戦姫絶唱シンフォギア 夜空に煌めく星   作:レーラ

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力を欲する者

 病院襲撃から数時間後。アルベルトはノーブルレッドがアジトとする研究所に留まっていた。ここはディー・シュピネの結界で守られている。それがあれば他者から存在を認知されることはない、鉄壁の守り。ファウストローブの研究もここでならうってつけだ。

 現在ノーブルレッドの3人は先の戦闘で力を消耗してしまい、動けない状態だった。彼女達の身体は力を使う度に血中パナケイア流体が濁り、生命活動に大きく支障をきたす。それを回復させる唯一の手段こそがRhソイル式の全血清剤による輸血。しかし輸血中は活動を制限されてしまう。

 今はアルベルトが代わりに雇い主に通信をしている。光が入らぬ部屋に光るモニターにその人物が映っている。

 

「はい。シェム・ハの腕輪はヴァネッサが奪取、ファウストローブも完成。あなたの望む力、間もなくです鎌倉殿。」

『そうだ。七度生まれ変わろうとも神州日本に報いる為に必要な……神の力だ。』

 

 鎌倉殿、アルベルトがそう呼ぶ相手の正体は、国を守る為ならば人の命を踏みにじる怪物、風鳴訃堂。彼が忌み嫌う夷狄を裏で操り、神の力を欲する姿は、醜いものだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 小夜の葬儀が執り行われた翌日、瑠璃とクリスはリディアンで講義を受けていた。大学が決まっても二人は学業を疎かにせず、しっかりと学校に通っていた。だが、いつも瑠璃の隣に座っている輪の姿だけがなかった。昼休み、心配になった瑠璃とクリスは瑠璃のタブレットで輪に電話をしていた。

 

「もしもし?輪?」

『瑠璃……。』

 

 声色だけで輪に活力がないのが分かる。

 

「大丈夫……じゃないよね……。」

『うん……。』

 

 輪は自分の部屋に閉じこもっていた。夜勤などでいない日があったが、小夜が亡くなった今、本当に一人ぼっちになってしまった。

 全て部屋のカーテンは開いておらず、電気もつけていない。仏壇に飾られている亡くなった両親と旭の遺影。その隣には小夜の遺影も飾られ、遺骨も納められている。どの部屋にも明るさなんてものはない、静寂だけが漂っている。

 

『ごめんなさい。小夜さんを巻き込んで……守れなくて……。あの時私が……』

「良いよ……。アンタが悪いわけじゃないんだから……。」

『ごめん……。』

 

 瑠璃は悪くないのにいつも謝る癖がある。いつもそれを輪が笑って指摘する。だが笑えない今の状態では、それを指摘するのが妙に苛立っているようにも思えてしまった。

 

「ねえ瑠璃……。」

『何?』

「小夜を殺した奴って、パヴァリアの残党なんでしょう……?」

『え?』

 

 突然の問いに、瑠璃は言葉を失った。

 

『どんな顔してた……?何人いたの……?ファウストローブ、エルフナインが持ってるんでしょ……?』

 

 次々と繰り出される輪の問いに、瑠璃は不安が過ぎった。感情的になりやすい輪の事だ、小夜の命を奪ったノーブルレッドに復讐するつもりだ。残党とはいえ、ギアもファウストローブも纏えない輪では勝ち目はない。だがそもそも、そんな危険な事をさせられない。瑠璃一旦、深呼吸して輪に言った。

 

「駄目だよ……輪。輪にそんな危険な事……させられない……」

『良いから教えてよ……。』

「出来ないよ……。だって輪は……」

『教えろって言ってんじゃん!!』

 

 突然輪が声を荒げて怒鳴り、瑠璃は萎縮した。クリスも一瞬怯んだが、瑠璃のタブレットを取って話しかける。

 

「おい輪!いくら何でも姉ちゃんに当たるのは違うだろ?!姉ちゃんだってお前の姉貴を……」

「分かってるよそんな事!!」

 

 声を荒げて叫んだ。同時に輪の嗚咽が漏れている。

 

「輪……?」

「そんな事分かってる!でも……でも私はっ……小夜姉の命を奪った奴が……許せないんだよ……!この手で殺してやりたい……!アンタなら分かるでしょう?!」

 

 輪の慟哭、それはクリスがよく分かるものだった。大人達が引き起こした戦争によって両親の命を奪われ、ルリの心を壊した。全てを憎み、荒んだかつての自分と今の輪が重なったクリスは何も言い返せなかった。

 

『教えてくれないんだったら……一人にさせてよ……!』

 

 電話越しに聞こえるすすり泣き。これ以上何を言っても輪を刺激してしまう。そう悟ったクリスは着信を切った。瑠璃が心配すると、クリスは首を横に振って、タブレットを返した。

 

「輪……。」

 

 二人は思い出した。小夜の死亡が確認され、霊安室に運ばれたあの日、知らせを聞いた輪が駆け付け、冷たくなって動かなくなった小夜を見た輪が泣き崩れたあの時を。

 

「小夜姉……嘘だよね……?起きてよ小夜姉……!小夜姉!」

 

 輪を止める為に、これが正しい選択なのかは分からない。だがそれでも輪を守る為には、自分達が戦って守るしかない。これ以上、大切なものを失いたくないから。

 

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 夕刻、本部に集まった装者達。新たな敵、ノーブルレッドの対処についてミーティングが行われている。凱旋ライブの観客や小夜といった一般人の命までもがノーブルレッドの手によって奪われてしまった以上、状況ははっきり言って芳しくはない。下手をすれば対キャロル、パヴァリア光明結社との戦いの時よりも事態は深刻といっても過言ではない。

 

「新たな敵。パヴァリア光明結社の残党、ノーブルレッドか……。その狙いは一体……」

「一連の事件を切っ掛けに、Rhソイル式の全血清剤は一ヶ所に集められて警護されることになったそうです。」

 

 これにより、敵は唯一の補給物資に手を出しにくくなった。まだノーブルレッドが保有する全血清剤がどれほどのものかは分からないが、補給が出来ない以上、長期決戦は出来ない。蓄えが無くなる前に勝負をつけに来る事が予想される。だがそれでも残党相手にどうも手が届かない所が歯痒いところだ。クリスが拳を打ち付けてそれを言う。

 

「しかし、残党相手にこうも苦戦を強いられるとは、思ってもみなかったな。」 

「確かに、幹部級4人の方がずっと手強かった……。一人生きているとはいえ、何故……。」

 

 サンジェルマン、カリオストロ、プレラーティ、アルベルト。彼女達はイグナイトとユニゾンを用いる事でようやく撃破出来た、まさに強敵。対してノーブルレッドの3人は、幹部達とは違って戦闘力はそこまで高くはない。調の言う通り、幹部達の方が強敵であるはずなのに、ここまで苦しめられている事に理解出来なかった。

 

「なりふり構わないやり方に惑わされただけデスとも!」

「だよね。サンジェルマンさん達の想いが宿ったこのギアで負けるなんて、あり得ない。」

「だけど……守れなかった。」

 

 瑠璃の言う通り、そのギアを用いていたにも関わらず、小夜を死なせてしまった。これは逃れようのない事実。たとえギアがあったとしても、それだけで全てが上手く行くというわけではない。

 それを痛感している翼はブリッジから出ようとする。そこにマリアに呼び止められる。

 

「ちょっと翼、どこに行くの?」  

「鍛錬場だ。相手が手練手管を用いるのなら、それを突き崩すだけの技を磨けば良いだけの事。」

 

 かつての相棒、奏を失った時の冷たい剣だったあの頃のような顔で出て行った。そこに今度は響が追いかけて呼び止めた。

 

「翼さん!今度、時間が出来たらみんなでカラオケに行こうって。だから、翼さんも……」 

「すまないが、他を当たってもらえないか。」 

 

 感情を押し殺した剣。今の翼はまさにその状態だった。響の誘いを断り、一人鍛錬場へと向かう翼の背中をただ遠くなっていくのを見ている事しか出来ない響だった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ノーブルレッドが拠点とする研究所。シェム・ハの腕輪の起動実験の準備をしていたアルベルト。こういったお膳立てはアーネンエルベにいた頃から慣れている。メインコンピューターに繋げられたケーブルの先にあるドームの中には7つの球体と、その中央にある一際大きい球体。そのケーブルの先に繋がれているのは、シェム・ハの腕輪が納められているガラスケース。

 セッティングが完了した同じタイミングで、Rhソイル式の全血清剤の輸血によって復調したノーブルレッドの3人が入って来た。

 

「遅かったじゃないか。」

 

 余裕の笑みを浮かべながら言い放ったアルベルト。彼女達にとってそれは嫌味、皮肉、罵倒にも聞こえてしまう。

 

「鎌倉殿の命令で瑠璃に不浄なる視線(ステインドグラス)を刻み込もうとしたのだろうが、あれは悪手だったな。」

 

 ミラアルクが瑠璃に不浄なる視線を使って侵食しようとしたが、何故か弾かれてしまった。あれはただ使うだけでは目晦まし程度にしかならない。特に装者達の場合は、全員確固たる意思を持って戦う。故に効力を発揮させる為には対象の精神が不安定である必要がある。翼の時と同じように、一般人で瑠璃の知り合いである小夜を殺して、怒りの虜にさせて使ったのだが、結果的には不発に終わってしまった。アルベルトはそれを暗に非難していた。

 だが3人にとってはアルベルトは自分達を怪物へと変えた組織の幹部。精神的にも大人なヴァネッサはともかく、ミラアルクとエルザは彼女の事を快く思っていない。加えて、アルベルトの余裕の笑みも相まって、彼女達の神経を逆なでしている。

 

「君達がやるはずだったこれは準備完了だ。あとは君達でも十分やれるだろう。あの時みたいに、しくじる事はないように……な。」

「分かっていますわ。」

 

 あの時は余計な事をしてくれたな。ヴァネッサに向けた目がそう投げかけている。ミラアルクとエルザは明らかな敵意を向けるが、ノーブルレッドの首領であるヴァネッサは感情的になる事なく、態々敬語で対応した。

 それから間もなく、風鳴訃堂が黒服達を引き連れてやって来た。訃堂の対応はヴァネッサが行う。

 

「お早い到着、せっかちですのね。」

「腕輪の起動、間もなくだな。」

 

 彼にとってノーブルレッドなどただの駒でしかない。まるで遠回しに早く起動しろと言わんばかりに、事を進めようとしているのが分かる。ヴァネッサはそんな彼の意図を汲み取るようにメインコンピューターのカーソルを叩く。

 

「聖遺物の軌道手段は、フォニックゲインだけではありません。7つの音階に照応するのは、7つの惑星、その瞬き。音楽と錬金術は成り立ちこそ違えど、共にハーモニクスの中に真理を見出す技術体系……。」

 

 ヴァネッサがコンピューターのコンソールをタッチすると、機材の7つの球体が光出し、そのエネルギーが中央の巨大な球体に集約される。

 

「この日、この時の星図にて覚醒の鼓動はここにあり!」

 

 そして、中央の球体に集められたエネルギーは、接続されたケーブルを通してシェム・ハの腕輪が納められているガラスケースへと流れる。ケースが割れて吹き飛ばされ、腕輪の輝きが部屋全体に眩い光が放たれる。だがその光はすぐに消失した。

 

「起動完了……なのよね?」

「ああ……それで良い。」

 

 アルベルトは肯定しているが、シェム・ハの腕輪に変化は見られない。ヴァネッサが成功したのか、懐疑的になるとミラアルクが腕輪に手を伸ばそうとした時だった。後ろから訃堂に、その腕を掴まれた。

 

(何だ?!ジジイの力とは思えないぜ?!)

 

 手を振払おうとするが、ビクともしない。老体に見合わぬその力に驚愕する。

 

「お前の役目は他にある。」

 

 訃堂がそう言うと、その後ろから背後から銃を突きつけられて歩かされている黒服の男二人。その二人の顔はミラアルクとエルザは見覚えがあった。

 

「あの時の人達でありますか……?」

「片づけよ。使いも果たせぬ木っ端だ。」

 

 埠頭で取引をしていた男達だ。取引現場を見られ、S.O.N.G.に尻尾を掴ませてしまったという理由で粛清される運命になったのだろう。

 訃堂の手から解放されたミラアルクは二人の方を見ると

 

「許せとは、言わないぜ。」

 

 鋭い爪で男の首の頸動脈を切り裂いた。男の首から血が大量に噴射し、倒れたと同時に緑色の炎にその身を包まれて、焼却された。

 

「怪物共めぇ!」

 

 死を目と鼻の先で目の当たりにしたもう一人の黒服の男が半狂乱に陥り、このまま座して死を待つものかと、逃げ出した。訃堂の傍にいる黒服が始末しようと拳銃を発砲するが、一発も当たらない。

 

「このまま殺されてなるものか!殺されるくらいならこいつでええぇぇ!!」

「よせぇっ!」

 

 余裕の態度を崩したアルベルトが制止するも間に合わない。男は奪い取ったシェム・ハの腕輪を右腕に填めて、それを頭上に掲げた。だがその瞬間、腕輪から謎の音響が発せられ、男は断末魔を挙げながら身体の内側から発せられた光と共に爆ぜた。爆発の余波によって研究資材が破壊され、壁に記されている蜘蛛の模様が燃えてしまう。

 この様子から、起動は失敗したのは誰の目から見ても明らかだ。先程の爆発も、使用者が扱うに値しないという拒絶反応によるものだろう。皆が唖然とする中、訃堂だけが嗤っていた。

 

「神の力、簡単には扱わせぬか。だが次の手は既に打っておる!」 

「ディー・シュピネの結界が!」

「連中が駆け付けてくるぜ?!」 

 

 先程の蜘蛛の紋章、それがディー・シュピネの結界。それが崩れたという事はS.O.N.G.にこのアジトの存在が知られてしまうのも時間の問題。対抗しても勝ち目がない以上、ここは放棄するしかない。

 

「提案があるであります!」

 

 ヴァネッサとミラアルクが動揺していると、エルザがアルカ・ノイズの召喚石を取り出した。




本音を言うと小夜さんを死なせたくなかった……
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