陰キャに陽キャが書けるわけない。
時計が6時半を指す頃。
騒がしいデジタル時計の音を乱暴に止めて起き上がる。
また退屈な朝が来た。
まずは洗面台で歯を磨く。
次に部屋に戻って制服に着替える。
ネクタイを緩めに、ボタンは幾つか外しておくことを忘れずに。
髪はいつも通り、茶髪に毛先が赤という不自然な色。
鏡の前で軽く笑顔を作り、鞄に流行りの雑誌を詰め込む。
朝食は面倒だからと言って食べずに家を出た。
今から走ればトモダチが乗っている電車には間に合う筈だ。
「っと、ギリギリセーフ!」
明らかにマナー違反の駆け込み乗車をしてトモダチの場所へ走る。
「遅いって。アウトだよ」
「また寝坊かぁ?」
笑顔で迎える二人のトモダチも、俺と同じような服装で流行りのアクセサリーを付けていた。
「あ、それ◯◯のネックレス?」
鞄に入っている雑誌で知った付け焼き刃の知識で会話すると、「そうそう!良いよなー」と期待通りの返答が返ってきた。
しばらく電車に揺られながら中身のない話をしていると、いつの間にか学校近くの駅に着いていた。
不規則に並んで歩く人の塊を器用に避けながら学校へと向かう。
着いた時には既にチャイム5分前。
普通に歩けば余裕だったんだろうが…トモダチと話していたから仕方がない。
適当に授業を聞き流し、休み時間は陽キャのリーダー格の近くで過ごす。
いつの間にか入っていた陽キャグループ。
別に居心地が悪いという訳でもない。
でも…
放課後、夕方頃に集合するようリーダーが言った。
特に用事も無いが…今日は本屋に寄ろうと思っていたんだがな。
そう思いながらも俺は了承の返事をした。
一度家に帰って、白いシャツと赤いパーカーに着替える。
今日は少しチャラく見えるように赤色のカラーコンタクトも入れてみた。
家を出るともう既に空が赤く染まり始めている。
そこまで遅い時間でも無いけれど…冬だから日が沈むのが早い。
集合場所に着いた後は適当なアクセサリーショップを見たり、行けもしないのにバーを覗いてみたりと、「the.陽キャ」な場所を回った。
帰る頃には既に深夜と呼ばれる時間帯で、それぞれ別れて補導に怯えながら帰った。
家に入った時に母親の怒った声が聞こえたが、どうせ内容は「早く帰って来い」だと分かっているので無視した。
流石に俺も四日連続で叱られるのは避けたい。
最悪外出禁止もあり得る。
スマホの電源を入れ、SNSアプリを起動。
最近気に入っている小説レビューの人。
俺の本アカと違って、リア充アピールも流行りのスイーツの写真もアップされていない。
羨ましい、と思った。
カースト上位に入るのなんて簡単だ。
自分より上の奴らに媚を売りながら適当にノリの良いキャラをやっていれば良い。
本当に難しいのは、
そして、本当に楽しいのもきっと…
(あ、この人またいいねくれてる…)
フォロワーもロクに居ない僕の投稿に反応する人なんてそうそう居ないから覚えてしまった。
前に投稿欄を覗いてみたけれど、何一つ情報がなかった。
プロフィールすら空欄で、流石に声を掛けるのは憚られた。
(明日も小説の続き読みたいし、早く寝よう…)
七時頃に起きて目覚まし時計を止める。
時計の音は今推してるアニメのOP。これだけでも元気が出る。オタクは単純なのだ。
バスで行ける距離の学校とはいえこの時間だとギリギリなので少し早足になる。
歯を磨いて制服をキッチリと着た。
身だしなみに気を使わないのは…直せと言われることもあるけれど今の所あまり気にしていない。
寝癖を放置して小説をキーホルダーが付いたリュックに詰め込む。
急いで朝食…と言ってもトーストにバターを塗っただけの物…を食べて家を出た。
バス停に着くなりすぐに小説を取り出して読む。
普段読むのはラノベだけど、日によっては一昔前の物も読んだりする。
駅で乗る人が多いせいで席には座れないけれど、小説が読めるスペースが有れば十分。
僕は着くまでひたすら小説を読んで過ごした。
授業中は小説を机の中に入れて真面目にしている。
時々授業中は読まないのかと言われるけれど、授業中に全て理解してしまえば家で何もしなくて良い。
つまり、家で読む時間を確保する為の努力なのだ。
もちろん休み時間は本の虫になっている。
放課後は早足で家に帰り、手洗いをしてすぐ本を開く。
昨日まとめ買いしたばかりのものがまだ沢山あるんだ。
学校で読んでいた続きを読み、一冊終わったところでレビューを書く。
投稿したら次の小説を…あ、フォロー先の人が写真アップしてる。
きっとこの人は僕の事なんて気にしてないだろう。だからいつも反応なんてしない。
毎日と言って良いほどの投稿頻度で、昨日は…
ん?ここ僕が行った本屋に近いな。
近くに住んでるのかな?
内容は友達と流行りのアクセサリーショップに行った、なんて単純な事。
…羨ましいな。
他の人と話やノリを合わせるのが苦手で。
結局は周りから浮いて陰キャにカテゴライズされてしまった。
僕だって、本当は向こうに行きたかった。
キラキラと輝けるような存在に。
でも、無理だったんだ。
小説の主人公みたいに劇的な変化なんて起こらない。
僕はきっと一生…このままなんだよ。
数日前と同じ駅へ向かう。
目的地は前と違って本屋だった。
お目当ては「あの人」がレビューしていた本。
結構前から興味はあったけれど遊びの誘いで行けなかった。
どうにかして誰にも知られずに行けないだろうかと思って探した店。
小さい本屋だから誰にも見られないだろう。
店に入って本を探していると、誰かが入って来た。
黒マスクサングラス黒い服挙動不審…えっ通報した方が良い?
次の瞬間、目が合ってしまった。
一瞬迷うような動作を見せた後、俺が居るラノベスペースに真っ直ぐ向かってくる。
「く、来るなぁぁぁぁぁ!!!」
「す、すみませんっ!?」
つい大声を出してしまったが、よく見ると俺と同じくらいの歳のようだった。
店員さんの視線が痛い。
「な、何かな?」
若干小声になって言う。聞きたいのはあっちだろ。
「あ、えっと…貴方、この人ですよね?」
そう言って見せられたのは俺のアカウント。
写真は一応加工してあるけれど、幾つかの写真を合わせれば素顔が分かる。
自分でも不用心だとは思ってたよ?でもさ。
だからってこんな事ある?
「そう、だけど…?」
「DM送っても宜しいでしょうかっ!?」
「ネットで聞いて?」
しまった。
偶然憧れの人に出会ったからって勢いで声を掛けたのが間違いだった。
普通嫌だろう知らない奴に話しかけられたら。
「つーか、なんで俺のこと知ってんだよ?」
まだ話してくれるのか。
優しい人なんだな。
「ぐ、偶然見ただけで…あっ僕こういう者です」
自己紹介をしていなかった事を思い出し、自分のアカウントを表示して見せる。
「え、この人って…」
知られてた。
「偶然知り合いなんてすげーじゃん!写真撮ろうぜ!」
すぐに子供のようなはしゃいだ声になってスマホを構えてきた。
やっぱり明るい人なんだな。
羨ましい。
半ば強引に引き寄せられ、写真を撮られた。
…あれ?
「そういえば、今日は何しに来たんですか?」
こんなキラキラした人が小さい本屋なんて似合わない。
それに普段はもっと大勢で賑やかな場所に行っていた。
いつも付けていたピアスも付けずに何を…ん?ピアス穴無いな。イヤリングだったのか。
「タメ口で良いよ。いやぁ、アンタが紹介してた小説に興味があってさ」
「え、本当!?」
事実なら全力で布教しなければ、と一瞬思ったけれどこの人と僕は初対面。
流石にほぼ知らない人にマシンガントークは良くないよね…と思いギリギリで言葉を飲み込んだ。
「なぁ、良かったら読み終わった後にでも語り合おうぜ!」
「喜んで」
オタク特有の琴線に触れたのか、早口で何ページの何処を見て欲しい、このキャラは誤解されやすいから最後まで見てあげて欲しい、などと解説された。
それでいてネタバレは一切無かった。
こういった解説に慣れているのだろうか。
とりあえず本を買った。(勢いに負けた)
まぁ最初から買う予定だったから良いけど。
また今度会おう、と別れた俺たちはそれぞれ逆方向の電車に乗って帰った。
(…また明日、連絡してみるか)
会う約束は早めにしておいた方が良い。
他の誰かに取られてしまうから…いやアイツに関しては友達とか居ないだろうから大丈夫か?
…疲れたし、さっさと風呂入って寝るか。
学校から帰って、昨日買った本を開く。
アイツに連絡するなら何かしらの理由が無いと…
まだ用がなくても連絡できる仲とは言えないからな。
…いや、別に連絡したい訳じゃ無いけどな!?
謎の言い訳を心の中で叫びながらパラパラとページをめくっていく。
村人から冷たい目で見られたり、裏切りを受けたりと様々な困難を乗り越えて魔王を倒す…か。
ありがちな設定だけれど、なんだか飽きない魅力があった。
なんでだろうか…?
数時間かけて読み終わり、アプリを起動する。
アイツのアカウントを開き、なんとなくこの小説のレビューを見た。
普段見るのと違って、なんの事を言っているかがはっきり分かる。
(面白いな…)
しかも何処が良かったのか、的確に書かれていて共感できる。
外に行くよりこうして本を読む方が楽しいな…
とりあえずDM送るか。
(あ、DM…)
小説を読み終わったのだろうか。
開くと、軽い感想と次に会う誘いが書かれていた。
都合が良ければ明日にでも…か。
どうせ暇なんだからと即答し、待ち合わせ場所の指定を送る。
次の日。
学校が終わったら母親にメールを送り、家に帰らずに待ち合わせ場所に向かう。
待ち合わせ時間までは数時間あるけど、寄りたい場所があるんだ。
電車に乗って一昨日と同じ駅に向かう。
向かった場所は美容院。
「あっあの…髪を染めたいんですけど…」
思ったよりあっさり染められたせいか、あまり実感が湧かない。
鏡を見た瞬間、なんだか夢の中に居るようなふわふわとした感覚に包まれる。
あの人と同じカラーで染められた自分。
別人になれたような気がした。
集合時間までは適当に街を歩いた。
髪を染めただけなのに、世界が丸ごと変わったように見える。
でも、なんだか違和感がある…?
いや、気のせいだろう。
「あれ…?」
集合時間になっても出会えない。
メールによると既に着いているらしいけど…
何処に居るんだろうか。
困り果てていると、後ろから肩を叩かれた。
「ひゃうっ!?」
「いやそんな驚かなくても…つか髪染めたよな?」
一瞬誰かと思ったが、声からして待ち合わせ相手の彼で間違い無さそうだ。
「そ、そっちこそ髪…」
「あぁ、これな?なんか急に飽きてさ…」
そこには、髪を黒く染めて別人になった彼が居た。
思い切って髪色戻してみたけど…まさか向こうも髪色を変えてくるとは。
マスクとサングラスが無かったら分からなかったぞ。
まぁこっちのイメチェンには成功したっぽいし良いか。
というかまさかあれ俺の真似か…?
いや偶然だろ。流行ってるやつだし。
まずは予定通り本の感想の言い合い。
熱意的にあっちが強いからちょっと負けた感じがしたけど…これからもっと好きになれば良いもんな。
それに今日は別の用事もあったんだ。
「なぁ、普段何処で服とか買ってんの?」
陰キャスタイルの真似をしたい。
そう言うと本人は「陰キャかぁ…」と微妙な顔をした。
すぐに変われるとは思ってないけど、まずは形から、ってのも俺らしくて良いよな。
「良いけど…その代わりこっちの用事にも付き合ってよ」
交換条件として提示してきたのは、俺の行きつけの店を紹介すること。
俺は流行りの物を適当に選んでるだけなんだが。
今流行りのやつ紹介すれば良いか。
二人で店を巡って過ごした。
服を買ったり、イヤリングを選んでみたり。
俺は適当な黒いパーカーと長ズボンを買った。
お互いそんなに金を持って来てなかったから、一着づつしか買えなかったけど。
気付いたら既に夜になっていた。
「あ、そろそろ僕帰らないと…」
きっと親思いの良い子なんだろうな。
「親が心配するから」なんて言っちゃってさ。
絶対陽キャなんて向いてないって。
…まぁ俺も陰キャとか向いてないからお互い様だけどな。
それから、俺の日常は少しずつ変わり始めた。
ある時は雑誌を持たずに学校に行って。
またある時は電車を少しずらして。
段々と「普通の俺」から遠ざかっていった。
前回会ってから数週間経つ頃。
お互い、ネットでの投稿が真逆の物になっていた。
僕は学校の友達と騒いだり、遊んだりする写真ばかり。
彼の真似だ。
彼は逆に以前の僕と同じような人になってしまっていた。
きっと憧れだった彼はもう居ない。
初めて会ってから何度もメールで話しているうちに、お互いに憧れていたことが分かった。
嬉しいけれど、僕が努力して捨てたかった性格に憧れられるのはちょっと複雑。
もしかしたら、向こうも同じ気持ちなのかも知れないな。
僕が友達と遊ぶようになってから暫く会わなくなっていたけど、久しぶりに誘ってみようかな?
早速次の日会う予定を入れておいた。
待ち合わせは適当なビルの前。
分かりやすくて良いと思ったんだけど…
「おいテメェ…喧嘩売ってんのかぁ!?」
はい、ヤンキーに絡まれましたー。
絡まれた、と言うより一方的な罵倒か…?
とりあえず質問系の言葉には弱々しく答えて、罵倒には謝罪で返す。
今まで見た小説で一番軽傷で済んでいた方法。
でも怖い。早く終わってくれ…
そう思っていたら、急に視界が暗くなった。
びっくりして横を見ると、マスクをした彼が立っていた。
「おい、なにやってんだ?」
(救世主…神…)
そう心の中で唱えながら彼の後ろに走る。
「あぁ?なんだお前、陰キャがでしゃばってんじゃねーよ!」
「よし!逃げるぞ!」
「はい!…はい?」
手首を掴まれ走り出す。
さっきのヤンキーが怒鳴っているが無視。
ひたすら走って街角まで来る。
「とりあえず店入るぞ」
そう言って入った店は、彼と出会った本屋だった。
(久しぶりだな…)
「なぁ、お前なにしてたんだよ。トモダチって訳じゃ無いだろ?」
まぁさすがに分かるよね。
「クラスのリーダー、的な人だよ。って言っても、恐怖政治だけどね」
「そうなんだ…お前も大変なんだな」
その後数分間…いや実際はもっと短かったかも知れないけど、沈黙があった。
自然と視線が下に落ちた。
「あのさ」
あぁ、やっぱりこういう気まずい雰囲気を破るのは彼なんだな。
顔を上げて彼の言葉を待つ。
「俺、やっぱ陰キャとか向いてなかったわ」
僕から見たら分かりきっていた事。
今更気付いたんだろうか。
「んで、お前もなんか似合ってない!」
「え…」
何かおかしい所があっただろうか。
流行は分からないからと服装を変えないでいたのが悪かった?
それとも話し方?視線?
けど、彼の指摘は僕の心配とは別の所で。
「なんか、楽しくなさそうなんだよな」
「そっか…そう、だよね」
薄々勘付いてはいたんだ。
このままじゃ駄目なんだろうなって。
でも辞めるタイミングを見失っていた。
「だからさ、やめれば良いじゃん。お互いに」
「で、でも…学校に同じ趣味持ってる子とか居ないし…」
元の生活に戻ったら、なにも変わらないじゃないか。
「お前、まだ気付かねーのかよ…」
「え?何に?」
「俺たち同じ高校だぞ?」
「えっ」
全く気付かなかった。
「まぁ一番遠いクラスな上にお互い目立ってないからな…俺も気付いたの先週だ」
「そうなんだ…」
「だからさ!俺たちが友達になれば良いんだよ!」
都合が良いにも程がある。
でも…まぁ。
たまにはこんなご都合主義の結末も良いよね!