シャニマス猫物語   作:小林流

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小宮果穂 1

 

 

 ある日のことである。

 

 わたしは事務所から抜け出して散歩に出かけた。

 事務所の近隣はそこそこ発展しているものの、少し足を伸ばせばタップリの自然と触れ合うことができる。

 

 生い茂る木々、流れる川。都会の喧騒をしばし忘れ、目や耳を癒し、うなだれるのにはもってこいの立地である。わたしは久々に緑のニオイを堪能している。

 

 

 テレビもよいが自然もよいものである。

 最近、事務所にあるテレビがネットに接続したことで、わたしも動画配信サイトを見る機会を得た。それがよくなかったのであろう。いくら見ても尽きぬ様々な動画は刺激的だったが、いくらなんでも見すぎたというお叱りを受けたのである。

 

 

 

「しばらくテレビは禁止だ」

 

 わたしの抗議の一鳴き、媚びた喉鳴らし、ひっつき肉球マッサージなどなど、考えられる手をすべて尽くしたものの、それが受け入れられることはなかった。一度決めた天井は曲がらぬのであった。しばし消沈したわたしだったが、まぁ確かにあまりに不健康であったかと、思うところもあったので、こうしてデトックスに来ていたのである。

 

 

 わたしは少しウキウキして歩みを進める。ときおり野原のバッタなどを追いかけたり、スズメにちょっかいをかけたりしながら、気づけば大きな河川敷にたどり着いた。雄大である。毛玉になってからは、とんと水泳などしていないが、またいずれ泳いでみたいものである。

 

 

「あっ!猫ちゃん!」

 

 

 わたしの耳に届いた以外な声。顔を向けるとそこにはパッと咲くような笑顔を輝かせる少女、小宮果歩が手をぶんぶんと降っている。

 そして彼女はお供に、マメ丸を連れていた。マメ丸は小宮家で飼育している柴犬だ。まだまだ遊び盛りな仔犬であり、元気に毛が生えたようなマメ丸は種は違えど小宮ととてもよく似ている。その証拠に、マメ丸の方も私を見つけるやいなやブンブンとその尾を振り、一鳴きした。

 

 

 わたしは彼女たちに近づきぺこりとお辞儀をする。事務所かレッスン場でしか基本的には合わないアイドルと顔を合わせるのは新鮮である。

 

「猫ちゃんも散歩?わたしたちも散歩なの」「ワン」

 

 小宮は律儀にもしゃがみ込み、わたしと目を合わせながら言う。実に良い子である。そうだと私もにゃぁと鳴いた。マメ丸はわたしの近くにずいっと身を寄せて、ふんふんと鼻を鳴らし、まだまだ小さな舌でペロペロした。そして小さく二度鳴き、わたしの顔をじっと見るのである。わたしも一鳴きをマメ丸に返す。マメ丸は基本的にわたしに好意的な様子だが、残念ながら何を言っているかは不明である。言葉とは技能であって、機能ではないようである。まこと口惜しい。

 

 

「せっかくのお休みだから普段とはちょっと違う道を進んでるの。冒険みたいで楽しいよ」「ワン」

 小宮はわたしに笑いかけ、ついてくる?と問いかけた。わたしはにゃんと鳴いて、せっかくなので歩き出す彼女の後に続いた。

 

 

 小宮は事務所のアイドル達によくかわいがられているが、共に連れ歩くだけでも、その理由がよくわかる。青空に見える飛行機雲に目を輝かせ、小鳥の鳴き声に合わせて鼻歌を歌い、道路を横断する蟻の行列をマメ丸と共に興味津々に観察する。すべての行動に可愛げというか、善性がにじみ出ている。多くのアイドルは彼女よりも年上だから、こういった気持ちの良い子供らしさみたいなものに心惹かれるのであろう。毛玉であるわたしですら、思わず頭に手を伸ばしたくなるものである。彼女をここまでまっすぐ成長させてきたご家族の賜であろう。

 

 

 

 しばし散歩を堪能し、彼女の額にもじんわりと汗ばんだころ、小宮は水筒をコクコク飲みながら、うう!と唸った。そして小宮は前方を指さして、猫ちゃんだ!などと言った。

 

 

 はてわたしは、隣にいますが?などと考えながらわたしも視線を向けると、草むらに入っていく三毛猫を発見した。

 

「どこにいくのかな」

 

 言うよりも早く小宮とマメ丸は駆けだしていた。わたしは鳴く間もなく追いすがる。どういうわけか、毛玉のわたしよりも小宮の方が素早い気がした。小宮は躊躇することなくその草むらの中に頭から突っ込んでいく。ヒヤヒヤである。怪我などしないだろうか。

 

 

 小宮とマメ丸は毛玉の気持ちなぞつゆ知らずといった様子で、ズンズンと進んでいった。草をかき分け、木々を越えて進んでいく。

 

 

 少し進むと開けた場所に辿り着く。

 

 大きな木が一本だけ生え、辺りには青々とした草が広がる、どこか懐かしい光景であった。

 

 右を見ると小宮とマメ丸の頭にはいくつかの葉が絡まっている。

 実に腕白である。

 続いて前方に注意を向けると大きな木の下にいくつもの毛玉の姿が見て取れた。先ほどの三毛猫の姿もある。猫たちは木の下にできる大きな影の中で、寝そべったり、あくびをしたり、鼻をひくひくしたり、思い思いに過ごしていた。

 

「わぁ」

 

 小宮の口から、思わず漏れたような声がする。

 そしてマメ丸をすっと抱き上げて、恐る恐るその木に近づいていく。

 

 猫共は小宮の善性に気づいたのか、はたまた面倒なだけか、ともかく彼女が近づいても逃げ出すそぶりを見せることをしなかった。

 

 小宮は木の影の中に腰を下ろし、静かに息を吐いた。

 マメ丸も何かを感じ取っているのか、吠えることもせずに舌をペロリとするだけである。小宮はグルリを見まわして、「いっぱいいる」と呟いた後、心底思ったように「かわいい」と漏らした。

 

 

 にゃおんとどれかの毛玉が鳴いた。

 おそらく猫の集会、というヤツである。わたしはお呼ばれされたことはないが、定期的に野良猫たちはこうしてどこからともなく集合して、何をするでもなくだらけたり、まどろんだりして、なんだか満足気に帰って行くのである。

 理由はよくわかっていないそうだ。猫になったわたしもよくわからない。

 

 

 小宮は猫たちにならってか、ゴロンと寝転んだ。

 

 サァという風がわたしたちに吹いた。

 草の匂いがする。

 実に心地がよかった。

 猫共が集まってくるのも納得の場所である。

 わたしがぐあぁとあくびをすると、小宮も同じようにあくびをして、一気に微睡んだ。マメ丸も瞬く間に小宮に抱かれたまま瞼を閉じている。

 

 わたしは小宮に近づき、肉球で頭をポンポンと数度押してやる。

 

 また風が吹いた小宮の寝息が聞こえてきた。

 わたしは一鳴きし、彼女に寄り添って目を閉じた。

 

 

 

 ○○○○○○

 

 

 

 ピピピという電子音が聞こえる。

 

 

 小宮のポケットからスマートフォンの着信音が聞こえてきているのだ。

 わたしはググッと伸びをして、目を開ける。そして音をものともしない小宮の頬をフニフニと触れてやり、それでも起きないので、彼女の鼻をフシフシとしてやった。小宮はくしゅんとくしゃみをして、起き出した。そしてふああと大口を開けてあくびを噛み殺し、電話に気付いた。

 

 

 「ふあぁ、もしもし……あ、おかあさん。え? もうそんなに? ええっと、ごめんなさい。うん……うん。」

 

 

 小宮は電話先の母君に困った顔をして話し出す。

 どうやら随分長い時間、道草を食ってしまったようである。

 小宮はあわあわとして電話を切ると、寝ているマメ丸を起こしながらググッと伸びをした。

 

 

 「帰らないと……」

 

 小宮はすくっと立ち上がるが、ふいに強張った。

 

 

 「……どっち、だっけ?」

 「……わん」

 

 

 迷子誕生の瞬間であった。

 小宮は、えと、えと、と意味のない言葉を漏らしつつキョロキョロとして道を探している。

 わたしはウミャンと鳴いて、そんな小宮の足をポムポムとしてやった。こう見えて、わたしは鼻も耳も、そして、もの覚えさえも良いのである。わたしは小宮の顔を見つめ、シュンと格好良く彼女の前に体を翻した。そしてトコトコと前に進み、またミャオンと鳴いてやった。

 

 

 「猫ちゃん?」

 

 小宮はわたしを見て話しかける。

 わたしは、また一鳴きして、彼女をしばし見つめ、またトコトコと進んだ。

 勘の良い彼女は、それだけでわたしの後をついてきた。しめたものである。わたしは、彼女たちとともに先ほどの道を戻っていった。

 

 

 

 不安そうだった彼女の瞳は、草むらを抜け、木々を抜け、コンクリートの道路を抜けていくうちに、元来の輝きを取り戻し始める。小宮が見知った道に辿り着いた時には、もはやわたしを追い抜かんばかりの速度でマメ丸と共に駆けだしていく。

 

 

 「知ってる道だ!」

 

 

 安堵と喜びの鳴き声を小宮は上げた。

 マメ丸も追従するように鳴いた。わたしはなんとなしに小さく鳴いた。

 

 

 「猫ちゃん!」

 

 小宮はそういうとわたしを少々、強引に抱き上げるとギュギュと顔を擦りつけてきた。暖かいを通り越し、熱い体温を感じていると「ありがとう!」という言葉を頂戴した。わたしはくぐもった声で一鳴きしてやった。

 

 小宮は気分良く、なぜかわたしを抱き上げたままズンズンと進んでいく。いや、ぜひ離してほしいのですが。わたしは小さく鳴いたが、小宮はえへへと笑うばかりであった。

 

 

 

 結局、そのまま小宮家へ連れて帰られてしまったわたしは、マメ丸と共に水を飲み、マメ丸にベロベロと全身を舐められることとなった。愛情表現であることは重々承知なので嫌ではないが、涎まみれになるので、実に複雑な面持ちであった。そんなわたしを、小宮をはじめとする小宮家の面々は笑顔で見つめていた。それはプロデューサーがわたしを迎えに来てくれる夕暮れまで続いた。

 

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