道を外れた恋の物語。
※R-15要素、ネクロフィリア要素を含みます。ご注意ください。
(同内容を「小説家になろう」にも投稿予定です)

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外道

 

 

人里離れた林の中にガランガランと音が響く。

時刻は夜。獣すら寝静まる丑三つ時である。

 

その暗闇の中を、一人の道士が燈篭を手に歩いている。

もう片方の手には子供の頭ほどの大きさはあろうかという鐘を持っていて、これが音の源だということがわかる。

燈篭が照らすのは暗い夜道と、彼に付き従う一体の殭屍(きょんし)

 

ガランガランと再び道士が鐘を鳴らす。

鐘の音によって、殭屍が道を違えぬように示してやっているのだ。

道士の口から絶え間なく唱えられる術の声にはまだ艶が混じっていて、声の主が若い男だということを主張していた。

燈篭に照らされる男の顔は……なるほど、声と違わず眉目秀麗な顔立ちをしている。

けれどその顔には、夏の夜の暑さと身に着けた黒色の八卦衣のせいであろう、玉となった汗がいくつも浮かんでいた。

 

手頃な大きさの石を見つけると、男はそこに腰かける。

頭上を仰ぐと、木々の間から覗いた空に月が見えた。

天高くに位置するそれを見て、男は未だ夜明けが遠いことに安堵する。

 

死者を動かす術は天道に背く。

然るに、殭屍という存在は太陽に見つかってしまえば灰燼と化してしまうのである。

朝日が昇るまでに寺院か廟を見つけなければ、さる村の有力者からの依頼に失敗したことになってしまう。

 

 

燈篭の火を頼りに、男は地図を広げる。

村を出た時の月の位置と、現在の月の位置から経過した時間を算出して、現在地を推測する。

大丈夫、もう数里も歩けば廟に辿り着けるはずだ。

ほうと胸を撫でおろし、汗を拭う。

ついで、混元巾と八卦衣を脱いで束の間の休息を取る。

頭巾を団扇代わりにして煽いでしばらくすると、ようやっと汗が引いてきた。

 

余裕ができればどうしても余計なことを考えてしまうのは人の常である。

ずっと気にしないようにしていたが、ついに男は目の前の殭屍に視線を注ぐ。

それはまだ若い娘の殭屍であった。

伝統的な黒い死に装束を着て、何をするでもなく佇んでいる。

それもそのはず、殭屍となり悪鬼を封じる符を貼られた娘は道士の術がなければ動くこともままならない。

意思もなにもない人形となっているのだ。

 

『勅命陏身保命』

 

符が邪魔をしてその顔は見えない。

だが、燈篭の心もとない光の中ですら輝くような肌はさぞ白く美しいに違いない。

その隠された顔を想像する。きっと仙女のように美しい顔立ちをしていることだろう。

娘の体の膨らみが、男の劣情を刺激する。

心臓に毛虫が這っているかのように心のうちがゾワリと痒みを覚えた。

 

その素顔を見てみたい。

それがただならぬ想いだと知っていてもなお、胸の内は疼く。

 

だからと言って逡巡するまでもなく符を外すことは叶わない。

死して魂が冥府へ行き、魄だけとなってしまった肉体には人に害を為す悪鬼が宿ってしまうのだ。

そうなってしまえば自分は死に、依頼も失敗となってしまう。

 

首を振り、男は月を眺めることにした。

リーリーと虫の鳴く声。サラサラと寂しそうに鳴く風の音。地面から立ち上る炎天下の残滓。

……物音ひとつ立てず――呼吸すらせずに――佇む殭屍。

 

今まで数多の殭屍を引き連れ歩いてきたが、まだ若い道士はどうしてもその存在を無視できなくなってしまった。

 

男が岩から腰を上げて一歩彼女に近づく。

取り憑かれたように、或いは虫が炎に誘惑されるように、胸の疼きが欲するままに男は娘に向かって手を伸ばす。

あぁ、死した彼女は今どんな表情をしているのだろう。

その太ももを枕に、美しい手指で愛撫されたらどれほど甘美な夢を見られるであろうか。

符がふたりを隔てている。煩わしい。

結ばれることが叶わぬなら、せめて近くに……。さらに一歩、娘に歩み寄る。

髪を撫でて愛を囁きたい。

乙女のように恥じらって、優しく微笑んでくれるだろうか。

それとも、春の小鳥のような囀りで応えてくれるのだろうか。

 

娘に触れる、すんでのところで男は動きを止める。

欲望に身をゆだねそうになってしまったことに、どっと恐怖が湧き上がる。

師の教え、人としての道。なによりも戻れなくなってしまうことが恐ろしくてならない。

死んだ女を抱いてなんになるというのだ。

この娘は実家へ帰ると埋葬される運命なのであるから、どんな恋慕を抱いたところで無駄なことなのだ。

男は踵を返し、無為な感情を押し殺す。深く呼吸をして印を結ぶ。

口からは道徳天尊への祈りが漏れ出る。

……理性がかろうじて勝ったのである。

 

未練を振り切るようにして再び林の中を歩き始める。

ガランガランと鐘を鳴らし、呪を唱えると娘が自らの後ろを付いてくる。

 

娘を殭屍にしてまで移動させているのは、彼女の親からの依頼の為である。

他の先輩道士たちは盆の時期で忙しく、自由に動けるのは(未だ仕事に慣れていない)まだ若いこの道士のみであったのだ。

既に術を施された殭屍を先輩道士から幾体か引き受け、男はここに至るまで幾体もの殭屍を送り届けてきた。

そして最後に残ったのがこの娘の殭屍だったのである。

 

 

この娘、両親のもとから駆け落ち同然に逃げた先で、旦那と誓った相手に殺されたのだという。

まだ若いのに憐れな生涯である。

同情こそすれ、欲情するのはやはり間違っている。

術を唱えながら、男は思いを改める。

早くも吹き出してきた汗を拭いながら、男は早く廟に辿り着いて眠りたいと、それだけを考えることにした。

 

林道が終わり、周囲が開けたかと思うと、暗夜の中に廟が見えてくる。

廃墟と思われるほどに古くて手入れのされていない廟であった。

絡まった蔦が扉にまで浸食していたが、なんとか開けて中に入ることができた。

 

燭台に火を灯し、廟の主に礼をして感謝を告げる。

その後周囲の埃を軽く振り払い、殭屍を棺台の上に横たえた。

そのすぐ傍に荷物を置くと、先の村で貰った(ちまき)を口に入れ、白酒で流し込む。

胃袋に流し込まれた酒精に、ほぅと熱い息を吐く。

 

簡素な食事を終えると、男は荷物を枕に横になる。

リーリーと鳴く夏虫の声が、崩れかけた廟の中に染み入る。

 

もうすぐ朝日が昇る。虫たちの声もやがて騒がしくなってしまうことだろう。

そうなる前に眠ってしまおうと、風情を感じるその音に心をゆだねて目を閉じたのだが……。

 

……眠れない。

 

長旅で疲れ切っているはずなのに、どうしてか眠りに落ちることができない。

それどころか体が火照り、脈は早まっている。

ドクドクと勝手に早くなっていく脈を落ち着けるように、深く呼吸をする。

それが酒のためでも暑さのせいでもないのは明白であった。

 

目を開けて、横になったまま首だけを動かす。

蝋燭のか細い明かりに照らされる娘が視界の端にチラチラと映り込む。

意識すればするほどに、どうしても気になってしまう。

 

邪な想いを飲み込んで殺そうとすればするほどに、欲望が鎌首をもたげて己の心に囁きかける。

眠ってしまおうと目を閉ざしたが、悶々として眠りに落ちることができない。

 

娘の顔、装束に隠された四肢、髪の滑らかさ、肌の質感。

見ても触れてもいないのに……だからこそ、男の脳髄が悶々と娘との情交を妄想させる。

 

頭を振ろうが目を閉ざそうが、脳裏に焼き付く娘の肢体を無視することができない。

顔も知らぬというのに、浮かび上がる想像の彼女の顔は、どうしようもないほどに美しく、愛欲を禁じ得ない。

それならば……男はふと思い至る。

一度ちゃんと顔を眺めてしまえば、大したことのない顔立ちをしているかもしれない。

それが後戻りのできぬ破滅への道だと気づいてもなお、そう考える他どうしようもなかったのだ。

 

男は起き上がり、燭台を手に娘の下へ近づく。

震える手は意を決したようにやがて台座に横たわる娘の符をめくりあげた。

 

ゴクリ。息を呑む。

蝋燭の心もとない明かりの中でもはっきりとわかる。

雪花石膏のような乳白色の肌が光を吸収するように輝いているからである。

 

想像通り……、いや、想像を凌駕するほどに愛らしくも完璧な顔立ちである。

顔だけではない。服の上からでもその稜線を主張する手も足も胸も腰も、彼女を彩る長い髪も全てに非の打ち所がない。

唯一、首元に残された手跡が、娘に落とされた汚点であった。

 

揺れる蝋燭の炎が、心に炎を灯す。

 

きっとその痣は旦那が彼女を殺した時のものであろう。

それはそうだ。こんなに美しい娘を殺すのに、彼女の体を損なうなんて馬鹿げている。

だから、きっと絞め殺したに違いない。

 

――自分であっても、その殺害方法を選んだだろう。

 

男には、その旦那の気持ちが痛いほどに理解できた。

これほど美しい娘を、殺さずにはいられなかったのだ。

……娘は、死ぬことで完璧な存在となったのだ。

 

老いれば人は醜くなる。悲しいかな、それは絶対の掟である。

こんなに美しい娘であっても、老いというものは待ってはくれない。

 

旦那はそれを見たくなかったのだろう。恐怖したのだろう。

 

胸の内でメラメラと炎が広がっていく。

嫉妬する。後悔する。

娘を殺したのが自分ではなかったことに。

その旦那が彼女の死に際の表情を知っていることに。

 

愛した人に殺されて彼女はどんな表情を浮かべたのだろう。絶望だろうか、諦めだろうか。

痛みだろうか、嘆きだろうか、苦しみだろうか。

その全てに違いない!!

 

憎悪と嫉妬が男の胸に激しい炎となって逆巻く。

娘の首の痣をなぞるように、男は彼女の首に両手をあてる。

ひらりと符が揺れて、娘の顔を隠す。

 

――だがしかし。あぁ、だがしかし、彼女は今や俺のものだ。

 

符が貼られている限り、道士としての術が娘を思いのままに動く人形とさせている。

その事実が男の胸を満たす。

彼女の村に到着するまでは、他の誰にも邪魔されることはない。

 

娘の冷たい頬に手を当てて、男は笑みを浮かべる。

もうどうなろうとも構わない。

こんなに美しい娘を手に入れることができるのだ。ここで身を滅ぼしても天命というものだろう。

 

印を結び、術を唱える。

 

娘が上半身を起こし、虚空を見つめる。

 

さぁ、見せてくれ。お前の全てを……

 

「笑え」

 

娘はぎこちない動作でこちらを向くと、微笑みを浮かべる。

花咲くようなその笑顔!!

 

こんなに可憐な娘に欲望をぶつけていることに気恥ずかしさで死にたくなる。

けれどこの場に生きた人間はどこにもいない。

娘でさえ自分の命令に従う傀儡であるのだから、そんな感情は意味をなさない。

 

そのことが男をより大胆にさせた。

 

娘の死に装束に手をかけて、なおも震える指で苦労して脱がす。

 

薄衣を纏うだけの姿になった娘を見て、男の目から涙が一筋零れ落ちた。

大声を出して泣き出したくなるような衝動に襲われる。

喜びと情動が溢れ出して止まらない。

初めて女体を見た時の興奮に似ている。いや、それ以上である。

 

唾を飲み込もうとして、口の中がカラカラに乾いていることに気づく。

 

ここまで来て、これで終わらせるという選択肢は男の頭にはよぎらない。

人の道を外れること、師も教えを破ること、そんなことは娘の裸体を前にしてどうでもよくなってしまった。

ただ、脳髄には赤黒い警告とも欲情とも取れる激しい興奮が、溢れかえっている。

 

距離を詰めて、ゆっくりと娘を抱き寄せる。

抱きしめた娘の体は驚くほどに冷たい。

しばらくそうしていると、娘の体の柔らかさに気づく。

徐々に自らの熱が移っているのだ。

 

体の熱を奪われて、熱帯夜だというのに寒気を感じる。

 

首筋に唇を這わせて、柔らかくも芯のある、文字通り雪のような胸を揉みしだく。

吐息すら漏らさぬ娘の唇を吸う。

娘の口を舌でこじ開けて、侵入していく。

砂漠のようだと思っていたそこは、湿り気を帯びていて、粘度の高い唾液がヌチャリと男の舌を絡めとる。

 

それでは、と娘の陰部に手を伸ばすと、そこも口内と同じように男を迎え入れた。

そのことが男から理性を完全に消し飛ばしてしまった。

 

台座に娘を横たえて、娘の中に自らを突き立てる。

娘の浮かべる薄ら笑いが愛おしくて溜まらない。

 

激しく腰を動かしながら、首の痣に指を重ねる。

自分が彼女を殺したような気がして、胸の内に少しだけ喜びが芽生えたが、

相変わらず微笑み続ける彼女に怒りとも苛立ちとも取れる感情によって塗り替えられてしまう。

 

「愛してやる。俺が愛してやる」

 

誰よりも誰よりも。

――あの男よりも。俺が愛してやる。

 

微笑む娘の首を締めながら、男は果てた。

ドクンドクンと注ぎ込まれる体液が、娘の中を温かくしている。

倒れるようにして抱き着いた身体は、男の体温が移ったせいか、どことなく温もりを感じる。

 

 

後ろめたさはない。

滲む汗は蒸し暑い夜のせいでも、恐怖のせいでもない。

それがどれだけ虚しい行為かを知って、なおも男は笑う。

それでも……それでも、今だけは”それ”は男のものなのだ。

 

手に入れた!!

もうお前は誰のものでもない。俺のものだ。

地獄の底まで、一緒に堕ちよう。

 

ドクドクと脈打つ首筋。

はぁはぁと廟の中に己の声が木霊する。

 

「俺を愛してくれ」

 

男が娘に命令を下す。

 

娘は滑らかな動作で男の首に手を廻すと、その首筋を愛おし気に口づけた。

そうしながら、娘の手は男の体中を愛撫する。

冷たいながらもしっとりと柔らかい娘の手が、男の体の至る所を撫で上げる。

未知の快楽に、男の口から喘ぎ声が漏れる。

 

もっと、もっとよく見せておくれ。

お前の顔を……。

 

男が娘の顔を隠す符を剥がす。

娘はうっとりとした表情を浮かべて、男に再び抱き着いた。

 

ベリッと何かを剝がすような音に次いで、男の首に激しい痛みが訪れる。

娘が男の首の皮を喰い剥がしたのだ。

 

痛みに驚いたものの、男は娘を引きはがすようなことはしなかった。

それほどまでに愛していたのである。

自分はきっと彼女に喰われて(愛されて)死ぬのだろう。

けれど、この娘が(例え埋葬されるのだとしても)また違う誰かのものになることだけは許せない。

 

首筋を嚙まれたまま、男は娘を抱えて廟の外に出る。

流れ出る血液が、石畳に一本の筋を描いている。

己の肉を喰らい、柔らかな表情をする娘の頭を撫で、男は顔を上げた。

空は既に白みを帯び、朝の到来を告げていた。

 

 

数日後、廟の前で亡くなった道士の遺体が発見される。

 

道士の遺体を覆うようにして、殭屍となった娘の遺灰が散らばっていたという。

死に際の道士の表情がどのようなものであったか、喰われた顔からは判別できなかったそうだ。

 

 

 

 


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