車の中に乗せられてから目隠しされて、どの道を走ってここに来たのか見えなかった。それに相手の目的は何なのか、身代金目的の強盗なのか?それとも売春目的なのか?いずれにしても私は本当に危ない状況だった。
私を縄で椅子に縛り上げて、身体の自由を奪った上で叫ばれないように轡まではめちゃって、用意周到なことで。目隠しを外されて、見えたのは最低限の明かりしかないボーリング場、そして私を取り囲む男達、その人数はざっと5人。金髪、ハゲ、あとはみんな普通の髪型。中には鉄パイプを持っている奴がいる。あと出入り口に2人、多分あれは見張りだね。
「こいつで間違いないんだろうな?」
「ああ。妹が言っていた特徴に当てはまってるからな。」
妹?金髪の男がそう言っていた。でもこんなやつの妹なんて私会ったことないんだけど。どういう事か聞きたいんだけどこの轡のせいでまともに発音出来ない。
「おい、知らねえとは言わせねえぞ。俺の可愛い妹がお前に腕折られて、顔に傷が出来たせいでまともに外を出歩く事が出来なくなったんだよ!」
金髪の男はご丁寧に教えてくれた。腕の骨折って、顔に傷……ああ、あいつか。私を最初に殺人鬼呼ばわりしたあの女か。あいつ兄妹がいたんだ。まあどうでもいいんだけど。
「何だその目は?今ここでお前の顔グチャグチャにしてやんぞ?」
「まあまあ落ち着きましょうよ。いきなりそんな事したってつまんないでしょう?」
あいつらの後ろ、見えなかったけどもう一人いた。でもそいつの顔には見覚えがある。忘れられるわけがない。そいつはあの時、仲間を見捨てて逃げ出した男だった。
「久しぶりぃ〜。まだ死んでなかったんだ。」
あんたこそ今頃家で大人しくしてると思ってたよ。どうやらあいつが黒幕だったみたい。にしても随分とセコい真似しやがって。
「ようやくお前に仕返し出来るぜぇ。あいつらビビって手伝ってくんねえから、ちょぉっとコネを使ったんだぁ。」
ダサっ。つまり一人でやっても勝てないからこんなチンピラみたいな奴らを集めたってわけじゃん。
「何だその目は?殺人鬼の分際でよぉ!」
私が何も出来ないのを良い事に私のお腹を蹴って来た。椅子に縛られてるから倒されても起き上がる事が出来ない。
「殺人鬼のお前に人権なんてねえんだよ。だから大人しくおもちゃになってくれよ。」
何なのコイツ?前の時よりやばい奴になってるんだけど?!
「今この場で俺のおもちゃになるってなら、今までの事を水に流してやっても良いぜぇ?」
「おい、そいつは俺の妹を……」
「待ってくださいよぉ。もちろんただ謝らせるんじゃあつまらない。そうだなぁ、全裸で土下座して、『殺人鬼が生きていてすみません。今後はあなたに服従します』って言ったら許してやるよぉ!」
何言っちゃってんのコイツ?冗談じゃない、こんなやつに尻尾振るとかあり得ないんだけど。
「嫌なら強制的に形だけでもさせてやるよ。」
こいつ、ナイフを出して……嘘でしょ?!コイツ私の制服を破いて……やめろ!そんな目で見るなぁ!
「んんうぅーー!んんぅーー!」
「やっといい顔で鳴くようになったぁ?その顔が見たかったんだよぉ〜!」
「こいつよく見たらいい体してんじゃん。」
「それなー。」
何で……何で誰も助けてくれないの……?!私があのライブで生き残ったから?殺してないのに、ただ生き残っただけで、こんな目に遭わなくちゃいけないの?誰も助けてくれない……もう生きてる価値なんて……本当にないんだ……私……。ごめん……小夜姉……
「うわあああぁぁっ!!」
「ぎゃああぁっ!!」
え……?今何が……あの見張りが倒されてる?
「やれやれ、映画を借りに来たはずが、人攫いを見ることになるとはな。」
デカっ……腕太っ……何なのあのオッサン……?
「男が寄ってたかって一人の少女を取り囲むとは、何とも情けない連中だ。」
「あ?何だテメエ?舐めたマネしてんじゃねえぞ!」
「はあぁっ!」
嘘でしょ?!鉄パイプがただのパンチに叩きおられた?!どうなってんのあの人?!
「うおおおりゃああぁぁぁ!!」
「ちょ……ぎゃあぁっ!!」
背負い投げどころか放り投げちゃったよ!巻き込まれた黒幕さん御愁傷様……。
その後は本当に一方的だった。たった一人にあいつらは傷一つ与えられずに全滅しちゃった……。
「大丈夫か?」
オッサンは私を起き上がらせると縄を解いて、轡を取ってくれた。
「これで大丈夫だ。後はその酷い格好だな。」
「何で……」
「ん?」
「何で私を助けたの?あんたと私は赤の他人……助ける義理も必要もないのに……」
助けてもらっておいてそんな言い草はないっていうのは分かってる。でも信じられるわけないじゃん。本当に私を助けてくれるような人なんて
「俺自身、そういうのは見過ごせなくてね。性分さ。」
「だから助けたの……?その甘い性分で……自分が危険な目に遭うって分かって……」
「まあな。所でお前さんの家はどこだ?送ってやろう。」
「いい……一人で帰る……」
「しかし、その格好で出歩かせるわけには……」
「いいって言ってんじゃん!!」
ごめんなさい……恩人にこんな事を言うのは間違ってるって事はわかってるよ……。でもやめてよ……これ以上私に踏み込まないでよ……!お願いだからこれ以上私に期待させないでよ!
「私には……優しくされる資格なんてない……。居場所なんてない……。誰からも必要とされてないし、皆の言う通り、私は生きてちゃいけないんだよ!だからもう放っておいてよ!」
「だったら……どうして泣いてるんだ?」
「え……?」
泣いてる?私が?だって……もうあれから何度も、枯れるくらい泣いて……もう泣けないって思ってたのに……
「お前さんに何があったか、会ったばかりの俺に、それを分かるはずがない。だがお前さんは言ったな。自分は生きていちゃいけないと。それは間違っている。誰にだって、生きる権利がある。それは何者であっても奪う事は出来ない、当然の権利なんだ。」
「当然の……権利?」
「お前さん、ご家族は?」
「両親は死んで……姉が一人……。」
「そうか。ご両親の事は気の毒だったな。だが、少なくとも、お前さんの帰りを待つお姉さんがいるのだろう?なら、まっすぐその家に帰ればいい。」
小夜姉……。
「無理だよ……だって、私……っ!」
あいつ……意識がある。ナイフ持って……オッサンを!
「邪魔しやがって……この筋肉ダルマがああぁぁ!」
「駄目……!」
あいつを止める為に咄嗟に身体が動いた。あいつのナイフを持った手を掴んで、何とか取り上げ……
グサッ……
「え……?」
どうしたの?何を驚いてるの……?どうして後退るの……?ナイフは……?何か……胸辺りが痛くて……温かい……これって……血?もしかして……私の……?
「ち、違う……!お、俺は……あ、ああああぁぁぁぁ!!」
そっか……私、あいつに刺されたんだ……。それで逃げちゃったんだ……。私……死んじゃうのかな……。
しっかりしろ!ここで死んでは駄目だ!目を開けるんだ!
何か意識が……オッサン……何て言ってるの……?聞こえないよ……何だか……眠いなぁ……。
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嘘やろ……?輪が病院に運ばれたって、お医者さんから電話が来て……それで病院に駆けつけたら、ICUで今もまだ意識不明の重態って……。
「あの……」
「あなたは……?」
何やこの厳ついオッサン?腕太いしガタイが……
「あなたがあの子のお姉さんで間違いないですか?」
「は、はい。ウチ……あの子の……出水輪の姉の小夜です。」
「そうでしたか。俺は風鳴弦十郎という者です。あの子がワゴンカーに無理矢理乗せられて攫われたのをたまたま見ていて、それで駆けつけたのですが……」
「ちょ、ちょっと待って!一体あの子に何があったんどすか?!」
それからあの弦十郎っていう人から、輪に起きた事を教えてくれはった。まさかそんな事になってたなんて……。
「ありがとうございました……輪を助ける為に、身体を張ってくれなはって……」
「いえ……俺はあの子を守りきれませんでした。」
「結果はどうでも、あの子に救いの手を指し伸ばしてくだはったんです。それだけでも、輪の心は少しでも救われたんやないかと思います。」
「妹さんに何があったのか、お伺いしても?」
あの子が学校で虐められていたこと、家族が亡くなった事、暴力事件の事、学校に通わなくなった事、ある程度掻い摘んだけど、それを弦さんに話した。
「そうでしたか……。それであの子は生きる資格なんてないと……」
「輪が……そんな事を?」
「ええ。あの様子ではただ事ではないと思ってはいましたが、話を聞いて合点がいきました。」
それから弦さんは時々様子見に来るって言うと、そのまま帰ってった。凄いわあの人、ウチなんかと全然違う。
ごめんな、輪。ウチ、あんたの事分かってるつもりでおった。でも、実際は何も分かっておらんかった。せや、学校が辛いなら行かせなければ良かったんや。それなのに、受験生やからって無理やり行かせて、養う為と理由をつけてたけど、実際はあの子と向き合う事もしないで独りぼっちにしただけやないか。ウチ、最低や……。
「ごめんな……輪。」
お願いや神様……どうか輪だけは連れて行かんで……。これ以上、ウチから家族を取り上げないで……輪を助けてください……。
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気がついたらここにいた。ここは、私が地獄へと落ちる事になる切っ掛けの場所。ツヴァイウィングのライブ会場。ノイズに襲われた時と同じ、攻撃を受けて崩れた階段や、壊れたステージセット、そしてそこに差し込む夕陽。私はここで透を失った。私があの時怪我をして、担いでいなかったら透はもっと早く走れたのかもしれない、そう考えた事があった。でもタラレバの話をしても、透は帰って来ない。走馬灯ってやつなのかな?それとも、未練?どっちにしろ、私はもう……
「こんな所にお客さんがいたのか。」
誰?振り返るとそこにいたのは
「え……?何で……あなたが……」
「よっ。」
ツヴァイウィングの天羽奏だった。