みんな、僕のことが好きで好きでたまらないのは分かったから、もうこれ以上僕を巡って殺し合うのはやめましょうよ!?~ デッドエンド✖病ンデレループ ~ 作:まぐろのドン
──誰かに必要とされたかった、それだけなのに。
友達でも、恋人でも、結婚相手でも、誰でもいい。誰かの人生の中で、“自分”という存在をかけがえのないものにしたい。果たしてこれは、おこがましい願いなのだろうか。地位や名誉なんて大層なものを求めているわけではないのに、いくら手を伸ばしても手に入らない。むしろ、強く求めるほど離れていくばかりで。
「ねぇ、どうして逃げたりしたの?」
吹き荒れる雨風の中から声が聞こえてきた──少女の声だ。
透き通るようなその甘い声は、激しい雨音にかき消されることなく青年の耳に届いた。か細いながらも、グサリと深く突き刺さるように。
「私はこんなにも……あなたのことを想っているのに」
嵐の夜。青年は、血まみれになった少女を車に乗せて、不慣れな道を走りながら、自分の知らない場所まで逃げた。“追っ手”を振り切ってやっと一息つけるというときに、唯一の心の拠り所は後部座席で動かぬ人形となっていた。青年はいっそ自分もと思ったが、取り残される者の事を考えてしまい行動に移せなかった。
「に、逃げたくもなるさ! 包丁なんか持って襲い掛かられたら誰だって!」
青年は追い詰められた獣のような目で、黄色レインコートを着た少女のことを睨んだ。それを微笑で返すレインコートの少女。
「誤解しないでよね。わたし、あなたに手を上げようだなんてこれっぽちも思ってないのよ。むしろ、あなたのことを大事にしたいって……」
「……違うんだよ。そういう問題じゃないんだ。僕が聞きたいのは、どうしてキミが、あんなことをしたってことだけで……」
少女の死後。時を経ずして、青年は追っ手──レインコートの少女に見つかってしまった。逃げ切れたものだと思ったのに、こうも呆気なく見つかってしまうと、青年は逃避行の中で苦しみながら逝った恋人に申し訳が立たなかった。後悔の念がポツポツと湧き上がってきて、胸が苦しくなる。
「しらばっくれちゃって。あんなことになったのも全部あなたのせいじゃない?」
青年の顔が歪む。
「あなたが良い人だったからいけなかったのよ。そのせいでみんなが傷ついた。あなたがあんまり良い人過ぎたから、こうするほかになかった」
ゆっくりと、少女が青年に近寄る。雨風がさらに勢いを強めた。レインコートのフードがめくれて、隠れた目元があらわになった。切れ長で、鋭く澄んだ双眸。青年にとっては見慣れたはずの少女の目が、この時ばかりは恐ろしいものに見えた。
「みんな、そんなあなたのことがどうしようもないくらいに好きだったの」
「……全部、僕のせい……」
僕のせい、の続きを遮るように青年の口から勢いよく嘔吐物が吐き出される。心身に限界が訪れたらしく、今度はうずくまってボロボロと涙を流した。怯えて震えるその背中を少女が優しくさする。追い打ちをかけるように言葉を吐く。
「みんなの気持ちを大事にして、誰も傷つかないように必死に立ち回っていたつもりなんでしょうけど……。こうなってしまった以上、意味のないことだったのかもね」
震えはいっそう激しさを増した。混乱で埋め尽くされた頭の中を、いくつもの言葉が反芻する。もっぱら、後悔の言葉ばかりが響いた。
こんなことになると知っていたら、自分で決着をつけることができたはずなのだ。好きな女の子が傷つくこともなければ、目の前の彼女が奇行に走るようなこともなかった。
こうなったのも、すべて自分の責任だ。たった一つのこの身で、彼女たち全員に分け隔てなく平等な幸せをもたらそうなんて、おこがましいにも程があった。
「……今さらそんなこと考えたってしょうがないわよね」
少女は、震える青年の身体を力強く抱きしめる。すると、少女がこれまでに溜めこんできた色々なものがいよいよ満杯になって、勢いよく溢れ出した。少女の頬を、たくさんの雨が流れた。
「安心して。私はどこにも行ったりなんかしないから。ずっと、アナタのそばにいてあげる。二度と怖い目になんかに合わせない。どこかの湖畔に一軒家を建てて、そこで一緒に暮らすのよ……」
熱心に諭す少女だったが、青年の耳には会話の一文字も入ってこなかった。それでも、話を止める気配はなかった。ただ一方的に浴びせられる言葉を、青年は背景音楽のようにただ聞き流す。何分も、何十分も、何時間もただひたすらに。
「お金の心配もしなくていいの。家事も全部わたしに任せて。あなたはただ好きなことをしているだけでいいから。湖でも眺めながら本を読んで、ストレスとは無縁の生活を送って欲しい」
そして、ついに壊れてしまった。
「えっ、ああ、ちょっと……! なにをするのっ!?」
青年は少女から包丁を力づくで奪い取ると、その刃を自分の首筋に当てた。傷ついた首筋から、ツーっと血が滴る。血液の温もりが生々しく感じて、途端に手が震えた。
──最初から、こうするべきだった。
震えを止めて、凶器を持った右手によりいっそう力を込める。ここで躊躇してしまったら、この先ずっと命を惜しんで惨めったらしく生きてしまいかねない。
「誠くん!」
「……ごめん……」
刃が首の大きな血管に深い傷をつけた。切り口からは噴水みたいに血がぶしゅーっと飛んで、いっしょに意識もどこかへ飛んでいった。
「そんな、どうして、こんな真似を……」
熱と生気を失ったその身体が泥のベッドの上に横たわる。濡れた土に、沈み込んだ。壮絶な最期の瞬間まで走馬灯が走ることはなかった。
こうして、