嫌だ!誰か助けて!嫌だあぁ!!
り……る……り……!
やめてえぇぇ!!放してぇぇ!!
だいじ……り……?!
いやあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!
「瑠璃!!」
「っ……!」
輪の声で我に返った瑠璃。辺りを見回すと、クリスや他のクラスメイト達がこちらを見ている。何かあったのかと気になるのだろう、視線が瑠璃に集まっている。その中でクリスだけは心配していた。
「えっと……あの……」
「風鳴さん。」
「は、はい……!」
「どこか顔色が悪いようですけど、大丈夫ですか?」
自分ではそう思っていないのだが、客観的な目線ではそうなのだろう。瑠璃は大丈夫であると言おうとしたが心当たりがある為に、ハッキリと言えなかった。
「念の為、保健室へ行ってきなさい。そうですね……雪音さん、彼女の同伴をお願いします。」
「は、はい……!」
突然講師に指名されて動揺したが、すぐに落ち着いて具合の悪い姉を保健室へと連れて行く。
バルベルデの任務を終え、翼とマリアはロンドンへ、それ以外の装者達は日本へ戻り、束の間の日常へ戻っていた。今日は夏休み明け初日ということもあり午前登校だけなのだが、ホームルーム中に瑠璃はあの悪夢によって苦しめられていたのだ。
ちなみにリディアンでは関係者以外の生徒に過去を探られないように、幼馴染と伝えてある。『姉ちゃん』という呼び方をしている事についても幼い頃によく遊んでもらったという体で通している。故に殆どの生徒が、二人が本当の姉妹である事を知らない。
クリスは瑠璃を保健室まで送るべく同伴している。三年生の教室は二階であり、保健室は一階となっている。なのでそこまで掛かることはない。階段で一階へ降りると保健室へ向かう。
「姉ちゃん……やっぱり……」
「大丈夫だよ……。少し寝不足なだけ……」
確かに瑠璃の目の周りに隈が出来ている。ここの所悪夢に苛まれる頻度が日に日に増え、眠れないのだろう。通院もしており、処方箋も貰わなければならない程に悩まされているのだからクリスはなおのこと心配になる。
あの地獄の6年間でルリに何があったのか、それを知ればその痛みを少しでも背負えるんじゃないのか?クリスは意を決して聞いてみる。
「姉ちゃん……姉ちゃんが見てるゆ……」
「それより、クリスはどうなの?」
「え……?」
遮られるどころか逆に問われてクリスは歩みを止める。
「ソーニャさんとステファン君の事……やっぱり……」
「それこそ大丈夫だ。」
瑠璃に心配かけさせたくないクリスは強引に遮って返す。悪夢に苦しんでいる姉に、これ以上重荷を背負わせない為に否定する。
抱えている苦悩を共有しない。大好きだから、心配かけたくない。考えている事は同じ、流石双子の姉妹である。
「あの、お二人さん?」
声を掛けられた姉妹は振り返ると、後ろには瑠無がいた。
「そんな所で何をしているの?まだ授業中でしょう?」
「あ、いや……。実は……」
「保健室へ行こうと……クリスはその付き添いです。」
「ああ……そういうこと。なら私が連れてくから、あなたは教室に戻りなさい。」
「お、おう……。じゃあまた後でな。」
「うん。」
こうしてクリスは教室へと引き返し、瑠無についていくように保健室へと向かい、入った。瑠無はベッドのマットレスをポンポンと手招きするように優しく叩いた。
「ここを使って。」
「あ、あの……」
「歩いてる時に僅かだけどフラフラしてたし、その隈、明らかに寝不足ね。お薬出すから、そのベッドに座って待ってて。」
瑠無が鞄から錠剤が入った小さいケースと紙コップを出している間、瑠璃は案内されたベッドへと腰掛ける。
「はい。これを飲んだら一度眠りなさい。」
「え?」
錠剤と水が入った紙コップを渡されるが、突然渡された何の薬か分からない故に少し怪しさを感じる瑠璃。警戒しているのが分かったのか瑠無は優しく
「大丈夫よ。ただの精神安定剤だから。」
そう言われた瑠璃は意を決して薬を口に入れ、水で流し込む。
「飲んだわね。じゃあ次に、そのベッドに寝なさい。」
「は、はい……。」
腰掛けていたベッドに横になると、瑠無が布団を掛けてくれる。だが瑠璃はあの悪夢を見るのではと考えると怖くなって、身体が震える。そこに瑠無が優しく頭を撫でて微笑みながら
「大丈夫……きっと良くなる。」
「はい……。」
瑠璃はその言葉を信じて目を閉じた。すると、今までの苦しみが嘘のように静かに意識が落ちていった。
瑠璃が眠ったのを確認した瑠無は、そっとカーテンを閉めて、保健室から出て行った。
放課後、瑠璃が心配になっていた輪とクリスは瑠璃の鞄を持って保健室へと足を運ぶ。その道中、輪はバルベルデにいる間の瑠璃の様子をクリスから聞いていた。
「そっか……そんな事が。」
「やっぱり姉ちゃんをバルベルデへ行かせるべきじゃなかったんだ……。姉ちゃん、キャロルとの戦いから様子がおかしくなってやがる。」
瑠璃が見ている悪夢、輪の推測通りやはりルリの過去が関係している。果たして今の瑠璃は本当に記憶を取り戻していいのか、それは悪い結果に繋がる事は容易に想像がつく。だがいつかは知る時が来るかもしれない。そうなった時の為に、少しでも支えてやらなければと、瑠璃がバルベルデへ行っている間に決めたのだ。
それに、問題点は一つだけではない。
「まあ様子がおかしいのはあんたも同じだけどね。」
「はぁ?」
輪に問われ、思わずその足を止めてしまうクリス。
「気付かないと思った?姉妹揃って暗い顔してれば何があったのか……まあ内容は分からないけどさ、でも悪い方であるのは確実だよね?」
勘付かれていた。クリスは忘れていたが、かつてフィーネの手下として動いていた時、クリスをネフシュタンの鎧の使用者である事を最初に看破したり、初対面であるにも関わらず切歌と調が当時二課と敵対していた組織の者なんじゃないかと、二課、もといS.O.N.G.の諜報員も顔負けの洞察力を持っている。
輪には隠し事は通用しないと観念したクリスは自分が抱えているものを全て話した。
「命を助ける為とはいえ……片脚を吹き飛ばしちゃったか。ごめん、こう言うのも何だけど予想の斜め上だったわ。」
「だろうな。普通こんな話しねえよ。」
輪はギアを持たない故にそんな悩みとは無縁と言っても良いだろう。故にクリスの気持ちは分からない。だがもう一方、ソーニャの怒りとステファンの気持ちなら理解出来る。
「まあ怒りっていうのは理屈じゃどうにもならないからねぇ。その辺はよく分かる……でしょう?」
輪はツヴァイウィングのライブの生き残りというだけで社会的に否定される扱いを受け、その憎しみをツヴァイウィングにぶつけた。クリスも両親が亡くなったのをソーニャのせいにした。ソーニャもステファンが助かっても足を失った怒りをクリスにぶつけた。不合理だと分かっていても、心の中ではそれを許してくれない。誰かに怒りをぶつけなければ、現実を受け止めきれないから。
「けど、あんたがその子の命を救ったのは揺るがない事実。そのお姉さんはすぐには受け入れられないだろうけど、きっとその蟠りも解消できるよ。」
「そうなのか……?」
「そうだよ。まあその一歩が難しいんだけどね。」
えへへっと輪は笑った。クリスはそれに呆れもするが、同時に気が楽になった。誰にも言えない、仲間や姉に余計な心配を掛けたくないから、つい黙ってしまうが、輪が相手だと気軽に話せてしまう。それがクリスにとって唯一の救いなのかもしれない。
保健室に辿り着いた二人、輪がその扉を開けた。
「失礼します。瑠璃はいますか?っておっと……あそこかな……?」
一つだけカーテンが閉まっているのを見て、そこで瑠璃が寝ていると判断した輪は声のトーンを落とす。カーテンをそっと開けて、瑠璃が寝ているのも確認した。
「良かった……寝てる。」
「そうか。」
ここの所悪夢に魘されている所を間近で見ていた事もあり、苦しまずに眠っている瑠璃を見たクリスは安堵している。
「あれ……?ミラー先生がいないぞ……?」
「ああ……確か新任の教員だったな。」
保健室を見渡すが瑠無の姿がどこにもなかった。呼び出しでもされたのかと思い、二人は近くにあった椅子を拝借、それに座って瑠璃が眠っている様子を見守る事にした。
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海辺が見える豪華なホテルを思わせる部屋を拠点としているサンジェルマン達。今はサンジェルマンとティキしかいない。二つあるベッドのうち、その一つを、結晶から解放したティキを横たわせてある。胸部のカバーをスライドさせるように開くと、その中には歯車のような窪みがあった。
(ティキは、惑星の運航を製図と記録するために作られたオートスコアラー。機密保持の為に休眠状態となっていても、『アンティキティラの歯車』によって再起動し、ここに目覚める。)
まるで誕生日プレゼントを思わせる箱をサンジェルマンは手に取る。リボンを解き、箱の外装を開けると、出て来たのは傷一つない歯車である。
この歯車は当時ギリシャ・エジプト展という日本の博物館で開催されたイベントで、その展示品の中に含まれていたものである。それを先に日本へ向かわせたアルベルトが結社の下部組織を使い、事件を起こさせて、S.O.N.G.にそれを対処させている間に奪取、バルベルデ赴くついでにこれを渡したのだ。何故わざわざこんな派手なリボンが結ばれた箱なのかは本人の気分である。
ちなみにS.O.N.G.の間ではこの一連の事件を『アレクサンドリア号事件』と呼ばれている。
サンジェルマンが出した歯車は、ひとりで回転しめ、その窪みに収まるように入ると胸部のカバーを閉じる。同時にバイザーにも刻まれているヴジャト眼の紋様のような光が発し、それが消えるとティキはぎこちない動作で起き上がった。しかしすぐにその動きは流暢となり、すぐにバイザーを取り外した。露わになったティキの風貌はまるで少女である。
「久しぶりね、ティキ。」
サンジェルマンが声を掛けると、ティキはパァッと明るく
「サンジェルマン?うわあぁ!400年近く経過しても、サンジェルマンはサンジェルマンもままなのね!」
人目も憚らないような大きく元気な少女の声色である。もっとも今は結社以外の者はいない為、静かな小声で話す必要はないが。
「そうよ。時は移ろうとも、何も変わってないわ。」
「つまり今もまだ、人類を支配の軛から解き放つ為とかナントカ、辛気臭い事を繰り返しているのね!良かった、元気そうで!」
するとティキは辺りを見回して何かを探している。
「うん?うう〜ん?ところでアダムは?!大好きなアダムがいないと、あたしはあたしでいられない~!」
恋する乙女のごとく自分の体を抱きしめながら悶ている。その様子を見る限り、ティキはアダムに恋をしている。すると、突然電話のベルが鳴り響いた。音はバルコニーからであり、その柵の上にダイヤル式の固定電話が置かれており、ベルが鳴り響く。
サンジェルマンは受話器を手に取り、耳に当てる。
「局長……」
「え、それ何?!もしかしてアダムと繋がってるの?!」
それをティキが強引に横取りし、サンジェルマンのように耳に当てる。
「アダムー!いるの?!」
『久しぶりに聞いたよ、その声を。』
「やっぱりアダムだ!あたしだよ!アダムの為なら何でもできるティキだよ!」
ティキは400年ぶりにアダムの声が聞こえた事に有頂天になる。声色からしてアダムは男であるが、倒置法を用いて話している。
『姦しいなぁ、相変わらず。だけど後にしようか、積もる話は。』
「アダムのいけずぅ!つれないんだからぁ!そんな所も好きだけどね!」
目的が自分ではないと分かると、ティキはサンジェルマンに受話器を返して部屋に戻った。受け取ったサンジェルマンはそれを耳に当てる。
「申し訳ありません、局長。神の力の構成実験には成功しましたが、維持に叶わず喪失してしまいました。」
『やはり忌々しいものだな、フィーネの忘れ形見、シンフォギア。』
「疑似神とも言わしめる不可逆の無敵性を覆す一撃。そのメカニズムの解明に時間を割く必要がありますが……」
響の一撃で無敵性が消失し、そのまま破壊されてしまったヨナルデパストーリ。何故あの時、無敵性が失われたのか、サンジェルマンは不可解であり、学者気質のアルベルトでもそのメカニズムが分からずお手上げだった。
『無用だよ、理由の解明は。シンプルに壊せば解決だ。シンフォギアをね。』
「了解です。アルベルトと合流したカリオストロ、プレラーティが先行して、討伐作戦を進めています。私達も急ぎ合流します。」
サンジェルマンは受話器を戻し、部屋に戻ると、アルベルトから送られてきた1枚の論文を手に取り、それを目に通す。
(聖遺物の知識においては、私達よりアルベルトが上回る。そのアルベルトでも解明出来ないとは……。)
アルベルトは聖遺物や異端技術に関する知識が、人間だった頃より豊富であり、単独でアーネンエルベと張り合える程、異端技術の扱いに長ける。
アルベルトによるとガングニールに無敵性を消すような逸話は存在しない。ある最高神が手にしていたとはいえ、それは相手に必中するというものであって、呪いの伝承はないという。
では一体何故?サンジェルマンもその理由について解き明かしたいが、計画の為に動き出さなくてはならない。
今後の展開が悩ましいところ……早く決めなければ……