アヌンナキの物語 後半です。
闘技場の中心で、彼は待っていた。その右手には既に剣を携えて、今か今かと待っている。
「すっかり主の気分か?」
「うわっ!あ、主?!」
背後から現れたエレキガルに腰を抜かした彼。剣も落とし、金属の音が闘技場に大きく響く。
「い、一体何処から?!」
「ここは我の領域じゃ。幾らでも抜け道があるわ。それよりもな……」
エレキガルが右手に持っていた剣を地に強く刺す。その力の余り、周りの地面に亀裂が入る。
「我を愚弄し、挑む勇気は認めてやる。じゃが……蛮勇とも区別のつかない愚か者とは思わなんだ」
「あ、あの……主?」
明らかに怒っている。なかなか玉座の間から出て来ないエレキガルを引きずり出す為の作戦として、挑発するように言ったのだが、それが裏目に出た事はエレキガルの怒りの表情ですぐに分かった。
「そこまで言うのであれば、我を倒してみよ。じゃが……今の我に、加減など期待せぬ事じゃ!」
そう言うと、すぐさまエレキガルが剣を振り下ろした。すぐに身体を翻して避けるが、容赦ない追撃が迫る。
「ちょ……主?!いくら何でもそれは……」
「喧しい!」
すぐに立ち上がった彼は剣を構えるも、何度も来る攻撃の前に防ぐ事しか出来ない。
「どうした?!あれだけ啖呵切っておいて、その程度か?!」
剣の刃がぶつかり合い、剣戟の音が響く。何度も何度も。だがその勝負は一方的だった。エレキガルの攻撃が激しく、手も足も出ない。
元々才能のない彼に、エレキガルに挑むなど無謀というもの。このような結果になる事は分かりきっているのだが、それでも彼は諦められない。
「うおおおぉぉーー!」
攻撃するべく強引に剣を振り上げるも、呆気なくそれは弾かれた。その剣は彼の手から離れ、回転しながら宙を舞う。
「なっ?!」
しかも刺さった場所はエレキガルの背後。取りに行こうにも、その前に立ち塞がるのが彼女ではそれも不可能だ。
「さあどうする?地に頭をつけて詫びを入れれば、先程の咎は見逃してやろう。でなければ……貴様の魂を跡形もなく……」
「……せいっ!」
「なっ……!」
投降勧告の途中だというのに、まさかの懐に飛び込まれてそのまま押し倒されてしまう。押し倒された彼女も、剣を手放してしまう。
「こ、こやつ……何て真似を……っ!」
押し倒して来た彼の顔が近い。目の前に映る彼の顔をまともに見れず、目を逸らす。
「エレキガル様!私は!近頃の貴方様の態度に、腹を立てております!」
押し倒して来た彼が突然、大声で叫んだ。驚いたエレキガルが彼の顔の方を見る。
「な、何がだ……?」
「近頃の主様は、私を見て話しませぬ!食事だって掃除だって、貴方様に喜んでいただきたくて一生懸命務めております!至らぬ点がある事は重々承知しておりますが、何が不満なのか、一切言ってくださらない故、どうすれば良いか分かりません!何かあるなら、ハッキリとお申し付けください!」
「お前……はっ……!」
何かに気付いたのかエレキガルの頬が赤くなる。
「……主様?聞いておられますか?っていうか、先程からどちらを……」
エレキガルの目線は彼の手を見ている。彼もその目線を追うと、その理由が分かってしまう。
もにゅん
彼の右手には女性特有の豊かな果実、それを鷲掴みにしていた。あまりの弾力に指の間をはみ出しており、それでいて柔らかい感触が彼の手に伝わる。
だが同時に、自分の所業の恐ろしさに彼の顔も真っ青になる。
「いやっ!あの……主様!こ、こ、これには……」
「……ぅ……うぅ……!」
この痴れ者があああああああああぁぁぁーーーー!!
エレキガルと彼の悲鳴が闘技場に響いた。そして、顔面を殴られるような音と、ドサァッと倒れる音が聞こえた。
「……んぅ。ここは……?何でここに……痛てて……!」
彼が目を覚ますと、そこは自身がいつも使う寝室とは別の天井だった。一体何故自分がここにいるのか、何故ベッドで寝ているのか、左頬の痛みですぐに思い出した。
「そうだ……あの時、主様の……」
咄嗟に自分の右掌を見て、頬が赤くなる。不慮の事故とはいえ異性の、しかも主であるエレキガルの胸を揉んでしまったのだ。男性の反応は当然だろうが、同時に無礼を働いてしまった事に罪悪感を抱いた。
「エレキガル様に何とお詫びすれば……」
「ならばここで詫びるか?」
「……へ?」
右隣から聞こえた声に振り向く。エレキガルの姿に気が付くと、ベッドの上に座って頭を下げた。
「も、申し訳ございませんでした!あ、貴方様の……あ……貴方様のお胸を……もごぉっ?!」
「それ以上言わんでいい!!」
これ以上何かを口走る前に、手で彼の口を塞いだ。一先ず落ち着いたところで放してやった。
「申し訳ございません……無謀にも、貴方様に……」
「もう良い。お主の意図は分かった。……すまなかった」
突然エレキガルから謝られるとは思わず、キョトンとする彼。
「近頃、お主に対して酷くよそよそしかった……。それは分かっていたのだ……。だが……」
そうしている内に、エレキガルの頬が朱に染まる。だが彼が正面からぶつかってきた思いを無碍にしない為に、意を決して言った。
「我は、近頃お主の顔が……まともに見れなくのうてな……。何だかその……お主の顔を見る度に、恥の念が込み上げてきてのう……」
その表情でその台詞、すぐには理解出来ず、二人の間に沈黙の間が入る。そして、ハッとした彼。
「も、もしかして……」
「何じゃ?」
「いえ……その、私の誤解かもしれませぬ故、ここは一つ……」
「言いたい事があるのなら言わんか!お主が言ったことであろう?!責任を持て!」
「は、はいぃ!そ、その……あ、貴方様は私の事がお好きなのかと……」
彼の口から出たセリフ。もし正しければ、それはエレキガルが彼に恋をしていると言う事になる。
「な、ななな、ななな!な、何を言うか戯け!わ、我が恋だと?!我は永い時を一人で生きてきたのじゃ!今更、しかもルル・アメルのお主に……」
「……だからこそ、だと思います」
必死になって否定しようとするエレキガルのセリフを、彼は遮ってそう言った。
「何じゃと?」
「貴女様は、ずっと独りだった。ずっと、この暗い闇の世界で、たった独りぼっち。ここに来る者は誰もいない。だから、誰かと繋がる事を知らない。恋というものが分からない。誰かを思う事も、無自覚のまま……」
彼の口から出たセリフ、エレキガルはハッとした。思い当たる所があったからだ。
生まれながらにして死と破壊の力を持つ自分は、誰かと繋がることなくここにやって来た。それから永い時を、たった一人で過ごして来た。
光溢れる世界に焦がれる事も、誰かと繋がる事も出来なかった。密かに企てていた反逆計画は、その嫉妬と羨望の感情が込み上げてきたから。
「そうだ……我は、ずっと独りだった」
ポツリと零れ落ちた本音。その左手は強く握りしめていた。ずっと押し殺してきた願い、もう留める事は出来なかった。
「我はずっと、蔑まれ、疎まれ、忌み嫌われ続けた。ここにいるのが何よりの証だ。だが我は、それを望む事も許されない。アヌンナキとして、魂達を裁かねば、地球はより良い発展の妨げになる。だが、それでも私は諦める事が出来なかった……」
エレキガルが天井を見上げる。
「だが、それすらも出来ないのなら、我は地球を破壊してやろうと魂達を別の空間に封じ込めていたのだがな……」
初めてエレキガルの本音を聞いた彼。エレキガルの悲しみ、嘆きを目の当たりにした彼は何を思ったのか。
「笑えるだろう?お前達が神と崇めている私は……俗物と……」
「私がいますよ」
「え?」
ベッドから降りて彼女の前に立つ。そして、エレキガルの前に跪いて彼女を見る。
「たとえあなたが誰から疎まれようとも、蔑まれようとも、たとえ地球上の全てが敵になっても、私は貴女様の傍におります。悲しい時も、寂しい時も……私は貴女の味方であり続けます。だからどうか、涙をお拭きください」
「お前……」
思わぬ告白に、エレキガルは涙を流した。初めて誰かと繋がる事が出来た、初めて味方が出来た、初めて誰かを好きになった。エレキガルは、それが嬉しかった。
「……ありがとう」
そうして、エレキガルは彼の名前を呼んだ。
「……はっ!」
長い夢から目を覚まして、瑠璃は起き上がった。辺りを見回すと、そこは夢で見たものとはまるで違う構造物だった。
「ここって……」
何故だかここを知っている、瑠璃の中にあるエレキガルの魂がそう訴えている。
「ここは……確か……!」
「んぅ……ここは」
隣で気を失っていた輪も目を覚ました。だが瑠璃はそれに構わず天井を見上げる。
「瑠璃……?何してんの?空なんか見上げ……ええっ?!」
起き上がった輪も天井を見上げた。その先の光景に、輪は信じられない表情で驚愕した。何故なら遠くの景色には地球が映っていた。
「ここって……いやいや!けど、もしかして……!」
「うん……間違いないよ。ここは……月遺跡だ」
これでエレキガルの始まりの物語は以上になります。
次回から本編再開です!