宇宙世紀0079年10月10日 サイド3総帥府
サイド3・1バンチ「ズム・シティ」の総帥府。その名の通りジオン公国総帥ギレン・ザビ麾下の軍事機関である。国内外向けのプロパガンダ番組制作・放送はもちろん、一部配下将校を各部隊に出向させ、二階級上の待遇を与えて部隊の作戦指導などを行わしめる。いわば「政治将校」の派遣元だ。
デスク越しにギレン総帥と正対している男の軍服には、翻した両翼の下に尾羽の紋様が象られたマントが羽織られている。つまりはジオン公国軍大尉ということである。
そのヘンドリックス・ロドリゲス
「ロドリゲス君、そろそろ君にも戦場に戻ってもらわねばならんでな」
「はあ」
気乗りはしないではないが、両眼が虚ろのままであり、総帥もわずかにだが首を傾げた。
一年戦争開戦当初から突撃機動軍のパイロットとして活躍。7月まで地上でも戦果を挙げたのち、何の縁か総帥府に引き抜かれ教導機動大隊に配属。大隊付の教官として、後進の育成をしている途中で招集を喰らったわけであるから、内心いい迷惑であろう。
「もう少し察しが良い方だと思ったのだが、とぼけておるのか?」
顔こそ笑っているが、眼があまりにも嗜虐的に過ぎる。そちらこそ分かって言っているくせに、と言いたくなるのを胸で抑え
「ああ、いえ。いきなり前線に戻すとは意外な仰せだなと……」
心にもなく驚いてみせるので精いっぱいの有様。目の前のゲテモノに対する罵詈雑言とため息を表に出さない程度には、彼は利口であった。
しかし、相手は基本的に個人に無関心であった。
「ふむ、まあいい。単刀直入に言えば、君に『赤い彗星』になってくれという、これ以上ない単純な任務だ」
開いた口が塞がらないとはまさしくこのこと。その「赤い彗星」ことシャア・アズナブル少佐が、北米のガルマ・ザビ大佐をむざむざ戦死させたばかりに左遷を喰らっているというのに、一週間経たずにこれだ。
しかも明らかに
「しかし北米では縁起が悪いな。ガルマを死なせた北米ならば確かに戦意高揚にこそ繋がるが、かといってその張本人の機体ではあらぬ誤解を招きかねんからな……。どこになると思う?」
即答しない。分かっているからこそ答えない。この場合はそれが正しいと
間違いなく政治将校としての出向話だ。
「あの、それが分からんからまかり越したわけですが」
聞いたとたんにギレンの口が真一文字に結ばれる。ここまで露骨に感情をあらわにしたギレンを見たものは、実をいうと身内でも珍しい。
「ふん、半端に察しおって。ヨーロッパだ」
「ヨーロッパ、ですか……」
「ヨーロッパだ。アフリカはいつまでたっても動かぬし、アジアの戦況などは論ずるに値しない」
「論ずるに値しない」とかいう恐いお言葉には耳を貸さず、その意図を反芻する。
地球連邦軍の近頃の反攻は目ざましいものだ。「V作戦」によるMS開発と、着々と進められた反撃により、6月までに地球の半分以上を占めたジオンの勢力圏も現在はその3分の2ほどに捲られているという。その試金石として、港湾都市であり一大鉱脈のオデッサを攻めるのは道理であった。
もっとも、基地司令があのマ・クベ大佐だから、というのもありそうだが。
「では、今すぐにでもこれに乗って暴れてもらおう」
ロドリゲスは気付いていなかったが、ずっとギレンの隣に控えていた秘書セシリア・アイリーンが持っているタブレットから、ある映像が映される。これ以上なく、彼の戦線復帰を祝うにはもってこいの機体。
だからこそ、本人としては驚かずにはいられない。何事にも格というものがある。
「これに、ですか」
「『赤い彗星』になってもらうのだ。当然だろう」
「しかし、ブランクのある自分が乗るなど……」
「だからこそ、だ。いい加減受けてくれたまえよ」
ここまで熱を帯びて命じられれば、黙って首を縦に振るしかない。
その機体は、全身が赤色に染まっている。そして指揮官機であることを示すブレードアンテナ、スペックはザクⅡF型に対し推力3割増し。
MS-06Sのなかでも特に有名な、「シャア専用ザク」であった。
◇
10月15日 ムサイ級軽巡洋艦「ガルメル」
機体が預けられている、宇宙攻撃軍の本拠地「宇宙要塞ソロモン」であの赤いザクを受領した翌日。サイド4宙域に差し掛かった時のこと。
「あのダイダラボッチめが、隙あらば嫌味をかましおる……」
「そう言いなさるなロドリゲス大尉。シアトルのことは、誰よりもあのお方が深く嘆き悲しんでおられるからな」
なぜ艦長のエーリッヒ・ミュラー親衛隊大佐に愚痴を吐いているかというと、赤いザクを受領した時にドズル・ザビ中将から
『あの忌々しいシャアの機体などくれてやるわ!奴の尻拭いとは、兄貴の部下もご苦労なことだ』
などと、愛すべき弟を亡くした恨み言をぶつけられたからだ。赤の他人に言われても困る。
艦長の面前もあり、これ以上は控えたが、せっかくマ・クベがジオンの内情に配慮して立案した統合整備計画を、一個人のつまらぬ感情で開戦まで無為にしたことへの恨みは強い。
「しかし艦長、なんでサイド4の方へ行くんです?言っては悪いと思ったんですが、明らかな近道はサイド1方面だと思うんです」
それに艦長が豪快に笑い飛ばしていわく
「簡単な話さ。すでにこの航海から君の任務は始まっているのだよ」
「はあ!?」
まるで訳が分からない。『赤い彗星』ごっこはオデッサについてからだと聞いたが。
「分かっているとは思うが、ここは連邦の勢力下だからな。すでにルナツー方面からパトロール部隊が飛んでいるんだ。ここで友軍の補給艦隊が何個か消失しているのは聞いたろう」
「ま、まあ。総帥府にいると頭がパンクするほど……」
「そうだろう。しかもこれが面白いことにな、MSがお付きだそうだ」
聞いていくうち、ロドリゲスは思わず頭を抱えた。流れが面白いように読める。
すでに地球連邦軍は「白い悪魔」ことガンダムのみならず、これに準じた量産型MSを
ただ、すぐに現実に引き戻されることになる。
「敵の人型三機!……白い奴じゃありません!」
「――まさか量産型か!?」
「少なくとも『MSもどき』とは別種です!」
艦内アラームと共に映像が映される。首から下はどう見てもガンダムと同じであるが、V字アンテナはなく、眼もデュアルカメラではなく凸をそのまま形にした平たいゴーグル型ツインアイ。
総帥府データベースでは、RGM-79 「ジム」と表示されている。
「新『赤い彗星』の初陣ってか」
「随伴機はつけてやらんぞ。その意味分かるな?」
「はい、出撃します!」
「ノーマルスーツ無しとか馬鹿ですか!シャア少佐ですか!?」
「なんちゅう侮辱だそれは!?」
あまりに急いで乗ろうとしたため制止され、整備士達にノーマルスーツをいそいそと着用させられた。
継ぎ接ぎに見える敵MSとガルメルの接触はあと3分。その間にあの赤いザクを発進させる必要がある。
ロドリゲスが上部カタパルトの赤いザクのコクピットに押し込められると、艦橋から通信が入る。コクピット・モニターには、いかにも若い黒人系の男性が映される。
『分かってるとは思いますが、推力3割増しだからって吐かないでくださいよ』
「ああ。了解した」
『S型発進準備。各種点検2分以内でお願いします』
ヘルメットの着用と並行し点検に入る。
初めてシャア専用ザクに搭乗するわけであるが、被弾実績がないだけあって、装甲・モノアイカメラ・電子系統、すべて健全に作用している。
エンジンも正常。カスタム機とはいえ、前の主人がどこまで酷使しても何ら傷むことがない頑丈さには惚れ惚れしてしまう。いかにザクの拡張性が高いかを改めて思い知るばかりだ。
「問題なし。Standing by」
『カタパルト射出用意。左ハッチ開けろ!』
艦橋の左下部デッキのハッチが解放され、電磁式カタパルトの先端が露出。デッキ内の照明が赤に変わり、整備などを行っていたクルーがシャッターと共に一斉に退去を始める。
『MSを射出する。各員は退去せよ、退去せよ!』
「こんなの初めてだぁ……」
彼が体験した発進というのは、どれもムサイ級の艦橋後部からの発進ばかり。いちいち回り込まねばならないから不便極まりない。しばし呆けていたが、後ろから伝わる接続音で我に返る。
恐らく始まるであろう新たな「赤い彗星」伝説。その引き金を引く重責に、わずかばかり顔が強張った。
それに応えるように、ザクの眼が紅く光る。
『発進準備完了。射出します!』
「了解。発艦しますッ!!」
カタパルトのレールが走り、勢いよく機体を押し出す。電磁式であることから負荷はそれほどかからなかったが、デッキを出てスラスターに火を入れた瞬間。
「――ッ!」
推力3割増しは伊達ではなく、数秒間顔が歪みに歪む。
「これが、シャアが味わった重圧……」
◇
サラミス級宇宙巡洋艦「ブルダヴァ」艦橋
ガルメルからかなり離れた場所に位置している二隻の軍艦。一隻は地球連邦軍主力巡洋艦サラミス級。一隻は宇宙輸送艦コロンブス級。オデッサへの反攻作戦を前に、当地への物資を運ばせない、兵站破壊の任務を行っている。
ブルダヴァの艦橋に、コロンブス級のジムから報告が入った。
『敵MS出現!ザクです!』
「何だ、ザクか。いつもの通りに捻り潰してしまえ」
初期型とはいえ、ジムがザクⅡを相手に優勢どころか撃墜してしまえている現状、艦長が嘲るのも無理はない。クルーも似たような心境で、ついうっかり薄ら笑いを浮かべる者も。
その弛緩しきった艦橋に水を差す一言が。
『でもおかしいですよ』
それを聞いた艦長の顔に青筋が浮かぶのも見ず、続ける。
『このスピードで迫れるザクなんてありはしません。あのザク、通常の3倍のスピードで接近します!』
言い終わるや否や、すぐにモニターに現地の映像が映される。その時、艦橋のクルーは戦慄した。
モニターの向こうには、角が付いている赤いザクⅡの姿があったからだ。
あまりにもあんまりな事態に言葉を失い、しばらくの沈黙のうち、艦長がポツンと口を開いた。
「……だ」
『はあ?』
ジムのパイロットが呆れて、思わず聞き返すと、今度は聞いている者達が耳を塞ぐほどの大声で命じた。
この艦長、ルウム戦役の生き残りで、「五艘飛び」がその眼に今でも焼き付いている。
「シャアだ……。あ、『赤い彗星』のシャアだ……!逃げろォッ!!」