ありえたかもしれないもう一つの世界に、その少女と少年はいた。

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袖振り合うも多生の縁

「…さん…大城さん!起きなさい!」

そういって彼は数学科の教員から、教科書のカドで頭を小突かれる。

 

「いっつ!」

と声をあげながら、彼は顔に被せていた教科書を持ち上げて、自分を小突いた相手を確認する。

「なんだよ三鷹センセ。」

「なんだよじゃありません!まったく!これで何度目だと思ってるんですか!?」

「ひぃふぅみぃ…。6回」

「8回目です!まったく、授業中に寝るわ、提出物を疎かにするわ、あなたは一体学校に何しに来てるんですか!?」

 

眼鏡をかけたその女性教員は、彼に凄む。

「へぇへぇ、真面目にやりますヨ。」

「はいは一回!」

 

そういって彼女は大城に背を向ける。

「ハデにやられたな、ハク。」

そう後ろから、彼の友人の岳が声をかける。

 

「ああ…ありゃ、また合コンに失敗したんだろ。」

その瞬間、白く細長く固い何かが彼の額目がけてスコン。

 

「いって!」

「聞こえてますからね。」

「…チョークはねぇだろ。」

その彼の一連の流れに、周りからはクスクスと声が上がる。

 

そんな中、三鷹と同じように呆れた顔をして彼を見る少女もいた。

彼女も三鷹と同意見の持ち主。この進学を目指す学校に彼は何しに来ているのだろうか。と心で呟く。

 

ただ不真面目ならばそれでいい。自分の不始末に困るのは自分なのだから。

だが彼は例外的だった。遅刻の常習犯であり、無断欠席もたまにあり、授業中は居眠りに提出物もすっぽかす彼だが、定期テストや全国模試ではいつも結構な成績を誇っている。

 

その為、これだけの不真面目さを以てしても再試、留年をしっかり免れている。まったく嫌味な男だ。

いわゆる地頭がいいタイプなのだろうか。この高校にくるだけのことはあるのかもしれない。

見えないところで勤勉なのだろうか。しかし、その態度を見る限り、そんな想像はできない。

 

自分はしっかり勉強しても、現状維持が精いっぱいだというのに。

彼女は神の不平等さを呪った。

 

――――――――――――――――――――

 

コツコツ…と学校の土曜日の授業を終えた彼女は、家路に向かう。

最近受験も近く、授業でも教師陣が結構神経質になっていることが感じ取れる。

無論生徒たちもだ。いつも街へ遊びに出る親友二人とも、最近会っても話題になるのは大学のことばかり。

 

寝ても覚めても、勉強と進学。

そんな現状に少し疲れてきている自分がいる。そこで少しだけため息をつく。視線も前ではなく、足元。

…。よくないな。厳しいのは皆一緒なのに。

 

と思った矢先だった。

「よォ!清水!」

彼女の背中をポンと叩て現れたのは、あの不真面目で嫌味な生徒だった。

 

「…大城君。」

「こんなとこで奇遇だ。お前ん家ってこっちだっけか?」

「そうだけど。…何の用?」

「なんの用って、女があんなしょげて歩かれてちゃ、気にしねぇワケにはいかねぇだろ?」

相変わらずよくわからない言い分だ。

厳しいのは皆一緒だと思ったが、ここに例外もいたものだ。と彼女の肩の力はさらに抜ける。

 

「ほっといてよ…」

そういって、彼女は大城の元から去ろうとする。

「ちょっと待てよ。まだ話は終わってねぇってば」

そんな彼にしびれを切らせた清水は足を止めて彼と向き合う。

「大城君はいいの?進学のこととか、考えなくて。」

「どーだっていい。なるようになればそれでいい。俺は俺のやりたいように生きる。」

と大城は迷いなく、間髪入れずにそう清水に返す。

 

その言葉に清水は更に呆れる。

だがその言葉に、どこか羨ましさを感じてしまう自分が少し情けなくとも感じた。

 

「お前ちょっと疲れてんだろ?ちゃんとガス抜きとかしてんのか?」

とガス抜きっぱなしの男が清水に問う。

 

「そんな暇ないよ。皆必死なんだから。私も真剣にならなくちゃ。」

「はは、相変わらずクソ真面目だなお前って。」

「君はもう少し真面目になったほうがいいよ。」

「あー痛いトコ突かれた。」

と彼はおどけて見せる。

 

「けどよ、んなクソ張りつめて、お前は何がしたいんだ?」

「え?」

想定外の言葉に清水は声を詰まらせた。

 

「そりゃあ…いい大学に行って。いいところに就職して。」

「それって楽しいのか?」

「何が言いたいの?」

「人生もっと楽しめってコトさ。若いうち遊ばなきゃソンさ。」

「君はあそんでばっかりだ。」

「違いねぇ。」

と笑いながら大城は続ける。

 

「んでさ。お前明日暇か?」

「暇…っていうか。予定はないけど、勉強かな。」

「勉強するくらい暇ってコトだな。」

彼の勝手な言動に慣れ始めている自分がいる。

 

「一体なんなの?」

「あのさ…明日俺とデートしようぜ?」

その言葉に、清水は息を忘れて固まった。

 

「で…でで、デート?」

「なんだ。誘われたのは初めてか?」

そう口端を吊り上げながら大城は言う。

「い、いや!そんなことないもん!…しょ、小学生のころ…男の子にさそわれたりして…その。図書館とか…行ったもん…。」

彼女の声のトーンはごにょごにょと小さくなっていく。

 

「だ!大体、デートって、どこに行くの?」

清水のその言葉に、大城は待ってましたと言わんばかりに、身を乗り出す。

そして清水の肩に腕を回して耳元で囁く。

 

 

 

 

「競馬だ。」

 

 

 

 

 

「…さようなら。」

 

 

 

「ちょ!待てよ!」

大城のその言葉を背に清水は再び家路を目指す。

「なぁ!待てって!」

「君は未成年でしょ!博打だなんて!」

「賭けなきゃセーフだ。ただ俺はスポーツとして見に行きてぇだけだ。お前だって馬好きだろ?」

清水の鞄には、可愛い馬のキーホルダー。大城はそれを指しながら言う。

 

「嫌いじゃないけど。…大体、そういうのならいつもみたいに沖野君とか、松本君たちと行けばいいじゃない。」

「あいつら予定が狂ってんだよ。松本に至ってはドタキャンだ。…さては女だな。」

大城は面白くなさそうに呟く。

 

「てなワケだ。なぁいいだろ?一日くらい付き合ってくれよ。ほら、ガス抜きだと思ってさ。絶対ソンしねぇって。」

「…一日、だけだよ?」

 

―――――――――――――――

 

嗚呼…私ってば何をしてるんだろう。

こんな遊んでる場合じゃないっていうのに。

 

と心でつぶやきつつも、その恰好は少し粧した今時の少女らしい姿。

姿見で自分を何度もチェックする。

「髪の毛とか…ハネてないよね?」

そう念入りに。

 

…これじゃあ、まるで私がデートを楽しみにしてるみたいじゃないか。

違う違う。あくまで私は監視役なんだ。あのいい加減な男が本当に賭博に手を出さないかという。

 

そして玄関で靴を履いてる時に、背後から母の声が。

 

「あら?赤音(あかね)お出かけ?」

「あ、うん!ちょっとね。」

「ふうん…もしかして、男の子?」

「えっ!?」

 

ズキュンドキュンと図星を射抜かれた彼女は、顔を真っ赤にしてしどろもどろ。

「な…なんで?」

「なーんかそんな気がするの。ふぅん。赤音もついにねぇ。」

「ち、違うよ!ほら、いつもの百花ちゃんたちと!」

「はいはい。気を付けてらっしゃいな。」

そういって母は笑顔で娘を送りだす。

 

―――――――――――――――――――――

 

「…遅い。」

自宅近くの駅の時計台の下に彼女はいた。

しっかりと粧した身なりに、少しそわそわと浮足立つその様は、ただの友人を待っているわけではないのだろうと待ちゆく人達から察せられる。

 

彼女はしきりにスマホで時間をちらちら。

もう約束の時間を20分もオーバーしている。

 

迎えに来てやるから、駅で待ってろと調子よく言っていたくせに、女の子を一人で待ち惚けさせるなんてどんな了見なのだろうか!

と憤った時に、ブオンブオンと街を流れる車たちとは一味違ったサウンドが、彼女の耳へ飛び込んでくる。

 

それは、白と黒の模様に、普通の車では見ないような格納式(リトラクタブル)のヘッドライト。

車に詳しくはない彼女であっても、それが古い車であることを理解するのには、数秒もいらなかった。

 

駅から流れ出てくる、初老の男性や、メカ好きそうな若い男たちはその車に一瞬目を惹かれているようだ。

 

彼女はすぐわかった。

その車のドライバーは、彼なのだと。

理由まではわからないが、きっと彼女の直感がそう読んだのだろう。

 

そして案の定、その古い車は彼女の前にピタリと横づけ。

助手席の窓がすこし擦れるような音をしながら、垂直方向に落ちて、その中から遅刻魔は現れる。

 

「よォ!お前も今来たトコだろ?」

と、彼は悪びれもせずにそういう。

「大城君!私はちゃんと時間通りにきてました!」

それに抗うかのように、彼女はプンスカと擬音を立てながら、彼を叱りつける。だが彼は依然と笑い飛ばす。

 

「早く乗れよ!始まっちまうぞ!」

そうして、彼女は大城のペースに乗せられるまま、車の中へと乗り込んだ。

 

車の室内は、ガラガラと機械の音、おそらくエンジンなのだろう。こんなにも響くのかと彼女は呆気にとられる。ウインドウも手回し。

「イイ音だろ?4A-Gってのは。」

「よくわかんないけど。」

 

大城はクラッチペダルを切って、シフトノブを一速へと叩き込む。

彼の指令を受けた車は、ピリっとした表情を見せるかのようにそれに応える。

 

「君は免許を持ってたの?」

「夏休み中にな。これで大っぴらに運転できるワケだ。」

大っぴらに…。という言葉に引っ掛かりながらも。彼女はシートに深くかける。

 

「古いクルマだね。大城君のなの?」

「いいや、兄貴のAE86(ハチロク)さ。一旦は渋られたが、女乗せるって言ったらいい顔して貸してくれたよ。」

「私をダシに使ったワケだ。」

「いーじゃねぇか。それによ、こいつ縁起がいいんだぜ?」

「どういう意味?」

「こいつの名前スプリンターってんだ。スプリンタートレノ。」

「スプリンター…。」

「そんで今日の重賞、スプリンターズステークスさ。」

大城は目線を前から、清水のほうに移す。

 

「スプリンターズ…なに?」

「ステークス。そのまんまの通り、短距離戦さ。ざっと1200ってトコだったかな。」

「せ…1200って。それって短距離なの?」

「馬の世界じゃそうなんだろ。もっと長ぇヤツだと3kmくらい走るからなあいつら。」

「すごいんだね…馬って。」

 

赤信号に車は引っかかる。

その時に、その車の横にやたらと堂々とした3ナンバーの四輪駆動車が。

ラリーのベースカーともされるそれに、大城の視線は女を追いかける目線にも似た細目に。

「はん…FR(ハチロク)もわるかねぇが、やっぱ買うなら四駆(ランサー)だよなぁ。お前もそう思うだろ?」

「車だなんて、動けばなんでもいいじゃない。」

「馬鹿、興の無ェこと言ってんじゃねぇよ。2L DOHCターボ。カタログでもざっと280馬力。NAにはない暴力的な加速。やっぱこうでなくちゃな。」

「…なーんか。トゲトゲしててヤな感じ。」

「じゃーお嬢様はどういう車がいいんだ?」

「私は…。」

別に何もないと言おうとしたが、清水の座る助手席側に、とある車が一台並ぶ。

それは高級車の代名詞にも称される。誰もが振り向く車。

清水はなぜかそれに目を惹かれる。

 

「私、ああいうのがいいな。スタイリッシュでかっこいいし、目はまん丸で可愛くて。」

「…ポルシェって。しかも新型のGT3か。…流石育ちのいい目の肥えたお嬢様は意見が違う。」

「いいじゃない。夢は大きくて。」

「因みにお前、アレいくらするか知ってるか?」

「ポルシェでしょ…1000万くらい?」

「2000万だ。」

 

その言葉に、清水は目をパチクリ。

「に…にせ。」

「はっは!いいカレシに乗せてもらえ!」

 

―――――――――――――――――――――

 

そしてようやく到着する。

中山競馬場。

 

出入口付近に駐車…という贅沢はできない。

二人は駐車場の奥まった、木の影になるところに車を置き、場内へと向かっていく。

 

「すっごい人だかり…。」

「そりゃG1だしなぁ。」

 

入場口のゲート、この付近では新聞販売や今日のレース予想に花を咲かせる若者、中の人だかりにつかれたオッサンたちや、あまり褒められたことではない商売をする不届き者など様々な情景が見て取れる。

その一角に、なぜか茣蓙を敷いて胡坐をかき、瞑想をする白いトガのような物を来て、白いひげを流々とはやす怪しい老人がいる。

 

清水はその怪しい老人に一瞬気を取られつつも、やり過ごすかのように、そっと息をひそめて前を通り過ぎようとする。が。

 

その瞬間老人はカっと目を見開き、清水に語り掛ける。

「ソコニオッタカ!ワガセイトウコウケイシャ!」

「ええ!?」

老人は立ち上がると、清水に一直線。

 

「マッテオッタゾ!ココ(・・)マデキタカイガアッタモノダ。サァ、コキュウノシュギョウノツヅキダ!」

「なんの話ですかぁ!?」

老人のまくしたてに、清水はしどろもどろ。

 

「お…大城君!」

と彼女は大城に助けを求めるが。

「よかったな、ナンパだぞ。」

「よくない!助けてよ!」

「俺の出る幕はない。」

大城のその言葉とともに、彼の背後から警備員が数名。

 

その老人に向かってさす股を構える。

「マテ!ワタシハフシンシャデハナイ!ハク!ナントカシロ!」

と言いながらも、老人は警備員たちに連れていかれる。

 

「もぉ…なんなのあの人!」

「長い人生、そのくらい興があったほうがいいだろ?」

「冗談じゃない!…怖かった。」

と清水は大城のスカジャンの裾をそっと握る。

 

「ま、どう転んでもここは賭博場だからな、ラリった変な奴も少なくねぇさ。さ、気ぃ取り直していこうぜ?」

と大城は彼女の背中をたたいた。

 

(…そういや、あの爺さん、俺のことハクって言った?…なんで知ってんだ?)

 

 

――――――――――――――――――――――

 

「ねぇ、キミ本当に成人(ハタチ)?」

「なんだよ、そんなに俺がガキに見えるか?」

「じゃあ生まれ年言ってごらんよ。身分証でもいいよ。」

 

その競馬場の隅の売店で、やたらにメイクの濃い看板娘と、大城が押し問答。

 

「いーじゃねぇか。新聞も買ってやるからよ。メビウスの8ミリ、広いココロでさ。」

「ふーん…。」

と看板娘の訝しむ目は、綻びを知らない。

 

と、そこに。

「ダメですよ!売っちゃ!この人まだ18なんですから!」

と清水が割って入る。

 

「ちょ!お前!」

「はっはっは!やっぱりねぇ。」

「…クソ」

「また二年後においでよ。それまでとっといてあげるからさ。」

「覚えてろよ…。」

 

そこにまた清水が。

「その代わりこれください。この人と二つ分。」

そういってレジに差し出したのは、かわいい女の子がイラストされたアクリルキーホルダー。

よく見るとその少女らには耳と尻尾。

 

いわゆる馬の擬人化というやつなのだろうか。

アクリルキーホルダーには、歴戦の名馬の名も記されてある。

 

「んだこれ?」

「知らないの?今すっごく流行ってるんだよ!」

大城はそれを持ち上げて物珍しそうに見る。

「はは、ついてけねーや。」

「流行りにはちゃんと付いていかないとダメだよ!…はい、大城君にも一個あげる。」

そういって大城に会計が終わったキーホルダーを手渡す。

 

「…いい彼女さんだね。」

と売店の娘が言う。

「文句が多いのが難点だ。」

「も、もう!ヘンなこと言ってないでよ!」

そういってプイと彼女はそっぽを向く。

 

大城は改めてそのキーホルダーを。

それは名馬の中の名馬として知られる、シンボリルドルフ。

緑色の衣装に身を包み、貫禄ある凛々しい表情をその手にするものへと向ける。

 

「ほぉ…あのルドルフがこうなるワケか。…なんか俺みてぇなヤツ叱ってきそうでヤだな。」

「じゃあ叱られないようにちゃんとしなきゃだね!」

と彼女はにこりと笑う。

 

「…善処するサ。」

そういって大城はそれをポケットの中へ入れた。

 

―――――――――――――――――――

 

運命の時間も刻一刻と迫る中、観客たちの群衆はレース場ではなく、パドックに集う。

そこに、今日の主役16頭の馬たちがぞろぞろと入ってくる。

 

その主役たちを見る観客の目はギラギラに光る。

その群衆の中を、二人は割って入っていく。

「すっごい…人」

「はぐれんなよ。手つないどくか?」

大城は冗談のつもりで行ったのだが、清水はその大城の手をがっちりと握った。

「…ほぉ」

そうして、二人は馬たちがよく見える柵付近までようやく。

 

「うわあ…すごい…馬って大きいんだね。」

その主役たちに見惚れる清水。

「まだ、手ぇ繋いどくか?」

と大城がいう。その言葉にはっとして清水は自分の手を見る。

そこには、力を込めて大城の手を握る自分の手が。

 

「あ!…ご、ごめんなさい。はぐれちゃいけないって思って。」

「ま、俺はいいんだけどサ?お前がその気ならな。」

と大城は嫌らしく笑い、清水はプイとそっぽを向く。

 

「おっと、来たぞ。見ろよ、今日の一番人気。オオシンハリヤー。…くぅ、いい脚してんなぁ。仕上がりもいい。こりゃテッパンだろうな。」

と顎を抱えて大城はいう。

「そんなにあの子がいいの?」

「みりゃわかるだろ?あのトモ、相当なモンだぞ。」

「うーん。」

清水はいまいちピンとこない様子。

 

「じゃあなんだ。お前のお気に入りが他にいんのか?」

「お気に入りっていうか…。私、なんかあの子気になるな。」

そういって清水が指すその方向には。

 

「…7番…レッドマーシャル?」

大城は怪訝な顔で、清水が指すその先を見る。

「なんでまた…あんな辛気臭そうなヤツが来るってのか?」

「うん…なんかあの子、頑張ってくれそうな気がする。なんか、シンパシーを感じるっていうか。」

「…お前と同じ赤だからってコト?」

「それもあるかもね。」

と清水は笑って見せる。

 

「お前、競馬の才能なさそうだな。」

「なくてもいいもん。」

 

 

――――――――――――――――――

 

「大城君…おそいなぁ、もう始まっちゃうのに」

そうしてぞろぞろと馬たちが、ゲートに入っていく。

 

『さぁやってまいりましたスプリンターズステークス。今各馬がゲートインしました。』

そこに。

「よぉし、間に合った。」

と彼が滑り込む。

 

「遅いよ!君が見たいって言ってたのに!」

「ワリーワリー、便所混んでたのよ。」

という彼の手元には、何かが印刷された紙切れ。

 

清水はすぐにそれが何か察する。

「…その紙、何?」

「え?…あ。こりゃあアレだよ。電車の切符だ。」

「今日車でしょ!…まさか馬券買っちゃったの!?」

「ウルセェウルセェ。勝ったら良いもん買ってやるよ。」

「そういう問題じゃなくて!」

 

『さぁスタートしました!!きれいな横並び!!』

その実況の声に二人は反応する。

「ほら、始まった。お説教はあとだ。」

 

『さぁ期待の大逃げ5番オオシンハリヤー!後続集団を突き放す勢い!少し離れて前方集団、12番オークストリーム、4番テクノイニシャル、9番オオエドカエヅ、1番アックンペイル。そのすぐ後ろに7番レッドマーシャル。ここに構えます。』

 

「くぅ!来るぞこりゃ!…残念だったな清水。レッドマーシャルとやらは。あの距離からの追い上げは無理さ。」

「まだわからないでしょ?」

「ほぉ、結構強気に言うじゃねぇの。お前の読みが当たったら晩飯奢ってやるよ。」

「言質とったからね!」

 

そして、最終コーナーを抜けて…神の時間がその場に舞い降りる。

『オオシンハリヤー順調か!その後ろで二番手争い!』

「そーだ!よおし!そんまま行け!」

と大城が自分に確信を持った時だった。

 

会場中にどよめきが走る。

まるで、安定していた足場を崩されたかのような。

誰も予想しなかったことが起きたかのような。

 

 

 

全員が感じた。

 

 

 

その馬がほんの一瞬。

 

 

 

 

赤く光った。

 

 

 

 

『何かが馬群を抜けた…!これは!7番レッドマーシャル!勝負所でまさかの強い追い上げ!!秘めていた!隠し持っていた!!その毒を持って!今オオシンハリヤーに挑む!』

「はぁ!?なんだそれ…!」

 

呆気にとられる大城、そして清水は手でメガホンを作り。

「がんばれ!マーシャル!!」

と叫んだ。

 

 

『衰えない!伸びる伸びる!レッドマーシャル!!レッドマーシャル!!勝負所からのハイスパート!!オオシンハリヤー逃げ切れないか!?レッドマーシャル!!届くか?届くか!?…差した!差し切った!!レッドマーシャル!!絶対人気を差し切って、今ゴールインッ!!』

 

清水が信じた馬は、見事に冠を飾った。

ゴールラインを切った瞬間、その馬に乗ったジョッキーは観客らに向けて、ロックサインのポーズを高らかに掲げた。

 

会場が揺れた。

シナリオ無きドラマに、新たな伝説が記された瞬間に。多くの者たちが立ち会った。

 

それは、大城と清水もそうだった。

 

「…ンだ、ソレ…。」

大城はポカンと目を丸くしてターフを見ることしかできなかった。

そして一時して、隣でふんと鼻を鳴らし、得意になる清水を苦い顔で見た。

 

そして、そこそこの金額をつぎ込んだ馬券をそっと投げ捨てて、ターフに背を向ける。

その際に、清水に言った。

 

「…ラーメンでいいか?」

「うん!」

と清水はにこりと笑って答えた。

 

――――――――――――――――――

 

「ご馳走様!おいしかったね!」

「こんにゃろう、4回も替え玉しやがって。」

と言いながらも大城は笑っていた。

 

「お前んちってこの辺だっけか?」

「もう降りるよ。歩いて帰れる。」

「いーやダメだ。家まで送る。暗いだろ。」

「…意外と紳士的なんだね。」

「だろ?」

 

と助手席に座る清水をちらりと見る。

「競馬って結構ヤなイメージあったけど、結構楽しかったな。」

「俺は散々だったがな。」

「ちゃんとルールを守らないからだよ。」

「でもよー。なんであいつが来るってわかったんだ?」

「どうしてだろ?でも、なんか。感じるものがあったんだ。」

「アテになんねー。」

ぶつくさと言いながら大城はハンドルを切っていく。

 

「でも、凄かった。あんな頑張り、あんなふうに魅せられちゃうと、私ももっと頑張んなきゃって思わされちゃった。」

「お前普段から頑張ってんだろ。気の毒なくらいに。」

「それは、一応ちゃんと夢があるから。…大城君にはないの?将来の夢とか。なりたい職業とか。」

「なくは…ないな。学校の先生とか。」

「へぇ、意外。」

「女子校のセンセーとかさ、夢があんだろ?女たちから『大城先生!』って持て囃されんだ。」

「…君は本当になっていそうだよ。」

 

とそうこうしているうちに、彼女の家が。

その前で、彼の車は止まる。

 

そして彼女は車を降りて、運転席に残る大城へいう。

「今日はありがとう!とっても楽しかった!じゃあ、また明日。」

「明日ぁ?…そっか月曜か。気ぃのんねーな。」

「ダメ!ちゃんと学校には来ること!また明日!」

「ああ…また明日…な。」

 

そして、清水は玄関の中へと消えていく。

 

一人ポツンと残った大城は、ふぅとため息をつく。

その時、ポケットに残った、彼女からもらったキーホルダーの存在を思い出し、そっと掲げる。

「きっとお前も、明日学校フケるって言ったら俺のこと叱るんだろうな。…しゃあねぇ。明日行くか。」

そうして、ギアを一速へと入れ、そのまま車を発進させた。

 

 

 

 

 

 

 





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