翼が鍛錬場へと行ってしまっている間、瑠璃はエルフナインのラボに訪れていた。というのもエルフナインの一日の大半はラボのデスクにかじりついている。彼女はいつも自分の戦場はここだと言うのだが、その無茶はいつも限度を超えていると言ってもいい。これ以上の無茶をさせない為に、今日もコーヒーを淹れ、訪れているのだ。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
ちなみにエルフナインのマグカップはえびふらいのイラストがプリントされている。
「頑張るのは良いけど、お父さん心配してたよ。たまには休んだら良いのにって。」
「いえ、僕はちゃんと休憩を取っています。」
エルフナインの口から休憩なんていう言葉が出た事に意外だと僅かに驚く瑠璃。だがもう一つ忘れている事がある。
「そうなんだ……じゃあお休みの日は何してるの?」
「はい。お休みの日は、ダイレクトフィードバックシステムを応用して、脳領域の思い出を電気信号と見立てる事で……」
「エルフナインちゃん、一旦止めようね?」
これ以上語らせても理解出来ないと判断して遮った。休日とは程遠い過ごし方である事は明白だ。それを何の疑問もなくそれを述べている姿は、まさに純真無垢だ。瑠璃も思わず苦笑いを浮かべる。
「エルフナインちゃんが普段どう過ごしているのか、何となく理解出来たような……出来てないような……。」
「あの、瑠璃さん……」
「どうしたの?」
何となく聞きにくそうな様子だった。そんなエルフナインに、瑠璃が訪ねてみる。すると
「無理してませんか?」
「え?」
エルフナインに図星を突かれてしまい、驚く瑠璃。
「瑠璃さん。ずっとあれを見てましたよね?」
エルフナインが指したガラスケース。その中にはラピス・フィロソフィカスのペンダント。そして、輪がキャロルから受け取っていたテレポートジェム。ファウストローブは、アルベルトが提供した設計図のお陰で修復され、さらにテレポートジェムは輪から押収した後、両者をエルフナインのラボに預かっていたのだ。
ラピス・フィロソフィカスのペンダントを見ると、今日、輪とすれ違いが生じてしまった事を思い出す。たった一人の姉を失い、復讐に燃える輪に、それを止めたい瑠璃の思いは聞き届かなかった。それほどまでに輪の心は深い悲しみへと落ちてしまったのだろう。
「輪さん……あれから……」
だがそこに割って入るようにアルカ・ノイズの出現を報せるアラートが本部中に鳴る。瑠璃とエルフナインは急いで本部へと駆け出して入る。既に響とマリアが先行して、出現地点に向かっている。
一方ノーブルレッドのアジトとされていた研究施設がアルカ・ノイズの攻撃を受けている。だがそれはノーブルレッドの作為。S.O.N.G.がここに来るのであれば、聖遺物や異端技術のデータを全て隠滅させて、施設をアルカ・ノイズに破壊させれば、あとは装者達がアルカ・ノイズを排除してくれる。そういう打算だった。
殿として残り、アルカ・ノイズの攻撃によって施設が破壊されていく様を見ていたヴァネッサがため息をつく。そこにヘリのローラーが空を斬る音が聞こえてきた。空を見るとS.O.N.G.のヘリが1機、こちらに向かっている。
「こちらもお早い到着だこと。」
Seilien coffin airget-lamh tron……
ヘリから飛び降りたマリアが起動詠唱を唄い、アガート・ラームのギアを身に纏う。同じく響もガングニールのギアを纏って現着。
短剣を逆手に握ってアルカ・ノイズを斬り捨てていくと、巨大なアルカ・ノイズがマリアを叩き潰そうと腕を振り上げる。その前に短剣を左腕の篭手に納めて、エネルギー砲台へと変形させる。その砲口からエネルギー波が発射された。
【HORIZON † CANNON】
砲撃によって巨大アルカ・ノイズは、背後にいたもう一体と共に赤い霧となって散る。
一方響はヴァネッサと交戦、指先から放たれるマシンガンの弾丸を避け、回し蹴りでヴァネッサを大きく後退させる。だが響は追撃はせず、対話を試みる。
「目的を……聞かせてくれませんか?」
これが響のやり方。相手と対話が出来るのであれば分かり合える可能性を信じる故の選択。すると、ヴァネッサは両手を挙げて
「降参するわ。まともにやっても勝てそうにないしね。分かり合いましょう?」
と、白旗を上げるような言動を取りながらも、豊満な胸を強調させるかのように、身に纏うジャケットのファスナーに手を掛ける。
「えぇっ?!そこまで分かり合うつもりは!」
豊満な身体故なのか、初心な響がたじろいでいる。そんな響に構わず、ファスナーを下ろしていく。頬を赤らめる響は両手で視界を覆うが、指の隙間からちゃっかり覗き見ようとしている。
「なんてね。」
だがファスナーを下ろしきって胸のカバーが開くとミサイルが二本放たれた。まさにおっぱいミサイルである。
「うわあああぁぁぁっ!!」
ミサイルに被弾し、爆発に巻き込まれる。だが放たれたミサイルは特に変わった性能もない、所詮はただのミサイル。響に大したダメージは入っていない。
分かり合おうと言っておきながら、不意討ちでミサイルを撃ってくる限り、分かり合う気は0だろう。ヴァネッサはファスナーを上げて、自身の目的を話す。
「私達の目的は……そうねぇ。普通の女の子に戻って、皆んなと仲良くしたいじゃ……駄目かしら?」
屈曲させた手関節の中からも小型ではあるがミサイルを放つ。だがそこにアルカ・ノイズを殲滅させたマリアがその間に入り、展開させたエネルギーバリアで響からミサイルの爆撃から守った。
「あっちゃぁ……。」
防がれたヴァネッサは、形勢不利を悟ってそう呟いた。マリアが駆け出し、ヴァネッサに短剣で斬りつけるも軽々と避けられ、跳躍して距離を離す。
「ヤバいかな?ヤバいかもね?」
着地したヴァネッサが、逃走しながらロケットパンチを放つ。マリアは蛇腹剣でそれを防ぐ。そのまま十字状に切って、左腕の篭手を爪状に変形させるとそれを突き出す。
【DIVINE † CALIBER】
十字架状のエネルギーがヴァネッサに纏めて襲い掛かり、爆発する。ダメージは与えたようだが、決定打にはなっていない。ただ戦えると立ち上がったヴァネッサの脳内に、テレパシーが流れ込む。
『腕輪と保護対象を連れて、戦域から離脱出来たであります!』
相手はエルザだった。黒塗りの車のボンネットの上に乗って念話しているのだが、その下ではミラアルクが持ち上げて空を飛んでいる。
エルザ達が目的を成し遂げた今、殿を務めるヴァネッサにはこれ以上の戦闘は無意味である。
「了解。こちらも撤退するわ。例の場所で落ち合いましょう。」
「待ってください!」
そこに対話を求める響が呼び止めた。
「やっぱり、話しても無駄ですか?分かり合えないんですか?」
響の問いに、ヴァネッサは迷いなく答える。
「分かり合えないわ。だって人は、異質な存在を拒み隔てるものだもの。」
目から閃光を放つと、足底部のブースターエンジンを点火させて何処かへと飛び去っていった。飛行能力を持たない響とマリアでは追跡が出来ない。
「拒み……隔てる……。」
ヴァネッサが放ったセリフを呟いた響。アルカ・ノイズは対処出来たものの、今回もノーブルレッド相手には勝利したとは言えない、後味の悪い結果に終わった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
響達が本部へと帰投し、戦後処理を行うS.O.N.G.のエージェント達。その中には緒川も入っている。ノーブルレッドのアジトという事もあり、何か手掛かりがないか、全員が血眼になって捜査に当たっている。すると、緒川が瓦礫の中に埋まっている歯車を見つけ出した。
「これは……急ぎ解析をお願いします!」
一方アジトを放棄して逃げ仰せたノーブルレッド達は今、車の廃棄所に潜伏している。そこに廃棄されているワゴンカーを寝所としているのだが、3人で川の字で寝れるとはいえ、先のアジトより寝心地は良くなく、掛かっているのは布団ではなくブランケットである。
「アジトを失うって、テレポートの帰還ポイントを失うだけでなく、雨風を凌ぐ天井と壁を失うって事なのね……。お姉ちゃんまた一つ賢くなりました。」
「おかげで次のねぐらが見繕われるまで、まさかの車中泊。世間の風はやっぱウチらに冷たいぜ。」
ミラアルクが愚痴を零した。
「あの時は仕方なかったであります。アルカ・ノイズの反応を追って、S.O.N.G.が急行してくるのは分かっていたであります。それでも、足がつく証拠や、起動実験の痕跡をそのまま残しておくわけには……っ!」
エルザも思うところはある。そこにヴァネッサが優しくエルザを抱擁する。
「心配ないない。何とかなるなる。だってエルザちゃん、しっかり者だもの。」
甘く優しい抱擁に身を預けようとした時、エルザのケモミミが立った。すると、ブランケットの中に潜り込んだ。
「ちょっ、どうしたのったらどうしたの?!エルザちゃん?!」
ブランケットから出てきたエルザの手に摘まれている黒い小型の機械。それは赤い光を点滅させている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
響がメディカルルームのベッドで検査を受け終え、ブリッジへと戻って来た。既に装者達が集まっており、響が合流した事で全員揃った。これから、ブリーフィングが行われる。
「全員揃ったな。」
「まずはこれをご覧ください。」
エルフナインが、モニターに映し出したのは装者達にはお馴染みのアウフヴァッヘン波形。聖遺物が起動した際に発せられる反応パターンである。
「これは……アウフヴァッヘン波形?!」
「それも、あたし等とは別の……ってまさか?!」
この波形は誰のギアの聖遺物にも当てはまらない。では他に何があるのか?クリスだけでなく、他の者も察しはついている。
「ああ。奪われた腕輪が起動したと見て、間違いないだろう。」
「アルカ・ノイズの反応に紛れ、見落としかねない程の微弱なパターンでしたが、辛うじて観測できました」
「恐らくは、強固な結界の向こうでの儀式だったはず…。例えば、バルベルデでのオペラハウスのような。」
「そして、観測されたのはもう一つ。」
モニターに映し出されたのは音声データのようなものである。そこから発せられる音に合わせてモニターの映像も揺れ動いているのだが、その音一つ一つが規則性を持っておらず、どこかちぐはぐでバラバラ、何を意味しているのか理解出来ない。
「何……これ……音楽?」
「だとしたら、デタラメが過ぎるデス!」
(聞いたことのない音の羅列……だけど私はどこかで……。)
調と切歌はお手上げなのだが、マリアは何処か懐かしさを感じている。そしてもう一人……
(初めて聴いたはず……なのに……)
瑠璃がその音に導かれるように手を伸ばそうとした。その瞳も冷たい闇へと変わっている。姉の異変に気が付いたクリスは、瑠璃の伸ばした手を取る。
「姉ちゃん?」
「はへっ……?」
クリスによって我に返った瑠璃。瞳の色も元に戻っている。
「大丈夫か?」
「うん……何でもないよ。」
クリスだけではない、他の者達もその異変に、視線が瑠璃の方を一点集中している。大事なブリーフィングを遮っていると思った瑠璃は、恥ずかしさで見を縮こませてしまう。
「す、すみません……続きを……。」
「は、はい。この音楽の正体については、目下のところ調査中。ですが、これらの情報を総合的に判断して、ノーブルレッドに大きな動きがあったと予測します。」
「やはり、こちらから打って出るべき頃合いだな。」
「でも、打って出るってどうやってですか?」
響の言う通り、ノーブルレッドが何処にいるか分からない以上、出撃の意味がない。だが弦十郎は既に手を打ってある。
「マリア君!」
「さっきの戦いで、発信機を取り付けさせてもらったのよ。」
モニターの前に進み出ると、モニターの地図から一ヶ所、赤い光が点滅している。つまりそこにノーブルレッドが潜んでいるという事だ。
「じゃあそこにあの3人が!」
「ノーブルレッド、弱い相手とは戦い慣れていないみたいね。」
敵の位置を捉えた今、今度こそ逃がすわけにはいかない。装者達はノーブルレッドが潜伏している車廃棄所へと向かうべくヘリに乗り込んだ。
お知らせです。
前回入れるはずだった小夜さんを殺した理由が入ってなかったので、前回のお話に追加しました。
本当に申し訳ありません。