この素晴らしい世界に呪術を!   作:不落八十八

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3話

 めぐみんと私を見送りに来てくれたらしいふにふらやあるえたちに別れを告げて、私たちは紅魔の里からアルカンレティアへと転送されたのがつい先程の事だ。

 

「アルカンレティアはベテラン冒険者の街……それがギルドのクエストにまで波及しているとは思わなんだ」

 

 レベル制限によりめぐみんが脱落し、クエスト達成率により私が脱落し、見るも無残な事に私たちの冒険は止まってしまった。依頼はあれど受ける資格が無いため、ソロすらもできないと言う有様に私たちは出鼻を挫かれ、一先ず取った旅館の部屋で項垂れていた。

 幸か不幸か、もしもめぐみんが転送代を稼げなかったらと用意していた三十万エリスによって一か月程暮らすには十分な土台があったのが幸いした。

 

「くっ……! 我が最強魔法たる爆裂魔法がそもそも発動すらさせて貰えないとは……っ!」

「ほんと誤算だったな。討伐系の依頼であればめぐみんも輝けたんだがな」

「そうですよ! それなのに……! それなのにぃ! なんで依頼を受けられないんですか! せめておんおんさえ受けられれば追従できたのにそれすらもできないだなんて!」

「すまないなめぐみん。里にはギルドが無いからな……。ギルドも冒険者の死亡率を下げるために配慮した措置だろうし、諦めて別の手段で金策をしなくてはな」

「……私、里でのアルバイト全滅したんですけど」

 

 まさかのカミングアウトに目を見開く。では、どうやって三十万エリスも集めたんだ。

 今思えば確かに不思議ではあったのだ。変にプライドの高いめぐみんが平々凡々とアルバイトで稼げるかと思えば首を傾げざるを得ないのだから。

 

「ではあの三十万エリスは……そうか、カンパして貰ったのか。友人の多いめぐみんだ、成程なぁ」

「……ちょむすけを買い取ろうとした女悪魔から結果的に奪いました」

「……冗談きついぞめぐみん。では、なんだ、君はちょむすけを売ろうとして代金を貰う際に女が悪魔である事が露呈して大騒ぎになり、最終的に残されたそれに手を出したのか。相手は悪魔だぞ、窃盗や強盗などで奪い取った金だったらどうするんだ」

「あっ」

「考えてすらいなかったのかっ!? うぐぐ、やはりめぐみんには情操教育を施す必要があるようだな……」

 

 いやまぁ、盗難品の行方を捜すのは難しいか。ましてや物品では無く貨幣だ。見つかる術も無ければ当てもないから今回は仕方が無いか。一つ溜息を吐いて肩を竦めた。

 

「まぁ、めぐみんの性根は良い子だからな。今回は釘を刺すだけにしておくが、もう少し考えて行動をしなくちゃ駄目だぞ? 何処ぞの貴族の宝物を押し付けられてなんやかんやで処刑とか普通にあるんだからなこの世界。取り敢えず宿代とかは負担しておくから、午後にでも馬車代を調べて金策をするぞ。労働組合に登録する事も視野に入れなければな……」

「うぅ、おんおんが居てくれて本当に良かったです。軒並みバイトが全滅してお腹を空かす未来が見えた気がしましたし……」

「ううむ、めぐみんは器量は良いし容姿も良いのだからプライドを張らねば普通にバイトできると思うんだがな……。客の言う事だなんて話一割で聞き逃せば良いんだぞ? やっかみをかけてくる奴は大抵そう言う事をしないと自分を保てない可哀想な奴なんだから」

「地味に辛辣ですねおんおん……。随分と実感がこもっているというか」

 

 糞みたいなクライアントの仕様変更を断った際の遣り取りだなんてそんなものだ。何が「別のところに持ち込んでも良いんだぞ」だ。ならさっさとそこに回せよ、この糞みたいな内容をまともに取り扱ってくれる場所は三流以下のブラックくらいだっつの。

 ふつふつと前世の苛々エピソードを思い出してむかっ腹が立ち始める。仄かに瞳が灯っているのか周囲に赤い光源から帯びる影が見える。

 

「あの、おんおん? 落ち着いてください。そ、そうだ! お風呂に行きましょう! この宿にも温泉が付いているのですから使わないのは勿体無いですよ!」

「……ふぅ、それもそうだな。温泉は何度行っても良いものだ。この濁り腐った感情も流しに行けばちったぁマシになるだろうよ」

「ひぃっ、あの温厚なおんおんが口調が崩れて恐ろしい事に……っ。いったいなにがあったんですか貴女に……」

 

 お風呂セットを取り出しつつ、何やら戦慄しているめぐみんを連れて温泉浴場へと向かう。前世でもよくある旅館の温泉と言ったところで、男女に分ける暖簾をくぐれば仄かに温泉の香りらしき匂いが鼻先に漂ってくる。

 カルラ衣装を脱ぎ去り、すっぽんぽんになった私は恥じらいから白い手拭いを前面に持って恥部や胸を隠す。めぐみんのようにバスタオルを巻いても良いのだが、後で持ち運ぶ事を考えると大きいので面倒な事もあって手拭いを使っていた。

 

「準備万端ですね! では早速向かいましょう! そうしましょう!」

「お、おお、分かったから肩を押すなめぐみん。温泉の床は滑りやすい事で有名なんだぞ」

 

 強アルカリ系の温泉だと足の角質が溶けるからそれで滑りやすいんだったか。

 私の背はめぐみんと横並びすると拳半分程小さいので押されると耐えられん。いやまぁ、本気で踏ん張れば耐えれるがそれをする場面でも無いしな。

 単純に初めての温泉にめぐみんもテンションが上がっている様子であるし、それに付き合ってやるか。……にしては何か必死のような気がするが、はて?

 戸を開いてTHE温泉と言った石積みの浴場に辿り着き、身体の汚れを落とすために桶にお湯を汲んで流す。めぐみんが即座に入ろうとしていたのでマナーを説き、横並びになって身体を洗う。

 ちゃんと言い聞かせれば従ってくれるめぐみんは良い子だな。……なんで母性を会得しているんだ私は。同年代の娘が居るとか可笑しいからな物理的に。

 

「ふぅ……、良い湯ですね……」

「そうだな……、心が洗われるようだ……」

 

 二人で肩を並べて温泉に浸かる。じんわりと身体の芯が熱を帯びていくような心地につい呆けた声が漏れてしまう。やはり温泉は良いものだな……。

 この世界は割と衛生が確りしており、中世のように汚物が窓から投げ捨てられたり疫病が発生しそうな悪環境が存在していない。それどころか領営の大衆浴場が大体存在しているぐらいに衛生的な環境が整っている。

 大きな岩を組んで作られたこの浴場を見る限り、過去に転生してきた日本人が色々とやってくれたのだろう。そうじゃなかったらテルマエ式か、サウナ辺りが主流の筈だ。

 ……まぁ、この世界の常識は私たち異世界人にとってマジでファンタジーなので全てを理解しようとすると宇宙猫しそうになるが。

 ほんと、なんで野菜が空を飛んで襲い掛かって来るんだろうなこの世界……。活きが良いってレベルじゃないだろ本当にさぁ……。

 

「さて、めぐみん。今後の事でも少し話そうか」

「えぇ、構いませんとも」

「一先ず、此処を拠点にして金策をする。正直、一撃熊や暴れ猪とかぐらいなら私でも一人で倒せるが、それをしたところでギルドでの実績にはならないから冒険は今回は無しだ」

「因みにどうやって倒してたんですか?」

「ん、木に登ってから弓で頭を狙って一匹釣ったら魔法で地の利を取って嵌め殺してたぞ。『混沌の火の玉』を習得してからは正面から狩ってたな」

「おんおん、弓も出来るんですか?」

「ある程度はな。なるべく一対一を心掛けて、相手に何もさせないように倒すのがジャイアントキリングの鉄則だ。群れてるのは囲まれて嬲り殺されるのが目に見えてるから手を出さない。手を出すにしても一匹ずつ釣るんだ」

「へぇ……、結構考えてるんですね」

「まぁな。爆裂魔法のように広範囲高威力とはいかないから、それ相応に考える必要がある訳だ」

 

 うんうんとめぐみんが非常に嬉しそうに頷いているが、一発だけ撃ったら終わりの戦術魔法と一緒にするのは畑違いと言うものだぞめぐみん。

 実際、めぐみんの爆裂魔法を活かすのであればそれこそ軍団と軍団がぶつかり合うような規模の戦闘を想定しなくてはならない。または、大型のモンスターを迎え撃つ際の固定砲台としての役割くらいだろう。

 何せ、一発撃てば森林が更地どころかクレーターが出来上がるくらいの超威力だ。魔法を通さない耐魔力障壁とかを纏っていない相手であれば確殺の威力を誇るだろう。

 ううむ、案外里で魔王軍が群れている時にニート共もとい遊撃部隊の後ろからバカスカ撃たせてやった方が経験値になったのではないかと思えてくる。

 まぁ、それをすると向かってくる魔王軍が軒並み確殺するから襲撃の頻度が減って何故か里から顰蹙を買いかねないが。

 

「さて、話は戻すが基本的にアルバイトを軸に貯めて行こうと思う。女将さんに尋ねてみたがアクセルまでの道のりは短いらしいから基本的に馬車が主流なんだそうだ。案外、直ぐに行けるかもしれないな」

「ある、ばいと、ですか……」

「そう言えば、里では全滅したって言ってたが、具体的に何が原因だったんだ?」

「その、私は生まれつき魔力が高いようで、そのコントロールを学ぼうにも爆裂魔法しか取ってないのでどうしようもなく……」

 

 ……成程。となると、案外爆裂魔法はめぐみんの適性魔法だったのかもしれないな。

 膨大な魔力を必要とするが故に、使いこなせないとされてきた爆裂魔法。それに憧れ、ついに習得まで果たしためぐみん。うむ、運命的な出会いだったのかもしれん。

 

「ふむ、だが、魔力を使わない仕事だってあっただろう。飲食店とかなら問題はあるまい」

「その……、ふにふらたちに揶揄われまして、売られた喧嘩を買ったりしていたらクビに……」

「……プライドの高さが仇になった訳か。ふぅむ、となると此処でも子供の手伝い扱いされて逆切れしてクビになる未来が見えるな……」

「言わないでください……ぶくぶくぶくぶく」

 

 自分でもその光景が浮かんだのか不貞腐れてしまい、目元の手前まで潜水してぶー垂れてしまった。ううむ、めぐみんとてまだ十三歳の女の子だ。子供であるのだから感情のコントロールが上手くいかないのも仕方が無い。

 不貞腐れてしまっためぐみんの頭を撫でて宥めながら、どうしたものかと思案する。めぐみんが撫でられた当初は若干抵抗していたが、潜水を止めてからは目を瞑って甘え始めていた。

 後でご機嫌を取るために久しぶりに耳かきでもしてあげようか。お手製の耳かき棒を作ってからしょっちゅう強請られたものだが、こめっこに見られてからは自重するようになったからな。

 

「ふむ……、ならばやはり……、こっそり街の外でモンスターを狩って素材を売り捌くか。または、簡単な露店を出して料理でも売るか」

「前者は流石にギルドにバレたらまずくないですか?」

「それもそうだな。では、後者を取ろう。モンスターを狩って食材費を浮かせて利益を出すか」

「それって大分グレーなのでは……」

「いや、大丈夫の筈だ。ギルド的に問題視するのは高価な素材を秘密裏に横流しされる事だからな。比較的安価なモンスターを狙って、串焼きか何かにして露店で売れば問題無いだろう。ちゃんと営業許可も取ってな」

「下りなかったらどうするんです?」

「そうだな、最悪の場合個人の商売人に直接交渉して馬車の護衛としてアクセルに向かおう。……ただまぁ、私たちの身形で信用されるかは別としてだが」

「いや、おんおんのカードを見せれば良いのでは?」

 

 可愛らしく小首を傾げためぐみんの案にハッとする。それもそうだ。ギルドでも私の冒険者カードを見せれば問題無かったかもしれない。ここ数年で狩り尽くす勢いで暴れ猪を筆頭に里周辺の獣系モンスターを狩っていたのだから実績の代わりになったかもしれなかった。

 

「……すまないめぐみん、里で狩猟するのは日課のようなものだったから感覚が狂っていたみたいだ。私のカードを見せれば依頼を受けられたかもしれない」

「あっ……。ま、まぁ、選択肢が増えたから良いじゃないですか。荷馬車を守る用心棒。そっちの方が手っ取り早くアクセルに向えるでしょうし、良い案だと思いますよ!」

「ふふふ……、ありがとうなめぐみん。二人で来て良かったな。私一人では思いつかなかったかもしれん」

「……私も、おんおんが居てくれて良かったです。寂しくないですから」

 

 あぁもう、何でそんな可愛い事を言うんだこの娘は。思わず抱き寄せてぎゅっとしてしまった。されるがままにめぐみんも私に寄り掛かるように抱き寄せられてくれた。

 

「うぅ、恥ずかしいですよおんおん」

「ふふふ、すまないな。めぐみんが愛おし過ぎて感極まってしまった」

「別に良いですよ。私とおんおんとの仲じゃないですか」

「それもそうだな」

 

 腕を外すとめぐみんはこてんと私の肩に頭を乗せて甘えてくる。昔から隣り合って座るとこうして甘えるように身を任す時があった。

 私と知り合うまでは家の貧困事情で外に出て食べ物を探し回っていた事もあり、基本的に誰かに甘える事をしない性格だったからだろうか。

 空腹に苛まれてゆいゆいさんに助けを求めるも「ごめんね」の一言で思いの丈を口にする事も出来ず、あの日森で狩った一撃熊の血抜きをしている時に出会っためぐみんはそれはもうやつれていた。

 慌てて駆け寄った時の軽さに本気で心配したっけなぁ。それからめぐみんとの交流が始まり、森の中で一人で暮らしていた私の生活に彩りが生まれた。

 めぐみんは私を命の恩人だと言っていたが、私もまためぐみんに救われた身である。

 一人だけの生活で前世の社会人生活を思い出してしまい、何をやるのも億劫になり、ただひたすらにモンスターを狩る事だけを愉しみに生きていた擦れた頃だったから尚更にだ。

 擦れていく精神を癒してくれたのは、美味しそうに食べるめぐみんが魅せた笑顔だった。

 

「……そろそろ出ようか」

「そうですね、十分に堪能しましたし」

 

 心の奥まで温まった心地で浴場を出る。身体を拭いて浴衣を着た私たちは湯冷めしないように一度部屋に戻り、まったりとした時間を過ごした。

 何だかんだ部屋でごろごろしてしまい、結局午後は部屋で時間を潰して終わってしまった。少し長湯だったからか若干逆上せてしまっていたのかもしれないな。

 夕飯は部屋ではなく食堂でのバイキングだった。本格的に前世で旅館に泊まった感覚に陥りつつあり、明日は何処を観光しに行こうかと話を弾ませてしまったのは御愛嬌だ。

 その後はもう一度温泉に入り、部屋でめぐみんに膝枕をして耳かきをしてやり、途中で寝落ちしてしまったので苦笑して敷き布団に寝かしつけてあげた。

 

「……明日はもっと良い日になるよね、めぐみん。……なんてな」

 

 幸せそうに眠るめぐみんの頭を撫でた。就寝したのが早かった事もあり、翌日は二人して早く起きてしまったのは笑い話だ。

 浴衣から洗濯して乾かした一張羅に身を包み、準備万端で宿から出たのだが……。

 

「どうか! どうか皆様の清き信仰心をアクシズ教に! 信徒一同笑って暮らせるアットホームな信教です!」

「信仰経験不問! 未信仰者歓迎! 学歴年齢不問! 皆にこにこアクシズ教に是非入信を!」

「アクシズ教に入ると高収入に期待できますよ~! 勿論、今なら頑張りに応じて好待遇をお約束します!」

「アクシズ教はノルマも残業もありません! あなたの頑張りをしっかり評価! さぁ貴方もアクシズ教徒になりましょう!」

 

 何処ぞのブラック企業のキャッチコピーめいた勧誘をアクシズ信者たちが広場で行っているようだった。

 そういや水の女神アクアを信仰する紅魔族よりも頭のやばい事で有名なアクシズ教団の本拠地は此処アルカンレティアだったな。一心不乱に勧誘しているが、普通説法を説いて胸打たれて入信するのが信教と言うものではなかったろうか。

 何故怪しいサークルみたいな感じで勧誘しているのだろうか。

 

「うわぁ……、これが噂のアクシズ教徒なんですね……」

「朝からお疲れ様な事だな。アレで入る奴の頭の中を見てみたいものだ」

「今なら食べられる石鹸が付いてるみたいですよ」

「……新聞勧誘じゃねぇんだからさ」

「呆れてものも言えませんね……」

 

 まったくだ、と二人して肩を竦める。すると足首辺りに何か柔らかいものが触れた感覚があった。見やれば額に紅十字のある背中から小さな黒い羽根の生えた黒猫が居た。

 ……この世界の猫って羽根生えてるんだな、初めて見たんだが。

 やけに人懐っこい黒猫を抱き抱えて見れば首輪をしていないようでどうやら野良猫らしい。

 

「ふむ、うちの子になりますか?」

「んにゃぁ」

「あれ、ちょむすけじゃありませんか。確かこめっこに食べられないようにゆんゆんに託したのですが……」

「ちょむすけ? ……いや待て、その話が本当なら」

 

 胸元にちょむすけと言う珍妙な名前を付けられた猫を抱き抱えてから辺りを見回す。すると幸薄そうな巨乳の少女が勧誘に右往左往しているのが目に入った。

 ……何してるんだゆんゆん。まさかと思うがライバル視しているめぐみんを追ってアルカンレティアまで態々来たのだろうか。

 

「ん? おんおん何を見て……、えぇ……。何故ゆんゆんが此処に?」

「さぁ、案外寂しくて追って来たんじゃないか? 人気者だなめぐみん」

「……理由が否定し辛いですね。ゆんゆんですし……。毎日顔を見ていた私が旅に出たから寂しさを理由に族長修行と称して後を追う可能性は否定できませんね……」

 

 二人して可哀想なものを見る目でゆんゆんを見守ってやる。何やら勧誘に揺れていたゆんゆんだったが、ちょむすけが居なくなったのに気づいたのか慌てた様子で辺りを見回し始めた。

 そして、生暖かい視線で見守っていた私たちの姿を目にしたのだろう、満面の笑みを浮かべたかと思うとちょむすけを見つけて安堵するように胸に手を当ててほっとしているようだった。

 

「あぁ! 良かった! ありがとうおんおん。何時の間にか抜け出してたから探してたの」

「あぁ、それは別に良いんだが……。ゆんゆん、君は随分と寂しん坊なんだな」

「ち、違うから! 別にめぐみんが旅に出て話し相手が居なくなっちゃって寂しかったから追って来た訳じゃ無いから! しゅ、修行なの! 中級魔法じゃ里の周りのモンスターを倒せないから仕方なくアクセルで頑張ろうって思って!」

「ふっふっふ、皆まで言わなくて良いですよゆんゆん。私と言うライバルが居なくて寂しかったのでしょう。ちゃんとわかってますから」

「うぅぅ……、そ、そんな目で見ないで……」

 

 お姉さん振っためぐみんの生暖かな視線に耐えられなかったのか、自爆して白状したゆんゆんは顔を手で覆ってしまった。どうしたものかとちょむすけを見やれば、にゃぁと返って来たのでにゃぁと返し、取り敢えず頭に載せて置く事にした。

 ……おぉ、何となく乗せてみたが体幹が確りしているのかちょむすけはピッタリとフィットして良い感じだった。

 めぐみんは帽子を被っているので何となく真似してみたが、これは案外良いかもしれない。何よりも柔らかなお腹が頭に乗っかっていると言うのが素晴らしい。

 人懐っこいし良い子だなちょむすけは。後でおやつとして何か買って上げなくては……。

 

「いやなにメロメロになってるんですかおんおん……」

「わぁ……、おんおんの顔が緩んでるの初めて見たかも……」

「む、悪いか。私は猫派だからな。可愛い猫がこうも大人しくしてくれているんだ、愛でなくてはなるまいて」

「まぁ、確かにちょむすけは野生の猫なのに随分と賢いですけども……」

 

 二人の視線が頭の上のちょむすけへと注がれる。いやまぁ、明らかに何か混ざってるだろうなこの猫……。ソウルが無垢なのに淀んでいると言う矛盾を孕んでいるし。

 いや、淀みから生じた無垢と言うべきか。本来あるべき混沌が裏表で分かれたような、そんな感じがする。

 ……まぁ、可愛いからいいか。

 

「そう言えばゆんゆん、アクセルまではどうするつもりだ?」

「へ? 普通に乗り合い馬車で行くけど……。そこまで高くないし、二日くらいで着くみたいよ」

「へぇ、ならめぐみん。数日くらい観光をしてから行こうか。普通に手持ちで足りそうな気がするしな」

「そうしましょうか。なら温泉巡りと洒落込みましょうおんおん。……あ、ゆんゆんちょむすけを連れて来てくれてありがとうございました。お帰りはあちらです」

「何でよ!? 此処まで来たら一緒に行動させてよ!? まだ来たばっかで温泉楽しんでないし!」

「……だそうですよおんおん、どうします?」

 

 悪戯っけのある小悪魔微笑を浮かべるめぐみんと、置いてかれないよねと縋るような瞳を向けるゆんゆんの視線が私に集まる。

 いやまぁ、普通に付いて来て良いのでは無かろうか。それが分かっているからめぐみんも勿体ぶっているだけだろうし。

 

「それじゃ、ゆんゆんも一緒に極楽温泉ツアーに出発しましょう」

「ほ、ほんと! やった、やった! お友達と温泉でまったりするって言うやりたいリストの一つが叶う!」

「……もう何も言うまい。おいめぐみん、どうしてこうなるまで放置していたんだ」

「いやいや、絶対私のせいじゃありませんって。サボテンを友人と呼ぶ子ですよゆんゆんは。ぼっちを拗らせているだけでしょう」

「拗らせてないわよ! 私だってお友達はちゃんと居るんだから!」

「私とおんおんを除いて何人居るんですか?」

「それはっ、それは……、…………その、私が勝手に友達って思ってるだけで相手はそう思ってないかもしれないし……」

「分かった、この話題はもう止めだ。はい、やめやめ!」

 

 拗らせ過ぎだろゆんゆん。確かにクラスメイトを友人と豪語する奴や知り合いと分類する奴が居たりするが、そこまで卑屈になる必要は無いだろうに。

 喜んだりしょんぼりしたりと忙しないゆんゆんに小さく肩を竦める。

 めぐみんの話を聞くに、ゆんゆんは真っ当な感性を持つ少女だ。里の外の、と枕詞が付くが。

 中二病みたいな台詞に対して大慌てで心配したり、人の好さが災いして疑う事無く信じて場の空気を凍らせたりする程に、致命的なまでに里の感性と反りが合わない。

 そのせいで私がおかしいのだろうか、と言う疑心暗鬼が取り付いてしまっているのだろう。何とも難儀な事だ。何せ、皆が楽しいと言う事を愉しめないのだから。

 幼い頃から疎外感に苛まれ、同学年の少年少女を見て自分の可笑しさを自覚したのは何時だったのだろうな。きっと、こんな風に拗らせるくらいだ、物心付くぐらいの頃では無いかと憶測する。

 そこに次期族長と言う重荷も乗っかっていたとしたら……、拗れるのも無理も無い気がする。

 

「ほら、ゆんゆん」

「あ、う、うん」

「仕方ありませんね」

 

 ゆんゆんの両手を私とめぐみんで片方ずつ握ってやり、温泉巡りのために引っ張って行く。おどおどとしていたゆんゆんだったが、手を繋ぐと言う仲良し行動に感極まったのか良い笑顔を浮かべていた。

 

「素晴らしいわ! こんな尊い光景を見られるだなんて、女神アクア様の思し召しだわ!」

 

 さぁ温泉へ、と足を踏み出したタイミングで横合いから女性の声が聞こえて来た。そちらを見やれば、頬を押さえて恍惚とした表情で此方を見やる女性が居た。

 そこら中で見かける青い修道服からしてアクシズ教の人だろうか。行動と言動がまんま限界オタクと言った様子だが、はて。

 

「そこの姦しいお嬢さんたち! 良かったら美味しいご飯を食べながらお喋りしない? 今なら美味しそうなパンが沢山あるの!」

「え、いや、私たちは温泉に……」

「まぁまぁ、そんな事言わないで、このセシリーお姉ちゃんに任せなさい! さぁ、教団本部にご案内!」

「ちょ、手を、こらっ、手を放せ、って何だこいつ力つよっ!?」

「うへへ、儚げ美少女と手を繋いじゃったわ、もうこの手洗わないんだから」

 

 私の空いた手を握り、しかも恋人繋ぎにしてるからがっちりと掴まれて逃げ出せない。

 そうだった、プリーストと言う職業はモンクに派生できる程に武闘派でもある。前衛にもなれるのがこの世界のプリーストだ。

 メイスを振るう職業の力が弱い訳も無く、私たちは引き摺られるかのようにセシリーの歩みに同調を余儀なくさせられていた。

 所々言動が危ういのだが、ロリコンの気があるんじゃないかこいつ……。

 いざと言う時は焼き払おう、そう胸に決意して私は諦めた。言動は怪しいが此方の歩幅に合わせたり、アルカンレティアの名所を遠目ながらに説明する姿は誠実そのものだった。

 まぁ、ちょっと個性的な案内役でも雇ったのだと自分を誤魔化す事にした。この人、黙ってれば美人なお姉さんなんだがなぁ……。


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