これは魔法少女事変が起こる少し前の、冬が終わる直前の出来事である
あと2日でロンドンへと旅立つマリア。今は一人で外を出歩いていた。有名人というの事もあり、せっかくの息抜きをファンに押しかけられないようにサングラスと帽子で変装している。はずだったのだが……
「ねえお姉さん、今暇?」
「俺らと遊ばない?」
いかにもチャラそうな男達に絡まれてしまった。正体がバレたわけではないが、マリア程の美人であればこうなるのはある意味宿命なのかもしれない。流石にこうもしつこく絡まれると、優しいマリアも鬱陶しく感じる。
(正体がバレたわけではないけど……面倒ね。どうしたものかしら……。)
「あ、おったおった〜!」
そこに、マリアの手を後ろから掴む女性が現れる。
「どこにいるんかと探してみればこんな所におったんや。はよ行こか!」
関西弁混じりでナンパ男達から引き離そうとするが、逃がすまいと女性にも声を掛ける。
「お姉さん大阪出身?ねえ俺達と……」
「こっから先はガールズトークや。野郎が入るなんておこがましいで。」
バッサリと切り捨て、その場を後にする。ある程度歩いた所で小夜が手を離した。
「あの……助けてくれてありがとう。」
「ええんやええんや。ああいう連中に絡まれるのは通過儀礼みたいなもんやからなぁ。そう言えばここは初めてかいな?」
「いいえ。初めてではないけど……まだ慣れていないっていうか。」
「まあさっきからキョロキョロしとったもんなぁ。」
「うっ……。」
図星である。日本にはフロンティア事変で暗躍していたとはいえ、観光などする余裕はなかった。故にゆっくり見るのは初めてであり、ロンドンやニューヨークにはない物珍しさもある。
「っちゅうことは外人さんかいな?」
サングラスや帽子があるのに何故そこまで読み取れるのかと内心ツッコんでしまう。
「ま、ウチはそういうの気にならへんで。せや、ウチ小夜っていうんや。そっちは?」
「マリアよ。」
「ホンマに外人さんやったんやなぁ!せや!せっかくやからお茶でもせえへん?ウチ奢るで!」
お茶の誘い、それも小夜の奢りという明らかに初対面の相手にすることではない。何か裏でもあるのかと勘ぐるマリアだが
「別に何も他意はあらへんで?」
そこまで読まれていた。だが助けてくれたという恩もあるので無下にはできない。
「ならお言葉に甘えようかしら。」
「決まりやな!じゃあ行くでマリア!」
この人は勢いとノリが凄い。そう感じたマリアだったが、心なしか風貌が誰かに似ていると思った。
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小夜に連れて来られた場所は小さなカフェ。珈琲はもちろんの事、ここはパンケーキが美味しいとの評判がある。小夜はここの常連さんなのだとか。
二人は入店し、スタッフに席に案内されるとそこに向かい合うように座る。
「ウチの奢りやから遠慮せえへんで好きなもの頼みな〜。」
「え、ええ。」
そう言われると余計に気を使うのだが、とりあえずマリアはモーニングセットを注文する。モーニングセットは珈琲とパンケーキ、ベーコンエッグ、サラダのセットとなっている。値段もそこまで高くはない。
「よし、ウチ決まったで!マリアは?」
「あ、私はモーニングセットを。」
「分かったで!すんませーん!」
小夜が定員を呼んで、マリアの分を注文した。
「んでウチは……今日のパスタセットで!」
今日のパスタセット。それは、コーヒーにサラダ、そしてシェフの気紛れによる日替わりパスタのセットになっている。ワクワクしながら待っている小夜に、マリアが何となく尋ねてみる。
「小夜は、ここの近くに住んでるの?」
「まあな〜。前はこの辺りやなかったんやけど、妹が高校入学したんで、ついでに引っ越したんや。」
「妹さんがいたのね……。」
「もしかして、マリアも妹がおるんかいな?」
その答えを言おうとしたが、詰まった。何せ妹であるセレナは既に亡くなっていたからだ。初対面の相手に、悲しい事を話すものではない。故にマリアは嘘をついた。
「ええ……いるわ。」
(何や?一瞬だけ悲しそうな感じがしたような……)
何処か歯切れの悪い言い方に違和感を感じた。これ以上聞くのは申し訳なくなる為、ここは話題を変える。
「そう言やマリアは仕事は何しとるん?」
「え?!ええっと……公務員よ!」
(ええっとって何や?また歯切れが悪い言い方やなぁ……。)
地雷を踏み抜きそうになっているのかと考えたが、同時にマリアには何か秘密があるんじゃないかと勘ぐる。
だがその勘繰りはある意味正しい。マリア・カデンツァヴナ・イヴは今後米国政府のエージェントとして振る舞う事になる。米国政府は自分達の不都合があれば躊躇なく手を下し、その痕跡を消す。何の関係もない小夜を守る為にも、本当の事を言ってはいけない。なら小夜の話に変えてしまえばいい。
「そういう小夜は何の仕事をしてるの?」
「ウチ?ウチはこの近くの病院で看護師やっとるよ。」
この近くというと二課、もといS.O.N.G.と繋がりのある大病院がある。もしやそこなのかと思ったマリア。
「3年くらい前に弦さんに勧められて、勤めとるんやけどな。」
「弦さん?」
「見た目は筋肉モリモリ、マッチョマンのオッサンなんやけどな。とっても優しい人なんや。確かアクション映画好きだってきいたことあったな〜。」
(それってもしかして……あの司令?!)
あのS.O.N.G.の司令、風鳴弦十郎の事かと内心焦る。小夜が述べた弦十郎の特徴が一致しているからだ。いや、そんな特徴をしている人間など一人しかいない。ここまで偶然が重なるのかと動揺するのも無理はない。しかし、動じてはエージェントとしてやっていけない。マリアは平静を装い、あたかも知らないように振る舞う。
「へ、へぇ……そうなのね。随分と変わった人なのね……」
「ま、ウチからすればアンタの方がよっぽど変わっとるで。」
「ドキッ……?!」
変な声とともに心臓の鼓動が、一瞬だけ強くなった。
「店内でその帽子とグラサンって、マスコミ対策みたいな事せえへんでもええんに。」
さっきから小夜が核心を突くような事を言う度に、マリアの心は動揺している。
小夜は気づいていないのか、みたいではなく実際そうしているのだ。マリアは世界の歌姫としてでも屈指の知名度を誇るが、フロンティア事変でシンフォギアを纏って世界各国に宣戦布告、さらにはウェルの暴走を止める為に世界中継したりしているので、音楽を知らない者でもマリアの名前を知らない者など殆どいないだろう。
(何この人?!さっきから発言が的確すぎない?!つい最近もこんな事があったような……)
「マリア……あんたひょっとして……」
「お待たせしました。」
ここでタイミング良くマリアのモーニングセットと小夜のパスタセットが来た。それぞれ頼んだメニューがテーブルの上に置かれる。ちなみに本日のパスタはカルボナーラ半熟卵添えである。
(ナイスタイミングよ!グッジョブ店員さん!)
「おっ!来た来た!今日夜勤明けで何も食べれへんかったからお腹ペコペコやってん!ほないただきまーす!」
小夜はパスタに舌鼓を打つが、マリアは内心小夜の恐ろしさを身にしみながらパンケーキを食べる羽目になり、味なんて覚えているわけがなかった。
料理を食べ終え小夜が会計を済ませると、二人は店から出た。
「ご馳走様。本当に良かったの?」
「ええんやええんや。ついでにウチの朝食に付き合ってもらったんやし。こちらこそおおきにな〜。」
そこに、スマホの着信が鳴る。それが自分のスマホからだと気付いた小夜は鞄からスマホを取り出して電話に出る。
「もしもし?何やて?!分かった、すぐ行くで!」
慌てた様子で着信を切る。
「ごめん!ウチすぐに職場に戻らなアカンねん!今日はホンマおおきにな!」
手を振りながら急いで病院へと向かう。置いてけぼりにされたマリアは面を食らった顔でその背を見る事しか出来なかった。
「何だったのかしら……。」
「あの……」
後ろから声を掛けられた。先程料理を運んでくれた店員だ。
「私に何か……?」
「これ、お連れ様のお忘れ物では?」
店員から渡されたもの。それは手帳である。店員から受け取ったマリアは礼を言う。
「ありがとう。」
用が済んだ店員は店に戻る。手帳を見ると、よほど使い込んでいるのかページの端がボロボロになっている。さらに、手帳には何かが挟まっている。それを出すと、病院で使う名札だった。それには「出水小夜」と記されている。その名字で、マリアは驚愕した。
「出水……?!もしかして!」
知り合いに出水という名字が一人だけ。輪だ。先程妹がいると言っていた。そして妙に見覚えのある容姿。今考えてみれば、輪に似ていた。小夜が輪の姉であると確信に至る。マリアは急いで小夜が勤めている病院へと向かう。
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小夜は今日は非番であったはずが、急患が入り、看護師の人手が足りないという事で急遽ヘルプに入った。急患は一人や二人ではなかった。しかし、小夜は医師から教わった処置を的確に行い、命を救った。
何とか全員の処置は終わり、多忙の山場を越えた小夜はナース服から着替えて職員専用玄関から出ていった。しかし、既にもう日が傾きつつあり一日が終わりを迎える手前を感じさせてしまう。
「疲れたわぁ……。けど明日も仕事や……」
「お疲れ様。」
「お疲れ様……ってマリア?!何でここにおんねん?!」
マリアがここにいる事に面を食らった。そんな小夜に構わず、マリアは小夜に手帳を渡す。
「これ……ウチの……。何でマリアが?!」
「落ちていたの。それ、大事なものでしょう?」
「せやけど……態々ここで待ってたん?!」
「ええ。にしても、さっきまで凄い騒ぎだったわね。」
マリアがここに着いた時、救急車と人でざわついていた。患者として運ばれていた人数も少なくなかった。けど小夜は一人一人の患者と向き合って命を救おうと必死に動いていた。マリアはさっき見せなかった、そんなひたむきな小夜に尊敬の念を抱いていた。
「ねえ小夜。良かったら連絡先、交換しない?」
「ホンマか?!」
「ええ。また日本に来た時、今度は心ゆくまで過ごしたいもの。」
「ええで!ほな、ちょっと待っててな!」
二人はスマホを出してお互いの連絡先を交換し合った。
「ホンマおおきにな〜!今日は楽しかったで〜!」
「ええ!こちらこそ!」
連絡先を交換した後、二人は分かれた。その帰り道、アドレス帳のアプリを開いてマリアの連絡先を見てニコニコしていた小夜だったが……
「カデンツァヴナ・イヴ……もしかしてマリアって!」
そこで初めてマリアが世界の歌姫であると知った。小夜が言っていたマスコミ対策みたいな格好をしていた事も合点がいった。
帰宅後、その土産話を輪にすると
「ええぇぇ?!小夜姉そんな事があったの?!ズルい!私も呼んでよー!」
「そないな事言われてもなぁ……。」
二人は歌姫と看護師ではなく、友達として時々連絡を取り合うようになり、魔法少女事変集結後も、一緒に食事に行ったりしていたとか。
小夜の手帳
小夜が落とした手帳には、これまでの患者の容態の様子や処置の仕方など、書き殴られている筆跡がある。
それとは別に付箋や別のメモ用紙も挟まれている。
小夜「マリア、誕生日おめでとうな!」