雪音ルリ……今は風鳴瑠璃。あたしの、たった一人の大切で、大好きな姉ちゃん。
幼い頃は、あたしを怖いものから守ってくれた。いつもそばにいてくれた。
悲しい時は一緒に悲しんでくれて、嬉しい時は、自分の事のように喜んでくれた。
名前が変わってからも、それは変わらない。いつもそばにいてくれた……。
だけど……いつの間にか、姉ちゃんはあたしの前を走るようになっていた。あたしを置いて、一人前へ……。
バルベルデの時も、あたしを守る為に、銃を持った大人達へと走っていった。
どれだけ手を伸ばしても、あたしの手は姉ちゃんに届かない。
お姉ちゃん!お姉ちゃん!
姉ちゃん!!
やっと掴んだと思ったその手は、砂のように粉々になってしまった。
何でだ?何でいつもこうなる?
あたしだって、姉ちゃんを守りたいのに……
それなのに……
『私もこの力があったとしても、瑠璃がアヌンナキだとしても……』
姉ちゃんがアヌンナキ……。じゃあ姉ちゃんは人間じゃないって事じゃないか?
おかしいだろ?だって、あたしと同じ……ママのお腹の中で生まれたんだからさ……!
いつからなんだ……?!いつから姉ちゃんは原罪から解き放たれた?!
姉ちゃん……分かんねえよ……
あたしが今まで信じてきた姉ちゃんが分からねえよ……
なあ姉ちゃん……姉ちゃんは本当に、あたしの大好きな姉ちゃんのままなんだよな?
あの時みたいに、全部をぶっ壊そうとして暴れ回ったりしないよな?
お願いだ……今、目の前にいる姉ちゃんが……姉ちゃんのままでいてくれ……
同じ頃、翼とマリアも別の一室で目覚めた。
響と同じ場所で目覚めるや否や、クリスは瑠璃を探して走り、ようやく見つけた。そこには輪も一緒にいた。だが、クリスの心境は穏やかではない。むしろ、不安でいっぱいだった。
「姉ちゃん……。っ……!」
あの時、エルザと激戦を繰り広げていた輪が言っていたセリフが脳裏に焼き付き、頭から離れなかった。
そんなはずはないと否定していたクリスだったが、思い当たる節がないわけではなかった。
パヴァリアとの戦いで、瑠璃は絶対の破壊神として自分達の前に立ちはだかった。
あの破壊神の殺気、プレッシャー、今までの強敵にはなかったものだった。だが不思議なことに、それを感じたのはそれが初めてではないように思えた。
『響ちゃんの命に関わってるんだよ?!それを知らなかったとか仕方ないで……済まされるわけないじゃん!!』
フロンティア事変で響がガングニールとの融合に苦しめられている事を知った時、そして……
『何でもないってば!!』
魔法少女事変で輪が裏切り者だと知って、クリスが問い詰めた時。
どちらも、それは瑠璃が憤怒した時の出来事だった。普段の瑠璃は怒る事をしない。だから怒ると怖い、そう思っていたが、実際はそうではない。あの時、瑠璃は無自覚に破壊神の圧倒的なプレッシャーを放っていた。
これだけではただの杞憂、こじつけと笑われても不思議ではない。だが、双子故に瑠璃が憤怒した時と破壊神の覇気は偶然の一致ではないと告げている。
そして、輪が放った一言。あれでクリスが瑠璃に疑念を抱く切っ掛けとなってしまった。
輪は勘が鋭く、大人顔負けの洞察力で物事の本質を突く事が出来る。その輪は一時、アルベルトの側にいた。訳あっての事だろうが、その訳こそがアルベルトの真実でもある。
アルベルトは瑠璃に何か拘りがあっても、瑠璃を陥れるような真似は絶対にしない。
寧ろ、今まで瑠璃を守るような立ち振る舞いでS.O.N.Gを騙し、パヴァリアを欺き、ノーブルレッドと風鳴訃堂を陥れた。
そのアルベルト本人から、何か伝えた可能性も否定出来ない。それがデマかもしれないと思う事は、今のクリスの焦りようから、それは頭から抜けていた。
「瑠璃さん!輪さん!無事だったんですね!」
「私の方は無事って言えるか怪しいけどね……」
「うえっ?!輪さん大丈夫ですか?!」
クリスの苦悩をつゆ知らず、追いついた響が体力切れの輪に肩を貸してやる。
「クリス、お姉ちゃん達に通信出来ない?もし繋がるなら……」
「なあ姉ちゃん……」
まだ行方知れずの翼達と合流出来ないか、手の空いているクリスに通信を頼もうとした時、それは遮られた。クリスと合流した時、表情に翳りを感じ取った輪だけが重い表情になる。
「姉ちゃんは……本当に姉ちゃんなんだよな?」
「どうしたのクリス?何を……」
「答えてくれよ!姉ちゃんは、本当に人間なんだよな?!」
クリスが声を荒らげて問われ、その意味を理解した瑠璃は返す言葉がなかった。
瑠璃自身も、いつかクリスにも知られる事は予想出来ていた。繊細で染まりやすい、それは実姉である瑠璃が一番よく知っている。
だが、いざそれを目の前で言われてしまうと、瑠璃の精神的なダメージも軽くはないものだった。
「気付いてたんだ……クリス」
「えっと……何の話?何の事を……」
「いいの、響ちゃん」
ただ一人、クリスの言った事の意味を正しく理解出来ていない響がクリスを落ち着かせようとするが、瑠璃が制止した。そのまま瑠璃は、クリスに向き合う。
「確かに……クリスの思ってる通り、私は普通の人じゃない」
もう隠しても意味は無い。いずれ他の皆にも知られる事だ。ならばいっそと、瑠璃は正直に話す。
「あの夢や破壊神……何より、人を呪い殺したって言うバイデントが、私を呪い殺さずに受け入れているのを考えると、何かあるんだなって思った」
適合した装者を殺すバイデントの呪い。ずっと心に引っ掛かっていた。バイデントのギアを纏ったその瞬間、例外なく皆、悲劇の末路を辿った。
だが瑠璃だけがその呪いに冒されることなくここにいる。その理由も分からなかったが、エレキガルの魂の存在によって、一つの仮説が真実へと繋がろうとしていた。
「アルベルトが言っていた、私の正体。冥府のアヌンナキ、エレキガル。それを聞いた時、突拍子もない事だって思ってたのに、妙に納得した自分がいた」
今回に限らず、聖遺物に関する事は理屈など通るものではない。ましてや、エレキガルは先史文明の時代の神。自分達の常識など範疇に収まる話ではない。故に、瑠璃は不思議と受け入れる事が出来てしまった。
「けど、おかしいよね?普通だったらこんな事、簡単に受け入れられるはずないのに……」
「何でだよ……」
「え?」
「何で姉ちゃんはいつも!あたしに何も相談しないで!少しくらい、あたしに話してくれたっていいじゃねえか!」
クリスはつい、瑠璃に対する不満をぶちまけた。
いつだって瑠璃はクリスに何の相談もせずに解決しようとしていた。
輪が裏切り者だと分かった時も、最悪の悪夢に苛まれた時も、遡れば幼くしてバルベルデで政府軍の兵に追われていたあの時も、瑠璃は一人で何とかしようとしてきた。
それは、クリスを守る為である事は重々承知している。だがそれでいつも苦しむのは、瑠璃であるというのに……。
「なあ、姉ちゃん!何とか言ってくれよ!なあ!」
「……なかった」
「は……?」
「出来れば、クリスにだけは知られたくなかった」
「何だよそれ……?!」
信じていた姉にそんな事を言われるとは思わなかった。クリスにとっては、拒絶されたように感じてしまった。
「姉ちゃんは……あたしの事が信じられないって言うのかよ?!」
初めて瑠璃に対してアンタと呼んでしまった。瑠璃に対する不信感が募っている証拠だった。
「待ってよクリス!そんな事言ってないじゃない!何でそうなるの?!」
「だってそうじゃねえか!全然大丈夫じゃねえのに、大丈夫だっていつも嘘つきやがって!それって、あたしの事を信じてねえって事だろ?!」
だがクリスは苛立ってしまい、つい意地になって言いたかった事とは程遠い言葉が出てしまう。
「パパラッチが裏切り者だって知った時も、あたしに何も話さなかったよな?!悪夢に苦しめられてる時だって!何にも相談してくれなかったじゃないか!」
「言えない……」
「あ?言いたいことがハッキリ……」
「言えるわけないじゃん!!」
一方的に言いたい事を言われ、遂に瑠璃も我慢の限界に達し、クリスに怒鳴った。
「あの時相談して、それで輪が復讐をやめてくれると思った?悪夢の事に悩まされているのを話しても、理解してくれた?出来るわけない……。あんな地獄の六年間……クリスに話しても……誰に話したって、分かるわけがないよ!!」
自分達をそっちのけで、今まで喧嘩など一度もして来なかった仲良しの姉妹が、互いに意地っ張りになって喧嘩を始めてしまった。
「ね、ねえ……瑠璃さん、クリスちゃんも……喧嘩はやめようよ……」
響は勝手すぎるよ!
じゃあ未来は、翼さんの気持ちが分かるの?!
あの時、響は未来と喧嘩別れした後、ノーブルレッドに攫われ、シェム・ハの依代になってしまった。
同じ事になって欲しくないのに、喧嘩してしまった記憶が蘇ってしまい、言葉に出なかった。
「姉ちゃんは嘘つくのが上手いよな!いっつもあたしを除け者にするんだからよ!」
「クリスこそ!そうやって悪い方に思い込んで!」
「アンタ達いい加減にしろよ!!」
あまりにも見苦しい喧嘩を見せられて、輪も堪忍袋の緒が切れた。響の肩を借りて立っている輪の怒鳴り声が反響する程に大きく、瑠璃とクリスは喧嘩をやめて輪の方を向いた。
「り、輪……」
「何だよ……」
「アンタ達さぁ、今どういう状況か分かってんの?!こんな所で姉妹喧嘩してる場合じゃないんだよ!」
口が悪くなっているが、言っている事は間違っていない。
輪の言う通り、ここで喧嘩などしている場合じゃない。今は協力してこの月遺跡の謎を解くしかない。
「瑠璃、クリス、とりあえず喧嘩は……」
ガシャン!
何とクリスと響が入ってきた扉が突然閉まってしまった。その場にいた四人が吃驚しており、クリスが扉を乱暴に叩いた。
「おい!何で閉まるんだよ?!開けろ!」
だが扉が開くはずもなく、すぐに無駄だと悟ったクリスは叩くのをやめた。
「響、ガングニールで何とか破壊出来ない?」
「分かりませんが、やってみます!」
そう豪語した響に任せる。扉の前に立とうとする響の邪魔にならないよう、響から離れる輪。
ようやく一人で立てるくらいまで体力が回復したようだが、まだ足元が覚束無い。
「行きます!」
扉の前にたった響。詠唱を口ずさむ。
Balwisya……
ヴー!ヴー!
だか突如発せられた警報によって詠唱は中断された。壁、天井から棘が生えた。
「な、何?!一体何なの?!」
輪の戸惑いの声をあげるが、すぐに棘が発射された。その棘が変形すると、輪を除いた三人の装者がその見覚えのある姿形に驚愕する。
「あの形!南極で見た!」
「ここが先史文明の遺跡なら、出てきて当然ってわけかよ!」
「今回は出口がない。輪、下がってて!ここでやるしかない……!」
出口は塞がれ、かの生命体の群れに取り囲まれた。ここで迎え撃つしか選択肢は無い。だが輪は先のエルザとの戦いで消耗から回復していない。恐らく戦闘行動は取れない。
三人は輪を守るように立ち、ギアペンダントを強く握る。
Tearlight bident tron……
詠唱を唄い、ギアを纏った。得物を持たない響は響らしく突撃。腰部のブースターを点火、生命体が放った光線を弾きながら間合いに入った生命体を殴り壊していく。
一方クリスと瑠璃は輪を守りながら立ち回る必要があったが、クリスは舞うように銃撃を展開、瑠璃は左手白槍を遠隔操作で操りながら、右手だけで黒槍を突き、払い、薙ぐ。
喧嘩したばかりであるにも関わらず、双子姉妹の息ピッタリのコンビネーションで輪を守る。
別の所でも、月遺跡のどこかに転送された調と切歌も、月遺跡の防衛機構として出現した生命体の群れと交戦していた。
ツインテールのアームから投擲された巨大な鋸、鎌の碧刃が生命体の群れを刈り取っていく。
「月遺跡、やって来たのが私達で良かった……!」
「こんなのがいるんじゃ、いくら特殊部隊では相手に出来なかったデス!」
先史文明相手に、現代兵器がどこまで通用するかは分からないが、太刀打ち出来ないのは目に見えている。そういう意味では、異端技術を備える装者が来たのは幸運だろう。
そしてもう一組、ノーブルレッド。エルザがテールアタッチメントが使えない、ミラアルクの行方が分かっていない今、戦えるのはヴァネッサだけ。
背中から展開された二本のアーマーから放たれた光線で、生命体の群れを撃墜していく。
「遺跡構造のデータは、シェム・ハからこの身にダウンロードされている……。だけど、防衛機構の対策までは……!」
だがそこは完全なる怪物となった力が発揮される。逆立ちすると両脚が開き、二つの砲門が展開され、そこから赤い光線が生命体の群れを撃ち抜いた。
完全の怪物となった力でこの窮地から道を開こうとしている。人間に戻りたかったはずが、こんな形で怪物となった事が功を奏している、という皮肉に笑うしかない。
「人類を呪いから解き放つって、思った以上に難しいのね……」
輪を守りながら生命体の群れを倒していく瑠璃、クリス、響の三人。その数もだいぶ減ってきたが、ここでクリスの視界に瑠璃が入った事で、再び不安に駆られる。
(何で……何でそんなに冷静でいられるんだよ……姉ちゃん!)
自分の正体に動じる様子すら見せない、ある意味自分に対して冷酷な瑠璃に、クリスは怒りすら覚える。
「クリス!後ろ!」
だが戦闘中で上の空はマズかった。クリスの背後に迫る別形態の生命体に気づかなかった。
「しまっ……」
「オラアァッ!!」
寸での所でファウストローブを纏った輪が、チャクラムをメリケンサックに変えて殴った。だが着地の際、ふらついて倒れそうになっている辺り、まだ体力が回復しきれていない。
「お、お前……」
「戦場で呆けんな!今度は、さっきようにはいかないんだから!」
「ああ……って、コイツらは!」
一喝されたクリスが目の前の敵に向き合おうとした時、再び既視感ある敵を目の当たりにして、驚愕を露わにする。
先程輪が殴り飛ばしたのは、南極で発見された棺の小型化されたもの。しかも、それが群れと化している。だが殴り飛ばされた小型の棺はそのまま機能停止している事から耐久力は、南極の棺より低い。
南極にあった棺を、輪は見た事がない。だが目の前にいる敵が、あの一撃で破壊可能であれば打開出来ると察した輪は瑠璃に呼びかける。
「瑠璃!私の守りはいいから、こいつら全部やっちゃって!」
「クリス、輪をお願い!響ちゃん!」
単独で囲まれながらも生命体を次々と殴り蹴って撃退していた響が包囲網を突破。だがその穴を再び埋めようと生命体が集まるが、二本の槍から放たれた黒白のエネルギー波がそれを阻止した。
二つの槍を連結させた瑠璃はそれを両手で高速回転、エネルギーの竜巻を発生させたと同時に、響のマフラーにもエネルギーが貯まり、その身に包まれるとさらにその上から竜巻に包まれ、ドリルのように高速回転する。
【我流・Alkaid Crash】
二つのエネルギーが重なり合い、巨大な風を巻き起こすエネルギーのドリルは生命体の大群を蹴散らしていき、閉ざされた扉をも貫いた。
それを目の当たりにしたクリスと輪は、そのデタラメな破壊力に唖然としていた。
「ぶち抜いたよ、皆!」
三人がいる方にガッツポーズを決めた響。
「アハハ……流石……。本当にやっちゃったよ……」
「カッコよすぎるんだよ……馬鹿力」
元々輪は、ダメ元で響のガングニールで扉の破壊を頼んでいたが、本当にやってしまうとは思わず、賞賛と呆れが混じった意味になっていた。クリスも同じようになっていた。
とはいえ、これでこのフロアから脱出出来るようになった。敵の殲滅を確認して、皆がシンフォギア、ファウストローブを解除する。
「んじゃあ、さっさと進みますか。それで……っ!」
輪がフロアを出ようとした時、その足はすぐに止まった。身体中の細胞という細胞が泣き叫んでいる。だがこの恐怖は初めてでは無い。
クリスも輪と同じ恐怖を感じ取った故に身体が石になったように動く事が出来なかった。響は初めて故か、すぐにその発生源に向く事が出来たが、それでも恐怖と圧倒的なプレッシャーを受けている事に変わりない。
「ね、ねえ……これって……えっ?」
だが瑠璃だけは違った。輪が振り返ろうとした時に見えた瑠璃の表情。泣き出しそうになる恐怖、威圧感、どれも感じてはいないように見えた。
「あれは……」
驚いた表情で見ているその先にいたのは、肩まで届く黒髪に、冷たい闇を思わせる瞳、左目尻には黒子。
瑠璃と同じ容姿をした少女、冥府のアヌンナキであるエレキガルであった。