もうしわけありません!
そして迎えた起動実験の日、メルは赤い結晶、ギアのペンダントの前に立たされる。後ろでその様子をジャンヌとウェルが立ち会っており、ウェルが開始の合図を出す。
「それではこれより、バイデントの起動を始めます。」
メルは一度深呼吸をした後、起動詠唱を唄う。すると、身につけていた衣服が分解され、黒色のインナーギア、装甲を纏った姿へと変わった。
起動は成功した。その事に研究者達は大いに歓喜し、ジャンヌは安堵した。
「おめでとう……メル。」
ジャンヌは労いの言葉を掛けたが、メルの反応がない。
「メル?」
メルの異変に気付いたジャンヌとウェル。よく見るとメルの額にから脂汗が滲み出ており、何処か怯えた様子だった。
「どうしたのメル?!メル!」
「え……?な、何でもないよ……。」
何とか我に帰ったようだが明らかに様子が変だった。起動実験は終了し、研究者達は大成功と謳ったが、ジャンヌは不安が拭えきれずにいた。
その日から、夜が訪れる度に呼吸が荒くなり、まるで何かに怯えているかのように精神的に不安定になっている。そして眠る時、メルは少しでも恐怖を和らげる為にジャンヌと同じベッドで寝るようになった。
「メル……大丈夫?」
ジャンヌが優しく声を掛ける。
「怖いよ……姉さん……。」
メルはジャンヌに抱きつく形で身体を丸めていた。この姿勢がメルの精神状態を表していた。
「大丈夫だよメル。きっと良くなる。」
ジャンヌはメルを抱きしめ、その頭を撫でてやる。そして、ジャンヌはマリアから教えてもらったAppleを子守唄として歌ってあげた。この歌を唄うと、メルの心は安らぎ、眠りについた。
その事はマリア達にも耳に入った。特に調はメルと仲が良いだけあって、一番心配していた。
「メル……大丈夫なの?」
「大丈夫……とは言い難いかな。バイデントを纏ってから……ここの所、眠るのが怖くなってる。」
「その事なんだけど……ジャンヌ……。」
調はバイデントの良からぬ話をジャンヌに話した。
「呪われたギア……?」
「うん。そのギアに関わった人は……呪われるって。白衣を着た人が話しているのを聞いた。」
「そんな事が……あるのか?」
にわかには信じがたい話だが、今のメルの精神状態を鑑みれば、その噂は本当なのではと考えてしまう。
「話してくれてありがとう調。でも噂は噂だ。そんな風に考えると、全部が良くない考えになってしまう。けど、その話は覚えておくよ。」
ジャンヌは調の話を頑なに否定するのではなく、受け入れた上で鵜呑みにしないように覚えておく事にした。ジャンヌはそのまま部屋へ戻って行った、
「ジャンヌ……。」
その背を見ていた調の不安がどんどん大きくなっていった。
翌日、バイデントを用いた戦闘訓練が行われる事になった。当然ジャンヌも立ち会う。何事もない事を願い、別室でその様子を見守る。
「では始めてください。」
研究者が開始の合図を出した事で、メルはバイデントを纏う。そして訓練室の周りが、実際の街を再現した仮想空間へと変わり、ホログラムのノイズを出現させる。実際のノイズと同じプログラムに従いメルに襲い掛かる。
メルはアームドギアである二叉槍を出現させてノイズを倒していく。ここまでは問題ない。
(やっぱり、呪われたギアなんて迷信だったんだな……。)
ノイズを全て蹴散らし、このまま何事もなく終われる。そう思っていた。
「お疲れ様でした。ギアを解除してください。」
終了の合図を出して、メルにギアを解除するよう指示する。だがメルはギアを解除する様子はなく、そのまま立ったままだった。
「メル……?メル!」
異変に気付いたジャンヌはガラス越しに声を掛ける。 研究者達もメルの異変に気付いた直後、突如警報が鳴り響いた。メルのバイタル、脳波に異常、さらに高かった適合率が急激に低下し始めた。立て続けに起こったトラブルの対応に追われる研究者達だが、ジャンヌはメルの呼び掛けを続けた。
「どうしたの……メル?!」
「ぁ…………ぁ…………」
頭を抱え蹲るメル。
「メル?」
突然メルは悲鳴を挙げながら、その身に余るフォニックゲインを、エネルギーとして周囲に撒き散らした。そのエネルギーは地に、人に触れた途端爆発し、研究者達を吹き飛ばしていく。
ジャンヌは別室から抜け出し訓練室の扉を開ける。その間にも被害が拡大し、機材が爆発したことにより、訓練室は火の海となっていた。
研究者達の数名は血だらけとなり、動かなくなっていた。
「よせメル!落ち着くんだ!」
ジャンヌはメルに駆け寄ろうとするが、エネルギーが爆発した事による爆風の余波で吹き飛ばされる。ジャンヌはメルに歩み寄ろうと立ち上がり、ふらつくその足で歩く。
「メル!メル……っ!」
メルの目を見た時、光がなく、まるで自我が失われ、有り余る力を周囲に厄災のように撒き散らして暴走する破壊神だった。
「け……て……。」
微かに聞こえたメルが助けを求める声。姉として助けるべく、走り出す。
「メル!今助けてや……」
だがメルは容赦なく二叉槍を振るい、ジャンヌの胸郭に直撃、鈍い音が聞こえだがそれでもジャンヌは立ち上がる。
「メル……。」
痛みに耐え、歩き出そうとした時
Gatrandis babel ziggurat edenal
Emustolronzen fine el zizzl
「それは……」
メルが絶唱を唄っている。
「駄目だメル……!よせ……!ぐっ……」
肋骨が折れている事による痛覚が、ジャンヌの行動を抑制させている。だが止まるわけにはいかない。ジャンヌは痛みに耐えメルに歩み寄ろうとする、
Gatrandis babel ziggurat edenal
Emustolronzen fine el zizzl……
だがジャンヌの奮闘も虚しくメルは絶唱を唄い終わり、その膨大なエネルギーを解き放つ。
そのエネルギーに正面から受けたジャンヌは吹き飛ばされ、壁に打ち付けられてしまう。意識が朦朧とする中、ジャンヌはメルに手を伸ばす。
「メ……ル……」
「ね……さ……た……け……」
ジャンヌの意識は闇に落ち、伸ばした手も落ちていった。
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ジャンヌとメルが医務室に運ばれたと聞いたマリア、セレナ、切歌、調は急いで医務室へと向かい、駆けつけるが、扉の前には涙を流すナスターシャがいた。
「マム!ジャンヌとメルは?!」
マリアの問いにナスターシャは答える。
「今しがた、入室の許可が降りました。ですが、いかなる結果であっても……それを受け入れる覚悟はお有りですか?」
マリア達は覚悟を問われた。
「ええ。だから、ジャンヌとメルに会わせて。」
マリアがそう言うと、続くようにセレナ、調、切歌は頷いた。それを肯定と判断したナスターシャは扉を開ける。
そこには一台のベッドの上に一つは身体中に包帯を巻かれている少女がいた。
4人は恐る恐る確認すると、包帯を巻かれていた少女の顔を見た。
「ジャンヌ……!」
「マリ……ア……?」
ジャンヌはゆっくりとマリアのいる方を向いた。先程意識が戻ったようだが、身体の方はほとんど動かせず、手さえも握る事が出来ない。
「外傷は酷く、肋骨も折れていたそうです。」
ナスターシャが付け加えるように説明した。
「そう……。そうだ……メル……メルは……?」
ジャンヌは自分の事よりもメルの身を案じていた。あれからどうなったのか、メルは無事なのかを問いかける。
少し沈黙が漂ったが、ナスターシャは意を決して打ち明けた。
「メルは……亡くなりました。」
突然突きつけられた妹の訃報に、目を見開くジャンヌ。ジャンヌだけではない、マリア、セレナ、調、切歌も驚愕を隠せずにいた。
「嘘だ……嘘だよ……。」
調が声を震わして言う。
「そうだ……。調の言う通り……間違いなんでしょう?マム……!」
ジャンヌも信じられずにいる。
「では確認しますか?」
「え……?」
そう言うと、ナスターシャはジャンヌが向いている反対の方を指す。そこには台の上に人一人入れる大きさの袋があった。
「まさか……。」
マリアはそんなはずはないと思いながらも袋のチャックを開ける。そこには火傷と身体の一部が損傷し、目を見開いたままの遺体があった。ジャンヌもそちらの方を向く。
「ぇ……。そん……な……。メル………?」
その遺体は紛れもなくメルだった。
「絶唱を放った後、倒れた彼女の上から瓦礫が降り注ぎ、そのまま潰されてしまったそうです。」
ジャンヌの目から涙が溢れ出した。
「ぁ…………あぁ…………!」
深い悲しみに落とされたのはジャンヌだけではない。友達の死はまだ幼かった少女達の心を大きく抉るには十分だった。調は大声で泣き崩れ、切歌も調を抱き寄せるが悲しみを止める事は出来なかった。
「嘘だよね……?起きてよ……メル……!」
セレナはメルの死が受け入れられず、身体を揺するが、遺体となった今の彼女に反応など帰ってくるわけがなかった。
メルが死んだ事を認識したセレナはマリアに抱きしめられ、その腕の中で泣いた。
メルの葬儀が執り行われた後、ジャンヌはその深い悲しみから立ち直れずに時が過ぎていった。訓練には参加しており、成績はトップを維持し続けていたが、その言動と行動には気高さも誇らしさも、優しさもなく、ただ死に場所を求めるだけの亡霊のようになっていた。マリアの制止も一切聞かない程に。
「ジャンヌ、そろそろ休みなさい!じゃないと……」
「駄目だ……。やめるわけにはいかない……。私は……強くなりたい……。」
切歌と調、セレナはやつれて行くジャンヌが見ていられず、いつしか一番の仲良しだったマリアとも衝突するようになっていた。
「そんなボロボロになってまで無茶をしても……メルはきっと……」
「お前達には分からない……。ギアを纏えるお前達には!」
ジャンヌは遂に劣等感をマリア達にぶつけてしまい、距離を離れるようになってしまった。
ある日それを見かねたナスターシャに面談室へと連れて行かれた。
「ジャンヌ、いつまでそうやって後ろばかりを向くのですか?そんな事をしても、メルは帰ってきませんよ。」
ナスターシャは厳しい言葉でジャンヌを叱責する。ナスターシャはどんな時でも、子供達を甘やかしはしない。それがここでの基本的な方針なのだ。
そして、ようやくジャンヌの口が開いた。
「あの子の死を……このまま無駄にする事など、あなたにとって不本意のはず……」
「分かってる……。でも……メルの死に……どうやって報いればいいのか……分からない……。なら教えてよ……ギアを纏えない私が……あの子の死に、どうやって報いればいい?!」
ナスターシャの叱責を遮って、ジャンヌは自身が抱える劣等感を、それもLiNKERを使う事が出来ない故にギアを纏うことが出来ない、彼女にしか分からない苦しみと慟哭だった。それ故にLiNKERという希望があるマリアと衝突するようになってしまったのだ。
「そういう事なら、協力をしよう。」
そう言って入ってきた、黒服の男達。
「何ですかあなた方は?」
来客の予定など聞いていないナスターシャは、声を荒げるが、黒服の男は構わずジャンヌに話し掛ける。
「君はLiNKER使えない事に悩んでいるそうだな?」
「だから何だ?笑いに来たのか?!」
「とんでもない。むしろ、強くなりたいという君の思いに応えようと思ってね。」
ジャンヌの警戒心を解く為に、甘い言葉で誘う。しかもまだジャンヌは幼く自制心が制御出来ない。故に力を渇望するジャンヌにとって、その誘惑は強烈だった。
「君に合ったLiNKERを提供する。そしてそのLiNKERでバイデントを支配するんだ。」
「バイデント……?」
メルの命を奪う原因となった呪われたギア、バイデントをそれを支配する。その一言が、ジャンヌを動かした。
「待ちなさい!この子は……」
「お言葉ですがナスターシャ教授。これは政府からの命令です。Dr.ウェルにも通達しており、既に承知の上です。つまり、これは決定事項です。」
政府からの命令となれば従わざるをえないが、ジャンヌは過去にLiNKERの拒絶反応によって生死の境を彷徨っている。あの時のように、助かる保証などどこにもない。ナスターシャは拒否しようとしたが……
「分かった。やろう。」
「ジャンヌ……!」
ジャンヌは立ち上がると黒服達の方を見る。
「私に出来る事があるのなら……それがメルの死に報いるのであれば……私は喜んでやろう。」
「決まりだな。」
ジャンヌは黒服達に連れて行かれ、白い孤児院の中にある研究所へと移された。
その背を見ることしか出来なかったナスターシャは、己の無力さを噛みしめるしか出来なかった。だがナスターシャはジャンヌだけに目を向けるわけにはいかなかった。何故なら翌日、ネフィリムの起動実験が行われる事となる。それに向けて準備もしなければならなかった。
万が一ネフィリムが暴走した時、それを抑えられるのがセレナしかいない。ナスターシャは一度ジャンヌを諦めるという非常な選択を選ぶ事しか出来ない自分を呪いながら、その背を向けるように去った。
次回、今度こそ完結させます。