仮設本部へと戻った一部の装者達。瑠璃とマリアは病院へ緊急搬送され、現在この場にはいない。
「敗北だ。徹底的にして完膚なきまでに。」
弦十郎が腕を組んで、そう悔しさを滲ませて言った。アダムが放った黄金錬成で風鳴機関は全壊、バルベルデドキュメントも塵と消えたのだ。これは敗北以外の何物でもない。
モニターには黄金錬成を放った全裸のアダム、ファウストローブを纏った4人の錬金術師達が映されていた。
「打ち合った瞬間に、イグナイトの力を無理矢理引きはがされたような……。あの衝撃は……」
ファウストローブを纏った彼女達と打ち合った瞬間、イグナイトが強制解除された上にダメージを負ってしまったあの現象について、エルフナインが解析してくれていた。
「ラピス・フィロソフィカス。賢者の石の力だと思われます。」
「賢者の石……確かに言っていた。」
「完全を追い求める錬金思想の到達点にして、その結晶体。病をはじめとする不浄を正し、焼き尽くす作用をもって浄化する特性に、イグナイトモジュールのコアとなるダインスレイフの魔力は、為すすべもありませんでした。」
ラピスの特性が、イグナイトの使用トリガーであるダインスレイフの呪いに対して作用した事で、イグナイトは強制的に解除された上に焼き尽くされた事によるダメージを負わされてしまったのだ。
つまり決戦機能として搭載されたイグナイトにとってラピス・フィロソフィカスは天敵であり、致命的な弱点となってしまったのだ。
さらにこれだけではなく、バイデントもこれに該当するとの事だった。現在判明しているバイデントの伝承はハ・デスが手にした槍というだけであるが、ハ・デスは冥府の神であり、死を連想させる。さらに多くの装者と装者候補、関係者を死へ追いやったバイデントの呪いがある為、これがラピスにつけ入れられてしまうと結論付けられている。
今回錬金術師達の攻撃に一度も接触する事なく全て回避したのが不幸中の幸いだったとの事。だがイグナイトを使用してなくてもラピス・フィロソフィカスの特性が牙を向けば、装者である瑠璃は何も出来ないまま倒されてしまうとの事だった。
「マリアさん達は大丈夫でしょうか……?」
「精密検査の結果次第だけど、奇跡的に大きなダメージを受けてないそうよ。」
大事ない事に皆安堵するが、これにエルフナインが首を傾げた。LiNKER補助がない状態でギアを纏い、さらにイグナイトを起動して瞬間的に火力を引き上げた為、その分バックファイアも増大しているはず。それなのに大したダメージがないという事に引っ掛かっていた。
「姉ちゃんは……どうなってんだ……?」
瑠璃も東京の病院へ搬送されていた。あの取り乱し方は普通じゃなかった。そこに弦十郎の口が開く。
「瑠璃は……しばらくは病院で入院する事になった。」
瑠璃はイグナイトを使用しておらず、また通常ギアでもラピスの特性によってダメージを受けていない為、外傷はない。問題は精神状態にある。瑠璃は極度に他人を恐れ、怯えるようになり、まとも会話を交わす事すら出来ない状態になっている。先程も目が覚めた時に担当の女医が話し掛けた途端、悲鳴をあげながら縮こまってしまい、「助けてパパ……ママ……クリス……」と泣きながら呟いていたという。もしかしたら3人の中で唯一存命中のクリスにだけは心を開くのではと医師は推測したそうだ。
「姉ちゃん……。」
「風鳴機関本部は現時刻を持っての破棄が決定した。各自、撤収準備に入ってくれ。」
弦十郎が指示を下すと、通信に対応していた緒川から知らせが入った。
「司令、鎌倉への招致がかかりました。」
「しぼられるどころじゃ済まなさそうだ……」
出来る事ならあの地には行きたくないというのが本音であるが、致し方ない。弦十郎はため息をつきながら、スマホで着信を掛けた。
『もしもし?』
「輪君、早朝にすまない。」
着信相手は輪である。彼女に通話を掛けたのは当然瑠璃の事を話さなければならないからだ。
『いえ。私は平気です。それより、何かあったんですか?』
「それなんだがな……」
弦十郎は起きた事をそのまま話した。
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サンジェルマン達が拠点としているホテルに、アダムが出入りしていた。これでパヴァリア光明結社の高位の錬金術師達が揃ったはずだったが、アルベルトだけその姿は見当たらなかった。
ベッドに腰掛けて、読書をしているアダムに、まるで甘えん坊の猫のように頭をスリスリとするティキ。たがサンジェルマン達は不服そうな態度だった。理由は松代での事である。
「ラピスの輝きは、イグナイトの闇を圧倒。勝利は約束されていた。それを……」
「下手こいちゃうとあーしたち、こんがりサクジュワーだったわよ?」
「しかもその上、仕留めそこなっていたというワケダ。」
プレラーティが錬金術で使役するカエルを介して、車に乗り込む翼を映していた。皆が苦言を呈する中、ティキが反論する。
「みんな!せっかくアダムが来てくれたんだよ?!ギスギスするより、キラキラしようよ!」
そう言うとティキの目はキラキラと輝かせるが、苦言を呈した三人はそれに乗るわけがない。
「みんな〜!」
「どうどうティキ。だけど尤もだね、サンジェルマン達の言い分は。良いとこ見せようと加勢したつもりだったんだ、出てきたついでにね。」
叫ぶティキにアダムが優しく制止する。そのまま読書をやめたアダムは帽子を深くかぶり、ベッドから降りる。
「でもやっぱり、君たちに任せるとしよう、シンフォギア共の相手は。」
「統制局長、どちらへ?」
「教えてくれたのさ、星の巡りを読んだティキが。ね?」
「うん!」
アダムにくっつくティキが満面の笑みで応える。
「成功したんだろう?実験は。なら次は本格的に行こうじゃないか、神の力の具現化を。」
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弦十郎から電話で、瑠璃が病院へ運ばれた事を知った輪は、この暑い中にも関わらず瑠璃が入院している病院へ走って向かっていた。受付で見舞いの手続きをすると
「輪。」
「マリアさん!みんな!」
既に翼を除いた装者、未来が集まっていた。
「あれ?オジサンと翼さんは?」
「鎌倉っつー所に呼ばれた。」
現在弦十郎と翼は鎌倉にいる訃堂から招致を受けたのだ。故に瑠璃の事はクリスとマリアに任された。
「何で瑠璃が……瑠璃は、大丈夫なんだよね?!」
クリスに問い詰める輪だが、代わりにマリアが答える。
「瑠璃の記憶が、完全に蘇ったの。」
「蘇った?思い出したって……でも確か……」
輪は弦十郎から瑠璃の過去を聞いていたが、だがそれだけで搬送される程のものなのか、にわかに信じる事が出来なかった。
「瑠璃には……会えるんですよね?」
「ええ。ただ一つ、条件があるようなの。」
「条件?」
そう言うとマリアを先頭に、瑠璃が眠る病室へと向かう。病室前に辿り着くと、部屋番号の下に表示されているネームプレートには雪音ルリと書かれていた。
「雪音ルリ?何で……だって名義は風鳴……」
「それについても説明するわ。クリス、あなたは先に入ってて。その間に、今の瑠璃の現状を話しておくわ。」
「ああ。」
クリスは病室の扉をノックすると、病室へと入っていった。それを確認したマリアは話し始める。
「今の瑠璃は、クリス以外の人間を怖がるようになってしまったの。家族である司令や翼も、拒絶されたわ。そもそもあの二人を家族と認識すら出来ていなかった。」
「え……?!じゃあ何でクリスを……」
「あの子が唯一認識出来るのがクリスなの。クリスだけには心を開いてくれる。だからもし瑠璃に会うならば、クリスの同伴が絶対条件よ。」
そんな状態になっていると知った輪は表情が暗くなる。他の者も同様だ。誰かと絆を結ぶ優しい先輩が、大好きな家族や仲間を認識出来ず、拒絶するなど思いもしなかった。それだけ瑠璃の精神が壊れてしまっている事を表している。
病室に入っているクリスは、壊れてしまった瑠璃の相手をしている。だがクリスは瑠璃の顔を見ると辛くなってしまっている。
「ねえクリス。覚えてる?あの約束。」
「あ、ああ……。パパとママの夢を叶える手伝いをするってやつだろ?」
瑠璃は約束の話をしている。さっきまで悲鳴をあげて怯えていたのが嘘のように。まるで幼子のように無邪気な笑顔になっているが、クリスはそれが辛い。光のない瞳で、今ではなく、虚空の世界で笑っているようにも見えた。
「ねえクリス。パパとママは?」
今の瑠璃はあのトラウマから自分を守る為にかつての幼きルリに逆行させ、無かった事にしてしまったのだ。故に死んだ両親は生きていると思い込み、弦十郎に引き取られ、輪と出会い、装者としてクリス達と共に戦った事も無かった事にしてしまったのだ。クリス以外の弦十郎や友達、後輩達を認識出来ないのも、それを無かった事にしてしまったから忘れてしまったのだ。瑠璃が大事にしていた絆すら無かった事にして。
だが失くしたままにさせたくはない。それはクリスだけではない、皆も同じだ。
「なあ姉ちゃん。今日はな、姉ちゃんに会いたがってる奴がいるんだ。」
「え……?」
話を切り出したクリスは病室の扉を半分開けて
「入ってくれ。」
マリア達を入れた。それを見た瑠璃は最初は怯えてしまっていたが
「大丈夫だ姉ちゃん。皆良い奴だ。誰も姉ちゃんを傷つけやしないさ。」
クリスがそう言うと、瑠璃は落ち着いた。装者達と未来を一通り紹介すると、最後は輪の番になる。
「最後だな。こいつは出水輪。あたしの……親友だ。」
「親友……」
瑠璃がオウム返しに呟いた。
「初めまして……皆さん。クリスがお世話になってます。」
皆に見せた笑顔は、無垢で残酷すぎるものだった。
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面会を終えた面々はそれぞれ病院のロビーから出ると、装者達は本部へと戻り、輪と未来は一緒に帰る。その道中、輪はずっと落ち込んでいた。急に親友があんな事になり、忘れられてしまったのだから無理はない。
「輪さん……大丈夫ですか?」
「大丈夫……じゃないかな。やっぱりキツいや。」
何とか励ましてあげたいが、何て投げかけてあげればいいか分からない未来。帰り道ずっと暗く重たい空気が漂う。
「じゃあ私こっちだから。」
「はい。また明日……気をつけてくださいね。」
「うん。ありがと。」
無理やり笑顔を作ってゆっくり手を振って、交差点で別れた。帰り道、未来が心配してくれているのは分かっていたが、自分が落ち込んでいるのを見て気を遣ってくれていた。申し訳ないと思いながら輪は一人、マンションへと帰る。
「出水さん。」
後ろから呼び掛けられ、振り返ると
「ミラー先生……。」
手を振る瑠無がいた。
ちなみに切歌と調は瑠璃が病院へ運ばれた直後に過去を聞かされました。
おまけ
輪「瑠璃が私達の事を忘れるなんて……ショックだよ……。ん?待てよ?となると私が撮ったムフフな写真も忘れてるって事だよね?それにこないだ借りた1万円も返さなくていいって事になるんじゃ……」
瑠璃「ならないからさっさと返しなさーい!」
輪「ギャース!!」