この素晴らしい世界に呪術を!   作:不落八十八

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4話

 そんなこんなで連れて来られたのはアルカンレティアの一角に存在するアクシズ教徒の本拠地たる大教会。その応接室で数人のアクシズ教徒に歓迎されるように私たちはパンとシチューでちょっと早い昼食を取っていた。

 使っている水が美味しいからかごった煮なシチューでも美味しいのだが、長テーブルの私たちの反対側に位置する席に座る初老の白髪交じりな男性がニヤニヤと笑みを浮かべながら食べているもんだから味が少し鈍る感覚がしていた。

 

「ロリっ娘が三人……、来ますわ!」

「来ねぇよ、セシリー」

「ふむ、いやはや、素質の違う三人の可愛らしいお嬢さんをお招きするとはやりますねセシリーさん」

「ふっ、流石次期最高司祭のゼスタ様ですわね。素晴らしい慧眼です」

 

 ……流石変態同士、気が合うらしい。

 ロリコンの気のあるセシリーさんとはまた違ったベクトルのやばさを感じさせるゼスタさんのソウルがやけに眩しい事もあって相当な実力を持っているようだ。

 印象は何をやらかすか分からないやべぇおっさんなのだが、次期最高司祭の肩書は伊達では無いのだろう。

 ……頭のおかしいアクシズ教の幹部となれば、それはもう頭がおかしいのだろうかと疑ってしまうのも仕方が無いのだ。

 

「……うっ、ふぅ……。ダウナー系美少女に懐疑心の籠った視線を向けられると言うのも中々……」

「あはは……、そう言うベクトルかこいつぅ……」

 

 小さく呟いてから溜息を吐く。ネタだよな、ネタなんだよな??? ネタじゃ無ければ初対面の女子の前で何やらかしてんだこのおっさん。

 席を移動する様子は無いのでやらかしてはいないようだが、私の中での好感度はがっつり下がったからな。めぐみんを相手にしていたら手を出していた事だろう。

 遠巻きから此方を見やる教徒たちも何やら視線が怪しいし……、はぁ、本当にとんでもないところに来てしまったものだ。

 

「さて、小粋なジョークで場を温めたところでお三方、少し知恵を貸して貰えませんかな。そう――このアクシズ教団勧誘実績の右肩下がりの現状に対する打破策を考えて欲しいのですよ」

「はい……、我らアクシズ教徒が日夜勧誘に励んでいるのですが憎きエリス教徒の妨害や警察官の出動によって捕まるなどの厳しい弾圧を受けているのです」

 

 さも重々しい顔で口にしているがその実言っている事は当然の結果である。

 此処アルカンレティアが本拠地だからか、この地ではアクシズ教徒が敬虔なエリス教徒にちょっかいを出す頻度が高いらしく、目の前の変態のようにお縄に付くような事をしでかす教徒も出てきているらしい。

 そんな彼らの言い分はただ一つ、つい勧誘が熱くなって、と明らかに崇め奉るべき女神の顔に泥を塗るどころか泥パックするかの如く言い訳を宣うものだから厄介者扱いされているのだ。

 何故それが分からないのか、それはアクシズ教の教えにも原因があるだろう。

 

「ねぇめぐみん。この人たち何で神妙な顔で当然の事を言ってるのかしら」

「……はぁ、分からないのですかゆんゆん。頭の螺子が規格違いでそもそも嵌ってすらいないのでしょうよ」

 

 そう小声で話す二人の意見は辛辣極まりなかった。

 だが、それすらも御馳走様ですと言わんばかりにゼスタさんがびくんびくんと身体をビクつかせる光景からしてこいつ無敵かよと思ったのは私だけでは無い筈だ。

 それにしても勧誘、勧誘ねぇ。

 

「そもそも、アクシズ教ってどんな教義を説いているのですか?」

「ふむ、と、言いますと?」

「いや、広場での勧誘を聞いているとただただ勧誘しているだけで、どういう活動理念を持って、どのような教えを説いているのか、それらが全く伝わってこないから何かやべー奴らぐらいの印象だったんですけど」

「……はぇ? いやいや、そんな……、…………え、まさかアクシズ教の教えをお知りでは無い?」

 

 私たち三人の動きが一つになる。噂が先走るどころか突っ走っているので、本来どういう宗教なのか影すら踏ませない勢いで分かりやしない。

 雷を受けたかのような衝撃的な表情を浮かべたゼスタさんがセシリーさんや他の信徒に目配せし、頷いてから立ち上がった。

 

「では、お教えいたしましょう! 我らがアクシズ教は水の女神アクア様を讃え、崇め、愛しむ信徒の集まり!」

「アクシズ教徒はやればできる。できる子たちなのだから、上手くいかなくてもそれはあなたのせいじゃない。上手くいかないのは世間が悪い!」

「自分を抑えて真面目に生きても頑張らないまま生きても明日は何が起こるか分らない。なら、分らない明日の事より、確かな今を楽に行きなさい!」

「汝、何かの事で悩むなら、今を楽しくいきなさい。楽な方へと流されなさい。自分を抑えず、本能のおもむくままに進みなさい!」

「汝、我慢することなかれ。飲みたい気分の時に飲み、食べたい気分の時に食べるがよい。明日もそれが食べられるとは限らないのだから……!」

 

 腕を此方に向け、誘い招くように掌を差し出すアクシズ信徒たち。諳んじられる程に繰り返してきたのであろう力の籠った台詞が飛び交う。

 

「犯罪でなければ何をやったって良い……!」

「悪魔殺すべし……!」

「魔王しばくべし……!」

 

 何か演じている自分に酔っているのか物騒な事を宣い始めたが、本人たちは遣り切ったと言う様子で額の汗を拭いて笑顔を此方に向けた。

 うぅむ、今のが教義だと言うのなら私はアクシズ教と言うものを見直す必要があるなと感じた。聞いていた感じ、普通に自己啓発セミナー染みたポジティブな内容だった。

 と言うか、本当に信教かこれ。ポジティブ系のサークルじゃないのか、大規模な奴の。

 この様子ならエリス教も似たような感じなのだろうか。

 

「……と、言うのがアクシズ教の教義なのですが、伝わりましたかな?」

「え、えぇ。それはもう十分に……。因みに戒律とかはあるんですか?」

「無いですよ?」

「……無いんですか?」

「えぇ。女神アクア様は仰られました、何事にも縛られない事が自由であると! そのため、己を律する窮屈なものは存在しません」

「……あぁ、だからこんな無法地帯な感じになってるんですね。良く分かりました。……まぁ、教義に犯罪はしないってあるからまだ安心……なのか?」

「さぁ……? でも犯罪以外ならって事はグレーな事はするっていう意味合いでは?」

「えっ、だからあんなめちゃくちゃな勧誘を? さっきもエリス教徒っぽい人に迷惑かけてたし……」

 

 ゆんゆんの言っていた場面を私たちはまだ見ていないが、この人らならやりかねないなぁと思わざるを得ない。

 さて、そういうのをひっくるめて勧誘の成功率を上げるためにはどうするかを考えなくちゃならんのか。

 

「……セミナーや講演はしないんですか?」

「と、言いますと?」

「アクシズ教の教義内容は極めてポジティブな印象を受ける良い内容です。ですが、他ならぬ信徒である貴方達の行為によってその印象を下げてしまっているのは理解していますか?」

「……それは、その……、可愛い女の子のパンツがあったら欲しくなったりしません?」

「お前さっき教義で犯罪はしないって言って無かったか!? 普通にそれ窃盗罪だからな! まさかと思うが自分の判断で犯罪じゃないからセーフだとか考えてねぇだろうな!?」

「うわっ、びっくりした……。ねぇめぐみん、おんおんって……」

「えぇ……、おんおんは怒っている時や苛々している時は口調が乱暴になるんです」

 

 何となくであるが、アクシズ教と言う集団の根幹と言えるものを理解できてしまった。つまりはこいつら精神的子供の集団な訳だ。

 明らかに犯罪な行為は控えるが、悪戯や嫌がらせで済ませられる範疇であれば躊躇い無くやれる精神性を持っているのだろう。

 赤ちゃん人間……もとい、子供人間と言ったところか。なんつー迷惑な集団だ……。

 頭の可笑しいアクシズ教と言われる由縁は確かにあった訳だ。

 と言うか、そのせいでアクシズ教が毛嫌いされているだろうどう考えても。

 

「……はぁ。アクシズ教の入信者が減っていると言う問題だったよな。原因はお前らだよ。と言うか、お前ら我らが女神アクア様とか言っているけど、その顔に泥を塗っている自覚あんの?」

「え、あの、その……」

「正座しろ」

「は、はい?」

「正座しろって言ったんだ、ガチ説教してやるから、そこに、座れ」

「は、はい……」

 

 そうおずおずしながらゼスタさんもとい、ゼスタたちが床に正座し始めた。

 ……なんでこいつらちょっと嬉しそうな顔してるんだ。きもいんだが……。

 少しテンションが下がってしまったが、こいつらのためだ、説教せねば……。

 

「正直に言おう。アクシズ教の教義は実に素晴らしいものだ。実際、教義だけを聞いていれば入信しても良いかなと思えてくるものだ」

 

 その言葉に後ろからは驚愕から漏れる声が、前からは期待に満ちた感嘆が聞こえる。

 

「だが、昨今のアクシズ教の印象は悪い。それは何故か、アクシズ教徒が秩序を乱す存在だからだ。過激な勧誘、他教徒への嫌がらせ、軽度な性犯罪に加えて軽犯罪のオンパレード。人は秩序から外れた者を異物として認識する生き物だ。道で暴れる者が居れば、それを避けて歩こうとするのは当然の事だ」

 

 アクシズ教徒たちが浮かべていた笑顔が死んでいく。上げて落とす、責める時の定石だ覚えておけ馬鹿者共め……。

 

「お前たちは自らの行動が女神アクアを貶めている事を理解していない。女神アクアの言葉を曲解し、自分勝手な思うままに行動するお前たちの行動がアクシズ教の品位を下げたんだ。新たな事に挑戦するポジティブなイメージを台無しにし、何をしても反省もせず迷惑だけを生み出すトラブルパニックメイカーでしかない」

「わ、私たちがアクア様の顔に泥を……っ!? それはそれで……」

「嬉しそうにすんな変態め。アクシズ教の印象を下げているのは偏にお前たち信徒の行いが関係しているんだ。規律を作れ。自らを律するための有難い女神アクア様の言葉を参考にしてな」

「で、ですがそれは……」

「人に迷惑をかけない。ただそれだけで良いだろ。自分のやらかした事に対して自分に責任を持ち、その上で教義を実行すれば良い。教義自体は控えめに見ても良い物だ。規律が無いのも縛られなくてもちゃんとできると信頼されての事だろう」

「……つ、つまり、私たちは……」

「そうだ。女神アクアの期待を裏切ったんだ。お前たちはできる子なんだろう、なのに、子供のように自分ルールで自分勝手に好きな事をした。女神アクアの言い付けを守らなかった悪い子だ!」

「「「な、なんだってー!?」」」

「お前たちに必要だったのは叱られる事だ! 自分たちで律せないのであれば、誰かにして貰えば良い! 次期最高司祭ってんなら規律を作る事も可能な筈だ! 最初は自分たちに甘い内容でも良い! 段階を踏んでしっかり更生しろ悪ガキ共め!」

 

 人差し指でゼスタを示し、正論を突き付けてやる。

 こいつらは根っからの子供人間。であれば、怒る事は意味を成さない。

 反省を促し、叱ってやる事がこいつらの、そしてアクシズ教のためになるだろう。

 ……何でそれを部外者である私がやってるんだろうな、現実逃避したくなってきた。

 ゼスタたちを見やれば打ちひしがれた様子で唖然と呆けており、数秒程そのまま沈黙していたが、やがてだばーっと漫画みたいな涙を零し始めた。

 

「わ、私が間違っていました……。至急議会にこの案件を上げ、規律について話し合おうと思います……。こう見えても次期最高司祭なのですから、これぐらいはできますとも」

 

 正座していたゼスタが立ち上がり、此方に右手を差し出して来た。言っている事がまともなのが非常に違和感を感じるが、まぁ、考えを直してくれるならいいか。

 差し出された右手に右手を返し、握手をする。

 

「では、そのためのアドバイザーを外部から招待しようと思いますので、是非お力を貸してくださいねおんおんさん」

「え゛っ、お、おま、まさか私を誘致する気かっ!? 勘弁してくれ! 此処に長居するつもりは無いんだ、明日にでも、いや、今日にでもアクセルに向うつもりなんだから!」

 

 がっちりと掴まれた右手。追い打ちと言わんばかりに左手も添えてきやがったこのおっさん。抜け出そうとするも流石に成人男性の膂力に加えてアークプリースト人生で鍛えられたであろう握力がそれを阻害する。

 しかもこいつ近付いて来やがる、鼻息を荒くして近付いてくるな変態中年オヤジ……っ!

 

「さぁ、さぁ! これから末永くアクシズ教にご協力お願いしますよ特別外部顧問おんおんさん!」

「誰が特別外部顧問だ馬鹿者めっ! えぇい近寄るな放せ変態っ! 良いのか、私が参加したら規律は厳しくするからな!」

「構いませんとも! それはそれで興奮しますから! 何より、年下のバブミ溢れる美少女に『めっ!』されるだなんて私たちアクシズ教徒からすればご褒美!」

「えぇ! しかもロリ系のダウナー美少女なら尚更需要は高いわ! おんおんちゃんの事だから私たちの事を心から考えてしっかりとした規律を作ってくれるに違いないわ!」

 

 ゼスタの言葉にセシリーが追従するように言い放つ。

 そりゃまぁ規律は正しくあるべきものだから変なものにするつもりは無い。

 無いのだが……、何故それを私がやらねばならんのだ。完全に部外者だぞ私。

 

「あー……、確かにおんおんはそう言う所ありますもんね。冷たいようですんごい優しい所ありますし……」

「実際めぐみんが元気で居るのもおんおんのおかげなんでしょ? だっていっつもおんおんの事を――」

「何を言い出しますかこのぼっちは! そう言う事は言わない方が格好良いのですよ! だから学園でも浮くんですよゆんゆんは!」

 

 がーんっと口元を押さえられながら意気消沈したゆんゆん。

 ふぅん、そうなのか。可愛い所あるじゃないかめぐみん。少しぐらいは表に出してくれても良いんだぞ? 後で少しそこらへん突っついてみようかな。可愛い姿を見れそうだ。

 ……はぁ、気概が削がれてしまったな。

 

「……仕方が無いな。見て見ぬふりはできないし……」

 

 アクシズ教の本質は仲良しこよしの子供の遊び場、と言う訳では無い。

 この信教の本質は傷の舐め合いだ。

 アクシズ教徒は異常者が多いんじゃない、異常者が集まってアクシズ教になったんだ。

 人は異物を排除したがる生き物だ。なら、排除された人は何処に行けば良い?

 罵倒され、石を投げられ、行き場を無くした人はどうすれば良い?

 戦う事に疲れ、我慢する事に疲れ、生きる事に疲れ、途方に暮れた人たちの集まり。

 それがアクシズ教なのだろう。

 でなければ、できなかった子を慰め褒めるような教義なんて作られる訳が無い。

 成功した人が居れば、失敗した人も居る。その失敗した人たちを救い上げる事こそが、アクシズ教の神髄。……まぁ、若干曲解されてはっちゃけ過ぎてはいるが、おおよそ間違っていないと思うんだよなこの憶測。

 そう考えるとある意味ゼスタたちの行動はおかしなものでは無いんだよな。あらかじめアクシズ教徒だしな、と先入観を作る事で実際にやらかした人物に対してのヘイトを下げているんだから。

 あいつはやばい奴、から、アクシズ教の奴だからやばい、に印象が変わる。それだけで本人への精神的な苦痛は減る事だろう。実際、ゼスタがパンツ泥棒をしていても捕まっていないのはそれが理由だろうし。

 そして、そんなアクシズ教を何とかしようとして、彼らの事を考える人が生まれれば、その人はきっと彼らの実態を知って味方になってくれる。……そんな慈悲深い想いが根底にあるとすれば、この信教を作った人物はとんでもない愛の深さを持っている事だろう。

 

「めぐみん、ゆんゆん。すまないが何日か時間をくれないか。折角だからな、とことん矯正してやろうと思う。本来あるべき姿にな」

「へ? どういう事?」

「ふっ、まだおこちゃまなゆんゆんは分からないようですね。おんおんならば必ずやってくれると思っていました」

「え? めぐみんは分かるの!?」

「えぇ、分かりますとも。何故なら、おんおんは優しくて賢い、私の大親友ですから!」

 

 いや、絶対に分かってないなこいつ。分かった振りをして気持ちの良い風を浴びたいだけだなこりゃ……。

 まぁ、既に信教を考えた人のしたかった事の土台は出来ているからそれを整えてやれば良いだけの話だ。つまり、自制の心得を作ってやれば良いのだ。それも、幼い子供に言い聞かせるような文体で。

 ――汝、否定する事なかれ。誰かの頑張りを、自分の頑張りを否定してはいけません。貴方の頑張りを見守ってくれる人が居ます。その人を大切にしましょう。

 と、言ったところだろうか。争いの火種はいつだって否定から始まるのだから。本当ならば人の嫌がる事をしてはいけません的な内容も含めたいのだが、アクシズ教の教義はあくまで自己肯定系。否定する内容は受けが悪い事は間違いないだろう。

 

「……と、思っていた時期もありましたってな。まさか、こうなるとは……」

 

 数日程ゼスタたちと顔を突き合わせ、説教とお叱りと説法を説いてやった結果、考えていた一文は規律一条として無事アクシズ教に登録された。

 そして、その栄光を勝手に讃えられた事で私は名誉外部顧問の肩書を与えられた上に、大々的にビラを撒かれた事で何時の間にかアクシズ教徒の一員として世間から数えられると言う悪夢めいた現状になっていた。

 何と言う仕打ちだ。これがお前らの未来を重んじて考えてやった奴への返しか。

 いやまぁ、彼らからすれば誉れである、つまりは褒めてくれているのだろうけども……。

 

「何と言うか、お疲れ様です、としか言いようが無いですおんおん」

「そうね……、選りによってアクシズ教の次期最高司祭の顧問、つまりは大幹部の顧問役だもんね……」

「……まぁ、顧問役として毎月の賃金を約束しているから良いけどな」

「そう言う所しっかりしてますよねおんおんって……」

「だって不労所得だぞめぐみん。誰もが羨む不労所得のチャンスがあるなら得るべきだろう」

「それはまぁ……、確かに」

「でもアクシズ教よ?」

「うぅん……、悩みどころですね……」

「えぇい、止めてくれ。もう終わった話だ。それに、表立ってアクシズ教を名乗る必要は無いからな。今まで通りだ。どうせ私は無信教だしな」

 

 大教会での缶詰から解放され、旅館に戻った私はめぐみんたちに迎えられて癒されていた。具体的にはめぐみんを抱き締めながらゆんゆんに膝枕されている。

 あぁ~~、ゆんゆんのむっちりした太腿に、抱き心地の良い小柄なめぐみんのやわっこい身体を堪能しているのが気持ちが良い。

 

「……ふと思ったのですが、おんおんってスキンシップ激しいですよね」

「え? そうなの?」

「えぇ。事ある毎に私を撫でようとしますし、こうして抱き寄せる事も多いです」

「へぇ……、愛されてるんだねめぐみん」

「……まぁ、否定はしませんが……。実際、私はおんおんが居なかったら木の根を齧る生活を強いられていた事でしょう……」

「えっ? でも、お昼時間に私のお弁当を事ある毎に強奪してたよね?」

「おんおんにご飯を食べさせて貰っていたのは朝と夜だけですから。お昼はゆんゆんから摂取せざるを得なかったんです」

「そのせいで私お夕飯までお腹ぺこぺこなんだけど!?」

 

 お昼は要らないと言っていたのはそれが理由だったのか。別にお弁当を作っても良かったんだがな。そこまで施される必要はありません、と拒否されて少し落ち込んだのがアホみたいだ。

 少し悔しいのでぐりぐりとめぐみんの背中に額を擦り付ける。良い匂いするなぁめぐみん。いやまぁ、石鹸の匂いだって分かるのだが、其処に混じる別の匂いに癒しを感じる。

 擽ったそうに身を捩るめぐみんを逃がすまいとお腹に回した腕に力を籠める。

 

「ぅう、むず痒いですおんおん」

「めぐみんの抱き心地が良いのが悪いんだ。ふふふ……」

「まぁ、頑張ったおんおんに免じて許してあげますか。……おんおんに抱き締められるのは嫌じゃないですしね」

「んふふ……、めぐみんは可愛いなぁ。うちの子にしたい……」

 

 久しぶりにまったりしたからか、込み上げてくる母性が漏れてしまった。まぁ、めぐみんも愛情に飢えているのか甘んじて受け止めてくれているから満更でも無いのだろう。

 貧困への折り合いが付かなかった幼い頃のめぐみんはゆいゆいさんに甘える事は少なかった。めぐみんは良い子だ。だから、ひもじさの恨み辛みを元凶であるひょいざぶろーさんにぶつけなかったし、それを咎めないゆいゆいさんにも言わなかった。

 優しい子だからこそ、その思いを貯め込んでハングリー精神として燃やす事で幼い心を守っていたんだろうな。

 幼い頃の私に出会い、一緒に食事をして育んだ友情はいつしか餓えていた家族愛の情に変わっていて、私たちは家族ごっこをして過ごしていたようなものだった。私が母親役で、存分に甘えてくる娘役がめぐみんで。

 今思えば共依存的な関係だったんだな。……まぁ、それも学園に入った事で生活が一変し、終わりを告げたのだけども。こうしてスキンシップを取ると根っこに残っている事を何となく感じられる。

 

「ふわぁ……、何だか眠くなってきました……ぐぅ……」

「あれ、めぐみん寝ちゃったの……?」

「安心してくれてるのか、私と一緒だと寝ちゃう事多いんだ。ふふ、可愛い寝顔だ」

 

 くぅくぅと眠ってしまっためぐみんの頭を撫でる。さらさらとした黒髪は手櫛がよく通り気持ちが良い。なんだか私も眠くなってきたな……。

 連日の缶詰の内容はほぼほぼ説教であるため疲れる事が多かった。普通に言っても意味が無いと分かってからは子供に言い聞かせるように何度も繰り返し伝える羽目になったからな。

 ……何で子供の私が大人を叱っているんだろうな、ほんと、何でだ……。

 不労所得を得たからいいか……。まぁ、呼び出されたら意見を出しに来なくちゃならないのが面倒な側面もあるが、いずれ『テレポート』を取れば格段に楽になるからそれまでの辛抱だな。

 いや、取得するまで呼ばれなければ良いのか。でもなぁ、アクシズ教だしなぁ……。

 

「……その時はゆんゆんに任せるか」

「何を!?」

「それじゃ、おやすみ……」

「えっ、どういうことなのおんおん? わ、私は何を託されたの? ねぇ、すんごい気になるんだけど!? と言うかこの状態で寝ないでよ! 私が寝れないじゃない!」

「すまないゆんゆん……、後を……、頼んだぞ……」

「だから、何をーー!?」

 

 その後、ゆんゆんに布団を敷いて貰い、寝床を移して私たちは翌日までぐっすりと眠ったのだった。

 温泉入っておくべきだったなぁと思いつつ、寝ぼけ眼で布団の中で目を覚ました私は一つ伸びをした。お腹に顔を埋めるようにめぐみんが抱き着いて寝ているため、上半身を上げる事ができないので静かにする。

 ……観光のための日数をアクシズ教の説教もとい顧問に費やしたので、そろそろ滞在費が寄り合い馬車代を削りかねないのが現実だ。

 と言うか、お小遣いとして渡した額をそっくりそのまま飲食代などで消し飛ばしためぐみんのせいでもある。確かに私の都合で日数を費やしたからその補填としてお小遣いを渡した。

 無くなったら貰いに来いと言ったのは私だが連日来るとは思うまいて。おねだりするめぐみんに負けて渡してしまったのは仕方が無い、仕方が無いんだ……。

 と、言う事で今日辺り寄り合い馬車に乗らないといけない訳だ。

 

「……た、足りるよな……?」

 

 おねだりする時のめぐみんが可愛くてついつい多めに渡してしまった気がするので少し不安だ。まぁ、もしも足りなかったら護衛として名乗り出れば良いだろう。

 呪術とハンドアックスで前衛中衛をやれる私に、中級魔法だけではあるが後衛をできるゆんゆん。もしも上位のモンスターがでてくれば切り札である爆裂魔法を放つめぐみんが居る。

 ……あれ、これ普通に強いパーティだな?

 ヒーラーが居ないのが難点だが、エスト瓶で回復できる私が肉盾をすれば問題無い。

 ギルドの実績の無い私たちではあるが、最悪私のカードを見せれば良いだろうし。アクシズ教で昼食を取る時の雑談で知ったが、一撃熊は割と上位に近いモンスターとして認識されているらしい。

 一撃熊の手で作った鍋が美味いと言う話をしたら、ゼスタたちの表情が凍った時は驚いたものだ。

 その名の通り、その鋭い爪と尋常じゃない膂力によって繰り出される一撃は鎧すらも穿つとされている巨大な熊だ。

 そのため、本来一人で倒すべきではないモンスターである一撃熊を倒している私はベテラン級の力量を持っている事になる訳だ。

 故に、十数体程倒しているこのカードを見せれば十分に信用されるとゼスタたちに太鼓判を押されたので護衛として乗る事も可能だろう。

 

「……あれ、普通に護衛として乗って、馬車代をケチるのが吉では?」

 

 護衛と言う立場であれば馬車代を払う必要は無く、むしろ依頼されているため依頼料を受け取れる訳だ。無駄にエリスを使うのもアレだしな。

 いや、決して財布の軽さに戦慄している訳では無い。足りない訳じゃないんだ、本当だぞ……。ちょっとだけ足り無さそうなんだよなぁ……。

 まぁ、朝食を終えたら旅立ちを提案しよう。めぐみんたちもそろそろアクセルに行きたいだろうしな。観光に来たいならまたくれば良いし。


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