この素晴らしい世界に呪術を!   作:不落八十八

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31話

 先日のデコイ定点狩りでの失敗を踏まえて安息日にした朝方の事だった。

 朝からパンケーキを焼いて珈琲と一緒に優雅な朝ごはんにした事で少し気分が良かった私は、何やら冷や汗を流して一枚の手紙を手元に置いて目線を泳がすダクネスさんの様子がおかしい事に疑問に思っていた。

 それはまるでカード金融会社の支払日を一日間違えて覚えていて、ギリギリに振り込みに行った挙句に未決済となり使用を止められた翌日の日のような焦りっぷりであった。

 その一枚の手紙は高級そうな様子であり、そして何よりもダスティネス家の紋章の封蝋がされている事から実家から送られてきていたのだろう。

 ……で、何でそれを見て今更思い出したかのように青褪めているのだろうか。

 

「こ、これはその……。……見合い話だ」

「……は? すまない、もう一度言ってくれないか。わたしは、いま、しょうきをうしなおうとしている」

「ま、待ておんおん! 私だってこんな事を言いたくは無かったが、巧妙に嵌められてこんなタイミングになってしまったんだ! それもあれもこれも全部私の親が悪いんだ!」

 

 まぁ恋人の言う事だし、一旦落ち着いて聞きに徹して見れば何と言う事だろう、手遅れであった。

 何でもこれは数日前に送られてきていた手紙であり、色々と忙しかった事もあり読むのを後回しにしていたようだった。

 そして、こうして安息の時間が取れたので思い出して読んでみれば、冒険者稼業を続けるのであれば条件を付ける、と言う題目でお見合いをするように命じられたらしい。

 ダスティネス家においてダクネスさんは一人娘であり、高齢出産かつ難産であった事から跡取りが絞られている状態である。

 要するに、死んだらダスティネス家の血筋が途絶えるから産む準備はしておいてね、そのためにも縁談を持って来たから会うくらいはしてね、縁談を結ぶ事を強制はしないがお見合い自体を蹴るのであれば冒険者稼業はそこで終わりにさせるから覚悟しておいてね、と言う内容だったらしい。

 そして、そのお見合いの日が……今日の午後であるらしい。

 相手はアルダープの養子の息子であるらしいバルターと言う青年だった。

 

「……あぁ、成程な。先日の一件でアルダープが地獄に出荷されて、繰り下げでこのバルター青年が領主になったから力添えが欲しい訳だ。んで、あの親とは違って品行方正で紳士的な外面と中身をしているからダクネスさんのご両親がこれ幸いとお見合いを受けた訳か」

「……すまないおんおん。まだ両親におんおんの事を伝えていなかった私のミスだ。そう言う事もあって力を貸して欲しいのだが……って、何で皆黙っているんだ?」

 

 朝の団欒と言った具合にリビングでこの話をしたもんだから、ダクネスさんが大貴族ダスティネス家の令嬢である事を知らない面々は度肝を抜かれていた。

 時折私とダクネスさんを見比べるあたり、えっ、この変態が貴族の娘? でもってこの状況おんおんの琴線に触れててやばくない? と言う心境なのが見て取れる。

 ……最近のダクネスさんは変態じゃないぞ? 被虐性癖も表に出す事はしなくなり、耐久極振りの女騎士めいた冒険者として認識されているのだから。

 え? 裏ではどうなのかって? それはまぁ、裏話となるので此処では話はすまい。

 

「嘘でしょう、ダクネスがあの王都でも一大貴族のダスティネス家の令嬢だったなんて……」

「でも言われてみればあの金属鎧とか良い値段するでしょうし、所作も上品で容姿も整ってるし、あの奇行さえ無ければ立派な貴族令嬢だと思うわよ?」

「ううむ……、皆の見る目が変わってしまうのではないかと思って黙っていたのだが、案外軽いな……」

「そりゃまぁ、おんおんの恋人な訳ですし、今更だと思いますよダクネス。何せ、私も含め二人も女の子を娶る予定なのですから、それ以上のインパクトってそうそう無いと思いますよ?」

「私としては女の子同士で恋愛って言う部分が良く分からないんだけどね……、めぐみんが、めぐみんが遠くに行っちゃった……」

「いや、ゆんゆん、地球には、俺のかつての故郷にはこういう名言がある。女の子は女の子同士、男の子は男の子同士恋愛をすれば良いと思うの、とな。……あ、俺はノーマルだから男はノーセンキュー。そういう趣味はまぁったくないからな!」

 

 そんな和気藹々とした雰囲気にダクネスさんの表情が軽くなる。

 いやまぁ、このパーティ転生者二人に元女神一人に紅魔族二人だぞ?

 十二分に濃い面子なのだからそこに貴族令嬢が混ざっても薄まる訳が無いのだが。

 

「では、改めまして、私の名はダスティネス・フォード・ララティーナ。ダクネスと言うのは身分を偽るための冒険者としての仮の名前だった。……そうだな、これからはララとでも呼んでくれ。それが私の愛称なんだ、仲の良い皆にはそう呼ばれたい」

「そう言えば時折おんおんがダクネスの事をララって呼んでたのって……」

「あぁ、その事ならめぐみん、とっくの前におんおんは知っていたからな」

「ふーん、そうですかそうですかー。……随分と前からこっそり付き合ってたんですね」

「うぐっ、そ、それはだな……、いや、否定はすまい。ただ、あれを彼氏彼女のそれと言って良いのかは別としてだが……」

「どーせ、私たちの知らない場所でくんずほぐれつしてたんでしょう。被虐願望マシマシの変態クルセイダーが、今じゃ立派なメイン盾じゃないですか。どんだけえげつない事してたんだか……」

 

 おぉっと、めぐみんが拗ねてダクネスさんもといララとの修羅場が始まってしまった。

 いやまぁ、うん、最初から健全なお付き合いをしていた訳じゃないし、お互いの性欲と性癖を満たすための関係から発展した訳だし、後ろめたさがありありなのでそっと視線を反らさずには居られなかった。

 まぁ、それがきっかけで白状したようなものなのだが。

 めぐみんがぷくぅーと頬を膨らませて本格的に拗ねてしまったので、ご機嫌取りにソファに座るめぐみんの後ろからあすなろ抱きする。

 

「すまないな、私とて元男で色々と持て余してたんだ。流石にそれをめぐみんにぶつけるのは年齢的にアレだったから、つい、な。いやまぁ、否定はしない。私はそう言う目でめぐみんを見ていた事もあったからな。だから、そう気を落としてくれるな。今はめぐみんだって私の大切な恋人なんだから」

「う、むむむむむ……、し、仕方ありませんねぇ。夫の移ろい易い心を射止めるのも妻の役目ですからね、ここは絆されてあげます。……だからちゃんと釣った魚には餌をやるんですよおんおん」

「……はい、ご希望通りにしましょうとも」

「えへへ、ゴネ得ですね、ゴネ得。えへへ……」

 

 私の後ろから肩に回した腕に頬擦りして喜ぶめぐみん。機嫌を持ち直したと判断して良いだろう。

 あっぶねー、めぐみんが懐のでかい恋人で良かった。

 いやまぁ、世間一般的に二股野郎な訳だし、愛を分配する量を間違えてはならない訳だ。

 この世界普通に一夫多妻制なんだけどな、貴族社会だし。それが市民に適応されるかどうかは個人の判断であるが。

 何処ぞのミツルギくんのように複数の女性を侍らす男性も冒険者には多くない。

 むしろ、そう言う所が緩いパーティでは男女間の恋愛を抜きに、体の関係を持つパーティもあるらしい。

 最初から不和の種になるのならそうならないようにしようと考えるのは分かるが、乱交は如何なものかと思うけどな……。

 そう言うのは所謂ヤリパーと言われているらしく、羨ましがられる一面もあるものの相手を許容する懐も無いといけないので難しいところである。

 美男美女で固まっていれば良いが、現実的におっさん、青年、おばさん手前、少女、みたいな何処となく後ろめたさのあるパーティや、おっさん、おっさん、おっさん、少女みたいなパターンもあるとか無いとか。

 因みに最後の組み合わせはおっさん×おっさん、おっさん×少女であるらしいので、実質健全だな、うん。

 ……おっさんと少女の間に血縁関係があるってのが一番の闇だけどな。親戚の関係らしいが。

 明らかに逃避行……、よそう、他所のベッドを探ったところで闇しか見えん。

 まぁ、それは比較的人口の多い王都周辺で、このアクセルのように独身が多い所もあるんだけどな。

 ……思春期時代からサキュバス店に通ってたらそりゃリアルの女性に目を向けないよなぁ。

 

「……ふぅ、それで、ダクネス……じゃなかった、ララはこれからどうするんです? お見合いであるなら断ってしまえば良いじゃないですか」

「いやまぁ、そうなんだけどな……。本当ならおんおんの事を紹介してから断りたかったんだが、このタイミングで言うと噓臭く感じないか? お見合い当日に、女性の恋人が居るって、そう言う素振りが一切無かった娘が言うんだぞ?」

 

 ララのやや誇張した説明にあぁー……、と言う納得の声が重なる。そりゃまぁ、そうだよなぁ。

 だからと言って代打にカズマくんを起用するにしたって、ただの冒険者だから箔も無いしそれこそ嘘臭さで鼻で笑われてしまう事だろう。

 でもまぁ、する事は変わらないんだけどな。

 

「まぁ、取り敢えず、普通に断って、事が終わったら私を紹介すれば良いだろう」

「……そうだな。と、言う事でおんおん準備してくれるか? 既に屋敷の前に馬車が来ているからな」

「そう言う事はもっと早く言え……。はぁ……」

 

 手紙には近況を知りたいと言う事でパーティの皆も呼ばれているらしいので、慌てて私たちは自室に戻ってそれらしい服装に着替えたのだった。

 華美な装飾の無いダークドレスに身を包んだ私、その色違いの紅色のドレスを着ためぐみん、普段着にしているらしい里の制服のゆんゆん、後は普段通りのクエストに出掛ける恰好のカズマくんとアクアさんを連れて、大きな馬車に揺られてダスティネス家へと向かう事になった。

 一応、今回は私を仮のパーティリーダーとする事で、パーティに箔を付けておく事にした。

 流石に娘のパーティのリーダーがただの冒険者の少年ってのは親御さん的にも心配になるしな。

 これでも一応アクセルの英雄と呼ばれる私だ。

 ネームバリューと言うのはこう言う時に使うものだと相場が決まっている。

 まぁ、ダスティネス家の質実剛健な目立たない程度に華美な屋敷を見て、改めて自分が市民側である事を痛感したのだけれども。

 中央に面する場所に存在するララの実家、……意外と近い所にあったんだな、と思うべきか、ララがそこまでお転婆では無かったのだと褒めるべきだろうか。

 親の目の届く位置に居る辺りララの心根の良さが分かるというものだ。

 ……その業の深い性癖は見なかった事にするとして、だが。

 

「おかえりなさいませ、お嬢様。この爺、お嬢様のお帰りを首を長くしてお待ちしておりました」

「やめてくれセバス。普段なら兎も角、今はお嬢様扱いはやめてほしい。ほら、見てみろ、弄り甲斐のあるネタを掴んだとほくそ笑んでるだろう……」

「ほっほっほ、それはそれは、申し訳ない事を致しました。気兼ねない良きパーティなのですなぁ」

 

 そうセバスと呼ばれた初老執事に微笑ましい顔をされているララはお子様の様に見えた。

 ふむ、やはり実家と言う感覚が強いのだろうな、知らない一面を見れて何よりだ。

 此方に視線をやったセバスさんだが、私を見て目を見開いていた。

 

「おぉ、これはこれは……、噂はかねがね、聞き及んでおります。アクセルへの数々の被害を食い止め、あの糞豚屑野郎からお嬢様を守ってくださったおんおん様でございますね?」

「あ、あぁ……、その通りだ、です」

 

 いやぁ、うん、アルダープ嫌われ過ぎ案件が垣間見えて少し引いてしまった。

 そりゃまぁ、そうだよなぁ。この人とは良い酒が飲めそうだな、うん。

 がっちりと握手をして友好を深めたと思った時だった、彼がそっと私だけに囁いたのは。

 

「ララお嬢様を今後とも末永く宜しくお願い致します」

 

 バレテーラ。私とララが恋人関係にあるの把握してるわダスティネス家。

 それともこのセバスさんの情報網が強いパターンだろうか。

 ……あぁ、うん、後者だな。そうじゃないと見合い話は来ないわな。

 

「では、お客様方、此方に。お嬢様は御着替えをされた方が宜しいですな」

「あぁ、分かっている。……ふぅ、それではすまない、少し待っていてくれ」

 

 セバスさんに一礼され、お付きの侍女っぽい人たちに囲まれながら先に行ったララを見送る。

 はてさて、如何様になるのだか……。

 そう思いながらセバスさんに連れられ、応接室っぽい場所へと通される。

 中で高級そうなソファに座っていたのは少し歳のいった男性であり、何処となくララの面影がある事からお父さんだろうか。

 待って、せめてワンクッション置いて???

 応接室開いたら目の前に当主ドーンとか洒落にならんわ。

 心の準備くらいさせてくれよ、こちとら一般市民だぞ……っ!

 キリキリと胃がきしむような心地で、無理矢理笑みを作り、カーテシーをする。

 

「お初にお目にかかります。市井でしがない冒険者の一人をしております、紅魔族のおんおんと申します。この度はダスティネス卿のご厚意で、屋敷へ参上する許可を頂きありがとうございます」

「お、おぉ……、いや、その、そこまで遜る必要は無いぞ。ララの大事なパーティメンバーだと聞き及んでいる。そして、おんおんさんはアクセルの恩人でもある。此処を実家のように思ってゆっくりしてくれたまえ」

 

 良かった、許された。と言うよりも随分とフレンドリーだな。

 ダスティネス家と言えば知らない人の居ない超有名大貴族だ。

 それ故に威厳たっぷりな感じで接してくると思ったのだが、親戚のおじさんと言った様子である。

 私が懇切丁寧に貴族への外行きの口調をしていた事に、後ろの面々がぽかんと口開いているのは後で始末を付けるとして、返礼の言葉を口にするべきだろう。

 

「寛大なお言葉ありがとうございます。……えぇと、この後はどうしましょうか。ララの付き添いとして来ているようなものなので……」

「あぁ、そう言えばそうだったな。では、あのやんちゃ娘の事でもお聞かせいただけるかな。見合いまではまだまだ時間があるからな。冒険者として、仲間として見たあの娘の事を知りたいのだ」

「畏まりました、存分に語りましょう。それでは失礼致しますね」

 

 対面するソファへと座り込むとめっちゃくちゃ柔らかい感触に包まれた。

 高級なソファだとは思っていたがこれだけ性能が良いとは……、流石は大貴族ダスティネス家だな。

 私の隣にめぐみんが座り、その隣にゆんゆん。ソファが埋まったのでカズマくんとアクアさんは後ろに立つ事になった。

 流石に貴族とお喋りを楽しもうとは思っていないようで、安堵の息が二つ後ろから聞こえてくる。

 

「では、先ずは自己紹介から。改めまして、私はおんおん。紅魔族のアークソーサラーをしております。隣が幼馴染のめぐみん。友人のゆんゆんです。彼女たちは里の風習に則り、アークウィザードの職業に就いております」

「おぉ、上級職が三人……、いや、四人も。質の良いパーティなのだな」

「ありがとうございます。御慧眼の通り、後ろに立つ女性がアークプリーストのアクアです。もう一人はサトウカズマ、冒険者をしております。まだまだひよっこですが、一応私の弟子です。こう見えて剣術等も修めておりますので」

「その歳で弟子を取る程とは……、成程、噂通りと言うべきか。流石はアクセルの英雄、未来が明るいな」

「お褒めに預かり光栄です」

 

 と、拙いながらも無礼にならない及第点くらいのチキンレース染みた会話を続け、カチコチの置物と化した面々の代わりに私がダスティネス卿とのお喋りを続ける事となった。

 蝶よ花よと育てた一人娘がある日突然冒険者になるべく家出した時の話や、ララが好きだった物語や衣類の話、郊外の花畑で花冠を作ってプレゼントしてくれた時の話、などなど、出るわ出るわ昔話が。

 それを懇切丁寧に受けに回り、相槌や質問を織り交ぜて接待をし続ける事一時間程度。

 お前ララの事を聞きたくて話し始めたんじゃないんかいと突っ込みたくなるくらいに、親馬鹿トークを続けられて私も段々とメッキが剥がれ始めた頃合いに、漸く着替えの終わったらしいララが部屋に入って来てくれた。

 しっかりと侍女に揉み込まれたのか艶のある肌と髪、そして純白な清楚なドレスに身を包んだその姿は見違えるように美しい容姿をしていた。

 プロの侍女によって一時間で磨き上げられた美貌に見惚れてしまい、それを察したララに苦笑されてしまった。

 ううむ、私の恋人が可愛くて綺麗だ……。是非とも此処まで磨き上げる技術を知りたいものだ。

 

「……お父様? 随分と盛り上がっていたようですが、何を御題にされていたんです?」

「そ、それはだな……。か、彼女らの冒険譚を聞かせて貰っていたのだよ。……嘘です、小さい頃のララの話をしてました」

「正直で宜しい。……まったく、程々にしておいてくださいね。お父様は目を離すといつもそんな話ばかりするのだから……」

「……すまん、つい、な。それで、こうして此処に戻って来てくれたと言う事はお見合いを前向きに検討してくれていると言う事で良いのか?」

「お話を受けるつもりは全くありません。ですが、冒険者をまだ続けていたいので、お見合いを千歩譲ってお受け致します。先に宣言しておきますが、彼のバルターとは恋仲になる事はありません」

「そ、そうか……。ま、まさか既に恋仲にある男が居るのか?!」

 

 そう言ってギロリと威圧感のある睨みをカズマくんにぶつけたダスティネス卿。

 この前冤罪を吹っ掛けられたばかりと言うのに、再び冤罪を受けようとするカズマくんは必死に横に首を振っていた。

 その必死過ぎる様子にアクアさんが腹を抱えてソファの後ろに撃沈した事もあり、ダスティネス卿は少し雰囲気をやわらげた。

 どうする、と言う視線が此方に向かってくるので、見合いの後に、と算段を付けた返しをする。

 視線で頷いたララはダスティネス卿に近寄り、隣に座って面向かうように身体を動かした。

 

「……その件でお父様、お見合いの後にお伝えしたい事があります。御察しの通り、私には既に恋仲の関係にある人が居ります」

「そ、そうか。もう少し早く言ってくれればこんな見合いを用意しなかったものを……」

「それについては申し訳ないと思っています。ただ、先日から色々と忙しかった事もあり、返信が遅れてしまったのです」

「まぁ、そうだな。アレがあんな事になるとは露とも思っていなかったしな……。うむ、この件に関しては私も悪かった。見合いは適当にやって、残念でしたと見送ってしまうと良い」

「お父様……」

「なに、私も人の子だ。貴族の出とは言えども、自由恋愛をして愛を成した前例でもある。……そこそこの知名度はある者なんだろうな? てこ入れするにしてもただの村人は厳しいからな」

「……ふふふ、それに関しては大丈夫です。ご安心ください」

「なら、良いのだが……」

 

 うむ、割と良い方向に収まりつつあるな。

 私が精神的に鑢に掛けられるような心地でお喋りに付き合った甲斐はあったと言うものだ。

 ……んな訳あるかい、今も胃がキリキリと痛んでるわ。

 それこそ、この後の暴露話を受け入れて貰えるのか分からんくらいにテンパってるわ。

 リアルで娘さんを私にくださいとやる事になるとは思ってなかったわ、マジで。

 内心冷や汗だらっだらな私の心境を察してかララがくすりと笑みを浮かべる。

 やめ、やめろぉ、バレたらどうするんだ、そんな蠱惑的な笑みを浮かべやがってぇ……。

 あぁもうそれに嫉妬しためぐみんがこっそりと手を握って来てるじゃんか、勘弁してくれ……。

 内心ボロボロな私を差し置いて会話を続けた親娘は、そろそろ時間だ、と言う事で退室した。

 お見合いが終わるまで此処で休憩しておいてくれとの事だった。

 

「……あぁー、とっても疲れた。慣れない事はするもんじゃないな……」

「とっても凄かったですよおんおん。何処であんな喋り方を覚えたんですか?」

「前世」

「あー……、そう言えばそうでした。にしても大変ですね、この後の事の方が大変じゃないですか?」

「そりゃなぁ……、取り敢えずめぐみんと恋仲と言う事は出来る限り伏せとく。そもそも女性同士でって時点で雷が落ちる可能性が高いしな。その時は……、駆け落ちでもするか?」

「あはは。その時は御一緒するので仲良く逃避行しましょう」

 

 何とも頼り甲斐のあるめぐみんの肩に頬を乗せた。

 私よりも高い体温に癒されつつ、ソファの背から出て来たちょむすけを膝に乗せて撫でる。

 ……何時の間にか影を潜るようになったからなこの不思議猫。

 四六時中私の頭の上で魔力を霞のように食べてた事もあって、何かしらのレベルアップでもしたのだろうか。

 増々猫じゃない感を強めたちょむすけだが、こうして心情察して癒してくれる愛らしい猫である。

 毛並みも良いし、あぁ、癒される。猫吸いをしようとすると嫌がるのでその点だけは度し難い。

 めぐみんの重ねてきた右手をひっくり返して指を絡ませて恋人繋ぎにし、柔らかな手の感触をにぎにぎと堪能しつつ温もりに癒される。

 ……そうか、ちょむ吸いが出来ないのであればめぐ吸いをすれば良いのか。

 と言っても体勢的に辛いな……、首筋を吸うのは流石にえっち判定されて逃げられてしまいそうだしなぁ。

 仕方が無い、ドレスが故に露出している肩に頬擦りして肌を求めるか。

 

「いやあのおんおん……? 流石に気を緩め過ぎでは? と言うかちょむすけ今何処から出て来たんですか……?」

「んー……、良いではないかー良いではないかー……。それくらい疲れたんだ、甘やかしてくれぇ。……ちょむすけは多分私の影からだ。最近レベルアップしたのか影潜みができるようになったみたいだからな」

「もぉ仕方ありませんねぇ。良い子良い子してあげます。……ちょむすけ、お前はいったい何になるつもりなんですか? 見た目からしてかっちょいい感じですけど、それ以上進化すると猫の範疇を越えますよ?」

「いや、そもそも猫から外れてるよねちょむすけって……。普通の猫は羽は生えてないと思うよ……?」

「うん、今回はゆんゆんの言う通りだと思うぞ。ファンタジー産の猫とは言えども、流石に魚をブレスで炙る猫は居ないと思うんだが……」

 

 はて、ちょむすけがそんな事をしていただろうか。

 カズマくんの証言によると、私が寝ている時にこっそりとキッチンに忍び込み、生魚を取り出したかと思えば口から火を噴いて香ばしくしてからグルメに食べていたらしい。

 ううむ、増々ちょむすけの謎が増えるな……。久々にソウルを見通す瞳で見やれば、猫っぽい形のソウルになっていた。

 ……ちょむすけ、普通の猫はソウルを猫っぽく偽装しないんだぞ。

 まぁ、賢い不思議な猫と言う事にしておこう。私の精神安寧的にも、SAN値ピンチにならぬように。

 

「んにゃぁぉう」

「今更猫っぽい鳴き声しても、可愛いだけだぞー、うりうり。首元が良いのか、うりうり。えへへ、可愛い奴め」

「お前が一番可愛いよ」

「同感ですカズマ。私の恋人可愛過ぎです」

 

 何やら外野が騒がしいが聞こえないぞー、最近の私は男としての尊厳を取り戻したから無敵なんだ。

 可愛いと言われてもあんま嬉しくないのは精神的なそれのせいだろうし、今後も慣れる事は無いだろう。

 にしてもちょむすけの触り心地と言うか毛並みがいつもより良い気がする。

 影渡りをした先で誰かにブラッシングでもして貰ったのだろうか。

 謎が謎を呼ぶちょむすけの生態に少し疑問を持ちつつ、可愛いし良いかと頬を緩ませる。

 例えお前が対象を取り込んで身体の体積を増やすような変身をかましたとしても、状況次第ではあるが味方してやるからな。

 それだけの情はあるのだ。何よりも私になついて気を許してくれているのが尊い。

 

「……おんおん、ちょむすけにばかり構いすぎじゃないですか? こっちにも寂しいのが居ますよ、にゃぁー」

「――ッ、こふっ、わ、私の恋人が可愛過ぎる……。あぁもう、可愛がってやるからなー、もぉー」

「にゃー、えへへ、言ってみるもんですねぇ」

「……尊い光景だけど、場所考えた方が良いんじゃないか?」

「まぁまぁ、カズマ。ダクネス、じゃなかった、ララのお父さん優しそうな人だったし大丈夫でしょ」

「だからと言ってもだな……、この光景を見られた時の方が面倒だと思うんだが、この後の話的にも……」

 

 だなんて呟いたのがフラグになったのか、扉が勢い良く開け放たれ、遣り遂げた顔のララが現れた。

 ちょむすけとめぐみんを構っている姿を見られたものの、深い溜息を吐かれただけで済んだ。

 

「全く……、私が頑張ったと言うのにおんおんは……。……最近なんかそう言う面でも箍が外れてやしないか? 女たらしと言うか、女好きに磨きが掛かったと言うか、色に溺れていると言うか……」

「あっ、分かります。なんか手付きが若干いやらしいですよね。隙あらば触れようとしてますし……」

「あ、あはは、あはははは……」

 

 脳裏にクリスさんがちらついて誤魔化し方が雑になってしまった。

 確かに、浮気性と言うか、そう言う感情の制御が雑になっている気がしてはいるんだ、うん。

 どうも肌寂しいと言うか、誰かとの触れ合いを求めている傾向にある。

 アガペー寄りであった筈の触れ合いがエロス寄りになっているのは、恐らくあの曖昧な夢を見てしまったからだろう。

 死に瀕した時にこそ生物の足掻きとして子を残そうとする本能が昂ぶるのと同じで、今の私はきっとそれに近い無意識的なバイアスが掛かっている可能性が高い。

 人としての尊厳や意識が残っている内に……、と言う焦りを覚えていたのかもしれない。

 だが、それを伝えるのは今の私には恐怖があってできない。

 口にしてしまった事でそれが本当に起きてしまうのではないかと杞憂を感じてしまうのだ。

 ……随分と罪深き業に塗れた存在になってしまったものだと、内心で自嘲した。

 ――そうなってしまっても構わないだろう、だなんて口元に弧を描くもう一人の私の存在をひしひしと感じているからこそ、そんな疑心暗鬼を生じさせてしまっているのだろうな。

 人としての尊厳を置き去りにし、獣のような本能に生きる正しく畜生めいた感覚のそれ。

 血に溺れ、死に溺れ、生を冒涜し、命を穢す、悍ましき闇に堕ちた深淵が笑っている。

 観測してしまったが故に、底に居るのだと確信できてしまうが故に、自身が化け物では無いのだと抗う度に深淵が笑うのだ。

 後七回、と言う具体的な数字を知っているが故に、それを気にし過ぎてしまうのだろう。

 ぷんすか顔のララのダイブを抱き留めながら、私はこのような時間が続く事を願うしかできなかった。

 

「「……おんおん?」」

 

 この大切な人たちを手にかけないように、私の中の怪物を抑え込まなくてはならない。

 そう心に刻みながら二人を強く抱擁した。

 二人は顔を見合わせて首を傾げてから、仕方が無いなと破顔して抱き締め返してくれた。

 たったそれだけの事なのに、今の自分が人間なのだと胸の奥に灯った炎のような温かさを感じられた。

 とても、とてもか細いこの温もりを絶やさぬように生きなければ。

 ……けど、この後ララのお父さんと話さないといけないんだよなぁ、やだなぁ。

 だなんて思いながら、現実逃避気味に二人を抱き締めるのだった。

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