皆大好き温泉回。ただしえっちさ控え目。
……ふむ、少し露骨過ぎるお節介だっただろうか。
そう思いながら女将に頼んでルームサービスとしてお酒をカズマくんの部屋に送っておく。
アクアさんに幾つか吹き込んでおいたし、最悪お酒の力を使って告白まで辿り着けると良いのだが。
「此方活きの良いスズキとサトウが入りましたのでお刺身に。此方は季節の野菜とヤマダの天ぷらになります」
この旅館の夕飯は部屋に配膳されてくるタイプらしく、川魚がメインの懐石風の品々が机に並んでいく。
ちょいちょい人名の苗字みたいな名前が入るが、川魚の名前であるらしい。
確実に新発見の生き物に名前を付けるノリで付けたろそれ……。
アルカンレティアの近くに綺麗な湖があり、水路の源泉であるそこで漁をしているとの事だった。
詫び寂びを感じる趣のある日本旅館のTHE夕飯と言った感じで盛り付けられた机に私たちのテンションが爆上がりである。
特に食いしん坊なめぐみんは瞳をこれでもかと輝かせて食事の挨拶を待っている始末だ。
「……なぁ、おんおん。魚を生で食べても問題無いのか?」
けれども日本食に馴染みの無いララは刺身を見て何とも微妙な表情を浮かべていた。
まぁ、基本的にこの世界の食事情はヨーロッパ寄りだし、アジア系の食事を見て不安になるのも仕方が無いか。
スズキの刺身を一枚箸で持ち上げて裏表を見やるが、寄生虫の類は居ないように見える。
魚の寄生虫の代表格は糸の様な半透明の姿をしたアニサキスだろう。
生きたまま胃袋に入ると胃酸から逃げるために食らいつくため高確率で食中毒などを引き起こす。
見た所存在が確認できないので問題無いだろう、と判断するのは実は危険だ。
動物や魚の生態における見えない危険性、生物濃縮の可能性は捨てきれない。
蚯蚓を小動物が、小動物を鳥が、鳥を大型生物が、大型生物を人間が、と言う形で食物連鎖が起きる。
生物濃縮と言うのは最初の部分に汚染物質などの危険性のある物質を蚯蚓などが食す事により、身体が大きくなるにつれて食べる量が増えるため比例して危険物質の量も増えていく。
そのため、人間が食す大型生物にたっぷりと危険物質が集まっているとそれが原因で病気などを引き起こす。
生牡蠣のノロウイルス被害なんかが一般的なものだろうな。
こればっかりは肉眼で視認する事ができないので精密機器の無いこの世界においては完全なグレーゾーンだ。
ただまぁ、アルカンレティアにおける川魚の普及傾向を見るに問題は無いと言って良いだろう。
「うむ、問題無いと思うぞ。実際、前世の故郷では普通に魚を生で食っていたし。寄生虫の類も見えないから安心して食べて良いぞ」
「ふ、ふむ、そうか……」
「なんだ、不安か? 仕方が無いな……どれどれ、一枚、二枚、三枚……、うむ、問題無いな。刺身はこの醤油に身を付けてから食べるんだ。あーん」
「あ、あーん……。んっ、もぐ、もぐ、もぐ……、焼いたり蒸したりした魚と違って弾力が凄いな。ふむ、付け合わせのこの白い……米だったか、ふむ……、合うな……」
「ふふふ、日本食は実は割と家で出していたりするぞ。肉じゃがとか揚げ物とかな」
「んー……! 美味しいですっ! けどまぁおんおんの手料理には負けますけどね」
「嬉しい事を言ってくれるじゃないか」
ちらちらと視界の端で私に向ける視線で圧を掛けるクリスに曖昧に頷いておく。
確かにクリスには手料理を振舞った事無いからな、適当な理由を付けて家に来るが良いさ。
それにしてもこの旅館の和食は良いな。味付けが完全に日本人が好むそれであり、明確な理由があって継承されているように思える。
……ふむ、良いな此処。
先程食事を持って来てくれた女将さんがこの旅館の成り立ちを話してくれたのだが、何でもこの旅館を建てた初代はさすらいのガレキ職人を称する青年と意気投合し、彼が話す故郷を模して此処を作ったらしい。
なぁ、まさかと思うが、そのガレキ職人うちの里のご神体だなんてアホみたいな感じに収まっている猫耳セーラースク水少女フィギュアを作った奴じゃなかろうな。
何をとち狂ったのかうちの里には美少女フィギュアを奉納する神社がある。
紅魔族のご先祖が旅人を救った時にお礼として貰った御神体だそうだが、明らかに布教の意味で渡したろそれ。
この旅館の入り口に着物美人な美少女フィギュアがショーケースに入れられ飾られている事から同一人物である可能性が非常に高い。
まぁ、この旅館を作ってくれたきっかけにはなったらしいから少しくらいは敬意を払っておく事にしよう。
「ふぅ、堪能しました……。個人的にヤマダの天ぷらが美味しかったですね」
「うむ、身がみっちりとしていた濃厚な味だったな」
「私は暴れ猪の小鍋が好きだな。やはり牡丹鍋は良いな」
「王都に牡丹鍋のお店あった気がするなぁ、今度行ってみる?」
紅魔の里の近くにも出没する暴れ猪は割と生息範囲が広い。
名前の通り、暴れん坊を称する暴れ猪はその突進力に全てを賭けていると言っても良いアホモンスターだ。
一直線に突進し、樹木などの障害物を気にせずにぶつかりまくり、額を鍛えて成長する猪型のモンスターである。
そのため、時には同族でぶつかり合い、果てには交尾しながらぶつかっていく習性がある。
一にぶつかり、二にぶつかり、三四もぶつかり、五もぶつかり、と言う頭ぶつかりな害獣でもある。
成長した個体は大木を圧し折る程の威力を持ってぶつかりに来るため非常に危険であり、討伐もタンク役が居ないと敵わないと専らの噂だ。
そのため、地中にしっかり埋めた金属製の罠を仕掛け、それにぶつかってモズの早贄の如く串刺しになっている奴を仕留めるのがセオリーだ。
里に居た頃は仕掛けるだけで勝手に掛かってくれるから手間が掛からず非常に重宝した。
基本的に肉質は猪のそれなので、煮込み料理に抜群の相性を魅せてくれる。
煮込めば煮込む程柔らかく、そして濃厚な脂を楽しめる素晴らしい食材だった。
「前にアルカンレティアに来た時にも入りましたが、温泉楽しみですね!」
「あぁ、そうだな。源泉は同じとは言え見栄えが違うと心地も変わってくるものだからな」
夕飯を終えて料理の片付けを手配してから私たちは浴衣姿でお風呂場へと歩いて行く。
温泉旅館の醍醐味である温泉に期待を膨らませながら、お姉さんに先導されるロリ―ズみたいな雰囲気で私たちは歩いていた。
いやぁ、浴衣姿のララが非常に煽情的でドキドキしてしまうな。
髪を下ろした姿はベッドで何度も見ているが、こうして公の場で見るとなるとまた趣が変わってくる。
身体のラインが鮮明に分かってしまう浴衣であるため、そのたゆんたゆんで豊満な胸の大きさや安産型のお尻などが浮き彫りになる。
他の客が居れば誰もが二度見する浴衣美人として注目を受けていた事だろう。
だが、ゼスタがこの旅館のオーナーと旧友であるらしく一週間貸し切りにしてくれた事で他の客はシャットアウトされている。
……カズマくんに嘘の説明をしたな、だって? ふふふ、騙される方が悪いのだよ。
と言うのは冗談で、カズマくんとアクアさんを一室に、それも別の階に追いやるのが貸し切りの条件だったので仕方が無い、仕方が無いんだ……!
とまぁ、出来レースを思い返しながら風呂場の暖簾の掛かった場所へと差し掛かると見覚えのある二人組が居た。
どたぶんと浴衣が故に分かるドスケベボディを晒すウィズさんとたゆんたゆんなゆんゆんであった。
「あ、めぐみんたちもお風呂に来たんだね」
「すみません、急な参加をしてしまって。なるべくご迷惑にならぬように日陰に居ますので、宜しくお願いします」
「ぁー、うん。そんなに畏まらなくて良いぞウィズさん。元々バニルから打診は受けていたんだ。日頃の疲れを癒してくれればそれで良いさ」
「ありがとうございます。実は私、温泉が大好きなので一見さんお断りのこの旅館は少し楽しみにしていたんです」
「と、言うと?」
「あれ、知らなかったんですか? この旅館はアルカンレティアにおいても格式とお値段の高い最高級旅館ですよ」
「わぁお、凄い所に居たんですね私たち……」
道理で食事のレベルが高い訳だ。女将さんの上品な所作もそこらへんが関係するのだろう。
にしても……、この面子で入るとなると景色が凄い事になるな。
ララとウィズさんとゆんゆんで山脈ができてしまっているぞ。
こっちは断崖絶壁な崖だけどな! ミステリードラマの最後の場所めいた!
止めよう、言っていて少し虚しくなった。
私の雰囲気に感化されたのか、めぐみんとクリスも少し遠い表情をしていた。
女性用の赤い暖簾を越えて脱衣所へと向かうと檜の良い香りが漂っていた。
思い思いに竹籠に浴衣を脱いで肢体を晒していく最中、私は少し遅めに脱いでいた。
……うむ、眼福である。肌色パラダイスだ。絶景かな絶景かな……。
ウィズさん、ララ、ゆんゆん、私、めぐみん、クリスと言った具合だろうか、何の順番かは言うまでもないだろう。
「あの、おんおんの視線が凄いえっちなんですけど……」
「仕方あるまい、えっちなものはえっちなんだから。全く持ってドスケベボディだな、けしからん」
「そこで羨ましいにならないあたりおんおんはほんとブレないね……。いやまぁ、中身考えたらそうなんだけどさ」
必然的にプロポーションによる同族意識と言うべきか、私の隣にめぐみんとクリスが集まる。
堂々と身体を晒す勇ましさにつられてかララの隣にウィズさんとゆんゆんが寄り添う形になった。
殆ど身内であるためか手拭い程度でお風呂場へ向かう私たちに対し、唯一部外者感覚のウィズさんだけが身にタオルを巻いていた。
……うぅむ、素晴らしいドスケベボディだ。確かリッチって腐ってない死体なんだっけか。
言うなればフレッシュミート、死にたての状態で身体が保存されているためか死体特有の臭いがしないらしい。
リッチはあくまで変質した魂がメインであるため、外付けの肉である身体はおまけに過ぎない。
肉体を持ったゴーストタイプ、とでも言えば分かりやすいだろうか。
血が通っていないためか色白であり、その肌は冷たいものだ。
けれども生前の肉体美をそのまま残している事から非常にえっちな姿である。
これで子持ちでないのだからきっと高嶺の華の存在だったのだろうな、生前のウィズさんは。
「ふぅ……、ぁあ~……、良いなこれは。身体が溶けていく心地だ」
「そうですねぇ……、肩こりとか酷いですから気持ち良いですぅ……」
「わぁ、これが檜風呂なんですね。以前読んだ事はありますが、こうして入る事ができるだなんて……感無量です」
大きい組と小さい組とで対面して座るように温泉に入ったが故に、私たちは目の前でお湯に浮かぶ六つの物体に釘付けだった。
ちらり、ちらりと左右を見る。浮かぶものの無い私たちの視線は遮るものが無くすっと通り過ぎた。
……おっぱいがお湯に浮かぶのって本当だったんだなぁ、と感慨深くその光景を目に焼き付ける。
むぅ、とそんな私の様子を見てめぐみんが唸り、私の右手を取ってぎゅっと恋人繋ぎにした。
白く濁るお湯のおかげでそれは私たち二人だけの秘密であり、可愛らしい行動に私は胸をやられた。
私が胸の大きさでめぐみんを蔑ろにする訳ないだろうに、まったくもぅ、可愛い奴め。
ぎゅっと握るとぎゅっと返ってくる可愛い掌で遊びながら、私は背を縁に任せて息を吐いた。
あぁー……、温泉最高、ずっと此処に居たいくらいだ。
「そう言えばおんおん」
「んー……?」
「明日からの予定は何か決まってるんです?」
「んや、なーんも」
「そしたらダンジョンに行ってみませんか? 私の華麗な槍捌きを魅せてあげます。えいっえいって」
その動きだと単純につついてるだけなんだが。
紅魔族はスペックは高いが魔法寄りだからな、筋力とかは据え置きレベルだ。
そのため、ある程度走り込みや鍛錬をしないと普通の使い手には追いつかない。
けれどまぁ、比較的簡単なダンジョンで物見遊山に冒険に繰り出すのも良いかもしれないな。
「宝箱や罠の解除は私に任せてよ。その道のベテランだからね私は」
「そう言えばララとダンジョン巡りをしていたんだっけ」
「うん。ダンジョンの内部でゴブリンに囲まれている時の事を今でも思い出すよ。威勢だけ良くて振り回した一撃が全く当たらない、その様子を見て駄目だこりゃって思ったよ……」
「ク、クリス! それは言わない約束だろう! 私だって駆け出しだったんだ!」
「その割には気持ち悪い笑みを浮かべてはぁはぁしてたけど?」
「それはっ、……それは、その……、ね?」
「ね、じゃねぇんだが。ゴブリンは犯すよりも先に四肢を圧し折って動けないようにしてから巣に持ち帰る習性があるから、もしも捕まってたら助かる見込みはほぼゼロだぞ」
「……えっ、そ、そんなに恐ろしかったのか?」
この世界におけるゴブリンは緑色のアレで間違いないが、性欲や繁殖力が強い反面野生的とも言える。
そのため、自分よりも大きな体躯をしている生物を相手にする場合、まず四肢を潰す事から始めるあたりゴブリンは馬鹿だが愚かでは無いと言われるのだ。
毎年新人冒険者の百人に一人はゴブリンによって四肢の欠損を余儀無くされる事が散見されるくらい危険なモンスターである。
それも土地勘の無いダンジョンの中でそう言う事になったら逃げだす事は不可能だった事だろう。
……これ、バルバロシリーズの一シーンに使えそうだな、覚えておこう。
「そうそう、だから私が必死になって『バインド』で邪魔しながら仕留めたんだからね。上層だったから良かったものの、もう少し深かったら確実に殺されてたよダクネスは」
「へ? お持ち帰りされて死ぬまで苗床にされるんじゃないのか?」
ララの困惑した顔と質問に私とクリス、そしてウィズさんは頭を抱えて溜息を吐いた。
完全に勘違いしているララの知識を何とかするために此処はしっかりと教えてやるべきだろうな。
「はぁ。ララ、ダンジョンにおけるモンスターの発生は魔力溜まりからだ。即ち、ダンジョン産のモンスターは繁殖に性行為を必要としないんだよ。野生の、地上のゴブリンならララの考えていた通りだけど、ダンジョンの中ではそうはならないんだ」
「うん。ダンジョンのゴブリンは冒険者を餌としてしか見てないよ。たまに先祖返りみたいに性欲旺盛になるのも居るみたいだけど、概ね食欲に変換されてるんだよ」
「つまり、もしもダクネスさんがゴブリンたちに捕まっていた場合、身包みを剥がされた後に死ぬまで殴打されてミンチにされるか、四肢を捥ぎ取られて踊り喰いされていた可能性が非常に高いんですよ」
さぁーっと顔を青褪めたララ、ウィズさんのまるで見てきたかのような詳細な内容に口を押えるゆんゆん。
とてもじゃないが楽しい温泉と言える雰囲気ではなかった。
そして、ギギギと油の切れた歯車のように此方を向いためぐみんは涙目を浮かべていた。
その潤んだ瞳から読み取れる内容は一つ、ダンジョン怖い、である。
いや、こんなん序の口と言うか弱肉強食はこの世界の常だと思うんだがな……。
はぁ、仕方が無いな。私はソウルから桶を取り出し、そこにお酒の入った小瓶と小さな杯を置いた。
全員の視線が集まる中、私は器用に片手で小瓶から杯にお手製の蒸留酒を注ぎ込み、きゅっと一口で飲み干した。
「ぷはぁっ、美味い!」
「「いやいやいや、今そんな雰囲気じゃなかったでしょう!?」」
両隣からツッコミを入れられつつ、温泉のおかげで血の巡りが良いからか若干へべれけ気分になった私は頷いた。
いや、頷かれても、と言う感じの表情を浮かべた二人を無視して二杯目を煽る。
かぁーっ、度数が高いからか直ぐに身体が火照ってくる。
ついでに岩塩の欠片も出してぺろりと舐めて肴にする。
「ふぅー、辛気臭い事言ってても仕方が無いだろう。そう言う死に方をしないように色々と考えて潜るのがダンジョンなんだからな。と言うかこの面子でそうそう死人なんて出やしないだろうよ」
「いやまぁ、それはそうですけど……」
「あぁ、せんぱンンッ、アクアさんが居れば即死じゃなければ回復してくれるでしょうし、何よりベテランなウィズさんも居ますしね。多分問題無いと思うよ」
「私は主に魔王軍との戦いが主でしたけど、たまに息抜きでダンジョンにソロで行っていた事もあるのでお任せください!」
それって一緒に行ってくれる人が居なかったんじゃ、だなんて自分の事を棚上げした視線を向けるゆんゆん。
相当なベテラン冒険者だった、くらいしか知らない私たちからすればどうしようも無い事だな。
まぁ、その実力を見せてもらうためにもダンジョンに潜ってみるのも良いかもしれないな。
「そう言えばアクア来ないですね。隣が男湯なのでカズマが来たら扉の音で分かると思うんですけど」
「ふむ、私がお酒を投げておいたから晩酌しているんじゃないか?」
「そうなんですかね? 因みに聞いておきたいんですけど、どこまで仕込んでたんです今回」
「んー、三割程度かな。基本的にゼスタの脚本に助言入れているだけだしね」
「ゼスタさんが?」
「ああ。いやほら、アクアさんってカズマくんの転生特典として下界に居るから、末永く良好な関係を維持したまま居てくれる方が都合が良いんだよアクシズ教的に」
あぁ、成程、と言う感じで全員の頷きが返って来た。
くいっと三杯目を飲み干し、喉がかぁっと熱くなる感覚に悶えながら岩塩を舐めて味を楽しむ。
「ぶっちゃけ私たち勇者候補は魔王討伐を最終目標にしている訳だから取り分けこの世界の宗教とは噛み合うんだよ」
「その割にはバニルと契約してませんでしたっけ?」
「あ、うちのバニルさんが毎日にっこにこしてるのはそう言う事だったんですね。バニルさん、最近はカラススレイヤーだなんて呼び名でご近所さんの好感度を稼いでたりしてますけど、結局は悪魔ですからね……」
「私の名声とバニルの危険度の低さが相まって受け入れられているからな。敬虔な教徒からの悪感情は食べ放題だしな。でもあいつの好きな味って羞恥の感情だった筈だが、どうやって摘まんでいるんだ……?」
『ふむ、契約者殿なら知っているかもしれないがこのアクセルにはサキュバスが経営する店がある。故に、その路地に入るための場所でニヤニヤと腕を組んでいるだけで初心な奴は勝手に羞恥心を抱いてくれるので大変効率が良いのだ。二度三度すると慣れてしまうが、次の春には新しいのが増えるから問題無い訳だな』
タイミングよく念話してくるなバニル。まるでこの場に居るようじゃないか。
……待てよ、お前まさか見通しの力でこの光景を覗いているとかしてないだろうな?
『おぉっと、見当違いな暴力は止めるのだ契約者殿よ。吾輩は確かに男性の恰好はしているが、悪魔なのである。性欲などは持て余していないので土塊の人形とでも思ってくれれば良かろう』
そういやお前の本体仮面だったな。スる事しようにもできないか、ならまぁ、許してやる。
ただし、ウィズさんが許すかどうかは知らんけどなっ!
『……ぐっ、では見逃しの対価として一つ情報を渡そう。その街に訪れる魔王軍幹部は約四日後にアルカンレティアに潜入する予定のようだ』
良いだろう、このまま黙っておこうじゃないか。
契約のパスから心底安堵した感情が返ってくるあたり、流石にバニルも本気でウィズさんとバトるのは勘弁らしい。
うぐっ、隣のクリスが横腹にぐりぐりと指を押し込んで来ていた。
見やれば私がバニルと念話していたのがバレているのかムスッと拗ねた顔をしていた。
仕方あるまい、こっそりと杯を一つ増やしてクリスに手渡し、酌をしてやる。
こくこくと蒸留酒を飲んだクリスはその辛さにひゃーっと口を開いて絶句していたが、岩塩をぺろりと舐めて頷いていた。
……こいつしれっと私の舐めた岩塩ぺろったな。
視線でそれを咎めて見れば可愛いてへぺろを返され、随分と強かになったなと諦める。
「……あの、なんか最近クリスとおんおん近くないですか? 何と言うか仲良しの度を越えていると言うか……」
「あはは、そうかな? ダンジョンに潜る友達が増えてちょっと舞い上がっちゃってるのかもしれないなぁ。ごめんね?」
「うぅむ、何か含みを感じるんですよねぇ……。何かこう、乙女心がピンチと言うか焦りを感じると言うか……」
流石はめぐみん、鋭いなぁ……。でもまぁ、クリスとの関係はまだ話せないなぁ。
ある程度めぐみんがこっち側に堕ちてからじゃないと感情的に拒絶しかねないし。
いや、むしろワンチャンあるのでは? 実際、今の私正妻ララと愛人めぐみんと言う感じで公認の二股している訳だし。
愛人枠の隣に妾枠が増えるだけだし……、いや、不誠実な事には間違い無いしもう少し黙っておこう。
それに、クリスの場合女神エリスのメッセンジャー的な役割を持っているから切るに切れないんだよなぁ。
……決して天界らしき場所でレイプ目で号泣するエリス様に同情したと言うか、シンパシーを得たと言うか、うん、そう言うのでは無いのだ、多分、きっと、メイビー。
このからっとした笑みの裏にあのドロっとした瞳があるのかと思うと保護欲を掻き立てられると言うか何と言うか。
多分、捨て猫を拾う心境なんだよなこの感情って。
そして、そのまま私に懐いて依存してドロドロに溺れて欲しいと言う歪な性癖が鎌首をもたげているせいだろうなぁ。
実際、めぐみんに構いっ放しなのもそれが理由ではあるし、ある意味似たようなもんなんだよな。
……ララと違って何をしてもセーフってのは正直惹かれる心地ではあるんだがねゲフンゲフン。
「確かに、何か隠していないかおんおん。どうもクリスの情緒が可笑しいと言うか、変わり過ぎているように思えるんだが」
「……まぁ、隠している事はあるよ。ただ、それが誰にでも教えて良いものでは無いってだけでね」
訝し気なララの視線を受けつつ、左手でこっそりと人差し指と中指の間に親指を抜き差しするジェスチャーをしてからクリスの首にあるチョーカー、そのエリス教徒のシンボルを弄んだ。
少し小首を傾げたララだったが、先日の一件の事を思い出したらしくクリスの正体の事も察しがついた表情を浮かべた。
「……うむ、まぁ、何かしらの理由があるのだろう。深く問いただす事は今はすまい」
「都合の良い時に伝えるから少し待っててくれ」
「うむ、分かった。私はおんおんを信じているからな。きっと止む無き理由があるのだろうしな」
……正直そこまで信頼されているとすっげぇ胸が痛いんですけど。
けどなー、流石に女神エリスが精神的に病みかけてて現実逃避先を探しているだなんてやべー事暴露できんしなぁ。
そこらへんは上手く濁して何とか取り繕う事にしよう、未来の私がんば。
一段落付いた事で四杯目の杯を傾けた。お代わりはソウルに仕舞い込んでいるので何度でも飲める。
おっと、クリスが小瓶を傾けてお酌をしてくれたので有難く受けておく。
あれ、実際これって不敬極まり無い事してないだろうか、だなんてふと思いついてしまったそれを酒と共に喉奥に流しておく。
今の生活は非常に満ち足りている状況だからな、ナニとまでは言わないが。
さて、明日はダンジョンに向かうとしてもギルドに一度寄る必要があるな。
冒険者ギルドの受付で付近のダンジョンの事を尋ねて対策を練ってから潜るのが吉だろう。
事前情報があるか無いかで生き死にが決まると言っても過言では無い。
崩落の危険性や横穴の存在の有無など少しでも得ておくべき情報は多い。
ダンジョンに慣れているクリスと言う存在があったとしてもそこを疎かにするべきでは無いだろう。
「クリス、因みにだがアルカンレティアに存在するダンジョンの情報は知っていたりするか?」
「勿論あるよ。アルカンレティアには二つのダンジョンがあって、一つは水路の合流地点にあるスライムダンジョン。もう一つは北部にある鉱山系のダンジョンだね。難易度は言うまでも無く北部の方が簡単だよ。アルカンレティアで冒険者を目指そうとする子たちの修練場にもなるくらいだしね」
「ふむ。では北部の方を仮目標として色々と準備していくか」
「へ? スライムの方が弱そうじゃないですか? 鉱山だと硬いロックゴーレム系のモンスターばっかりな気がするんですが」
「めぐみん。スライムを甘く見てはいけない。もしも顔にへばりついたらそのまま窒息したり鼻や口から内部に侵入される可能性だってあるんだ。不定形の身体に槍を突いても穴が開くどころかそのまま絡めとられて奪われる可能性が高い。人間よりも大きなサイズのスライムに出くわしたら即座に逃げるくらいの心持で居るべきだぞ」
ドラ〇エとかで雑魚の代名詞であるスライムであるが、この世界において、と言うよりもファンタジー世界においてその存在は脅威であると言わざるを得ない。
動きが鈍いとしても津波の様に覆い被さるように面的捕縛を行なわれたら近接戦闘は不可能であるし、魔法でしか倒せない相手がわらわらと出てくるダンジョンだなんて悪夢の沙汰だ。
魔力が切れかけた状態でダンジョンを脱出するだなんて甘い事を考えてはいけないのだ。
そうめぐみんにスライムの恐ろしさを淡々と語るとこくこくと頷きを返された。
爆裂魔法しか撃てず、そして槍でチクチクする事しかできないめぐみんは正直言ってスライムにとってカモである。
奴らは魔法生物系なので魔力に反応するため私たち紅魔族を積極的に狙ってくる事間違いない。
もしかしたらカズマくんも似たような勘違いをしているかもしれないし、明日にでも教えておくとしようか。
そんな事を考えながら少し脅し過ぎためぐみんに右腕を抱き着かれつつ温泉を再び楽しむのであった。