ノーブルレッドのアジトとなったチフォージュ・シャトーの中枢。ここでヴァネッサは神の力を具現化させる儀式の準備をしている。大掛かりな機材が積み込まれており、その中央にはシェム・ハの腕輪が納められている。
(腕輪から抽出した無軌道なエネルギーを、拘束具にて制御。これで私達は……)
『ヴァネッサ。ミラアルクの帰還を確認。お客様も一緒であります。』
そこにエルザからの念話を傍受する。
「ご苦労様。こちらの準備も順調よ。早速取り掛かりましょう。」
『ガンス!』
「神の力は、私達の未来を奪還するために……!」
念話を終え、神の力を手にする手筈を整える。ようやく手にした好機を何者にも阻まれたくない。たとえそれがアルベルトや、風鳴訃堂であっても。
そのアルベルトは、かつてパヴァリア光明結社の局長、並びに幹部達が拠点としていたホテルに滞在している。タンクトップ型のジャケットと紺色のデニムパンツ、下着を脱いで結んでいた髪を解くと、長い黒髪髪が光沢を帯びて、背中いっぱいに溢れる程に広がる。
(もうどれ程の時が経ったのだろうか……。あの方がくださったこの肉体を……ファウストローブを得る為とはいえ、私は改造してしまった。)
彼女は一人、己が歩んで来た道を振り返り、思い更けていた。己の悲願を果たす為に、同じ先史文明の人間であるフィーネとは違う道を歩んだ。刃を交えずに再会したのは、アーネンエルベの命令で接触した時だった。その時、アルベルトは既に女と転換しており、フィーネは櫻井了子に成り代わっていた。
「久しいな。フィーネ。」
「瑠無・カノン・ミラー。いや、今はアルベルトだったか?変わったな。あの方に与えられた肉体、名前を捨てて錬金術師に成り下がったお前が、よくもまあおめおめと。」
フィーネはアルベルトの過去を知る唯一の生き証人とも言っても良い。昔のアルベルトは今の姿とは何もかもが違っていた。錬金術師でもなければ、女ですらなかった。そしてアルベルトという名前すらも。
瑠無を名乗っていた時のミドルネームを態々呼んでやる辺り、嫌味を言うかのように嫌悪している。しかし、アルベルトはその余裕の笑みを崩さない。
「君は相変わらずだな。些か早計な所が。」
「貴様……人の癇に障るのが得意になったようだな……!」
「ふっ……。そう怒るな。君と刃を交えに来たわけではない。」
アルベルトは目を閉じ、ふっと再び開くと余裕の笑みが消え、真剣そのものとなる。すると、資料の束をフィーネに渡す。
「この槍を、シンフォギアに変えてもらいたい。」
フィーネがその資料を目に通すと、そこに写し出されている聖遺物を見て、驚きのあまり目を見開いた。
「バイデント……?」
「この槍の名前だ。先の大戦でギリシャ政府から鹵獲した聖遺物。しかし、その際に柄が損傷し……」
「欺瞞を吐くのはやめろ。」
柄が折れた二叉槍。発見された時にはこの状態になっていたという。その穂先を砕いてシンフォギアの触媒として利用しようというものだった。
だがフィーネはこのバイデントの現存が偽りであると見抜いていた。バイデントの伝承に関する資料は殆ど皆無であり、その中で発見するなど不可能だ。そうなると、そもそもギリシャ政府が保管していたという話自体が偽りの可能性が高い。
「やれやれ……。分かってはいたか。」
「お前が肌身離さず大事にしていた槍、それを手放してまで……何を企んでいる?」
益々アルベルトが何を考えているのか、フィーネはアルベルトという人間の心の奥底を計り知れなくなる。それを察したのか、アルベルトは偽りなくその本心を告げる。
「フィーネ。私が変わったと言ったな……?それは間違いだ。私は……あの方の事を忘れた事は一度もない。あの御方を蘇らせる為には、君の力が必要だ。そしてこの槍は……蘇ったあの御方が手にした時……初めて真価を発揮する。」
アルベルトの中にある熱き意思。今まで誰にも見せなかった本音を、同じ先史文明の人間であるフィーネにだけ打ち明けた。彼女はそれに乗り、バイデントをシンフォギアとして形を変えてくれた。
しかし今ではそのフィーネも逝き、残った先史文明の人間はアルベルトが最後となってしまった。そして、現実味を帯びてきたアヌンナキの復活。それはアルベルトの悲願を阻むものであるが、止める事は出来ない。だがバイデントこそが、残された最後の希望。
一矢纏わぬ姿を晒してシャワーから流れるお湯を浴びているアルベルトの目には、その未来を見据えている。
(間違いない……。あの御方の魂は既に存在している。あの槍に選ばれたあの子こそが……。)
バイデントの呪い。聖遺物や異端技術に携わる者達が口を揃えて呼んだ現象。だがアルベルトはそれを初めから予期していた。それすらも偽り、装者達はそれを哲学兵装であると信じてくれた。
(隠れ蓑はいくつあっても困らない。お陰で、私自身も偽る事が出来るのだからな。)
敵を欺く為に己すらも欺く。そうやって周りを、仲間だった者達すらも欺いて、今のアルベルトを作り上げた。
「さて……戻るとするか。」
シャワーのバルブを止めて、鏡に映っている自身の顔を見ると、不敵な笑みを浮かべた。再び道化師を演じるアルベルトへと戻り、シャワールームから出て行った。
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翼は今、本部の整備場でバイクのメンテナンスを行っている。戦場において、翼に欠かせない愛機である為、そのメンテナンスを怠らないが、今は現実逃避と言ってもいい。しかし、心が落ち着いてきたのか狼狽えている様子はない。
(分かっている……悪いのはこの私だ。瑠璃に害を及ぼしたのも……弱き者を守れないのも……。)
思い悩む翼の通信機に、連絡が入った。通信端末を手に画面を見ると、相手は思いがけない相手だった。恐る恐るも通信に応答する。
「翼です……。」
『聞いたぞ?失態であったな。』
相手は風鳴訃堂だった。先のアルカ・ノイズとの戦いで街の建造物を無意味に破壊しただけでなく瑠璃を攻撃してしまったのだ。叱責は仕方ない。
「言葉もありません……。ですが、次こそは必ず防人の務めを果たしてみせます!」
「刻印、掌握!」
「っ?!」
突如訃堂が言い出したが、翼には理解出来なかった。
『翼、果たしてそこはお前の戦場か?そこにいて何を守る?!何を守り切れる?!』
「……?!」
だが翼は訃堂の叱責に、一つの反論もなくそれを受け入れるだけだった。
『道に迷うことあらば、何時でも訪ねよ。お前は風鳴を継ぐ者であり、天羽々斬は国難を退ける剣である事、ゆめ忘れるな!』
言う事を言った訃堂は通信を切断した。通信を終えた翼は訃堂の叱責が頭から離れられない。
「ここではない……私の戦場……。」
涙が溢れそうになり、それを拭う。バイクのオイルが付着した軍手のままで拭った故に、その頬が黒く汚れる。
「奏……!」
まるで助けを求めて縋るように亡き相棒の名を呼んだ。
『緊急の対策会議を行います。装者たちは、至急発令所に集合をお願いします。』
だがその弱音を殺さなくてはならない。ブリッジから召集を掛けられた翼は、直ちに作業着から制服に着替え、ブリッジへ入った。未だ目覚めない瑠璃と翼以外の装者達は揃っており、どうやら翼が最後だった。
「遅くなりました!」
「翼、何をしていたんだ?」
「すみません……。」
遅くなった理由を弦十郎に問われると、叱られた子供のように俯いた。遅刻は許されるものではないが、弦十郎はあえて深く追及はしなかった。代わりにマリアが翼に視線を向け、小さくため息をつく。
「これより未来君と、エルフナイン君の失踪について、最新の調査報告を基に緊急対策会議を行う。」
腕を組んでいる弦十郎が対策会議を始める。最初に緒川が調査報告を伝える。
「鑑識の結果と先程意識を取り戻した輪さんの証言によっえ、現場に残された血痕は未来さん並びにエルフナインさんのものではないと判明しました。」
「それじゃあ、未来とエルフナインちゃんは……!」
「うむ。輪君の証言によって、ノーブルレッドに与するアルベルトによって略取された。」
未来とエルフナインが生きている。それだけでも不安でいっぱいだった響は胸を撫で下ろした。
「だけどよ、ぶち撒けられたあの血だまりは一体誰の物だったんだ?」
血溜まりの主は一体誰のものなのか。気になったクリスが問う。
「それは……」
「滅茶苦茶悪人面の査察官だよ。」
ブリッジのドアが開くと、弦十郎が答えようとしていた事を言われる。装者達は振り返ると、まだ検査着姿の輪が入って来た。
「輪さん!」
「もう歩って平気なのか?!」
「大丈夫だって!ほら、この通り!」
響とクリスが真っ先に心配するが、輪は平気という証を見せる為に肩を回したり、バレエのように飛んで見せる。外傷は殆ど無い為、特にこれといった制限はない。だが血溜まりの主があの査察官のものであると知り、切歌が輪に問う。
「ちょっと待つデス!つまりあの査察官はノーブルレッドと組んでいたって事デスよね?じゃあ何で……」
「証拠隠滅の為の口封じ……かもね。」
「口封じ?」
輪が言っていたことを、調がオウム返しに聞く。
「さっきオジサンに聞いたけど、日本政府からの査察官と残党がグルだったって事は、多分巨大な後ろ盾がついているはず。それこそ、法律を変えられちゃう組織みたいな。だからもし、あの男を生かしておいたら……」
「自分達の尻尾を掴まれる恐れがある。その為の口封じって事ね。」
マリアがその意味を口にして、輪が頷いた。まさにそういう事なのだろう。
「でも1つ……気になるのが。エルフナインはともかく、何で一般人の未来が拉致されたのか。それが分からないんだよねぇ……。」
輪は僅かな情報だけで、敵の行動の意味や狙いを的確に分析する事が出来る。しかし、錬金術を扱えるエルフナインはともかく、非力な未来まで略取する意味だけが分からない。
何故未来まで略取するのか。その意味を知る数少ない人間である弦十郎から話される。
「今回の一件、何故未来君が巻き込まれつつも、害されず、攫われてしまったのか……。その仮説を聞いてもらうには、良い頃合いかもしれないな。」
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ミラアルクによって攫われたエルフナインが目を覚ました。だが目覚めてすぐに驚愕した。ここが何処なのか見覚えがあるばしょだったからだ。
「まさか……ここは!」
そこにエルザとミラアルクがやってきた。ミラアルクは太腿を露出させている短いスカートを軽くたくし上げてメイド風の挨拶をする。
「おかえりなさいませ~ご主人様〜。」
「あなた達……むぅっ!」
エルフナインの両頬をミラアルクが摘む。
「ハハハ!日本に来たのなら、一度言ってみたかったんだぜ!」
「ほほは、ヒホーヒュヒャホー……」
ここはチフォージュ・シャトーと言いたかったのだろうが、両頬を掴まれてはまともに発音が出来ない。さらに、そのままミラアルクに投げ飛ばされてしまう。これにはしっかり者のエルザが注意する。
「いけないであります!客人は丁重に扱わないと!」
「次からはそうさせてもらうぜ。」
「むーっであります……。」
しかし、ミラアルクはそんな事は気にも留めない返事に、エルザは頬を膨らませる。
一方投げ飛ばされたエルフナインはこの現状を打破する為に思考する。
(考えなきゃ……。今何が起きてるかを……ここに連れて来られるまでに何が起きたかを……。)
あの時、ミラアルクが仲間であるはずの査察官を殺害し未来と共に倒れてしまったのだ。その未来の姿が見当たらない。
「そうだ、未来さん!未来さんは何処にいるんですか?!」
「用済みと判断された彼とは異なり、彼女はまだ生きている、生かしているであります。」
エルザが錬金術で未来の姿を映して見せる。まだ意識を失っている未来は実験台のベッドのような物の上に寝かされている。その近くに置かれている台の上にはシェム・ハの腕輪がある。彼女達が何を企んでいるのか、エルフナインはすぐに思い当たった。
「まさか……バラルの呪詛から解き放たれた未来さんを使って……!」
「そのまさかだぜ。そしてやってもらう事がお前にもあるんだぜ。」
「今はあなたが使ってるキャロルの体を使って、起動して欲しいものがあります。」
「キャロル……まさか!チフォージュ・シャトーを?!それは無理です!たとえ起動できたとしても、機能の大部分に加えて、ヤントラ・サルヴァスパもネフィリムの左腕も失われた今、自在に制御することなど絶対に……」
チフォージュ・シャトーはかつてキャロルが作り上げた異端技術のネットパッチワーク。とはいえ、装者との激闘で損壊してしまった上に、キャロル本人はいない。身体はキャロルであっても、操作に必要なヤントラ・サルヴァスパとネフィリムの左腕を宿していたDr.ウェル亡き今、エルフナインでは動かす事など出来るはずがない。しかし、ミラアルク達は再び動かしてもらおうなどとは考えていない。
「落ち着けって!そうじゃないんだぜ!」
「あなたに起動してもらいたいのはこちらであります。」
エルザが指をパチンと鳴らすと、複数のライトが点灯する。
「まるで、何かのジェネレーター?これは?!」
ライトアップされたその部屋にエルフナインが入ると、そこにあった巨大な装置を見て驚愕する。装置ち繋がれた箱、というより棺と言うべきであろう。その中には人形の残骸が入っていた。棺は1つや2つという数ではない、無数の数が並べられている。この人形は、かつてオートスコアラーを作る際に廃棄された失敗作。一部が欠けていたり、未完成のままになっているものもある。
「あなた達は、一体何を企んで……」
ちなみにアルベルトのBHWはサンジェルマンに近い感じです。
正確な数値は決めてないので悪しからず……