というわけであのトラウマ回となります。
クリスの自宅に飾られている仏壇。それは当時、S.O.N.G.がまだ特異災害対策機動部二課だった時、亡き両親の為に瑠璃とクリスが出し合って買ったカッコいい仏壇。ちなみにこの時、弦十郎を連れて仏壇を担がせた事で、彼が7回も職質を受ける事になった。
瑠璃とクリスが学校へ行く前に、瑠璃と共に手を合わせている。それが二人の日課である。
「じゃっ、ガッコ行ってきます。」
「行ってきます。パパ、ママ。」
仏壇には両親の写真が並んで立っており、先日の誕生日の写真も飾られている。2人の18歳誕生日パーティーの時の集合写真であり、装者達はもちろん、友達である輪と未来も写っていた。ちなみにこの写真を撮ったのは他でもない、輪であり、星空フレームの写真スタンドも輪からの誕生日プレゼントであり、瑠璃とお揃いである。
「えっくしぶ!」
可愛らしいくしゃみをするクリス。リディアンの制服の上にコート、マフラーに手袋と完全防備ではあるものの、それでも寒い。
「この寒さはプチ氷河期どころじゃないぞ……。」
「でも南極よりはマシじゃない?は……あ……っくしずっ!」
変わったくしゃみをする瑠璃。
「ギアを纏ってんのと一緒にするなって。大体な……」
「クーリスちゃーん!」
「おはよう。」
二人の後ろから響と未来がやって来た。さらにもう一人、シャッターが切られる音が聞こえる。
「今日も姉妹揃って熱々で眼福眼福。これなら寒さなんてへいきへっちゃらだねぇ。」
「あっ!輪さんに持ってかれた!」
響の口癖をパクって写真を撮っていた輪はしてやったりと笑う。
「おはよう3人とも。」
「おっはよー瑠璃!」
撮られ慣れているせいか、赤面するクリスより冷静におはようの挨拶をしている。
「寒いよねぇ~。でも温かいよねぇ~。お似合いの手袋!」
「いつもありがとう、響ちゃん。」
瑠璃の台詞からして昨日もこのやり取りがあったようだ。が、これが追い打ちとなったようで、顔を真っ赤にしたクリスにも我慢の限界が来た。
「毎朝毎朝押しつけがましいんだよ馬鹿ぁ!」
クリスのバッグが響の脳天に直撃した。これには未来も呆れている。
「調子に乗りすぎ、はしゃぎすぎ。」
「だってさ、一緒に選んだあの手袋、瑠璃さんとクリスちゃんに喜んでもらってるみたいだから!」
瑠璃の藍色の手袋とクリスの赤色の手袋。これは響と未来が選んだ誕生日プレゼントである。あれから瑠璃とクリスはこの手袋をして登校しているのだが、特にクリスが喜んで大事に使っている事を響は嬉しくてしょうがない。
「手袋して休まず登校してくれるし!」
「言われて見れば、3人とも推薦で進学も決まってるのにね。」
「そうそう。それも同じ大学なんだよね〜。イェイ!」
得意げに右目でウィンクしてピースする輪。3人は同じ志望校を受けて見事推薦が決まったのだ。ただ唯一、輪の偏差値がギリギリだった為、瑠璃が勉強を教える事となったが、必死の努力の末に輪も合格が決まったのだ。
「まあ私はともかく、クリスは私達より学校に行ってないから、その分の……」
「だぁー!余計な事を言うな姉ちゃん!」
クリスが大声で遮った。それがおかしかったのか、皆が笑っていた。だがその直後に、瑠璃とクリスの表情は真剣なものになる。
「これが……いつまでも続けば良かったな……。」
「ああ……けどあんな事があっちゃな……。あたしらも、そろそろ暢気に学校に通っているわけには、行かないのかもしれないな……。」
同じ事を考えているのはこの二人だけではない。3日後に日本で凱旋ライブ「roof of heaven」を向かえようとしているのだが、どうもそれに身が入らないようだ。それも現場監督からも首を横に振られてしまう始末。その様子をマネージャーである緒川と、サングラスかけて黒服に変装しているマリアが見ていた。
「何かに、心を奪われているようですね。」
「んっ?!そ、そうね。任務の合間に陣中見舞いしてみればこの体たらく……凱旋ライブの本番は3日後だというのに。」
とは言いつつも何かに心を奪われている、という点ではマリアも同じである。緒川もやれやれと言わんばかりに苦笑いを浮かべている。
そこに一旦休憩に入った翼がやって来た。
「お疲れさまでした。」
「いえ……。」
「世界に再び脅威が迫る中、気持ちは分かるけどね。でも、ステージの上だってあなたの戦う場所でしょう?」
「それはそうだが……南極からの帰還途中で、あんな事が起きたのに……果たしてここは、私の立つ所はなのだろうか……。」
実は南極での任務が終え、その帰還途中でアルカ・ノイズの襲撃を受けたのだ。襲われたのは米国空母のトーマス・ホイットモア。そこにはS.O.N.G.が回収した聖骸を積んでいた。それを狙ってパヴァリア光明結社の残党の一人が襲撃を仕掛けたのだ。
幸い先行警戒していた調と切歌の活躍によって撃退したのだが、こうも派手に立ち回られてしまった以上、再び襲撃される恐れがある。皆はそれを危惧しているのだ。
「我々S.O.N.G.も、極冠にて回収した遺骸の警護に当たるべきではないでしょうか?」
「気持ちは分かるわ。でも遺骸の調査、扱いは米国主導で行うと、各国機関の取り決めだから仕方ないじゃない。」
聖骸の解析や取り扱いは、米国の横槍同然のやり方で行う事になったのだ。
異端技術や聖遺物はどんな通常兵器を凌駕する最強の武器になりうる。そんなオーバーテクノロジーを喉から手が出る程欲しがるのは仕方のない事だ。それでも翼は納得が出来ない。
「せめて私達が警護に当たれれば、被害を抑えられ……あいたっ!」
聞き分けのない子供にやるかのように、マリアは翼の額にデコピンをくらわせる。翼は結構痛いようで額を抑えている。
「今やる事と、やれる事に集中するの。ステージに立つのは、貴女の大切な役目のはずでしょ?」
人々に歌を届けて勇気と希望を分け与えるトップアーティストの一面も、翼の役目でもある。
「不承不承ながら、了承しよう……。だが、それには一つ、条件がある。」
「は?」
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ライブ当日の夕刻。スタジアムへと向かう車道は大量の車で行列をなしていた。翼の凱旋ライブの為、それは起こりえる事だった。その内の一車両で、この現状に嘆く者がいた。
「久々のライブだよ?!翼さんの凱旋公演だよ?!だけどこんなんじゃ間に合わないよぉう!」
「しょうがないよ。ここまで混んでるとね……。」
後部座席に座る響の嘆きに、助手席に乗っている瑠璃が宥める。ちなみにクリス、切歌、調、輪を乗せた車は響の乗る車両の隣を走っている。
「マリアも急に来られなくなるなんて……。」
「ツイてないときは何処までもダメダメなのデス……。」
ここに来る前、マリアが来られなくなったという一報に調と切歌は落ち込んでいた。だがその一報に、助手席に乗っている輪は顎に手を当てて考えていた。気になったクリスが問う。
「どうしたんだ?」
「いや、マリアさんまで来られなくなったっていうのがどうも……あっ。」
輪が一つの答えに辿り着いた。
その答えは翼の凱旋ライブ開始と同時に明らかになる。日が暮れて、スタジアムの装飾の光とペンライトが交差する。
夜空を背景に字幕に『Tubasa』と表示される。そして次に表示されたのは
『and Maria』
マリアの名前が出た事に、観客達はどよめく。どういう意味かと理解出来ない者が殆どだった。同時に翼が歌い出すと、別の歌声が聴こえて来た。ライトの光でスタジアムが照らされると、翼の隣にマリアが立っていた。
スペシャルゲストにマリアのいう豪華な演出に観客達は大きな歓喜で盛り上がった。
あの時、翼が出した条件。それがマリアも共に唄うというものだった。
「そんなこと無理よ!出来ないわ!」
「いつか、私と歌い明かしたいと言ったな。」
「でも、私には……」
「私は歌が好きだ。マリアはどうだ?」
マリアだって歌が好きだ。故にこの条件を受け入れ、このライブに参戦した。
バッグスクリーンには翼とマリアが唄う姿が映っている。二人が唄うとステージの色が青とピンクの色と交互に変わっていく。
そしてサビに入ると二人が立つステージが動き出し、縦横無尽に駆け回る。そして、ステージの色が黄色に変わり、翼の衣装も、一部がステージの色に変わる。
演出に加えて翼とマリアのデュエット、観客達の盛り上がりは限界を知らない。まだこれで1曲目なのだ。次の曲は何なのか、何を見せてくれるのか、胸の鼓動、ワクワクが止まらない。
(アーティストとオーディエンスが一つに繋がる、溶け合ったような感覚……!まるであの日に、故郷の歌が起こした奇跡のような……。)
だがここで、瑠璃が何かに気付いたかのように車内からスタジアムを見上げる。それに気が付いた未来が尋ねる。
「どうしたんですか瑠璃さん?」
「来る……!」
バイデントのギアペンダントを握ってそう言うと助手席から降りた。
「瑠璃さん?!」
響が呼び止めるが瑠璃はそのまま道路を走っていった。
「何でここに……!」
その嫌な予感は的中した。突如スタジアムの真上からアルカ・ノイズの召喚陣が複数も展開された。そこからは巨大な飛行型アルカ・ノイズが顕現した。
翼とマリアもそれに気が付いているが、観客達はまだ気付いていない。
「これは……?!」
翼の中で蘇る、かのツヴァイウィングのライブの惨劇。突如現れたノイズが観客達の命を奪った惨劇。
アルカ・ノイズが空から観客席に卵のように産み落とした。観客達の目の前でそれが着床し、溶け出すとそこから大量の小型アルカ・ノイズ達が姿を現した。観客達は悲鳴を挙げて逃げ出す。
「やめろおおおぉぉ!!」
翼が叫ぶが、アルカ・ノイズの群れは無慈悲にも逃げ惑う観客達に襲い掛かり、その解剖器官をもってして分解する。分解された人間は僅かな悲鳴とともに遺体の形も残らず赤い霧、プリマ・マテリアとなって消える。さらにアルカ・ノイズはスタジアムの柱にも攻撃を仕掛け、分解した事でステージの一部が崩れ落ちる。
Imyuteus amenohabakiri tron……
詠唱を唄い、それぞれのギアを纏った翼とマリアがアルカ・ノイズに向かって走り、斬り捨てていく。二手に分かれ、個別にアルカ・ノイズに対処していく。
しかし、それでもアルカ・ノイズの大群。次々と無抵抗な人間が分解されてしまう。
「皆さん落ち着いてください!こちらの指示に従って……」
「嫌ぁ!私が逃げるのぉ!」
「退けお前ら!道を空けろ!」
緒川の避難勧告も虚しく、我先に助かりたい観客達は避難経路を争っている。だがその観客達も空から襲いかかって来たアルカ・ノイズにまとめて分解されてしまった。
「パヴァリアの……残党……!」
流石の緒川も、こんな残虐な手段に出るとは予想外だった。
車道を駆ける瑠璃は、道路から飛び降りた。
Tearlight bident tron……
ギアを纏った瑠璃は、二叉槍を箒のように跨って遠隔操作を応用して飛行する。ブースターを最大まで点火させてスタジアムへ急ぐ。
そのスタジアムに、高笑いが響いた。
「ハハハハハ!恐れよ!怖じよ!ウチが来たぜ!ここからが始まり、首尾よくやって見せるぜ!」
その声の主はミラアルク。コウモリの羽を思い起こすそれで、宙を舞う。その姿はまさに吸血鬼だ。
そこに青い斬撃が飛来、それを避けて、地に降りる。
「ウチの標的はお前だぜ、風鳴翼!」
「パヴァリアの残党……!歌を血で……汚すなあぁ!!」
怒りとともに翼はミラアルクに斬りかかる。ミラアルクは羽を腕に纏って剛腕へと変えて刀を受け止める。
「大人しく躙らせてもらえると助かるぜ……!」
「戯れるな!」
「翼!深く追いすぎないで!」
アルカ・ノイズを斬り捨てたマリアが、冷静さを失っている翼に自重するよう呼び掛けるが、今の翼には届かない。
だが何度も打ち合っているが、ミラアルクの戦闘力自体そこまで高くはないのだろう、翼の方が優位に立っている。一瞬でミラアルクを瓦礫へと叩きつけて、トドメを刺そうと刀を突き出す。
「ひっ!」
だがそこにいたのは翼の髪型を真似た少女だった。なんとミラアルクは逃げ遅れた少女を盾にしたのだ。すぐにその手を止めた事で少女には傷をつけることはなかったが、少女は恐怖で怯えてしまっている。
「やってくれるぜ風鳴翼……弱く不完全なウチらでは敵わないぜ。」
「弱い……?」
翼はミラアルクが言った事を問う。ミラアルクがか弱い少女を盾にしておいて弱者を気取るその態度に懐疑的だからだ。だがミラアルクは構わず続ける。
「そう、弱い……。だからこんなことをしたって、恥ずかしくないんだぜ!!」
ミラアルクは何の躊躇いもなく、その腕を突き出し、少女の身体を貫いた。その鮮血が翼の頬に掛かった。用無しとなった少女の胴からミラアルクの腕が引き抜かれたと同時に崩れ落ちた。
穴が空いた胴から大量の血が流れ、遺体は血溜まりとなった。目の前の悲惨な事態に耐えきれなくなった翼が悲鳴を挙げた。
「あ…………ぁ…………ぁ…………あああああああああああぁぁぁぁぁーーーーーーー!!」
「刻印……侵略!」
ミラアルクのステンドグラスの瞳が翼に入り込んだ。
「貴様ああああぁぁ!!」
怒りで我を忘れた翼が蒼ノ一閃を連続で繰り出すも、怒りのままに繰り出したものではいくらミラアルクでも躱すのは造作もない。
「総毛立つ!流石にここまでだぜ!」
「そのその不埒!!掻っ捌かずにはいられようかあああぁぁ!!」
そこにマリアが止めに入る。
「落ち着きなさい!ここにはまだ、逃げ遅れた者がいるのよ!」
「そろそろ終いにしようぜ!」
役目を果たしたミラアルクは指をパチンと鳴らす。その瞬間、空に漂うアルカ・ノイズの大群が無差別にスタジアムに攻撃を仕掛けた。
「お姉ちゃん!!マリアさん!!」
全速力で駆けつけた瑠璃の救援も間に合わず、支柱が壊された事でスタジアムが崩壊してしまった。
「錬金術士の追跡……不能……。」
「10万人を収容した会場が……崩壊……。生命反応は……」
ここから先は言わなくても分かる。弦十郎の拳が振り下ろされた。
「お姉ちゃん!!マリアさん!!お姉ちゃ……」
二人を空から捜索していた瑠璃。すぐに発見したが……
(守れなかった……。大切なモノばかり……この手からすり抜けていく……。)
翼の手から、刀が手から落ちた。何一つ守れなかった翼の防人としてのプライドはズタズタに引き裂かれてしまった。
この惨劇によって犠牲となった数は7万人を超え、奏を失ったツヴァイウィングのライブの惨劇を上回る結果となってしまった。
裏話
このライブ、輪だけ間に合わせるようにしようと思いましたがやめました。