セイウンスカイ×アラフォートレーナーの話です。
愛がどうという話では無いですが、温まってもらえれば嬉しいです。

最後はこちら(https://uhyo.github.io/tenji-web/ )を使うと読みやすいと思います。
 

また、こちらはあげ先生(https://www.pixiv.net/users/73374337 )のバレンタイン企画(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16995288 )への参加作品となります。

またこの短編は「トレーナーは『青空《スカイ》』が見えない」(https://syosetu.org/novel/273727 )の番外編となります。

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青空に浮かぶのはチョコレート色の雲だった

 金は天下の回りものというが、その昔カカオ豆は通貨として使われていたことがあった……という歴史の教師の言葉を、ぼんやりと思い出しながらセイウンスカイは教室の机に腕枕して、カバンの中に入っている包みに思いを馳せる。

 

 今日に限って、学園においてはチョコが天下の回りもの。フワフワと全体的に浮ついた雰囲気の教室の中、終業のチャイムが鳴っても尚、彼女は席を立たない。

 

 特に仲の良い4人とはチョコレートを交換し、いつもお世話になっている寮長のヒシアマゾン、フジキセキにも渡した。残る包みはあとひとつ。

 さっさと医務室に行って、医者もトレーナーもやってる彼にさっさと渡してしまえば良いとわかっていても、足が動かない。耳も元気なく垂れている。

 

「どうやって切り出そう……」

 

 実を言えば、バレンタインデーという日において彼女が異性に物を贈るのは……14年かその位生きている中で、父親含めて初めてだった。だから、悩んでいた所に、彼女が見た昼の光景。

 それが、優柔不断へのトドメを刺した。脳裏に、授業中何度フラッシュバックしたか分からない廊下がまた現れる。

 


 

 今日の昼下がりに、彼女はいつも通り遅めの昼食をとり、昼寝する場所を探していた。今日はからっ風が冷たく、外で寝るのは断念して医務室に足を向けたところで、廊下の向こうに見知ったシルエットが居た。

 

 白衣と、ブリティッシュスタイルのクラシカルなスーツと。白杖と、サングラス。トレセン学園広しと言えど、そんな近寄り難い格好をしている男など1人しか居ない。セイウンスカイのチームのトレーナーだ。

 

 仕方が無いが、距離が離れているためこちらには気づいておらず、セイウンスカイはこっちに歩いてくるだろうからと待つことにした。

 カツン、カツンと白杖が床を突く音が微かに聞こえる。彼女一人しかいないが、チームに所属する前はまさか聞きなれることになるとは思わなかった音。

 

 いつかの接触事故以来、腰に下げる事になった鈴の音と相まってどこか浮世離れが加速した感じがあるが、とりあえず現世には留まってくれている。はてさていつ声をかけたものかな、と思いながら、すっかり普段からお世話になってるスポーツウォッチに目を落とす。

 

 これも、チーム結成祝いとしてトレーナーがくれたものだった。「君を見切れない私の代わり」だと言われ、ほんの少しばかり値段に引いたものの、今では便利に使わせてもらっている。

 昼休みが終わるまではある。昼寝して、めんどくさいが授業を受けて、トレーニングに来た時に渡そう。そう思っていた。

 

 白杖の音が止まって、おやどうしたのだろう? と顔を上げる。視線の先のトレーナーは立ち止まっていた。その上、ウマ娘と話している。

 

 耳を澄ますと、「センセー! これあげる!」とか「いやいや。そんなことしなくても」とかそんなやり取りが聞こえてきた。

 

 結局、彼はチョコレートを押し付けられ。そのウマ娘はサッサと走って行ってしまう。別に、そのことは問題ではない。医者のつながりでもらうこともあるだろうが、問題はその後だった。

 

「ああ、困るんだよなぁ……だめにする訳にもいかないし」

 

 眉を下げて、肩をすぼめて、力なく笑う。

 その表情を見て、セイウンスカイは雷に打たれたように動けなかった。手がにわかに汗ばみ出す。

 

『困る』

 

 その言葉だけがずっと午後いっぱい頭の中を回っていて、授業にもあまり身が入らなかった。そんな有様であり、友人のスペシャルウィークからの声にも、すぐには反応できなかった。

 

「ねえねえ。セイちゃん」

 

 返事がないことをスペシャルウィークは心配する。どんなにボーッとしているように見えても、彼女は周りに注意を払っていることが多かったからだ。

 

「セイちゃんセイちゃん。聞こえてる?」

 

「うわぁぁぁぁぁぁお!」

 

 つんつん、と彼女が腕をつついてみたところ、セイウンスカイは飛び起きる。大きな声にスペシャルウィークも尻尾の毛が逆だってしまうし、クラスの視線が集まっていることに2人は恐縮する。

 

「あ、ごめん……」

 

「い、いやー……ボーっとしてたのは私だし」

 

 セイウンスカイはまた顎を机に付け、上目遣いでスペシャルウィークを見てくる。

 

「で、なにかあった?」

 

「うーん。セイちゃんがさ、今日の午後ずーっとボーッとしてるから、どうしたのかなーって」

 

「そんなに……してたよねー」

 

 自覚があるくらいには授業に集中できていなかった。何回か教員に怒られた記憶があるし、ノートはほぼ取れていない。

 自分でもこんなに動揺するか! と嘆きたくなるくらいには動揺していた。

 

「それがさ。トレーナーさんがチョコレートもらって、『困る』って言ってたの聞いちゃったんだよねー」

 

 ぺたんと畳まれた耳と、にゃはは、という力ない声。重要な情報だし、衝撃的だとスペシャルウィークも思う。

 

「ねえセイちゃん。なんで、『渡せないなー』って思ったの?」

 

「だって。『困る』って、貰っても嬉しくないってことじゃないかなーって」

 

 今度は目も伏せてしまった。セイウンスカイならぬ、ぐんにゃりスカイ。確かに、貰って困る=貰って嬉しくないととる事も出来る。だが、面と向かって言われた訳でも、受け取るのを拒否されたとかではないなら、そのまま渡してしまえば良いのに、と思うスペシャルウィークもいた。

 こういうイベントは気持ちなのであるし、自己満足で終わっても良いという考え方だ。

 

「セイちゃんのトレーナーさんに、アレルギーとかは?」

 

「アレルギー? ないと、思う」

 

「アレルギーで食べられないなら『困る』って言うかもしれない

けど、受け取りはしないと思うんだ」

 

「まあー……確かに?」

 

 ならもっと別の理由で『困る』と言ったはずではないか?とスペシャルウィークは言っている。セイウンスカイには理解出来ていたが、やっぱり分からない。彼女は顎をつけたまま器用に首を傾げて、考え続ける。

 

 スペシャルウィークも一緒になって頭を回転させる。医者であるセイウンスカイのトレーナーとは、トレーニング後の疲労抜きの面倒を見てもらったりと付き合いがある。あまり多くない情報から何とか友人の力になろうと、こめかみに人差し指を当てていた。

 

 チョコレートを貰って困る……。そういえば、同室のスズカ先輩に試作品を食べてもらっていた時、「あんまり食べると胃がもたれちゃうから……」と言われたことを思い出す。

 

「もしかして」

 

 閃いた。そして多分、直感ではあるが正解に近いとスペシャルウィークは拳を握りこんだ。

 

「そういえば、セイちゃんのトレーナーさんって今何歳?」

 

「いまー、はね……40手前って言ってたかな」

 

 アラフォーと言ってたような。そういう記憶を脳みそから引っ張り出したところで、セイウンスカイも「もしかして」という顔になった。

 

「もしかしてトレーナーさん、胃もたれで困るって……?」

 

「そうかも」

 

 尚更渡しにくくなってしまった。セイウンスカイは頭を抱える。スペシャルウィークも同じ表情。

 

「……どうするの? セイちゃん」

 

「作ってきたの持って帰るのも勿体ないし……どうしよ」

 

 また悩み始めたセイウンスカイをみて、そういえば大事なことを聞いてなかったとスペシャルウィークは思い直す。

 

「そもそも、セイちゃんは『困る』って聞いて渡しにくいなーってなったの?」

 

「えー。そこから?」

 

 セイウンスカイは顔をしかめるが、親友の真剣な表情を見て渋々口を開いた。

 

「そのー。私さ、トレーナーさんに散々迷惑かけてると思うし……こんな時まで迷惑かけるって、どうなんだろ。そう思ったら渡せなくて」

 

「……セイちゃんはさ。優しいね」

 

 親友の意外な言葉に、セイウンスカイは間抜けな声を出すことしか出来なかった。

 

「そうかな?」

 

「そうだよ。トレーナーさんに傷ついて欲しくない、って思ったんでしょ?」

 

 そう言われると、なんだか違和感がある。

 

「いやいや。結局さー。私が傷つくとか、評価が下がるのが嫌なだけだよ。きっと」

 

「でも、トレーナーさんのことを考えたのは事実でしょ?」

 

「それは……そうだけどさ」

 

「それに」

 

「それに?」

 

 スペシャルウィークは咳払いをしてから続ける。

 

「セイちゃんはなんて言って渡そうとしたの?」

 

「えー……言わなきゃダメ?」

 

 無言の圧力。目を逸らしても逃げられない。秒針が半分回るくらいの時間彼女は唸っていたが、観念したようだ。

 

「その、『今まで私のためにありがとう。これからもよろしく』って」

 

「いつも言ってる?」

 

「いつも……は言ってないかなー」

 

 だったら!とスペシャルウィークはセイウンスカイの机に手を置く。目の前に現れた手と圧に耐えきれず、彼女は椅子を鳴らしながら体を起こした。

 じっと正面から見つめられる。彼女は言葉の続きを待った。

 

「だったら、言って渡すべきだと私は思うな」

 

「……やっぱり?」

 

 彼女の肯定。言わなきゃ伝わらない。そんなに遠回しでは無いが、そう言われている。

 トレーナーにはいつも感謝している。急に医務室にサボりに行っても嫌な顔ひとつせず迎えてくれたり、わがままを聞いてくれたり。医者という激務をこなしながら、ちゃんと時間を割いて向き合ってくれる。

 

「ちゃんと言わなきゃ、か」

 

 ガタン! と椅子を鳴らしながら、彼女は立ち上がる。

 

「行ってらっしゃい。セイちゃん」

 

「んー。行ってくるよ」

 

 別にそんなに仰々しい見送りはいらないと思うのだが、兎にも角にもスペシャルウィークは神妙な面持ちでセイウンスカイを見送っていた。

 

 大きい話に思われているのか、それとも思い込みが激しいだけなのか。脳内に浮かぶハテナを何とか消し去りつつ、彼女は医務室の前まで来ていた。

 この扉の向こうにトレーナーがいる。正直、『困る』と言われるのは怖い。だが、まあ気持ちだけでも知ってもらえれば。そうすれば、いくらか救われるだろうと考えて、扉を開けた。

 

「どもども〜セイちゃんの登場ですよ、っと」

 

 引き戸を閉めても、トレーナーは気づいていなかった。いつも通り、イヤホンを嵌めて読み上げ機能を使いながらパソコンと向き合っている。

 

 少し残念ではあったがこれもいつもの事だ、と思いながら近寄って、肩を叩く。

 叩いてから、彼にわかりやすいように少し下がった。

 

「ん? ……ああ、セイウンスカイか。遅かったね」

 

 怪訝そうに曲げられた口元だが、入ってきた人物が教え子だとわかった瞬間にほうれい線の角度が緩くなる。目元はすっかり見慣れた大きめのサングラスで見えないが、表情が緩んだことくらいは分かった。

 

 

「ちょっとですね。色々ありまして」

 

「ああ、交換会とか? 沢山貰えた?」

 

「それはもう。セイちゃん人気ウマ娘なのでー」

 

「うん。良かった」

 

 トレーナーと話しながら、部屋の中を見回す。すると、探していたものはすぐに見つかった。

 

 紙袋に、包装されたチョコレートが大量に入っている。ギュウギュウに詰め込まれた1番上には、赤黒の縞模様のリボンで包まれた白い箱と、薄い緑とクリーム色のリボンで包まれた黒い箱が見えた。セイウンスカイは、かすかにショックを受ける。こんなに貰っているとは。

 

 おかげで言葉に詰まってしまい、トレーナーはすぐに察したようだった。

 

「ああ、紙袋? 毎年貰うんだよね。怪我の面倒見た子とか、トレーナーと知り合いのチームとかさ」

 

 カバンの取っ手を強く握る。もし渡しても、有象無象の中の一つに埋もれてしまうのではないか。

 困る贈り物にカウントされてしまうのではないか。半身引く。

 

 ……やっぱり、逃げ出したくなった。

 

 何か適当な事を言って、ありませーんとか、残念でしたーということにしたかった。

 

 そうすれば、苦しまなくて済むだろう。こんなに悩まなくて済むだろう。

 

 だが、明日にはどうだろうか。渡せなかったことを、感謝を述べられなかったことを後悔するのではないだろうか。

 

 きっと、ではなく。確実に。

 

 だからもう破れかぶれ。作戦で言ったら破滅の大逃げ。それでも足を前に出したら、進むしかないのだ。

 ちゃんと言うと決めたのなら、遂行するしかないのだ。

 

「あ、あの!」

 

「――――いきなりどうしたの?」

 

 座っていた足が引かれて、彼の背筋が伸びる。少し驚かせたことに後悔したが、セイウンスカイは言葉を選びつつ、選びすぎて挙動不審になりながら、呟いた。

 

「えっと。そのー。実はですね」

 

「どうどう。少し落ち着いたら?」

 

 目が泳ぐ。足の指まで落ち着かない。

 

「今日なんですけど、トレーナーさんの分も用意してたりしてですね……その、困らなかったら。受け取って欲しいんですけどね……ハハ」

 

 俯き気味に頬をかく。言えたことに安堵したが、まだ話は終わっていない。無事に終わってくれと祈る。

 

「それはありがたいけど。もしかして……昼の、聞かれてた?」

 

 ありがたいけど、で小さく息を吐きつつ体の力を抜いたかと思えば、トレーナーは何かを思い出したような表情になり。終いには、右手で顔を覆ってしまった。

 額のシワ、眉間のシワがもう戻らないかと思えるほどに深くなる。

 

「えーと、聞こえてました。はい」

 

 露骨に溜息をつき、彼は話し始める。顔を上げたものの、何か言葉を探すように、時間を稼ぐように。視線はあっちこちに動いていた。

 

「いや、えーとね……言い訳をするとだ。今日貰ったらさ、1か月後にお礼を渡さなきゃいけないでしょ?」

 

「そうですね」

 

 渡さなければいけないということは無いが、渡さない場合どんな誹りを受けるかわかったものでは無い。

 

「で、お礼を渡す時には大体、感想も言わないといけないでしょ?」

 

「必須じゃないかもしれないけど……大体はそうかなー?」

 

 美味しかったよ、だけでも良いかもしれないが、詳しく感想を言っておけば渡した方は幸せな気持ちになることには違いない。これも必須ではないが。

 

「お礼を言うには食べなきゃいけない。でもね私ね……1か月でこの量は食べきれないんだよね」

 

「……胃もたれとか?」

 

「うん。大正解」

 

 想像しただけで胃もたれしてきたのか、彼は右手で腹をさすっている。

 この瞬間、セイウンスカイはスペシャルウィークに向かって五体投地したい気分だった。彼女が気づいてくれなかったらそもそも渡そうとすらしてなかっただろう。

 

 『困る』を引き摺って、何もせずトレーニングだけして帰っていただろう。

 

「『困る』ってのはそういう意味でさ……貰えるなら嬉しいよ」

 

「あ、あはは。良かったです……じゃあ」

 

 カバンの中から、同期に渡したものよりほんの少しだけ豪華なリボンで装飾した包みを手に取る。大事に両手で覆って。

 

 4歩の距離。1歩ずつ踏みしめて歩き、椅子に座るトレーナーの前へ。

 彼は少し見上げてきて、かけているサングラスに自分が大写しになってることを確認してから。

 

「はい。どうぞ」

 

 包みを目の前に出した。

 

「おお、ありがとう。頂くよ」

 

 彼の口元が更に崩れ、歯がチラリと見える。歳の割にはよく手入れされた手が伸びてきて、セイウンスカイからの贈り物を包んで。

 彼女が手を離す。バレンタインデーの贈り物は、確かにトレーナーの手の中にあった。

 

 渡せたことに、セイウンスカイは大きく息を吐いて。もうなんだか、泣きそうな気分だった。よくやったと言いたかった。

 

「ありがとう……って、ブラウニーかな?」

 

「お、トレーナーさん正解でーす」

 

 まさか手触りだけでなにか当ててくるとは思わなかったが、ちゃんと受け取ってくれたという実感を高めてくれる。

 

「大事にしまわないとね」

 

 そう言った彼は椅子に座ったまま移動し、並んでおかれている通勤用のカバンと紙袋の前に来た。

 セイウンスカイは、どうしても気になって背伸びをしながら背中越しに彼の動きを見ている。

 手が伸びていき、掴んだのは。

 

「……どこに入れるかな」

 

 チョコレートが詰まった紙袋ではなくくたびれた、通勤用のカバンだった。普段は書類や資料、医学書などの『大事なもの』がしまわれているカバン。

 

 トレーナーはその中に、セイウンスカイが作ったブラウニーを崩さないよう。他のものに潰されないよう。慎重に入れていた。

 

 もうその瞬間、セイウンスカイとしては両手を挙げて喜びたくなった。特別なものだと思ってくれたこと、ちゃんと家まで潰れないように入れてくれたことに、叫びたくなった。

 

「これで、大丈夫だと思う……潰れてたらゴメンね」

 

「いやいや。ちゃんと食べてくれるのが1番だからさ。ちゃーんと味わってよ?」

 

「勿論。大事に食べるさ」

 

 真摯に彼は頷く。何度も何度も。

 

「もー。そんなに大袈裟じゃないですって……でも」

 

「でも?」

 

 ここで出てくるとは思わなかった逆説の言葉に、トレーナーは動きを止めた。

 

 セイウンスカイは見つめられると思わず、言葉が出てこない。恥ずかしいというか……言いにくい。

 顔が赤くなってないよね? と頬を触るが大丈夫そうだ。

 

「でも、ありがとうって気持ちは、本物なので」 

「そうか。うん。わかった」

 

「今までありがとうございます。これからも、よろしくね、トレーナーさん」

 

 頭を下げる。トレーナーは少しばかり慌てたように座り直すと。

 

「いやいや。私の方こそお礼を言わないと。これからもよろしくね」

 

 頭を下げた。

 

 謝っているわけでもないのに2人とも頭を下げるという奇妙な光景。無言な時間が続いたことに2人同時に顔を上げ。

 

「おいおい……なにか言おうよ」

 

「ふふっ。まさかこうなります?」

 

 トレーナーは呆れたように。セイウンスカイは同じことを考えていたことがおかしくて笑った。

 

「でも、気楽に行こう。それがうちのチームだしね」

 

「そうですね! ま、のんびりいきましょー。のんびり……じゃ、今日もトレーニングといきません?」

 

「おや。珍しいね」

 

「まあ、セイちゃんご機嫌なので!」

 

 いい事だ。と頷くトレーナーを尻目に、彼女はカバンと一緒に持ってきた袋の中からジャージを取り出した。

 

 着替えようとベッドに荷物を置いて、カーテンを閉めようとした時。唐突に、トレーナーが彼女を呼ぶ。

 

「ああ、そうだ。私からもね……」

 

 お菓子はないんだけど、と言いながら、彼は白衣の胸ポケットから何かを出した。セイウンスカイは脱ぎかけたローファーを履き直して近づくと、握られていたのは国際郵便風の縁どりがなされたカードだった。

 

 しかし、真っ白。封筒か何かかと思って確かめてみるとそうでもない。

 

「……なんです?これ」

 

「え? 手書きのカードなんだけど」

 

「いやいや。真っ白じゃないですか!」

 

 そう抗議すると、トレーナーは心外だなぁとでも言いたげに首を振る。セイウンスカイはムッとしたが、何かが指先に触れていることに気づく。

 

 カードの表面をなぞってみる。指先に伝わるデコボコ。

 

「……あれ。もしかして」

 

「気づいた?」

 

「点字ですか? まさか」

 

 トレーナーは満面の笑みで肯定。

 

「いやいやいやいや! 読めませんって!」

 

「今どき検索すれば幾らでも出てくるよ。大丈夫。そんな難しくないから」

 

 すぐ覚えられたし? と続けるトレーナーを、セイウンスカイはぐぬぬ……と眉間に皺を寄せて恨めしげに見る。

 

「まあ、帰ったら解読しますよ。ええ」

 

 解読しない選択肢はなかった。手書きと言っていたから、彼が器具を使って打ったものなのだろう。バカにされているというか、遊ばれている気もするが。

 

「そうしてくれ」

 

「じゃ、トレーニングしてくるんで!」

 

「怒ってる?」

 

「おこってませーん! ちょっと遊ばれてムッとしただけでーす」

 

「そう? ハハハ。ごめんね」

 

 カードを制服のポケットにしまい、医務室の片隅でカーテンを閉める。そしてセイウンスカイは着替える前に、もう一度カードを取り出す。

 

 点字のポツポツとした感触が指に心地よい。

 

 これは正真正銘、彼から自分にしか渡されていないもの。なぜか彼女はそう確信できた。思いがけない唯一無二の贈り物に頬が緩む。

 

 ああ、勇気を出してよかった。目を閉じて、カードを額に当てる。

 

 ありがとう。トレーナーさん。

 

 呟きは誰にも聞こえない。だが、温かさは、2人の胸に残っている。

 

 人と人の関係を潤滑する。やはり、チョコレートは天下の回りものなのだ。

 

 


 

⠻⠃⠉⠴⠹⠡⠃⠯

⠄⠕⠳⠇⠝⠃⠟⠣⠟⠩⠛⠟⠁⠓⠐⠡⠞⠉⠲

⠏⠐⠡⠉⠪⠞⠅⠑⠰⠀⠺⠝⠘⠪⠉⠹⠙⠵⠐⠟⠪⠎⠗⠒⠽⠇⠃⠟⠩⠛⠙⠞⠉⠛⠳⠃

⠪⠛⠡⠑⠾⠰⠀⠷⠘⠹⠩⠅⠞⠛⠒⠅⠒⠐⠕⠫⠐⠞

⠜⠚⠳⠩⠏

 




最後はこちらを使うと読みやすいと思います。

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