江戸時代にウマ娘がいたらこんな感じだよなぁ……という妄想

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落語仕立て。
「蔵前駕籠」という噺を元にしています。




 ウマ娘が曳く駕籠ってものは、すこぶる速い分値段も相応に高くなるもんで。ウマ駕籠を使うのは大概が金持ちと相場が決まっております。

 中には「宵越しの銭は持たねェ」なんつってウマ駕籠に全財産投げちゃう江戸っ子の鑑みたいなのもおりますが、こう云うのは少数派だ。普段使いはできない。

 

 ところが、大店の若旦那なんかはウマ駕籠そのものを目当てにして遊びまわっていたりする。

 「お金は出すから好きに回っとくれ」とそんな注文をすれば、ウマ娘の方も心得ておりますから本当に好き勝手に歩きはじめます。

 どこに行くかわからないドキドキを楽しみながら、駕籠かきのウマ娘と他愛のない雑談をするのが『通』だと、そんな風潮もございました。

 

 『ウマ娘に曳かれて賀茂神社参り』なんて言葉もございまして……振動が心地よくて眠っていると、気がつけば近江*1まで来ていた。

 「こりゃあ江戸に帰るのは明日になるなァ」と頭をひとつ掻いて、折角だからウマ娘の聖地・賀茂神社にお参りをしに行く。それもまた乙なものだと、そんな心持ちを表した文句でございます。

 

 さて、そんな風に道楽息子ばかりが乗ってるウマ駕籠。世が平和なうちは、それが飛脚ウマ娘ともども ”街道の名物” 、 ”旅の華” なんて言われてのどかに愛されておりましたが、江戸の世も終わりに近づくとそうもいかなくなる。

 やれ倒幕だやれ忠義だとうるさい浪士どもが、「国の為である」などと(のたま)って民衆から軍資金を集め始めた。早い話が、これ強盗だ。

 しかし、一般の民衆を狙ったところで()()()は大した事がない。そんな訳で狙われたのがウマ駕籠でございました。

 

 

 

 駕籠かきウマ娘が例によって「今日はあっちの方に行ってみようよ」「いいね」なんてお喋りしながらえっほえっほと走っていると、道端の茂みからガサガサと何人もの浪人が湧いて出てくる。

 

「我ら、訳あって徳川の幕府に味方する者である。この度軍資金に事欠いておる」

 

 威勢良く口上を述べると、腰からぎらりと白刃を抜く。竹光*2なんかじゃない、本物の真剣だ。

 いくらウマ娘と言えど、真剣相手に立ち向かえば ”万が一” があるからいけない。野盗だと気づくや否や駕籠を放り出してサッサと逃げ出しちまう。野盗の方もどうせ追いつけないのは分かっているから、ウマ娘の方は別に追いかけない。目当ては駕籠の中身と、そう言った次第でございます。

 

()(ぐる)み脱いで、置いてゆけ」

 

 駕籠のお客も何が起きたか分かっているから、言い終わらないうちにさっさと裸になっている。

 

「どうか、命ばかりはお助けを……」

 

「うむ、神妙な奴じゃ。ふんどしだけは許してやろう」

 

「ははっ、ありがたき幸せ」

 

 一件落着。

 お客さんを置いて逃げ帰るのは良くないと、一刻もすれば駕籠かきウマ娘はそろそろと様子を見に帰ってくるが、「こわかったぁ」「逃げちゃってごめんね」なんてぺこぺこ謝られては怒りようもない。人間、神妙な顔をしたウマ娘には勝てませぬ。

 ようやっと帰りの駕籠だ。裸にひん剥かれて、(ふんどし)一丁でぶるりと震えながら、「何だって身包み剥がされておいて()(めえ)が山賊に感謝しなくちゃならねえんだ?」と莫迦莫迦しく思うまでが一連の流れだったそうな。

 

 中には、「褌一丁の姿を前にちょっと恥じらうウマ娘がまた乙なもんよ」なんて言ってわざと強盗に遭う剛の者もいたそうですが……こいつはきっと長生きしたね。間違いない。

 

 

 

 それはともかく。ウマ駕籠は野盗に狙われやすい乗り物でありました。

 ところが、乗っているのが必ず金持ちとも限らない。 『川崎の 六郷の川に 大流し(尾をながし) あり金はたいて ウマ駕籠遊び』*3と詠まれたように、一般庶民が近場の川崎の宿場町まで乗って遊ぶなんて事も頻繁にございました。

 これでも結構な値段がしますが、六郷川の渡し船にウマ娘と一緒に乗れるものだから中々人気のあるコースだったようで。少なくない利用者がいたようです。

 

 これが野盗側からすれば、ウマ駕籠にも "当たり外れ" があると、そういう風になります。

 

「今日はどうだったい」

 

「駄目だよ、みんな外れだ。一人いい着物着てる奴がいたけどそれもウマ娘目当ての坊さんだ」

 

「なんだ、生臭坊主か」

 

 これが転じて、釣果が無いことを『ボウズ』と呼ぶようになったとか……

 

 

 

 

 

「おうっ、やってるかい?」

 

「いらっしゃい、どちらまで?」

 

「どちらもこちらも無いよ、 "ウマ娘に曳かれて賀茂参り" ッてんだ。ちょいと南の方まで出してもらいたいんだがね」

 

「ああ、川崎ですか」

 

「察しがいいねぇ、その通りだい」

 

「それは困りましたね」

 

「何だぁ、 "困りましたね" だって。何か都合でも悪い事があんのかい」

 

「いえね、ちょうど今しがた暮れの鐘を打ったでしょ。こうなるとうちは川崎に駕籠を出せないんです」

 

「どうしてだよ」

 

「出るんですよ、追い剥ぎが。ここ最近毎日出ずっぱりだから夜はもう南に駕籠を()れません」

 

「何ィ言ってやがる。追い剥ぎだってたまには休みの日もあらぁ。今日はきっと出ないよ」

 

「出ますよ」

 

「出ないよ」

 

「出ます!」

 

「お前、何だってそうやって出る出るって言い切れるんだい。もしかして追い剥ぎと共謀(ぐる)になってんのか? "今日は五名様ご案内、どうぞ分前(わけまえ)はこちらへ" なんて()ってんじゃないよな!」

 

「違いますよ、どうも弱ったな……」

 

 お客の方も今日を楽しみに汗水垂らしてお金を作ったもんだから、そう簡単には引き下がらない。「今日諦めた帰り道、万が一にでもこのお金を()られたらどうしてくれる」とまで言われて、お店の方も困り果ててしまった。

 

「北の方なら出せますがねぇ」

 

「北? 北って言えば吉原じゃあねえか。あれァ駄目だよ」

 

「吉原じゃ駄目なんですか?」

 

「当たり前よぉ、ベラボー()。吉原にゃ()いウマ娘なんて居やしないよ。俺ァ六郷の渡し船にウマ娘と乗りたいからこうやって頼んでんだい」

 

 実際その通りでして、元気で可愛いウマ娘はみんな飛脚やら駕籠かきやらで街道を走っている。人は吉原、ウマ娘は東海道と棲み分けができている訳でございます。だからこそ話は平行線のまま、ついにはお客が痺れを切らしてしまった。

 

「分かった分かった、三分増しで払うから、それでいいだろ、な?」

 

「駄目ですよ、三分増しでも倍でも出せないものは出せません。こっちだって商売ですから出したい気持ちはありますけど、それで貴方(あぁた)が追い剥ぎにあったらお終いじゃあないですか」

 

「何ィ、お前一丁前に客の心配なんかしてやがるのか! 俺が良いって言ってるんだから良いんだよ。追い剥ぎが来たら俺なんか放り出して逃げちまえ」

 

「しかしですね、こちらはお客さんの事を思って……」

 

「 "お客さんの事を思って" だなんて心にも無い事を抜かすない! それとも何だ、ここの店は追い剥ぎに駆けっこで負けて捕まるようなウマ娘ばかりってェのかい?」

 

「莫迦言っちゃいけません。田舎侍なんかにあの娘たちが負けるわけがない。どの娘も日本一ですよ」

 

「急に惚気(のろけ)やがったね、どうも…… よし、それなら決まりだ。追い剥ぎが出たら俺を置いて逃げればいい。ホラ、ここに酒手も三分増しで置いたから、早く支度しておくれ」

 

 半ば強引に話が纏まると、お店の番頭さんも仕方がないからウマ娘を呼びに行った。

 その間にお客は座敷の方にサッと上がると、着物を脱いで帯を外し、ついには襦袢まで脱いじゃって(ふんどし)一丁で駕籠に乗り込んでしまった。紙入れ*4だけは駕籠の中に敷かれた布団に隠すと、堂々と胡座をかいて店の支度ができるのを待ってる。

 

「へい、お客さん。とりあえず今いる中で一番速い二人を連れてきま……ははぁ、下帯一本ですな」

 

「どうでえ、これなら追い剥ぎだって呆れて帰らァ」

 

「成程こりゃ考えたね、しかしもう暗いですから冷えますよ」

 

「いいよ、冷えてたって。ウマ娘と話してりゃ寒さなんて忘れる……」

 

「これは驚いた…… 偉いもんだねえ、 "ウマ駕籠の決死隊" だよ、これは。……二人とも、話は聞いたね。粗相のないように行っておくれよ」

 

 流石に動揺を隠しきれず、ちょっと頬を赤らめてお客に目線を合わせきれないウマ娘たちではございますが、「はい」「うん」なんてか細い声で返事をしながらも、「今から何かすごく面白い事が起こるのではないか」と内心の隠しきれない期待で尻尾はぶんぶんと揺れていたそうな。

 

 さて駕籠は無事に出発すると、東海道の出発点、日本橋をスッと渡ってあっという間に江戸の街を出た。えっほえっほと半刻も揺られないうちに(やつ)(やま)橋。これを渡ると江戸四宿がひとつ、品川の宿だ。左手に広がる海は昼間なら廻船の浮かぶ姿が見えるのだが、もう暗いから何だかわからない。宵闇に浮かぶは色町の()、小橋の向こうは大店の並び。不夜城の賑わいを通り過ぎると、たちまち街道は暗くなった。

 次の川崎宿場までおよそ二里と半分*5の道のりだ。今日は川崎で泊まりとして、残り半分。駕籠かきウマ娘たちは掛け声を揃えて人気のない暗い街道を駆けていた。

 

「ほい駕籠ほい駕籠ぉ──ねえねえ」

 

「ほいかご!──どうしたの?」

 

「最近色々と物騒だよね。この前は大きくて真っ黒い船が来て怖かったし」

 

「こわかったね」

 

「夜になると物盗りが出るらしいし。……今日も出るのかなぁ」

 

「もう、お化けみたいな言い方しないでよっ。お客さんには『何かあったら俺を放り出して構わない』って言われたから大丈夫!」

 

「でも、放り出して良いのかな……」

 

「いいよ、裸で駕籠に乗る助平(すけべい)さんなんだから多分覚悟の上だと思うよっ」

 

「そうだね、それにしてもよっぽどの助平さんだよね」

 

「おい、聞こえてるぞォ」

 

「ひゃっ! ごめんなさい、内緒話です〜!」

 

「そんな大声の内緒話があるかい。大丈夫だ、捕まりそうならさっさと放り出して逃げちまえ」

 

「はーい、その時は声を掛けますから舌なんか噛まないようにしてくださいねっ」

 

「心得た」

 

 なんて話をしていると、街道の中でもとりわけ狭くて陰気な所へやってきた。

 ()ーな雰囲気の中進んでいると、前の方から人の気配。よく見ると遠くで黒い影が10以上も並んで道を塞いでいる。

 

「お客さん、出たよっ、追い剥ぎだ!」

 

「出やがったか。……なんか上手い事真ん中を突っ切ったりできないか?」

 

「無茶言わないでくださいよう! 一応やってみますから、静かにしてくださいね。こっそり抜けてみます……」

 

「「「……………」」」

 

「おい、そこな駕籠、待ちなされ。……コラ、待て、待たんか!」

 

「駄目だぁ、お客さん。バレてるよ」

 

「ついてないねぇ。でも走りで私たちが負けるわけにはいかない、逃げるよっ」

 

「もちろん!」

 

「おい待て!待たんか!あん畜生!……!」

 

「……おう、これァ上手い事撒けたんじゃないか」

 

「やったかもね! ……いや、無理かも。前から別のが来てる」

 

「挟まれてたんだっ」

 

 挟み撃ちに遭ってはさしものウマ娘にも打つ手がない。「お客さん、ご免なさい!」と言うや否や駕籠を放り出して逃げ出してしまった。……かと思いきや、ずっと遠くまで逃げる訳でもなく、少し離れたところで駕籠を見守っている。追い剥ぎが手に持つ提灯明かりに浮かんだウマ娘の表情は妙に期待で満ちていた。

 

「……? 今日のウマ娘は逃げぬのか。まあいい、放っておけ。どうせ本気で逃げられたら捕まらぬ」

 

 ちょっと調子が狂いながらも、追い剥ぎの頭は獲物へ近づいた。街道に置き去りにされた駕籠はウンともスンとも言わず、どうやら中身はじっと黙っている様子。白刃を手にした二十あまりの手下に囲わせ、頭はいつものように口上を述べる。

 

「えェ、駕籠の中の御仁に申す。我ら、故あって徳川幕府へ味方する浪士の一帯であるが、この折軍資金に事欠いておる。身包み脱いでここへ置いてゆけ! 下手に刃向かうなら容赦はせんが、さもなくば命だけは助けてやろう。中にいるのは商人か、それとも武家か。……おい、早く出てまいれ」

 

 ところが、いつまで経っても駕籠からは物音ひとつしない。

 

「……何だ。おい、坂本、こちらへ提灯を寄越せ。おい、開けるぞ。中にいるのは武家か町人か、それとも……むう…………」

「…………何でェ……………」

「…………いや、失礼(つかまつ)った。……………もう済んでおったか」

*1
現代でいう滋賀県。

*2
竹で造られた刀の模造品のこと。

*3
六郷川とは、多摩川下流域を特に指した呼称。江戸幕府はこの六郷川に敢えて橋を架けず天然の関所として使っていた。

*4
財布のこと。紙幣や手形、手紙を入れて持ち運ぶ

*5
およそ10km


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