「成程……。そういう心構えを知っておく事が重要なんですね」
「そう言う事だ。この考えはこれまでの私の培った経験で口にしているだけだから、肌に合わないようなら使わなくても良いし、アレンジを加えて昇華させたって良い。幸い、カズマくんは冒険者だ。ラーニングによって新しい戦法に繋がるスキルを手に入れて考えるのも有りだ」
「確かにそうですね。酒場で色々と教えて貰っているんで活かせそうなのは幾つかありますね」
「うむ、羨ましい限りだ。その調子でどんどんと強くなってくれ」
「はい! いつかは……、おんおんさんを守れるような男になります!」
「へぇ、それはまた、嬉しい事を言ってくれるじゃないか。期待しているよ、我らがパーティリーダー。年若いカズマくんなら努力次第で何処までも強くなれるさ」
最近成長が止まってしまったこの私よりもカズマくんは強くなれるだろう。
身体の成長が止まった事により、後は地道な筋トレなどによる身体造りくらいしか成長が見込めないからな。
身長はこのまま変わらないのだろう。もう少し伸びる事を期待していたのだが、神様は意地悪だ。
それからはカズマくんと軽く打ち合う形での模擬戦を行ない、シェアハウスから二人の声が聞こえてくるまで続けた。
……デルフレプリカを使っているからと言ってサイトくんみたいな戦い方はしなくて良いんだぞカズマくん。
別にガンダールヴの力を持っている訳でも、魔法吸収機能を持つ長剣を扱う訳じゃないんだから。
けどまぁ、何となくあげたデルフレプリカだったが、そこまで喜んでくれていたんだな。
良い贈り物をしたと少しだけ誇らしい気分だ。
「ふぅ、良い汗をかいたな……」
「しっとりしちゃってるじゃないですか。お風呂入ってきたらどうですか?」
「それもそうだな。めぐみんの言う通りに少し入って来るよ」
了解を取るためにカズマくんへ視線を向ければぜぇぜぇと荒い息を吐きながら、上気した顔で此方を見つめていた。
ううむ、やはり持久力が足りないな。でもまぁ、走り込みなども最近始めたそうだし、まだ言うべきタイミングではないな。
頑張っているのに成果が無いからと叱り付けても意味が無いしな。
「そう気を落とす事では無いよカズマくん。カズマくんはちゃんと一歩目を踏み出している。これからはそれを毎日ちゃんと続けられる事を目標に頑張るんだ。頑張ってる君は格好良いよ、自信を持つんだ」
「ぜぇ……はぁ、……は、はい!」
真面目に頑張っているカズマくんが微笑ましくて笑みが浮かぶ。
私に笑われたからか少し呆けていたようだが、しっかりとした返事が返って来てくれて何より。
「ならよし、では少しシャワーを浴びてくるから待っていてくれ。私の次にカズマくんも入ると良い」
「あ、ありがとうございます。助かります……」
「ふふふ、では、またな」
カズマくんはめぐみんたちに任せてお風呂に入るべくシェアハウスへと入って行く。
ううむ、男ものの衣服はあっただろうか。何かの時に使うかもしれないとソウルに仕舞い込んでいた筈だが……。
あぁ、あったあった。
男女どちらが着てもおかしくないような無地タイプの衣服を脱衣所に置いておき、憂いの無くなった私はお風呂に入るべく衣服を脱ぎ始めた。
――――――――――――――――→
>カズマのターン!<
←――――――――――――――――
……やばい、まだドキドキしてるなぁ。
訓練の汗でしっとりと濡れた鴉の濡れ羽色と称せる綺麗な長髪から覗いた可愛くて綺麗な横顔が脳裏から離れない。
ましてやサキュバス店でお願いした淫夢の時のそれと重なって、その蠱惑的で意地悪な笑みが俺の性癖の急所に当たってしまってどうしようもない。
「……けど、相手にされてないって言うか、子供に見られてるよなぁ、アレ」
おんおんさんを守れる男になる、だなんて片腹大激痛な事をつい宣ってしまった。
それをやんわりと受け止めて嬉しそうにしてくれたものの、反応が明らかに師匠が弟子の背伸びに微笑むそれだった。
ぐぬぬ、でもまぁ、それだけの実力差があるから仕方が無いとも言えるのか。
ベルディアと戦っていた時のおんおんさんの勇ましくも壮絶な姿が今でも思い出せる。
死中に活を求め、ベルディアの猛攻を凌いだ上で鮮やかな逆転を魅せたあの姿を。
してやったぞ、と言うあの可愛らしくも格好良い横顔の笑みが未だに脳裏に残っている。
「……っと、いけね。この後屋敷に連れて行って貰うんだからさっさとしねぇと」
おんおんさんのご厚意で俺もシャワーを浴びれるんだった。
……にしても、異世界ファンタジーの世界でシャワーがあるってのも中々アレな光景だよな。
過去に俺みたいな転生者が不便を感じて開発してくれたんだろうけども……。
まぁ、便利だからいいか。すっかり汗でびしょびしょになった衣服を脱いで、ふと、気付いてしまった。
流石に衣服を洗って貰うってのは厚顔無恥に当たるのでは?
一応予備の革袋持って来てるし、そちらにいれて持って帰った方が良いよな流石に。
そう思って流れで衣服を半分に切った樽に入れようとしていた手を止めて……ぬぁ!?
「こ、これは……ッ」
そこには先程までおんおんさんが着ていたであろう黒いシャツが入っていた。
思わず持っていた衣服を足元に落としてしまった。それを拾おうとしてかがんで……、ァッ、に、匂いがする。
やばい、なんてこった。この世界に柔軟剤とか香り付きの石鹸なんてものは無い。
故に、こうして鼻孔を擽っている形容し難い甘い匂いはおんおんさんの……。
「待て、待て待て待て、流石にそれは駄目だろ。極刑ものだ、踏み止まれ俺の男心」
俺とて思春期の男子なのだ。気になる女性の私物に興奮してしまうのは分かって貰える。
だが、それに便乗して私物に手を掛けるのは流石に犯罪だ。アウトである。
どうせバレないだろ、と心の悪魔が囁く。
衣服を拾う振りをして少しだけなら、と心の天使が囁く。
……うぉい!? なんでどっちも肯定してんだ、駄目だから流石に!
「心頭滅却すれば火もまた涼し……っ」
俺は鋼の意思で衣服を蹴り飛ばす事でおんおんさんの衣服の入った樽から距離を離す事に成功する。
危なかった。俺の童貞力が低ければ心の誘惑に負けて変態行為に及んでいた事だろう。
親しき仲にも礼儀ありだ。それも気になる女性とは言え恩人にすべき事ではないだろう。
近くに居るから危ないのだ、と風呂場の方へさっさと逃げる。
内装はぱっと見地球の、日本のそれと同じだ。アパートやマンションにあるような四畳あるかないかぐらいのこじんまりとした浴室だった。
……さっきまで此処でおんおんさんが身体洗ってたんだよな。
「うぉおぉおぉ、煩悩退散っ」
拳を額に叩き付けて先程考えた事を脳裏から追い出す。
危なかった。サキュバス店で本番まで行ってたらそれ以上の妄想もしてしまっていた事だろう。
サンキューアクア、お前のおかげで助かった。
お前ほど肉体の色気はあっても精神的な色気のない女はいないだろう。
……でもまぁ、話を聞く限りでは地味に人気はあるんだよなアクアも。
この前の一件からダストとキースと飲みに行く事が増えた事もあって、その手の話をこっそりとする機会も増えた。
流石にあいつらもおんおんさんをそういう目で見るのは恐れ多いらしい。
と、言うのもアクセルに来た頃のおんおんさんは共同で依頼を受ける傭兵のような事をしていたらしく、その時の有能っぷりに誰もが称賛の声をあげているとの事だった。
時に窮地を助け、時に的確な助言をし、傲慢さや偉ぶった素振りも無く、真摯に依頼を成功に導くその姿は正しく冒険者のプロフェッショナル。
そのため、困った時のおんおん様、みたいな感じでアクセル在住の冒険者は頼りにしているらしい。
ベルディアとの一騎打ちもその伝説に加わり、いまではひっそりと紅魔黒瞳倶楽部だなんてファンクラブができているとか。
無論、俺もこっそり入会した。腕利きの作るおんおんさんブロマイドは今も俺の懐に仕舞われている。
何でも紅魔族の瞳は赤いのだが、珍しい事におんおんさんは黒い瞳なのだ。
なので、その功績なども含めて突然変異の紅魔の英雄として囁かれている。
いやぁ、ほんと俺も運が良いよな。推しの人物と同じパーティに居られる訳だし。
こうして同じ屋敷で暮らせるようにもなった訳だし。幸運が過ぎるぜほんと。
……へへっ、ダストとキースに自慢してやらねば。
「おーい、カズマくん。少し良いか」
「はい!? お、おんおんさん!?」
「あぁ、おんおんだ。すまないな、替えの衣服を出したのは良いがタオルを出すのを忘れていた。一緒に置いておくから使ってくれ」
「は、はい! ありがとうございます!」
「ふふ、そう恐縮する事では無いよ。師匠だからな」
ふんすと胸を張ってる姿が脳裏に浮かぶ。
ほんとこの人可愛いし、美人で、綺麗で、最高過ぎる。
そうだった、今の俺はおんおんさんの弟子と言う肩書きも手に入れてしまった訳だ。
……ぐふふ、あいつらが嫉妬して怒り狂う様が思い浮かぶぜ、へへへっ。
「……っと、そうだった。ついでに私の衣服も回収しておくか。うむ、触った形跡は無いな。めぐみんたちが言うから少し心配してしまったが杞憂だったな。カズマくんがそんなことをする訳ないだろうに……」
だなんておんおんさんの呟きが聞こえて俺は心底安堵した。
心の中の天使と悪魔が顔面蒼白で項垂れているのは当然の事だろう。
理性の勝利だ! これからもおんおんさんの心象を良くする行動を心掛ける事を肝に銘じる。
脱衣所からおんおんさんが出て行った事を確認して、俺は無言でガッツポーズを取った。
と言うかめぐみん俺を疑っていたのか。いやまぁ、おんおんっ子だしな、心配もするか。
さて、あんまり長シャワーするのもアレだし、さっさと出るか。
あの糞寒い馬小屋とおさらばするのだと思うと笑みが止まらない。
いやぁ、ほんと俺は幸運だな、と思わずほくそ笑んだのだった。