ハッピーバレンタイン!
・月下 美神(つきしも みかみ)……高校1年生。絶世の美少女で、運動や勉強も卒なくこなす。文武両道、才色兼備、etc.去年はやたらとトラブルに巻き込まれた。
・星野 幽夏(ほしの ゆうか)……同。美神とは高校に入る前からの親友。スポーツ少女で運動神経はよいが頭脳労働はからっきし。
・陽楽 魂貴(ひぐら たまき)……同。美神とはクラスメイト。トラブルに巻き込まれた美神のことを何度か救ったことがある。
20XX年、2月13日日曜日、私の家。
「……美神ってさ、本当なんでもできるよね」
「ん? いや、そんなことはないと思うけどね……」
ボウルに入った板チョコを湯煎しつつ、ヘラで混ぜて溶かしていく。私がバレンタインではおなじみの動作をしていると、隣でぐでっとした幽夏が声をかけてくる。
……いや、自分作業止まってますけど?
「お湯冷めちゃうよ、早くやらないと」
「ういうい~」
奇妙な声を出しながら渋々ヘラを掴む幽夏。そりゃあ、慣れない作業は疲れるかもだけどね……。
とある一連の事件が終結した高校1年の冬。そう、明日はバレンタイン。世の乙女たちにとっては一世一代のイベントで、己が気持ちを想い人に伝えるまたとないチャンスの日!(毎年あるじゃんって? 高校1年のバレンタインは一生に一度しかやってこないのよ)
そんな日に私たち二人は私のキッチンに集まっていた。それはもちろんチョコを作るため。……と、いっても、幽夏が手作りチョコなんて聞いたことがなかったんだけどな。
というわけで、気になったことは聞いてみる。
「ところで幽夏、なんでまたいきなりお菓子作りを? 幽夏ってそういうの苦手なイメージあったんだけど」
「うーん、まあ苦手なのは正解だよ。というか、人生でやるのはこれで2回目。でも理由、ねぇ」
いつもはハキハキとした喋りの幽夏なのに今日は一段と歯切れが悪い。そのぐらい、長い付き合いの私ならすぐに見抜けた。
……ちょっとカマかけてみようか?
「もしかして~? 好きな人でもできた~?」
「いや別にそういうわけじゃないよ。私に色恋沙汰は無縁さ。強いていうなら……せっかくのバレンタイン、たまにはお菓子作りでもしてみようかなって思っただけかな」
誤魔化す風もなく、赤面する風もなく。ケロッとした答えが返ってきた。
どうやら失敗だったみたい。
「あれ、そっかぁ。なんだ、てっきりあの幽夏にも好きな人ができたのかと思って、お母さんこっそり応援しようと思ったのに……」
「だーれがお母さんだだれが」
「よよよ……」
「そのわざとらしい嘘泣きをやめろ!」
ちらっと幽夏の方を向くとバッチリ目が合った。お互いなんだか耐えきれなくなって噴き出す。
ひとしきり笑いあった後、幽夏の笑顔がちょっとニヤついたものに変わった。
……嫌な予感。
「で? 美神は誰に渡すの?」
「え~、やっぱそうなるの?」
こういうときの勘はだいたい的中する。
やっぱりかぁ~!
正直幽夏の探りが不発に終わった時点でやばって思ったよ! でももうすでに時遅しだったんだ……。
ちょっと目をそらしてみると、幽夏は離さないよ、と言わんばかりに覗き込んでくる。
「なんで目そらすんですか~ねえねえ~」
「……言わないとダメ?」
「ダメ。学年一の美少女が誰にチョコ渡すのかなんて国家機密級の情報、逃がしはしないよ」
いや、そんな情報の価値高くないでしょうに。
とかなんとか思っても、幽夏の眼差しは私を掴んで離さない。
くっ、女美神、覚悟を決めるしかないか。
「……陽楽君に渡そうと思って。去年は色々お世話になったからさ」
「ふむ、建前はわかった。本音は?」
「これが本音!」
「えー、つまんないの」
そういって幽夏はリスみたいに頬を膨らませる。つまんないの、っていってもだってそれが全てなんだもん……バレンタインだからってそこに他意はないよ。
きっぱり断言したにも関わらず未だ不満げな幽夏……ええい、そんな顔するんだったらこうしてやる!
「だいたいね、バレンタインデーに女子が男子にチョコを贈る、っていうのは日本だけの風習だよ。海外では男性から女性にプレゼントをする方が一般的でね……」
「あーはいはい、わかったから~!」
ピピピピッ、ピピピピッ。
二人してリビングでくつろいでいたところに、スマホのアラームが時間を告げる。
そろそろ冷やし固まったかな?
「どれどれ……」
「おー! いい感じじゃない!?」
冷蔵庫からバットを取り出してみると、私たちの作った生チョコはいい感じに固まっていた。
端っこを少しスプーンで掬う。
濃厚だけど甘すぎない、絶妙な味がした。
「うん、おいしい!」
「はぁ~、やっぱり美神に頼んで正解だったわ。本当あんたってば何でもできるよね」
「……まあ、有難く受け取っとくよ」
同じく試食してうっとりした顔つきになった幽夏はさっきどこかで聞いたようなセリフを零した。
私、別にそんなになんでもできるってわけじゃないと思うんだけどなあ。誇張にも程があるよ。
なんて思うけれど、幽夏はどうやら本当にそう思って言ってくれてるみたいなので、これ以上は言わないでおいた。まあ褒められて悪い気はしないしね。
「じゃあ後は切り分けて、ココアパウダーをかけて、ラッピングすれば終了ね」
「よーしやるぞ!」
軽く温めたナイフで一口サイズに切り分けていく。スッと入る切れ味が心地よい。
ふるいにかけながらココアパウダーをかけて、生チョコ自体は完成!
さーて、あとはラッピング!
ラッピングもあらかた終わった頃、先に終わって暇そうな幽夏が話しかけてきた。
「ねえ美神、せっかくだから陽楽君に渡すシミュレーションしてみない?」
「え? いやいやシミュレーションって……」
「ほら、私が陽楽君役やるから、早く!」
……よほど暇してたんだな、ノリノリだ。
シミュレーションって、別に普通に渡すだけだし……他意はないし……いや、それよりなにより私が恥ずかしい。
うん、適当にやって流そう。
私は渋々立ち上がって、ちょっと特別仕様にラッピングした袋を手に持つ。
「エ、エーット、ヒグラクン? コレ……」
「美神、私はね、美神が演劇部で頑張ってることを知っているんだよ」
最大級のジト目で睨まれる。う、やっぱダメ?
悪ノリを始めた時の幽夏が厄介なことは、親友の私が身をもって知っている。うーん、本気で当たるしかないのかあ。
「さあ美神、テイク2だよ!」
……仕方がない! えーい、ままよ!
制服のポケット(とみなしたズボンのポケット)に袋を隠す。舞台は教室。時間は放課後。心なしか男子はみんなそわそわしているように思える。あーあ、今年もどうせお袋だけだぜ、なんて声が聞こえてくる。
陽楽君はいつも放課後は部活に直行してしまうから、昼休みの間に「ちょっと放課後、いい?」って声をかけた……ってことにしておこう。
大丈夫。なんてことはない。日頃の感謝に義理チョコ渡すだけなんだから。
「陽楽君」
「ああ、美神か。……それで、なんだ?」
口調も声色も陽楽君に似せてきてる幽夏。ノリノリである……ま、惑わされるな!
「ええと、はい、これ! 去年はいろいろお世話になったし……命も救ってもらったし……」
「バ、バレンタインか……ありがと、大事に頂くよ」
その瞬間、クラス中の目線が私の方に集まった……気がした。
うう、舞台設定を間違えたな!
「ひ、日頃の感謝ってだけだから! じゃあね!」
「あっおい!」
自席のバッグをひったくるように掴み、教室を飛び出す。
……いやまあ、実際はリビングを飛び出したわけなんだけど。
「なにこれ! 恥ずかしいがすぎるよ!」
「ブラボー! 美神ブラボー!」
「やめてぇ!」
リビングの方から幽夏の拍手が聞こえる。ううう、恥ずかしいよこれ……!
かぁっと熱くなった顔が冷めていくのを感じてからリビングに戻る。幽夏がとびきりの笑顔と掛け声で出迎えてくれる。
「いやーさすが演劇部のホープ! 見てるこっちがドキドキしたよ!」
「やめてぇ……恥ずかしい、恥ずかしいよ……」
「さすが演劇部のホープ!」
「褒めても何も出ないよ!!」
そうやって叫んだけど、幽夏は懲りずに私を褒め殺しにきた。演劇部のホープとか言われたことないんですけど!
……まあいいか。段取りが狂ったけど、仕方ない! 本当は褒めても何も出ないはずなんだけどな!
さっき陽楽君に渡す真似で机に置いた包みを手に取る。これは本当は陽楽君宛て……ではなく。
「……はい、幽夏」
「ブラボーみk……へ?」
「1日早いけど! いつも仲良くしてくれてありがとね! これは幽夏用の友チョコだから!」
「えー!? ありがと!」
全く……ムードも欠片もない。
けど、まあこれが私たちらしいといえばらしいような気がする。
Thank you!のシールが躍る袋をまじまじと眺め、幽夏が嬉しそうな笑みを浮かべる。
「なんだー、褒めたらなんか出たじゃん! 可愛いな~美神は~!」
「うっさい! やめろ! 抱きつくな!」
ハイテンションのまま抱き着いてくる幽夏。耳元で叫ばれるんだからたまったもんじゃない。
まあしかし、一緒に作ることになるのは誤算だったけど、喜んでもらえるなら作り手としても満更じゃない。
抱き着かれながらそんなことを思っていると、ふとフードに重みを感じた。
「私演じる陽楽君じゃないけど、大事に頂きます!」
そういいながら幽夏が離れる。おもむろにフードの中をまさぐってみると、ガサリと音がした。
フードの中に入ってたのは見覚えのあるラッピングだった。
照れくさそうに幽夏が言う。
「これ……」
「それ、私からのチョコだから! まあ美神と一緒に作ったものだけど、それは言わないお約束で。ハッピーバレンタイン!」
……え、え、えーー! なにその渡し方!
なるほど、それを聞いて納得がいった。お菓子作りの苦手な幽夏がなぜいきなりやろうと思ったのか。理由を聞かれて歯切れが悪かったのはなぜか。
多分、最初から私にくれるつもりだったのだろう。
「なにそのキザな渡し方! 惚れるよ!?」
「うっさいうっさい、からかうな!」
「ふふっ、ありがとね! こちらこそ大事に頂きます! ハッピーバレンタイン!」
二人とも無事渡せたことに安堵して、笑いあう。
私は日頃から幽夏に助けられてばっかだけど、幽夏と親友やっててよかったってこのとき心から思った。
もちろんいつも思ってるけどね!
「さーて」
……ひとしきり済んだ後。幽夏の目線の先にはもう一つの特別にラッピングされた包みがあった。
「シミュレーションしたしね、明日は頑張りなよ美神!」
「う、それとこれとは話が別! ……まあ頑張るよ」
「私としては美神が一体いくつチョコ貰って帰ってくるかの方が楽しみだけどね」
「そ、それはどうかな……」
気を紛らわすように余ったチョコをつまむ。甘さと苦さのバランスはバッチリ、くちどけも今までに作った中で最上級だろう。
多分明日はさっきの予行演習のようにはいかない。私はなぜか女子でありながらチョコをもらうだろうし、陽楽君も義理本命含めたくさんもらうんだろう。
まあ私のチョコはその中の一つで構わない。義理だし。……義理だけど、でもやっぱりそれ以上の感想を抱かせたいなって思ったりもする。きっとこれは作り手のプライドとかそんなとこだろう、多分。
「さて、お片付けするよ幽夏!」
「はいよー!」
まあどうなるかは神のみぞ知る。明日は頑張ろう! そう意気込んで、私は荒れたキッチンを片付け始めた。
まさか本編を書いてから6年も経って月下狂のSSを書くことになろうとは思わなんだ……。バレンタイン、バレンタインかーって妄想してたらふと思いついてしまったので勢いで書きました。反省はしている、後悔はしていない。
え?日付はとっくに2/15だって?ははは、寝るまでがバレンタインデーなのです。そういうことにしておいてください。
暁の情痴のエピローグは今絶賛執筆中なので、近々上がると思います。いや、上げます。頑張ります。
またどこかでお会いしましょう!