「ねぇ」

「なぁに」

 何気ない会話。アルコールも回り、正常に働かない思考の中で。どちらともつかずに話が弾む。

「5年後の今日、アンタも私も相手ができなかったらさ」

ー結婚しようよ。

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アンタと別れて、5年が経った記念日に

アタシは煩いのは嫌い。人混みも苦手だし、積極的にそういう場には行かないようにしている。

 

 そんなアタシでも気に入っている居酒屋がある。店内に流れるBGMは微かだけど心地よく、和テイストの店の装いともマッチしている。それにカウンター席と部屋ごとに仕切られたお座敷席。お座敷の席数は3つ程で要予約となっているけれど、この日だけは逃さないようにお店に直接電話をかけてでも確保している。

 

 面倒な女だって?そんなのアタシ自身分かってる。それでも、譲れないものがアタシにもある。誰にだってあるでしょ?そういうものって。

 

 スマホで時間を確認し、お店の中に入る。ガラガラと扉を開けると「いらっしゃいませ」と明るい表情で若い男の人がアタシを出迎えてくれた。

 

「すいません、予約したナリタタイシンですけど…もう入っても大丈夫ですか?」

 

「タイシン様ですね…はい、確認取れました。それでは、席の方へご案内致します。」

 

 「どうぞ」とアタシの前をその店員は先導する。もうカウンター席には数人の先客がいてそれぞれが焼き鳥や串揚げなど思い思いの品とお酒を楽しんでいる。その後ろを通り過ぎ、1番奥のお座敷席へと案内された。

 

「こちらです。」

 

「どうも。」

 

 靴を脱ぎ、アタシは机を挟んで奥の方の席に座る。案内した店員さんはすぐにお冷やとおしぼり、メニュー表を持ってまた席の方へと戻ってきた。

 

「本日はご来店のほどありがとうございます。確認したところ2名のご予約となっておりましたが、お連れの方は…」

 

「すいません、少し予定がズレたらしくて…今向かっているので、20分もしない内に来ると思います。」

 

「かしこまりました。それではまた後ほど参ります。メニューがお決まりになられましたらお呼びください。失礼します。」

 

 そう言って頭を下げて彼は静かに扉を閉める。アタシはパラパラとお品書きのページをめくりながら良さげな料理とお酒を決めて、店員さんを呼び注文を入れた。しばらくするとお通しの小皿と注文したお酒が運び込まれる。

 

「ん、美味しい。」

 

 運ばれてきた今日のお通しは昆布とスルメだけのシンプルな松前漬けだ。コリコリとした食感、甘辛い味付けに加えて素材のシンプルな美味しさがお酒に合いそうだ。薄青色の切子ぐい呑みグラスに注がれた日本酒をひと口呑む。うん、やっぱり美味しい。フワリとしたお米の薫りと、スッとするような辛味と酸味、甘さも感じる。

 

(アタシもすっかりお酒飲みになったな…)

 

 日常的に飲んでいるわけではないが、友人のハヤヒデやチケット。意外と料理上手なゴールドシップや面倒見の良いヒシアマゾンをはじめ学生時代の連中と飲むこともある。学園を卒業し、成人もとっくに迎え社会人ともなれば自然とそういう席が増えたからというのもあるからかもしれない。

 

 ちびちびとお酒と、運ばれてきた料理を楽しんでいると勢いよくお店の入り口の扉が開く音が聞こえてくる。そして店員さんと少しばかり会話をしているのだろう。少しばかり時間を置いてからこちらに足音がふたつ近づいてくる。

 

「ゴメン、タイシン!遅くなった!」

 

 個室の扉が開かれると同時に聞こえた謝罪の言葉。いつも綺麗に纏まっている髪が少し乱れ、肩で息もしていることから走ってここまで来たことが分かる。まったく、変わらないよねそういうところ。アタシの担当だった時からさ。

 

「別に…早く上がりなよ。時間もったいないし。」

 

 パタパタと激しく揺れる尻尾を押さえながら、アタシはいつもと変わらない風に装ってそう答えるのだった。

 

ーーーーーー

 

「じゃあ改めて…かんぱい」

 

「かんぱい」

 

 キン、と甲高い音が響きそれぞれグラスを傾けお酒を呑む。「ほぅ…」と彼女の口から感嘆の息が漏れた。

 

「料理もきたばかりかな?」

 

「アンタが来るちょっと前にね。はい、これ。」

 

「ありがとう!いただきまーす!」

 

 机の上に並ぶ数々の料理から適当に取り皿に盛り付けて渡すと、彼女は嬉しそうにそれを受け取り料理を口に運んだ。相変わらず美味しそうに食べるので見てるこっちもお腹が減ってくる。

 

 頼んだのは揚げ出し豆腐に、タコと大根の煮物、だし巻き卵とアタシたちの間では最初に頼む定番料理だ。このあとも好きなものをちょいちょいと頼みつつ、会話を挟んでいく。他愛もない内容だけど、彼女と過ごすこの時間は心地よい。

 

「どうなの?最近。」

 

「あ、聞いて聞いて!この前のレースでね!」

 

 話を振ると返ってくるのは担当している学生のことばかりだった。

 

「この子はやっとメイクデビュー勝ったんだ!」

 

「次の重賞レース、この子達を出そうと思うの。ウチのチームでもいいライバル関係なんだよー。」

 

「脚質もあるけど、この子に中距離は少し厳しくて…本人の目標もあるからどう向き合っていくか悩んでいるんだ。」

 

 コロコロと表情の変わる彼女は見ているだけでも飽きない。アタシは彼女の話を肴に、時折盛り付けられた料理を食べながらもお酒を呑み、相槌を打つ。

 

「はぁ〜…久々にこんなに話した〜…」

 

 お酒もそこそこ入り、頬を染めながら彼女は熱のこもった顔を手で仰ぐ。アルコールが入り目も少し潤んでいて、色っぽい。

 

「アンタさ…他の男の前でそんな顔見せてないよね?油断したら持ち帰られるよ。」

 

「だいじょうぶだよー。そんな人居ないしね。それにアタシもアラサーだよ?連れ帰る物好きいないでしょ。」

 

 ヘラヘラと笑う彼女にアタシは小さく舌打ちをする。そんなわけないじゃん。

 

 彼女は、アタシの元トレーナーは顔も悪くない。最初は少しばかり熱血して暴走気味なところもあったがアタシと組んだ最初の3年間を経て以降経験を重ね、今ではG1ウマ娘も輩出する有能なチームトレーナーの1人だ。新人教育にも手を抜かず明瞭快活な性格もあって男女問わず常に周りに人がいるような人だ。しかも、スタイルだって悪くないときた。

 

 それなのに、彼女は相手をずっと作っていない。仕事は多忙を極めるが、全く彼氏ができないなんてことはないはずなのに。

 

「アタシが卒業してから7年くらい経つけどさ、まだ彼氏もできないわけ?」

 

「できてたらタイシンにすぐ伝えてるよ。タイシンだって居ないじゃん。」

 

「アタシは興味ないから、そういうの。大体、アタシみたいな女と付き合える人がそうそういるわけないでしょ。」

 

 そう答えてアタシはグラスに残ったお酒を飲み干す。もう何杯目かは分からないけど、こいつの前でくらいいいだろう。

 

 アタシは現役時代、恵まれない体や周りからの評価もあって捻くれていた。素直に誰かの意見を聞くこともなかったし、ただがむしゃらに足掻いていただけだった。

 

 そんなアタシに声を掛けてきて、馬鹿正直に正面から付き合ってくれたのがトレーナーだった。「一生でも付き合う」とアタシに告げた。いつだって、どんな時だってアタシを信じて疑わなかった。トゥインクルシリーズが終わって、ピークも過ぎ、引退するその時まで。ずっと。

 

「懐かしいね…タイシンが引退して今日で5年目だっけ。」

 

 カラン、とトレーナーの傾けたグラスの中の氷が崩れる音がする。彼女はそれを昔を懐かしむように眺めている。

 

「引退ライブ…沢山の人に囲まれて…チームの子達からも泣きながら祝われて…今でも覚えてるよ。」

 

「アンタが1番泣いてたけどね。」

 

「タイシンが泣かないから代わりに泣いてあげただけだもん。」

 

「バーカ…ありがと。」

 

 素直じゃないアタシなりにそう感謝の気持ちを伝えると、トレーナーは「どういたしまして」と笑うのだった。

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

「約束…覚えてる?」

 

 そう聞くとトレーナーは一瞬目を見開くと、顔が一気に赤くなった。それはお酒のアルコールによってもたらされたものじゃないことは容易にわかった。

 

 アタシの引退ライブの夜…トレーナーが紹介してくれたのがこのお店だった。

 

 「成人祝いも兼ねて」と彼女個人でもアタシの成人祝いと、引退。そしてこれからの門出を願ってトレーナーが開いてくれた。

 

 その時に1つ、私たちは約束をしたのだ。

 

「5年後の今日、互いに相手ができなかったら結婚しよう」

 

 お酒も入り、気分も高揚して。互いに正常な判断ができない中で結んだくだらない約束。なんでそんな話に繋がったのかは覚えてない。でも、アタシもトレーナーと結んだそのくだらない約束をずっと守っている。そうじゃなければ、この5年間、タイムリミットと定めた記念日に集まるわけがないのだから。

 

 アタシは机の上にあるトレーナーの手に自分の手を重ねる。一回りほど大きい彼女の手の甲を指でなぞるとビクンと震えた。

 

「ねぇ…もう一度聞くけど。約束、覚えてる?」

 

「タイシン…」

 

 身を捩り、手を引こうとするトレーナーを逃さないと手首を掴む。彼女の目を見ると恥ずかしそうに顔を背けた。

 

「覚えてるんだ。もしかして、わざと作らなかった?」

 

「だって…タイシンなら相手ができると思ってたから。可愛くて、ゲーム好きで、料理も上手で、速くて、強くて…ちょっと素直じゃないけど…モテないはずないから。」

 

「…本音は?」

 

 手首から手を離し、今度はトレーナーと指を絡めるようにゆっくりと彼女の手を握る。彼女の手からも体温の熱さを感じる。

 

「トレーナー。アタシの顔見て、言って。」

 

 逃げるなと遠回しに伝えれば、彼女も決心したようにアタシの顔を見る。緊張した顔持ちの中1つ息を入れて、口を開いた。

 

「わざと…作らなかった。タイシンと一緒になれるならと思って…でも、タイシンもでしょ?」

 

「へぇ…そんなこと言うんだ。大概だねトレーナーも。」

 

 違う。大概なのはアタシだ。

 

 契約して、引退するまでの長い月日の付き合いを経て彼女の性格は誰よりも知っているのは、アタシだけだ。トレーナーの本心も、向けてくる感情もトレーナーと担当バという関係以上であることは理解できていた。

 

 だから、あんなことを言えばトレーナーは相手を作らないなんてことは容易に想像できた。それでも試すような真似をしたのは、素直じゃないアタシの性格ゆえだ。

 

 だけど、それも終わりだ。5年も待った。5年も待たせた。

 

 アタシも大人になり、体つきは大きくは変わっては居ないが十分なほどの蓄えもできた。精神的にも成長した。そして、この日のための準備もすることができた。

 

 トレーナーと指を絡めた反対の手で、近くのカバンから小さな箱を取り出し、机の上に置いた。トレーナーも何が入っているのか察してくれているのか、黙ってそれを見つめている。

 

「開けてみて」

 

「いいの?本当に…」

 

 震えた声でトレーナーはそうアタシに聞く。アタシは笑って小さく頷いた。

 

 絡めた指を離し、トレーナーは小さな箱を手に取ると蓋を開けた。中には、ダイヤモンドの埋め込まれたリングが2つ並んでいる。内側にはそれぞれの名前のイニシャルが彫り込まれていた。

 

「トレーナー…ううん、  」

 

 彼女の名前を口にして、アタシは彼女の手を包みながら告白する。

 

「5年も待たせてごめん。回りくどい約束をしてごめん。それも今日で終わりにするから。断ってもいいから、聞いて。」

 

「あの時、アンタが掛けてくれた言葉だけど…今度はアタシから言わせて。一生かけて、アナタを幸せにする。アタシを信じて、支えてくれたアナタみたいに…絶対に幸せにするから。アタシと…ナリタタイシンと。結婚してください。」

 

「はい…はい…!私も、幸せにするから…!タイシンのこと、幸せにするから!」

 

 ボロボロと泣きながら答える彼女の答えに気が緩んだのか、アタシも同じように涙を流した。用意した指輪はほんの少し小さかくてカッコつかなかったけど、彼女は「今度一緒に直しに行こう」と笑ってくれた。その時、一緒に結婚指輪も選ぶとしよう。私と彼女だけの、世界に一つだけの指輪を。

 

 今日は記念日。アタシとトレーナーが契約を終え、別れてから…新たに永遠の契りを結んだ大切な記念日だ。


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