一万字越え短編書くのギガントキツスギス

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絶対に負けられないTS転生者、獣化モドキ魔法を喰らい無事メス堕ち

 

 

 

 

 

 死んだ。

 

 特に面白味のない人生だった。

 

 

 

 好きな子はいたけど、最後まで告白することはなかった。

 

 友達はいたけど、親友はいなくて。

 

 両親とは仲が悪かったとかじゃないけど、もう少し楽させてあげればよかったかなーなんてちょっと後悔。

 

 

 

 まあ、人生こんなもんか、って感じ。

 

 それが俺の人生。

 

 

 

 このまま暗闇に向かっていけば、俺の意識は消滅するという直感が働いた。

 

 別に抵抗する理由もないので流れに身を任せていると、背後から強烈な光が迫ってきたことだけは鮮明に覚えている。

 

 

 

 

 

 気付けば私は、中世ヨーロッパ風の農村でガキ大将をしていた。

 

 記憶を取り戻したのはついさっき。

 

 

 

 女の子として生を受けた今回。前世との違いに混乱しそうなものだが、都合よく物心つくまで前世の記憶は引き出せないようになっていたらしく、性別による人格の分離は免れた。

 

 二つの肉体は、どうやら高次元で結びついているようで、男でありながら女としての意識もかねそなえるみたいに上手く融合しちゃってる。

 

 記憶はないと言っても、魂に取り憑いた欲望? みたいなのが、私のしたかったことを幼い体で無意識にこなしてくれていたので、意識を取り戻した時、とくに不満に思うようなことはなかった。

 

 

 

 家の手伝いが終わったら、小さいガキどもを従え、大将の証である立派な棒切れを掲げながら英雄ごっこで遊んだりする。

 

 子供っぽく、無邪気に、この世界のことなんか関係ないねと楽しめるのは今の内だけ。

 

 はじめは恥ずかしさや戸惑いもあったが、今この瞬間しか目一杯遊べないことを理解していた私は、昔を懐かしむようにこの状況を甘んじて受け入れることにした。

 

 

 

 女がガキ大将の座についていることを可笑しいと指摘する人がいるかもしれないけれど、なーんでか知らないが腕っ節はこの村随一。

 

 高い魔法適正を備えているらしく、なおかつ顔面偏差値は天元突破。

 

 もうこれだけで、男を手玉に取りながら一生遊んで暮らせる自信がある。

 

 ま、世界に祝福された超激レア人材にかかればちょろいもんよー。

 

 

 

 ……ただ唯一と言っていい気掛かりがある。

 

 それは、さいっきょうの頭悪い特典と引き換えに、それに釣り合う相応の対価を要求されてしまったこと。

 

 誰かに負けてしまうと、その人に問答無用で身も心も支配されてしまうという、相手によっては死よりも恐ろしい制約を結ばされてしまったことだ。

 

 

 

 んまあでも、このことはそれほど気にする必要ないと思う。

 

 なぜなら、もし負けた相手全てに支配されるなら、すでにそこかしこに縛り付けられているだろうから。

 

 おっぱいが飲みたいとぐずったら、母親に屈したことにならないだろうか? 

 

 力で敵わないのなら、父親に負けたことにならないだろうか? 

 

 ようは完全敗北をかまさなければいい話。

 

 

 

 これは憶測だが、体で負けを認め、心でも負けを認めてはじめて発動するタイプではなかろうか。

 

 異世界で圧倒的力を授かった私にはそんなこと、万に一つもあり得ない。

 

 

 

 ……我最強!! 我最強!! 

 

 ひれ伏せ愚民ども! 圧倒的強さと才能と美貌に嫉妬しろ! 世界よ、せいぜいこの完璧で完全無欠な存在をもっと楽しませてくれ!! 

 

 規格外の能力と、滲み出る才覚と、誰よりも強い負けん気を誇る私が負ける状況なんて想像できるか? 

 

 そりゃあ、どこかに油断があったりしたら隙をついて落とされてしまうなんてことあるかもしれないが、俺はそんな噛ませみたいなヘマをするつもりは毛頭ない。

 

 どんな時でも全力投球。

 

 獅子はウサギを狩る時ですら真剣だ。

 

 むしろ全能感を引き締めるいいくさびになってる気さえする。

 

 つくづく俺に都合のいい世界だなぁー。

 

 

 

 どっかに所属して下っ端ロールしてもいいわけだし、勇者ムーブして世界救っちゃってもいいわけで。

 

 あ、私のこの力を徹底解剖して、後進を育成してからのラスボスムーブとかどうだろう。

 

 かつての師匠が人類の敵となって立ち塞がる……ん〜ドラマがあると思うんだよね〜。

 

 

 

『けんやりたて、じゃいけーほー!!』

 

 

『じゃいけーほー!!』

 

 

「よっしゃ! おれがえらばれしもの〜」

 

 

 

 農村を一望できる小高い原っぱの上。

 

 平べったい岩に相棒を立て掛け、上に座る。

 

 子供達の歓声が響いた。

 

 

 

 今からやるのは鬼が増えてく鬼ごっこだな。

 

 違いを挙げるなら、鬼側がライトサイドになっている点だろう。

 

 選ばれし者が悪しき者を浄化して回って、世界を平和にしちゃうぞ? って筋書き。

 

 

 

 参加しないのかって? 私は強すぎるから確定で悪しき者。

 

 本気出しちゃうと一瞬で終わっちゃうからねぇー。

 

 

 

 小さい子を相手に本気を出すのは大人気ないような気がするけど、自分がどこまでやれるかのテストも兼ねてるから勘弁。

 

 なにしろ世の中は物騒なのだ。

 

 未来ある若者を狙った人攫いとか普通にあるし、まだこの世界のことをよく知らない身からしたら、私のこと狙ってくださいと力は不用意に晒すのは良くない。

 

 

 

 ふっふっふ、この辺がすぐ人に認めてほしくなる承認欲求の塊り俺TUEEEEEEE転生者とは違うところなのだよ。

 

 ちゃんと自制する心も身につけねば。面倒ごとはごめんだ。

 

 

 

 大いなる力には、大いなる責任が伴う。だっけ? 

 

 どーせ大人になれば嫌でも力を試さにゃならんのだから、そんな焦ってどうすんのさ? 

 

 

 

「きょーこそたいしょーをつかまえてやるぞー!」

 

 

「「「「「おー!!」」」」」

 

 

 

 村の子達、総勢三十人ほどが拳を上げる。

 

 おいおいおい、まだ始まってもないのに一致団結するなよ。

 

 とはいえ、やる気を出してもらわなきゃこっちとしても実力が測れないから別にいいか。

 

 よし、今日も色々試させてもらいますよー。

 

 

 

 選ばれし者……めんどいし鬼でいいや。が、手近な相手を追いかけ始めた。

 

 この世界の人たちはちょっと厨二臭いセリフとか素面で言っちゃうから時々顔を逸らしたくなる。

 

 まあ強大な力とか不思議な現象とか秘められた能力とかが広く認知されているから、こっちの世界なら厨二病の方々も上手くやっていけるのではないだろうか。

 

 

 

 一人を集中狙いするのは少しズルい気もするが、鬼は最初の一人を捕まえるまでが大変なので、そう考えると幼いながら理にかなった作戦に思える。

 

 ターゲット回りで遅いやつ遅いやつと目標を切り替えながら、遂に体力切れを起こした相手をタッチ。

 

 肩で息をしながら、鬼は草原に倒れ込んだ。

 

 まず一人。

 

 

 

 しばらく動けないでいた二人だったが、やがて呼吸を整えると、二手に別れて行動を開始する。

 

 すばしっこい奴、体力のある奴はまだ狙わない。

 

 大人数が居るところを挟み撃ちして身動き取り辛そうにしてる奴を狙ったり、片方の鬼に気をとられてるスキをつくとか、鬼側の取れる戦略が広がったことでここから先は時間の問題。

 

 一人、また一人と捕まって、そっからはもう一方的。

 

 

 

「さ、そろそろ動きますかねっと」

 

 

 

 涅槃図の姿勢から起き上がり軽く準備体操。

 

 体をあっためないと怪我しちゃうかもだからね。もちろん相手が。

 

 

 

 ワーキャーと騒いで、もはや誰が鬼で誰が味方か見当もつかない人の群れ。

 

 そこから一人飛び出して、こっちに向かって走ってくる。

 

 

 

「アーフか、お前よくあの中で生き残れたなー」

 

 

 

 体は小さいけれど、素早いのを利用して、しぶとく生き残るのがこのアーフっていう男の子。

 

 猿顔でスケベ。女の子達に嫌われてる。

 

 

 

 彼は呼びかけに応えずに、いそいそと岩を登ってきた。

 

 

 

「すきあり!!」

 

 

 

 顔を赤らめて、鼻の下伸ばしながら飛び付いてきた。

 

 風魔法で軌道を反らしながら半身引く。

 

 スケベ猿はそのまま落下。

 

 ……頭から落ちたけどこれ大丈夫か? 

 

 

 

「たいしょーかくごー!!」

 

 

 

 何事もなかったように起き上がって、今度は手をワキワキと広げながら迫ってきた。

 

 岩から追い出され、身体強化魔法で後ろステップ。

 

 挑発するように手を広げ、おいでと小首を傾げてみる。

 

 辛抱たまらんと飛び付いてきたのをヒラリとよけて、ゴロゴロと丘を転げ落ちていく様を見送った。

 

 

 

 大丈夫なのかあれ。

 

 ま、怪我してたらしてたで治癒魔法かければいい話なんだけど。

 

 

 

「とったー!!」

 

 

 

 背後のほど近くから声。

 

 パチンッと指をならす。

 

 するとドサリと倒れる音。

 

 忍び足で近寄ってきたみたいだけど、聴覚強化で聞こえてましたぁー。

 

 

 

 重力魔法って使い勝手いいよなぁ~。

 

 素人が下手に使うと大惨事になるのが玉にきず。

 

 ……反省してます。

 

 

 

 きみきみ~、冒険者になりたいのなら三半規管は鍛えとかなきゃダメだよ? ツンツンと無力化を確認していると、今度は三人に取り囲まれる。

 

 

 

「きょうはたいしょーのめいにちだ」

 

 

「いんどーをわたす」

 

 

「はかはじぶんでほるんだな」

 

 

「あーうん。でも私、負ける気ないから」

 

 

 

「うぉー!!」

 

 

 

 人数を確認し、負ける気は更々ないことを伝えると、正面に立っていた一人が声を張り上げて接近してくる。

 

 ちゃんと順番に飛び込んでくるんだね。

 

 全員で襲いかかったら、仲良くゴッツンコしちゃった前回から学んだのかな? 

 

 ん~賢い。

 

 

 

 一人よけたら次が、一人さけたら次が、私に息つく暇も与えないよう連携して捕まえにかかる。

 

 そんな激しい猛攻の中で、蝶のように美しく舞う天使がいた。私のことだ。

 

 決して触れることの出来ない因果でも働いているのか、可愛さMAXの天女様にはかすりもしない。

 

 

 

 こちとら強化魔法フルパワーで回してるんじゃい。

 

 これでもまだ序の口、息切れを起こすにはまだまだ物足りないのだが、相対する子達はそうもいかない。

 

 だんだん動きにキレが失われていき、判断力が鈍っていくのが手に取るようにわかる。

 

 そんなんじゃいつまでたっても終わらないよ? 

 

 

 

 精神年齢大人なのに、魔法使うこと自体が卑怯? 

 

 残念、この世界ってけっこう死が身近にある。

 

 だから力のあるものが意図して力を抜くことは重罪だし、小さい子が力を過信して命を落とすなんてことあってはならないし、なにより私が負けたくない。

 

 ので、天空へ向けて指パッチン。

 

 催眠魔法をかけた。

 

 エッチなやつじゃないよ? ちょっと体から力が抜け落ちて、その場でおねんねしたくなるだけ。

 

 前世の筋肉弛緩剤みたいな? 

 

 

 

 糸が切れたように綺麗に倒れ込む三人を確認して、魔法が問題なく機能していることを確認する。

 

 いちおう魔法が効きすぎていないかまぶたを持ち上げたり、脈を測ったりしながら調査するのも忘れない。

 

 ……うん、ちゃんと無力化出来てるね。

 

 

 

「さーてと、お次は誰かなぁ?」

 

 

「大将」

 

 

「お、この声はオーナか。いいよ、かかって来なさい」

 

 

 

 この子はちょっと厄介。

 

 名前はオーナ。

 

 この辺だと私に次ぐ魔法適正を持つ。

 

 いままでの経験を基にして組み立てた魔法理論が通用するのかどうかの実験体にしているので、簡単な魔法なら楽々使いこなせる。

 

 

 

 基本は無口。

 

 子供の割に従順で飲み込みも早い。

 

 でもなに考えてるのかイマイチわかんないってのがちょっとな。

 

 一応、村全体に危険を及ぼす魔法は絶対使っちゃダメと口酸っぱく教え込んでるから、危ないことはしないと思うけど……。

 

 

 

 頭が良いって子供基準の話だからね。

 

 加減ミスっちゃったり、変な気を起こされたりしちゃったら、私が責任を持って気絶させないとだから。

 

 はい、集中。

 

 魔力残量チェック。

 

 うん、確認するまでもないね。

 

 でも私に声かけてきたってことは捕まっちゃったってことかな? 

 

 普通の村の子たちに捕まったのなら、そんなに警戒することもない? 

 

 いや、心配しすぎて損はない。

 

 手の内は知っているとはいえ、気を引き締めていかないと。

 

 おっ、手を掲げて。? この詠唱って……。

 

 

 

「アプリジィー」

 

 

 

 規模も威力もない初級魔法? 

 

 日照りがつづいた時の水やりとか、火事になった家屋の消火とか、本当に雨を降らせるだけの魔法のはず。

 

 

 

 オーナの行動に疑問符を浮かべていると、風が強く吹いてきて、辺りもだんだん暗くなってきた。

 

 いやいやいや、初級魔法で費やしていい魔力量じゃないでしょ。

 

 

 

 パラパラと降りだした雨はやがてしとしと。

 

 すぐに大粒の雨が顔に当たってきて。

 

 次の瞬間、ノアの大洪水を思わせる土砂降りが村一帯を襲い始めた。

 

 

 

 "畑の作物がダメになっちゃう!"

 

 

 

 予想外の魔法で一拍反応が遅れた頭が、ここから繰り出すべき最善策を導き出す。

 

 天を指差し、放たれた魔法は、轟音と共に辺り一面を青白い閃光で包み込んだ。

 

 光が止み、分厚い雨雲はバチバチと円形に吹き飛んで、雲一つない青空が顔を出す。

 

 

 

 ふ──と息を吐いたのも束の間、オーナがいない! 

 

 

 

 ブワリ

 

 石鹸の香りが吹く。

 

 押し倒された。

 

 

 

 目を開けるとそこには、影を纏い、鼻先をかすめるくらいに接近した顔が。

 

 湿った土の臭いと、露を下ろした青草に紛れ、互いの息遣いが聞こえてくる。

 

 特徴的な青い瞳をチラリと見て、すぐに視線を逃れた。

 

 身じろぎ一つの隙も与えない、百戦錬磨の冒険者の目をしていたからだ。

 

 

 

 ……コイツ、普段から力抜いてたな? 

 

 いままでの魔法火力抑えてたのか。全部ブラフかよ。

 

 ……あーもう、煮るなり焼くなり好きにしろ。

 

 

 

 "ん"と、良い加減トドメを刺してくれないかと両手を広げて降参のポーズをとった。

 

 そっぽ向いた顔は熱を保ち、不承ながら自分の敗北を受け止める。

 

 

 

「魔力切れ」

 

 

「へ?」

 

 

 

 間抜けに返事した側から、オーナは白目を剥いて力尽きる。

 

 咄嗟に受け止めたものの、あまりに締まりの悪い最後に、なんだか妙にやるせない気持ちに陥るのだった。

 

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

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 その後の私は、順当に魔法学校を首席で卒業。

 

 次席のオーナと一緒に、そっからは流れで冒険者家業に移る。

 

 

 

 普通だと冒険者グループは四人からが基本形態なのに、たった二人で依頼を受けようとしたときは周囲からバカにされた。

 

 やれ世間知らずだの、やれ頭の固いエリート風情だの。いちいち相手するのも面倒臭くて、反発してきた冒険者まとめて実力で黙らせてやりました。

 

 

 

 それからというもの、すれ違う度に顔そらしたり目を伏せられたり静まり返ったり。

 

 特に面白かったのが、先輩マウントで言い寄ってきた男達が、頭角を現すにつれ蜘蛛の子を散らすように逃げていったこと。

 

 "同じ選ばれし者として誇りに思うよ"とか厨二丸出しのスカした金ピカ装備が、私の圧倒的過ぎる力を目の前にした時なんか笑い転げそうになった。

 

 

 

 いま勢いに乗る二人組とかでオーナも結構な数の女の子に言い寄られててけしからん状態だけど残念、オーナは口下手なんだよね。

 

 キャットファイトの渦中から動けなくなっているのを、なんど私が救ってあげたことか。

 

 

 

 いやーこれが有名税ってやつねぇー。正直クソうざい。

 

 けどこれも一過性のものだろうから、実力がちゃんと測られてみんなの常識になったら落ち着くかな。

 

 ……落ち着くよね? 落ち着いてくれないと困るんですけど。

 

 

 

「まーたやってるよ……」

 

 

「どうした大将、また助けにいくんだろ? お供しますぜ」

 

 

「調子の良いこといっちゃって。アーフは女の子に声掛けたいだけでしょ?」

 

 

 

 私に迫ってくる男は減ったが、オーナは仁王像みたくしかめっ面で腕組んでるだけなのに女の子達が好き放題。

 

 モテ期は人生に三度あるらしいが、オーナのそれは青天井のチヤホヤぶり。

 

 そこら辺の男のモテ期を吸収しちゃいましたか? てくらい尋常じゃない数の女が取り囲んでる。

 

 

 

 ちょっと私にもそのモテ期分けておくれよ。

 

 せめてもうちょっと芯のある冒険者に言い寄られたいものだ。

 

 冒険者ギルドの一角に出来た姦しい団子へやれやれと近付いていくと、進路を妨害しながらゾロゾロと人影が。

 

 

 

「フ〜これはこれはゲファレナ嬢ではありませんか。本日も大変美しゅうございます。フ〜どうですこれから、この私めとお茶でも一杯」

 

 

 

「いま取り込み中なので。それでは」

 

 

 

 ここら一帯を牛耳っている領主。

 

 二重あご、飛び出た腹、象のように太い足。にやけたキモ面。脂ぎって無駄に色艶の良い白い肌が無性に腹立つ。

 

 ジャラジャラとうるさいアクセサリー。全ての指には特注の指輪。庶民が一生かけても縁がない肌触りの良い上等な服。

 

 

 

 運動のうの字も知らないようなコイツが、わざわざギルドまで出向いてきたワケは……はぁーホント、顔が良いって罪だわぁ。

 

 常勝無敗がウチの売りなので、その点も奴に気に入られた理由かもしれない。

 

 依頼と外見と性格は最悪だが、金払いだけは良い。お陰で村への仕送りも増えた。

 

 けど感謝はしない。

 

 

 

 知ってっぞ? お前が私をいやらしい目で見てることも、ウチへ依頼が回らないように裏で仕向けているのも。

 

 その薄汚い豚面の裏には、私を自分のものにしようとする意図が見え透いてる。

 

 このギルドに多額の寄付金を納めてなかったら、直ぐにでもコイツの髪の毛を全部刈り入れしてるところだ。

 

 

 

 適当にあしらって、さっさと相棒の下に向かう。

 

 

 

「大将、ここは俺に任せてくれよ」

 

 

「ふん? いいよ、お手並み拝見」

 

 

「やーやーお嬢さま方、ウチのオーナが大変失礼いたしました。代わりといっちゃなんですが、このアーフが可愛い子猫ちゃん達のお相手を……」

 

 

 

 言ったそばから、興が削がれたとゾロゾロと横をすり抜け解散の流れが。

 

 

 

 残されたのは、演劇みたく気取ったポーズのアーフ。

 

 しかめっ面オーナ。

 

 アーフの肩を叩く私。

 

 

 

 抱き付こうとしてきた所を平手打ち。

 

 そこまで許した覚えはない。

 

 頬に紅葉が出来たアーフは、一瞬だけオーナを見る。

 

 が、この傷は異性でしか癒せないと、近くにいた魔法使いに目標を切り替えた。

 

 

 

「きみきみきみきみ可愛いね。魔法使い? どんな魔法使うの? どこのグループ? お金困ってない? 宿泊費出そうか? いつも二人部屋とってるから空きならあるよ?」

 

 

「……」

 

 

 

 黒いローブを羽織った、おとなしそうな子がアーフの餌食に。

 

 珍しいダークオークを原料にした魔法の杖で顔を隠し、質問の洪水に困惑しているご様子。

 

 そんなにがっついたら引かれちゃうでしょ。

 

 まずは自己紹介しあってそれからじゃないの? 

 

 

 

 フルネームは基本。でもアーフって変態で有名だから、よほどの変人じゃない限り相手にされないと思うけど……。

 

 

 

「ゴホン。冒険者の頼れる味方アーフだ。グループに所属せず、傭兵として雇われればベッドの中へだってお供致しますぜ」

 

 

「──」

 

 

「? ごめん、良く聞こえなかったんだが?」

 

 

「────」

 

 

「ずいぶん変わった……呪文?」

 

 

「──────」

 

 

「いや、複合魔法? 変身と……?」

 

 

「死ね!! メイクバフロック!!」

 

 

 杖を掲げた手の甲から、かつて壊滅させたはずの盗賊団の紋章が浮かび上がる。

 

 標的はアーフだ。

 

 

 

 私達への復讐は難しいから、周りの人間に仕返ししようって? 

 

 あーはいはい、本当に精根がねじ曲がった集団だね。

 

 

 

 ここからじゃ詠唱の全ては聞こえなかったけど、下手に食らえば人が死ぬ恐れだってある。

 

 てことはつまり……身代わり魔法&魔法防御最大出力。

 

 正に一瞬の出来事。

 

 コンマ数秒の差で私の魔法が効果を発揮し、世界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パッチリ

 

 目を覚ます。

 

 ここは宿屋か。

 

 ベットの横に目を向けると、椅子に腰掛けたオーナが腕組んで眠ってた。

 

 

 

 はて、何があったんだっけ。

 

 そうだそうだ、盗賊団の変な魔法を肩代わりをして、それから……。

 

 

 

 起き上がると、体の違和感に気付く。

 

 嗅覚・触覚・聴覚・視覚が……なんていえばいいんだろう、こう自分のものじゃないみたいな? 

 

 慣れ親しんだ感覚がリセットされたしまったような……。はぁ? あ? ん? なんぞこれ? え、もしかしてだけど……これって……。

 

 

 

「ギニャ───────────!!」

 

 

 

 椅子を倒してオーナが飛び起きる。

 

 懐の短剣に手を伸ばしながら周囲を警戒。

 

 私と目が合って、危機が迫っていないことを理解したのか部屋を退出した。

 

 フュー、さすが現役冒険者。ややや感心してる場合じゃなかった。

 

 

 

「ナ──────オ?」

 

 

「強力な獣化魔法だ。相手の保有魔力に比例して効果を発揮するようだが、大将の魔法防御で大事には至ってない」

 

 

「ンナ──────」

 

 

 

 オーナに連れてこられたアーフが私の疑問に応えてくれた。

 

 最初から私かオーナのどちらかが身代わりになる前提の魔法だったのか。

 

 実際、慢心して魔法防御を展開していなかったら、一生ただの猫として過ごすハメになってたかもしれない。

 

 

 

 ただの変身魔法なら、自力でもとに戻る方法を導き出せていたかも知れないが、呪いと合わさるとなるとちょっと厄介。

 

 私達のことを本気で恨んでいたなら絶対に手掛かりは残さないだろうし、本人を問い詰めようとも忘却魔法で聞くだけ無駄。

 

 これは、しばらくこのままかな? 

 

 ぅっわMPごっそり持ってかれてる。

 

 

 

 種族も変わってるから魔法適正の問題でほとんど使えないだろうし……あれ私、戦えなくね? 

 

 

 

「すまねぇ大将。俺が油断していたばっかりに……」

 

 

 

 どうやっても猫の鳴き声に変換されてしまうので、気にするなの意味を込めて、アーフの手に肉球を置く。

 

 直ぐに意図を察したアーフは表情を緩めた。

 

 

 

 肉球を堪能し、腕をマッサージし、段々と胸に向かって上がっていく手に思い切り噛みつく。

 

 誰がそこまでやれと言った。

 

 

 

「テテ、それで? お二人さんこれからどうするつもりだ? 依頼来てんだろ?」

 

 

 

 そうなのだ。

 

 あっのクソ領主が来ていた時点で察しはついていたが、よりにもよってこのタイミングで指名依頼。

 

 どう見たって万全の態勢とは言い難く、かといっていつ解けるかもわからない魔法にばかり集中しているわけにもいかない。

 

 ともかく内容を確認してからでないと今後どう動くか決められないので、冒険者ギルドの受付へ急ぐ。

 

 

 

 依頼を確認した三人は、ショックのあまり言葉を失った。

 

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

 フェンリル。別名、白銀。

 

 近頃、目撃されるようになった伝説のモンスターだ。

 

 前回出現時、北方にあった国の一つを蹂躙し、以来その地は人の住めない場所となった。

 

 

 

 依頼レベルは文句なしの最高難度。

 

 あらゆる国家が総動員で当たるべき問題を、たかだか二人の冒険者に託す当たり正気を疑わざるを得ない。

 

 

 

 "依頼を受けられない"節を伝えた時の周囲の反応と言ったら……。

 

 

 

 怒り、恐怖、失望の嵐が吹き荒れ。

 

 アーフとオーナに"大人しくしていろ"と言い渡されていたのに宿を抜け出し、二人を探してさまよっていた。

 

 理由は……まあ、心細かった。

 

 

 

 圧倒的な力を取り上げられた私は、いつ誰の奴隷になっても不思議じゃない。

 

 復讐と、従属の恐怖にじっとしていることが出来なかった。

 

 

 

 けれども、行き先も告げずに消えた二人を探すのは難しく。

 

 足は無意識に、安らぎを求めて生まれ故郷へと向かっていた。

 

 

 

 ズルをして得た力を失い、今度はこれまでにしてきた仕打ちに怯える様は、前世で無力だった自分を想起させる。

 

 徹底主義は、弱さの裏返し。

 

 相手に配慮する余裕がなかったから、こんな結果になっちゃったのかな。

 

 ……いまさら悔やんだってもう遅い。

 

 

 

 降り出した雨。

 

 着実に減っていく食料。

 

 未だ遠い道のりに、人生を悲観視しても仕方ない。

 

 

 

 いっそのこと、白銀に挑んで華々しく散ったほうが潔かったりするのかな。

 

 

 

「……ガルルルル」

 

 

 

 突如として、犬頭のコボルト三体が前方を塞いだ。

 

 後方にも二体が陣取る。

 

 武器は荒削りの木刀。枝に石を食わせて固定したハンマー。

 

 

 

 普通なら取るに足らないザコモンスターだが、いまの私には脅威に他ならない。

 

 

 

 "ヴ────"と低い声で威嚇し追い払おうとするが、手足が震えているせいで全くの逆効果。

 

 直ぐ応戦するため、視線切りと雨避けのレインコートを持ち上げた。

 

 目をつけられた段階で、もはや逃げようがない。

 

 道を逸れようにも、無事逃げ切れる自信もない。

 

 この体では助けすら呼べないだろう。

 

 

 

 失念していた。

 

 この往来が安全なのは、パーティーの冒険者間での話。

 

 それ以外の者たちにとっては、ここは気安く通って良い場所じゃないのだと。

 

 たったひとり。道を急ぐ獣化魔法の成り損ないなど、コボルトからしたら格好の獲物でしかない。

 

 

 

 そっからはもう……酷かった。

 

 

 

 

 

 ゴンッ

 

 周囲に重い一撃が響く。

 

 すぐさま爪を立て反撃に移るも、決定打を与えるには至らず。

 

 魔法は不発を繰り返し、無詠唱がダメなら詠唱魔法を唱えようにも、ウナウナとしか口から出ない。

 

 

 

 なぶり殺し。

 

 

 

 頭を強打されたせいか、音が遠のく。

 

 アドレナリンが切れかかって鈍痛を知覚し始めた体が、死の瘴気を嗅ぎつけた。

 

 倒れ込んだことで、その臭気は一層濃くなる。

 

 

 

 泥まみれ。

 

 見上げる先。

 

 止めの一撃が振り上がる。

 

 

 

 ゆっくりと流れる景色。

 

 つまらない人生だった。

 

 辞世の句を読み。

 

 周囲が光る。

 

 

 

「──────」

 

 

 

 嗅ぎ慣れた石鹸の匂いが香り、誰かが私に訴えかけてきた。

 

 

 

 ……なんだ、オーナか。

 

 そんな鬼気迫る顔でどしたの。

 

 何言ってるかわかんないよ。

 

 もっとゆっくり喋って。

 

 いつものクールキャラは何処いったし。

 

 

 

 私はさいっきょうなんだぞ? 

 

 だから、安心しろって……。

 

 

 

「────ナ! レナ! 返事しろレナ! レナ!!」

 

 

「……ウ────」

 

 

「! ……良かった。本当に、良かった」

 

 

 

 ググッと抱き締められた。

 

 すると、身体中が悲鳴を上げる。

 

 いで、いててててててめ! 負傷者を無闇に動かすなよ! 

 

 

 

 回復魔法で応急処置をされたとはいえ、まだ完全に治ってないわけで。

 

 クッソ痛かったけど、呻き声と身動ぎで抵抗すると素直に拘束を解いてくれた。

 

 あと、いまの私は泥まみれだからあんまくっつくな。

 

 

 

 アーフはどこだ? 

 

 

 

「アーフなら今頃、レナを探して必死に聞き込みしている最中だろう」

 

 

 

 喋れないのに私の考えてることよくわかったな。

 

 だから抱きついてくるなし。

 

 

 

 ……なんだ~お前? 

 

 私のこと大好きすぎかぁ? 

 

 

 

 いや、相方に愛されてるってのは良く理解したから、とりあえず何処か雨風しのげる場所で休憩させてほしい。

 

 正式に謝るのは呪いが解けるまで延期ってことで。

 

 

 

 ちょっと……体が寒くなってきた。

 

 

 

「ックシ」

 

 

「冷えるのか?」

 

 

「ナ」

 

 

「……待ってろ」

 

 

 

 オーナが両手を広げるとみるみるうちに大地が盛り上がり、路肩に土で作られたカマクラが出現する。

 

 当然のようにお姫様抱っこされ少しドキドキ。

 

 

 

 出入り口を魔法で小さくすれば、外よりだいぶ暖かい。

 

 

 

「脱げ」

 

 

「……」

 

 

「風邪ひくぞ」

 

 

「マ──────オ」

 

 

「明かり消してやるから」

 

 

「ウ────」

 

 

 

 ……いや、だからさ。脱げないんだって。

 

 察しろと鳴く。

 

 すると問答無用と手が伸びてくる。

 

 突然の行動だったが、夜目が利いていたので一瞬ビクつく程度で止まった。

 

 

 

 いや、オーナがそんなことしないってことは分かってるんだけど、さっき死にかけたせいか妙にムラつく。

 

 服を脱がされていく度に、なんか変なスイッチが入っちゃいそう。

 

 オーナのそれは私を気遣いながらもなるべく早く済まそうとする意志が感じ取れた。

 

 あまり時間をかけてしまうと、暗闇に目が慣れてしまうことに気を遣ってる? 

 

 

 

 グチョグチョになった服を剥ぎ取られ、思わずくしゃみ。

 

 布で湿った肌を拭ってくれるが、顔を伏せて背中ばっかり拭いてくる。

 

 ……それ全然拭けてないし、なんなら意識してますと言ってるようなもんじゃん。

 

 

 

 しばらくすると、上着を投げ渡して終了。

 

 力を封じられているので、襲われたら反抗できないことくらいオーナも知ってるはずなのに、何事もなく終わった。

 

 ……このチキン野郎め。

 

 

 

 ぜんぜん乾きそうもない服。

 

 吹き込んでくる冷気は、半裸の私の体温を奪う。

 

 未だやまない雨脚。

 

 オーナに一杯食わされた時を思い出す。

 

 あの時の方がもっと激しい雨だったけど。

 

 完全に負けてたら、私ってオーナの言いなりだった? 

 

 

 

 ……なーどう思うよー。

 

 肩をくっつけた。

 

 すると、上着を掛け直された。

 

 

 

 そんな紳士的行為が妙にムカついたので、今度は体重を預けてみる。

 

 反応なし。

 

 

 

 ……まだ寒いので、今度は足の間にお邪魔。

 

 流石に狼狽えてるご様子。

 

 

 

 内心シシシと満足していると、お返しとばかりに耳を触られた。

 

 形を確かめるように縁をなぞり、流れで頭を撫でられる。

 

 変な鳴き声が漏れた。

 

 

 

 首を回し首筋を舐める。

 

 これで、どうだ。

 

 

 

 あすなろ抱きされて全部吹っ飛んだ。

 

 

 

 頭の中がエロいことで支配される。

 

 テンションがおかしくなってきていることにようやく気がつく。

 

 自分が自分じゃなくなってく感覚。

 

 私は知らず知らずのうちにやられていた。

 

 

 

 だったらもう、仕方ないよね? 

 

 

 

 甘い鳴き声を雨音がかき消す。

 

 

 

 

 



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