転生したら冥府の王子 ~凡人だった俺が異世界では光と闇の最強血統だった~   作:木岡(もくおか)

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第1話 凡人の死

 何百万という人間が住む都市で――俺は無気力に突っ立っていた――。

 

 無感情で、無表情で――。ただ、人と時間が流れていくのを見送っていた――。

 

 何もしていない訳ではない――。頭はあまり働いていなくても、手と口はテキパキと動かしている――。

 

 なぜなら、立っている場所がスーパーマーケットのレジカウンターの中だから――。俺は今、バイトでレジ打ちをしている――。

 

「ありがとうございましたー」

 

「いらっしゃいませこんばんはー」

 

「……750円になります」

 

「ありがとうございましたー」

 

「いらっしゃいませこんばんはー」

 

「…………2459円になります。割り箸何膳お付けしますか?」

 

「ありがとうございましたー……」

 

 今日だけでも何百回と言った挨拶を……また言った。そして、言葉とは裏腹に全く感謝のこもってない会釈をする。

 

 客の男は奪い取るように買い物カゴを持ち上げた。それから、先ほど渡したレシートを無言でカウンターに叩きつけ、足早に去っていく。

 

 酒と総菜のパックばかりを買っていった無愛想な中年の男。その太った体を見送ると、ようやくレジに並んでいた客の列が無くなっていた。

 

 壁にかけてある時計を確認すれば時刻は午後8時40分。このくらいの時間になれば、総菜や肉と魚の値引きを求めて来店する客の勢いは終わる……。

 

「ふぅ……」

 

 俺は肩の力を抜いて、一息つく態勢に入った。長時間立ちっぱなしでいつも通り足が固まってしまっている。それをゆっくりほぐしながら、同じように停止させていた脳も動かし始める。

 

 ああ疲れた――あと1時間20分か――まだ長いなあ――。

 

 まずはそんな言葉が脳内に浮かんで――。

 

「はぁ……」

 

 そして、また思う。「何で俺は生きてるんだろう、何でこんなことしてるんだろう」と……。

 

 俺は24歳で現在の職業はフリーターだ。週5回スーパーでレジ打ちのアルバイトをしている。そんな俺の悩みが、「何で俺は生きているんだろう」ということ……。

 

 夢を見つけて、その夢を叶える為に努力する……そういう名目で始まったフリーター生活はもうそろそろ2年が経とうとしていた。それなのに未だ大した成果を出せていない。

 

 これといってなりたい職業が決まってすらいなかった。自分がやりたいことが分からない、どんなことが向いているのかも分からない。

 

 にもかかわらず、フリーター生活に慣れてしまっていた。

 

 そんな状態でただ立っていると、どうしても心を暗くして考えてしまう。自分の生きる理由を……。

 

 特に今日みたいな日はそうである。なんたって今日の日付は12月24日、誰もが知っているクリスマスの日。世間はサンタやケーキに恋愛で大盛り上がりだ。

 

 いつも安物やセール品ばかり買っていく常連客のおばさんも、今日はステーキとショートケーキを買っていった。シャンパンも一緒に。きっと彼女も今日は家族と幸せな夜を過ごすのだ。

 

 暖かい部屋でテーブルを囲み、家族と一緒にご馳走を食べる。一生心に残る思い出もできたりなんかして……もしかしたら、それは既に起こっているかもしれない……。

 

 俺にはそんなこと起こりっこなかった。1人暮らしで彼女無しの俺には、バイトが終わっても冷たくて暗い部屋が待っているだけ。

 

 ご馳走を食べることも無く、なんとなくゲームをして、セックスはできなくてもせめて1人で妄想はして、また悩みながら眠るのだ。

 

 それでも、この場では客が来たら元気を作って対応した。楽しそうに笑っている若い奥さんと小学生くらいの男の子の親子。2人を見送ると、自分とのギャップでより心が暗くなる――。

 

「――お疲れ様でした」

 

 バイトが終わって外へ出ると、客の出入りが激しかった午後とは打って変わって、静まり返った街が俺を出迎えた。人の少ない地域ではないのだけど、外を出歩いている人は見えない。

 

 代わりに、マンションに明るい窓が多かった……。

 

 帰る前にクリスマスツリーのイルミネーションの電源を切っておいてくれと店長に頼まれていた俺は、作り物の木に手を突っ込む。すると、その拍子に1つ星形の飾りが落ちた。俺はそれを蹴っ飛ばして、自宅に向かって歩き出す。

 

 何で生きているんだろうという考え事はまだ続いていた。俺は何の為に生まれてきたのか……。

 

 少なくとも今この生活を送る為じゃないことは分かる。レジ打ちと客への対応の腕は極まって、バイトの中では頼りにされてるけど、スーパーでレジを打つ為に生まれてきた人間などいない。

 

 何者かになりたい。価値のある人間になってみたい。頑張りたい……だけど、何を頑張っていいのか分からない……。

 

 こうやって考えている時、何か明確に向いている職業が自分にあれば良かったなと思うことがある。

 

 つまり、ある分野で突出した才能の所持――。誰が見ても自分はこうなるべきだと思えるような才能が欲しかった。

 

 例えば、誰よりも早く走れたり、力が強ければ、迷うことなくスポーツ選手を目指すことができた。

 

 面白ければ、お笑い芸人。容姿がかっこよければモデルや俳優。天才的な頭脳があればまた、それを活かした何か。

 

 才能さえあれば、人生楽だったと思う……。

 

 けれど俺は自分でも認めるくらい平々凡々、超が付くくらい普通な人間だった。

 

 何をやっても平均点、身長も体重も日本人の平均と同じくらい。顔だってそうだ。よく特徴のない顔だと言われる。

 

 分かってる。ひねくれた考えだ。才能が無い人間だって、必死に努力すればある分野である程度の結果は残せるだろう。色んな有名人や偉人も、努力の大切さを名言にして発信している。努力は成功のなんだかんだみたいな。

 

 生んでくれた親にだって不満はない。日本に生まれて、五体満足で生きれている時点で幸せ者だ。

 

 生まれた時点でマイナスファクターを背負っている病気の人なんかに比べたら遥かに……けど、下を見たってしょうがないじゃないか。

 

 ただ、上を見て羨ましいと思っただけだ。こんな夜くらい何かのせいにしたい……。

 

 才能について考えているとその内、昔の凡人だったが故に挫折した出来事を思い出した。こんな俺にも本気で目指していたものがあった。それはギタリストでゆくゆくは作曲家みたいな生き方だ。

 

 バンドを組んで2年間くらい活動していた。小さな箱でライブをしたり、自作の曲をネットにアップロードしたりして、自分なりに頑張っていた。

 

 しかし、今までで1番気合を入れて乗り込んだ大手事務所のオーディションで「才能が無い」と審査員にはっきり言われた。曲も歌も演奏もまるでデビューできるレベルではないと。

 

 さらに後日、そのオーディションに受かったのが、初心者が集まりバンドを組んで半年の年下達だと知った時、俺は完全に心が折れてしまった。

 

 自分には無理だと思ってしまった――。努力したところで才能には叶わないのだ――。

 

 気付けば、自宅マンションでもう少しというところまで歩いていた。考え事を中断して我に返れば、時間が経つ早さに驚く。

 

 せまい路地に入って、来年は嫌でも就職かとため息を吐いた。自宅マンションが見えてくると、暗い窓をしているのが俺の部屋だけで目を逸らす……。

 

 ……と、そんな時。俺の横っ腹やや後ろに突き刺すような痛みがした。かなり鋭く深く、体の芯にまで伝わるような痛みだ。

 

 突然の出来事で、反射的に痛みがした部分へ視線を向ける。すると、そこには実際に俺の横っ腹に突き刺さるナイフがあった。

 

「…………え?」

 

 何だこれ…………?

 

 鋭い痛みの後には、熱いという感覚。ナイフが刺さった部分から俺の全身に広がっていく。

 

 さらに、後ろを見てみる――。

 

 そこにはマスクを付けて、黒い帽子を深く被った男がいた。状況から察するにこの男に刺されたということは分かる。

 

 声を出そうとした。何かを叫ぼうと。しかし、「うぁ……」と弱弱しい声しか出ない。すぐに力が抜けて、その場に座り込んでしまう。

 

 ナイフはかなり深く刺さっている。柄の部分しか見えないし、刺された本人の俺にはよく分かる。刃が臓器にまで達していることが。

 

 マスクの男はずっと俺のことを見下ろしていた。追撃を加えるでもなく、笑うでもなく、ただ見ていた。

 

 たぶんこいつは噂の通り魔だ。この前ニュースでやっていた気がする。近くで人が刺されたと。

 

 この男に頼むのは大間違いだけど、救急車を呼んで欲しくて手を伸ばす。それしか頼れるものが無かったから。

 

 おい……頼むよ。死にたくねえよ。お前、あれだろ。年末になってなんか嫌になっちゃったんだろ……。寂しいんだろ。この社会が許せなかったんだろ。じゃあ、俺を狙うのは間違いだって……。

 

 俺はお前と同じで上手くいってないって……。

 

 だんだん、視界がぼやけてきた。血は冬の厚い服を易々と通り抜けて、アスファルトに流れ出ている……。それなのに、逆に痛みは感じなくなってきていた。

 

 死ぬんだな……俺は……。何も良い事がない人生だった……。

 

 せめて最後に……パソコンの中のエロ画像フォルダを削除させてほしい……いや、こんな時に何考えてんだ……俺……は…………。

 

 そして、ある瞬間。電源を切られたように俺の視界は真っ暗になった。

 

 意識も何もかも暗く……暗く……沈んでいった……。

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