ここすき&感想もありがとうございます、楽しく読ませて貰ってます。
オリジナル絡むと筆が遅くなる傾向にあるので申し訳。
かつての十三歳であった私はなにをしていたか、だなんて感傷を、書斎の椅子に座って私はしていた。
カズマくんを誘い、屋敷に招待した後は各々が普段使いする部屋を決める事になった。
屋敷の持ち主と言う事で私に優先権が来たので、これ幸いと書斎と執務室、その隣の貴賓室を掻っ攫った。
もっとも、それって仕事をする部屋だから私室には向かないんじゃないのか、と言う心配をされたが、私としては手の届くところに使える物が多い場所の方が昔を思い出して安心するのだ。
それにこの書斎と言う場所は特に私のお気に入りに近い場所だったので尚更に欲しかった。
本を参考文献として扱い、詳細な資料を作るためにあったのだろうこの書斎は書き手に取って扱いやすい構造をしていて非常に居心地が良い。
特に書き留める机と椅子が部屋の入口から見て死角になっており、隣に近付かない限り書いている物の詳細が分からない作りが何とも隠者っぽくて良い。
「……私も紅魔族だったんだなぁ、だなんて初めて思ったもんだ」
どうやら私はこう言う隠者、隠れ潜む者と言った隠居っぽい在り方に心が揺れるらしかった。
まぁ、書斎に残っている本は世間一般的なものしか置いておらず、隣の執務室はほぼほぼ空だ。
前の家令が貴族の手引書通りに書類の隠蔽もとい処分をしたらしく、此処で行われていた仕事の事に関するものは全てこの屋敷が引き取られる前に済まされていたようだ。
貴族の仕事を盗み見る事は普通に重罪なので此方としては有難いとしか言えないが、少し残念でもある。
家財などが残っている理由としては屋敷を売り払う際に加点とし、此方で働いていた者たちへの退職金の当てにされたようだ。
そのおかげで買い足す事をしなくて良いので私としては貴族様様である。
前に住んでいた貴族は効率主義だったのか、主な使用部屋はこの書斎及び執務室を中心に設計されているらしく、非常に利便が良い。
もっとも、一番警戒が薄れ易い風呂場に関しては四階にあるんだがな。
万が一賊が入ってきたら入口近いところに設置すると危ないからな。武装を持って風呂に入る訳にもいかないし、護衛を置くにしても足止めにもならないだろう。
「……いかんな、こうも心にゆとりがあると何事も面倒臭くなる……」
家を持つと冒険者は怠け者になると言うジンクスが良く分かるな。
確かに心安らぐ場所があれば、資金さえあればクエストを受けずにだらだらと過ごす事だろう。
一億七千万とんで三十六万五千百二十エリス。それが今の私の全財産である。
……ぶっちゃけ依頼を受けなくても普通に余生を送れるレベルの額だ。
これと言って散財する趣味も嗜好も無いので、精々が食材費の重い生活費程度の出費になるだろう。
しかも、此処にアクシズ教外部特別顧問代とめぐみんたちから徴収する生活費と言う名の家賃が入って来るので安泰にも程がある。
「……金のかかる趣味、ねぇ。弾いて良い音がする壺とか買うか? これは良い物だってか」
自分で言っていて虚しくなった。そんなのに金を使ってどうすると言うんだか。
……ふむ、丁度良いしメイドスキーの下巻でも書くか。
前は何処までやったんだっけかな……。あぁ、そうだ、最後にメイドを堕としてオチにしたんだった。
じゃあ、堕落した爛れた性活に溺れていく過程でも書いて、最後は……どうすっかな。
別シリーズを書くための布石にでもするか。そうだな……、ちょっと過激なのを書くとすれば、野蛮な蛮族国家みたいなのを作って暗躍、いや、戦争でもさせてみるか。
次のシリーズは蛮族国家バルバロと言う架空軍部物にして、騎士国家でも襲わせてみるか。
それなら女騎士をくっころする流れを書けるから丁度良いし、メイドスキーでは書けなかった複数人プレイものも書ける。
ダークファンタジーものとして売れるんじゃなかろうか。
……ファンタジー世界でダークファンタジーを書くとか笑えないけどな、お隣みたいなもんだし。
と、言う事で下巻を取り敢えず書いていくか。
貴族っぽい裏の遣り取りを裏商人とするシーンを入れて蛮族国家を作中に登場させておいて……。
メイド調教物だったし、三角木馬とか拘束台とか書いておくか。
そう言えば退廃通りでこういうの売ってなかったし、良い刺激になるかもな。
鞭と蝋燭は……取り敢えず前戯として入れておくか。ちょっとしたアブノーマルさが私の作品の売りになっているみたいだしな。
「そうじゃん、印税もあったわ。今生の私の人生順風満帆だな……」
金に困らない生活ができそうで将来に期待ができそうだ。
窓から夕焼けが見える頃には下巻は書き終えていて、しかも次作であるバルバロの一巻目の半分は書けてしまっていた。
シェアハウスで書くよりもずっと集中できたのは書斎のおかげだろうな。
誰かが来れば扉と歩いてくる足音で分かるし、書き物の入れ替えも容易だ。
一応表向きの理由として前世の料理レシピを書いていると伝えているので、実際に作る側ではないめぐみんたちからの興味を外せているのが役に立っているな。
メイドスキー下巻の束を封筒に入れて縛り、明日にでも配達に送るかとソウルに仕舞い込む。
バルバロの書きかけは……、まぁ、引き出しでいいか。どうせ此処には私しか来ないだろうし。
長時間執筆活動をしていたからか背中がばっきばきだ。指も痛いし少し休憩でもするかな。
珈琲でも飲むかなとキッチンの方へと歩き、扉を開くとダクネスさんが立っていた。
「おや、おんおんか。何か飲み物でも取りに来たのか?」
「珈琲を飲もうかなって、ワインの類は置いてなかったと思うぞ。手前に出してあるのは料理用に使う奴だからな」
「あぁ、やはりそうだったか。酒精が弱く味が濃いものだったから不思議に思ってたんだ。うちのセラーから幾つか持ってくる事にする」
「その方が良いな。ダクネスさんも飲むか?」
「あぁ、ご相伴にあずかろう」
戸棚からインスタント珈琲を取り出し、鍋に『クリエイトウォーター』を入れてお湯を沸かす。
私は普段ブラックで飲むのだが、ダクネスさんはどうだったかな。
「ミルクと砂糖は入れるか?」
「あぁ、貰おうか。……おんおんは普段は入れるのか?」
「私は入れてないな。苦味がある方が好きなんだ、コクがある気がして」
「ふむ……、では私もそうしてみるかな。試しにそのまま飲んでみよう」
戸棚から木製のコップを二つ取り出して珈琲の粉を匙を使わず目分量で入れていく。
匙を使っても良いのだが結局面倒になるんだよな、どうせ変わらないし。
普段と同じ濃いめの量を入れ、お湯で溶かしていく。途中でコップを回して混ぜて匙を使わず作る。
できたそれを手渡せば、ダクネスさんはその深い黒色にやや戦慄した様子でそれを見ていた。
少し苦笑しながら私がコップに口を付け、苦くも深みのある味に心を落ち着かせる。
ダクネスさんもそれに倣って恐る恐る口にするが、一口目でその苦さに悲鳴を上げて口を離していた。
まぁ、珈琲って飲み慣れないと苦さがネックになるからな。
普段から常飲しているとお茶とか麦茶と変わらないくらいに感じてくるんだが、貴族の令嬢であるダクネスさんはワインが主体だろうから飲み慣れてないんだろうな。
「こ、これを普段飲んでいるのか……?」
「そうだな。飲み慣れているとこれくらいじゃないと味が薄く感じてしまってなぁ」
「そ、そうか……。すまない、ミルクと砂糖を入れさせてもらう」
「どうぞどうぞ、好きなように飲むのをおすすめするよ」
さて、リビングに居るであろう四人にも作ってやるか。
めぐみんとゆんゆんは薄めミルク砂糖多め、でカズマくんとアクアさんはどうするかな。
まぁ、シンプルに作ってミルクとかを小瓶で持っていけばよいか。
ダクネスさんの手を借りて三個ずつコップを持ってリビングへと向かう。
……今思えば最初からくつろぐリビングに飲み物セットを置いておくべきか。
いや、勝手気ままに飲まれても頻繁に補充しなくちゃならないからキッチンのままでいいか。
「この香しい匂いは……、おんおんの作ってくれた珈琲ですね!」
リビングにおいてある唯一のソファにゆんゆんの膝を枕にして寝っ転がっていためぐみんが起き上がって、此方を見やった。
いやまぁ、確かに毎日夕飯の後に私が飲むついでに作っていたから気付けるだろうけども。
嬉しそうな表情で私の手から二つのコップを受け取っためぐみんがいそいそとソファに戻って行く。
……まぁ、冬頃だからなぁ今。窓を見やれば寒暖差から露が垂れるのが見える。
このリビングには暖炉が備わっているので寒いのが苦手なめぐみんたちは、此処を拠点とすると言わんばかりに屯っている訳だ。
「はふぅ、ありがとねおんおん。めぐみんの枕になってたから足が痺れちゃって……」
「辛い時は辛いって言わなきゃ駄目だぞゆんゆん。花摘みに行けなくなるぞ」
「あっ、それもそうだね……。あっ……、お、お花摘んでくるねっ!」
話題に出されたから思い出したと言う感じでゆんゆんが全速力手前の速度でトイレへと競歩して行った。
流石に各室にトイレを設置する文化はこの街には無い。
どちらかと言えば学校やビルなどの設計と言うべきか、各階に男女で別れたトイレが設置されている。
やれやれとゆんゆんから預かったコップの中身を少しだけ自分の所に移しためぐみんがカフェオレで一息吐いていた。
「ほら、カズマとアクアも飲むと良い。好みが分からなかったから小瓶で用意してあるぞ」
「おっと、悪いなダクネス。助かる。作業が佳境に入ってたからちょっと休憩したかったんだ」
「あ、ダクネスも見てみて。カズマって凄いのよ。手先が器用だから地球の道具を作ってるのよ」
「チキュウ? 何処かの地域の名か?」
「あー……、何て言うか、その、んー……」
ダクネスさんの問いにカズマくんが言葉を詰まらせていた。
どうやらカズマくんは生前の、地球の話と言うか、勇者候補である事も伝えていないらしい。
仕方が無いから助け船を、と言うか普通に答えを言うか、別に知ってるしなダクネスさんは。
「地球は前に私が住んでた場所だ、と言えば分かるか?」
「ん? ……ああ、そう言う事か。何だ、カズマも勇者候補だったのか。道理で変な挙動や言葉が多いと思ったぞ」
「うぇ!? し、知ってんのかダクネス。って言うか今の言い方からして……」
「あぁ、おんおんから聞いているぞ」
「惑星やらの話はまだしてなかったからな。分からなくても仕方が無いだろうさ。地球ってのは私たち勇者候補が住んでいた惑星、つまりは星の事だ。地球にある大陸の一つに日本があり、其処に私たちは住んでたって訳だ」
「星? ……つまりは空の彼方の事か。凄いんだな、基本的な知識の土壌が違うとは思っていたがそこまでとは……」
「……自分の身分隠す気あるのかダクネスさん。それは市井の一般知識から外れてる奴だぞ」
「……あっ」
思わずと言った様子でダクネスさんが口を手で塞ぐ。
こっそりと忠言してあげたので聞こえてはいないだろうが、不審がっている素振りを見せていた。
何でも、貴族の令嬢であるとバレると接し方を変えられてしまうだろうからと未だに内緒にしているのだ。
あんま変わらんと思うんだけどな、実際私は変えていない訳だし。
本名を知って、愛称も知っている私からすれば口が滑りそうになるから改善して欲しいんだがな。
まぁ、バレるのも時間の問題だろうし、それまでは付き合ってやるかこの茶番に……。
「それで、何を作るつもりなんだカズマくん」
「えっと、ですね。オイルライターって言えば分かりますか?」
「ああ。冬の季節に、いや、冒険者からすれば野営の道具として売れるか。市井に魔導コンロが何処まで普及しているか分からんし、案外化けるかもな」
「ですよね。ダストとキースと駄弁っててピンと来たんですよ。聞けば魔導コンロに使う魔力を込めれない家庭もあるみたいで、普通に竈で飯作ってるところもあるみたいなんですよ。火付け石の代わりにこれを使えば主婦の人たちに売れるんじゃなかろうかな、と」
「ふむ、成程な……。構造はどうするんだ? 特に火種の所は複雑だろう」
「そうなんですよね……。ぶっちゃけ、俺も既製品を外から見て何となくで試作してるんでどうにも上手くいかなくて……」
まぁ有名だもんなぁジッポライター。暇潰しにカチャンカチャン遊ばせるのも楽しいし、火を眺めるのにも使えるしなぁ。
ふむ、ならさらっと構造を書いてみるか。羊皮紙にカリカリとジッポライターの構造を書いてカズマくんに手渡してやる。
「……えっ、こんな複雑だったんすか」
「そうだな、細々とした部品が多いんだぞ実は。だからオイルライターまで発展させずに、先端の火花を散らせるフリント部分だけのを作ったらどうだ? 火付け石をカンカンとぶつける手間が省けるだけでも大助かりだと思うぞ。あれはコツが要るからな」
「おぉ……、確かにそうっすね。これならギアの部分と発火石の構造だけ考えれば……」
「鍛冶師もできる友人が居るから話を通しておこうか。そいつも勇者候補だから話が通じやすいと思うぞ」
「えっ、他にも居たんですか?」
「あぁ。私が知る限りではあるが、ユウキと言う女性だ。ボーイッシュ系の鍛冶野郎で、武器とか防具などの再現品を作るのが趣味らしいぞ」
「へぇ、あっ、じゃあデルフを作ったのって」
「あぁ、ユウキだ。……あぁ、そう言えば今は私の専用武器を開発してるから無理かもしれないな。それが終わったら話を付けてみるから、他のも考えてみると良い」
「了解っす。にしてもそうか、最初から一体化って言うか完成してる品よりも、部品でも良いんだよな……」
暖炉の前に座って唸り始めたカズマくんだったが、集中力が切れたようで諦めて珈琲に口を付けていた。
ふむ、ミルク砂糖少なめが好みか。覚えておこう。
因みに隣のアクアさんは一口飲んで涙目になって、ざらざらと砂糖を入れて飲んでいる。
アクアさんに出す時はめぐみんたちのと一緒で良さそうだな。
めぐみんが寝っ転がるのを止めたソファを見やる。二人か三人くらいが限界な大きさなので合わないな。新しいソファを左右にでも置くか。
ソウルから取り出した木製の椅子に座り、暖炉の前で一息吐く。
そう言えば家具ならこの屋敷の何処かにありそうだな。
「アンナ、ちょっと来てくれ」
そう呟くとどっからともなくばびゅーんっと半実体化したアンナが私目掛けて飛んできた。
「(わたしを呼んだ? お姉ちゃん!)」
どうやら霊体化して壁を抜いてショートカットしてきたらしい。
私の腹に抱き着くようにしてわくわくとした表情で此方を見上げた。
そんな様子を見ていた五人が困惑の表情を浮かべていた。
「あの、おんおんさん? その子がもしかして……」
「ん、あぁ、この子がアンナだ。普段は部屋の掃除とかしているから、人形や掃除道具が浮いていても気にしないでくれ」
「あっ、はい」
「な、なんですかその子供は!? そこは私の場所です!」
「待て待てめぐみん、年齢を考えろ。この子はめぐみんよりも五歳は年下なんだから」
「ぐっ、ぐぬぬ……。い、良いでしょう、少しぐらいは譲ってあげます。私の方がお姉さんですから……っ」
「めっちゃくちゃ歯軋りしてんじゃねぇか……。にしても幽霊を使い魔って、何でもありだな……」
それは私も思った。利便性があり過ぎて幽霊の乱獲をしたくなるくらいには。
っと、そうだった。聞きたい事があったんだった。
「アンナ、少し聞きたいんだが」
「(なにかな、なにかな?)」
「この屋敷で使ってない家具の置き場とかあったりするか? ソファがこれ一つだと不便だと思ってな」
「(んー、あぁ、あるよ。ソファが欲しいんだっけ。ちょっと待ってて、運ぶから)」
そう言ったアンナは私から離れて、両手を万歳してむむむっと力を込めた。
それを見た面々が首を傾げていたが、突然扉が音を立てて開き、埃の被っていないソファが宙を浮いて飛んできたのを見て驚愕の表情を浮かべていた。
小さな一人用の椅子も二つ程飛んできて、暖炉を囲うようにストンと設置された。
「(これで良いかなお姉ちゃん!)」
「うむ、助かったよアンナ。良い子だ」
「(えへへ、褒められちゃった。うーれしー)」
アンナの柔らかな赤毛の髪を撫でてやると嬉しそうに再び腹に抱き着いて来た。
「あー……、ポルターガイストって奴か。凄いんだなアンナちゃん」
「ど、何処から飛んできたんですかこのソファ。随分重いと思うんですけど……」
「うふふ、アンナちゃんは甘えたがりなのね。良い人と出会えて良かったわね、本当に」
「なんでアクアが後方保護者面してんだ……。でもまぁ、これでソファ争奪戦が起きなくて平和になったな」
「そうですね。血を血で洗うバトルが無くなってしまいましたね」
「なんで不満そうに言ってんだお前は……。もう少しおんおんさんを見習っておしとやかにしとけよ」
「おしとやか? ……カズマの目にはおんおんがそう見えてるんですか? 何と言うか……」
「恋は盲目ってやつだな。カズマもそう言うお年頃なのだろう、……不憫な」
ダクネスさんがぼそりと呟いた最後の言葉は聞こえなかったが、何となく同情のソレだろうな。
コップに入った珈琲を飲み終えたのでソウルに仕舞い込み、アンナを抱き抱えて近くの長いソファに座る。
ずっと立っていたダクネスさんも私に続いて隣に座った。
カズマくんとアクアさんは一人用の椅子を暖炉前に引き摺って、より暖かな場所に陣取ったようだった。
「……平和だな」
「そうだな。ベルディアの一件の後に冬に入ってしまったからな」
「なーんも依頼がねぇんだよなぁ。ベルディアショックに冬眠事情も重なって、冬越しに皆専念し始めてるみたいだしな」
「そう考えるとほんと幸運でしたね。こうしておんおんが屋敷を買ったのは」
「しかも土地付きみたいだしね。高かったんじゃない?」
「三千万エリスだったぞ。除霊代も込みでな」
「たっかっ。いや、この屋敷の具合を考えたら安い方なのか」
「一般的に見てもこの屋敷は立派な分類だぞ。風呂場にも魔道具が付いていたし、そこそこの値段がするだろうな」
「……んん? 除霊代? まさかとは思うが……」
カズマくんの視線が此方に、私の膝に頭を乗せてごろごろしているアンナに向けられる。
良い勘をしているなカズマくん、正解だ。
私が頷いてサムズアップを見せれば、ああやっぱりと苦笑の表情を浮かべていた。
「まぁ、どちらかと言うとアンナは被害者みたいな……もんか? どうやら共同墓地の方から悪霊が流れて来ていたようでな、アクアさんが対処してくれたんだ」
「……おい、アクア。ちょーっとだけ聞きたい事があるんだが」
「ナ、ナニカシラー?」
アクアさんに耳打ちしたカズマくんの表情が何かに気付いた様子だった。
まるで取り調べ室で罪を告白する罪人のようにアクアさんが項垂れ、手首を揃えて差し出す。
「やーっぱりお前かっ。あれほど手抜きするなって言っただろうが!? ウィズとの約束だったろ!?」
「その、リッチーとの約束を守るのなんかヤダな、って」
「子供じゃねぇんだからよ……。んで、後始末はしたのか」
「うん。ちゃんとしたわよ。流石に迷惑掛けちゃったみたいだし、こっそりと解除したわ」
「……なら、まぁ、いいか。人的被害は出てないんだよな?」
「……たぶん? 所詮霊魂からの野良怨霊だし、そんなに強くない筈よ」
……あぁ、うん。何となくであるが今回の騒動の発端が分かった気がする。
恐らく共同墓地に自動で浄化する結界でも設置したのだろう。そのせいで留まる事が出来なかった悪霊がアンナと言う下地のあったこの屋敷に迷い込んだ、と言う訳か。
ウィズさんの名前が出ているあたり、前の一件の時にでも何かあったのだろう。
屋敷から追い出される時に打撲などの被害はあったようだが、まぁ、死んで無いからいいか。
にしてもアクアさん、恒久的に張り続けられる結界なんて使えたのか。
流石、元女神と言うべきか。
……ん? そう言えば、此処にまた屯されるのもアレだから、とこの屋敷に結界を張って貰った気がするな。
もうアンナは使い魔になっているから影響は無いが、それ以外には効くだろう。
「そう言えばおんおん」
「ん? なんだめぐみん」
「この前ベルディアを倒して屋敷まで買ってしまった訳ですが、クエストはもう受けないつもりでいるんです?」
「ふむ、と、言うと?」
「いえ、その、少し小耳に挟みまして。ある程度暮らせるお金が出来たから暫く隠居する、みたいな冒険者も少なくないみたいで」
成程、まぁ、冒険者って不安定賃金の何でも屋みたいなもんだからな。
完全出来高制みたいなもんだし、ベルディア討伐戦の報酬で馬小屋住まいから卒業したと言う者も多いらしい。
冬の時期なので当然ではあるが、財布の緩み方次第ではその後にも堅実に依頼をこなせばそのまま賃貸住まいも夢ではないようだ。
まぁ、一部の大馬鹿者は酒代やらに報酬を溶かして馬小屋で寒い思いをするのだろうけども。
基本的に現地人の冒険者は火力が低い事がネックとなっているようで、パーティを積極的に組んで効率化するのもそれが理由の一つらしい。
強い弱いと言う問題ではなく、ただ単純にスキルポイントがカツカツなので早熟型で器用貧乏するか、大器晩成型としてコツコツと腕前を磨いてポイントを貯めるかのどちらかになるらしい。
まぁ、ダークリングの影響かソウルと言う副収入がある私は比較的ポイントが貯まるのが早い。
それは他の勇者候補も似たようなものであり、最初から戦闘に特化した者や武装を得た者であれば俺TUEEEして楽々とポイントを貯められる環境が得られるので順風満帆と言う訳だ。
……そこのカズマくんのように、ユウキみたいなパターンを除いて、だが。
「いや、身体を鈍らせる訳にもいかないからちょこちょことクエストは受けるつもりだ。纏まった金が手に入った事で売りに出さなきゃいけなかったモンスターの素材も使えるようになった訳だしな」
「そ、そうですか。良かったです。実は面倒臭がりなおんおんなら適当な理由を付けて私たちだけをクエストに送り出して悠々自適な生活を送るのかとばっかり思ってました」
「………………そんな訳ないじゃないか」
すまん、正直少しだけそうしようかなとは思ってたりもしていた。
ぶっちゃけ、生涯年収くらいは稼げてしまっているので支援に回る側になって楽しようかなと思ってもいたのだ。
だが、書斎で見つけてしまった錬金術の教本で少し学んでからは考えが変わったんだ。
異世界で錬金術、実にファンタジーで良いな、と。
魔道具? 紅魔の里に有り触れているそれを作って何が楽しいんだ。二番煎じみたいなもんだろ。
どうせやるならオンリーワン、それが駄目でも希少価値を付けたいのが男心と言うものだ。
錬金術教本にはモンスターや薬草などを素材とした色々なポーションの作り方が書いてあり、よくある壺でぐーるぐるするタイプのものと違った作り方がそこには書いてあった。
一部抜粋するならば、薬草を細かく刻み磨り潰し、沸騰したお湯で色を取り出し、お湯に滲み出た薬効を鍋で煮詰めて乾燥させ、粉末状にして薬用ポーションの素材その一である薬草粉になる、らしい。
……色を取り出す? と首を傾げたものだが、図解には網で漉す詳細が書かれていたのでお茶のようにするんだろうなぁと少し興味が湧いたのだ。
ぶっちゃけ、薬草をそのまま煮詰めても良いのでは、だなんて考えたりと色々と試作をしてみたくなったのが理由の一つだった。
「本当ですかー? でもまぁ、何かしたい事ができたみたいですし、大丈夫そうですね」
「む、分かるのか? 私には分からんが……」
「ふっ、私はおんおん検定二級の持ち主ですからね。ダクネスには分からないでしょうが、私には分かります。多分、書斎か何かで面白そうな本でも手に入れてそれを実験してみたくてうずうずしてる感じですね。先程もモンスターの素材だなんて言ってましたし、ずばり、魔道具、いや、おんおんの性格なら……錬金術ですね! どうでしょう!」
「…………何で分かったんだ」
「えぇ? ほ、本当なの? 凄いねめぐみん、私には分からなかったよ」
「ふんっ、そりゃあんまり接点無いですからねゆんゆんは。人生経験値の低いゆんゆんでは一生掛けて漸く好きな食べ物が判明するくらいの塩梅でしょうし」
「がーんっ……、そ、それは言い過ぎじゃない? え、えっとおんおんの好きな食べ物……、駄目だ、わっかんない、わっかんないよ……」
「はぁ、そこで普段常飲している黒珈琲でもあげられないからゆんゆんはゆんゆんなんですよ」
ソファのひじ掛けにショックのあまりに突っ伏したゆんゆんをめぐみんが鼻で笑っていた。
いやまぁ、確かに珈琲は好きだけども……。にしても、バレてしまったか。
折角こっそりと役立つアイテムを作って、こんな事もあろうかと、と出したかったんだが。
……ダクネスさんの視線が痛い。あぁ、うん、何となくその心内は察せるけど、暮らしてる日数が日数だからなぁ。
幼少期から殆ど私の家で暮らしていためぐみんであるし、ある程度以上の私の情報を持っているのは仕方が無いと思うんだが。
「め、めぐみんはおんおんの事をよく知っているのだな。羨ましい限りだ。それ程までの信頼と実績があるのだな」
「ふふん、そうですよダクネス。何せ、おんおんは私の第一のお母さんなのですから!」
「こら、しれっとゆいゆいさんを第二に据えるな。逆だ、逆」
「そうでしたっけ? 私としては育ての親はおんおんだったと思うのですが」
「……それに関しては私は何も言えねぇなぁ……」
お腹を痛めて産んだ経験なんてないからな。それは流石にゆいゆいさんが可哀想だから宥めておかねば。
はぁ、少し昔を思い出して苛々し始めてるなめぐみん。
今が幸福であれば幸福であるほど、当時のひもじさや家族関係が浮き彫りになるからな。
然もあらん、と静観するしかないかねぇ。……そうだ、そう言えばダクネスさんの家から引っ越し祝いとして何か高級そうな箱を貰っていたんだった。
中から冷気も感じていたし恐らく何かしらの食材だろうから、それをご機嫌取りに使わせて貰うか。
それをダクネスさんも思っていたのか、此方に視線を合わせて苦笑しながら頷いた。
……ダクネスさん貴族だし、その家から祝いに届く食材となれば……高級なものだな!
今日の夕飯は少し豪勢になりそうだ、これは腕を振るわねばなるまい。