この素晴らしい世界に呪術を!   作:不落八十八

23 / 44
誤字修正ありがとうございます。
ここすき&感想楽しく読んでおります、ありがとう。



23話

 さて、また一段と寒さが増して来た今日この頃、何をして過ごすべきだろうか。

 そう思っていたのだが良い笑顔のアンナに背を物理的に押されて外に追いやられてしまった。

 

「(冒険譚よろしくね!)」

 

 だなんていってらっしゃいに次ぐお見送りをされてしまったのである。

 と、言うのもこれと言って話になるような冒険話が私に無かった事が原因だった。

 アンナは冒険者が鼻高々に語る冒険譚を聞くのが好きらしい。

 冒険者がこの屋敷に来るたびに待ち遠しい思いを抱いていたそうだ。

 と、言うのも除霊に来たプリーストの付き添いに来た冒険者の中にビビりな者が居たらしく、俺は凄いんだ強いんだと自分に言い聞かせるかのように冒険譚を仲間に披露していたのを聞いた事があったそうだ。

 幽閉されて死んだ挙句、半ば地縛霊として屋敷に憑りついていたので外にも出られず、そんなアンナは外への憧れがあった。

 少し変な形ではあったが外への欲求を紛らわせる事ができたので、次に来る冒険者に期待し続けたそうな。

 ……まぁ、それに私が応えられるかはまた別の話なのだが。

 ぶっちゃけ、此れと言って冒険譚らしい話を私は持っておらず、そしてそれは他のパーティメンバーも同じだったようで、カズマくんが若干盛ったクエストの話をしていたもののついに話題が尽きたらしい。

 なので、アンナは然も当然のように私を送り出したのであった。

 ……追い出されたと言っても良いな。ううむ、あんまり度が過ぎるようならお仕置きだな。

 と言うか使い魔になったのだから普通にアンナも外に出れる筈なのだ。

 それを指摘すると幽閉されてたからーと露骨に視線を逸らしてもじもじし始めたので、今度初めてのお使いとして外に出す事を決めたんだけどな。

 冒険者的に冒険譚と言うとやはりクエストだろう。そう思いギルドに向かったはいいものの、クエストボードは酷い有様だった。

 冬季に出てくるモンスターは主に冬眠をしなかった個体、つまりは休まずに動けるポテンシャルを持つ強個体と言うのが一般的な認識らしい。

 

「……森林地帯に出たフォレストアイスウルフの群れの討伐、オークの縄張り縮小のための討伐ただし女性に限る、ねぇ。オークなのに女性が求められるのか。……何でだ? 性欲に忠実だから狩りやすいとかか?」

「あれ、知らないんですかおんおん」

「ん? めぐみんか。どうしたんだこんなところで」

「いや、私もクエスト探しに来たんですよ。……おんおん屋敷に居ないですし」

「……ふむ、一声掛けてくるべきだったか」

「あはは……、いや、あの様子見てたから大丈夫ですよ。物理的に浮かされて追い出されてたじゃないですか」

「道理で足のふんばりが効かない訳だ……。で、何でオークは女性のみなんだ?」

「へ? 知ってたんですか? その通りですけど」

「んん?」

「ん?」

 

 二人で目線を合わせてきょとんと首を傾げ合う。ええと、つまり、どういう?

 

「えぇと、オークがメスしか居ないってのは有名な話なので言うまでもないと思うんですが」

「は? メス? オークが?」

「はい。一応オスのオークも産まれるそうですが、精通したら最後、搾り取られて死ぬらしいです。オークは性欲が旺盛で他種族の雄にも突っかかって来る奴らなのです」

「あぁ、だから女性が討伐するのか。男性だと襲われるから」

「そう言う事です。知らなかったんですね、意外です。割と常識なのですが……」

 

 マジか、私の中のオークは体液に媚薬効果のある緑色の生殖猿のイメージなのだが。

 あの見た目のオークを性転換して思い浮かべて……ううむ、ゴブリナみたいなのならギリセーフだが、豚顔に緑肌はちょっときついものがあるな。

 いや、顔の形次第だろうか、人間に近い豚人程度くらいな感じならあるいは……、ううむ。

 我ながら業が深過ぎるなこれは……。

 

「ふむ、そうなのか……。聞いた事が無かったな」

「そんな馬鹿な。学園で普通に習う内容で……あっ」

 

 合点がいった。あぁ、そういや私この世界では小卒並みの知識量だったわ。

 めぐみんもそれに気付いたからか何処となく気まずい表情を浮かべた。

 あぁ、うん。そうだった。私、入学式とオリエンテーションと最初の方の授業を数回受けた頃に魔法を取得して卒業したんだったわ。

 碌に授業を受けずに普通に平凡な生活に戻ったからなぁ。

 

「ま、まぁ、私が教えてあげるから大丈夫です! デストロイヤーに乗ったつもりで居てください!」

「なんて?」

「へ? デストロイヤーはデストロイヤーですよ。多脚でワシャワシャしててでっかくて子供に人気のアレですよアレ」

「……都会は知らない事が多いなぁ。森の中とは大違いだ」

「ああ! 不貞腐れて遠い目をしないでくださいよおんおん! 貴女それでもベルディアを倒した人ですか!?」

「ふふふ、けどなめぐみん。古今東西勇者ってのは片田舎で産まれてなんやかんやで騒動に巻き込まれて最終的に魔王を倒すのがセオリーなんだ。だから、勇者候補である私が無知であるのもそういう理由があるからであって、決して私は世間知らずの野生狩人少女って訳じゃないんだ……」

「語るに落ちてますよおんおん!?」

 

 久々に落ち込んだ私は壁に右肩をもたれるようにして項垂れた。

 あはは、そうさ、どうせ私は紅魔の里と言う閉鎖的な環境で追い打ちをかけるように森で過ごして来たガチ田舎者だ。

 学も無ければ取柄は狩猟技術くらいだろう。胸も小さくて安産型でもない女性として貧弱なボディだし、前世の知識を扱える分野やダクソ3呪術を使えるぐらいしか本当に取柄が無い。

 

「……もしや、私はゆんゆんよりも常識知らずだったりするのか……?」

「いや、それは無いと思いますよ。あれは箱入り、おんおんは野生ですし」

「…………そうか、めぐみんの印象だとやはり私は野生系なのだな……」

「あぁっ!? つい失言を、うぅ、この状態になったおんおんは強敵だからどうしましょう……」

 

 森に帰ろうかな。食べるためだけに動物やモンスターを狩って、それを糧に日々を過ごすんだ。

 そう言えば最近弓を使ってない気がするな。鈍ってたら困るし、ある程度は常用するか。

 いや、いっその事カルラ衣装も止めて野生狩猟ガールとして再誕すべきなのではなかろうか。

 ずるずると壁に削られるようにしゃがみ込み、膝を抱えて顔を伏せる。

 

「えぇと、前回はどうやったんでしたっけ……。おんおんって気分屋ですから変なスイッチが入るとこうなっちゃうんですよね……。何故か実績に比べて自己評価が低いって言うか……」

 

 あぁ、でも、そうだな。別に都会っ子を自称している訳でもないし、問題はないのか。

 ベルディアを倒してお金も手に入れた訳だし、お金持ちの一角を名乗っても良いだろう。

 よくよく考えればあの生活に戻るという事は今の生活を捨てるのと同義だ。

 何処かの戯言を紡ぐ少年が言っていたように、変わりたいと言う気持ちは自殺に等しいのだ。

 過去の自分を捨てられる程に今の自分が立派かと言えばそうでもない。

 ぼんやりと顔を上げて視線を虚空に置く。

 むしろ、あの生活を基準に私と言う存在を形作るのがそもそもナンセンスなのではなかろうか。

 あの頃と違って今の生活は遣り甲斐がある。私に求められる役割がある。

 確かに自由は失ったけれども、今の関係からの不自由は居心地が良い。

 ……そもそも、前世の生活と比べて今はどうだろうか。充実しているじゃないか。

 膝に手を置いて押すようにして上半身を上げて立ち上がる。

 

「……まぁ、別にいいか。面倒だし……」

「あ、そうでした。何か勝手に沈んで勝手に戻ったんでしたっけ。結構前だから忘れちゃってましたね……」

「んー、さてと、暇つぶしにオークでも狩るかぁ」

「いやいやいやいや!? そんなゴブリン狩るかーってノリで倒せる相手じゃないですよ!?」

「そうか? 眉間に矢が刺されば死ぬだろ」

「いやまぁそうですけども……。オークはゴブリンと違って普通に知性があって喋れますからね。群れを成してますから手を出すとしたら討伐隊が組まれるのが通例ですよ」

「そうなのか?」

「ほら、依頼書をちゃんと読んでください。此処に人数が集まり次第出発って書いてあるじゃないですか。だから、先に受付で進捗を聞いた方が良いんじゃないですか?」

「そうか……。遠くから一方的に矢で暗殺していけば良いかなって思ってたんだが」

「何でそんな物騒な事をさらりと言うんですかおんおんは……」

 

 いや、それが確実ではなかろうか。

 見張りを殺し、ニ、三匹殺して、食料庫あたりに火を放ち、混乱した所を影から殺して、追って来たのを罠にハメて殺して、それでも近付いた奴を複数人で囲んで殺して、それを続ければ群れくらいなら殲滅できると思うんだがな……。

 あぁ、いや、でも皮膚の硬さくらいは測らないと駄目だな。

 基本一射即殺が肝なので矢が通らないと流石に無理だ。あぁ、でも食さないなら毒矢でも良いか。

 

「一体くらい何処かで捕まえられないものか……」

「いったい何に使うつもりですか……?」

「毒の致死量とか身体の構造とか調べて研究とか」

「……普通に文献を調べれば良いんじゃないんですかね。基本、はぐれのオークは居ないそうですし」

「そうか……、それもそうだな」

「えぇと……、あっ、これ! これなんてどうですか! 雪精の討伐! これなら簡単ですよ!」

「雪精? あぁ、これか。簡単と言うが、こうして残ってるとなると……って常駐依頼か。雪山で発見された雪精を狩るだけで十万エリス? ……却下だ。絶対これ書かれてない情報があるだろう。どうせ凶悪モンスターの庇護下にいるみたいなオチだろうどうせ。受けるならこっちだな、冬眠に失敗した一撃熊の討伐。こっちの方が良いな、慣れてるし」

「いや、世間一般的に一撃熊を倒すのに慣れてるのはおかしいですからね……。でもまぁ、一撃熊ですか。お肉、美味しいんですよね……」

「最近寒くなって来たし、一撃熊の鍋も良いんじゃないか?」

「……ですね! あの、ミソ? っていう味付けでお願いしたいです!」

「ふふふ、熊鍋めぐみん好きだったもんな。それじゃ、これを受けてくるか。少し待っててくれ」

 

 依頼書を取り外し、受付で受託を申し出る。やけに胸のでかい金髪の受付嬢が依頼書と私を交互に見て困惑していたが、ベルディア討伐の一件を思い出したのか納得した様子で受理してくれた。

 めぐみんの方へ戻る時に酒場の方から私の取った依頼書を知っていたらしい面々が恐れ戦いていたのが聞こえた。

 

「嘘だろ、あれ受けるのか。……って、おんおんさんか。なら、問題無さそうだな」

「噂によると夕飯に出てくるレベルで一撃熊を狩ってるらしいぜおんおんさん」

「あんなにちっちゃいのに凄いわよね……。流石おんおんちゃん、アクセル随一の狩人ね」

「呪術師だろ? え? アークソーサラー? 聞いた事のない職業だな……」

「だろ? 選ばれし者って奴だよ。流石おんおんさんだよな。同じアクセルってだけで鼻が高いぜ」

「飲んでて話してくれたけど、普通に弓も使えるって話だぜ」

「そういやベルディア戦でも牽制に使ってたな。道理であんなに鮮やかに射れる訳だ」

 

 だなんて称賛の声が聞こえてくる。……ふふふ、少しだけ誇らしく思えてくるな。

 ……いや、褒められ過ぎでは私。なんか怖いんだが。私の評価ってどうなってんだ?

 この前のベルディアの一件から私の評価は更に上がったらしく、行く先々で英雄を見る視線で見られる事が多い。

 そう言えば、王都から何か凄腕のソードマスターがアクセルに来たって聞いたがどうなったんだ。

 聞く話によればベルディア討伐のために王都からの応援としてアクセルに来たらしい。

 ……私が討伐した三日後に、だ。

 そのため、噂になる事はあっても実物を見ていないんだよな。

 年若い少年と二人の若い少女の三人組との事らしいが、それっぽい姿を見た事ないんだよなぁ。

 そう思いめぐみんにその話題を振ってみると小首を傾げられた。そもそも認識すらされていなかったらしい、哀れな。

 と、なると噂になる程度で終わってしまい、誰も注目しなかったので情報が揃ってないのか。

 もしかしたらどっかで見ていた可能性も出て来たな……。けどなぁ、若い三人組とかこのアクセルだと有り触れているからなぁ。

 

「まぁ、別に良いんじゃないんですか? 話題にすら上がらないって事はそこそこ程度の人たちだったんでしょう」

「一応王都から来ているから上級冒険者だと思うんだがな……」

「別に良いじゃないですか。聞く話によればイケメンらしいですけど、興味無いでしょう?」

「それもそうだな。それじゃ討伐に行こうか」

「……ほんと、おんおんに男っ気が無くて良かったです、安心できます……」

 

 何かぼそぼそと胸に手を置いて呟いているめぐみん。

 安心できると言う所だけ拾えたので、今のパーティの所感でも口にしていたのだろうか。

 

「何か言ったか?」

「いえいえ、何でもないです。どうやって行くんですか? 今の時間だと馬車ありましたっけ?」

「いや、トレントに乗って行く。場所はジャイアント・トードが出ていた辺りらしいからあっと言う間だぞ」

「おお! そう言えばおんおんは馬を持ってましたね。あの角がかっちょいい馬に乗れるんですね!」

「ああ。私たちは軽いだろうから二人乗りでも大丈夫だろう。……一応、カズマくんらに伝えておくべきかね」

「あ、カズマたちはもうキールのダンジョンとやらに向かって朝から動いてましたから大丈夫ですよ」

「む、そうなのか」

「何でも初心者クラスのダンジョンらしいので、鍛えるのを目的に行ったみたいです」

「ふむ、ダンジョンか……、いつか潜ってみるのもいいかもな」

「そうなると私は荷物持ちですね」

「ははは……、流石にダンジョン内で爆裂魔法したら大変な事になるだろうしな」

 

 でもまぁ、最近は槍を握ってるし、最低限は動けると思うんだけどな。

 にしてもキールのダンジョンか。初心者ご用達の街近ダンジョンとしてアクセルの近辺にあるとは聞いていたが、まさかそこに向かうとはな。

 ふむ、それだけカズマくんもやる気と言う訳だな。

 カズマくんの性格を考えるに安全マージンを取りつつレベリングができる場所として選んだのだろう。

 聞く話によればキールのダンジョンはアンデッド系、特にスケルトン系が多いらしい。

 アークプリーストのアクアさんも居るんだろうし、余裕だろうな。

 ベルディア戦の一件でアクア印の聖水をギルド経由で売り出したようだし、その浄化力をきちんと知っている筈だしな。

 めぐみんと雑談をしながら歩く事数分程度で正門の方へと辿り着いた。

 衛兵に冒険者カードを見せてからクエストに向かう旨を伝え、街道へと出る。

 

「よし、召喚び出すか。サモン、トレント」

 

 まぁ、詠唱なんて必要無いんだがめぐみんが居るので様式美として口上しておく。

 案の定、キラキラとした瞳で私を見つめてご満悦の様子であった。

 幽体から実体化したトレントが青白い召喚エフェクトを伴いながら隣に召喚される。

 屋敷の方の馬小屋に住処が変わった事で伸び伸びと暮らせるようになったからか毛並みの色艶が増しているようだった。

 手慣れた様子で鐙へと乗っかり、めぐみんへと腕を差し出した。

 ……のだが、何故かめぐみんは頬を赤らめ此方を見つめて動かない。

 小首を傾げてみればハッとした様子で慌てて私の手を掴んで馬上へと乗った。

 

「すみません、つい見惚れてました」

「む? 見惚れる要素があったか?」

「勿論です。格好良い馬に凛々しいおんおん、素晴らしい光景でした!」

「お、おぉ……、まぁ、楽しそうでなによりだ?」

「……そういう所ですよ、おんおん」

「何がだ!?」

 

 ううむ、年頃な娘の心が分からん……。めぐみんも多感な時期に入ったと言う事だろうか。

 だが、洗濯物の様子からしてまだ赤飯の用意はしなくて良いっぽいが、はてさて。

 私の後ろにめぐみんを乗せ、腰に手を回して貰い身体を安定させる。

 ……にしては随分と力強く抱き締めるなめぐみん。手綱要らずだから良いが、普通の馬だと困るくらいに密着してるんだが。

 ふぅむ、少し成長したか。やはり食生活が良くなったのが良かったのだろうな。

 めぐみん理論の恩恵かもしれんな、少なくともレベルは上がっているだろうし。

 はいよー、トレントと言わんばかりの速度で街道を駆けさせ、私たちは一陣の風となった。

 トレントの馬力はそこらの馬よりも遥かに強いのでこの速度が出せる。

 そこらの馬がオートバイくらいの速度なら、トレントの速度は大型バイクのそれである。

 私にしっかりと抱き着いているからかめぐみんも駆け抜ける速度を楽しむ余裕があるらしく、終始にっこにこの笑顔であった。

 

「凄く速いです、カズマよりも速かったです」

「言い方ぁ!? カズマくんたちと来た時よりも、だろ?」

「ん? そうですね。あの時はそれなりに時間掛かりましたが、この子だとあっと言う間ですね」

「そりゃまぁ、うちのトレントだからな。……はいはい、久々の疾走で嬉しいのは分かったから前向け前、安全疾走を心掛けろ」

「ひぃん」

「え? 今、返事しました?」

「ん? 使い魔だからな、流石に喋れはしないがある程度の意思疎通はできるんだ」

「へぇ……、使い魔、便利ですね」

「そうだろう。めぐみんもするか? 魔法使いにぴったりな黒猫なら用意できるぞ」

 

 年がら年中私の頭の上に寝転がっているぐうたら猫ではあるが。

 ちょむすけの事を言っているのだと理解しためぐみんが渇いた笑みを浮かべて苦笑する。

 まぁ、戦闘のサポートは無理だし、精々が可愛いマスコットだしな。

 

「いやぁ、流石にお断りしておきます。ちょむすけはもはやおんおんの一部みたいなもんですし……」

「ふむ、完全に野生を忘れているよな最近のこいつは」

「と言うか、野生の時あったんですかね? 最初から家猫みたいな感じだったような気がするんですが」

「……確かに。人懐っこいと言うか人に慣れてたしな。案外あの上級悪魔が世話してたんじゃないか」

「んー、どうでしょう。それだったら譲ってくれとは言わないような。うちの猫だから返せと言うのでは?」

「それもそうか。となると、……禁忌の実験の成れの果て、とか?」

 

 案外有り得そうな憶測である。何せこのちょむすけには悪魔っぽいデフォルメ翼が生えているし、額の十字の模様とか傷跡と言われればそれっぽいしなぁ。

 額に垂れるちょむすけの顔を見やれば「んなぁぅ」と言う返事が返って来た。

 使い魔契約してないからさっぱり分からん。してみても良いが貴重な枠を意思疎通したいからと言う微妙な理由で潰すのもなぁ。

 

「……まぁ、突然変異みたいなもんじゃないですかね。または先祖返りとか? おんおんも似たようなもんですし」

「待て、私はそんな風に思われたのか?」

「そりゃそうですよ。魔法に憧れを抱き、格好良い詠唱を胸に、ズバババーンと決める時を夢見るのが紅魔族なのに、おんおんはその反対を行く狩人思考のリアリストじゃないですか」

「むぅ……、それは、その……環境が?」

「いや、実際魔法使ってるよりも弓握ってる時の方が楽しそうじゃないですか」

 

 もう何も言うまい。認めざるを得なかった、私がゆんゆんに次ぐ紅魔の異端児である事を。

 ……だってなぁ、前世の記憶がある私が紅魔のそれをやると痛々しく感じてしまってどうも恥ずかしいのである。

 勇者と魔王ごっこはまぁ、分かる。だが、モンスターの軍勢を前にした紅魔パーティの名乗りを遊びにするのは流石に無理がある。

 せめて敵役を作れよ。何で全員ヒーロー側なんだよ。そこらへんに居た犬を適当に座らせて魔族の使い魔ケルベロスだなんて呼んで決め台詞を吐いてるんじゃねぇよ。

 あの中に幼少期の私が並んで遊ぶ姿がマジで見えなかった。

 割と本気でこいつら頭やべぇなとか冷めた視線を向けてた気がするわ。

 

「……紅魔族止めるかぁ」

「アウトローに生きると言っても限度がありますよおんおん!?」

「どっかに種族を変える薬とか売ってないもんだろうか」

「錬金術で作ろうだなんて思わないでくださいよ!? なまじおんおん優秀だから何となくで作っちゃいそうで怖いんですけど!?」

「……なるほど、その手があったか」

「ああっ! 私の馬鹿っ、余計な事を言ってしまいました!」

「めぐみんの発想は柔軟で良い事を言うから有難いな」

「褒められても今の流れだと嬉しくないです!?」

 

 だなんて姦しい会話を馬上で続ける事一時間ちょい。農村地帯から続く山の方へと駆けていく。

 そこはすっかり冬景色と言うべきか浅く雪の積もった場所へと降りてトレントを送還する。

 獣は臭いに敏感だ。新品な金属製の罠なんて張ったら普通にバレて避けられると聞く。

 なるべく風下に陣取りながら私の服の裾を掴むめぐみんを連れて歩いていく。

 

「ふぅむ、それらしい足跡がこっちに無いとなると少し深い方へ行ったみたいだな」

「分かるんですか?」

「ん、地面を見れば分かるが浅く積もってるだろう? 足跡が埋まるのはそこそこの時間が経たないと無理だろう。冬眠から目覚めた獣ってのは飢えを満たすために歩き回る傾向にあるからな。小動物が埋めたものや木の実を探そうと確実に痕跡を残すもんなのさ」

「へぇ、そうだったんですか」

 

 まぁ、割とメタな話だがソウル感知に引っ掛かってないってのが理由なんだけどな。

 それっぽい事を言っているだけで、依頼から数日は経っているだろうからそもそもこの森に居ない可能性だってあるのだから。

 目を閉じてソウル感知の感度を上げる。……ん、微かにそれなりにでかい反応があるな。これか?

 そちらの方向を凝らして見れば、黒い点のような何かが動いているのが見える。

 多分あれだなと当たりを付けてめぐみんを先導していく。

 一撃熊、そう呼ばれる所以はその巨体と爪の鋭さ、そして獰猛な性格をしている事が挙げられる。

 まぁ、実際に熊になんて出会ったら運が悪ければ一撃で大体死にかけるような気がするけども。

 黒い点であったそれが段々と丸みを帯びた球体になり、数十メートル先まで近付いた事でその全貌が薄っすらながら見えるようになる。

 ……いやぁ、よりによってヌシ級じゃんか、五メートルくらい? めっちゃでかいんだけど……。

 そりゃ冬眠も失敗するわ、木の実とかじゃ足りないだろ確実に。

 弓で射殺す予定だったけどもあそこまで大きいと皮下脂肪も厚くて刺さりきらない可能性があるなぁ。

 一撃熊の弱点は遠距離手段を持たない事だろう。

 近付いて爪で切り裂き、牙で噛み砕く。それぐらいしかできやしない。

 ソウルから鉤爪付きのロープを取り出し、近場の頭上の枝へと放り投げて引っかける。

 先にめぐみんに登って貰い、枝の上で待機して杖を構えて貰っておく。

 熊は木登りができるがすぐに登れる訳では無い。ある程度時間が掛かるので避難場所として枝の上は優秀な場所だ。万が一仕留め損ねた時には吹っ飛ばしてしまえば良いしな。

 

「はてさて、それじゃさくっと熊狩りでもすっかな、と」

 

 雪の下から掘り当てた小石を一撃熊の方へと投げれば、木の幹にやや高い音を立てて転がった。

 辺りを見回していた一撃熊が私の姿を見て動きを止め、咆哮を上げて四つ足で駆け出し始めた。

 私は口角を上げてそれを迎える準備をする。ソウルから取り出したクロスボウに矢筒から引き抜いた普通の矢をつがえ、一撃熊の眉間を狙い澄まして放つ。

 当然のように一撃熊はこれを見ているので避けようと顔をその巨体を揺らすように避ける。

 ――のが予測出来ていたので経験則からくる勘に従い二の矢を放つ。

 避けた顔の眉間に突き刺さるようにして後追いの矢が命中する。

 

「……普通はこれで死ぬんだけどなぁ。ヌシ個体だからしぶといか」

 

 通せなかったなこれは。一撃熊も眉間に額があり、皮膚の次は頭蓋骨が存在する。

 そのため、普通の矢では貫き通す事が出来ずに浅く刺さっただけなのだろう。その証拠に一撃熊が煩わしそうに顔を振れば突き刺さっていた筈の矢はあっさりと抜けて落ちていた。

 目を狙うか、首、重要な臓器、太い血管を射抜くかしないと殺せないなぁこれ。

 続いて三、四の矢を放つが掠る程度で上手く避ける。

 もしやこいつ、狩猟されかけた経験があるな? となると先程の一撃はあえて受けたのか?

 何だこの一撃熊こっわっ。覚悟決まってるってレベルの胆力じゃねぇ。

 うぅむ、弓縛りするには此方の弓が弱すぎるなぁ。しゃーない、ちょっとズルをするか。

 

「グゥオオオオオオォオオンッ!!!」

「はい、飛び付き見てからの『大発火』余裕ですよっと!」

「グゥアォッ!?」

 

 眼前に迫り来る一撃熊を冷静に見つめていられたのはこれがあるからだ。

 前の空間に生じる爆炎から生じる衝撃が一撃熊の巨体を弾き飛ばすように押しやる。

 ひっくり返って吹き飛ぶ一撃熊を見据え、矢をつがえてこの世界におけるバグ技を使う。

 

「これこそは禁忌の闇、母の慈悲にして、汝の自刃、『闇の刃』」

 

 矢を杖と見立て先端に人間性の闇を転じた漆黒の刃を形成し、質の良い矢じり代わりにする。

 そうこの世界においてダクソ3の呪術及び闇術は応用が利く。恐らくながらこの世界の魔法の性質と喧嘩してその在り方を変じているのだろうと推測できる。

 この世界はゲームの世界ではない、この世界は私にとって現実であり、この世界は変容を許容する。

 『ティンダー』に魔力を込めれば色が変化し火力が変わるのを知っているだろうか。

 『クリエイト・ウォーター』に聖なる力を籠めれば『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』と派生するように、この世界の魔法は自由が利く余地がある。

 多分、『ウインドブレス』と『ティンダー』を合わせた『ブレスティンダー』だなんて魔法も作れる事だろう。

 では、ただの矢と『闇の刃』を組み合わせたこれがどんな効果を発揮するか、御覧じろッ!!

 解き放った漆黒の矢は寸分狂う事なく、縦に一回転して腹を晒す一撃熊の心臓を貫く。

 そのまま勢いを失って漆黒の矢じりの無くなった矢が木に突き刺さった。

 

「終いだ。毛皮程度じゃこれを防げないだろうよ」

 

 『闇の刃』の威力を削ぐ事ができなければ殆どのものは障害物とならず貫通し切り裂く。

 やろうと思えば壁抜きもできてしまうこの『闇の刃』をただのでかい熊が耐えられる訳も無く。

 心臓を刃の形に穿たれ、体重を感じさせる重い音を立てて地面に倒れ伏した。

 

「おぉおおおお!! な、なんですか今の!? と言うか詠唱!? か、恰好良過ぎます……!」

 

 限界オタクめいた恍惚とした表情でめぐみんが後ろの方で褒め称えてくれる。

 ふふん、そうだろうそうだろう。私は知っているんだ、こういうの好きだよなめぐみんは。

 ……まぁ、詠唱の内容は説明みたいなもんなんだけどな。色々と解釈できる文だよなぁと当時感慨深く思ったものだ。

 枝の方からするするとロープで下りためぐみんが私に抱き着くようにして興奮気味に聞いて来る。

 ふふふ、最近めぐみん成分が補給できてなかったからな。

 こうして私の株を上げておく良いチャンスだった。

 すまんなヌシ一撃熊。お前の血肉は今晩の鍋に使って供養してやるからな……。

 

「……そう言えば、この一撃熊見た事無い大きさなんですけど血抜きできるんですか?」

「……無理、かなぁ」

「ですよねぇ……」

 

 私たちを足しても足りないであろう巨体の重量。

 ……ソウルに仕舞って、屋敷で捌くかぁ。アンナに吊り上げさせれば良いだろう。

 別に此処に呼び出しても良いのだが、まだ外に出るのは無意識に怖がってるみたいなので配慮してやるか。

 このヌシ一撃熊ならアンナも満足する事だろうよ、多分。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。